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お見舞いには賑やかさでも添えて

「おい、押すなバカ!」


背後からの鬱陶しい圧力に向かって俺は声を潜めて指図する。


「押してにゃいにゃ! 躓いただけだにゃ!」

「はぁ? これしきの段差で躓くとかお前年齢いくつだよ」

「年は関係にゃいにゃ! オレの歩幅でははそれにゃりに苦労するんだにゃ! 人間と同義で考えにゃいでほしいにゃ」

「あぁ、そうかよ。そりゃすいませんでしたね。一応言っておくがこの年で老犬介護とかマジでご免だからな」

「そんにゃ年は取ってにゃいにゃ! 人間でいうとだいたい四十歳くらいだにゃ」

「……え、マジで?」


思わず素で返事してしまった。

え、てことはあのときもあのときもアラフォー仕立ての味のある行為だったと……


俺はあの痛々しい告白シーンや空気の読めなさぶりが明らかになった少女の枕元での出来事を思い出し、思わず絶句。


うわー、イタいわ、イタすぎるわ。ウソでしょただのおっさんじゃねぇかよ!



そんなことを思いながら、俺たちは施錠されている扉の前までやってきた。


「さてと、心の準備をせねばな」


俺はウゥンと唸りながら大きく伸びをし、緊張した筋肉をほぐした。



―――突然だが俺たちは今病院に来ている。

病院といえばもちろん例の少女が入院していたあの病院だが、どうやらあの出来事の前後で若干状況が変化したらしい。


あの出来事とは言わずもがなバケモノの神的な力によって意識不明であった少女が奇跡的に目を醒ましたという一連の流れであるが、まぁこの場合奇跡という表現は不適切なのかもしれない。

バケモノをはじめとしてどうやら沢山いるらしい「神」と呼ばれる存在は、人間には到底できない芸当を難なくやってのけてしまう。

今回の一件もその例外ではなく、医者が言葉を失うほどの処置をコンビニにでも行くような感覚で終わらせてしまった。


そしてそのことで医者も家族も大騒ぎ。

悪いことではないのだろうが、なんだか運命に背いているような気もしていまいち釈然としない。

まぁ運命なんてものがあればの話だが。


「おい、いつまでここにいるつもりなんだにゃ」


するとネコが焦れったいようにそうせがみ、俺を病室の中へと急かしにかかる。


「まぁ待てって。すぐ終わるからよ」


そんなこんなで、俺たちは少女の状態を観察するという大義名分に託けてお見舞いにやって来た。

今はもう経過観察だけとあってか病室は通常の個室へと移され、幸い以前の分厚い扉や薄暗い廊下とは対面することなく俺たちは「沙上苗」と書かれた病室の前にいる。


俺は一通りストレッチを終えると、大きく深呼吸をしてその扉に手をかけた。


「よし、行くぜ……って、あれ」


―――しまった、また忘れていた。

俺はモノに触れることができない体質なんだったっけ。


ネコが何をやってんだとばかりに呆れた顔を向けるがそこはスルーだ。


未だに慣れないなぁ、と独り言を漏らしつつ、俺はゆっくりとその扉をすり抜けた―――のだが。


「本当に大丈夫なの?」

「かなり危なかったって聞いたんだけど平気なの?」

「そうそう、先生そう言ってたよねぇ」

「でも良かった、すごく心配したんだよ!」


俺が半身をその病室中へと引き込んだとき、少女は同級生と思しき数人の中学生に囲まれて、ベッドで笑顔を作っていた。


うち女子が四名。男子が一名。

それぞれが思い思いに少女に声を掛け、申し訳なさそうに少女がそれに応えていた。



「あれ、もしかしてタイミング悪かった感じ……?」



―――そういえば昔同じようなことがあった気がする。


まだ俺が中学生だった頃であったか。

その日はたしか妹が友達を数人家に連れてきていて、当然ながら俺も家にいたわけなのだが、まぁ鉢合わせして白い目で見られるのもな、と思い部屋に篭ってゲームに没頭していた。


