閑話⑯「キュウの気持ち・クロの事情」
その日もいつも通り西の岬にお祈りに行くと先客がいましたぁ。なるべく外部と接触しないことで村の平和を守ってきた兎人種なのでここで私が見つかって村を危険に晒すわけにはいきません~。
そう思って森の中から岬の様子を窺っていたのですがぁ………。
キュウ「あらぁ?一人いなくなりましたかぁ?一体どこへぇ~?」
一人いなくなってしまいましたぁ。
キュウ「もしかして海に落ちちゃったのかしらぁ?それなら助けた方が良いのかしらぁ?」
この岬は高い崖になっていて一度落ちると陸に上がるのは大変ですぅ。海の魔獣に襲われる前に助けた方が良いのでしょうかぁ?
キュウ「あらあらぁ?皆さんこちらに近づいてきますねぇ。もしかして見つかっちゃいましたかぁ?」
そう思ったのですが他の仲間の方は慌てた様子もなく、それどころか岬から離れて一直線に私の隠れているところに向かってきますぅ。
キュウ「どうしましょぅ?あぁ~。逃げましょう~。」
このままでは確実に見つかってしまいますぅ。もしもう見つかってるとしても今ならまだ振り切れるかもしれません~。
キュウ「あらぁ?あらあらあらぁ?びっくりしましたぁ。いつからそこにぃ?」
逃げようと思って振り返ったところにどなたかが私と同じ格好でしゃがんで私を見つめていますぅ。とってもびっくりしましたぁ。でもそれよりもぉ………。
黒くて綺麗なサラサラの髪。その上には金色の毛の猫人種のような耳。まだ日が高く明るいので縦に細くなった金色の瞳。少し幼く見えるけど整った綺麗な顔。
その人の瞳に見つめられるとまるで全てを見透かされているかのような気がしますぅ。
???「『一人いなくなった』辺りかな?」
それってほとんど最初からってことですよねぇ。まったく気付きませんでしたぁ。
キュウ「あらあらぁ?そうでしたかぁ。いなくなったと思ったらこちらにおいでだったのですねぇ。」
そのとっても綺麗な澄んだ声を聞いただけで心が落ち着きますぅ。猫人種の方なら兎人種を見てすぐに敵意を向けてくるはずですがこの方からは何の敵意も感じません~。その声は優しくこちらを驚かせないように気遣うものでしたぁ。
キュウ「捕まってしまいましたわぁ。これから一体どうなってしまうのでしょうかぁ?」
???「別に危害を加えるつもりはない。少し話を聞きたいだけだ。」
私がそう言うと視線を和らげて僅かに微笑みながら優しい声でそう言ってくださいましたぁ。あぁ~。わかりましたぁ。私はこの方に一目惚れしたのでしょぅ。この方を見ているととってもドキドキしてきますぅ。
他の仲間の方もこられて自己紹介しますぅ。するとこの不思議な猫人種のような方が私のことを美人だとか色気があるだとか………おっ、おっ、おっ、押し倒すだとか…いやぁ~ん。恥ずかしいですぅ。でもでもぉ、貴女ならいいですよぉ?私も貴女に一目惚れしてしまいましたぁ。神に捧げたこの身ですが貴女になら奪われてもかまいません~。むしろお願いしますぅ。
そんなことを考えていると仲間の方がこの方をアキラと呼びました。とっても、とってもとっても珍しい名前ですぅ。でも兎人種は皆この名前を知っていますぅ。
キュウ「アキラぁ?もしかしてぇ~、アキラ=クコサト様とかですかぁ?」
アキラ「え?なんで知ってる?」
キュウ「あぁ~。やっぱりそうなのですねぇ~。それではご案内いたしますぅ。」
そうですぅ。兎人種には遥か昔の伝承としてアキラ=クコサト様のお名前が伝わっていますぅ。そしてこの方の姿はその伝承の通りそのままですぅ。全然気付きませんでしたぁ。でもでもぉ、アキラ様が私のことを押し倒したいほど気に入ってくださって私はアキラ様に一目惚れなんて伝承も思いのほか本当だったのかもしれません~。
こうして私はアキラ様と出会い村へとご案内したのでしたぁ。
