おうちデートには不穏さでも添えて
「その、実は鍵がなくて、ですね……」
予感的中。またしてもジェットコースター級の落差で上げて落とされた。
なんだか少女の手の上で転がされている気分。
だがどうしてだろう、不思議と悪くない。
「どこか他の扉とか窓は開いてないのか?」
「そうですね……見たところ車も無いですし、多分全部閉まっちゃってると思いますよ」
また手詰まりか。
一つクリアするごとにまた一つ問題が生じている気がするが、ここまでくると偏に俺たちの計画性の無さが元凶だとも言い切れない。
「まさか第三者の介入か? 俺を少女の家に入れないために何かしらの力が働いているとでもいうのか?」
「あの、声に出てますよ…」
「なに!? それはしたり……いや、すまない」
いかんいかん、少女の前ではあくまでジェントルを装わねばな。
「では誰か他の人が帰ってくるまで待つか。しかし待ち時間不明の待機ほど苦痛なものも無いからなぁ」
例えばデートで恋人が遅れてきた、とかだったら多分一時間くらいは余裕なのだろう。
だが今はこの先に特別そういった楽しみがあるわけではなく……いや、待てよ。
今俺たちが待っているのはこの少女の家族、つまり親御さん。この少女を誕生させた尊敬すべき方々。
その人たちの姿を、俺は見たくないと思えるのだろうか。
それに将来的なことも考えて両親には早いうちに挨拶をしておいたほうが今後の……
「にゃにを考えているんだにゃ? 通り抜ければいいだけだにゃ」
するとそれまでモブキャラのごとく沈黙を貫いてきたネコが、俺の思考に割って入るようにそう淡々と述べた。
「通り抜ける……か。なるほどその手があったな」
ついさっき臨死体験をしたばかりだというのに、それがもう記憶から飛んでいたとは我ながら愚鈍である。
先ほどの実験で、俺たち死者はモノを通り抜けることができるという事実を立証した。
つまり現時点でのこの状況はその実践に打ってつけであり、そして少女の家へ不法侵入という背徳行為への憧憬が、いつの間にか俺の体を動かしていたらしい。
「あっ、ちょっとどういうことですか……って、待ってくださいよ!」
だが遅い。もう遅い。止めようったって、そうはいかない。
いやむしろ止められるものなら止めてほしい。
マイサイトは少女の家のドアノブをロックオンしてもう止まらない。
「お邪魔しまぁーーす!」
俺はそう声を張り上げると、頭を下げて目を閉じながら扉をすり抜け、そして玄関の中へと入っていった。
外では扉の向こうに消えていった俺に対し、少女が「うぇぇっ!?」と驚きのリアクションをとっている声が微かに聞こえた。
そして次にコーン野郎の億劫そうな声が聞こえたかと思うと、いきなり少女とネコが玄関口の向こうから飛び出してきた。
まぁ流れから察するに、痺れを切らしたコーン野郎が少女を無理やりにここまで押してきたという具合だろうか。
「きゃぁぁーー!……ってあれ、うちの玄関……」
どうやら少女はまだ自分がモノを通り抜けることができる能力を有していることに気付いていなかったらしい。
まぁ俺たちもあんな場所に転移させられなかったら未だに気付いていなかったのかもしれないが。
「ふむ、なるほど。ここが玄関か」
玄関とはこれすなわち家の看板。
最も人の流れが大きく、見知らぬ新聞勧誘の業者も隣近所のおばさんも、当然家人も誰もがここを通る。
ここを通らずしては家の中に入ることさえできない。
つまりこの家という存在を、一番端的に表しているのがこの玄関といっても過言ではない。
靴の整理がなっていなければおそらく家の中もあちらこちらに荷物が散乱していて、においがキツければ多分ガサツな住人がそこには住んでいるのだろう。
その評価でいくと、この玄関はかなり良い。
しっかりと管理が行き届いている。
靴は最低限しか出されておらず、靴置きの台の上には彩り豊かな造花が飾られていて華やかさが感じられる。
玄関全体には芳香剤がほのかに香り、俺なら間違いなくここを寝床とすることができるレベル。
「ちょっと、あんまりジロジロ見ないでくださいよ……」
「お、おう、悪い。ついな」
おっといけない。
俺の家の玄関があまりにヒドかったとはいえ、他人の家に理想を求めるのは間違っている。
だが俺の次の住処候補としては申し分なさそうだな、うん。
「さっさと用をすませるにゃ。オレはもう疲れたにゃ」
コーンは素っ気なくそう漏らすと玄関で丸くなり、そして尻尾を一回縦に振るとゆっくりその目を閉じた。
「尻尾で俺に指図すんじゃねぇよ。だがそうだな、さすがに俺も疲れたぜ」
思えばこの都会じみた場所に来てからは苦労の連続だった。
いきなり車に三回も轢かれ、ネコを追いかけ少女を追いかけ、そして長旅の末ようやく今少女の家にいる。
「それで、俺はここからどうすりゃいいんだ?」
「……えっ? そういえばたしかに、ここに来てどうするんでしたっけ」
あれ、しまった。
目の前の現象だけに囚われてここまで来たのはいいのだが、肝心の目的を設定しなかったためここに至って手持ち無沙汰で右往左往。
かなり早計なのは認めるが、致し方ないのもまた事実。
年頃の男の子が「少女の家」というフレーズに目がくらんで思わず冷静な判断力を失うのは、もはや必然である。
「よしそうだな、とりあえず部屋を見せてくれ」
「えっ、わ、私の部屋……ですか?」
少女の返しに、俺の思考が停止する。
「……え? あ、あぁ、そうなる……よな」
「まぁ、はい。構いませんけど……ちょ、ちょっとだけ片付けてきます!」
すると少女は猛スピードで階段へと駆け出し、俺の目の前から瞬く間に姿を消した。
―――あれ、ひょっとしてだけど、俺は今とんでもないことを口にしなかったか?