しばらくして日も傾きはじめ、賑やかだった声もいつの間にか消えていたのでもう帰ったのかと思い、俺はずっと我慢していたトイレに駆け込んだ。



だが、それが運の尽きだった。



「あっ……」「えっ……?」

俺は妹の友人と目が合ってしまった。



その友人は赤い眼鏡をしていて、結構俺好みだった気がする。


俺はそのまま、無言でゆっくりとドアを閉めた。

何事もなかったかのように、まるで俺は何も見ていないかのように。


―――いや、普通鍵付いてるんだから閉めるだろ。

そう自分に言い聞かせ、何とか自分の犯した過ちを正当化した。


だがその数分後、部屋の扉を通り越して聞こえてきた泣き声が、未だに俺の記憶から消えずに残り続けている。


どうしてあのとき一言「ごめんなさい」と言えなかったのだろうか。


言ったところで結果は変わらない上に、逆に相手を深く傷つける結果になるのかもしれない。

謝るということは、つまり俺が色々と目撃してしまったことを意味するからだ。


だが実際俺はパンツの柄どころか、彼女の顔すらもまともに見ていない。だから結果的にはこれで良かったのかもしれないとも思う。

頑張っていない者が死ぬ気で頑張っている者に「頑張れ」と言うような、そんな身勝手さでこちらの都合だけを押し付けるのは間違っているのだろう。


だが、だがしかし、あのとき「ごめんなさい」と、そのたった一言を言えていたら、少しくらいは彼女の気休めにもなったかもしれないと。俺の罪悪感が薄らいでいたのかもしれないと思うと、後悔せずにはいられないのだ。


その後なんとか妹から聞き出した話によれば、その彼女について、今はもうあまり気にしていないらしい。

それどころか俺に謝ってほしいと、そうも言ったそうだ。


だがどういう訳か、当事者でもなんでもない妹がそれを許してはいないらしく、それから俺たちは何となく疎遠になっていった。


そういえばあれ以降妹が友達を家に連れ込んだのは見たことがない。


あれ、もしかしてあいつが家になかなか帰ってこないのって、ひょっとして俺のせいだったりするのか?


おっと、話が逸れてしまった。閑話休題。


今まさにタイミング最悪ともいえるこの状況で、俺は病室内に入ってしまった。

どうして確認して入らなかったのだろうと、やはり後悔。


「おい、とりあえず一旦退避だ」


俺はネコに小声でそう伝えると、持ち前のステルス性能を最大限駆使してスーッと病室から抜け出そうとした―――のだが。


「あっ……!」


あろうことか忍び足でコソコソしているところを少女に見つかってしまった。不覚!


「え、どうしたの? 苗ちゃん」


当然ながら少女以外の人間、少女を除くクラスメイトに俺の存在は見えていない。

そのため突然少女が驚きの声を上げれば、何事かと周りがザワつくのは当然だろう。


「シーーーッ!」


俺は人差し指を口の前に立て、それ以上の発言を控えるよう促した。

すると少女はハッと勘付いたらしく、口を手に当ててこちらを見つめた。

どうやら意思の疎通ができたらしい。


俺はナイスと親指を突き立てるようにしながら、そのままフェードアウトに成功した。


「ねぇ、どうしたのよ、苗!」

「あっ、ごめん! ちょっと考えごとしてただけ」

「えーなにそれぇ。ホントに治っているのか疑わしいぞ?」

「ぜ、全然大丈夫だって! それよりほら、あの……」


―――ふぅ、どうやら何とかうまくやり過ごしてくれたらしい。


俺はその後の会話の流れを、部屋の中に耳だけを入れてしばらく聞き耳を立てていたが、どうにか少女の華麗な切り返しと友人の会話術によって救われた。


「盗聴とか犯罪だにゃ」


ネコはそう言うが仕方あるまい。ここでバレたらバケモノの努力が水の泡だ。


別にバケモノ自体はどうなってもいいが、それにより少女やその周囲にまで影響が及ぶとなれば話は別。

何としても、俺はこの少女の安全を守らなければならない。これは俺にとって使命のようなものだ。



「さてと、これからどうするか……」



とりあえず少女の友達が退散するまで待つことには変わりないのだが、予想外に暇ができてしまった。


それにしても、だ。



「やっぱ友達、いるよなぁ……」



別に嫉妬とかじゃないぞ。勘違いしてもらっては困る。

本当に何となくなのだ。

何となく、心に靄がかかっているような、そんな居心地の悪さが拭えない。


もちろんだが、少女に俺以外の知り合いがいないことのほうがおかしいということも当然理解している。

理解しているはずなのに、うまく溜飲を下げることができないのだ。


「そんにゃの、いるに決まってるにゃ」


ネコは当然のことのようにそう言ったが、だがお前こそ友達いないだろ。

まぁ、俺が言えた口ではないのだが。


「そうやって決め付けるのは良くないぞ。自分が友達だと思っていても、実は相手にとってはただの知り合いに過ぎなかったりするからな。「俺たち友達だろ?」という魔法の言葉でお金を巻き上げるのがその典型的な例だ」