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アキラさんが村で過ごすようになってから暫くが経ちましたぁ。畏まる必要はないと言われてもう普通にお話していますぅ。アキラさんがとっても可愛すぎてギュッてしたくなっちゃいますぅ。
アキラ「キュウ………。あまりそういうことをされると俺も我慢の限界というものがあるぞ。」
ついアキラさんをギュッて抱き締めたら怒られてしまいましたぁ。
キュウ「お嫌でしたかぁ?ごめんなさぃ~。」
アキラ「嫌なわけないだろう?でもあまりこういうスキンシップをされると我慢出来ずに押し倒してしまいそうになる。気をつけてくれ。」
そう言ってアキラさんも抱き返してくれましたぁ。いいんですよぉ?押し倒してもいいんですよぉ?むしろ私はそれを待っていますよぉ?でもアキラさんがそう言われるのでしたら抱き締めるのは少し我慢しますぅ。代わりにアキラさんの頭を座っている私の膝の上に乗せますぅ。アキラさんはこれも大好きなのをちゃ~んと知っていますよぉ?
アキラ「うぅ~ん………。これも気持ちいい。それにキュウは柔らかくて良い匂いがする。」
キュウ「ああぁぁ。にっ、匂いは嗅いじゃ駄目ですよぅ。恥ずかしいですよぅ。」
アキラさんが太ももを触ったり匂いを嗅いだりしていますぅ。恥ずかしすぎますぅ~~~。でもでもぉ、私もそんなに嫌じゃなかったりしますぅ。触られるとちょっと体がビクビクしてしまいますがなんだか私も心地良くなってきますぅ。
こうしてアキラさんと一緒に寛いだりお出かけしたりして村で平和に暮らしていましたぁ。
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ご先祖様の伝承は間違いでしたしアキラさんにはたくさんの綺麗なお嫁さんがいますが私は気にしません~。それに自信過剰でなくアキラさんは私のことを結構気に入ってくださっているという自信がありますぅ。
だって私が話しかけると優しい笑顔で応えてくださって、私が抱き締めるとキュッと抱き返してくださって、膝枕というのをすると幸せそうな顔で寝転がってくださいますぅ。
アキラさんのお嫁さんたちも私のことを受け入れてくれていますぅ。あぁ~。この平和で幸せな日々がずっと続けば良いのにと…、そう思わずにはいられません~。
ですがそういう時に限って良くないことが起こるものですぅ。アキラさんがおられる時なのに何十年とやってきたことのない大樹の民の兵がやってきたのですぅ。こういうことが起こらないようにと大樹の民に入ったラビちゃんは一体何をしているのでしょぅ?
私達は大樹へと連行されてしまいましたぁ。ごめんなさいアキラさん~。私がなんとかしてみせますぅ。
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大樹の闘技場へと連れて来られた私達の前に虎さんが現れましたぁ。ラビちゃんの報告通り虎さんが王様のようですぅ。虎さんとお話しましたがこのまま帰してくれるということはやっぱりなさそうですぅ。
大樹の民は困ったことがあると決闘で決着をつけると聞いていましたぁ。なのでその決闘で私が勝てばアキラさんも村の皆も解放してもらえる、とそういうつもりでしたが決闘は向こうが対戦相手を指名してその人が戦わなければならないようですぅ。
こんなルールを引き受けずにこの場で暴れて敵をやっつけてもいいのですがそれだとこちらにも犠牲がでてしまいますぅ。ここへ来たのは失敗だったかもしれません~。村で皆を匿いながら私だけが戦えば敵の被害は増えても味方の被害は出さずに済んだかもしれないのにぃ~。私のバカバカバカぁ~。
