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思春期は溢るる欲望を抑えて

「はっ、いかんいかん!」


俺はすぐさま怯える少女から目を逸らし、これ以上のイメージダウンを塞き止めようと試みた。


―――いやぁ、危なかった。少女の可愛さに気を取られて自分を見失うところだった。


ホッと胸を撫で下ろしたところで、しかしそうした俺の理性を逆手に取るように、またしても嫌な方向から不本意な妨害が入り込んでくる。


「にゃっ! 今のは「やべっ、目が合った! 好きだってことがバレちまうぜ!」と思って目線を逸らしたに違いにゃいにゃ!」


コ、コイツ……! ついに下手な真似まで入れ込んできやがったな。


なるほど、どうやらこのネコは俺を弄ぶためにわざと俺にとって都合の悪い展開へと持っていこうとしているらしい。

ホントどこかの某バケモノにそっくりでいい性格してやがるな。


そう思いつつ下のほうへ目線をやると、案の定ネコの口元は他意を孕んだいやらしい笑みで溢れていた。


「えっ、そ、そうだったんですか? そ、そんな……」

「フン、残念だったにゃ! まぁお前もこの変態ロリコンに捕まったのが運の尽きだったにゃ……ってにゃぁぁああーーっ! やめるにゃ! にゃにをするにゃ! はにゃせっ!」

「おいてめぇ、さっきから次から次へと本人を目の前にしてしょうもないデマばっかり流しやがって! んなクソみたいなことしか言えねぇ口ならなぁ、俺が今から未来永劫封じ込めてやるわっ!」


「に、にゃゃぁぁああああーーーーーっっ!!」



―――数十秒後



「いやぁ、すまなかったな。うちのネコが余計なことを……」

「い、いえ、大丈夫です。そ、それで、このネコさんは大丈夫なんですか?」


少女は口の周りをテープでぐるぐる巻きにされているネコを憐れむような眼差しで見つめ、俺にそう問いかける。


何を隠そう、俺はネコが隙を見せたその瞬間を狙って身動きが取れないようネコを拘束し、そして華麗なる手捌きでその忌々しい口を黙らせてやったのだ。


実のところ、俺はあのバケモノがいた薄暗い部屋の中から色々と使えそうなモノを持ってきていた。

だが別にこういったことが起きるのではないかという先見の明が働いたわけではなく、ただ単に書類に諸々を記入していた際、机の上にあった他のモノが気になって触っていただけで、それをついうっかりポケットに入れたまま持ってきてしまっただけのだが。


「ん? あぁ大丈夫だ。逆にこうでもしないと収拾がつかなくなるからな」

「ばいぼーぶばばいば! ばばぶぼべぼぼぶばっ!(大丈夫じゃにゃいにゃ! 早くこれを取るにゃっ!)」


どうやら口元を固く封じ込まれている現状をもってしても、未だ減らず口は解消されないらしい。


―――どんだけしぶといんだよ。排水溝のゴキブリか、テメェは。


ここまでくると親の敵のような怨念まで感じてしまう。

しかし残念ながら、どんなに性能の良い「減らず口製造メーカー」であっても、ここには需要が微塵もない。

悪いがこっちは手一杯だってんだよ。


「うん、そうかそうか。コイツも余裕だって言ってるぞ」

「えっ? あっ、そうなん……ですか」


ふぅ、ようやくまともに話ができるな。

俺はやっとの思いで一息つくと、改めて少女のほうへ向き返った。


―――あぁ、可愛い。写真の数千倍は可愛い。

なんだよ、写真映えしないタイプか?


少女と出会って最初の印象は、まぁもちろん「可愛い」だったのだが、同時に「小さい」とも感じた。

写真では測れない身長は実物を見るまでははっきりせず、実のところそこまで意識していたわけではないのだが、とにかく華奢だ。

俺の肩より低いくらいだから、推定一四五センチ。これは頭を撫でるのに適した身長差。


つまり最高。



ネコはまだ懲りずに何かを言ってるようだが、まぁ気にしなくても良かろう。

第一あのネコの柔な手ではテープは剥がせそうもないしな。


「そ、それで一体あなたは誰なんですか?」

すると少女は僅かな怯えを隠しながら、俺の目を見てしっかりとそう訊いてくる。


そう、これが―――俺がいつの日よりか待ちに待っていたイベント。

その名も、自己紹介である。


き、きた、ついにこの時が! うっ、目から汗が……!

