通話には喧しさを添えて
―――ピッ
俺の指が通話開始ボタンを押すと、画面は切り替わり通話時間が一秒、二秒と進んでゆく。
「…………もしもし」
もしかしたら画面の写真と名前は誰かの陰謀で、実は全く別の人からの電話かもしれない。
全部ドッキリでしたー!というオチを期待しつつ、俺がおずおずとその携帯を耳にかざすと、そんな淡い期待を一蹴するかのごとくバケモノの声が脳髄まで鳴り響いた。
「ちょっとぉ! どうして一回電話を切ったわけ?」
―――多分ここで正直に「お前の顔写真を見たら条件反射的に指が通話終了ボタンを押していた」と言えば俺の命はないだろう。まぁ、もう死んで(以下略)。
「あぁ、すまねぇ。操作ミスしちまっただけだよ。どうしようか困ってたところだ」
まぁこの件に関しては適当にこんな具合で返しておけばいい。
「ホント、アンタって使えないわね! 前戯ステージでいうところの二千円札程度の価値しかないわ!」
するとこうして数倍で返ってはくるが、一応事態は収集する。
よし、俺も段々と要領が掴めてきたらしい。
「ふっ、なに抜かしてんだ。二千円札だってな、とある南の島では銀行から出てくるくらいの需要があんだぞ? 舐めんなよ二千円札」
そう、二千円札に罪はない。
悪いのは二千円札を出すとドル札でも貰ったかのように振る舞うレジのおばちゃんだ。
「アナタ、そんな無駄な知識ばかりあっても勉強ができなきゃダメじゃなくて? 評定平均が四って、五点満点ならまだしも十点満点でさすがによ……」
「おい待て! ちょっと立場的に不利になるとすぐ俺の過去情報を流出させやがって! てか何だよ、何の用だよ! そもそも勝手に人のポケットに携帯とか変なモン入れてんじゃねぇよ!」
手口は卑劣極まりないが、しかし俺の恥ずかしい過去については本当に抜かりない。
これはひょっとするとまだ俺の気付いていない黒歴史をも掴んでいる可能性があるな……なんと末恐ろしいことか。
「あら、それはゴメンなさいね。でもどこかの誰かさんもアタシの机の上から色々盗みを働いたみたいだし、そんな被害者であるところのアタシがこうして責められるべきではないと思うんだけどぉ~?」
「くっ……いや、それはだな……」
やはりバレていたか。
というより狙ったとしか考えられないあの絶妙なタイミングで電話をかけてきたということは、俺たちの行動はアイツに監視されているわけだな。
まぁ、大方のところ俺がネコに口封じ(物理的)をするためあのテープをポケットから取り出したときにその持ち主であるバケモノに気付かれたってところだろう。
―――しかしちょっと待てほしい。
そういうことならつまりあのネコの恥ずかしくも痛々しい失恋もバケモノはバッチリ目撃済みだということだよな?
アイツにとってバケモノは親も同然なわけだから―――あぁ、気の毒にな。
親にフラれる瞬間をリアルタイムで目撃されるってどうよ?
いやぁ、俺なら即刻発狂レベル。いや、発狂もできずに絶望のどん底まで沈みそのまま縄で首を括ることになるだろう。
だがこの際仕方ない。
ここは情けをかけてネコにはそのバケモノに知られたという事実は隠しておいてあげよう。事実は時に嘘より残酷だからな。
「その、悪かった。盗ったモノは返そうと思ったんだがタイミングを逃してな」
「アナタ、それ強盗犯の苦しい言い訳にしか聞こえないんだけど?」
「なっ、しょうがねぇだろ! まさかいきなりこんな場所に飛ばされるなんて夢にも思ってなかったっつーの!」
「……ふん、まぁいいわ。別に大したモノも無かったし」
―――何だか俺の逆ギレ感が凄いが、意外とどうにかなったようでなにより。
「それよりアナタ、ちゃんと憶えてるわよね? その子に会ったら訊いてもらいたいことがあるって言ったじゃない?」
言われてみればそんなことも言っていた気がした。
確かこの子に限って特別に訊いてもらいたいことがあるとかなんとか。
―――も、もしやスリーサイズか? そうか! そうに決まっている。
いや、好きな食べ物も押さえておきたいポイントだな。
それから理想のタイプと、趣味特技、休日の過ごし方とかも……あぁちくしょう、ロマンティックが止まらないぜ!
「そういえばそうだったな、それで何なんだよ」
昂ぶる気持ちを抑え、ぶっきらぼうを装い俺がそう答えると、何が逆鱗に触れたのかよく分からないが、通話口の向こうからは不平不満が大きな塊になって押し寄せてきた。
「あ~~っ、もうアナタ! さっきから「おう」とか「それで?」とか、事務的な受け答えしかできないわけ!? ホント二千円札だわ! もっとこう、アタシに対しての小遣い……じゃなくて気遣いとか気配りとかないの!?」
―――未だにバケモノが何を言っているのかはよく分からないが、とりあえず俺をコケにしているということだけは理解できた。
「……あぁ、悪かった悪かった。どうもすいませんでした。だが今俺は生憎疲れてんだよ。さっさと用件を言ってくれ」
「ア、アナタ……人手不足じゃなかったら今すぐにでも解雇してやるところよ……!」
こっちだって人手不足じゃなかったらこんな挑発しねぇよ。
「はぁ、もういいわ。とにかく今はその子の死因を調べてちょうだい。というか本人に訊いてちょうだい。今すぐによ! たちどころによ! とりあえずそれが先決!」
「はぁ? 死因だ? そんなの俺に任せなくても調べりゃすぐ分かるんだろ? 俺のどうでもいい歴史を漁る暇があったら先にそっちをやれよな」
「そんなの、アナタに頼らなくて済むならとっくの昔ににそうしてるわよ! 分からないからこうして渋々アナタに頼んでいるんじゃない! コッチだって二日前から色々調べてるんだけどこれがどうにも分かんなくて……」
―――二日前か。そりゃまた大層厄介な物件だな。
「ア、アタシもこんなの初めてだからちょっとどうしていいか分からないっていうか、あわよくば全責任をアナタが被っ……キャッ! ちょ、ちょっと、アタシになに言わせてくれちゃってるのよ!」
なんだコイツ、頼んでもいないのに勝手に墓穴掘りやがったぞ。
「……部下に責任擦りつけようとするなんてお前心底最低だな」
「う、うるさいわね! と、とにかく死因を徹底的に訊いてくること、いいわね? できるまで戻ってくるんじゃないわよ!」
「いや、戻り方知らねぇっつうの……ってもう切れてるし」
まだ色々と訊きたいことはあったのだが、時すでに遅し。
その電話はいつの間にか一方的にバケモノによって切られた後であった。
「ま、仕方ねぇか。という訳でどうだ?」
俺は携帯電話をポケットにゴソゴソと戻しながら、少女のほうへ向き返りそう訊ねた。
「えっ? な、何がですか?」
「いや、さすがに聞こえてただろ? 今の通話内容」
いきなり自分に会話を振られ少女はひどく困惑しているようであったが、俺はこのとき既に心中穏やかであった。
俺にとって最大の山場になると思われた彼女への死の宣告が、間接的かつ婉曲的にバケモノにより少女に知らされたのだ。
実際、通話口から聞こえるバケモノの声はかなり大きく、俺も耳からだいぶ離して通話していた。
よって耳を塞がない限り、その声は俺から程近い少女の元へと必然的に届いているはずだ。
と思い込んでいたのだが、実際はそう簡単にことは運ばないらしく……




