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転生無双  作者: 平朝臣
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閑話⑰「シローの反逆・ヴィッキーの冒険」


 俺はガルハラ帝国の中でも地下深くにある特別な牢獄へと向かう。そこにいるのは元逆十字騎士団の者達だ。先の戦争で生き残った元逆十字騎士団の者達、負傷者三十三名、投降者十五名、合わせて四十八名。そのうち負傷者七名はそのまま命を落とし五名は命は取りとめたものの再起不能となった。


 残るは三十六名。この三十六名を俺の傘下に入るように説得していた。今日が仕上げの日だ。


死郎「よく聞け。俺の名前は武蔵死郎。お前達の新しい主になる者だ。」


騎士A「何が主だ!俺達はぐぺっ………。」


 目の前で喚きだした元逆十字騎士団の者を殴り飛ばした。吹き飛んでいった騎士は顔がひしゃげて潰れてしまっている。あれはもう助からないな。


死郎「お前達が心のよりどころにしていた教皇も枢機卿も皆死んだぞ。もう聖教皇国など存在しない。逆十字騎士団など存在しない。お前達は等しく無価値だ。だが俺に付き従うなら俺がお前達に新たな価値を与えてやろう。このまま無価値な存在として俺にこの場で消されるか俺に従い新たな使命を全うするか。どうするか好きな方を選べ。」


騎士B「うるせぇ!」


騎士C「図に乗るなよ!この人数相手に勝てる気か!」


騎士D「やっちまえ!」


 三人が同時に俺に向かってくる。


死郎「やれやれ………。そんなに死にたいなら死ねばいい。」


 俺がゆっくりと手を振ると三人の首があり得ない方向に曲がって口から血の泡を吹いて倒れた。


ユイ「武蔵死郎?………シロー=ムサシ!そんな!あんたは何の能力もなくて廃棄されるはずだったんじゃ?!」


死郎「ん?お前確かユイ=アマノだったか?俺の教育係りについてたんだったな。本気で俺が無力で無能な廃棄品だと思っていたのか?俺だってちゃんとこの世界に着いてから力を手に入れてたんだよ。ただ俺は聖教皇国なんて奴らのために働く気がなかったから隠してただけさ。そして今お前ら全員が俺に襲い掛かったとしてもお前ら全員がそいつらみたいに死ぬだけだ。どうする?俺に従うか?それとも死ぬか?」


 俺はユイ=アマノに笑いかけながら提案する。そうだ。本当は俺はこの世界に来て十分力を持っていた。だけど俺は聖教皇国の奴らに利用されることなく自由に生きたかった。だから脱出する機会を狙っていた。そこへガルハラ帝国皇太子フリードリヒがやってきたんだ。俺はそれに乗って聖教皇国を出てガルハラ帝国へとやって来た。このままガルハラ帝国で遊んでいてもいいけど俺はそれだけじゃ満足できない。もっとギリギリの、ハラハラするような生き方がしたい。


死郎「さぁ?どうする?」


ユイ「ヒッ!」


 俺の顔を見てユイの表情が恐怖に歪む。くくくっ。他の騎士達も皆俺が怖いようだ。ははははっ。この日俺は三十二名の異世界人達を手に入れたのだった。



  =======



 そろそろアルクド王国に向かっていた皇太子達が帰ってくると報告があった。俺達の方の準備はもう出来てる。一人の逆十字騎士団の者に左腕を斬り落とされて死に掛けた程度の奴らだ。奴らが勝てたのは俺が造った兵器と多数の兵力があったからだ。奴らには兵器も兵力も戦略もない状態でこれだけの人数の逆十字騎士団の者がいればもはや俺達の勝ちは確定してるだろう。


ユイ「どうやら皇太子達がデルリンに入ったようです。」


 ユイが報告にやってくる。いくら三十二名の異世界人がいるとは言ってもガルハラ帝国を転覆させるには心許ない戦力だ。だけどだからこそ意味がある。用意周到にして勝率百パーセントの勝負なんて面白味がない。負けるかもしれない。失敗するかもしれない。でもうまくすれば勝てる可能性がある。この命懸けのギリギリの勝負こそが俺を熱くする。


 失敗すれば俺の命はないだろう。成功する可能性も二割というところだ。皇太子や上層部を暗殺するだけなら容易い。でもそれは俺の目的じゃない。あくまで俺の目的はこの国を掌握することだ。上層部を暗殺しても俺がこの国を掌握することはできない。一部の者には死んでもらうが俺の圧倒的優位を見せ付けて俺に従わせなければならない。


