相棒には最悪な相性でも添えて
そうしてどうやら完全に正気を失ってしまったらしい俺が、心の中でそんなブラックジョークを放って虚しさをより一層強固なものにしていると、
「おい、チビ! こっちを向け!」
という声がどこからか聞こえた気がした。
「チビ……?」
―――あぁ、そういえばさっきネコが俺に向かってそんな呼び方をしてたような……でも俺は身長もそこまで低いほうではなかったというか寧ろ少し高いくらいだったと思うんだが……
「また無視かにゃ?」
―――無視?
あぁ、そういえばさっきはネコが言葉を発するなんて信じられなくて咄嗟に反応できなかったっけなぁ
「……って俺か!」
と、ここでようやく我を取り戻した俺はネコに反応すると、果たしてやはり、ネコはうんざりした顔で俺を見ていた。
「いや、すまねぇ。何か用か?」
そう俺が言い返すと、地面に丸まっていたネコは億劫な様子で立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
「「何か用か?」じゃにゃいだろ! 散々オレを無視しておきながら反省の色が見えにゃいにゃ!」
「いや、反省と言ってもなぁ。しょうがないだろ、まさかネコが喋り出すなんて夢にも思わなかったっつーの」
夢、か―――そういえば最近まともな夢も見てなかったなぁ。
俺は自分が発した言葉に、回想を重ねた。
記憶にある限りでは、二リットルペットボトルを危うく落としそうになったが何とか落とさずに済んだ、というところで目が覚めるというのが一番新しい夢である。
わざわざ語るほどでもない夢。面白みの欠片も夢もない夢。
ホント何なんだよ、せめて夢の中くらいはひとつなぎの大秘宝を求めて冒険の一つでもしてみたかったというのに、出てくるモノと言えばバケツに食品トレーに弁当箱に……あぁもう何だよ、プラスチック大好き人間か、俺は。
「そんにゃことはもういいにゃ。それよりオレを生き返らせてくれたときあのお方から聞いたんだが、オレたちは相棒らしいじゃにゃいか」
一体どのタイミングでそれを聞いたのか、それについてはおそらく俺の想像を超えた何かしらの力によるところなのだろうが、ネコには予めそう教え込まれていたらしい。
―――だが実際、こうしてネコを目の前にすると相棒なんて言葉がピンとくるはずもなく。
「ん? あぁ。どうやらそうらしいな。俺は真っ平御免なんだがな」
「んにゃもん、コッチだって願い下げだにゃ!」
負けじと強く対抗した上で、ネコは俯きがちに言葉を足した。
「……でもオレはあのお方には逆らえにゃいにゃ。にゃによりそんな不義を働きたくにゃいにゃ!」
「ハッ、ネコのくせに不義だとか抜かしてんじゃねぇよ。じゃあどうすんだ? 俺もお前は嫌で、お前も俺が嫌いなんだろ? そんなヤツらでパートナーといったって、相性は目に見えて最悪だぞ?」
我ながらヒドい攻め方である。
ネコがあのバケモノに逆らえないと知った上で、俺はネコを苛めている。
案の定オレが少し強めにそう言うと、ネコは少し怯んだように口籠もったのだが、
「そ、それでも、オレにはそれ以外の道はにゃいにゃ!」
だが立つ瀬がないネコは、断固として俺に強く訴える。
ここまでくると、バケモノとの契約に違反できないようネコの体に小細工でも施されているのではないかというファンタジーな想像までしてしまう。
だがそれではネコではなく、バケモノの犬、ただのかませ犬要員だ。
コイツはそれを分かっているのか?
「ほう、ネコってのは一匹狼的なイメージがあったが誰かに服従もすんのか。そりゃけったいなことで」
オマケにその主人があのバケモノだなんて、お前の親御さんが知ったら悲しむと思うけどなぁ。
「群れを作らず孤独に生きるのは集団生活というのが世間で一般的だからだにゃ。敢えて孤独を選ぶのがオレたちの掟だにゃ。……誰も何もないところに孤独でいるのはただの寂しいヤツだにゃ」
それはたしかにそのとおりだ。
たとえば学校という集団で孤独を貫くか、あるいは誰もいない月の上に一人で過ごすか、見るまでもなくその差は歴然だろう。
「ははっ、それもそうだな。じゃあいいのか? どうやらお前は俺のことが大嫌いらしいが、そのくだらん恩義のために俺に付き従い行動を共にするのを厭わないと、そう言うんだな?」
俺は仕上げに入るように、すかさずネコを追い詰める。
「……構わにゃいにゃ。それでいい」
だがオレの威圧に反して、ネコの忠義心とやらは相当なものだったらしい。
すればさしもの俺も折れないわけにはいかない、か。
「そうか、分かった。そこまでの覚悟なら仕方あるまい。これからお前は、俺の相棒だ」
すると相変わらず不服そうな表情のまま、ボソッと俺に言い返した。
「……「お前」じゃにゃいにゃ。イースタンセンテオトルだにゃ」
―――忘れていた。コイツは俺にとって歩く黒歴史そのものだ。
そんなヤツが俺の相棒? そりゃないぜ……おい
「なっ!? だっ、黙れクソネコが!」
「にゃにっ!? 誰がクソネコだ! チビ人間めがっ!」
「チビじゃねぇから! 大体どうしてそんな新発見された大腸菌みたいな名前を気に入ってんだよ、アホかテメェは!」
しかしいくら黒歴史認定済みとはいえ、自分がかつて大切にしていた名前を貶すのはさすがに心が痛む。
「おっ、お前、あのお方が付けてくださった崇高なにゃまえに向かってにゃんということを……!」
「ヘッ、いくらでも貶してやるぜ、んなもんよ。大体とうもろこしの神とか……クソッ、マジかよ、ちゃんと調べておきゃそんな……」
「ん? にゃんだって?」
俺はここである一つの誓いを立てた。
―――この名前が過去どのように用いられていたか、それだけは死んでもネコにバレないようにせねば……!
「な、何でもねぇよバカ! お前のことは今後スイートコーンって呼んでやる!」
「ス、スイート……ニャメてるのかにゃ!」
「いいや、決して舐めてはいないぞ? スイートコーンってのはかじるものだからな」
「お、お前そういう……許さにゃいにゃ! もう絶対許さにゃいにゃ!」
「フッ、どうやらピッタリの名前らしいな。お前の思考回路までもが甘々だ!」
―――しかしなんだな、我ながらさっきのバケモノに対する鬱憤をネコ相手にここぞとばかりに発散させているなんて超絶カッコ悪りぃな、俺。
まぁいっか、ネコだし。
「やっぱりお前は大嫌いだにゃ!」
「あぁ、上等上等。別にネコに嫌われようがどうだろうが知ったこっちゃねぇよ」
そうして俺は、最上級の卑屈な笑顔をもって、ネコに言い寄る。
「だがそうだな、これからもどうぞよろしく」
「フンッ、だにゃ」
こうして俺たちは最悪とまではいかないが散々な出会いを果たし、そして俺とこのネコは奇しくも相棒としてやっていくこととなったのであった。