第七十九話「クシナ VS 赤の魔神」
ドラゴニア王城で数日を過ごしたある日の朝に竜王から知らせが来た。どうやらドラゴニア内でも意見が纏まり関係各所への指示も通達されたようだった。
ドラゴニアの内部が纏まるまでに時間を要した理由は主に在地領主の存在だ。封建社会であるドラゴニアでは竜王から領地を与えられて治めている領主達が存在する。そしてそれは当然ながらファングに占領された地域の領主だった者達もいるということだ。
もしこのままファングと終戦してその存在と領土を認めることになれば領地を失うドラゴニアの領主達が出てくる。その者達を説得したり代替地を用意するために時間がかかっていたのだった。
俺から言わせれば何千年もの間ファングに占領されて実質すでに領地を失ったも同然であり自分から積極的に取り返す策も採らなかった者達が今更領地を失うだとか代替地を寄越せだとか言うこと自体がおこがましいとは思うがそれはドラゴニア内の問題なので俺は口を出さないことにしている。
それにそれほど大きな問題でありながらこんな短期間に決着したことでわかる通り領地を失う領主達も元々ファングに占領されて失っていたも同然の領地の代わりに多少なりとも何か貰えれば儲けものというくらいの考えだったのだろう。元の領地から考えれば小さな代替地でも比較的あっさりと承諾したようだった。
それによりドラゴニアが飲める最大限の領土割譲で領地を失う可能性のある領主達は全て説得が終わったと連絡があったのだ。あとはファングへと向かい交渉するだけとなった。
竜王と四人の将軍、それから一部の大臣達が俺達と一緒にファングへと向かうことになっている。俺の記憶のルート通りに進まず赤の魔神のところへと一直線に向かうことになっているので俺としては面倒だが終戦の斡旋をすると自分から言った以上は最後まで責任を持たなくてはならないだろう。
西の竜と東の竜が竜形態になって他の者達を背に乗せて飛んでいくらしい。歩くよりも楽で速いのは助かる。交渉が終わったら俺は一度最古の竜のところまで戻ってから記憶のルート通りに進まなければならない。なるべく早く赤の魔神との交渉を終えたい…。
ミコ「うわぁ。すごいねぇ。」
ミコは竜の背中から見る空の景色に感動していた。
フラン「魔法でこのように飛べる方法をぶつぶつ………。」
フランは魔法で竜のように飛ぶ方法を考えているようだ。とことん魔法マニアだな。
シルヴェストル「人は運べぬがわしの方が速く高く飛べるのじゃ。」
今はシルヴェストルの力で俺達の周りの空気を風で操作している。雲よりも高い位置を飛んでいるので気圧や酸素の問題があるからだ。シルヴェストルが風を操って俺達の周りだけ穏やかな空気が流れている。また西の竜と東の竜の飛行も風でアシストしているのでこれだけ速く飛んでこられたのものシルヴェストルのお陰と言える。
ルリ「………ん。」
ルリは胡坐をかいて座っている俺の上に体育座りのように膝を立てて座っている。後ろから腕を回してぎゅっと抱き締める。
俺達はそれほど時間を掛けずに赤の魔神の家の近くまで飛んできたのだった。しかしドラゴン族と違って戦争に積極的で警戒していた魔人族は空を飛んでやってくる竜に気付き防衛線を張っていた。空を飛んでいる今でさえ魔法を撃ってきそうな雰囲気なのに着陸しようと高度を下げれば確実に襲われるのではないかという気配が伝わってくる。
アキラ「赤の魔神の家の上で俺だけ飛び降りよう。俺だけなら攻撃されても問題ない。赤の魔神に兵を下がらせるように伝えてくる。」
竜王「遠呂知様にそのような雑用をさせるなど…。」
アキラ「俺が良いと言っている。それに俺が行ったほうが手っ取り早い。では行ってくる。」
竜王はまだ何か言おうとしていたが俺はそのまま西の竜の背中から飛び降りた。雲よりも上を飛んでいた竜の背中からコードレスバンジーだ。