 これまで綿密に練ってきた策を頭の中で反芻する。あらゆるパターンを想定して対策を考えてきた。想定外のことはその場で何とかするしかない。


死郎「さぁ、国盗りを始めようか。」


 俺と三十二名の元騎士達は静かに嗤った。



  =======



 俺達の計画にとって一番の障害は魔人族の部隊だ。魔人族が相手では逆十字騎士団の者達でも苦戦する。ただこの魔人族の部隊は別にガルハラ帝国のために動くわけじゃない。奴らの目的は人間族との終戦と同盟だったから人間族として纏まっていれば交渉相手は誰でもいいはずだ。つまり電撃的に俺がこの国の実権を握りさえすれば魔人族達はこのままガルハラ帝国と結んでいる条約を俺達も守ると言えば人間族の問題に口は出してこないはずだということだ。


 フリードリヒ皇太子を従わせるか殺すには魔人族の部隊から離れたところで襲うのがいいだろう。その際にいると考えられる護衛は剣聖ロベールと腹心のパックスくらいだろう。


 パックスは逆十字騎士団の者とは比較にならないほど弱い。剣聖ロベールはさすがに逆十字騎士団並くらいの腕はあるがそれもたった一人だ。フリードリヒとロベールとパックス。この三人だけの時に襲えば俺達の勝ちに一歩近づく。皇太子を人質に取っていればウィルヘルム皇帝の説得も楽になるだろう。


ユイ「皇太子が二人の供を連れて皇太子邸に入ったようです。」


死郎「よしっ!予定通りだ。それじゃ向かうぞ。」


ユイ「………今ならまだ間に合いますよ。」


 ユイの言葉に俺は振り返る。


死郎「失敗するとでも思っているのか?」


ユイ「いえ…。皇太子襲撃は成功するでしょうね。でもその後はどうするの?聖教皇国とバルチア王国を叩き潰したガルハラ帝国をたった私達三十二名でなんとか出来ると思っているの?」


死郎「正面から全軍と殺しあえば俺達が殺されるだろうな。だけど別に正面から戦う必要もない。俺達につく者もいるはずだ。そのための根回しもしている。技術班班長っていうのはそこそこ偉いさんと会う機会もあるんだよ。今までバカの振りをしてきたがもうその必要もない。俺達がガルハラ帝国を掌握するか、それとも失敗してただの間抜けな反逆者として処刑されるか。楽しくなってくるだろう?くくくっ。」


ユイ「あんた本当に歪んでるわよ………。」


死郎「生きるか死ぬかのギリギリ。瀬戸際。そういうものでしかエクスタシーを感じないんだよぉ!ははははっ!」


 ユイはそれに答えることなくただ黙って従って歩いていた。


死郎「そういうユイこそこんな勝率の悪い勝負に参加するなんて物好きなんじゃないのか?」


ユイ「あんたに逆らったら殺されるんだから従うしかないでしょ?これが失敗しても生き残れるかもしれないけどあんたに逆らおうとしたらすぐに殺されるのはわかってるわよ。」


死郎「ほう…。それは賢明だな。」


 ユイはそれっきり何もしゃべらなかった。俺達は黙って皇太子邸に乗り込んでいく。他の者はすでに皇太子邸に潜んでいるはずだ。俺は扉を開けて皇太子の部屋に入り込む。


フリード「シローか。どうした?」


 皇太子は旅装を解きながら挨拶もなく入室した俺に視線を向けてそう言った。室内にいるのはやはり剣聖ロベールとパックスのみ。勝った!これで皇太子は俺の手に落ちることになる。あとは皇太子を人質に皇帝と交渉して俺の意のままに操れるようにするだけだ。


死郎「ああ。ちょっとあんたに用があってな。少しばかり俺の言う通りに従ってくれや。」


 俺がそう言うと潜んでいた元逆十字騎士団の者達が飛び出し三人に襲い掛かる。剣聖ロベールとパックスはいらない。先に殺すことになっている。そして皇太子の身柄を押さえたら俺達の作戦の第一段階は終了だ。


ロベール「ふわぁ~~あ。この程度じゃ退屈すぎるぜ。」


パックス「そうだな。作戦云々以前に手駒が弱すぎる。」


フリード「で?どういうつもりだシロー?」


死郎「なっ?なっ?」


ユイ「嘘………。」


 潜んでいた三十一名全員が気を失って倒れている。どうなってる?今一瞬で何が起こったんだ?


