バケモノには漸くの神らしさでも添えて
「い、いつの間に……!」
ものの数秒物思いに耽っていただけでコレだ。
神というのはつくづく何でもアリだな。物理法則もへったくれもあったものではない。
だがこうして事態が急変したということは、バケモノたちがさっき話し合っていた「例の件」とやらと何かしらの関係があるのだろう。
しかしこの場所―――さっきから見覚えしかないんだが。
そう、今俺が立っている場所。
それはまさに数十分前まで俺たちがいたあの場所。
つまり、病院である。
俺はまたしても少女の眠る病院の一室にいつの間にか連れて来られていたらしい。
「じゃあ始めようかしらね!」
眠る少女を囲うようにバケモノ、男性、少女、俺が並び、バケモノは未だ状況の飲み込めない少女に向かいその手をかざした。
「えっ、ちょっと何か……あっ、あれっ?」
すると少女の体内で何か異変が生じたらしい。
どこからか湧き上がる得体の知れない違和感を拭うように、少女は取り乱し始めた。
そうして少女の混乱が著しく逓増する一方、俺は別のある変化に気付いた。
辺り一帯に、突風が吹き荒れる。
カーテンは自由奔放に踊るように揺れ、ここからは見えないが窓ガラスもギシギシと音を立ててその猛威を十二分に体現している。
そういえばこんな場所で大それたことを仕出かして、他の患者は大丈夫なのか?
病人の集ったこの部屋でおこなう儀式にしては場違いも甚だしい。
とはいえ生きている人間にはもはや関係のない話なのかもしれないが。
ともかくバケモノの力がいかに恐ろしいのかというのはこれまでも痛いほど分かってきたつもりだったが、俺たちに見せたのはまだまだその一端に過ぎないのかもしれない。
そうしてバケモノの手から発せられているらしいその風は次第に勢いを増してゆき、もう何だかこの先の展開が手に取るように読めるようであった。
そして気が熟した頃合を見計らって、案の定バケモノが大きく口を開く。
「さぁ、帰りなさい! 現世における魂の器に!」
バケモノが案の定それっぽいセリフを発すると、案の定謎の光がご降臨。
これがまたえらく眩しいのだ。
おまけに立っているのがやっとな強風も吹き荒れ、今回ばかりは何が何でも目を閉じるものかと息巻いた俺であったが、結局はその激しさに打ち負かされてしまった。
「う、うわっ!」
これで何度目の同じ展開だろうか。
テンプレというのは何度見ようとも、それ自体がすでに面白いのだから主だって取り沙汰されることは少ない。
だがこうして面白くも面黒くもない展開が使い古されてしまえば、それすなわち退屈を意味する。
だから今俺は条件反射的に「うわっ!」とか言ってみたが、正直もう別に驚きなんて無縁の極致に達してしまったわけで、というわけでそんなことを思いながら、俺はとりあえず目を瞑って突っ立っていたのであった。
「成功ね、ダーリン」
「成功だね、ハニー」
するといつの間にか猛威を振るっていた風はピシャリと止んでいて、再び静寂を取り戻したその病室のどこからかそんな声が聞こえてきた。
―――成功、ということはつまり「例の件」が済んだということであろうか。
折を窺いながら目を少しずつ開けると、まだ余韻を引きずるかのようにゆさゆさと揺れるカーテンを横目に辺りを見渡した。
そこには当然ながら相変わらずの面子が、眠る少女を囲むようにバケモノ、男性、ネコ、俺という順に……ってネコだと?
あれ、ネコなんて最初からいたか?