………。飛び降りた姿勢そのままに足を下にして飛んでいる。いや、落ちている。だがこの姿勢ではスカートが完全にめくれ上がっている………。なんとか両手で抑えて危険なところは見えないようにしているつもりだが竜の背中に乗っていた者の声が俺の耳に届いている。
クロ「おおおぉぉ!もうちょい!もうちょいで………。あぁ!見えそうで見えない!くそぅっ!くそぅっ!アキラのパンツが見たい!何色だ?!」
クロ…。あとで〆る。覚えてろよ………。
俺は頭を下にして一気に加速する。スカートが広がって空気抵抗になることもないのでどんどん加速していく。赤の魔神の家の前に降りるために少しずつ微調整しながら地表へと近づく。もうすぐ地表へと激突するというところで俺は頭と足の向きを入れ替えて足から着地する。
獣力で空気を蹴り風の精霊魔法で風を操り魔法で飛翔と風魔法を使う。一万メートルの上空から降りてきたとは思えないほどふわりとまるで羽毛が落ちてきたように地面に降りる。
空から落ちてきた俺を魔人族の兵士達が驚愕の表情で囲んでいた。そこに見知った顔を見つけて声をかける。
アキラ「ようペイモン。赤の魔神に話があってきたんだが…。」
そこに居たのは四方鎮守将軍の一人ペイモンだった。赤の魔神の家を守るように兵を連れて周囲を囲んでいる。
ペイモン「うっ…、あっ、貴女は………。」
ペイモンは困ったような泣き笑いのような表情になった。こいつらは赤の魔神の家に泊まっていた時に何度も会ったが俺達とはそれほど打ち解けてはいない。赤の魔神には忠誠を誓っているようだが俺達の言うことを聞くような仲でもない。
赤の魔神「アキラか。どうした?」
俺が飛び降りてきたことでやってきたのが俺だと赤の魔神も気付いたようだ。家の中から出てきた。
アキラ「丁度良かった。赤の魔神に用があってな。ドラゴニアと終戦の斡旋をしたい。その交渉のためにドラゴニアの上層部が来ている。ファングが交渉する気があるのならドラゴニアの交渉団を受け入れてもらいたい。」
周囲でどよめきが起こる。
赤の魔神「へぇ…。本当に説得してきたのか。わかった。それじゃあたしの家にきな。………あんたらは手出しするんじゃないよ。」
ペイモン「はっ!」
赤の魔神が指示を出したことで周囲の魔人族がドラゴニアの上層部に手を出す心配はなくなっただろう。俺は師匠に念話を送る。
アキラ『赤の魔神と話がつきました。攻撃されることはないので皆で降りてきてください。』
狐神『はいよ。それじゃこれから皆で降りるよ。』
師匠の返事を聞いて暫くすると二匹の竜が赤の魔神の家の近くへと降り立ったのだった。
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西の竜と東の竜から皆が降り二人も人型へと戻る。そこで俺はまずはやるべきことをすることにした。
アキラ「ハリセン。」
バッチーンッ!
クロ「いてぇ!何すんだ!」
俺の魔法で出来たハリセンが出現してクロの頭を叩いた。この魔法はスリッパの上位版だ。魔法で出来たハリセンを任意の場所に出現させて対象を叩く。派手な音がする割には威力はなくダメージはない。クロは咄嗟に『いてぇ!』と言ったが本当に痛いわけではないだろう。とはいえスリッパよりは威力が高い。何しろスリッパの上位魔法だからな。
アキラ「人のスカートの中を覗こうとした罰だ。」
クロ「理不尽だ!アキラが自発的にめくれさせたんであって俺がめくったわけでも覗き込んだわけでもない!アキラが見せていたのを俺が見ていただけだ!」
アキラ「まぁ半分はお前の言い分もわかるよ。だけどな…、スカートがめくれているのにそれを必死で見ようとするのは紳士的じゃない。だから教育的指導でハリセンで叩いたんだ。むしろこんなもので済んでよかったと思うべきだと思うがな?」
クロ「うぅ…。」
クロは情けない顔になって俺から視線を外した。何だか昔のポイニクスのようだな…。
アキラ「ふぅ…。ほら。」
クロ「抱っこかっ?!」
俺がしゃがんで両手を広げるとクロは途端に元気になって俺の胸に飛び込んできた。クロを抱っこして立ち上がると俺達は赤の魔神の家へと入っていった。