フリード「最初から潜んでたのはバレバレだったぞ?こいつらもお前の隣にいる女も逆十字騎士団の奴らだったよな?どうして逆十字騎士団の者が牢から出されていてお前に従ってる?」


死郎「くっ………。」


 俺は全ての失敗を悟った。何でこんなことになったのかはわからない。ただ一つわかることは元逆十字騎士団の者達は一瞬でやられて俺とユイが今更戦ってもこの三人には勝ち目がなくただ捕まって全てを話すまで拷問でもされるだろうということだけだった。


死郎「一つだけ聞きたい。どうやった?どうやってこいつらを倒したんだ?」


 俺の問いを聞いた皇太子は一瞬キョトンとした顔をしたあとふっと消えていなくなった…。


フリード「これでちょっとは説明になったか?」


 ぞくりと悪寒が走る。消えたと思った皇太子は俺の後ろに立っていた。全然見えなかった。俺はここにいる逆十字騎士団の残党三十二名全員を相手にしても勝てる自信がある。それなのに皇太子の動きすら見えなかった。俺はその圧倒的実力差に膝をついた………。


 こうして俺の反乱はあっけなく鎮圧されたのだった。



  =======



フリード「つまり退屈だったからちょっと反乱でも起こしてガルハラ帝国の実権でも握ってみようかな、みたいな感じか?」


死郎「ああ。そうだ。」


フリード「で、お前はそういうことでしか快感を感じないと。」


死郎「そうだ…。」


フリード「ふぅん。………よし。じゃあお前にはもっと刺激的な体験をさせてやろう。」


死郎「なんだ?拷問でもするつもりか?」


フリード「あ?そんなもんの何が楽しいんだよ?お前は帝国技術班班長兼実証実験部隊隊長に任命しよう。」


死郎「は?」


フリード「わからんか?お前が開発した新技術や新兵器をお前自身が外に出て実験してこいって言ってるんだ。これも命懸けだろ?お前の技術や兵器がうまくいかなかったら実験対象の魔獣達に襲われたりすることになるんだからな。」


死郎「俺を生かしておくつもりか?甘すぎるぞ。」


フリード「ただで生かしてもらえると思うなよ?いっそ死刑にでもしてもらった方が良いって思うような生活がこれから待ってるんだ。」


死郎「はっ!魔獣如きに俺が殺せるとでも思ってるのか?新兵器が失敗しても実力で魔獣を排除すれば済む話だ。」


フリード「そうか。精々頑張って生き延びろよ。」


 その後俺達はある場所へと送られたのだった。



  =======



 俺はそんなこと簡単だと思ってた。だけど今の俺達は生き地獄を味わっている。


ユイ「死郎はやく!やばいよ!きたきたきた!」


死郎「うるさいな!ちょっと待て!焦らせるな。失敗したら皆終わりなんだぞ!………よし!出来た!魔力を込めろ!」


 俺の作った新型魔砲に騎士団が魔力を込める。轟音が鳴り響き砲弾が撃ち出される。三メートルを超える巨大な熊のような魔獣に砲弾が直撃して魔獣は砕け散った。


ユイ「こんなことなら死刑にされたほうがよかったわよ………。」


死郎「今更言うなよ。俺はこのほうが楽しいぞ。」


 今俺達は北大陸にいる。俺は今まで通り帝国技術班班長という肩書きと実証実験部隊隊長という肩書きを持って生きている。実証実験部隊は逆十字騎士団の生き残り達が配属されてる。ここで俺は新技術と新兵器を開発しながらそれを北大陸の魔獣達相手に実際に試す任務についている。


 北大陸の魔獣は中央大陸の魔獣の比ではない強さを誇っている。俺達ですら簡単に死んでしまう危険があるほどだ。そいつら相手に命懸けで新兵器のテストを繰り返す。常に命を危険に晒して死と隣り合わせに生きる。この生活に俺はびんびんにエクスタシーを感じている。


