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バケモノにはドタバタ展開でも添えて

―――そしてしばらくのち。


「そ、それで、ヒック……な、何なのよ」

「えっ……いや、俺は、別に」


ようやく言葉を発するに至ったバケモノは男性に唆されるがまま俺にそう歩み寄ってきたのだが、人間でいう鼻らしきあたりからよく分からない何かが、得体の知れない何かが止めどなく溢れ出している。

そんなバケモノを目の前に、今度は俺が言葉を詰まらせてしまった。



メイクをして人が変わることはあるのは俺でも知っている。

どこかの雑誌特集で「女性に幻滅した瞬間ランキング」に「すっぴん姿を見たとき」という項目が上位に食い込んでいたのをうろ覚えながら記憶している。


だが俺はいまだ嘗て、泣きすぎたことに起因する顔面変容の事例など耳にしたことがただの一度も無い。


口調もただ泥酔しているだけのおじさんのようだ。

目から零れかけている光の粒は黒い真珠のように輝き、その視線は虚ろに遠くの世界を眺めているかのよう。


「い、いやぁ、今一度よくよく考えてみたら別にそこまで重要なことでもなかったかなぁーなんて……」


とりあえず今の状態のバケモノと話すのは危険だ。


―――気を許すとおそらく笑いが止まらなくなる。

ひとまず一時退避をせねば!


だがバケモノは俺の意図を汲み取るどころか、さらに水嵩を増やしにかかる。


「なによ、そんなつれないこと言わないで話してごらんなさいよ。アタシもできるだけ力になるから!」

「バ、バカお前、こういうときに限って理想の上司みたいに振舞ってんじゃねぇよ!」

「部下の心配を取り除くのも上司の務めなのよ」

「やめろ、らしくもない! そうかアレだな、ダーリンの前でいいところを見せたいだけなんだなそうなんだな!」

「ダ、ダーリンは今関係ないじゃないの! てかアナタもなにしれっとダーリンなんて呼んじゃってるのよ!」

「やめろ、てか離せ! 俺をお前のイメージアップのための道具に使うんじゃねぇ!」


スキンシップとばかりに俺のシャツの裾を引っ張りベタベタと縋りついてくるバケモノを、俺はなんとか突き放した。


「な、何するのよ、ヒドいじゃない!」

「ヒドいのはお前の顔だ! もうちょっとマトモな顔で話しやがれ!」

「まぁまぁ、二人とも、一旦落ち着いたらどうだい?」


するとそんな俺たちを見かねたのか、男性が穏やかな口調で制止にかかった。


「ダーリン、聞いてよヒドいのよっ! せっかくこのアタシが部下に寄り添ってあげようとしたのに全力で拒絶するのよっ!」


バケモノは男性に甘えるような声でそう言うと、歩み寄ったそのままの勢いで男性の懐に潜りこんだ。


「そうだね、聞いていたよ。でもハニーもちょっと熱くなりすぎだぞ」

「え~~っ、だって、あのゴミ虫がアタシに楯突いてきたんだもの」

「だ、誰がゴミ虫だ!」


俺は再び吹っかけられた喧嘩を買おうと、俺を指差すバケモノに近づこうと足を上げた―――のだが、そのとき男性が左手をパッと俺の前に掲げ、優しい眼差しでその足を止めさせた。


「こら、大事な部下に言うセリフじゃないぞ。それに―――」


俺が止まったことを確認すると男性はバケモノを諌め、そしてその厚い唇に人差し指を添え、優しく言葉を付け加えた。


「ハニーが熱くなるのは、私にだけで十分だ」

「はっ、あわわっ……」


どうやらバケモノは沸騰してしまったらしい。

なんならそのまま蒸発してくれてもいいのだが、とにかくその甘すぎるセリフを甘すぎるシチュエーションで告げられたバケモノは無事再起不能に陥り目を回して地面に倒れこんだ。


「……もしや計算ですか?」


俺はあまりによくできたこの一連のやり取りで、さすがにそう訊ねたのだが、


「さて、何のことかな?」


男性相手には打つ手も無くはぐらかされてしまった。


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