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探偵役には閃きでも添えて

「こ、これが……女の子の部屋……なのか」


この独特な雰囲気を、一体どう形容すれば万人に通じるだろうか。


そこには少女の見た目を裏切らない幼児嗜好のぬいぐるみがベッドの上にあるかと思えば、もはや本来の機能を発揮していない本棚にはクマの人形がギッシリと詰まっている。

ついでに言えば俺の夢も希望も、あるいは詰まっているのかもしれない。


そして何より―――見渡す限りピンク! ピンク! 超ピンク! 

カーテンも絨毯もベッドも布団も時計の秒針も全部ピンク!


どれだけピンクに執心しているんだ……ってあれ、そういえば今日の服はどういう訳か黄色だったな。

多分このピンクの箪笥の中にもピンクの服が五万とありそうなものだが……



「あ、あの……!」



そんなことを考えていると、突然扉の向こうから二本の小さな手が飛び出した。


「か、勝手に入らないで……くださいよっ……」


その手は物怖じしながらも徐々に部屋の中へ入っていき、するとゆっくり少女の姿がはっきりと現れた。


「や、やっと入れた……」


どうやらただ壁を通り抜けるという動作に少女はかなり体力を奪われたらしい。

というよりはまさに今自分が鵺的な存在になっているということに未だ驚きを隠せない様子だ。


「あ、ここが私の部屋です」

少女はぎこちなく部屋をグルリと見渡したかと思うと、遅ればせながら、と言わんばかりに自室の紹介をする。


「いやぁすまんな、先に上がらせてもらったぞ」

「もう、色々片付けたいものとかあったんですから、そういうのはダメですよ」


おそらくだが、この少女が何か問題を起こしたとしても大抵のことは可愛いからよし!という理由で笑って許されてしまうことだろう。

願わくばその事実に少女が鈍感であることだけである。


「しかしよ、んなこと言ったところで片付けようにもそもそも触れないんじゃねぇのか?」

「あっ……」


俺はこの瞬間、自らの軽率な発言を悔いた。

このときほど口から出た言葉は取り返しのつかないということの残酷さを思い知った試しはない、というくらいに悔やんだ。


自室の扉の前で必死にその現実から逃れようとしていた彼女に、俺の言葉が決して逃れられない状況を作ってしまった。

なんとも酷な話である。


その気持ちを汲み取ろうとして、俺はこうして今ここに至ったんだろ?

あれほどまでに策を弄して無い知恵を絞って、ようやく導き出した答えでマークミスでもしたかのような気分。


だが俺のそんな悔恨の情とは裏腹に、少女の返しは意外な形で俺の前に現れた。


「そ、そうじゃないですか! 私死んでるから触れないんでしたね!」


一瞬必死の強がりかと思ったが、どうやら違うらしい。


―――この子、本当にただ忘れていただけのようだ。


いや待てよ自分、一旦冷静になれ。それはいくらなんでも自分本位の解釈が過ぎるぞ。

そんな都合のいい話があっていいはずがない。


俺はつい独善的に物事を進めてしまおうとする自らの思考に待ったをかける。



―――いつだって、言葉を額面どおりに受け取って、実際その通りだった試しはなかった。


休日の昼間にやっていたテレビでデビューしたての女優が言っていた「好きなタイプは優しくて面白い人です」という言葉が本心だとはもう誰も信じてなどいない。


小学校のときも、何の授業だったか他人の長所を制限時間内にできるだけ多く列挙するという拷問のような作業が課せられたことがあった。

何が拷問だったかというのは無論俺の長所を書き連ねる役になってしまった相手の痛々しい表情を見ることだったわけだが、結局五分の時間を与えられて相手が結論づけた俺の長所は「素直なところ」の一点張りであった。


まぁその横に薄らと「分からない」と書いた痕跡が消しゴムで隠滅させられていたことはこの際触れないでおく。


だが今になって思うのは、きっとあれは社会に出てから躊躇いなくお世辞が言えるように訓練するという社会の闇が生み出した規範であり、それを義務教育の一環としてサブリミナル効果のごとく海馬に刷り込ませたカリキュラムにはまったくもって恐れ入る。


少々話が逸れてしまったが、要は言葉なんて殆どが嘘八百に過ぎないのだ。


言葉面だけで浮気を否定した深夜帰りの旦那が、妻のなぶるような詰問に対抗できるはずがない。

結局大切なところは表情や仕草に全て集約されるもので、言葉尻云々は正直どうでもいいのだ。


俺は長年そんな俺の親を見てきて、そしてそう悟った。

親父の「あぁ、バレてるな」という諦めの表情も、母の「ボロを出すまで死んでも離さない」という執念も、俺の意思に関係なくビリビリと脳髄に侵入してしまうのだから仕方がない。


