命名には特別な演出でも添えて
「ところでお前、名前とかあんのか……ってある訳ねぇか」
俺のちょうど真正面、依然として退屈そうな顔で丸まったままのネコに、俺は再度話を振る。
「にゃまえ……にゃまえか、しかしどうしてこうも人間って生き物はにゃまえを付けたがるのか不思議でにゃらにゃいにゃ」
「んなこと言っても名前がなけりゃ色々と困るだろ。もし誰にも名前が無かったら「そこのヒト!」って声をかけられたときにその場の全員が振り向くことになっちまうだろ?」
「フン、そんにゃのは匂いで分かるにゃ」
「いやそれはお前らだけだから! ってかそんなこともできんのかよ」
人間はコミュニケーションを通して進化してきたが、同時に動物の本能として最も重要な嗅覚を鈍らせてしまったきらいがある。
そうした部分はどう頑張ったところでコイツらには敵わないらしい。
「大体にゃにが問題にゃんだ? 声を掛けたヤツを見りゃあ誰に対して言っているのかすぐに分かることだにゃ」
「……なるほど、確かにそれもそうだ……いや、それ以外にもあんだよ色々と」
「ふん、よく分からにゃいにゃ」
「と、とにかくだ! 人間と接する以上名前という記号は必須事項だから俺の独断で決めさせてもらうぞ」
「勝手にすればいいにゃ」
ネコにとって名前というのは本当にどうでもいいようだ。
明らかに俺を嫌っているネコが、こうしてその提案をあっさり受け入れてしまうのがその証拠。
―――と思いきや、どうやら多少の葛藤はあったようで。
「にゃっ、でもそういうことにゃら一ついいかにゃ」
「な、なんだよ」
するとそれまで全くといっていいほど動かなかったそのネコが、ムクリと起き上がるとバケモノのいる方向へと歩き出した。
「やっぱりお前のセンスには任せておけにゃいからにゃ、このお方に決めてもらうにゃ」
―――俺の信用はゼロですかそうですか。
てか名前なんてどうでもよかったんじゃねぇのかよ。
だが今追求すべきはそこではない。
「おい、まさかとは思うが一応訊こう。「このお方」って、もしやコイツのことか?」
俺は頭のネジどころか頭がぶっ飛んでいるバケモノを指差し、そして胸中ではネコが首を縦に振らないことを祈った。
「当たり前だにゃ。お前より少なくとも百倍は素晴らしいにゃまえを付けてくれるオーラを感じるにゃ」
コイツ何を言ってやがる。この自称神のほうが俺よりマシだと?
おっと、すっかり忘れていたがネコの視力は人間より悪いんだっけな。
そうかそうか、それならば仕方あるまい。バカはバカ同士でせいぜいカッコいい名前でも考えることだな。
そしてネコよ、稀代の珍名を授かったところで己の浅はかさに後悔するがいい。
見てみろ、あのバケモノのすっとぼけたような表情を。
ゴミみたいなキラキラネームしか浮かんでねぇぞ、アイツ。
「そういうことでお願いしてもいいですかにゃ?」
ネコはバケモノの前で歩みを止めると、バケモノを仰ぎ見てそう言った。
「いいわよぉ~。アナタの名前、アタシが授けて差し上げましょう。うふふっ、それにしても分かってるわぁ~、あんなヤツに任せたらとんでもないことになるモノねぇ~」
バケモノとネコは創造主とその後胤という関係だけあってなかなかに馬が合うようだ。
勝ち誇ったような表情のバケモノは、ネコと結託して俺を躊躇いなく物笑いにした。
そして一方の俺はというと、こうした状況に見舞われるたびコイツを超える権力を握り、コイツをその権力で握り潰すという出世街道へと強く思いを馳せるわけなのだが。
「では与えましょう。アナタの名前は……」
バケモノが厳かに口を開くと突然、おそらくバケモノの演出なのだろうが、薄暗かった部屋が一瞬にして更に暗くなり一寸先に何があるかすら分からない状況になった。
そしてそれからやや間を空けてすぐ、ネコだけがパッと眩しくライトアップされ、その姿が煌々と映し出される。
「アナタの名前は―――」
俺もネコも、この状況においては双方とも名前はどうでもいいはずであるのだが、演出も相まったせいか固唾を呑んでバケモノの言葉を待った。
「アナタの、名前は……」
バケモノはネコに笑みを含みながら見つめ、そしてネコは俺からでも緊張が伝わるような表情であった。
―――ってアレ、この光景いつかのテレビで見覚えがあるんだが……
「アナタの……」「いい加減さっさと言えよ! どんだけ焦らすんだよ!」
つい感情を出してしまったが、しかしCMも挟まずにこの間はヒドすぎる。
「あ~っもう、分かったわよ! 「イースタンセンテオトル」よっ!」
「なっ……!」
焦らしに焦らし、ようやく放たれたその名前。
だがその名を聞いた瞬間、俺の周りの世界は怒涛のごとく凍りついた。
「お、お前……なぜ、その名を……!」
下手な演出のせいでバケモノの表情はおろか姿形さえも曖昧であったが、しかしヤツはおそらく相当に下賎な表情を浮かべていたに違いない。
―――なぜならその名は、バケモノがネコにつけたこの名前は、俺が記憶の片隅からも消去したはずの、忌々しくも聞き覚えのあるものであったからである。