ユイ「あんたはこれでいいかもしれないけど私は嫌よ!」


 もうすでに三人が任務中に死んでいる。逃げ出そうにも大ヴァーラント魔帝国の者達に監視されている俺達は脱走も出来はしない。俺はあとどれだけ生きていられるかわからないが死ぬまでこの生活を楽しもうと思っている。




  ~~~~~ヴィッキーの冒険~~~~~




 これは時は少し遡り俺達がまだウル連合王国の村に滞在していた頃の話だ。



  =======



 ウル連合王国とアルクド王国国境近くのヤークの村に滞在することになって早一ヶ月が経っている。表面的にはアルクド王国は合意に従って行動しているように見える。しかし俺達が王国内にいた時からあれだけグダグダだったんだ。いつトチ狂った行動に出るかわからない。もうしばらく様子を窺ってから部隊は残して俺達と魔人族の千人隊達だけ帰ることになっている。


ヴィッキー「フリッツ様御機嫌よう。」


フリード「ああ。ヴィッキーか。おはよう。」


 俺達がこのヤークの村に滞在することになって暫くしてからヴィッキーがやってきた。女王が政治を放り出してこんなところで油を売っていてもいいのかとは思うがウル連合王国は元々ほとんど議会や大臣が政治を行っているらしいのでそれほど問題ないのだろう。


ロベール「なんだ?またお姫さんが来てるのか?」


パックス「ロディ…。その言い方はやめろって言ってるだろう…。ガルハラとウルの国際問題になったらどうする気だ?」


フリード「ヴィッキーはそんなことでゴネたりしないさ。なぁ?」


ヴィッキー「はい。ロディ様が親しみを込めてそう呼んでくださっているのはわかっていますわ。」


 ヴィッキーはにっこりと微笑んだ。


ロベール「ほらみろ。パックスだけ堅すぎるんだよ。」


パックス「…ロディ。お前だってもう宮仕えなんだぞ?そこのところはよく理解しておいてくれよ?」


ロベール「ああ。わかってるって。」


ヴィッキー「くすっ。」


ロベール「おお。お姫さんの笑顔はいいな。このむさ苦しい仕事にも華が出来てやる気も出るってもんだ。」


ヴィッキー「まぁ…。ロディ様はお上手ですね。」


ロベール「別にお世辞じゃねぇぜ。」


 ヴィッキーとロディは仲が良いみたいだ。二人で楽しそうに話している。


フリード「キツネの姉ちゃんは諦めるのか?」


ロベール「あ?………うぅ~ん。諦めるもなにも最初から相手にされてないんだが………。っていうか別にお姫さんも狙ってねぇよ!」


フリード「ほう…。まぁそういうことにしといてやるか。」


 特にすることもない寂れた村で俺達はこうして日々を過ごしていた。



  =======



 そんなある日ヴィッキーからある提案があった。


ヴィッキー「実はこの辺りに魔獣の住み着いている山があると報告がきているのです。ですがウル連合王国には討伐隊を出す余裕はなくこのままではいつ討伐隊が編成されるかもわかりません。」


フリード「どうせ俺達はヤークの村で遊んでるだけだから討伐でもして世話になってる村に恩返ししろってことかな?」


ヴィッキー「そんなっ!そんな風には思っておりませんわ。ただ王侯貴族とは狩りを嗜むものですからもしお暇でしたら私とご一緒に狩りでもいかがかと思ってお誘いにきたのですわ。」


フリード「ああ、悪い。言い方が悪かったな。…暇だし訓練も兼ねて部隊に討伐でもさせてみるか?」


ヴィッキー「それでは参りましょう。」


フリード「おい…。ヴィッキーも行くのか?」


ヴィッキー「もちろんです。さぁさぁ。早く参りましょう。」


 ヴィッキーに急かされて急遽魔獣狩りを行うことになった。各所に連絡してガルハラ帝国軍から百人を選抜して同行させる。俺とパックスとロディになぜかマンモンも一緒に行くことになりヴィッキーとウル連合王国軍から五十人が同行することになった。


ヴィッキー「報告によるとあの山だそうですわ。」


 ヤークの村から少し離れたところにそれほど高くない山があった。


フリード「ふむ………。そんなに強い魔獣はいないようだが?」


ロベール「だなぁ。そこらの雑魚と変わらんぞ。」


マンモン「………お前達が急激に強くなりすぎて感覚が麻痺しているだけだ。」


 そこで珍しくマンモンが声をかけてきた。


フリード「どうした?マンモンが声をかけてくるなんて珍しいな。あそこに何かいるのか?」


