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邂逅には奔走劇でも添えて

「ひどいにゃ! 怖がらせておきにゃがらまだ自分の恋を優先させるのかにゃ!」


全力疾走でその差を広げようとする少女を追いかけながら、ネコは俺にそう言う。


「だから違ぇよ! いつまで勘違いしてんだ!」

「じゃあにゃんで後ろを追う必要があるんだにゃ?」

「はぁ!? 何を今さら……あれは写真の少女だよ! お前も見ただろうが!」


―――しかし何といってもアレだな、超絶可愛かった。


「写真? にゃーはいはい、そういえば見た気がするにゃ! どんな顔だったっけにゃ」

「今追ってる少女の顔そのまんまだったじゃねぇか! そのくらい憶えとけよ!」

「人間の顔は憶えにくいにゃ。でも匂いは憶えたにゃ!」


……匂い…だと?


「なんか気持ち悪りぃな、匂いで判別ってよ。いやまあ凄いけどよ」

「にゃ、にゃにを言い出すんだにゃ! 匂いほど分かりやすいものもにゃいにゃ!」

「ほぅ、じゃあ当然俺の匂いも分かるんだよな?」


俺の匂い―――自分で自分の匂いは感知できないものだが、興味がないわけではない。

だが、まさか自分でも気付かないうちに友達いない匂いとか寄せ付けない香りとか発したりしてないだろうな……?


「もちろん分かるにゃ。お前は雑草の茎の匂いがするにゃ!」

「どんな匂いだよ! 良し悪しの区別すら付きゃしねぇな」


雑草の茎―――なんと地味な。

まるで人間界での俺の立ち位置を仄めかされている気分。


「そんにゃこと今はどうでも良いにゃ。それよりお前走るの遅すぎだにゃ! もう先に行くからにゃ!」

「いちいち口調がムカつくが……しかしそりゃ助かる。あとは任せたぞ」


本当はネコになんて任せるべきではないことくらい分かっている。

第一、少女をこうして追っている理由をネコがきちんと把握しているとは到底思えない。


だが、俺は―――

「俺はもう、ダメだ……」

そう言って、俺は力なく地面に倒れこんだ。


実はもう体力の限界であった。

さっき走ったときもそうであったが、それにも増して今はもうこれ以上動けそうもない。


「にゃさけにゃいにゃ。まぁ今回はオレに任せるにゃ!」


ネコはいかにも頼もしい背中でそう言うと、俺と併走していたときの数倍のスピードで駆け抜けてゆき、俺は完全にこの奔走劇から離脱した。


「あぁ、頑張れ……よ。俺はもう……なんだかとても眠いんだ」


今なら天使が空から舞い降りてきてくれるような気がする。あぁ、パトラッシュの温もりが恋しい。


―――というより俺のことなんか構わず最初からそのスピードを活かしてほしかった。


「まだよく分からにゃいけど待つにゃぁーー!」

「きゃぁぁああーーっ!」


―――ダメだ、完全に怖がられている。しかし可愛い。

でもネコもネコでやはり死んでいてもちゃんとネコというか、断然人間より素早い。

しかし可愛いなぁおい。


その数秒後、俺では到底追いつけそうもなかった女の子に、ネコはあっという間に追いついた。


「にゃーっはっはっ! もう逃げられにゃいにゃ! おとにゃしく観念するにゃ!」

「ごごごご、ごめんなさいっ! い、いきなり話しかけて、す、すいませんでした! そ、その……い、命だけはお助けを……!」


―――おい、なに恐喝してんだよ!

ただでさえ第一印象最悪だっていうのに、これ以上悪くしてどうする! 


しかし勘違いとはこれまた可愛い。可愛いポイントを五〇ポイント贈呈しちゃう。


「にゃ!? 命? えぇと、にゃんだ、オレはもう死んでるらしいから関係にゃいにゃ!」

「えっ、もう死んでる……? それはアレですか? 「貴様はすでに死んでいる」というやつですか? つ、つまり私はもう助けてもらえないということですか?」


―――おい、なんか話が変な方向へズレてはいないか?


「助け……? にゃー、多分お前も死んでるからもう助からにゃいにゃ」

「そ、そんな……、ううっ、私この歳で……!」


これはさすがにマズい!

これ以上おかしな方向へ進む前に食い止めねば! 


そう、俺のロリコンスイッチが発動してしまう前に!……ではなく。


「やっと分かったかにゃ! 分かったらおとにゃしくオレに付いてくるにゃ!」

「……はい、分かりました」


少女はまるで殉ずる覚悟が決まったかのような諦めを、その表情に滲ませている。


「とにかく、今はオレがあんにゃいするからお前は後を付いてくるだけでいいにゃ」

「……そ、その、痛いのは嫌いなのでできればなるべく早めに……」

「ぢょっ、ぢょっど待でぇぇーーっっ!」


すんでのところで一声、俺はネコと少女の最初から噛み合っていない会話に何とか割って入ることに成功した。


「きゃぁぁああーーっ!」「にゃんだ、びっくりするじゃにゃいか!」


これ以上勘違いの溝を深めるのを止めるべく、俺は底をついたはずの力を振り絞って、二人―――ではなく一人と一匹の元へと自衛隊員さながらの匍匐前進で近づき、おそらく少女が抱いていであろう俺たちの誤ったイメージを正そうと試みる。


「おい……ハァ、お前、ちょっと、ハァ、勘違いを、している、ハァ、ようだな……!」


―――くそっ、ダメだ息が……!


「かかか、勘違い……って、そ、そんな息を荒げて……一体私を……!」


あぁ、やはりそうか。

どうやらこの少女は俺たちに今から甚振られると思い込んでいるらしい―――しかもよりによって体目当てでだ!


あり得ない。いやぁ、まったくもってあり得ない。

どうしてこの俺が世界政府指定特別保護対象にもなり得るであろうこの可愛すぎる生命体の叡智を侵す真似をする輩だと勘違いをされなければならないのだ。


「いや、これはだな、ハァ、疲れているだけで、別に何もしないから、ハァ、安心しろ」


そうだ、何もしない。ただちょっとだけお話させてくれればいいのだ。


「フンッ、にゃにもしにゃいとかよくその目つきで言えたモンだにゃ!」

「お前はもう喋んな! お前が喋るとどんどんややこしくなんだよ!」


―――って目つき? あっ、そういや……!


自分ですっかり忘れていたのだが、俺はかなり目つきが悪い。


その目つきの悪さといえば、昼間自宅前で立っていただけで職務質問に遭ったほど。

―――なんだよ、白昼堂堂せいぜいピンポンダッシュしかできなさそうなこんなクソ田舎で警察さんは誰が何を仕出かすと思ったんだよ。


だがそうした現実もあながち責められたものではなく、この目つきのせいで基本初対面での俺の印象は最悪で友だちは当然できず、いつどんなときでも俺は蚊帳の外だった。


そんなことも相まって余計に世間を厭い自己を忌み嫌い、この目つきの悪さもそうして加速の一途を辿っていったわけなのだが。


「いや、その、すまない」


俺は目を伏せるように、その少女から視界を外した。



少女は俺に対して完全に怯えたような目をしている。


だが仕方なかろう、今は疲れているのだ。

地面に寝そべり息を荒げていれば、それも相まって更に目つきは悪くなっているだろうからな。



―――だがしかし、何といっても可愛い。

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