序章 6
『遅い!いつまで女の子を待たせるのよ!』
目的地に着くや否や飛んできた罵倒と拳。
俺はすかさず事前に伏せておいたリバースカード(凌雅)をオープンする。
「罠発動、聖なるバリア・ミラーフォース!」
「おい待てダイレクトアタックかよウボア!?」
拳によって派手にきりもみ回転しながら後方へ吹き飛ばされるリバースカード(凌雅)。
「強靭!無敵!最強ォォォ!」
某社長の気分を味わいながら、俺は凌雅を吹き飛ばした女性を見る。
金色に染まった長髪を後ろで束ね、黒のスタジャンにホットパンツと、「アメリカン系オサレJD」をその体で表したような恰好。
いつもは黒い帽子もセットなのだが、足元のリュックに括りつけられていた。
『ちょっと、避けないでよミナト!』
「避けてないぞ。な、凌雅」
「ぅぐッ……つか、まず来てやった事に感謝しろ、ナギ」
這いつくばる凌雅を絶対零度の目で見下す女。
これが俺たちを10kmもの遠方の地から召還した張本人。【御船 ナギ】である。
彼女の性格を四字熟語で表すなら傍若無人、天真爛漫。二字熟語なら暴君という言葉で表せる、まさに破天荒な性格だった。
「それは当たり前でしょ? でもよく来てくれたわ」
ナギが手で金髪を優雅に靡かせる。
かなりの上から目線。これもナギの性格――高飛車で我がままである。
「今失礼な事考えてたでしょ」
そして彼女は中々に勘が鋭い。
目の前で隠し事をした暁には、看破されその場で舌を切らされることだろう。
「別に……つか、そこの子は?」
ナギの後ろに隠れるようにして立っている女の子に俺は気が付いた。
指摘されるや否や、その子はナギから一瞬離れたが、また後ろへと隠れた。
『っ…えと、その、私は……』
とてもオドオドとした様子で前髪を弄り始める茶髪のおかっぱ少女。
白いふわふわとした、女の子らしい服装だ。
見たことがない。この子も同じ大学なのだろうか。
「この子はアタシの友達の【秋海 ソラ】ちゃん。今回は一緒に来てもらったのよ」
「へぇソラちゃんってゆーの?可愛いチャンネェだガッ」
凌雅の言葉をナギの鉄拳が黙らせる。
ソラ、と呼ばれた女の子はようやくナギの横に立ち、深々と一礼をした。
「す、すいません……今夜は、よろしくお願いします…」
第一声から察するに、とても人見知りの女の子のようだ。
あまり派手ではないお淑やかな感じを受ける。
(ま、それだけだがな)
意識をナギに向ける。
携帯で時刻を確認したのち、ナギは大きく息を吸った。
「さてと、今夜集まってもらったのは他でもないわ」
破天荒なナギがこんな夜中に俺たちを呼び出した理由は分かっていない。
彼女は突然呼び出しこそするものの、肝心な内容を教えないというエンターテインメント性を持っていた。
(今明かされる衝撃の真実ゥ!)
「最近ここらへんで妙な噂が立っているから、それを確かめに来たの」
「妙な噂?」
「……いわゆる、『神隠し』だろ?」
神隠し――昼に凌雅からも聞いた話だ。
おさらいすると。
人間の在る行動によって異次元の扉が開き、何者かによって連れ去られた人間はまるで神に隠されたかのように、忽然を姿を消す現象。
だが現象には諸説諸々ある。
誘拐犯が居る、とか実は宇宙人が連れ去っている、など、形は様々である。
ナギはそれを確かめに来たのだという。
「そ、だから今回はこの現象を起こすために、神への扉を開くのよ!」
何という命知らず――自身の命を顧みないその好奇心。
「それに、最近私たちの大学で神隠しに会った人がいるじゃない?」
「あぁ、二人いたな」
「その子たちが、どうやらこの神社に頻繁に訪れていたみたいなの」
あぁ、だからこんな夜遅い時にこんな山奥にある神社を選んだわけか。
元々頭の良いナギだが、その思考は一般人とは少しずれている。天才の発想とは人を突発的に巻き込むらしい。
「早速だけど探索しなくちゃあね!ほら凌雅、行くわよ!」
「ちょっ待てよ心の準備がぁぁぁぁ!!!」
唐突に、地面に膝をついていた凌雅の襟元が掴まれ、二人は颯爽と闇に消えていった。
あの場所にオレが立ってなくて良かった、と心底思う。リバースカードはいざという時に取っておくものだな。
「さぁて、ナギが飽きるまで適当に――」
「…ミナト、さん」
突然名前を呼ばれたが、携帯電話を弄りながら無意識を装って返事をする。
「なんだ」
「実はあっちの方に小さな神社があるんです、そこに行ってみませんか?」
「…………」
俺は気付かないフリをして煌々と光る画面を眺める。
実際深夜に動くのは面倒だった。
――適当に時間が来るまで過ごそうぜ。いつか帰れるよ。
と言おうとしていたのだが……その言葉はソラの言葉にかき消された。
「…ほら、行きましょうね? というか、行きますよ? というか、行くぞ」