第七十二話「新規入隊者」
無事に邪神封印を解除できた。クロの力も戻ってめでたしめでたし。
クロ「おいっ!体が戻ってないぞ!どうすんだこれ!」
アキラ「………。そのうち成長するんじゃないかな………。」
クロ「おいっ!目を逸らすな!こっちを見ろ!本気でそう思ってんのか?神が成長しないのわかってて言ってるよな?」
アキラ「成長じゃなくて元に戻るだけだし放ってれば大きくなるかもしれん………。」
クロ「なぁ!戻らない可能性の方が高いと思ってるだろ?なんとかしろよ!」
アキラ「あ~………。そのうちな?」
クロ「お前!まさかこのまま放っておこうってつもりじゃないだろうな!俺は嫌だぞ!」
アキラ「そう言うなよ。小さくて可愛いじゃないか。よかったな可愛くなれて。」
クロ「ばっ!馬鹿か!俺は可愛くなんてなりたくないんだよ!どうしてくれんだ!」
段々イライラしてきたぞ。俺だって何とかしようとは思っているがすぐに何とか出来るようなことじゃない。本を正せば邪神封印をかけた俺にも責任があるがクロが最初から神力を抑えていれば邪神封印をかける必要もなかった。それなのに一方的に捲くし立てられればストレスも溜まる。
アキラ「………黙れ。そんなに身長を伸ばして欲しかったら頭と足を掴んで引っ張ってやろうか?途中で体が千切れても知らんがな。」
クロ「………もうちょっとだけこの体を満喫しようかなぁ~。」
怒気を込めて低い声で言うとクロは視線を外して冷や汗を流していた。ちょっと涙目になってるな………。言い過ぎたか………。
アキラ「悪い………。こんなことになるなんて予想外だったし、俺だってなんとかしたいとは思うがすぐに手が浮かぶわけないだろ?すぐに結果を求められても俺だって困る。」
俺はしゃがんでクロと目線の高さを合わせて頭を撫でながら説明する。
クロ「………抱っこ。」
アキラ「ふぅ………。はいはい。」
クロが抱きついてきたので俺は抱っこして立ち上がった。大ヴァーラント魔帝国で会った黒の魔神と同一人物とは思えないような幼児退行っぷりだ。精神に何らかの影響が出ている可能性は高い。やはりこの姿のまま長期間放っておくのはよくない気がする。だが子供になった体を元に戻す方法なんて思いつきもしない。
狐神「力は戻ったんだから一先ず良しとしようじゃないかい。これでクロのお守りをしなくても死ぬことはなくなっただろう?」
赤の魔神「力だけ戻ってもその姿じゃ戦う気にはならないなぁ。あたしは黒の魔神と戦うのが楽しみだったのに………。」
ルリ「………あっくん騙されちゃだめ。そいつは邪悪。」
キュウ「でもでもぉ、ああして子供の世話をしているアキラさんはぁ、とっても優しいお母さんのようで素敵ですぅ~。」
ミコ「くすっ。そうだね。最近のアキラ君はお母さんみたいだね。」
アキラ「ちょっと待て!俺がお母さん?!認められないっ!」
フラン「あははっ。アキラさんよく似合ってますよ。」
ティア「むぅ。アキラ様。それならばわたくしと早くお世継ぎを作りましょう。」
シルヴェストル「それはそれで困るのじゃ。子供が増えたらわしの甘えられる時間が減ってしまうのじゃ。」
ガウ「がうがクロと遊んであげるの。」
ガウだけは可愛いことを言ってるなぁ。でもガウの遊ぶってたぶんガチバトルをしたいってことだから子供同士の微笑ましい遊びとは違う。若干クロの方が強いとはいえガウもうまくすればクロに勝てる可能性はあるし第五階位同士が本気で暴れたら俺か師匠の結界が無ければ世界が滅ぶレベルだ。
アキラ「皆勝手なこと言いすぎじゃないか?」
まだクロの問題は解決していないがすぐに方法が浮かぶわけでもない。色々確かめながら手探りでやるしかない以上はまた地道に研究していかなければならない。暗くなりかけた気持ちを皆がこうやって励ましてくれたお陰で俺も落ち込んだり考え込んだりせずに済みそうだった。皆に感謝しつつ俺の頭の中ではどうやってクロの体を元に戻すか考え始めていたのだった。
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さらに数日だけ赤の魔神の家に泊めてもらってから旅立つことにした。準備は万全だ。
