第七十八話「九頭龍」
どうやってドラゴン族の目を覚まさせるか考えていると俺が考えるよりも先に周りが反応しだした。
タイラ「我らが主様を下等生物呼ばわりこそ言語道断。貴様らのようなゴミこそ塵も残さず消し去ってくれる。」
ハゼリ「主様のこの素晴らしい耳の可愛さが理解できない可哀想な者達。ですがその暴言は見過ごせません。このハゼリが教育してあげましょう。」
アジル「生まれてきたことを後悔するがいい。」
ブリレ「ほんっと馬鹿って可哀想だよね。だからこれ以上可哀想な思いをしないで済むように慈悲を与えてあげるよ。」
サバロ「………滅。」
サバロがしゃべった!いや…、たまにはしゃべるんだけどね…。でも敵に言葉をかけるなんて珍しい。五龍王が俺を侮辱したドラゴニアの上層部に対して敵意を向ける。
バフォーメ「メ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ーー!」
バフォーメも勝手にチョーカーから分離して出てくる。もちろん本体の半分はまだボックスの中にいるから姿は小さいままだが明らかに怒気が放出されている。
バフォーメ「今この時だけは主命なく行動することをお許しください。あの者共を滅した後であればいかような処分もお受けいたします。メエェェ…。」
小さいバフォーメは勝手に山羊の鳴き声が出てしまうので最後で締まらなかったな…。
アキラ「咎めはしないさ。」
バフォーメ「ですが…。」
アキラ「いい。気にするな。ただしあとで少しモフモフさせてもらおうかな?」
バフォーメ「ははっ!」
バフォーメの毛をモフモフすると気持ちいい。だが普段はチョーカーとボックスに別れて隠れているので最近はあまり触れていない。キュウの耳も触っていると気持ちいいがバフォーメの毛はそれとはまた違う手触りで心地いい。
竜王「ふっ、ふははっ!出来損ないの龍どもが我ら竜に歯向かう気か!はははははっ!身の程を思い知らせてやれ!」
北の竜「はっ!」
南の竜「ぶっ潰してやるぜ!」
東の竜「………。」
西の竜「残念だ。火の精霊王よ。」
四人のドラゴニアの将軍が龍力を高めて臨戦態勢になる。
アキラ「おい。五龍王とバフォーメ。好きなだけ緩めてもいいぞ。」
俺は仲間達に全力を出す許可を与える。
南の竜「ぷっ!な~にが五龍王だ!笑わせるぜ。」
南の竜が五龍王を笑う。笑っていられるのは今のうちだけだから精々笑っておけばいい。
タイラ「能力制限を解除せずともこの程度の者達など処分できます。…が、しかし。」
ハゼリ「主様に暴言を吐いたのです。それがどれほどの罪過であったのか思い知らせてあげましょう。」
タイラ「圧倒的力量差をその身に味わって絶望するが良い。」
ブリレ「ボクは優しいからね。抵抗は無意味だって気付かせてあげるよ。」
サバロ「………殺。」
バフォーメ「メエエェェーーー!!」
五龍王とバフォーメが制限を解除する。全力ではないがすでに竜形態のクシナを遥かに上回っている。第七階位相当くらいだろうか?辺り一帯に濃厚な神力が溢れ出し包み込まれる。そんな激しい戦闘にはならないだろうが念のために結界を張ってこうか…と思ったがその必要はなかったようだ。
南の竜と東の竜は五龍王とバフォーメの神力を浴びただけで気を失って倒れていた。将軍格でも半分がそうなのだから直接敵意を向けられていなくとも周囲の兵士達もほとんどは気を失うか茫然自失になっている。
竜王「ばっ、ばっ、ばっ、馬鹿なっ………。龍如きが竜を上回る力を持っているなどそんなことがあるはずはない!」
北の竜「ガチガチガチガチ。」
竜王はまだしゃべれるだけの余裕があるのか?北の竜は体中が震えて歯がガチガチと音を鳴らすだけで何一つしゃべれていない。西の竜はただ平伏していた。それを見たまだ意識のあった兵士達もそれに倣い平伏しだした。
竜王「こらっ!この馬鹿者共がっ!誰に向かって平伏しておるか!誇り高きドラゴン族がそのような者達に平伏するなどあってはならぬ!」
アキラ「で?どうする?お前だけ殺してドラゴニアのトップを挿げ替えてみるか?」
その言葉を聞いて竜王は激昂しだした。
竜王「偶々強い部下を持っているからと其方が図に乗るなよ!その部下達さえいなければ其方など塵芥に等しいわ!」
アキラ「なるほど。だったら俺とお前の一騎打ちで決着をつけることにするか?」
竜王「はっ、はははっ!その者らがおらねば其方など………。ヒィッ!」
俺は徐々に能力制限を解除する。すでに第六階位相当くらいだろうか?
