第七十四話「無慈悲な九人目宣言」
それから暫く沿岸沿いに北上を続ける。特に気を使わなくてもシュリとシュラも俺達に付いて来れているので旅の進行に問題はなかった。
クロ「アキラ抱っこ。」
クロがまた愚図りだした。体力や身体能力は十分にあるはずなので疲れて愚図っているわけじゃない。でもなぜか定期的にこうやって愚図りだす。
アキラ「はぁ…。ほら。」
クロ「ん…。」
クロを抱っこする。邪神封印を解除してからは前ほどは眠ることはなくなった。やはり眠ることが多かったのは封印によって力が流出していたのでそれを抑えることと回復させるためだったのだろうと思う。
ルリ「………あっくん騙されてる。」
ルリが俺の腕に抱きつきながらクロに刃を飛ばす。だがすでに封印が解けているクロの方が強いのでルリの攻撃が届くことはない。
アキラ「ルリはどうしてそんなにクロを敵視するんだ?」
ルリ「………敵だから。」
アキラ「敵ってことはないだろう?」
ルリ「………そいつはわかってて子供の姿を利用してあっくんに甘えてる。本当の子供じゃない。」
アキラ「ん?つまりルリが言いたいのはクロが子供の姿を利用して俺にセクハラしてるって言いたいのか?」
ルリ「………ん。そいつはちゃんと性欲があるし理解してる。」
アキラ「ふむ………。」
俺は抱っこしているクロを覗き込む。ルリは言葉足らずな部分はあるが言いたいことはわかった。つまりクロは体は子供になっているが精神は前のクロのままだから性知識も性欲もあって俺にセクハラしているということだ。確かに子供にしてはちょくちょく俺の胸を触ったりしている。
クロ「だったら何だよ!俺は俺だよ。それが悪いってのか?俺はアキラのおっぱいが好きだから触ってるんだ!それが悪いのかよ!」
抱っこされたままのクロはボヨンボヨンと俺の胸を叩く。ルリもクロもこう言っているが俺にはどう見てもただの子供にしか見えない。確かに前のままの知識や意識があるのは事実だろう。だがクロ自身ですら自覚がないほどに精神に影響を与えているのは間違いないと思う。
アキラ「ともかくもう少しこのまま様子を見るしかない。」
ルリ「………あっくんは子供に甘い。」
アキラ「ははっ。そうかもしれないな。」
そんなことを話している時俺は不意に閃いた。………さっき俺は何と考えていた?『封印によって力が流出』と俺は思ったはずだ。獣力によって蓮華七輪環の逆回転を行いクロの内側にある神力とチャクラを外へと運び出して封印していた。その運び出した力はどこへ運んでいたのか、どうしていたのか、それは俺のボックスのような空間能力の中に仕舞っていたのだ。
ではその力は今どうなっているのか?もちろんクロには戻っていない。未だに俺の空間能力の中にプールされている。………もしかしてこの力をクロに戻したら体が戻ったりしないだろうか?そこまで単純じゃないか?だが試してみる価値はあるかもしれない。
アキラ「おいクロ。お前の体を戻す方法を思いついたかもしれないぞ………。」
クロ「本当かっ!戻してくれ!早くっ!」
アキラ「慌てるなよ。また妙な後遺症があったら困るだろ?まずは検証と実験だ。」
こうして俺はクロを戻す方法に光明を見出し実験を開始したのだった。
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それから数日、俺達は移動を中断して一箇所に留まっている。落ち着いて検証と実験をするためだ。皆は海で釣り…、というか海の魔獣を狩ったり近くの山や森に入って魔獣を狩ったりしている。ん?狩りばっかりだな。まぁいい。人数が増えたことで食料の消費も増えているしシュリが入ったことで料理をする者の手が増えたので作り置きも溜めておけば良いだろう。
俺は限界ギリギリまで邪神封印をかけて力を抜き取った魔獣を観察する。意思疎通もできないし見た目もあまりはっきりわからない魔獣では難しいかと思ったがクロにかけたのと同じようにすると魔獣も子供の姿まで戻っていた。つまり俺は気づかない間に神力やチャクラと一緒に何か別の物も抜き取っていたのだろう。ただなぜか一定くらいまで小さくなるとそこで止まる。無制限に小さくしていって胎児まで戻り最後は存在そのものがなくなる、というようなことはない。
そして今度は封印を解除して俺の空間能力にプールしてある力を返す。すると子供サイズになっていた魔獣が見る見る大きく元の姿へと戻った。
アキラ「やった…。成功だ。」
精神などの内面的なものが何か影響を受けていたり変化している可能性はまだある。何しろ魔獣とでは意思疎通が出来ないので性格や精神年齢が変わっていても気付かないからだ。だが見た目上は少なくともほぼ元通りに戻っていると思う。
それを皆の前でも披露して見せて意見を聞いてみた。ほとんどの者はもうそれでやってみればいいんじゃない?っていう感じだ。クロの件にはあまり興味はないのだろう。クロ本人は乗り気なのでもうこのままクロに試してみることになった。
クロ「早くっ!早くっ!」
アキラ「あまり急かすなよ。」
クロはまるっきり子供だ。果たしてわざと狙ってここまで出来るだろうか?