赤の魔神「アキラの飯が食えなくなるのは残念だ。アキラだけここに残ってくれてもいいぞ?」
アキラ「俺の記憶を思い出すための旅なのに俺だけここに残って他の者がどこへ行くっていうんだ?」
赤の魔神「はっはっはっ。わかってる。じゃあな。ドラゴニアの腑抜けどもによろしくな。」
アキラ「ああ。それじゃまたな。帰りにでもまた寄らせてもらう。」
赤の魔神「わかった。その時を楽しみにしてるよ。」
赤の魔神との挨拶も終えて俺達は旅を再開したのだった。クロはまだ小さいままだ。戻す方法も思い浮かばない。俺の神力を流して体内の反応をみてみたり、スキャンをかけて調べたりしてみたが何もわからなかった。
クロは神力が戻り身体能力も恐らく本来の姿とそう大差がないレベルに達していると思う。ガウとだって肉弾戦が出来るくらいだ。体だけが小さいまま。なぜそうなったのか。それがわからなければ戻す方法も見つからない気がする………。だめだな。焦っても良い方法は浮かばない。地道に行こう。
俺は赤の魔神の家から少し離れた所にある城と城下町を眺めた。俺達が赤の魔神の家に泊まっている間中あの城の中に四方鎮守将軍よりも強い力を持った者がいることを感知していた。恐らくではあるが国王なのだろうと思う。
四方鎮守将軍は皆それぞれ赤の魔神の家を訪ねてくることが何度もあったが国王が訪ねてきたことは一度もなかった。国王ならばそうそう自由に出歩けないとしても使者くらい来てもおかしくないはずだ。自分達の崇める守護神がこんな近くに住んでる上にさっきまで俺達という余所者が泊まっていたのだ。普通ならば何か接触してくるはずだ。それが一切ないということはこの国にも色々と問題があるのだろう。例えばではあるがもしかして赤の魔神派と国王派の権力争いとかそういうものが………。
この国の問題など俺には関係ないし深入りするつもりはないが折角赤の魔神はドラゴニアと大樹の民との講和も前向きなのにもし国王が戦争推進派だった場合はドラゴニアと大樹の民を説得できても講和が実現しないかもしれない。赤の魔神や四方鎮守将軍がなんとかすると思いたいがファングも決して一枚岩ではない可能性がある。そのことは肝に銘じておこうと思った。
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赤の魔神の家を出発してまずは東回廊の近くまで戻る。前の俺は赤の魔神と会ったこともないし当然その家にも行ったことはない。記憶のルートが途切れているのでそれを繋げるために戻ったのだ。
完全に東回廊まで戻るより少し手前で途切れていた記憶のルートに出てそこからルートに沿って旅を再開する。東回廊から北西に進み東大陸の西海岸沿いに北上していた。時々魔人族の町や村、兵の駐屯している拠点などに立ち寄ったが特に何の問題もなかった。
どうやらファングでは国内にいる者に対しては異種族でもそれほど気にしないようだった。とはいえそもそも俺達が異種族と思われているのかどうかも怪しい。普通に魔人族と思われていそうな節がある。尤も太刀の獣神などと呼ぼうものなら大変なことになるのは目に見えているので太刀の獣神だけは別だ。こいつだけは地雷なので取り扱い注意である。
今は東大陸に入って四つ目の小さな村にいる。用があって立ち寄ったわけではないがそろそろ夜になりそうな時間だったので今夜ここに泊まるかここを出て野宿するか皆で話していたのだ。
もちろん俺達はお金なんて持ってないのでここで泊まると言っても宿などに泊まるわけじゃない。ただ村の近くに留まってテントを張るか離れてからテントを張るかの違いでしかない。
最初に中央大陸に居た頃などは人里から離れている方が都合がよかったが今ではそれほど気にすることでもないと思い人里の近くでテントを張ることも多々あった。
狐神「私は落ち着くところが良いから村から離れたいねぇ。」
ミコ「そうですか?私は今日はもうこの近くで休むのが良いと思いますよ?」
クロ「俺はもう歩きたくない。」
邪神封印を解除してからはクロも基本的には自力で歩かせている。