アキラ「俺が仲間より弱いとでも思ったか?ドラゴニア全てを相手にするにしてもこれほど力を出す必要はないがおまけでもう少しだけ見せてやろう。竜気闘衣!」
この制限の状態でさらに竜気闘衣を使う。バキバキと竜気が鎧のように完全に物質化して俺の体を覆った。赤の魔神が纏っていた鎧よりも圧倒的に禍々しい竜鱗の鎧が俺の全身を覆い背中に竜の翼のような形が出来上がり恐竜の尻尾のような物が伸びる。伸びていた俺の九本の尻尾にも鎧が纏わり付き先端に蛇の頭のような物が形作られる。まるで九匹の蛇が鎌首をもたげているようにゆらゆらと揺れている。
………なんだこれ。こんなことになるとは思ってなかった………。
クシナ「九頭湯津爪櫛遠呂知………。」
アキラ「あ?なんだそれ?」
クシナが何かポツリと言った。俺には意味がよく理解できない。
竜王「………そんなっ!そんなはずはない!遠呂知は伝説にすぎぬ!」
クシナ「私だって認めたくはありません………。ですがこの姿は紛うことなき九頭湯津爪櫛遠呂知です………。」
竜王「くっ………。」
竜王は玉座から崩れ落ち階段を転がり落ちるように下りてくると俺に平伏した。
西の竜「ははぁ~。」
竜王に倣いまだ意識のある者達は全員俺に向けて平伏したのだった。
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なぜか知らないが俺は竜王が下りた玉座に祭り上げられていた。玉座の周囲を五龍王とバフォーメが囲うように立っている。
玉座から低くなった段の下にはドラゴニアの上層部だった者達が並び平伏している。まだ俺や五龍王達は神力を抑えていないが今は敵意を出さず普通に神力を出しているだけなのでその神力を浴びて動けなくなったり意識を失ったりする者はいない。あくまで威圧されて始めてああいう風になるのであって普通にしていれば力を放出していてもこの雑魚共でも耐えられる。
その玉座に向かってクシナが布に巻かれた棒状の物を持って上がってくる。俺の前に辿り着くと跪きその手を掲げて差し出し手に持つ物を俺に捧げる。
クシナ「………天叢雲剣でございます。」
アキラ「………うむ。」
俺はよくわかっていないが大仰に頷き立ち上がるとクシナの前まで歩きその布に巻かれた物を受け取る。布を解くと一振りの剣が出てきた。その剣は錆も傷もない。永久不滅の金属ヒヒイロカネで出来ている。
俺がその剣を掲げて神力を込めるとリィィーーンと高い音が響き形を変えた。菖蒲の葉のような形で中程が膨らんでいたその剣は日本刀のような片刃で反りの入った形へと変化したのだった。
クシナ「くっ………、神剣もアキラ様を主と認めたようです。」
クシナは心底嫌そうな顔をしながらそう述べた。
竜王「おおっ!剣が認めた!我らが主の帰還じゃ!」
ドラゴン達「「「「「おお~~~~っ!」」」」」
ドラゴン族達は大興奮して宴が始まった。俺は相変わらず玉座に載せられて置物にされて祭られている。
アキラ「………なんだこれ?」
クシナ「貴女はドラゴン族の神として認められたのです………。」
剣を俺に捧げたクシナが俺の横に立っていた。
最古の竜『よもや生きているうちに再び龍神降臨をこの眼に出来るとは思っておらなんだぞ。』
クシナ「お爺様?!まさか龍魂を?」
最古の竜『うむ。もう使ってしまったものは仕方あるまい?諦めろ。』
クシナ「………はぁ。もう知りません。お爺様の思うようになさってください。」
暫く難しい顔をしていたクシナだったが呆れた顔になってそう言ったのだった。
アキラ「で…、これはなんだ?何かの儀式か?」
最古の竜『ドラゴン族の神たる九頭の龍が舞い戻りし時、神剣は主と認めた者の望む形に姿を変える。と言う伝承がある。この神とは過去に居たドラゴン族が神に至った龍神とは違う。』
