焦燥には暴走でも添えて
一度言ってみたかったセリフが、こんな状況で叶うことになろうとは……!
だが今の俺たちにはここでCMを挟む余裕はない。
一刻も早くこの事実を確認しなければならない。
それに、とにかく今は身体が気だるく重い。
たしかに運動不足だったことは認めるが、ここまで鈍っていたのかよ、俺。
「よし、今から戻るぞ!」「……えっ?」
「俺たちが最初出会った場所だ。そこに戻る」
「えっ、い、今からですか?」
「そうだ、早く自分がこうなった原因を知りたいんだろ?」
「そ、それはそうですけど……」
「よし、行くぞ!」
俺は捲くし立てるようにそう言うと、少女の手をバッと取って走り出した。
「えっ……あっ、ちょっと! きゃぁぁああーーーっ!」
少女はどうやらまだ壁をすり抜ける動作に慣れていないらしい。でも可愛いので許しちゃう。
「おい、コーン! さっさと起きやがれ!」
俺は少女の手を握ったまま階段を駆け下りつつ、そして玄関口で丸まっているネコにそう呼びかけた。
「……にゃ? ようやく終わったのかにゃ。このままここに住みつくんじゃにゃいかと心配までしてたくらいだにゃ」
「そりゃご心配痛み入るが、残念ながらそいつは杞憂に終わりそうだ! いいからさっさと立ちやがれ!」
するとネコは俺のほうを、正確には俺の右手を見ながらこう言った。
「にゃるほどにゃ。やっぱり言葉面では否定しても我慢できにゃかったみたいだにゃ。まぁ仕方のにゃいことだにゃ。オレにはよく分かるにゃ」
ネコは妙に納得した様子でうんうんと首を縦に振っていた。
どうやらこのネコは、俺がいよいよ我慢できずに少女の手を取ったのだとご丁寧に誤解してくれているらしい。
こいつは痛く心外だ。ネコに同調されたところで何の気休めにもなりゃしねぇよ。
「いつまでも寝ぼけてんなよ? お前なんて本当は置いて行ってもいいんだからな!」
俺はそう言いながら、いまだ立とうとしないネコの尻尾を掴んで外に飛び出した。
「にゃぁああーーっ!!」「きゃぁああーーっ!!」
どうやらコーン野郎は尻尾に弱いらしい。こいつはイイことを知った。
「は、はにゃすにゃ! もげる、も、もげるぅぅーーっ!」
ネコは空中遊泳しながら、その短い手を無様にバタバタと動かしている。
「んな簡単に取れはしねぇよ! それとも取り外し可能式だったか?」
「そんにゃ最新機能は付いてにゃいにゃ! もうにゃんでもいいから離すにゃ!」
「ったくしょうがねぇな、ほらよ」
ぞんざいに手を離したつもりだったが、そこはやはり腐ってもネコというか、コーン野郎は綺麗に着地を決めるとそのまま俺に併せて走り始めた。
「あ、あとで憶えておくにゃ!」
「ハッ、お前の脳内容量が底をつかなきゃの話だがな」
病院へ向かって走りながらそんな会話をしていると、俺はふともう一方の手に意識がいった。
「あっ……そういえば……!」
すっかり忘れていたが、階段を駆け下りる前からずっと、少女の手を握ったままであった。
俺は恐る恐る少女のほう、俺の右手が伸びるほうを見ると、悪い予感は当たるもので少女は宙に舞いながらもう絵に描いたように目をグルグルと回し、完全に意識を失う一歩手前という感じであった。
「お、おい! だ、大丈夫か?」
俺は自らの足に急ブレーキをかけると、頭の上に星が回っている少女にそう問いかけた。
「まずい、これは……そうか! 心臓マッサージ……いや、人工呼吸だな!?」
走ったことにより鼓動が高まったが、今は今で別の高まりを感じてしまう。
思えば自然に少女と手を繋いでいた。しかもなぜか恋人繋ぎで。
―――そうか、無意識ってのは怖いモンだよな。でも無意識だからしょうがないよな、うん。しょうがない。
俺はゆっくりと地面に倒れこむ少女に口を近づけると、キス―――ではなく人工呼吸を実行しようと試みた。
だがその瞬間。
「やめるにゃぁーーっっ!!」
そんなネコの声が聞こえたかと思うと、突如俺の右頬にこれまで感じたことも無いような強い衝撃が与えられ、その波動を感じたと同時に俺は宙を舞っていた。
「グフォッ!」
俺はその衝撃にそこそこ飛ばされ、そしてバタンと力なく地面に倒れこんだ。
「て、てめぇ、何しやがる!」
どうやらネコが俺の顔面目掛けて飛び蹴りを喰らわせたらしい。
なんてアブノーマルでトリッキーなネコなんだ。ネコといったらへなちょこ肉球パンチが定石だろ?
「それはダメだにゃ、倫理的にアウトだにゃ!」
ネコは冷静にそう言うと、俺を鋭い目で見つめる。
―――コイツ、ネコのくせして俺に人道を説くとはいい身分になったもんだ。
すると少女が「んっ……」と息を漏らしながらむくりと起き上がり、そして辺りをキョロキョロと見渡した。
「あの……ここは一体どこですか?」
どうやら本当に意識を失っていたようで、ポカンとした表情のまま俺たちにそう訊ねる。
「ここは……外だ」
正直ここがどこだと問われても、土地勘のない俺はそう答えるしかない。
「そんにゃ当たり前のことを聞きたいわけじゃにゃいと思うんだがにゃ」
ネコは完全に俺をバカにしたような表情で罵ったが、そんなことは百も承知だ。
だが少女はなぜか納得した様子で「そうですか…」とだけ呟き、そして千鳥足になりながら立ち上がった。
「えっ、それでイイのかにゃ?」
ネコの唖然とした表情に少女が笑いかけると、その顔を俺にも向けて少女は続けた。
「行きましょう! でももうちょっとゆっくりでお願いします!」
少女は今の自分がどういう状態にあるのかは理解できているようで、そのあたりは最初に感じた「しっかりした子」という印象が間違っていなかったことも窺い知れる要因である。
「そうだな。考えてみりゃ別に一刻一秒を争うってわけでもないもんな」
今から考えると、俺は一体何に焦っていたのか分からない。
それよりも今は少女と過ごすこのひとときを存分に楽しむべきではないか?
そう思いなおした俺は、ペースを落としてもと来た道を歩いて引き返していったのだった。