「にゃんだお前、友達評論家にゃのか?」

「へっ、そんな仕事が成立する世の中だったら俺はこうして死んじゃいねぇよ」


唾棄するようにそう言い返すと、さすがにネコも言葉に詰まったようだ。

俺に至っても、自分で言っておきながら心が痛くなる。


そうして三十分近くが経ったころ、「じゃあね!」という賑やかな声が聞こえてきたかと思うと、病室の扉がガラリと開いた。


「また来るからね!」「お大事にね!」


扉に手をかけながら少女にまたねと手を振り、数人の中学生がぞろぞろと部屋から出てきた。

その背中に笑顔で手を振り続ける少女が、俺の立つ場所からは見ることができた。


「よし、では今度こそ」


俺は全員が部屋から退出したことを確認すると、閉じてから間もない扉に体を預けた。


「あ、アズマさん」


すると俺たちに気付いた少女が、ベッドの上でよいしょと体勢を変えてこちらに振り向く。


先ほどは短時間のためか気付かなかったが、部屋中にはお見舞い用に持ってこられた花の香りが充満しており、俺の鼻を優しく刺激した。


「おう、さっきはすまなかったな」

「いえ、ちょっとびっくりしましたけど、何とかごまかせたので良かったです」


実際少女のあの対応がなければ今頃どうなっていたか……考えるだけでも恐ろしい。


「何だか申し訳ないな。気を遣わせているみたいでよ」

「ホントだにゃ。自分の欲望だけを優先させるからこういうことを招き入れるんだにゃ」

 

―――てめぇは少し黙ってろ。


「あ、コーン先輩もいらっしゃったんですね。こんにちは」


少女はしわの寄ったシーツを直しつつ、にこやかな表情でそう言った。


「オレの存在に気付いてにゃかたのか……若干ショックだにゃ」


ホントそれ。マジでピュアって怖い。


「あっ、いいえそんなつもりじゃ……ご、ごめんなさい!」


だが少女の必死の抵抗虚しく、ネコの心は既にここにあらず。


「放っておけ。どうせ数分後にはケロッと忘れて寝ているようなやつだ。いちいち心を惑わすと損することになるぞ」


俺たちが出会ってからの短時間で、コイツは俺だったら間違いなく立ち直れないような心の傷をすでに二回ほど受けているのを目撃している。

その度に若干ながら同情心を向けてやったのだが、ことごとく払い除けられている。


まぁ要はアレだ。本質的に人間とネコは違うということなのだろう。

人間の尺度で測れば重要なことが彼らにとっては他愛もなかったり、逆にネコにとって価値のあることが俺たち人間にとってゴミのような話だというのはザラにありそうだ。


「そ、そうなんですかね……」


だが心優しき少女は、未だネコへの思いを断ち切れないらしい。

少女はその後も変わらず愁いを帯びたその眼差しで、ズンと沈むネコを見つめていた。



「そ、そういえば記憶、戻ったんだな」



俺は咄嗟に、少女の意識をネコから逸らすべく話題の転換を試みた。

我ながらコミュ力高い系の仕事だ。研究の成果が生かされたようで何より。


「あぁ、記憶、ですか……」


しかし少女はその問いに対してあまり積極的に口を開こうとはしない。


もしや話題間違えたのか? 経験が少なすぎてそれすらも分かんねぇぞ。


―――愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

こんな格言がある。ドイツの有名なオットー・ビスマルクが発したとされるこの言葉だが、これに少しばかり第三者の意思が介在したデフォルメが施されているという事実は、その実あまり認知度が高くない。


彼の真意はつまり、反面教師を近くに侍すべしといったところだろう。

自分が間違っているのかどうかは分からないが、相手は間違っていることだけは分かる。だったらそいつと同じ道だけは避けようと、対症療法でも何でも、とりあえずはそうするべきだと、彼は言っているのだ。


そう、だから俺は。

俺は―――友達皆無の俺は、この場合愚者以下だったりするわけで。


いや、だが反面教師というだけなら俺にもいる。そうだ、あのバケモノだ。

これまでにもバケモノがお送りする幾多もの過ちを目撃して、その度に俺は自らを律してきた。


そうか、どうやら俺は気付かぬうちに賢者になっていたらしい。

どうやらバケモノに感謝しなければならないらしい。

まぁそれは盛大に馬鹿にした後での話だが。

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