花は散らすか流すのか? R18な気象用語
今回はショートショート風に、微糖仕上げです
春の弥生の最終日。珍しく定時で終わった夕方は、久々に手料理で晩酌と洒落こむ。
メインは串揚げ。白身魚は梅シソ巻きに、豚バラと新タマネギ、エビのすり身の食パン挟み。アスパラガスは袴を削いで根元だけホイルで包んだらまるごと揚げる。
出来た順に食卓へ運べば、そこには欠食児童もとい相方が、ツバメの雛のごとく腹ペコをアピールしている。
「テレビでも見て待ってて。ワイン出すから」
空腹を茶でごまかすつもりなのか、どぼどぼと急須を傾ける相方に背をむけて台所に引っ込むと、唐突に始まる夕方の天気予報。
相方のお気に入りの美人アナウンサー○ちゃんが、澄んだ声で週末のお天気を淀みなく読み上げる。
「……低気圧が急速に北上し……前線が広がり……」
ん? 週末は雨か? 花見は無理っぽいかな?
冷蔵庫からワインの瓶を出し、山ウドとギボウシのサラダにドレッシングを添えていく。
「今週末は残念ながら花散らしの雨となる模様です」
……ブフォオオッ!!
何だ、今の炸裂音はっ!?
「おい、相方? どした?」
慌てて食卓に戻ると、ティッシュの箱を抱えた相方がゲホゲホ噎せながら、テレビとテーブルを拭いている。
「すまん、リアルで茶を吹いた」
「飯は?」
「無事だ。とっさに向こうむいたから」
串揚げは……無事だった。作り直しは回避できたようだ。
「でかした。相方にしては良い判断だ」
「めったにないお前の手料理だからな。無駄にはできん」
「めったにないは余計だ」
お手ごろ価格のワインをあけて、旨し糧に乾杯。しゃく、とアスパラガスにかぶりつく。
うん、旨い。マヨ要らん。
さすが私……ではなく、これは旬の食材の実力だね。
「ねえ、相方。茶を吹くほど何に動揺したよ?」
普段の相方は、癪にさわるくらい冷静で、めったに動揺を見せない。そのヤツが茶を吹いて取り乱すとは、よほどの事があったに違いない。
「……○ちゃんが……」
「は? ○ちゃん?」
○ちゃんは相方お気に入りの美人アナウンサーである。寿退職でもしたか?
「花散らしなんて言うんだよ? 公共の電波でっ!?」
「……ああ、さっきの天気予報か。どこがまずいの? 花散らしの雨。風流じゃないの」
「花散らし」と言われて目に浮かぶのは、花曇りの空の下、さっと降りかかる雨に打たれて桜の花がはらりはらりと花びらを散らしていく、そんな幻想的な情景なんだけど。
相方は耳まで真っ赤になってグラスをあおる。酒は強いはずだ。まだ酔ってはいない。
「『花散らし』は、その……『歌垣』だ」
「あ?」
「古文で習ったろ? 『歌垣』というか『相聞』というか……ぶっちゃけ『合コン』だ。しかも1泊2日コース」
「はいぃ?」
そしてひそやかに語られる「花散らし」の意味。
旧暦の3月3日……ちゅうと、ちょうど3月末だな。若い男女が集まって花見をし、翌日は共に飲み食いするのが「花散らし」であるらしい。
しかし相方よ、何故声をひそめる? 自宅内だぞ?
「……だからー。若い男女が集まって……一晩過ごして……翌朝を迎えるわけよ。ただ花見て御飯食べるだけじゃないんだよ。カップル作る場なわけよ」
「……ああ、『花』が『散る』ね……そういうことか」
さいですか。実はR18な用語でしたか「花散らし」知らなかったぜ! ちょっと素敵な言い回しだと、明日あたりうっかり人前で使うところだった(滝汗)
そう言えば、相方は柳田国男が大好きで、教養時代は直接進級に関係無いのに民俗学の講義取ってたんだったな。
「で、いかにも清純そうな○ちゃんが、堂々とR18用語を発した事にショックを受けて茶を吹いたのね、相方よ」
「ほっといてくれ」
まだ女に夢見てるんだ、相方。私を見てて何でまだ夢見れるのかね……奇特なヤツ。
「しかしそうすると、桜の頃に降る雨って、何ていうの?」
「んー。『花流し』とか『桜流し』あたりか? 『○○流し』は雨風でよく使うし。もう少し季節が進むと『菜種梅雨』とか『たけのこ流し』なんて言葉も歳時記に載ってるぞ」
「えっ! たけのこ流し? たけのこが流出するくらいの集中豪雨?」
「んなわけあるか、阿呆」
物知らずめ、と額に軽くチョップを食らう。
無茶言わんでくれ。リケジョに歳時記を語れるわけ無いだろうが。慌てて話題を反らす。
「ところで、今週末の花見は無理っぽいね」
お互いずうっと忙しくて休みが合わず、今週末はやっとそろってお休みが取れたのだ。できたら二人で花見でも、と思っていたのに、雨とは……出かけるのも億劫だな。しゃあない、溜まった家事でもかたすかぁ。
「いいじゃん、家で」
相方? なんだその黒い笑顔。
「家で二人花散らし」
今度は私から、おでこにチョップ!
今回は秋月忍様の活動報告にヒントを(勝手に)得ました。
秋月様、ありがとうございました!