アキラ「それじゃやるぞ。」
クロ「おう。」
俺は空間能力内にプールしてあるクロの力を少しずつクロの中へと戻していった。
クロ「おっ、おっ、おおっ!おおおっ!」
力を戻すとクロは完全に前の黒の魔神の姿そのままに戻った。
クロ「やった!やっと戻ったぞ!はははっ!戻ったぞ!」
大人に戻ったクロが目の前に立っていた俺を抱き締める。
アキラ「おい。誰が抱き締めていいって言った?またあの突きを食らいたいか?」
クロ「うっ!そう言うなよ。あっ!そうだ!俺が小さかった間は俺が抱っこしてもらってたんだから今度は俺がアキラを抱っこしてやろう!」
アキラ「………は?一体何を?」
クロの言った意味が理解できない間に俺はクロに抱き上げられていた。
アキラ「ちょっ!馬鹿か!降ろせ!」
クロ「なんだ?照れてるのか?アキラも案外可愛いところがあるんだな。さぁ旅を再開しようぜ。」
俺はクロにお姫様抱っこされている………。なんだこれ………。滅茶苦茶恥ずかしい。お姫様抱っこってこんなに恥ずかしかったのか………。嫁達をするのは良いが自分がされるのは絶対嫌だ。恥ずかしすぎる。今の俺は自分でも絶対真っ赤になってるだろうとわかるほど顔が火照っていた。
ルリ「………。」
ルリから明らかな殺気が迸っている。鋭い視線でクロを睨みながら制限を解除して威圧している。
ルリ「………殺す。」
いきなりルリとクロの戦闘が始まった。
アキラ「っておい!俺まだお姫様抱っこされたままなんだけど?せめて俺を降ろしてからやってくれ。」
クロ「はははっ。あの女、俺とアキラに嫉妬してるみたいだぞ。少しばかり遊んでやろう。」
クロの性格は一見戻っているように見える。多少の影響が残っている可能性はあるがそもそも前の性格だってはっきり知ってるほど親しかったわけじゃないから俺では判断は付かない。一先ず解除はうまくいったのだと思っておくことにする。
アキラ「おい!聞いてるのか?俺を降ろせ。」
クロ「だめだ。…なぁアキラ。あの女がなぜあんなに怒って俺に絡んでいるかわかるか?それは俺がお前を一人の女として見ているからだ。これまでの旅の記憶だってなくなったわけじゃない。さっきまでの俺はまるで別人のようではあったが俺の一部でもある。子供になっていた俺はアキラに懐いていた。その感情まで俺に流れ込んで統合されたことで今の俺までアキラのことが好きになっている。だからあの女は危機感を抱いて俺に絡んでいるんだ。」
アキラ「だから何だよ。俺を降ろさないことと繋がらない。」
クロ「あ?繋がってるだろ?俺はアキラのことを愛している。このまま連れ去ってしまいたいくらいにな。だからアキラを抱いている。繋がってるだろ?何かおかしいか?」
アキラ「全部おかしいだろ。………いつまでも大人しくしてると思うなよ?お前の腕を引きちぎってお姫様抱っこから抜け出してもいいんだぞ?」
クロ「はははっ。アキラはそんなことできるような女じゃない。それにもし万が一やったとしても俺はかまわんよ。それでも俺はアキラを離したくない。」
クロが真っ直ぐ俺を見つめてクサいセリフを吐く。
アキラ「っとに馬鹿ばっかりか。俺は男だって言ってるだろ!」
クロ「ああ。でも顔が真っ赤だぞ?」
アキラ「くっ…。うるせぇ。」
言われなくてもわかってる。さっきから俺の顔は真っ赤になって火照っているだろう。ドキドキも止まらない。まさか俺はクロに恋を?………なわけはない。それは絶対ない。だがこのお姫様抱っこはだめだ。頭に血が上って、真っ白になって何も考えられないし抵抗できない。やばい。逃げられない。
辺り一帯ふっ飛ばすつもりで力を解放すればクロから離れられるだろうがそんなことは出来ない。今の俺は借りてきた猫のようにただじっとしていることしか出来なかった。
ルリ「………やっぱりもっと前に始末しておけばよかった。」
クロ「はっ!お前程度じゃ無理だな。」
ルリ「………出来るか出来ないかじゃない。やるかやらないか。」