最古の竜の説明を聞く。その伝承の言うところのドラゴン族の神というのが何を指しているのかはよくわからない。ただの古い神なのかドラゴン族を作った創造神という意味なのか他にも色々考えられる。ただその神が戻った時に俺に渡された神剣はその者に合わせて姿を変えるらしい。俺が掲げて神力を流したら剣から刀に変わったのでこの神剣は俺を主と認めたということらしい。
これまで他の者も大勢神剣を所有しようとしてきたようだが誰もその主と認められることはなかった。だから俺がドラゴン族の神であるとそういうことらしい。
そしてクシナはその神に仕える巫女だそうだ。神剣を捧げる儀式をクシナが行ったのもクシナが巫女だからだ。そしてその巫女は神にその身も捧げるらしい。つまり俺の嫁になるということだ。
神剣を捧げ巫女を捧げ俺がドラゴン族の神となった。そして今はそれを祝う宴で八塩折之酒という物で皆で酒盛りをしている。
アキラ「っていうか神に仕える巫女とか俺がドラゴン族の神になる前から俺の許婚にしておいてよかったのかよ?」
最古の竜『アキラがドラゴン族の神だとわかっておったのだから問題なかろう?』
クシナ「―ッ!?どういうことですかお爺様?」
最古の竜『言葉通りだ。アキラがドラゴン族の神だとわかっておった。だから巫女であるクシナが生まれるまで待ったし巫女であるクシナをアキラの許婚にした。そもそもいくら巫女といえども神が現れなければ普通に結婚して子孫を残すのだからアキラがドラゴン族の神でなくとも問題なかろう?』
それはそうかもしれないが何故最古の竜が俺がこうなるとわかっていたのかは説明されていない。………俺の両親と何か関係があるのかもしれないな。
アキラ「そんな無理やり伝承や言い伝えに従わせてクシナを結婚させるなんて良くないぞ。俺としては本人の望む通りにさせてやるのが一番だと思う。」
俺はクシナの方を見てそう言ってみた。
クシナ「―ッ!こっ、こうなっては仕方ないでしょう?元々許婚の上にドラゴン族の神と巫女の関係でもあったのです。私は断ることはできません。」
アキラ「だから駄目だって言ってるんだ。そういう理由では俺が受け付けないと言っている。俺はお互いに愛し合う者しか娶るつもりはない。クシナが俺を愛していないのならば俺はクシナを娶らない。」
ここは大事なことなのでしっかりクシナを見据えてはっきりと言っておく。
クシナ「………。すぐにそのような大事なことは決められないでしょう?………まだしばらく貴女の旅に同行させてもらいます。」
クシナは怒った顔をしてプイッと横を向いてしまった。
アキラ「………やれやれ。」
それからクシナは俺の方を向くことはなかったので俺達は宴を眺めていたのだった。
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アキラ「バフォーメ、膝の上に。」
バフォーメ「メエェェ。」
俺が呼ぶとバフォーメはちょこちょこと歩いて来てぴょんっと俺の膝の上に乗って座った。俺はバフォーメの毛を撫でる。山羊の毛などごわごわしてそうな気がするがバフォーメの毛は手触りが良い。ふかふかで気持ちいいのでずっと触っていたくなる。
ブリレ「いいなぁ…。ボクも主様に撫でてもらいたいよ。」
アキラ「五龍王も後で褒美をやろう。」
俺のために即座に動いたのだ。それくらいいいだろう。そもそも五龍王やバフォーメへの褒美はお金や食べ物などのような物ではない。俺に撫でられたり可愛がられたりすることを望む。男三人を可愛がるのは抵抗があるが頭を撫でるくらいならそれほど気にならない。奴らもそれで満足するのだからそれで良いのだろう。
ブリレ「ほんとぉ?やったぁ!」
ブリレがはしゃいで俺の足元に擦り寄ってくる。ってそれはやめろ。魚の頃の名残かもしれないがメイド姿の美少女がそんなことをすると背徳感が半端ない。クシナが鬼の形相でこちらを見てる。
アキラ「ほら。その姿でそんなことをするな。…それよりもドラゴン族の儀式や宴のようなものに付き合ってやったがまだ俺はドラゴン族を信用していないぞ。」