アキラ「クロ………。お前もう体力も身体能力も戻っただろ?戻ってないのは体だけだ。この程度の移動で疲れたわけないだろ?」
もしかしたら小さくなったことで精神にも影響があって精神も戻ってないのかもしれないがそれは言う必要はないだろう。
クロ「疲れたから歩きたくないと言ったわけじゃない。歩きたくないから歩きたくないって言ったんだっ!」
あぁ…。いつもの愚図りですか………。やれやれ………。
ジェイド「今日はここで休めば良いんじゃないかな。」
珍しくジェイドが口を出してくる。ジェイドや親衛隊は俺に従うのが基本で滅多に意見してくることはない。
アキラ「ジェイドがそう言うなんて珍しいな。何か理由があるのか?」
ジェイド「明確な理由は?と聞かれたら困るんだが…、何ていうか予感みたいなものだ。今日はここに泊まった方が良い。そんな予感がするんだ。」
前の世界でなら予感などと言ったら笑われそうなものだがこの世界では案外馬鹿にしたものでもない。とくにジェイドのように野性の勘に優れている者の言うことならなおさらだ。ジェイドを真っ直ぐ見つめても真っ直ぐ見つめ返してくる。冗談やただ休みたいだけというような理由で言っているとは思えない。
アキラ「わかった。じゃあ今日はこの村の近くで休もう。」
ジェイド「ありがとう。」
こうして俺達は村から少し離れただけの場所にテントを張って今日はここで休むことにした。
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俺達がテントを張って休んでいると村の方から一人の女が近づいてきていた。その女は犬のような耳と尻尾があり鼻から口にかけては少し犬のようになっている。もう少しはっきり言えば顔の鼻の部分が長く前に突き出していて犬のような鼻がついている。そして唇は少し割れているのだ。人間的感性での綺麗や可愛いとは違うが失礼ながらペット的なものとしてちょっと可愛いと思ってしまった。
アキラ「何か用か?」
俺が声をかけるとその女は交渉を持ちかけてきた。
村娘「実は…、何か滋養のある食べ物とこれを交換していただけないでしょうか?」
その村娘が差し出したのは細い芋のようなものだった。この辺りはあまり裕福ではないようだ。村人も全体的に痩せているし雰囲気も決して明るいとは言えない。寂れた寒村という感じがする。
それは良い。問題はこれをどうするかだ。ここで『お嬢さん、これをもっていきなさい。』と格好をつけて何か恵んでやるのは簡単だ。だがそんなものは単なる偽善や自己満足でしかない。それどころか貧しそうだから施しをしてやろうなど思い上がった考えだろう。
この村娘が持ってきた物はなんという芋か知らないが割とどこにでもある。決して珍しいものではない。それどころか貧しい者が食べるもので俺達はほとんど食べたことがない。何度か食べたことはあるがおいしいものでも栄養のあるものでもない。ただ腹を膨らませるために嫌々食べるような類のものだ。
それも細くて出来が悪い。もっと出来の良いものでもたいした価値がないのにさらに出来が悪くては価値がない。それと一体何を交換できるというのだろうか。さっきも言った通り恵んでやるつもりでこれと何かを交換してやることは容易い。だがそれは何の解決にもならない。むしろただの偽善のため、優越感に浸るための行動でしかない。
アキラ「あいにくそんな出来の悪い芋と交換するような物はない。」
村娘「そう…ですか………。失礼しました。」
村娘はがっかりしたような顔になって帰ろうとした。
アキラ「ただ別の対価を払えるというのなら食材くらい譲っても良い。」
村娘「………え?別の対価?………あの、私はお金などは持っていませんが………。」
アキラ「それはわかってる。それに俺達は別に金なんて欲しくない。」
村娘「えっと…それでは何を………。はっ!まさかっ!」
村娘が何か勘違いしたのかハッとした顔になって自分の体を抱くようにしながら後ずさった。
アキラ「………別にお前の体なんて要求しないぞ。俺の要求は………。」
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シュリ「次はどうしましょうか?」
