序章 8
結局一人になってしまった。
残された俺は、街灯すらも存在しない真っ暗闇を照らすように、ライターに火をつけた。ただしそれは辺りを照らすためであり、煙草を吸うため。
日に日に数量が増えている、少し減煙しないとな…。
煙草の煙を吐き出し、短い至福を味わいながら、俺は小さな神社が鎮座する岩へと腰をかける。
罰が当たったらしゃあなしだ。
「……神社、か」
大学の裏に神社があるのも不思議な話だ。
というのも、最近では神社などの神仏的な建造物は無意味であると決めつけられ、取り壊しが行われている。
昔は蔓延るようにしてあった分社も[要らない物]として失われつつあった。
失われたものは時代の流れに置いて行かれる。
それらは、全て【げんそうきょー】に流れ着いているのだろうか?
俺もそこへ行けたら、時代から失われた親父に出会うことができるのだろうか?
静かに俺は目を閉じる。
瞼の裏に映るのは、幼き日々と幼馴染。
なぜ今になって彼女の言葉を反芻しているのだろう?
見つかるはずのない空想の産物に、なぜこれほど想いを馳せているのだろう?
――全ては気まぐれ。
流れるようにして生きてきた俺にとって、【げんそうきょー】もただの気まぐれの存在なのだ。
神隠しだって、気まぐれ。
物が出来るのも、物が失われていくのも、人間の気まぐれ。
この世のすべては、気まぐれで出来ているのかもしれない。
「…………」
無駄な考えを止め、煙を吐きながら目を開く。
ぼんやりと眺めていると、どこからか電車が線路を踏む音が聞こえた。
深夜零時を過ぎた頃だというのに、電車はまだ動いている。つい最近まで田舎者だった俺からすればびっくりな話だ。
学校の前を通る電車は、この時間は誰も乗せてはいない。乗せたとしても、せいぜい夜中じゅう遊びに行くような連中か、あるいは闇を抱えていそうな連中か、残業帰りの社会人か。
遠くで鳴り響く電車の加速音は、まるで子守唄のように俺を癒してくれる。
大学裏にこんないい場所があったとは。何だかんだ自転車で行ける距離だし、別の夜にまた来ようか…。
「…………」
空は、雨こそ降らなかったが、曇っているせいで月も星も見えなかった。
山奥なら都会の光も届かないから綺麗だと思ったが、今日は臨時休業らしい。夜空も人間的なものだ。学校前の中華料理屋ぐらい休業が多いが――。
煙草を携帯灰皿に押し込め、俺は再び目を閉じた。
小さく聞こえてくる、少し早く出てきてしまった鈴虫の夏の声。
虫も随分と数が減った。住処を失われてしまったからだろうか。
こぉこぉと草木を揺らす風の音。
しかし、もうすぐそこに、夏は迫っていた。
そして、いかにも夏の訪れを教えてくれるような、シュシュピピという謎の音。
「シュピ?」
不思議に思ってると、どこかから、拡声器を使っているような、こもった声が聞こえた。
――ステーション、――ステーション。
何を言っているのか聞き取れない。
何か迫ってきているのだろうか、と目を見開く。
「――――」
まるで億という単位の蛍の灯を一度に照らしたような、またダイアモンド以上の輝きを放つ金剛石を誰かがいきなりひっくり返して、ばらまいたような、光の壁が眼の前いっぱいに広がった。
――え?
眼を擦る。
まるで億という単位の蛍の灯を一度に照らしたような、またダイアモンド以上の輝きを放つ金剛石を誰かがいきなりひっくり返して、ばらまいたような、光の壁が眼の前いっぱいに広がっている。
――夢ではない。目の前で、極光が俺を照らしているのだ。
しばし呆けていた。
永遠にも続く大いなる光は、不意に消え去った。
「――――」
そして気が付くと、俺の身体は、いつの間にかゴトゴトと揺られていた。