おいおい、女の子の部屋だぞ!?
何しれっと「部屋を見せてくれ」とか訊いちゃってんだよ俺! 自分に正直すぎるだろ!
いや、しかし待て。
彼女は別に嫌がる素振りは見せなかったわけだし、まぁ現に今片付けをしてもらっているわけだが、これは別にプラスに捉えてもいいのではなかろうか?
「部屋を見たい」だなんて、むしろそういった経験が豊富なヤツほど口にしづらいワードだ。
こうして何の気なしに部屋に案内してもらうほうが逆に誠実さをアピールできるというものに違いない。
そうして自らの正当性を半ば無理やりに確認していると、少女は階段の真ん中あたり、つまり俺がギリギリ視界に入る場所から声をかけてきた。
「あ、あの……無理でした」
しかも、今にも泣きそうな顔で。
「無理ってのはどういうことだ?」
無理って…つまり片付けができないってことだよな?
もしや部屋にも鍵がかかっていたのだろうか。
最近は自部屋を親にも見られたくないという理由から鍵をつける中高生が増えていると聞くが。
「それが、部屋に入れないんです!」
だがそんな少女の焦燥とは裏腹に、こんなときでも俺は今少女の家にいて、そして会話をしているという現状に対し猛烈に感動していた。
家の中で会話なんてまるで家族みたいじゃないか。
「よし分かった、今行く」
俺は靴を脱ぐと、二階へ一段ずつ階段を上がっていった。
足のリズムに合わせて木材の軋む音が家中に響く。
自分が恰も泥棒になったかのように感じとれてしまう現状に加え、その一音一音がとにかく鬱陶しくて仕方がない。
そして階段を上がると、正面と左右それぞれに三つの扉が見えた。
だが少女の部屋が何れなのかは見るまでもなく明らかで、そしてその戸の正面にはいかにも「Now Loading…」の文字が脳内でグルグルと循環していそうな佇まいの少女が確認できた。
「で、どうしたんだよ?」
俺は泣き出しそうな少女に向かってわざとらしくそう言うと、目線はそのまま、俺のほうを向いたまま少女はゆっくりとドアノブに手をかけた―――のだが、ドアノブはまるでその所作を嘲笑うかのようにスルリとその手から滑り抜ける。
「ほら…無理なんです…」
そう。
あろうことかつい忘れがちになるが、片付けどころか俺たちはこの世界のモノに触ることが許されていないのだ。
少女の手がドアノブに触れることができないのも、そうした摂理に則っているだけに過ぎない。
そこで俺は「今の状態ではドアを通り抜けるしか方法はない」という旨を少女に伝えようとしたが、しかし彼女の表情を見て一瞬ためらいが生じる。
―――自分の家に、自分がずっと使ってきた部屋が目の前にあるというのに入れないというのはどういう気持ちなのだろうか。
あるいは彼女は気付いているのかもしれない。
ドアノブから手を離し、目を瞑ってでも扉を通り抜ければ簡単に部屋の内側に行くことができると。
だがそれを頑なにしようとしない彼女を前に、俺はそんな色消しを演じる勇気があるのだろうか。
俺は少しの間思考をめぐらせ無い知恵を絞り、そして結論を得た。
「よし、行くか!」
俺はそう決断すると、前傾姿勢のまま少女の部屋に突っ込んだ。
「あっ、ちょっと!」
これに関しては、別に一刻も早く少女の部屋にお邪魔したいという本能的欲求が先行したわけではない。
少女が躊躇っているのはおそらく扉をすり抜けるという行為自体であると予想した俺は、先にその状況を作ってしまうことでこの件の解決を試みたのである。
「片付けをしなければ」という強迫観念に囚われていた彼女は、俺がそうすることで恐怖心よりと気恥ずかしさの不等号を入れ替えるに違いない。
―――だが考えてみれば他人の、しかも異性である年下の部屋に勝手に侵入するなど、生きていれば間違いなく牢獄行きが決定してしまう事案だろう。
しかし少女のそうした驚嘆が耳に入ったと同時に、俺は部屋の中にも既に入っていた。