アキラ「ああ、次は洗濯を頼む。」
シュリ「はいっ!」
シュリは俺が示した先に置いてある洗濯物の山を見て元気に返事をした。シュリとはさっき俺達のところへやってきた村娘の名前だ。俺が要求した対価は労力と知識だ。って言うと何のことかわからないだろうが簡単に言えば野営している俺達への家事手伝いと料理の知識を俺に教えること。それを条件に出したのだ。
普段は俺とミコとキュウが中心となって家事をこなしている。まず料理は俺達三人が基本的にしているが料理のレパートリーや未知の食材の調理方法に偏りが出来てしまう。つまり東大陸には今までにない食材や見たこともない魔獣がいる。それらをどう料理すればおいしく食べられるのか俺達には知識がないのだ。そこで地元の食材の調理方法は地元の人に聞こうというわけだ。
それから洗濯。これは俺が家臣の洗濯物など洗うわけがない。また俺や嫁達の洗濯物を男の家臣に洗わせるわけにもいかない。基本的には自分の物は自分ですることになっているが男共ときたらあまり洗わなかったり手抜きであったりで少し臭う奴もいる。だがだからと言って俺が代わりに洗ってやる気もないので困っていたのだ。そこで家臣の物などをシュリに洗ってもらおうと考えた。
その後も料理を教えてもらいながら細々とした家事の手伝いなどをしてもらった。もちろん俺にとって一番よかったのはこの料理を教えてもらったことだ。お陰で東大陸に入ってから貯まっていた魔獣の調理が出来るようになった。
シュリ「次は何をしましょうか?」
アキラ「いや。もういい。助かった。」
シュリ「そんな…。これくらいいつも家でしていますから…。あの…、それで………。」
ちょっと顔を伏せながら言いにくそうにしている。こんな程度の労働で何をどれほどもらえるのかと心配になっているのかもしれない。だから俺は労力に見合うだけの物を渡すことにした。
アキラ「滋養のある物がいいと言っていたな。キングタートルの部位詰め合わせとワイルドボアー一頭。これで足りるか?なんならさっき調理した料理も持っていくか?」
キングタートルはかなりの大きさがあるので各部位で滋養のありそうな肝や血なども含めていろんな箇所の詰め合わせにしておいた。ワイルドボアーはブレーフェンで見たグレートボアーと近縁種のようだがこちらの方が巨大で凶暴だ。
シュリ「え?え?こっ、こんなにいただけるんですか?」
アキラ「シュリに調理方法を教えてもらっていなければこれらも調理出来ずにただの生ゴミになっていた。それを思えばこれくらいの報酬は当たり前だろう?」
俺のボックスに入れておけば腐りはしないので生ゴミはオーバーではあるがそれを説明する必要はない。それにシュリはあまり気にしていないようだが色々な食材の調理方法を教わるためにかなりの量の調理をしたのだ。決してこのくらいの報酬では高すぎるということはない。
シュリ「あっ、ありがとうございますっ!………でも、重くて持って帰られません………。」
魔人族だしこれくらい軽く持てるかと思ったが少し無理があったようだ。そこで近くにいたジェイドに声をかけた。
アキラ「おいジェイド。悪いがこれをシュリの家に持って帰ってやってくれないか?」
ジェイド「ああ。わかった。それじゃ俺が持っていくよ。」
シュリ「何から何までありがとうございますっ!」
シュリのお陰で料理のレパートリーが増えた。この村に泊まることにしてよかったかもしれない。ジェイドが荷物を担いでシュリと一緒に村へと歩いて行くのを見送りながらそんなことを考えていた。
~~~~~ジェイドと親衛隊~~~~~
その村を見た時俺はざわざわと嫌な予感を感じた。アキラ達は先に進むか今日はここで休むかで話し合っていたので俺は泊まるように進言した。アキラは俺の言葉を受け入れてくれて今日はここで休むことになった。
この村は貧しいのか村娘が食材を求めてアキラと交渉しにきていた。アキラは条件を出して娘は働き出した。今のところ特に異変は感じられない。俺の予感ははずれだったのだろうか?それならそれで良い。何も起きないに越したことはない。後で俺がアキラに謝れば済む話だ。