さっきまで敵対的行動を取っていた相手だ。急に掌を返されても『はいそうですか。』と信用など出来るわけはない。そもそもなぜ急にこんなに態度が変わったのかもまだよくわかっていないのだ。ドラゴン族にとって俺が何か伝承の神だと思うようなことがあったとしてもさっきまで一触即発でまるで俺の言うことを聞かなかったのに今は言う事を聞きますと言われても納得出来ないだろう。
竜王「他の者は余の命令で動いていただけのこと。余が全ての罪を背負いましょう。余の首と引き換えに他の者達は許してはいただけませぬか?」
竜王が俺の前に来てそう奏上してくる。
アキラ「責任を取らせるとかそんなつもりはない。ただいきなり掌を返されても信用できない気持ちというのはお前達でもわかるだろう?」
竜王「それは………。わかりました!余が遠呂知様にこの身を捧げましょう!龍神と竜王の婚姻。これこそが両者の絆の証となりましょう!」
鼻をフンフン鳴らしながら竜王がふざけたことを言う。
アキラ「馬鹿か…。なんで俺がそんな罰ゲームを受けないといけないんだ。」
竜王「しかし古来より両者の絆を深めるのは婚姻による血の交わりであるかと…。」
アキラ「そのための巫女でありクシナだろう?クシナだけで十分だ。」
本当はクシナもいらないがそれまで言えばまたややこしいことになるだろう。ここではクシナを娶るかのような風を装っておきドラゴニアの問題が解決してここから離れたらクシナとの許婚も解消すれば良い。
クシナ「―ッ!」
クシナが俺の言葉を聞いて驚いたような顔をして睨みつけている。睨むな睨むな…。今だけのことだ。この場だけ話を合わせておいてあとでなかったことにすればいい。
竜王「はっ…。遠呂知様がそう言われるのでしたら………。」
竜王は残念そうな顔をしている。竜王からすれば俺は言い寄っていたクシナを奪った相手でありさらに俺にも振られて結婚が遠のいたのかもしれないが俺はこんなバカ殿様と結婚などしたくない。この後も続いた宴が終わり俺達は王城の部屋へと案内され今日はこの城で休むことになったのだった。
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部屋で休むことにすると横にフランが来た。今日はフランの日だったようだ。俺はそっとフランを抱き寄せて頭を撫でる。
フラン「ふぇっ!アッ、アキラさん?どうされたんですか?」
アキラ「別にどうもしないが?フランを撫でたらだめなのか?」
フラン「だっ、駄目なんてことはありません!」
そう言ってフランの方も俺にぎゅっと抱き付き頭を俺に差し出す。暫く頭を撫でた後でフランの額にキスをする。
フラン「はわっ…。はわわわっ!」
フランは真っ赤になって慌てていた。
アキラ「くすっ。フランは可愛いな。」
フラン「あうぅ…。」
ますます赤くなって縮こまるフランを抱いて眠ったのだった。
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翌日からドラゴニアの上層部と色々な交渉が始まる。基本的にドラゴニアの者は全て俺に絶対服従を示している。本心からかどうかまではまだわからないが末端の兵士に至るまでこの城にいる者には徹底されているようだ。
だがだからと言って俺は別にドラゴニアを支配する気もないしドラゴン族を纏めるつもりもない。絶対に裏切らないという確証もない。俺はドラゴン族のトップという扱いらしいがドラゴニアの実権はこれまで通り竜王とその他の上層部に持っておいてもらう。
これで俺は今のところ火の国の王とドラゴン族の最高位の両方を兼任していることになる。というわけでとりあえず相互防衛同盟にドラゴニアを加盟させるべく行動を開始したのだった。
まず俺が預かっている両国と顔を繋げておこうと思いイフリルを呼ぶ。ポイニクスは呼んでいないのだが付いて来たようだった。