それなのにアキラさん達は全然慌てていません~。キツネさんが指名されて戦わなくてはならなくなったのに誰も止めもしません~。それどころかキツネさんは嗤っていましたぁ。その顔は村で笑っていた時の優しい笑顔ではなく獲物を甚振っている猛獣のような笑顔でしたぁ。
それからも我が目を疑うようなことばかり起こりましたぁ。アキラさんのお嫁さん達はとぉってもお強い方ばかりでしたぁ。相手も決して弱くはありませんでしたぁ。それなのに誰一人傷一つ負うことなくあっさりと勝ってしまったのですぅ~~~。すごいですぅ~~~。
そしてとうとう私の番ですぅ。相手はラビちゃん~。ラビちゃんは何かひどいことばっかり言っていますぅ。さすがの私でもちょっと腹が立ってしまいますぅ。でもでもぉ、ラビちゃんが相手だと私も手を抜けません~。巫女の力は随分ツノウちゃんに流れてしまっていますぅ。今私が解放を使えば戻れないかもしれません~。でも元々私が決着をつけるつもりでしたし指名された以上は私が戦うしかありません~。
戻れないかもしれないことなんて本当はどっちでもいいことですぅ。ただアキラさんに嫌われてしまうかもしれません~。あれになると自分でも何をしているのかわからなくなってしまいますぅ。今のままじゃラビちゃんには勝てないですしどうせいつかは知られてしまいますぅ。それならば今使わないでいつ使うのでしょぅ。私は覚悟を決めて解放をしますぅ。
解放をした途端に何もかもが抑えられなくなりましたぁ。ラビちゃんを殺すこと自体は解放する前から何も感じていませんでしたぁ。三玉家も兎人種も裏切って皆に迷惑をかけてアキラさん達まで巻き込んだ自分勝手なラビちゃんを殺すことは覚悟できていたのですぅ。でもこんなに痛めつけて甚振るつもりはなかったんですぅ。でもでもぉ、止められません~。自分で自分が暴走しているのがわかりますぅ。そしてそれが快感になっているのも自覚していますぅ。あぁ~、こんな姿アキラさんに見られたらきっと嫌われてしまいますぅ。そう思っていたのにぃ………。
アキラ「う~ん?別にいいんじゃないか?キュウはキュウだしこれはこれで色っぽい。」
キュウ・ツノウ「「………え?」」
血に塗れた私を見てもアキラさんは平然とそう答えましたぁ。それは決して嘘や強がりではありません~。いつも通りの優しい笑顔のアキラさんが本心からそう言ってくださっているのですぅ。
ツノウちゃんも驚いていましたぁ。それはそうでしょぅ。三玉家にとってはこの姿は人から恐れられるものなのは常識なのですぅ。今の村人達も三玉家が目の前で解放したところを見たことがない人ばかりだから恐れていなかっただけですぅ。その証拠に今の私を見ている村人達には少し怯えがありますぅ。………でも聞いていたほどの怯えはないようですねぇ。………わかっていますぅ。それはアキラさんのお嫁さん達の方が強烈だったから私の影が薄いんですぅ。私のこの姿だけを見ていたならば村人達ももっと私を恐れていたはずですぅ。
アキラ「ん?何か驚くようなことがあったか?こういうキュウもありだと思うぞ?」
キュウ「ちょっ!本気なんですか?」
アキラ「なんで?本気だけど?何か問題あるか?」
キュウ「それは………。私の方はありませんけどぉ…。」
アキラ「お?ちょっと素のキュウが出てるぞ。俺はこの色っぽいキュウも好きだ。別に嗜虐性は問題ない。俺達も大概だからな。人の命なんて命とも思ってないし今までだっていっぱい殺してきたし。それに………キュウはキュウだ。どっちも本当のキュウなんだろう?」
キュウ「きゅう!きゅう!………アキラさん。アキラさぁぁぁん。」
あぁ~。やっぱりアキラさんは私の全てを知ってわかって受け入れてくださるのですねぇ。この時から私の中でのアキラさんが更に変化しましたぁ。アキラ=クコサト様とは最初はただの憧れの人。その次、最初に出会ってからこれまでは憧れではなく目の前にいる好きな人。そして今この時から残りの生涯に渡ってアキラさんは私にとって全てを捧げて愛する人になったのでしたぁ。