アキラの手伝いが終わったのか村娘が村へ帰るので荷物を持ってやれと言われた。それほどの重量があるわけでもない。魔人族であれば兵士でもない普通の女でも持てる程度の重さだと思い少し不審に思ったがそういう種もいるのかもしれないと思ってあまり気にしないことにした。村はすぐそこで目に見える距離にある。すぐに戻れるだろうと思っていた。
その村娘、シュリの家に着いた。………なぜこんなところに住んでいる?シュリの家は村の外れであり他の家からかなり離れている。それに村の家々に比べて随分とみすぼらしい。俺が疑問に思っている間にシュリは家の扉を開けて俺を手招きしていた。
シュリ「こちらへお願いします。」
ジェイド「ああ。わかった。」
シュリに言われるがままに家の中に入り調理場のようなところに持ってきた物を降ろす。この家には他にももう一人の気配があるが弱々しい。寝込んでいるのか動く気配もない。
シュリ「ありがとうございました。」
シュリが深々と頭を下げる。
ジェイド「いや。俺は大したことはしていない。礼はアキラに言ったのだろう?」
シュリ「いえ。とても助かりました。ありがとうございました。」
一度顔を上げて俺を真っ直ぐに見据えてからもう一度頭を下げた。よく出来た子のようだ。
ジェイド「それより気をつけたほうがいい。」
シュリ「え?」
ジェイド「この家に荷物を運ぶ間に村の者達が君とこの荷物を見る目が尋常じゃなかった。それに少し離れたところからこの家の気配を探ろうとしている。もしかしてだが良くないことが起こるかもしれないぞ。」
良くないことなどと言葉を濁したがつまりは強盗でも押し入ってくるんじゃないかということだ。普通ならこんな小さな村でそんなことがあるとは中々考えにくい。だがこの子の家を見てはそうは言い切れない。これは恐らく村八分にでもされているのだろう。この子ももう一人の者も弱っているのはそのせいかもしれない。そんな者がご馳走を手に入れればどういうことが起こるか考えるまでもない。今この家は非常に危険な状態だろう。
シュリ「あっ………。」
それに思い至ったのだろう。シュリがガタガタと震えだした。
ジェイド「なぜこんな目に遭わされている?」
シュリ「それは………。」
ジェイド「その鼻かね?」
シュリ「えっ?!」
シュリは目を見開いて驚いている。どうやら当たっているようだな。
ジェイド「この村には君の鼻のような者はいなかった。つまり君はその見た目のせいで村八分にされているんじゃないのか?」
シュリ「うぅっ…。」
俺の容赦ない言葉にシュリは言葉に詰まり俯いた。
ジェイド「俺はワーウルフでね。」
シュリ「え?………ワーウルフ?!ええ?…あっ、ごめんなさい。」
急に何を言い出すのかと一瞬理解出来なかったようだ。その後で言葉の意味を理解してさらに驚いていた。
ジェイド「いや、いい。普通俺はワーウルフとは思われないからな。俺も昔はこんな姿のせいでいじめられたり色々あったよ。そしてようやく出来たと思った仲間達にも裏切られて世界の終わりだと思った。」
シュリ「………仲間?あの方達ですか?」
ジェイド「いやいや。違うよ。今の主君と仲間達はそんな者達とは違う。その裏切られて死ぬはずだった時に俺は今の主君に救われたんだ。それから俺はようやく本当に仕えるべきお方と本当の仲間を見つけることが出来た。」
シュリ「私にもそんな方が現れるでしょうか?」
ジェイド「ただ待ってるだけじゃ何も変わらないかもしれないな。自分で何かを変えようとしなければ何も得ることはできない。俺は裏切られて痛い目を見てから安易に人を信じるのは間違いだとわかったし本当の善意なんてものは滅多にないものだと悟った。」
シュリ「それでは全てから距離を置いて生きるのが良いと?」
ジェイド「いや。君にとって耳に聞こえの良い言葉を並べて擦り寄ってくる者は疑ってみた方が良い。逆に君にとって厳しいことでもきちんと指摘してくれる人の言葉はよく聞いた方が良い。君を騙したり利用したりしようとする者の言葉は甘く心地よい。君のためを思って忠告してくれる言葉は君にとって厳しく聞きたくない言葉だ。それをよく見極めることだな。」