しかしまぁなんだ、たったこれだけの会話にありつくのにまさかここまで苦労するとはな……およそ感慨深いものがあるなぁ。


「おっ、おう、そうだな。いやぁ、実はだな……」


―――そうして俺は不本意ながらも少女を怯えさせた経緯と、その理由についてこと細かに彼女に打ち明けようとした―――のだが、ここで一つ心に引っかかる点がある。


―――ちょっと待てよ。

たしかこの子も俺同様もう死んでいて、それでその事実にまだ気付かずにいるんだよな?


俺がこれから夢にまで見た自己紹介を完遂したとき、それはつまり俺が死者であり、同時に目の前の少女も同系の存在であるということを否応なく知らしめる結果となっているはずだ。


そんな重要なことを見ず知らずの……というかこんな初対面で尚且つ今のところ印象最悪のヤツがサラッと言っていいのか?

いや、そもそもそんなヤツがどんなに懸命にそう言ったところで信じてもらえるものなのか? 


いやいや、でも事実は事実だ。

直隠しにしてそれを引き伸ばしたところでいいことなんて一つもない。それにそういうことは早めに知ったほうがこの子のためだ……


「ど、どうしたんですか? 何か思い詰めたような顔をしていますが……」

「あーいやいや、な、なんでもないんだ。気にしないでくれ」


クソッ……ここで俺が怖気づいてどうする……!

覚悟を決めろ!


俺は奥歯にグッと力を込めて、力強くも弱々しく全ての経緯の説明を始めようとした。


「そ、それでだな、これは落ち着いて聞いてほしいんだが……」

「あっ、は、はいっ!」


少なからず改まった俺の顔を見て、少女は襟を正すように硬い応えを返す。


「そ、その、だな……実はお前は……その、えぇっと」

「……はい?」

「お、お前は! だな……そ、その、し、しん、しん……」

「……しん?」


―――と、そのときだった。



プルルルルルルル……



突如どこからともなく電話の音が、生前に聴き慣れたあの音で―――それはもう高らかに、これまでの全てを台無しにするかのごとく盛大に鳴り響いた。


「……あっ、えっ?」


一瞬時の流れが止まったように感じた俺であったが、ハッと我に返りその音の出所をよくよく耳を澄まして探してみると、どうやら俺の右ポケットからそれは発せられているらしい。


「はぁ? 電話……だと?」


俺はゆっくりとその発生源らしきモノを手に掴んで持ち上げ、それを確認してみた。


「なっ……!? いつの間にこんなモノを……!」


ポケットから手を出してみると、それは一昔前に発売されていたであろう、まさしく携帯電話―――所謂ガラケーというヤツであった。


お、おかしい……!

携帯電話なんてポケットに入れた記憶はない。

それにさっきテープを取り出したときにはこんなモノ無かったはず……


そうは言えども着信に気付けば応答するのが筋。


「なんだよ、出りゃいいのか? ったく一体どうなって……」


いまいち状況を掴めないままでその携帯を開いてみると、そこには「ア・タ・シ」という発信元の通知の上に、気持ち悪い笑顔を浮かべた例のバケモノの写真があった。


―――ピッ


俺は即座に無言で通話終了ボタンを押し、そして再びそれをポケットへと戻した。


「はぁ……いや、すまなかったな。それでだが……」

「えっ? あ、あの、いいんですか? その、電話……」

「デンワ? 何のことだ? 俺はそんな名前のモノ知らないぞ」

「いや、さっき間違いなく電話と口に……」


―――はぁ、冷静にツッコむ姿、なんと愛らしい。



プルルルルルルル……



だが、またしても俺の至極の時間は忌々しい着信音によって阻害された。


―――チッ、また来たよ。何なんだよ、もう。


この状況では当然だが、発信元は例のバケモノ。

視界に入るは少女の可愛……頑是無い表情、全身をくねらせて悶えるネコの醜態、そして募るらくは不信感と煩わしさ。


耳に響く単調な機械音は俺の心に圧倒的な諦観を押し上げ、仕方なく俺は渋々ながら電話に出ることに決めた。


「…………もしもし」

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