告白
シーンではなく、読み切りです。
「知ってます」
彼女はそう言った。
「そうか」
僕はそう言った。
間が空いた。目をそらすのを我慢して、言葉を探す彼女の口元を見つめる。胸が締まる。僕の手は、震えている。
口の中が酷く乾いたが、コップを持てそうにはなかった。
彼女の瞳は、はじめに僕を見たきり、何かを探すように僕の右のあたり――水の入ったコップの辺り――を見ていた。
僕は、思い出して呼吸をする。そしてまた、呼吸を忘れる。
彼女の空気が変わった。彼女は手元のコップを取り、水を飲み干した。カラリ、と妙にゆっくり氷が鳴って、コップはテーブルへゆっくり戻った。
僕は思い出して、また深呼吸をする。すると彼女の口が開いた。
「私は……」
僕は彼女の目を見る。乾いた喉がひっついている。
「私は……やっぱりわからない」
頭が真っ白になる。だが、考えていたことだ。この事は。
焦るな。焦るな。目を閉じて、そう心で唱える。彼女は言葉を待っていてくれる。
「うん。」
――ゆっくりでいい。待つから。――と、言おうと思っていたが、それしか言えなかった。半分ほど残っていたポテトはすっかり冷えていた。
ポテトを飲み込むのに苦労して、僕は水を飲んだ。
僕の分の水のついでに彼女のコップを持って立ち上がった。
席に戻ると彼女は、ゆっくりと、とてもゆっくりと──どうしてこんなに素敵なんだろうか──冷めたポテトを噛んでいた。
「ありがとう」
僕達を包む空気は相変わらず、プールに潜ったような音の遠さと温い冷たさを持っていたが、その言葉は殊更いつも通りな響きだった。
「うん」
僕は短く返して、今度は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。
「ポテト、冷えてるね」
僕は――少し弱々しげになってしまったが――出来る限りいつも通りに、そう言った。
「うん、出来立ては美味しいけど」
「だよね」
二人でゆっくりポテトを食べて、水を飲んで、店を出る。
「ありがとうございましたー」
店員の声は、やはりいつも通りだった。
夜は、涼しかった。何も喋らず駅まで歩いた。
一緒に電車を待つのは、どうしても手持ち無沙汰で、改札口で別れる事にした。
「……ゆっくりでいいよ、待ってるから。」
最後に僕はそういった。
「うん、またね」
彼女はそう言って、改札口を抜け、ホームへ上がっていった。
特に決まった設定はないのですが、多分“彼女”は恋愛に対して抵抗があります。
最近別れただとか、かつて酷い別れ方をしただとか。
もしくは、何かに没頭したいなど夢があります。
“僕”もまた、その事をわかっていて、中々切り出すことができず何度もデートをして、やっと告白をしました。
少なくとも「知ってます」は傲慢な気持ちではなく、むしろ戸惑いながら慎重に返そうとして丁寧語になってるくらいなので悪しからず。