残りの敵もアキラさんのお嫁さんとアキラ親衛隊の方があっさり倒してしまいましたぁ。その強さは圧倒的ですぅ。私が戻れない覚悟で全力の月兎解放をしても勝てそうにありません~。
敵の王様も倒して私達の勝利ですぅ。そう思ったのにまだ終わりそうにありませんでしたぁ。なんと獣神様が出てきたのですぅ。これは勝ち目がありません~。それなのにそれでもまだアキラさん達の余裕は変わりません~。フランさんお一人で戦うようですぅ。無茶ですぅ。
………それなのにあっさり勝ってしまいましたぁ。信じられません~。アキラさん達は一体どれほどなのでしょうかぁ?私はこの方達に付いていけるのでしょうかぁ。
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それから暫くは大樹で過ごさなければならないことになりましたぁ。アキラさんに膝枕もしてもらいましたぁ。これが膝枕なんですねぇ。アキラさんがこれを好きな理由がわかりましたぁ。私もアキラさんに膝枕してもらうのが大好きになりましたぁ。
その後も皆で過ごしていましたがやっぱりアキラさんのお嫁さんは皆お強いですぅ。アキラさんが戦っているところも初めて見ましたが太刀の獣神様と戦えるほどにお強いようですぅ。どちらも本気ではなかったようですがそれでも私よりもずっとお強いですぅ。
そうこうしている間にようやく大樹から村に帰れることになりましたぁ。アキラさんは何の成果もなく何日も拘束されたと憤慨していましたがアキラさんがやろうと思えばどうとでも出来たように思いますがどうしてされなかったのでしょうかぁ?
それはどうやら敵の命のことも考えて、ツノウちゃんに責任を押し付けることも避けて、兎人種に苦労と迷惑をかけないことも考えた上でのことだったのですぅ。さすがアキラさんですぅ。ますます好きになってしまいますぅ~~~。
村に帰ってからアキラさんに巫女舞を観られてとっても恥ずかしかったですぅ。でもアキラさんが美しかったと言ってくださってとぉってもうれしいですぅ。そしてツノウちゃんに渡したはずの降魔の眼鏡をアキラさんが私に渡してくれましたぁ?
あれあれぇ?なんでここに降魔の眼鏡があるんでしょうかぁ?アキラさんはなんでもないことのように作ったといいましたぁ。びっくりですぅ。眼鏡を掛けてみてすぐわかりましたぁ。この眼鏡は降魔の眼鏡よりすごいですぅ。巫女の力を失ったはずの私でもこの眼鏡があればまた月兎解放と玉兎封印が自在に使えますぅ。
アキラさんのお陰でまた力を取り戻した私はついに村から旅立ちますぅ。いつかアキラ=クコサト様が現れて私を村から連れ出してくださらないかといつも岬でお祈りしていましたぁ。もちろん村が嫌なわけでも出て行きたかったわけでもありません~。でもアキラ=クコサト様に連れられて旅立つのが憧れだったのですぅ。そして今本当に本物のアキラさんが私を連れ出してくれるのですぅ。
寂しさもありますがそれ以上にワクワクが止まりません~。キツネさんがくださった新しい服に着替えて私はまだ見たことのない世界に想いを馳せるのでしたぁ。
~~~~~黒の魔神~~~~~
久しぶりに魔帝国に出てきて歓迎されてる今も悪くはない。でも何か物足りねぇ。これまで生きてきて贅の限りを尽くしたことだってある。歓迎されてもこのくらいの物など慣れっこだ。好敵手とだって散々殺しあってきた。だが今じゃ俺とまともに戦える奴もほとんどいなくなった。それに俺は別に戦闘狂ってわけじゃねぇ。長い間戦いらしい戦いもほとんどしてねぇ。戦いも贅沢もただの暇つぶしだ。
だから今も前までも何も変わらねぇはずだ。それなのに何か物足りねぇ………。一体何が?
