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プロローグには絶望でも添えて

俺の名前は谷沼東。

公立高校に通うごく普通の高校二年生だ―――と言うと大抵の人は「どうせごく普通とか言っても何かあるんだろ?」という猜疑心を抑えることはまずもって不可能に近い。

そういう訳で、一応補足説明はしておくことにしようと思う。


名前は先にも述べたように谷沼東。歳は十七歳。身長は一七〇センチ強で、体重は六〇キロ代を前後している。趣味特技は共になし。部活動は万年帰宅部。

こればかりは堂々の皆勤賞。


そして特徴を強いて挙げるとするならば、友達がいないということだろう。

だがここでちょっとした認識の違いを回避しようとするならば、顔見知りはたくさんいるということも付け加えておくことも欠かせない。


よし、これで文句はあるまい。


こうして将来に夢や希望を抱くなんてそれこそ夢のまた夢で、何を為すわけでもなくただのうのうと自堕落に暮らしてきた。今後もそうやって浮き沈みなく腐って死んでいくのだろう。

何より俺は自分自身に興味がない。だから命なんかどうでもいい、いつ死のうが構わないと、いつもそんな風に考えてきた。



そんなある日のことだった。

季節は新緑が目に眩しい春。新学期を迎えた高校はいつにも増して華々しく、学校が終わると同時に俺はそこから逃げるようにして帰路につき、足早に家へと向かった。


―――俺は春が嫌いだ。


人々はやけに浮き足立ち、学校ではクラス替えだの新しい担任だので一喜一憂に勤しむ輩が否応なしに視界へと入りこむ。そうかと思えば部活動の勧誘とやらで学校中が賑わい、その騒音に起こされたかのようにせっかくそれまで眠ってくれていた虫たちが一斉に冬眠から目覚めてしまう。

当然ながら寝起きは最悪だろう。


そして何より、そうした虫の覚醒サイクルとは反比例するかのごとく、人間は布団との戯れを手放せない季節でもあるのだ。


俺は春が嫌いだ。


そう、だから新学期早々寝坊したのは断じて俺のせいではない。言わずもがな春のせいなのだ。

だがそんな理屈が通用しないことは百も承知済み。


つまり帰宅部エースの俺が放課後の呼び出しに対抗できる唯一の切り札はもう、逃亡しかなかった。


そうして俺は、新担任の魔の手や眩しい季節までもを巧みに掻い潜り、俺という存在を学校という檻から引き離した。

学校の校門からは十数分も歩くと自宅付近の交差点に着く。ここを過ぎればもう家に到着したも同然だ。

全てが順風満帆に転じ無事家にたどり着けそうな俺は、信号が青になるといつも通り横断歩道を渡り、悠々と家のある方角へと曲がった。


この交差点を越えるとまるで世界が変わったかのような田舎道となる。

丁寧に舗装されたアスファルトは油断すると躓いてしまいそうな砂利へと帰し、そよ風に揺れていた木々は泥に塗れた雑草へと忽ち姿を変える。

だがここは小学生の頃から毎日通っている道だ。さすがに慣れたものである。



すると突然、そんな俺の目の前に一匹のネコがどこからともなく飛び出してきた。

白と黒の縞模様が印象的な、それでいて随分と小柄なネコであった。如何せん唐突な出来事であるからして、さすがに瞬時にその容姿を正確に見分けることはできなかった。

それゆえ思わず一瞬体がビクッと反応してしまったが、それ自体は別段珍しいことでも何でもない。

こんな辺鄙な田舎では日常茶飯事である。


「なんだよ、脅かすなよな……」


平常心を装ってはいたものの、実際のところ内心かなり焦っていたらしいことが判明した俺は、俺とは正反対に走り去るネコを尻目に再び家の方へとつま先を向けた。


だがそんな俺の頭に突如、らしくない思考が浮かんでくる。


―――あれ、そういえば確か信号は点滅していたような……


そう、俺が横断歩道を渡り終わったとき、頭上では青い歩行者用信号がチカチカと光っていた―――ような気がする。あくまでそんな気がするだけだ。

もしかしたらというか、もしかしなくても気のせいかもしれない。


いや待て。

いつもの俺だったらこの程度の出来事なんてさっさと忘れて気にも留めなかったはずだろうに、こんなときに限って一体どうして……


人間、焦っているときほど視野は狭くなるものだが、だからこそ一度脳内に情報が行き渡ってしまえば、もうそのこと以外に思考を回すことは困難を極める。


「あーっ、もう、クソッ!」


俺はついに耐え切れなくなりふと後ろを振り向くと、渦中のネコは何を思ったか赤信号にも拘らず交差点を突っ切ろうと走り、そしてそれに気付いていないであろうトラックが今にもネコを轢きそうになっていた。



「あっ、あぶねぇ!!」



―――俺はどうしてこのとき体が動いたのか分からない。


何よりどうしてこのときだけこんなにもネコのことを気にかけてしまったのか、我ながら到底理解が及ばなかった。

ただ気付いたときには、俺は持っていたカバンを放り出して、そのネコに向かって一直線に走り出していた。

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