いや、さっきは多分小さくて見落としていただけか。
ならば最初からここに―――いや、違う。
今はネコの話題などどうでもよい。
そうだ、肝心の人物が一人欠けているではないか。
「おい、あの子はどうしたんだよ……」
俺は声を震わせてそう訊ねた。
頭の中には例によって良くないイメージばかりが浮かんできて、その内容にそぐわない返答が為されることを切に願いつつ。
だがその内少女が朗らかに笑っている姿は風船のようにたちどころに弾けて消えてしまい、その隅を埋めようと哀しげな表情や苦痛に満ちた表情の少女が覆いつくす。
「どうしたって……どうしたもこうしたもないわよ」
しかしそんな俺の心情を知ってか知らずしてかバケモノは至って平生どおりで、俺の心情を見透かしたようなそうでないような態度でつっけんどんにそう言った。
「いや意味分かんねぇよ。だからあの子は今どこにいるんだって訊いてんだが」
「はい? アナタこそ何を言ってるのよ」
「いや何って……」
素知らぬ顔ですっ呆けるバケモノは、まったく相手にしてられないわ、と言いながらスルスルと男性のほうへと歩み寄っていく。
状況が飲み込めていなかった俺であったが、しかしここでようやく事態の急展開を知らしめられることとなった。
「えっ、お、おいっ! マ、マジか……!」
ふと何となく取り囲まれたベッドの方を見やると、あの幼い少女が、さっきまで意識不明どころか幽体離脱までしていた少女が、今俺たち一行に取り囲まれた布団の上で、目を開けてこちらを眺めていたのだ。
「あ、アズマさん。ど、どうもこんにちは……」
―――なんだこの「うわーっ、この人には絶対面会来てほしくなかったのに来ちゃったよー」っていう人に取りそうな対応。マジで傷ついちゃうぞ。
「こ、こんにちは」
―――ほれ見ろ、俺まで他人行儀になっちまったじゃねぇか。
まったく、あまり俺を買いかぶるなよ。キング・オブ・コミュ障とまで言われた男だ。
まぁ、もちろん陰でだが。
それより今はまず会話だ。
「そ、そんなことよりどうして意識が戻ってんだよ」
「あぁ、それは私もびっくりで。気付いたらここで寝ていて、そうしたらアズマさんが変な格好をして目を瞑っていたのでずっと見ていたんです」
「へ、変な……!」
何てことだ。
まさかこの少女に目撃されていようとは。
てかまた不恰好な姿で立ってたのか、俺?
よもやあの光を浴びると副作用として変な格好になるという罰ゲームのノリは付いちゃいねぇよな?
だがそんな俺に追い討ちをかけるように、ネコがとどめの一発をぶち込んだ。
「またそんにゃ格好していたのかにゃ。道路でバスと遊んでいたときも気持ち悪いポーズでそれはもう……にゃははっ、今思い出すだけでも笑えてくるにゃ」
「お、おまっ、やっぱり見ていやがったのか! どうしてその直後に言わずに今になってバラしやがった!」
「いやぁ、それはさすがに不憫というか、触れちゃ可哀相かにゃあと思って」
この痛いネコに可哀想と言われた。
「だったら責任持って墓場まで持っていけよ! てかネコの同情とか要らねぇから! 何ならお前の存在自体も要らねぇからな!」
「にゃ、にゃんだと!? お前、オレの的確にゃアドバイスがにゃかったら今頃まだあの町をウロウロしてたところだにゃ」
「いいや、あり得ないね! むし、お前がいたからあんなに時間がかかったんだよ! お前が手間を取らせなきゃもっとエコロジーで地球に優しい捜索活動ができたっつーの」
「エコロジーで地球に優しいって……それはエコロジーじゃにゃくてトートロジーだにゃ。頭痛が痛いのかにゃ?」
「黙れクソネコが! そうやっていちいち揚げ足取るから色々遅れが出るんだよ」
「だったら反応しにゃければいいだけだにゃ」
俺たちは互いにいがみ合い衝突し合い、そしてフンッと鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「……もしかしてお二人さんって仲良しなんですか?」
「そんにゃわけ」「あるかーっ!」
俺たちは少女の見当違いも甚だしい問いに対し、つい仲良く息ピッタリな返答をしてしまった。
「ご、ごめんなさい! そんなわけないですよね……」
少女は慌てて自らの発言を訂正したが、だが少し緩んだ口元がその言葉とは裏腹な心持をしかと映し出す。
「まぁ、別にもういいんだけどな……」
そんな俺の呟きも、ただ虚しく空気に溶け込むばかり。
時刻はすでに午後の四時をまわった頃であろうか。
少しずつ日が傾いているのか部屋全体が放射状に降り注ぐ日の光によって眩しく映し出され、カーテン越しにでも空が赤く染まり始めている様子が手に取るように分かった。
だがそんな悠々とした時間に、事態はまたしても急展開を迎える。