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勧誘には胡散臭さでも添えて

「いい加減教えてくれよ……ここは一体どこで、なんで俺はここにいるんだよ……」


身内以外の誰かとこうして話すのが久しぶりだったというのもある。バケモノのあまりのインパクトに変に力が入ったことも悔しいが認めよう。


俺は蚊の鳴くような声で、というかもう泣きそうな声で再度そう問うた。

まぁ簡潔に言うと、俺のHPがいよいよ底をついたのだ。

もうこのバケモノと正面から対峙する気力も体力も、俺には微塵も残っていなかった。


「あ~あ~、いきなりそんなに消沈しないのっ! 実は提案があるんだけどどうかしら? っていうお話をねっ」

「はぁ? 提案だ?」


もはや風前の灯と化した俺を前にするとさすがのバケモノも冷静になるようで、バケモノは俺をそう宥めると襟を正し、そして指をバチンッと鳴らした。


すると突如として一枚の紙切れが前触れもなく空中から出現し、バケモノはそれをスッと引くと、こちらに振り返りそのまま俺の目の前に差し出してきた。

流れるように俺がそれを受け取ると、バケモノはより一層気持ち悪い笑顔を浮かべこちらを見つめる。



「……何だこりゃ?」



渡された紙には『若者限定!! 愉快な仲間と一緒にアルバイト始めませんか?』といういかにも胡散臭い謳い文句がドンと書かれていて、その下には採用条件やら給与やらを事細かに記した文字でビッシリと埋められていた。


「くそっ、なんだってこんな小さい文字に……。これじゃ年功者からのクレームが絶えないだろ。ユニバーサルデザインという文言を知らねぇのかよ」

「はい? アナタ何言ってるのかしら? ここに『若者限定』って書いてあるでしょ!? 老眼のジジババなんてハナからお呼びじゃないのよ!」

「いや、そういう問題じゃねぇんだが……」


なんだよ、そこまで織り込み済みだってことか? この小ささでは若者ですら苦戦するような気もするのだが……

とにかく俺がそうして眉間にしわを増やしていたところ、それを見計らったかのようにバケモノが浮き足立って近づいてきた。


「うふふっ、苦戦しているみたいだわねっ? ここいらでそろそろアタシの説明が必要なんじゃないの? いいのよっ、このアタシに全て任せなさいっ!」

「いや、要らん。自分で読むから黙ってろ!」


正直ネコの手も借りたい気分だが、バケモノの手を借りることは俺の理性が許さなかった。

まぁ今は拡大鏡を貸してほしいのだが。


そうして俺がバケモノの見え透いた偽善心を軽く払いのけると、それまで辛うじて冷静を保っていたバケモノが再び暴れ始めた。


「あ~~っ、待って待って待って! それ全部読まれるとちょっと良くないというか割愛させていただきたいと言いますかお気に障ると申し訳ないのですが極力お控え願いたいというか何というか……テ、テヘッ」

「おい、そこをごまかすなっ! 何だよ言えよ! 全部読むと何があるってんだ?」


―――何だ、この異常なまでの拒否反応は。まさかこれを読むと何かが起きるとか……?

いやしかし、こんなふざけた野郎とはいえ一応神様と自分で名乗るくらいだ。下手したら天災レベルのことを仕出かしてもおかしくはない……っ!


「あっ……い、いやぁ、その、契約内容を読まれるとちょっとアレかな~って」

「て、てめぇ、それブラックバイトの典型例だろうが! ちくしょう、もう何が何でも自分で読むしか……」


心配して損をした。

備えあれば憂いなしというが、コイツ相手に備えでもした日には俺のプライドがごっそり無くなりそうだ。


「あ~あ~、分かった分かりましたよ! んもぅ、仕方ないわねぇ、全部話すわよ! 話せばいいんでしょ!?」


一体どうして逆ギレされているのかはよく分からないが、とにかくどうやらバケモノはついに折れたらしく、それからふぅとため息を一つこぼすと渋々説明を始めた。


「アナタがついさっきまで住んでいた世界、死ぬ前までいた世界のコトね、アタシたちは『前戯ステージ』って呼んでるんだけども」


―――どんな呼び方だ


「その前戯ステージで死んだ人の魂が、結構そのまま残っちゃったり彷徨っちゃったりしているワケよ。そこでね、こうやってアナタみたいに若くして死んだ人たちを上手く利用して……じゃなかった、雇ってその魂をあるべきところに導いてあげる仕事をお願いしてるんだけど……どうかしら? ってね!」


おい、コイツ今完全に利用するとか言いかけたよな。怪しすぎるぞ。


だがそれを差し置いても俺が今一番気になっているのは、バケモノがどうやら俺と目を合わせたがらないという点だ。こうしている今も必死に何かをごまかそうと宙に浮きながら腰を左右に捩る謎の体操をしているが、まだ何か大事なことを隠しているらしい。