マンモン「………いや。周囲より少し強い程度の魔獣がいるだけだ。だがその違いすら感知できないのはお前達が急激に強くなりすぎて感覚がおかしくなっているからだ。そういう時は思わぬ失敗をする。せいぜい気をつけておけ。」


フリード「ほう。ご忠告痛み入る。先達の注意はしっかり聞いておくよ。」


 マンモンが注意してくれたので俺達は気を引き締めなおして山の麓の森へと入っていったのだった。



  =======



 兵達が獲物を追い立てて飛び出してきた獲物を将軍や大臣達が狩っていた。これは仕事としての狩りじゃなくて貴族の遊びの狩りだ。それでもきちんと害獣が駆除されるのだから遊びと言ってもバカには出来ない。ただし折角これだけ兵がいるんだから普通に狩りをすればもっと多くの害獣を狩れるのに貴族達が楽しく遊ぶために無駄な追い立てや仕損じることもあって効率的とは言えない。


ヴィッキー「フリッツ様は狩りはお嫌いですか?」


 俺が一匹も狩っていないのを見てヴィッキーが近寄って声をかけてきた。


フリード「あ~…。嫌いってことはないけど味気なくてな。自力で狩る方が好きなんだよ。」


 兵にある程度追い立てられて弱らせられた獲物を最後に追いかけて仕留めるだけの貴族の遊びは俺には物足りない。俺は自分の剣一本で魔獣に立ち向かうような、そんな戦いの方が好きだ。もちろん俺は皇太子だからあまり無茶は出来ない。安全はある程度確保されて戦うことになるのは貴族の遊びと変わらないと言えるがそれでも自らの命を賭けて戦うからこそ狩りは意味があると思う。


ヴィッキー「まぁ…。フリッツ様は勇ましいお方なのですね。それではこっそりと抜け出して自力で狩る狩りをお教えしていただきましょうか。」


 ヴィッキーが悪戯っぽい笑みを向けてくる。普段のヴィッキーの御付の者達は狩りに勤しんでいる。兵達もお貴族様のために獲物を追い立てるのに必死でそれほど余裕はないだろう。俺達がふらっといなくなっても案外気付かないかもしれない。


ロベール「おいおい。悪巧みか?フリッツ。」


パックス「護衛として俺達も連れて行くなら抜け出すこと自体はとやかく言わないがあまり羽目を外しすぎるなよ。」


マンモン「………俺も行こう。」


フリード「結局皆か。まぁいい。それじゃちょっと山の方まで俺達だけで行ってみるか。」


 こうして俺達は五人でこっそり狩り場を抜け出して山へと入っていったのだった。



  =======



 山に入ってもいる魔獣は平均的な中央大陸の魔獣しかおらず俺達の敵じゃない。軽く倒しながら進んでいく。


ヴィッキー「すごいですわ。皆様とってもお強いのですね。」


 ヴィッキーは歓声を上げている。さすがに一国の女王だけあって魔獣に襲われることや血飛沫に悲鳴を上げるようなことはない。俺達を信用して安心しているという部分もあるだろうが小国では王侯貴族でも魔獣狩りに駆り出されたり戦場の最前線に赴くこともよくあるのでヴィッキーもこの程度は慣れているのだろう。


ロベール「なぁフリッツ。なんであのお姫さんを連れ出したんだ?」


 ロディが俺の真意を問い質そうとこっそり声をかけてくる。


フリード「多分ヴィッキーは王族として城の中にばかり囲われた生活を送ってきて冒険とかそういうものに憧れてたんだろ。冒険譚とか魔獣と戦った時の話とかをよく喜んで聞いてたんだ。だから今回こっそり抜け出したかったのは憧れの冒険をしてみたかったんだと思う。だから連れ出したんだ。」


 ヴィッキーは幼少の頃に両親を暗殺され自分の命も危なかった。その時は運良く逃れたようだがそれ以来ヴィッキーは城の中で育てられた。安全を考えれば確かにそれは仕方の無いことだが幼少の頃から限られた空間である城の中でばかり過ごしていれば外への憧れがどうしても膨らんでしまうんだろう。


 成長してからは護衛をつけてある程度出歩くことが出来るようになったとは言え自由に外をうろうろするなんてことは出来ない。今回がヴィッキーにとっては憧れを叶える最後の機会だと思ったのかもしれない。


ロベール「なるほどなぁ…。それじゃちょっくらお姫さんの夢に付き合ってやるとするか。」


 ロディはニカッと笑ってそう答えた。


フリード「ああ。後で抜け出したことで怒られるだろうけどそれくらい我慢しよう。」


ロベール「げっ…。やっぱ怒られるのか?」