シュリ「………わかりました。気をつけてみます。」
ジェイド「余計なお世話だったね。他人事とは思えなくてね。それじゃ。」
シュリ「…いえ。ありがとうございました。」
それから俺は何も答えずシュリの家から立ち去った。せめて今晩一晩くらいはこの家の気配に注意しておいた方がいいだろう。周囲からこの家を監視でもしているかのような気配を感じながら俺はそう考えた。
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そして夜、俺の予想通りシュリの家に向かう村人の気配を感じた。武装しており明らかに襲うつもりなのがわかる。俺はそっと親衛隊用の天幕から出てアキラの眠っている天幕へと向かう。こんな時間に私用でアキラの眠っている天幕に行くのは家臣として失格だと思うが俺はただこのまま見過ごす気にはなれなかった。アキラのいる天幕の前に着き外から声をかけようとしたその時中から声が返って来た。
ジェイド「アキラ実は………。」
アキラ「行きたければ勝手に行けば良い。ただし俺は手を貸さないぞ。親衛隊でも他の者でも賛同する者がいれば自由に使え。ただし命令で強制はするなよ。」
さすがアキラだ。俺の考えなどお見通しだった。これはアキラ親衛隊としての仕事じゃない。だから隊長として強制してはいけない。そこもきっちり釘を刺された。
ジェイド「わかってる。ありがとう。」
俺はアキラに礼を述べてから一度親衛隊の天幕へと戻る。
ジェイド「皆気付いていると思うが俺は村の事態に介入しようと思ってる。これはアキラ親衛隊としての任務じゃないから強制はしない。それでも俺と一緒に行く者はいるか?」
ケンテン「国は違えど同じ魔人族の問題だからなぁ。俺は行くぜ。」
リカ「仕方ないね。」
ダザー「あの村娘には世話になった。」
コンヂ「俺っちだけ行かないなんてわけにはいかないっすね。」
ジェイド「皆………ありがとう。」
ソンプー「別に隊長のためじゃない。」
結局全員が向かうことになった。なんだかんだで良い奴ばっかりだ。俺達が準備を整えてシュリの家に着くと松明と武器を持った村人がシュリの家の扉を破ろうと暴れているところだった。
ジェイド「お前達何をしている?」
村人A「なっ、何だよ。あんたら余所者には関係ないだろ?」
村人B「そうだそうだ。これはこの村の問題だ。あんたらには関係ねぇ。」
皆で一斉に『そうだそうだ』と言い出す。
ジェイド「国の秩序を守ることも兵士の務めでな。俺はもう退役したがだからと言って黙って見て見ぬ振りをしておけば良いと言うものでもない。俺の知り合いの兵にでも秩序を保ってもらうように言っておこうか?」
もちろん俺はこの国の兵士ではなく大ヴァーラント魔帝国の兵士だったのでこの国に知り合いの兵などいない。ただのはったりだ。だがこの村人達は自分達が秩序を乱しているという気はなかったようだ。
村人A「ああ。じゃあ呼んでくれ。この村には秩序を乱す一家が住んでるんだ。こいつら親子をどうにかしてもらわないとなっ!」
そう言ってシュリの家の扉を叩く。
ジェイド「秩序を乱して弱い者を寄って集っていじめているのはお前達のほうだろう?」
俺ははっきり言ってやった。
村人B「はっ!だから余所者だって言ってんだ。こいつらは疫病神なんだよ!こいつらのせいで村全体が迷惑を蒙ってるんだ!こいつら二人と村人全員とどちらを守るべきか兵士ならわかるだろうが!」
またしても村人達は『そうだそうだ』と大合唱しだした。どうやらもう収拾はつかないようだと俺は考え始めた。その時またざわざわと嫌な予感がし出す。最初に村に着いた時と同じ感じだ。俺は空を見上げた。そこに居たのは空を飛ぶ巨大トカゲ………。
村人C「あっ、あっ、あっ、あれはっ!ワイバーンだっ!にげろぉ~~!!」
村人達も気がついたようだ。空には巨大なトカゲに翼が生えたようなものが三十匹も飛んでいる。これで魔獣だと言うのか?並の強さじゃない。親衛隊ならば戦えるがそれでも楽な相手ではない。油断すれば怪我を負ったり最悪死ぬこともあるだろう。東大陸にはこんなものがごろごろ生息しているのか?
