少女にはあらゆる属性でも添えて
「通話内容……ですか? あっ、えっと、その、実はあんまり聴いてなくて……す、すいません!」
な、なん……だと……!?
あれほどまでにデカい声をスルーできるなんてもはや才能の域ではないか……!
心の安寧を打ち砕く少女の宣告は、だがそれほどまでのダメージでもないらしい。
それよりも俺の心を占有するのは少女への追憶。
―――あぁなんてことだ。
天然ドジっ子属性まで増えることになろうとはな。
美少女というだけでお腹いっぱいだってのに、これ以上のサービスはもしや追加料金かかったりはしないよな?
「死因がなんとかっていうのは聞こえたんですけど……」
すると少女が俺の顔を窺いながらそう一言を付け加えた。
「なんだよ聞こえてんじゃねぇか! いやぁ、良かった良かった。これで一安心……」
―――って良くねぇよ!
結局俺が一から説明しなくちゃいけない事実は何一つ変わってないじゃねぇか!
上げて落とすとはまさにこのこと。いや、俺が勝手に上げただけか。
だが今になって引き下がるわけにもいくまい。
言うしかねぇ……か。
「あー、いや、実はだな。落ち着いて聞いてくれ」
俺は先ほどと同じようなセリフを、先ほどとは打って変わってひたすら単調に、まるで悟りの境地に達したかのごとく無感情で続けた。
「あなたはもうこの世の人間ではありません。認めたくないでしょうが、あなたは既に死んでいます」
「え? あ、はぁ……」
「ん、アレ?」
俺が妙に淡々と述べたせいか、少女のリアクションは想定外に薄いものであった。
―――と思い込んでいたのだが、
「それは……その、もう知ってますよ?」
「…………へっ?」
「いや、だから、私、死んでるんですよね?」
「…………何ィィィいいい!?」
い、いきなり何を!? 気付いていただと!?
じゃあ何だよ、俺の勇気は? 同情は? 気遣いは?
何のために精神をすり減らして……しかも無の極地にまで辿りついてやっと言えたってのに!
「それで、あなた方もそうなんですよね? あなたも私も、このネコさんもみんな、みんな死んじゃってここに……なんですよね?」
「そっ、そこまで……!?」
なんだこの鋭い洞察力。それでいて冷静な分析と落ち着いた対応。
まさかとは思うが見た目年下に見えるけどひょっとして年上?
少女ではなく女性……
―――そう思いかけたところで俺は自分の思考に待ったをかける。
いやいやいやいや、どう見たって年下だろ?
この可愛さ、もとい雰囲気からして中学生レベルだ。うんそうだ、間違いない。てかそうでなくては俺が困る。
だが問題なかろう。ひょっとしたら幼稚園児の可能性まである。いや、ない。
―――落ち着け、俺!
いくら年上女性に抗体が無いとはいえ、これまでも普通に話せていたじゃねぇか。
ってあ、あれ、普通に会話できていたよな?