………。
アキラ「なんだこれ………。」
竜王「これはまたなんとも………。」
赤の魔神「あん?座る場所が足りないか?じゃあこうやって荷物をどけて座れ。」
そう言うと赤の魔神は手をブルドーザーのようにしてそこらにある物をガーッと押しのけてスペースを確保した………。いつかどこかで見た光景だ。
アキラ「俺達がここを出てからまだそんなに経ってないのにどうやったらこんなに散らかせるんだ?」
赤の魔神の家は俺達が掃除する前と同じくらい散らかっていた。さすがに埃や汚れは前ほどは溜まっていないが荷物の散乱具合は同じくらいだ。使った物を一切片付けずに置いていてもたったこれだけの日数でこんなに散らかせるとは思えない。最早これは一種の才能だ。
アキラ「………はぁ。まずは掃除からだな。」
こうして俺達は二度目の赤の魔神宅の掃除を開始したのだった。
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赤の魔神「おぉ、すごいな。こんなに綺麗になったぞ。」
アキラ「前と同じようなことを言うなよ。むしろたったあれだけの日数でこれだけ散らかせた赤の魔神の方がすごいと思うぞ。」
赤の魔神「そうか?あっはっはっ!」
褒めていないが赤の魔神は満更でもないようなのでそのままにしておくことにした。
アキラ「それじゃ交渉を始めようか?」
赤の魔神「ああ。」
竜王「うむ。」
こうしてファングとドラゴニアの終戦についての協議が開始した。
ドラゴニア側の面子は出発前と変わっていないのでもういいだろう。ファング側は赤の魔神と四方鎮守将軍四人だけだ。相変わらず城のある方から四方鎮守将軍より少し強い気配を感じるがそちらとは特に意思疎通はしていないようだった。伝令の一人ですら行き来していない。
アキラ「城にいる奴に話を通さなくていいのか?強さから考えて城に居る奴が王じゃないのか?」
俺の言葉にファングの五人の視線が集中した。
赤の魔神「あぁ~…。あいつはいいんだ。あたしが決めればそれで合意できるから気にするな。」
アキラ「お前達がそれでいいならいいが大丈夫なんだな?後で向こうは知らないとか揉める元になるのは勘弁だぞ。」
赤の魔神「ああ。それは心配ない。あたしが責任を持って合意は守らせる。」
赤の魔神がそう言うので俺はそれ以上は聞かないことにした。向こうも子供じゃないんだ。万が一何かあったとしてもそれは向こうが責任を取るということだ。それからはもうファングの情勢については詮索せずに終戦についての交渉だけに終始したのだった。
ドラゴニアが最初に出した条件は戦争責任は追及しないがファングの者達は全員東大陸から退去して奪った領土を返還するというものだった。赤の魔神は国や領土に執着はなかったようだが四方鎮守将軍達は断固として拒否していた。
俺の考え方ならばファングの者達が退去して解決だが、これは火の国と大ヴァーラント魔帝国の時とは色々と条件と事情が違う。
まず火の国の時と違い明確に勝敗が決していない。大ヴァーラント魔帝国は火の国に負けたと認めたのでスムーズに要求を飲んだがファングもドラゴニアもどちらもまだ負けたとは思っていないし実際に勝敗が決したと言えるような状況にはない。だから一方的に厳しい条件を突きつけられても『それならば終戦する必要はない。徹底抗戦で奪い取れば良い。』という意見になってしまう。どちらかが全面的に譲歩するような状況ではないので簡単には進まない。
そして大ヴァーラント魔帝国は西大陸から撤退して回廊を渡って自国へ帰るだけでよかったがファングの者達はここから出たら帰る場所などないのだ。同じ魔人族の勢力圏として北大陸が候補になるだろうがその北大陸の大ヴァーラント魔帝国に反発した者達の集まりがファングなのだ。それなのに北大陸へ帰れと言われてもそうそう飲めないだろう。
予想通り全土返還はファングが絶対飲めない条件でありそこでの決着はなかった。そうなると今度はドラゴニア側がどこまでファングの生存圏を認めて領土を割譲するのかという話になってくる。