ルリとクロの戦いは続いている。とは言えこれは戦いにもならない。まだ今のルリではクロには遠く及ばない。クロはルリを殺したり傷付けたりしないように修行でもつけてやっているようなものだ。手加減している理由はもちろんルリを傷付けたら俺が怒るからだろう。
ルリとクロの戦いは終わらない。ルリは諦めない。クロは軽く遊んでいるだけだからいつまで経っても終わらないのだ。そう思っていたこの戦いも唐突に終わりの時を迎える。
クロ「あれ?………え?おいっ!おいっ!まさかっ!」
クロの様子がおかしくなりはじめた。俺は未だにクロにお姫様抱っこされている………。
アキラ「………どうした?」
クロ「………やばい。またあの姿に………。」
そこまで言ったクロの体が急激に縮み始めた。空中に浮いていたクロはまた小さい子供の姿になり抱えていた俺と一緒に落下しだした。
クロ「ああぁぁ!………アキラ抱っこ。」
アキラ「………はぁ。」
落下の最中でも俺に抱っこを求めるクロは完全に子供サイズに戻っていたのだった。
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師匠が結界を張ってくれていたので周囲に被害はなかった。ただ師匠の結界は俺のとは違い中を見えなくしたり力を漏らさないようにはできない。
クロが元に戻った後もルリがクロを殺そうとずっと狙っている。なんとか宥めて今のところはやめているがまた何かあればすぐに襲い掛かりそうな雰囲気だ。姿は子供だが力は解除してあるので今のルリならば襲い掛かったとしてもクロを殺すことは出来ないが………。
あの後何度かクロには大きさを元に戻す実験を繰り返した。確かに力を返して暫くは大人の姿に戻っている。意識としては大人の方がメインで子供の間は記憶は共有されるが意識としては本来のクロの一部のようなものらしい。ただし子供から大人に戻った際も子供だった時の記憶や感情がフィードバックされるためにかなりの影響を受けるようだ。
そして何度やってもある程度時間が経つか力を使いすぎるとクロに返したはずの力は俺の中に戻ってきてしまう。力が俺に戻るとクロは当然子供になっている。クロに返しておく時間はある程度コントロールできるようだがずっとクロに返しておくということはどうやっても出来なかった。
狐神「たぶん魂の繋がりと近い状態になってるんだろうねぇ。アキラの中にその力とやらをおいてたせいでアキラの力とクロの力が混ざり合っているんじゃないかい。」
フラン「なるほど。でもそれならばなぜ一定時間でアキラさんの中へ戻ってしまうのでしょうか?」
ミコ「心の繋がりならアキラ君から私達の方へ力が流れてくるんだもんね?相手から力を吸い上げるようなことはないと思うのだけれど…。」
狐神「時間が経つか力を使ったら戻るんだからアキラからクロに流した力が消費されたらアキラに戻って補充されてるんじゃないかい?」
シルヴェストル「なるほどのぅ。」
ティア「もうこれはこういうものとしてこのままでいいんじゃないでしょうか?」
師匠の言うことにはある程度の説得力があった。そしてティアは自分が興味ないからどうでも良いだけだろう。投げやりすぎる。
ルリ「………あいつを始末すれば解決する。」
ルリは物騒なことを言っているな。
ガウ「がうはこのままでいいと思うの。」
ガウが珍しくがうがうだけじゃなくてちゃんとした意見を言った。ただ内容はちゃんとしていない。ティアほど投げやりではないがガウはただ遊び友達が欲しいだけだろう。
キュウ「アキラさぁん。」
皆で議論しているのにキュウだけ俺に膝枕されてご満悦だ。今日はキュウの日だから膝枕して欲しいと言われたら断る理由はない。キュウの長い耳を触ってるとこちらも気持ち良い。ふさふさでくせになる手触りだ。
シュリ「それより明日どうやってジェイドさんをデートに誘うか考えてくださいよ~。」