そこで俺の脳裏に思い浮かぶのは一匹の妖怪。そしてその妖怪が引き連れる常識外れの集団。
黒の魔神「くっ。くっくっくっ。やっぱあいつのところが一番面白そうだ。」
サタン「黒の魔神様?いかがなされましたか?」
今のサタンを継ぐ者が声をかけてくる。ここにいるのも決して悪くはない。だが俺が満たされることもまたない。
黒の魔神「悪いな。俺はちょっと出かける。」
サタン「出かけられるのですか?どちらまで?護衛はいかがいたしましょう?」
黒の魔神「ああ。言い方が悪かった。俺は出て行く。護衛も必要ない。お前達は今まで通りお前達の思う通りに生きろ。」
サタン「………左様ですか。畏まりました。いってらっしゃいませ。」
サタンは俺の言わんとすることを察して頭を下げて俺を見送った。さすがはサタンの名を継いでいるだけのことはある。ここで無様に俺に縋ってくるようなら殺してたところだがそんなやわじゃなかったようだ。こうして俺は大ヴァーラント魔帝国から出て行った。
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南大陸まで渡った俺はすぐに気配であいつらを見つけた。力が弱弱しすぎて見つけ難いが俺にとっては朝飯前だ。
黒の魔神「よう。」
アキラ「『よう。』じゃねぇんだよこの野郎。何しにきた?」
黒の魔神「大獣神を始末する機会がないかと思ってな。」
アキラ達に追いついた俺は声をかけたのだが何かつれない返事しかしてくれない。本当は大獣神が神界から出てくるわけないとわかっているから出会うことはないのは承知だが一応の理由としてでっち上げてみる。
そこに獣神の中の若造が俺に斬り掛かってきた。軽く往なしてからアキラを説得してみるがその少女らしからぬ美しい顔を露骨に歪めて嫌そうな顔をしている。
ちょっと冗談で乳を揉んでやった。ぬぅ………。でかい。この体格でこのでかさはありなのか?俺から見たら子供みたいなガキなのになんてけしからん乳をしておるのかっ!
なんて考えて油断していた俺はぶん殴られた。………いや、正直に言う。油断してなくても避けられた自信はない。なんて速さだ。俺が目で追えないだと?それにこの威力。俺の神力を突き破ってダメージを受けた。確かにアキラが俺より強いことはわかっているが今は神力を抑えている。いくら本当は俺より強くとも力を出していないのに俺の防御を貫けるのはおかしい。さらに雲行きが怪しくなってきた。
アキラ「ともかくお前が自分で神力を抑えられないのなら封印してやる。」
黒の魔神「え?ちょっ!待てよ!待て待て!何をする気だ?」
アキラ「もう遅い。邪神封印!」
こうして俺は何故か幼児の姿になったのだった………。
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最初はなんでこんな目に………と思ったが案外この幼児姿も悪くない。まずアキラに抱きついても怒られない。子供の姿なので油断しているようだ。中身は俺のままなのにな。アキラに抱っこされながらの移動はすごく良い。こう………、アキラの体格に比べてでかすぎるこれがバルンバルン跳ねて俺に当たるのだがこれが心地良い。それに温かくて良い匂いがして何か安心する。子供の姿になっているせいもあるだろうが今の俺は一日の半分くらいは寝ている。起きていられない。ちょっと残念でもあるがアキラに抱かれて安らかな眠りについているのも悪くない。
今日もアキラの温かい胸の抱かれながら移動を続ける。時々獣神の若造が襲ってくるがアキラのこの封印が逆に外部からの攻撃も弾いてくれるので命の心配はない。ちょっとどさくさに紛れておっぱいタッチしてもアキラは知らん顔をしている。子供に触られても気にしていないのだろう。だが何度でも言うぞ。中身は俺のままなんだよ!そんなことを考えていると俺に罰が下った。
俺の名前を変えるというんだ。バカなっ!俺はこの名付けをするのに何ヶ月も悩んだんだぞ!例え仮初の呼び名だとしてもそう簡単に変えられてたまるかっ!