そこでドラゴニアが次に用意していた妥協案は現時点でのファングの勢力圏の南西方面、四分の一だけの割譲案であった。これもファングは飲めない。四分の一の領土にファングの全国民を詰め込んで生活させることなど出来ないからだ。住む土地としては足りるが人口密度が高すぎる。また食料が圧倒的に足りないのだ。それでは国民の何割か、下手をすれば半分の国民に死ねと言っているのと変わらない。だからこれもファングは絶対に飲めない条件だった。
そして最後にドラゴニアが出した割譲案が現在ファングが占領している地域の西半分を割譲するというものだった。ドラゴニアの領主達は知らないが上層部は実はあまり領土に固執していない。本音で言えば今ファングが占領しているところを全て譲っても気にはなっていなかった。ただ領主達への示しとして簡単に諦めるわけにもいかなかったことや種族としての誇りで簡単にファングに領土を譲ってやるわけにはいかなかったのだ。
それから俺の指示も含まれている。なぜ西と東に縦に半分に分けたのか。それは東回廊にドラゴニアも接するためだ。大樹の民はドラゴニア以上に信用できない。だから東回廊にドラゴニアも隣接させて大樹の民が東回廊を越えてこようとすれば両国で対応させようと考えたのだ。北回廊にガルハラ帝国とバルチア王国の国境が接していたのと同じことだ。
だから最悪でもどこかのルートを確保して絶対にドラゴニアの国境が東回廊に接するようにファングから領土を返還してもらえと俺が指示してあった。だからドラゴニア上層部は最悪の場合はファングの勢力圏ほぼ全てを認めてもなんとか東回廊へ通じるルートだけは返還させるためにルート選びなどに余念がなかった。
ファングとしてもここが落とし所であったようだ。半分であれば全国民も生活自体は出来る。今のままの耕作面積では裕福ではないかもしれないがこれから耕作面積を広げればある程度は豊かな生活が送れるようになるだろう。元々他人の土地を奪いにやってきたのだ。終戦して占領した半分がもらえるのなら御の字と考えることもできる。
もっともファングの上層部が国民の命よりも領土を求めるのならば現在占領している全勢力圏が自分達の物になるまで戦い続けたであろうが、少なくともここにいる五人にその意思はなかった。
こうして大筋の合意が出来、ファングとドラゴニアの戦争に終止符が打たれることになったのだった。
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一応の終戦とはなったがまだ全てが終わったわけではない。まずは赤の魔神が言葉を発した。
赤の魔神「あたしは領土だのなんだのはどうでもいいんだ。ただあたしの目的はドラゴン族と戦ってその腑抜けを直すことだった。だからあんたらが腑抜けじゃなくなってるなら無理に戦う必要はなくなる。逆に言や腑抜けのままなら領土や勢力圏を保障されたって戦い続けるつもりだ。そこんとこどうなんだ?」
その言葉でドラゴニア上層部はお互いに顔を見合わせた。実際ドラゴン族が腑抜けから立ち直ったかと言えばまだまだだ。確かに王城にいた一部の者達には次第にやる気がみなぎってきてはいるがそれもまだ腑抜けが直ったとは言えない程度であり、さらに王城にいなかった者達はまだほとんど変わってもいない。これでは赤の魔神の条件を達成しているとは言えないだろう。
竜王「我らの主がようやくご帰還なされた。それを知った者達はそれだけで変わりつつある。だがドラゴニア全土にはまだ波及しておらぬし全ての民が目覚めるまでには今しばらく時間がかかるであろう。」
赤の魔神「へぇ…。あんたらの事情は知らないが何千年も腑抜けてた奴らがそんな簡単に変われるものなのか?」
クシナ「ならば私が証明してあげましょう。表に出なさい赤の魔神。」