シュリもしれっと混ざっている。こいつは本当に遠慮がない。村でいじめられていたわりに、いや、いじめられていたからこそか?図太い神経をしている。
ただ師匠の説が正しいとすれば俺は一つの解決策を見つけてはいる。それはつまり師匠が言った通り魂の繋がりやクロの力を吸い出して俺の中にプールした力である獣力による蓮華七輪環のようなことをすれば良いということだ。
俺とクロは魂の繋がりはない。だが擬似的に魂の繋がりと同じような状況を作り出すことが出来れば俺からクロにずっと力が補充され続けて大人の姿のままでいられる可能性があるだろう。それからもう一つ。それは蓮華七輪環のようなものを作り出し俺とクロを繋げてしまうことだ。これも結局は擬似的な魂の繋がりを作り出すのと同じことで俺とクロの間を循環し続ける力によって俺の力がクロに流れて補充され続ければ大人の姿を維持できるのではないかということだ。
その後少しだけそれらも試してみたところ確かに発動している間はクロがずっと大人のままでいられることは確認できた。ただ大人になると俺に言い寄ってくるのが我慢出来ずに今はクロは子供のままにしている。完全ではないがもう戻す方法はわかったしある程度コントロール出来るので今はこれで良しとすることにしたのだ。
ちなみにクロの方から俺の力を呼び出して大人に戻れるようにもなっている。ただしそれは俺が同意してクロに力を流してやって初めて出来ることだ。クロが出来るのはあくまで俺に力を流して欲しいとコールするだけで実際にそれで流してやるかどうかの主導権は俺にある。ただこれが出来ればクロが俺と遠く離れたところにいる場合でもクロの方から俺に力を戻して欲しいと要請できるので便利が良い。万が一俺と離れている時に大人に戻れなくて困るということはなくなったということだ。
狐神「これで男と繋がったのは二人目だね。」
師匠と二人の時にぼそっとそう言われた。
アキラ「………え?どういう意味ですか?」
狐神「言葉通りさ。わかってるんだろう?」
アキラ「………。」
狐神「あのケダモノの腕を再生してやった時にアキラとあのケダモノは実質的に魂が繋がったのも同然さ。そして今回はクロと繋がったも同然。信頼や忠誠とは違う。部下じゃない。そういう者で男と繋がったのはこれで二人になったねって言ったんだよ。」
師匠は俺を真っ直ぐ見ながらそう言った。別に責めてるとか非難してるわけじゃない。ただ俺に素直に認めろと言っているような気がした。
確かにフリードの腕は俺の一部、俺自身とすら言えるものでそれがフリードと一緒になって完全に一体化しつつある今は俺とフリードが繋がっているのも同然だ。何より時々フリードの心が流れてくることがある。クロも一緒だ。今俺とクロの間で返したり返されたりしている力に乗ってクロの心も流れてくる。だがそれは嫁達とは違う。だから師匠にきっぱりと言っておく。
アキラ「確かに信頼や忠誠以外で繋がったようなものですがこれは魂の繋がりとは違います。結果的に似てはいても別の方法により擬似的に繋がっているかのようになっているだけです。さらに師匠達のように愛情で繋がってるわけでもありません。言うなれば第三の方法と理由によって繋がっているまったく新しい別系統の分類。ただそれだけのことです。」
狐神「はぁ…。アキラも頑固だね。あの二人のことだって憎からず想っているんだろう?」
アキラ「もちろん嫌いじゃないですよ。仲間とは思ってますし死んで欲しくもない。でも愛情とかとは違います。俺は男です。男を愛することはありません。」
狐神「………やれやれ。あの二人も前途は多難なようだね。」
そうだ。俺は男だ。男のことなんて愛するはずはない。友達や仲間としての好き嫌いで言えば好きとは答えられる。だが異性として好き、あるいは愛しているということは断じてない。そんなものは絶対に認めない………。