こりゃボロが出るのも時間の問題だな。


「魂を導く? へぇ、急にオカルトチックな展開になったな」

「まぁそうすぐに順応できるはずもないわね、無理もないわ。でも実際にアナタが知らないだけで、これまでもこの仕事が遂行されてきたというのは厳然とした事実よ」


するとバケモノは珍しくも、少し強い口調でそう捲くし立てた。


「じゃあ何か? かくいう俺も知らぬ間に誰かに導かれてここに来たってことか?」

バケモノの言うことが正しければそういうことになる。しかしそんな記憶も思い当たる節も全くないんだが……


「あ~いえいえ、アナタは自分が死んだとちゃんと認識したから迷わずここに来れたのよ。アナタ、きっと死ぬ直前に「あっ、俺死んだわ」って思ったんじゃない? でも意外と死って突然だからねっ、そう、恋みたいにっ! それで自分が死んだことに気付いてない魂も結構残っちゃっていたりするワケよっ!」


なるほど、ご丁寧にも要所要所にウザさを散りばめた説明を要約すると、では俺にそんな記憶がないのはそもそも記憶されるべき事象が起きなかったからか。

しかし誰にも導かれずにこんなクソみたいな場所に来ちまったってのは我ながら心外甚だしい限りだが、まぁ一応話の筋は通っている……のか? 


いや待て、俺が勝手にここに来た……というか勝手に転送でもされたのか? まぁそれはいいとしても、別に俺が何かしなくとも自動的にここに送られてくるモンじゃねぇのか?

ヤツの話が正しいとして、つまりは自らの死を受け入れることで話は解決するんだろ? 確かに自分が死んだってことをすぐには気付かないヤツもいるかもしれないが、そんなの何日と経たないうちに嫌でも認めざるを得なくなるはずだ。


「話は分かったがいまいち納得できねぇな。んなもん誰かに言われなくとも勝手にてめぇで死を受け入れるときが来るだろ」


なんなら数日と言わずものの数時間で自分の存在が他者から認識されなくなったという違和感ぐらいすぐに気付くはずである。


「ふぁっ!? いやぁ、そ、それはホラ、家庭の事情とか一身上の都合とか……と、とにかく色々あるのよっ!」

「ほぅ、そんなもんか?」


何やら痛いところを突かれたような反応だな。てかなぜここで家庭の事情が介入してくるんだよ。


「死んでからお時間が経っちゃうとどうも不具合というか問題が生じることが多くてね、まぁ、そういう大人の事情で第三者の幇助が必要不可欠なワケよ」


なんだか取って付けたような説明だ。相変わらず怪しい。


「そうだわ、も、もちろん、昇格制度もあるし有給休暇も、あっ、あとただ今の期間に入会してもらった方に限り、もれなく相棒を用意するわ。そう、だから安心安全、もちろんサポート体制にも万全を期しているわよっ!!」


昇格に有給……どこかのサラリーマンかよ。それになんだこの宣伝文句。特別とか限定とかいう言葉に引っかかるほど俺はミーハーじゃない。


―――それにしてもこのバケモノ、さっきから胡乱さが過ぎやしねぇか?

いや、見た目からしてすでにアウトなのだが、何よりまず目のキョドりかたが尋常じゃない。


「おいお前、一つ確認なんだが何か俺に隠していることはないだろうな?」

俺はここで、試しにずっと心に引っかかっていた事案を訊ねてみた。


すると案の定というか俺の意に反せず、一段と活きのいいマグロ並みの勢いでまた目が泳ぎ始めた。


「か、隠すだなんてとんでもないっ!! わ、我が社は安心安全のクリーンな事業を展開すべく、た、他地域との連携も視野に入れ環境に配慮したシステムの構築と……」

「なーーんかさっきから様子がおかしいんだよなぁ。お前からはどこか裏がありそうな臭いしかしないんだが」

「い、いえ、そんな滅相もございません。当方も至って健康でございます。はい、ほ、本日も平熱の73.2℃でございました」

「なんだよその平熱、バケモノかよ! んでさっきから蒸し暑いと思ったらまさかてめぇのせいだったとはな……」

「い、いやぁ、それほどでも~」

「一応言っておくが褒めてねぇからな」


なんでちょっと嬉しそうなんだよ。マジで意味が分からない。

いやもう本当に、ある年のツール・ド・フランス並に意味分からない。

てかさっきは嫌がってたんじゃねぇのかよ。


「そ、それでいかがいたしましょうか? このままあちらの世界へ向かわれましても若人の肉体と時間を持て余しかねないと存じますが……」


いつの間にか口調が敬語になっていたバケモノは、気持ち悪い上目遣いで見事なまでの会社の犬としての本分を発揮すべく仲介役を演じ、両手を大袈裟に擦りながら俺に依頼を続けた。



俺はため息をついた。

無意味に深く、そして、あからさまなまでに大きく。

そして―――


「……しょうがねぇ、いいだろう、乗ってやるよ、この話」


俺は未だ胡散臭さの消えないこの提案を、受け入れることに決めた。

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