クシナが赤の魔神を指差しながらそう言う。その目には仇を見るような憎しみの感情が込められている気がした。赤の魔神から聞いた話ではクシナの父親は赤の魔神と合意の上で力を譲ったという話だった。龍装励起で発現する龍力の感じも確かに自ら進んで赤の魔神に手を貸している感じがした。
だがクシナは赤の魔神が自分の父親を殺して無理やり力を奪い去ったと思っている。ここで赤の魔神と戦うことはクシナにとっては敵討ちなのだろう。しかし残念ながらクシナでは赤の魔神には勝てない。お互いに今のままならば赤の魔神の方が強い。クシナが竜形態になれば今の赤の魔神は上回る可能性があるが赤の魔神が龍装励起を使えば結局赤の魔神の方が強い。どうやってもクシナに勝ち目はなかった。
赤の魔神「ほう。いいだろう。挑んでくる気概があるんなら相手をしてやるよ。」
こうして赤の魔神とクシナが戦うことになったのだった。
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赤の魔神の家から離れたところで二人は向かい合っている。今回は俺が結界を張る。師匠の結界だと周囲に力が漏れて強い奴が暴れていることはバレるからな。俺ならそれを遮断できる。
クシナ「武器をとりなさい。」
赤の魔神「あ?あたしは素手派だ。そもそも魔法使いが剣や斧を使うわけないだろ?」
赤の魔神は自分のことを魔法使いだと思っていたのか…。まったくそうは見えないけど………。ムキムキのマッチョお姉さんでどう見ても見た目からは肉弾戦で戦うのが得意そうなタイプに見える。
クシナ「………いいでしょう。それでは参りますよ!」
赤の魔神「おう。」
クシナが剣で斬りかかる。赤の魔神はギリギリでそれをかわして反撃しようとするが小回りの利く片手剣であるクシナの猛攻が続き反撃する隙がない。しかしそれは肉弾戦の場合の話だ。
赤の魔神「へぇ。思ったよりやるねぇ。それじゃ…ヘルファイヤ。」
クシナの剣をギリギリで回避しながら赤の魔神は魔法を使う。クロが師匠と戦った時にも使っていた黒い炎の魔法がクシナに襲い掛かる。
クシナ「無駄です。この程度で私を止められるとお思いですか!」
クシナは左腕にはめている盾で前を覆いヘルファイヤを防ぎそのまま突進する。しかし視界が塞がった隙を赤の魔神が見逃すはずもなかった。
赤の魔神「こっちだよ!」
後ろへと周りこんでいた赤の魔神はクシナの背中に回し蹴りを放つ。
クシナ「くっ!まだまだっ!」
蹴り飛ばされたクシナは体勢を立て直して再度赤の魔神に迫るが地力の差はどうしようもない。全ての攻撃は赤の魔神に回避されてクシナはじりじりとダメージと疲労が蓄積していた。このままではジリ貧で勝ち目はない。
クシナ「………さすがです。やはり仮にも一国の守護神相手にこのままでは勝ち目はありませんか…。いいでしょう。はぁぁぁっ!」
クシナは空へと飛び上がって龍力を高め始めた。竜形態に変身するつもりだ。この隙に攻撃すればクシナを倒せるのだが赤の魔神は余裕の表情で腕を組んでクシナが変身するのを待っている。
クシナ「ギャオオォォォーーーー!!!」
竜形態へと変身したクシナが赤の魔神へと迫る。パワーもスピードもこれまでとは比べ物にならず赤の魔神とほとんど差がない。巨体では小回りが利かず良い的のようにも見えるがそれだけ耐久力も高い。チビチビ攻撃してもほとんどダメージとして意味がなくそんな攻撃を繰り返しているうちに自分が一撃でも食らえばそれだけで大ダメージになってしまう。相手に有効打がなければ巨体とはそれだけで武器になる。
ただし相手に強力な有効打があれば巨体はたちまち大きな的へと変化してしまう恐れもある。赤の魔神には死の四重奏がありそれを食らえば竜形態のクシナといえどもよくて大ダメージ。最悪の場合死ぬ可能性もあるだろう。
しかし赤の魔神は死の四重奏を使わない。クシナを殺さないために使うことを避けているという意味もあるだろうがクシナの攻撃が苛烈で使う隙が少ないのも理由だろう。下手に大技を使おうとすればその隙に自分が攻撃を食らってしまう危険が高い。