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クロの姿を戻す研究は終わったので移動を再開する。ほどなくしてファングとドラゴニアの勢力圏の境までやってきた。特に国境を示すような何かがあるわけではない。ただこの辺りからドラゴニアの勢力圏に入るというだけのことである。
その国境付近、森が切れて先は荒野のようになっている。その荒野に一人の女が立っている。
金髪でもみ上げの辺りから下がる縦ロールが胸くらいまである。後ろは括ることもなく自然のままに流されている。長さは肩甲骨の下、腰より少し上くらいだろうか。頭には左右に一本ずつ角がある。魔人族によくあるようなねじれたりざらざらした質感の角とは違う。つるんとしてそうな白い真っ直ぐな角だ。目は少し釣りあがり縦に細くなった瞳孔をしている。蛇とかそういうものの瞳に似ている。鼻筋の通った顔で可愛いとかではなく見るからに美人という感じだ。胸は俺と同じくらいでそこそこ巨乳だが俺よりも身長があるために特別大きいようには見えない。そのスタイルは綺麗に整っており細く括れた腰に丸くて柔らかそうなヒップなど女性らしさに溢れている。
軽装鎧のようなものを着て左腕に盾をつけている。腰に剣もさげている。少しきつそうな性格に見えるが美人女剣士といった風体だろうか。
???「そこで止まりなさい。これより先はドラゴニアの領土です。無断で立ち入ることは許しません。」
その美人女剣士が凛とした声で俺達に警告してきた。ドラゴニア側で立ち塞がっているということはこいつがドラゴン族か?ワイバーンみたいにもっと龍!って感じかと思ったが人型で角が生えた普通の人にしか見えない。
アキラ「お前がドラゴン族か?無断で立ち入るなというならどこでどうすれば許可がもらえるんだ?」
???「………はぁ?何を言ってるんですか?魔人族を入れるわけはないでしょう?」
アキラ「許可が下りないのなら無断で立ち入るしかないじゃないか。お前の言ってることはおかいしぞ?」
???「あっ、貴女のほうこそおかしいんでしょう!戦争している相手を簡単に入れさせるような国がどこにあるというのですか!」
アキラ「ん~?まず俺は魔人族じゃないしファングとも関係ない。それにドラゴニアというのは腑抜けで攻め込まれても黙って引き下がるばかりじゃなかったのか?警備したり侵入を防いだりしている者がいるとは予想外だった。」
???「そっ、それは貴女には関係ないでしょう!ともかく敵である魔人族は通せません………。え?魔人族じゃない?どうして魔人族以外の方がこんなところにいるのです?」
アキラ「どうやらドラゴニアが腑抜けなのは本当のようだな。お前が個人的にここを守っているだけなんじゃないのか?俺達はファングとは無関係でただ旅をしているだけだ。」
???「ドラゴニアの民もいつか目が覚めます!貴女たちがファングと無関係で魔人族ではないとどうやって証明するのですか?」
アキラ「まぁいつものパターンでそうなるよな。」
俺はこの一人だけで国境警備をしているドラゴン族の女に簡単に事情を説明することにした。
???「それでは何の証明もないってことでしょう。だったら通せません。」
アキラ「お前がここを警備しても国境線上の他の地域は通りたい放題なんだろ?ここで俺達だけ止めても無意味じゃないのか?」
???「ほんの数日前この先のファング側の地域でとても強い力を持った者が現れたのです。今は感じることは出来ませんがその者達がドラゴニアに入ればドラゴン族に大きな被害が出るでしょう。ですから今ここを警備しているんです。そして貴女たちがその者の斥候という可能性も捨て切れません。通すわけにはいきません。」
………。それってつまりルリとクロが暴れた時のことだろうな………。師匠の結界じゃ力が漏れるのまでは防げない。それを感知してここで警戒していたのだ。どうする………。知らん振りしてこいつを言いくるめて通るか?それとも力ずくでこいつを倒して押し通るか?