ポイニクス「ママッ!」
アキラ「ポイニクス。…ん?大きくなったな。」
ポイニクス「うんっ!」
ポイニクスは昔のようにいきなり抱きついてきたりはしない。ちゃんと成長しているようだ。体も大きくなっており普通の火の精くらいの大きさになっている。千五百年ほどの間にほとんど成長していなかったはずなのにたった一年未満、ここ数ヶ月でこれほど急激に大きくなったのは不思議だがそういうものだと思っておくしかない。
イフリル「それで女王陛下。これはどういうことですかな?」
イフリルに説明を求められる。イフリルに説明しながらドラゴニアの上層部と火の国の上層部をお互いに紹介しておく。ついでにポイニクスに制限を解除させてドラゴニアの者達に実力を見せ付けておいた。ポイニクスが普段制御している能力を解除すればドラゴニアの者達とは格が違う。これをみれば『精霊族など』などと侮ることはなくなるだろう。
実際ポイニクスの実力を知りドラゴニアの上層部は衝撃を受けたようだった。一精霊がドラゴン族を遥かに上回る力を持っているのだ。東大陸に引き篭もっていたドラゴン族にとっては外の世界の者はどれほど力を増しているのかと思ったようだった。
もちろんポイニクスは俺の力の一部を持っているから精霊族でありながらこんな桁外れの力を持っているだけで精霊族全般で言えばまだまだ遥かにドラゴン族に劣る。その辺りは軽く説明しておいたが『さすがは龍神様のご子息だ。』とドラゴニア上層部はポイニクスを褒め称えていた。ただの太鼓持ちのような気もしてくるがそこは今はいいだろう。
竜王「火の国がこれだけの力があるのならば全大陸を制覇されればよろしいのでは?」
アキラ「それは俺の望みとは違う。それにそんなことをすれば古代族の再来としてまた世界中が戦争になるんじゃないのか?」
竜王「………なるほど。」
俺の希望としては相互防衛同盟への加盟とファングとの終戦ではあるがそれをドラゴン族に強要する気はない。俺が言えばそれではそうしましょうと答えかねない状況…というよりは実際そうなりかけてはいるがそれでは良くない。あくまでドラゴン族が自発的に参加したり終戦したいかどうかを考えた上で判断してもらいたい。
それを伝えるとドラゴン族も真剣に考え始めた。ただトップの者が言うからその通りにするという思考停止ではないようだ。そこで出てくるのが終戦派も継戦派もみすみす領土をファングに譲るのかという話だった。
アキラ「一つ勘違いしてもらいたくないのはファングと終戦するからと言って頭を垂れてファングに降れと言ってるわけじゃない。勢力圏協定で東大陸はドラゴン族の勢力圏になることに合意してある以上はファングの者達に出て行けというのはドラゴニアの正当な権利だ。ただ一部でも譲ってファングの者達が住んでも良いと思うのなら一部を割譲してやる案も考えてやればいい。その程度に考えてくれ。」
俺の言葉を聞いて終戦派は勢いづいた。
北の竜「しかしそうは言われましてもそれならばファングの者達はどこへ行くのですか?」
アキラ「ふむ…。それはファングと交渉してみるしかないな。ただ普通に考えれば魔人族の勢力圏である北大陸へ帰すか…。西大陸の火の国に住まわせてみるか?尤もファングの連中がどう答えるかはわからない。範囲を減らしてもいいから東大陸から出たくないと言うかもしれない。だからドラゴニア側としてどこまで許容できるかを決めておくのがこの会議の意義でもある。」
それを聞いてまた議論が活発になる。終戦派も継戦派もすでにどこまでならば領土を割譲できるかに焦点が移っていた。やはりどちらも終戦したいという点は同じだったのだろう。ただ今のままの国境線で終戦して領土を譲ればドラゴニアは三分の一以上の領土を失うことになる。もう何千年もそのままとは言え終戦してはその国境を認めることになると思って反対していたのだろう。