ジェイド「円陣を組め。シュリの家を中心にして村人達の安全を優先する。」
親衛隊「「「「「了解!」」」」」
村人D「ひぃぃぃ!」
ケンテン「あっ。ばらばらに逃げ出し始めたぞ?集まってる村人は守りやすいが勝手に逃げて行った奴らはどうする?」
ジェイド「………。村全てを守る必要はない。俺達の指示に従う者だけを守れ。」
ケンテン「りょーかい。」
そこで俺は一度村全体に聞こえるように声をかける。
ジェイド「聞け村人達。俺達の指示に従う者は助ける。まずここにいる者はこの家を中心に集まっておけ。他所へ飛び出ていった者は助けないから自分で覚悟のある者だけ勝手に逃げ出せ。後で文句は言うなよ。それからこの家に集まっていない村人はそのまま家に隠れていろ。隠れている家は把握しているからその家が襲われそうなら助ける。だが勝手に外へ出て逃げ出す者はこれも助けないから覚悟がある者だけそうしろ。」
村人A「おい!言ってることが滅茶苦茶じゃないか!何で逃げたら助けないんだよ!」
ジェイド「勝手にばらばらに逃げる者まで助けようとすればこちらも手を分けないといけなくなる。そうなればこちらの指示に従っている者まで危険になる。だから従わない者までいちいち助けない。好き勝手にしたければ勝手にすれば良い。ただし俺達は助けない。それだけのことだ。」
村人B「なんだよ!秩序がどうとか偉そうに言っておきながら助けないって!こんな奴らの言うことなんて聞いてられるか!本当に頼りになるのかもわからないぞ!こんな人数でワイバーンの相手なんて出来るはずはない!俺は逃げるぞ!」
村人Bは俺達の円陣から抜け出して駆けて行った。
村人B「ぎゃー!!!たすけてくれ!い゛だい゛い゛だい゛!」
暫く進んだところで急降下してきたワイバーンに噛み付かれて空へと運ばれていった。その前に逃げ出した村人Dもすでにバラバラにされてワイバーンに啄ばまれている。
村人A「ひっ!ひぃぃぃ~~~!!!」
村人達は好き勝手にバラバラに逃げ出し始めた。こうなってはもうこの混乱は収まることはないだろう。
ジェイド「はぁ…。この家を守ることに変更はない。が、ただ待っていても終わりそうにない。ワイバーンは俺達を警戒しているようだ。こちらには来ない。だから打って出る。シュリの家のカバーをしつつ各自ワイバーンを討伐しろ。」
親衛隊「「「「「了解!!!」」」」」
ケンテン「空にいる相手には俺はあまり手はないんだけどな………。降りて来た敵を狩ることにするぜ。うりゃぁぁ!天元衝波斬!」
ケンテンの剣から衝撃が迸りワイバーンを撃ち落す。
リカ「あんたそればっかりだね。」
ケンテン「あんだと!違う技だよ!よく見ろよ!」
リカ「はいはい。ファイヤーフェゼント!」
鳥を模ったような炎の魔法が飛び出しワイバーンを消し炭にする。
ダザー「リカもそればっかりだ。………疾風斬!」
ダザーの素早い斬撃がワイバーンを切り刻む。
シンライ「木龍雷動波!」
シンライが翳した手から雷を纏った木の龍が飛び出しワイバーンを締め上げる。
ソンプー「そう簡単に新しい技が出来るはずもない。そして得意属性が変わるわけもない。ただ私は彼女のために強くなった。風よ、我を運べ、ウィンドムーブ!」
ソンプーが風に乗って浮き上がりワイバーンの目前まで迫ると細い木の剣を突き出す。するとワイバーンは穴だらけになった。
カンスイ「ウォーターバレット!」
カンスイが撃ち出した水の弾丸がワイバーンの鱗を撃ち抜く。
ゴンザ「山土嵐。」
地面の砂が巻き上がりワイバーンに殺到する。砂に固められたワイバーンはそのまま地面へと落下した。ぎっちりと固められた砂の隙間からじわりとワイバーンの血がにじんでいた。
コンヂ「空の上相手じゃ俺っちは何も出来そうにないっすね。じゃ…家に立て篭もった村人を守るっすよ。土壁!!!」
コンヂが自分達が守るシュリの家以外に土壁を作り出し村人が隠れている家はその土壁に完全に囲まれた。
リカ「あんた上も塞がないと意味ないよ。相手は飛んでるんだから。」