ほぼ互角に近いパワーとスピードで戦う二人はお互いに大きな隙を作れず細かな戦いになっていた。
クシナ「グググッ…、グアアァァーー!!!」
クシナがドラゴニックフレアを吐き出す。
赤の魔神「龍装励起!」
ドラゴニックフレアの直撃を受ける覚悟で赤の魔神はクシナが力を溜めている間に自分も力を溜めて龍装励起を発動させた。直後にドラゴニックフレアが直撃し炎に飲み込まれた。
赤の魔神「ふぅ…。なかなかやるな。これを使わなくとも勝つことは出来るがあんたに敬意を表して全力で相手をしてやるよ。」
直撃を受けても龍装励起を纏った赤の魔神は無傷のままで炎の中から出てきた。
クシナ「ギャオオォーー!」
クシナが咆哮を上げる。しかしここからは一方的だった。パワー、スピード、神力量全ての要素において圧倒的な差がついた状態でクシナに戦える方法はなかった。俺達ならばまだ何らかの特殊能力で格上相手でも戦う方法はあっただろう。だがクシナにはそういう能力はないのかそういう経験がなく考えたことがなかったためか今の赤の魔神に対抗する術はなかった。
赤の魔神がクシナへと迫る。そして拳を叩き込む。それだけでクシナの巨体は吹き飛ばされて大きなダメージを受けていた。
赤の魔神「ファイヤーストーム!」
吹き飛んでいったクシナへと掌を向けて魔法を使う。大量のファイヤーボールが撃ち出されてクシナに襲い掛かる。
ドドドドドッ!
と道路工事でもしているような音と振動を発しながら降り注ぐ火の玉にクシナが飲み込まれる。
クシナ「ガァァァーーーッ!!!」
クシナが最後の力を振り絞って口から炎を吐き出す。しかしそれは赤の魔神が空いたもう片方の掌を向けて魔力を放出するだけで赤の魔神まで届くことなく周囲に散らされてしまった。
赤の魔神「ヘルファイヤ!」
先ほどのものとは威力の桁が違う黒い炎が今度こそクシナを捉えて燃え上がる。
クシナ「アアァァァーーーーッ!」
赤の魔神が魔力を止めて黒い炎を消すとそこには人型に戻ったクシナが地面に倒れていたのだった。
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俺は結界を解いてクシナに近づき治癒の術をかける。
赤の魔神「ドラゴン族にも気概のある者がいたようだな。」
赤の魔神は俺の後ろに立ちクシナを覗き込んでいた。
クシナ「ぅっ………。殺しなさい………。」
何でクシナはこうくっころさんなんだろうか………。
赤の魔神「それは断る。どうやらこの鎧はあんたを殺したくないようだ。だから殺さない。」
アキラ「ほう…。わかるのか。」
赤の魔神「ああ。こいつはその娘と戦うことは楽しんだみたいだけど殺すのは嫌みたいだからな。何か関係あるんだろう?無理にこの鎧の意思に逆らったら機嫌が悪くなるからな。」
クシナ「………どういう意味ですか。」
アキラ「クシナだって本当はもうわかっているんだろう?」
この鎧の力の本はクシナの父親だ。だがクシナが思うような無理やり赤の魔神が奪った物とは違う。両者はお互いに力を貸し合っている。前の赤の魔神の言い方は利害の一致だというような言い方だったがそうは思えない。もっと強い信頼のような物を感じる。謂わば俺たちの魂の繋がりと近いような…。そんな感じがする。それは今戦ったクシナにも十分わかったはずだ。
クシナ「………父は自ら進んで貴女に手を貸しているのですか。」
赤の魔神「父?あんたまさか………、こいつの娘か?なるほどな………。」
赤の魔神は何か悟ったような顔になった。
赤の魔神「どうやらこいつもあんたを見て安心したみたいだ。もうこれ以上無理にドラゴン族と戦う必要はなくなったよ。」
つまりクシナの父はドラゴン族が変わりつつあるのだと認めたのか。あるいは自分の役目は終わり娘が後を継いでくれると認めたのか。ともかく赤の魔神がドラゴン族と戦う理由はなくなった。ファングとしても領土問題が解決してドラゴニアと終戦することに合意した。これでファングとドラゴニアの問題は一応の決着をみたのだった。