その後は最初に出す案。途中で譲歩して出す案。最終的にこれ以上は譲れない案の三つをまとめて交渉に臨むことになった。やはりどこの世界の国でも最初に出す案は厳しい案であり徐々に譲歩して最低限守るラインの案があるようだ。
アキラ「それじゃファングと交渉に向かうか?」
竜王「申し訳ありませぬ。もう暫くお待ちくだされ。」
アキラ「何か問題があったか?」
竜王「はい。一応の案は出ましたがこちらでももう一度考えてみます。それに各所への通達や調整もありますゆえ…。」
アキラ「ふむ…。まぁいい。それならもう数日ここに留まることにするか。」
竜王「ははっ!」
俺達と一緒にドラゴニアの交渉団がファングへ向かう予定になっているのでドラゴニアの方が纏まるまで俺達ももう暫くここに滞在することになった。
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ドラゴニア王城に滞在するようになって暫く経っている。まだ俺はドラゴニアやドラゴン族を全面的には信用していないが特に何か仕掛けてきたりというようなことはない。真面目にファングとの終戦や相互防衛同盟への加盟について議論を交わしている。
徐々にではあるがドラゴン族は活発になりつつある。最初に王城に着いた時の陰鬱とした雰囲気はなく皆生き生きしてきている気がする。このまま行けばドラゴン族もまたうまくいきはじめるかもしれない。
クシナ「私がいくら啓蒙してもドラゴン族は変わりませんでした。」
座っている俺の隣にやってきたクシナが急にそんなことを言い始めた。
アキラ「どうした?」
クシナ「貴女は…、貴女はたった数日でドラゴニア王城を変えてしまいました………。」
そんなことを言い出したクシナの真意がわからず顔を見つめる。
クシナ「貴女がドラゴン族の神などとはまだ認めていません。…ですが貴女には何か不思議な力がある。それだけは認めておきます。」
それだけ言うとクシナは怒った顔をして出て行った。クシナの言う不思議な力とはもちろん俺の力の強さのことじゃない。だが果たして俺にはクシナが言うような人を変えるような力があるだろうか?俺にはそんな自覚はまったくない。
ブリレ「主様ぁ~。ほらほら約束の~。」
ブリレが俺に擦り寄ってきた。他の五龍王もいる。俺は約束通り皆を順番に撫でる。
ブリレ「えへへ~。」
皆を撫で終わるとブリレが俺の腕に抱きつく。
ハゼリ「何をしているのですブリレ!抜け駆けは許しませんよ!」
ハゼリが逆の腕に抱き付いて来る。俺はその腕をスルリと抜いて二人を抱き寄せる。
ブリレ「あぁ…、主様ぁ。」
ハゼリ「こっ、このような場所で…、恥ずかしゅうございます。」
二人は顔を赤らめてうっとりした顔をしている。その時嫁達が訓練から戻ってきた。
狐神「アキラまたその二人を可愛がってるのかい?まったく………。」
師匠はチラチラと二人を羨ましそうに見ながらそんなことを言う。
アキラ「ふふっ。玉藻がこの二人にヤキモチを焼く必要はないだろう?こっちへおいで。」
狐神「―――ッ!じゃ、じゃあちょっとだけ………。」
俺がそういうと玉藻はそっと俺の膝の上に横向きに座った。俺はブリレとハゼリを離して玉藻を抱き締める。俺の方が背が低いのにさらに膝の上に乗られているから俺の頭は完全に玉藻の胸に埋まる。
狐神「アキラぁ!」
玉藻も俺を強く抱き締め返してくる。
ミコ「ああ!何してるんですか!フランも何か言ってあげて!」
フラン「私はこの前たっぷりと可愛がっていただきましたので…。」
ティア「それでは次はわたくしをお願いいたします!」
シルヴェストル「聞き捨てならんのじゃ。わしも可愛がってほしいのじゃ。」
ルリ「………ルリも。」
キュウ「私はぁ、後でも良いですよぉ?でも忘れないでくださいねぇ~。」
ガウ「がうがう!ご主人がうもなの!」
嫁達が俺に抱き付いて来る。こういう時間も大切だ。俺はまだ暫くドラゴニアの話が纏まらなくても良いかと思ったのだった。