コンヂ「いくらなんでもわかってるっすよ。ただ地面から遠いところほど動かすのに時間がかかるのは当然じゃないっすか。」
リカ「はいはい。そりゃ悪かったね。」
ジェイド「いくぞ………。餓狼爪演舞!」
ジェイドが飛び上がったかと思うと弾丸のように一瞬で地面に降り立った。その衝撃で地面が揺れる。親衛隊ですら見えなかったジェイドの動き。まずジェイドは飛び上がり空中のワイバーンを足場にしながら飛び移りつつ爪撃を加えてワイバーンをバラバラにしていった。最後に空中のワイバーンを足場にして地面に向けて飛び着地したのだ。
ケンテン「隊長張り切りすぎだろ。俺達の獲物がいなくなるぜ。」
こうして順調にワイバーンを始末していった。
シュリ「あぶない!」
そこへシュリが外へと飛び出してくる。その先にいるのは泣いている村の子供だった。親の一人は近くで死んでいる。もう一人はずっと前に空へと運ばれてワイバーンに啄ばまれていた。
シュリ「うううぅぅぅっ………。ワオォォォーーーン!!!」
シュリは狼人間の姿に変身し一息で子供の所まで駆け寄ると目の前に迫っていたワイバーンに一撃を加えて追い払った。しかし浅く表面を切り裂いただけでワイバーンの怒りに火をつけただけだった。想定外の反撃を受けて一度は上空へと逃げたワイバーンだったが空中で反転して再度子供とシュリに向かって急降下してくる。シュリにはこれ以上対抗手段はなくただ子供を庇うように抱き締めて目を瞑るだけだった。しかしいつまで経ってもワイバーンは襲ってこなかった。
ジェイド「出てくるなと言ったはずだが?」
俺はシュリに襲いかかろうとしていたワイバーンの頭を片手で捕まえ握りつぶした。
シュリ「じぇ、ジェイドさぁぁぁん。………出てくるなとは言ってません。」
ジェイド「そうか。とにかく隠れてろ。」
シュリ「はい!」
その後間もなくワイバーンは全て討伐された。シュリの家を囲んでいた村人は結局皆逃げようとして全滅していた。家に篭っていた一部の者とシュリが庇った子供だけが生き残ったのだった。
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アキラ「で?俺にどうしろと?」
ジェイド「この二人を旅に同行させる許可をいただきたく………。」
俺はアキラの前で跪いている。シュリとその父親であるシュラはライカンスロープだった。ライカンスロープとはワーウルフと近縁種で狼に変身する人型の魔人族だ。ただシュリは変身を解いても顔が少し狼の特徴を持っている。そのため村人から謂れのないいじめを受けていた。
それでも村人に危害を加えるのを良しとしないこの親子はずっと我慢していた。そのため食料もあまり手に入らず飢えて弱っていた。だがアキラの渡した食材を食べたために前以上に強化されて復活したようだ。村は半壊状態でありこれ以上ここに住めない。移住するにしてもこの二人はどこにも受け入れてもらえないだろう。
回復したシュラはそこそこ強かった。元は傭兵をしていたそうだ。今からでも鍛えれば親衛隊としてついてこられるだろう。シュリも自分の身を守るくらいはできる。それに家事も得意だ。そう言って二人を同行させるようにアキラを説得した。
アキラ「はぁ………。お前達が面倒を見るのなら好きにしろ。ただし足の遅さ等が理由で俺達に付いてこれなくとも知らんぞ。放って行くから覚悟しておけ。」
ジェイド「はっ!ありがとうございます!」
シュリ「この人がジェイドさんの主君さんだったんですね。お料理とかしてたからもっと地位の低い人かと思ってました………。」
シュリが小声で話しかけてくるがアキラには聞こえている。ちょっと耳がピクピクしているぞ…。
シュラ「俺も体が元気になってきた。これなら十分戦えます。俺もこれからは貴女にお仕えしますので娘ともどもよろしくお願いします。」
アキラ「ふん。剣はないのか?」
シュラ「え?…あ。」
アキラはシュラにも叙任式をした。初めてこれを見たシュリとシュラだけでなく俺達もまたこの幻想的で神秘的な叙任式を見守ったのだった。
こうしてアキラ親衛隊に二人の仲間が加わった。