ルリ「………ん。それはきっとルリのこと。」
そう言ってルリはドラゴン族の女に近づき力を解放した………。
???「―――ッ!そうです!感知したのはこの力です!一体貴女方は何者ですか?なぜドラゴニアに入ろうとするのです!場合によっては刺し違えてでもここで食い止めます。」
アキラ「さっき説明しただろう?俺達は別にドラゴン族と争う気はない。」
ルリの力を抑えさせてからまたこのドラゴン族の女と話をすることになったのだった。
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色々と話をして一応名前は聞けた。ドラゴン族全体がそうなのかちょっとややこしい名前をしている。
アキラ「コシノヤマタノ=ミトヨマヌラ=クシナ………だっけ?」
クシナ「覚え切れないのならクシナでかまいません。貴女方と違い前が姓で後ろが名です。」
アキラ「そうか。それでクシナ、俺達はファングとは関係ないし戦争するつもりもない。通してくれないか?」
クシナ「誰がそんな馴れ馴れしく呼んで良いと言ったんですか!」
アキラ「えぇ………。お前がクシナでかまわないって言ったんじゃないか…。」
クシナ「フルネームで呼ぶ必要はないと言ったのであって馴れ馴れしく呼び捨てにして良いと言ったわけじゃありません。………それで貴女達のことですが、もちろん通せません。ファングと関係ないかどうかも証明できていませんし関係なかったとしてもドラゴニアに害をなさないとは限りません。ですからこのまま帰りなさい。」
このままじゃ説得して通ることは難しそうだった。どうするか皆に聞いてみる。
狐神「簡単だよ。クシナが私らに同行すれば良い。そうだろう?」
師匠はあっさりと解決策を出してクシナに回答を迫る。
クシナ「ですから誰が呼び捨てにして良いと…。私が同行せずとも貴女方が帰れば済む話です。早く帰りなさい。」
アキラ「それじゃ俺の記憶が取り戻せない。俺は何があっても絶対通る。」
クシナ「力ずくで追い払っても良いのですよ?」
アキラ「だったらこっちも力ずくで押し通ってもいいんだぞ?」
俺とクシナの視線がぶつかり火花を散らす。
狐神「だからクシナが私らに付いてくれば良いんだって言ってるだろう?これより良い解決策はないよ。アキラもいつも力押しじゃなくてたまには相手にお願いしてみたらどうだい?」
んん?師匠がいつもと言うことが違うぞ?師匠はいつも力ずくで解決することを悪いとは思っていない。むしろ余計な交渉をするくらいなら力ずくで一瞬で解決した方が手っ取り早いとすら考えているようなタイプだ。それなのに今回は明らかに言っていることがいつもと違う。これは何か企んでいると考えたほうがよさそうだ。
アキラ「師匠………。何を企んでいるんですか?」
狐神「何も企んではいないよ?とにかく話が進まないからクシナにお願いして通してもらいなよ。」
………やっぱり怪しいが確かに他に良い解決策も浮かばない。
アキラ「はぁ…。クシナ。頼むよ。クシナが同行しても良いから俺達を通させてくれ。」
俺は頭を下げてクシナにお願いしてみた。
クシナ「うっ………。そう素直に頭を下げるのでしたら…考えないでもないですが…。」
クシナは頼まれると断れないタイプなのかもしれない。もう一押ししてみるか。
アキラ「頼む。別に俺達はドラゴニアに害をなそうと思ってはいない。手を出されたら身を守るくらいはするがこちらから何かする気はないんだ。ただ俺の記憶を取り戻すために記憶の通りに旅がしたいだけなんだ。」
クシナ「………。わかり…ました。それでは私が同行してその言葉に嘘がないか監視します。ですが貴女方を信用したわけではありませんし自由に行動しても良いわけではありませんよ?ドラゴニアでは私の指示に従ってください。」
アキラ「ああ。わかった。ただし行き先は俺の記憶通りにさせてもらうぞ?」
クシナ「………できるだけそうしましょう。ただしドラゴニアには立ち入ってはいけない場所もあります。そういう場所へは入れさせません。」
アキラ「そうか。それはその時考えるとしよう。」
こうして俺達はクシナを伴ってドラゴニアに入れることになった。一時はどうなるかと思ったがガイドが付いたと思えばよかったかもしれない。ちょっと小うるさそうではあるが………。
狐神「アキラは気が回ってなさそうだけど初対面からルリの攻撃が飛んでないってのがどういうことかわかってるね?九人目だよ。」
アキラ「………はっ?」
完全に油断していた俺に師匠の無慈悲な九人目宣言が下されたのだった。