とはいえ一応確認を。
「し、失礼ですがお年はおいくつで―――」
「あっ、私ですか? 十四歳……です」
どうだ見たことか! やっぱり年下じゃねぇか。俺の慧眼はまだまだ衰えていないようだな。
しかし中学生とは何と筆舌すべきか、その愛くるしい容姿を愛でるべきなのか発展途上として遠巻きに経過観察をすべきか……
―――ハッ、いかんいかん。
これでは本当にネコの言ったとおりロリコン認定されてしまう。
しかしどこからともなく既にロリコンだという声が聞こえてくるような気がするが、それは大きな過ちである。
俺はロリコンではなく、可愛いものが好き。いや、愛しているだけなのだ。
それもこの愛というのは「慈愛」や「友愛」という意味での愛。何なら母が子に与える無償の愛と同価値なのである。
誰だって小さきものを愛でる心があろう。
動物園に行って小動物と戯れることを至高の喜びとする者もおろう。
俺の愛はそんな地球規模で皆が持っている、純度一〇〇%のエバーグリーンな愛。
そもそも愛と恋は全くの別物だ。
ここを勘違いしている輩が多いから、付き合い始めてすぐの恋人が方向性だか音楽性の違いとやらで別れることになるのだ。
熟年の夫婦が口を揃えて「結婚とは我慢」と漏らすのはそういった所以に相違ない。
大切なのは自らの感情を理解すること、すなわち自覚だ。
俺は俺がこの少女を最高に可愛いと思っていることを知っている。
愛や恋に理屈をつけるのは愚かな人の為すことだが、自分に理屈はつけてもいい。
だからもし俺をロリコン認定するのであれば、俺はミニチュアダックスフンドを飼っているやつら全員をロリコンと呼んでやると、そう心に決めている。
「な、なるほど。そうか中学生か」
―――中学生。あぁ、なんと甘美な響き。
すると少女は俺に向かい、恥じらいを隠しながらもこう訊ねてきた。
「あっ、あの、私もその、質問をしても……」
―――おいおいおい、マジかマジかマジかっ! 何だよこの上目遣いは!
それにご丁寧にも胸の前でギュッと両手を結んでくれちゃって……!
見せつけているのか? 見せつけたいのか? その未発達な胸を!
「あっ、あぁ、いいぞ。ドンと来いや!」
「い、いえ、ただ何歳なのかと……」
どんな豪速球でも受け止める覚悟で構えた俺にとって、この質問は素朴すぎて拍子抜けもいいところだが、まぁ少しくらいは俺に気を許してくれているらしい。
ひとまず安堵。
それだけで今は十分だ。
何せ最初は犯罪者集団だと思われていたわけだしな。そこから比較すればかなりの大健闘である。
よし、そうだな、ここはいっちょ年上らしい誠実な対応をして大人な雰囲気を出していこう。
「そういやぁまだ何も言ってなかったな。俺の名前は谷沼東。十七歳だ」
「あっ、私は沙上苗といいます。歳は……さっき言ったからいいですかね!」
少女は明らかに先ほど俺に向けた表情とは異なる、柔らかな笑顔をこちらに見せた。
「……あっ、あぁ、よ、よろしく」
少女の名前をゲットした。サガミナエ。どういう漢字なのかは分からないが良い名前だ。
しかしせっかくいいところを見せようと企んだのに、年下相手に上擦った声になってしまった。
諸々の後遺症ってのは実に恐ろしい。
それにしても自己紹介なんて何年ぶりだろうか。
中学の頃、下の名前を勝手に英訳され陰で「イースト菌」と呼ばれていた事実を知ってからは事務所所属の女優ばりに本名をひた隠しにしてきたのだが、今目の前にはそんなことがどうでもよくなってしまうような眩しい笑顔がある。それだけで俺はもう死んでも悔いはない。(以下略)
「こちらこそよろしくお願いします。そ、その……アズマさん、ってお呼びしてもいいですか?」
「―――えっ?」
なっ、なん……だと!? こんな幸せがあっていいのかよ。
たしかについさっき不幸の象徴である「死」に直面した俺だが、いやはや人生の浮き沈みっていうのはこんなにも激しかったのか?
いや、終わったあとで言うのも居た堪れないものだが。
しかしひょっとしてだけど、これが所謂「あだ名」というやつなのだろうか……?
随分と前から一体どのようにそういった呼び名が制定、定着していくのだろうかと疑問に思っていたが、こんなナチュラル且つスムーズだったとはな……
よくあるミステリーの密室の謎もそうだが、一度明るみに出てしまえば実際何てことはないものが非常に多い。だがこれだけは言える。恐るべし最近のJCコミュ力。
―――だがしかし、ここで忘れてはならない問題が一つ。
「お、俺はなんて呼べば……」
そう、これは極めて重要なポイント。相手の呼称。最大難易度。
そして、この試練を乗り越えたものこそが真の力を手に入れることができるのだ。