だから他人の心理を突くことに関しては人一倍の自信があるのだが、しかしここにきてその唯一の俺の特技が揺らぎ始めている。


この少女は―――正真正銘天然モノの天然なのだろうか。


部屋の扉をくぐり抜けられることも、部屋の荷物を片付けられないことも一切計算ではなく、単純に忘れていたというだけで片付けてしまっていいのだろうか。


こんなことでウジウジと悩んでいる自分が恥ずかしい。

だが正直、俺は女性という未知の生物が怖いのだ。


いくら見た目が超絶プリティーだとしても、中身が某アニメの煤並に真っ黒という女性をこれまで何人も目撃してきた。

放課後、教室に男子が俺以外いなくなると女子陣はこぞって男子の悪口を漏らしまくる。

普通男子が一人でもいればそのような話題は自粛するものだが、おそらく俺にそれを聞かれたところでバラされる危険はないと判断したのだろう。


事実俺には話す相手すらいないのでその判断は正しいのだが、その思考が垣間見えた時点で俺は女性恐怖症に近いような重病を発症した。


ただでさえ人とのコミュニケーションが円滑に進まないというのに、この重篤な病はそれに追い討ちをかけたのだ。

所謂「こじらせ系」というヤツである。


と、そういうわけでこの少女に対しても俺は例外なく怪しいところを見つけると過敏に反応したわけだが、しかし少女の純真無垢な表情を見ていると段々そのような疑念は薄らいでいくのが自覚される。


そう、俺はこの時点で、あるひとつの真理に行き着いた。


―――可愛ければ、いいじゃないか。


たとえ性格が真っ黒だろうとも、陰口に日々の喜びを見出すような根暗だったとしても、可愛ければ結局許されてしまう。

あるとき、ピカピカの新車をこすられた父はその瞬間鬼の形相のように色を変えて怒り狂ったが、その加害者である自動車の運転手が出てくると父は表情をコロリと覆した。

その運転手がいわゆる美形と呼ばれる人種であり、本当に申し訳なさそうに謝っていると父は「次からは気をつけなさい」の一言だけで、慰謝料どころか住所や連絡先も貰わず車を走らせた。

その後母親から怒りの鉄槌を喰らう羽目になることを、その身をもって重々承知済みだとしてもだ。


世の中は不平等である。

可愛いを目の前にすると、その瞬間にこれまでの概念がひっくり返り、そして全ての可愛いがその人物に注ぎ込まれることになるのだ。

それが正しくないことも、結果敵を増やすことになるということも、本当は全部分かっているのに。



窓から見える外は、うるさいほどにまだ明るく輝いている。



「それで、私の部屋に入った意味って何でしたっけ?」


しばらくして少女は、何かを思い出したようにそう俺に訊いた。


「えっ、そりゃこの部屋に入ったのはちゃんとした理由が……あ、あれ、そういや何でだ?」


そういえば何も考えていなかった。

少女に言われるがまま家に案内してもらい、そして部屋に入ったもののここでどんな成果が得られるというのか。


いや、成果といえば俺は何にも代えがたい成果を得た。

初めて異性の家に行き、そして部屋に入ったのだ。それで十分満足なのだが、せっかくならば何か情報を得たいところである。


忘れてはいけないのは、俺も少女もすでに死んでいて、そして俺がここにいる理由はあくまで少女の死因を探るためだ。


そう思い返した俺は、とりあえずどんな情報だとしてもまずは手短にこの部屋の所有者に話を聞くのが一番だろうと思い、少女への質問を開始した。


「この部屋で何か気付いたところというか、以前と変わっているところはないか? 家具の位置とか、どんな些細なことでもいいんだが」


すると少女は部屋中を見渡すが、首を横に振るのみである。

まぁ亡くなった娘の部屋をそのままの状態にしておく親心は何となく想像はつく。変化がないのも別段不思議はないか。


「そうしたら他の部屋も見せてもらっていいか?」

「あ、えぇ、大丈夫だと思います」


そうして俺たちは、キッチンから風呂場に至るまであらゆる部屋に入った。

だが少女に言わせれば、自身の記憶との差はどこにも感じ取れなかったということらしい。


ちなみに毎度ドアを通るたびにギュッと目を閉じて通り過ぎる様が愛おしかったということはそっと胸の内に秘めておこう。


「さてと、これで全部の部屋か」

「はい……そうですね」


そうして随分と部屋を巡ったが、一切の手がかり無し。

ここまでヒントが得られないとなるとさすがに堪えるものがある。


「その、なんか……すいません」

「いや、謝る必要はねぇよ。ただ問題は今からどうすべきかってことだな」


少女の申し訳なさそうな顔と、依然として八方塞がりの現状に対してどう打開案を提示すべきか。

というか俺にそんな大役が務まるのか?


そもそも以前とまったく変化がない家からどうヒントを……



とそのとき突然、俺の思考回路にまぶしく豆電球が灯った。

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