設定には趣味趣向でも添えて
そのネコはまさしく、俺が助け損ねた、ついでに言うとトラックの運転手にまで被害を及ぼした一連の流れの当事者であるところのネコであった。
―――って登場早々で属性多いなコイツ。主人公でも喰うつもりか?
「おい、そこのやつ!」
すると突然、どこからともなくそんな声が聞こえてきた……気がした。
たしかにバケモノはネコに話す機能をつけると言っていた。
そしてそのことについて半信半疑ながらも俺は納得もしていたし、心の準備なんてとうにできていたはずなのだが……
「おい、聞いてんのかチビ?」
だが俺の浅はかな常識とやらをあざ笑うかのように、その声はやはり聞こえるべきでないところから聞こえていた。
―――ってかチビって誰だよ。
「……おいおい、ちょっと冗談キツいぜ」
思わず口元を緩ませそう漏らすと、さっきまで死んでいたはずのネコはゆっくりとこちらへ歩いてきて、そしてため息をついた。
「はぁ、まったく、やっと気付いたのかにゃ。最初に呼んでやったときにすぐ反応してくれにゃきゃ困るにゃ」
なっ、に、ぬ、ネコが……喋っていやがる
いきなり信じろと言っても無理な相談ではあるが、しかしネコがいる下の方向から聞こえてくる声、口を開くタイミングの一致性、そして何よりこのふてぶてしい顔からして、どうやら俺は確かにそのネコが言葉を発していると、そして俺がそれを聞いているという構図を認めざるを得なくなったらしい。
まさか本当にこうなるとは……ってアイツは何してんだよ
俺がそうしてやや錯乱状態に陥っていたとき、一方その頃バケモノはというと、俺やネコから少し離れたところで鼻唄を歌いながら呑気に何か片付けをしている最中であった。
「おい! また無視かにゃ?」
ネコは語気を強めて再び俺に問いかける。
「ここまでスルーされるといよいよオレを馬鹿にしてるとしか思えにゃいにゃ!」
「……あっ、あぁ、すまねぇ。俺が悪かった」
当然だにゃ、と一言。
そしてネコはまたも言葉を続ける。
「いいかにゃ、よーく聞け! オレたちネコは確かに孤高の存在だにゃ。テトラポッドに登って誰とはにゃすでもにゃく沈みゆく夕日をにゃがめているときが一番幸せにゃのは認めるにゃ。でも別に誰ともはにゃしたくにゃいとかはにゃしかけられたくにゃいという訳ではにゃくて……っておいっ、聞いてるのか!」
なんだこいつ、よく分からんが無駄に口数が多いな。
しかもいきなり自らの矜持について語り出すネコとかマジ何なんだよ。まさかとは思うが横浜出身か?
「おぅ、悪りぃ悪りぃ。しかし俄かには信じられねぇな、こりゃ」
俺は自分でも気付かないうちにネコに近づいており、そしてその全身を無心で弄っていた。
「それはお前の適応能力が低いだけの話にゃ。そ、それよりくすぐったいからやめてくれにゃいか? 寒気が襲ってくるにゃ」
ネコはそう言うと俺の手からすり抜けるように逃れ、全身をブルブルと震わせて何回転か歩くと、そのまま丸まって座り込んでしまった。
すると先ほどまで一切こちらに干渉する気も見せなかったはずのバケモノが、何かの作業が終わったのだろうか、こちらに向かって宙を舞い、そして誇らしげに弧を描いて飛び回った。
「ど~かしらぁ~、アタシの素晴らしすぎる能力は? 感激した? 感動した? ハンカチ貸そうか? 持ってないけどぉ~、うふふっ」
お前のハンカチなどあったところで使うものか。
どうせ口紅で血痕のごとく赤く染まっているに決まっている。想像するだけでもおぞましい。
「なぁ、やっぱりこれはお前がやったのか?」
俺は未だ信じられない現実を目の前に、感情を殺してバケモノにそう訊く。
さっきまでおそらく死んでいたネコを生き返らせ、そしてあろうことかそいつが喋り出したのだ。
まさに神の所業としか言い表せない。
―――あれ、ひょっとしてだけど、コイツ実はとんでもないヤツだったのか?
「はぁ~? まだそこ? そんなの当たり前じゃないのよ! 見たでしょ? さっきの! アタシの! 崇高なる! 儀式を! まったく、本当に適応能力低いんだからっ。んねぇ~、ネコちゃん!」
バケモノは完全に俺を見下すような目つきをして罵り、さらにネコまでも仲間に加え俺をのけ者扱いにした。
「まったくだにゃ。これだから人間はいつまで経ってもつまらにゃい生き物のままにゃんだにゃ」
ネコは丸まったまますげなくそう言うと、目線だけこちらに合わせ、一度だけ尻尾をポンと持ち上げると、ジトっとした表情のまま鼻で笑った。
「まさかネコにまでバカにされるとはな……。はぁ、まぁ良いだろう。だが質問が一つある。それに答えてくれ」
「にゃんだ? まだオレのことを疑っているのかにゃ?」
「お前じゃねぇ、バケモノのほうだ。おい、一つだけ質問がある! いいよな?」
「なによっ、もぅ面倒臭いわねぇ。さっきから一つだけ、一つだけって、アナタ小学校のとき「一つの花」に感動したクチじゃないの? もう、さっさと言いなさい、ほれっ!」
バケモノは俺をからかう仲間を得てか、以前よりも更に俺を煙たがっているようにも思えた。
だがここは冷静に、だ。
感情に感情で返せば事は悪化するのみ。
あくまで理性的に、そして伝えたい内容を的確に。
「ネコが喋るのはいい。だがよ、この性格と口調はどうにかならねぇのか?」
バケモノに負けず劣らずこのネコも横柄が過ぎる。
まだ数えるほどしか言葉を発していないはずだが、それでも数え切れないほどの毒を盛られたような気分だ。
だがバケモノの返事はある意味想定内で、俺はそれを受け入れざるを得ないこともまた想定内。
「何よそんなこと? 無理よ無理! だいたいアナタのその偏屈な態度も変えられないクセしてよく他人のこと言えたわねぇ。ホント軽蔑を通り越して尊敬しちゃうわ」
クソッ、やはり無理か。想定内とはいえいちいち口調が鼻に付く野郎だな……
しかしこれからコイツらと共に生活しなければならないのかと考えると、先が思いやられることこの上ない。
「あっそうそう、気付いているでしょうけど個人的趣向でこの子が話すとき「な行」がすべて「にゃ行」に統一されるようにしちゃったから! まぁさっきも言ったようにもう変えられないけどぉ~!」
「このテンプレ的言い回しもテメェのせいかぁあーー!!」
「なによ! 気に入らなかったのかしら? いいじゃない、かわいくて!」
「かわいいとかそんな……」
俺はそう言いかけてネコのほうを見たのだが、ネコのその満更でもないような表情と、これ以上何を言っても変わらないどころかマイナスにしか動かないという諦念から、渋々とその設定を受け入れたのであった。
―――先が、この先が思いやられる!