フリード「そりゃそうだろ?大臣や将軍達はヴィッキーがいないことに気付いて大慌てしてるんじゃないか?」


ロベール「はははっ、ちげぇねぇ。」


 それから俺達は暫く山に向けて進み続けた。


パックス「なんだあれは?あんな魔獣は見たことがない。」


ロベール「そうだな。中央大陸にあんな魔獣がいるなんて聞いたことないぞ。」


 俺達の向かう先には三メートルはあろうかという巨大な熊のような魔獣がいた。


マンモン「………あれは北大陸にいるグレイウルルスだ。」


フリード「北大陸の魔獣?なぜそんなものがこんなところに?」


マンモン「………中央大陸側には門があった。自然に歩いて来たわけじゃないだろう。」


 考えられるのは二パターン。一つは誰かがどこかから連れてきて放したかここに置いている可能性。もう一つは中央大陸の近縁の魔獣が変化して北大陸の魔獣と同じものに進化した可能性だ。


 魔獣は時々変化する。ミニオークの集落だったはずの場所がいつのまにかオークの集落になっていたりゴブリンがホブゴブリンに変化していることがある。それで考えればここに北大陸にいるのと同じ魔獣がいてもおかしくはない。


 普通ならこんなに変化する前に討伐されることが多いだろうがこういうケースもまったくないわけじゃない。


 今回は俺達が出会ったからよかったがこれが普通の村人や兵士ならば大変な被害が出ていただろう。ちょっとしたお遊びの狩りで思わぬ事態になったものだ。ウル連合王国には余裕がないそうだからこれからは駐留しているガルハラ帝国軍に狩りを奨励しよう。またこんな変化をした魔獣が生まれたら危険だ。


ヴィッキー「きゃぁぁー!なんですかあれは!」


 ヴィッキーがグレイウルルスを見て悲鳴を上げた。中央大陸ではお目にかかれない大物だからそりゃいくら多少魔獣に慣れてても驚くよな。ヴィッキーの声を聞いてグレイウルルスも俺達に気づいた。


ヴィッキー「フリッツ様ぁ。」


フリード「ヴィッキーは下がってろ。」


 ヴィッキーが俺の駆け寄ってくるがさっとかわして俺は剣を構える。


ヴィッキー「ぶっ!」


フリード「………ん?」


 後ろで変な声を出したヴィッキーを振り返る。ずっこけて頭から地面に突っ込んでいた………。俺が避けたから勢い余って転んだのか………。悪いことをしたかな。


ヴィッキー「あ~ん…。お化粧が…。それに衣装も………。」


 ヴィッキーは顔も服も泥だらけになっていた。


フリード「はははっ!ヴィッキー、鼻に泥がついてるぞ。」


 ちょうどヴィッキーの鼻の上に泥が乗っている。


ヴィッキー「もうっ!フリッツ様は意地悪ですわ。」


パックス「おいフリッツ。遊んでる場合か?」


 パックスの声で俺はグレイウルルスの方へと向き直る。


フリード「悪いなヴィッキー。ちょっと待っててくれ。」


ヴィッキー「あんなものと戦われるおつもりですか?」


フリード「ああ。こんなのが村まで下りてきたら大変だからな。」


ヴィッキー「フリッツ様………。ご武運を。」


 後ろからのヴィッキーの声を受けて俺はグレイウルルスを………。


ロベール「あ~。盛り上がってるとこ悪いけどもう俺が狩っちまったぞ?」


 ロベールがあっさり一撃で首を刎ねていた………。



  =======



 北大陸の魔獣とは言っても今の俺達にとっては敵じゃない。あっさりグレイウルルスを討伐した俺達は獲物を持って狩り場へと戻ったのだった。ヴィッキーを連れ出したことに多少の注意は受けたがグレイウルルスの死体を見て皆驚いておりそれを討伐した俺達に強く言える者はいないのだった。


ヴィッキー「フリッツ様…。今日は私の我侭を聞いてくださりありがとうございました。」


フリード「ん?何のことだ?」


ヴィッキー「くすっ。一生でたった一度でも私にとってはとっても素晴らしくて大変で楽しくて怖い冒険でしたわ。それでは御機嫌よう。」


フリード「ああ。お休み。」


 ヴィッキーは俺達がヴィッキーのために狩り場から連れ出すことに賛成したことに気付いていたようだ。ヴィッキーは立場上もうこれからはこんな冒険のような真似は出来ないだろう。一生でたった一度だけの冒険にヴィッキーは満足そうな顔をして帰って行ったのだった。



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