アキラ「当たり前だ。例えこんなナリになったとしても名前を聞けばお前が神だとすぐにバレるだろうが。仮名はそうだな………。クロでいいだろ。」
クロ「おい。いい加減に名前をつけるなよっ!もっとちゃんと考えろ。」
アキラ「じゃあお前が考えろよ。俺はもう面倒臭い。」
クロ「ぐぬぬっ。」
あっさり簡単な名前にしやがった!でも考えろって言われても思い浮かばない。
もういいか。別に仮初の名前なんてなんでもいい。それよりアキラに甘えよう。ちょっとムッとした顔をすることはあるが俺が甘えてもなんだかんだでちょっと微笑みながら受け止めてくれる。もしかしてこのまま子供のままでもいいかもな。ちょっとそんな風に思った。
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何日か経っているが移動ペースが遅い。俺は数日でパンデモニウムからここまで駆け抜けてきた。それなのにアキラ達は数日たってもまだこんなところを歩いている。それに何だ?知らない奴が随分増えているな。
魔人族の部隊はわかる。確か中央大陸に派遣した部隊から独立してアキラに付いて行くことにした者がいると言っていたはずだ。俺は魔帝国の政治には直接関わってはいないが多少の情報なら入ってくる。
人間族の女が一人増えている。前は人間族は一人だったはずだ。それから獣人族の女も増えている。これは別にいいだろう。アキラは大勢嫁を娶っているからな。旅をしている間に新しく娶ったんだろう。
問題はこの五人の者達だ。こいつら結構洒落にならんぞ。元の俺の状態でもこの五人が同時にかかってきたら結構やばい。中途半端な力の者が大勢いても意味はない。だが一定以上の力の者が複数いれば手数が物を言うこともある。連携や力の使い方次第では俺が負けることもあり得るだろう。それくらいこの五人はやばい。こんな奴らどこにいたんだ?
クロ「なぁアキラ。あんな奴らどこにいたんだ?」
アキラに抱かれながら歩いてるのでアキラの胸をポンポンッと叩いてから五人組に視線を向けて問いかけてみる。
アキラ「あ?五龍王のことか?前からいたぞ?クロも会ったことがある。」
会ったことがある?そんなはずはない。これほどの者達と会ったことがあれば忘れるはずはない。
アキラ「あ~………。お前と会った時は魚だった奴らだ。」
クロ「魚?………あ?あの?妙に強い力を持った魚達か?力の桁も姿も全然違うじゃねぇか。」
アキラ「色々あってな。まぁ気にするな。」
クロ「気にするわ!」
一体どうなってる?たったこれだけの時間でこんなに力が手に入るはずはない。どう考えても異常事態だ。姿が変わるのは何か手があるかもしれん。一時的にで良ければ魔法でも姿を変える方法はある。問題なのは第五階位の神がいきなり五人も増えたことだ。狐神が第五階位相当の実力があると知るまでは数千年以上もの間第五階位の神は俺と大獣神だけだった。それがたったこれだけの間に狐神、アキラ、そしてこの五人と増えるなんて出鱈目すぎる。
あぁ、考えてもわからん。ちょっとむしゃくしゃするからアキラの胸に顔を突っ込んで抱きついてみた。殴られるかと思ってそっと顔を覗いてみたがアキラは特に気にした様子もなく歩いている。そういえばガウとかいうガキが抱きついている時も気にしていない。やっぱりアキラはこの姿に騙されて油断しているな。封印が解かれるまで存分に甘えてこのチャンスを利用してやろう。
そう思ってアキラの胸にしがみついていたのに邪魔者がまたやってきた。獣神の若造がアキラと戦いたがっている。俺の方はもう眠気が限界なのに………。代わりに狐神に抱いてもらった辺りで俺の意識は安らかな眠りに飲み込まれていった。
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俺が寝ている間に獣神の若造を懐柔したようだ。夜一緒に天幕に入っていてももう俺に襲い掛かってくることはない。ただ単にアキラの封印に阻まれて殺せないことにようやく納得したからかもしれないが………。ともかく男ばかりのむさ苦しい天幕で寝るのは気が滅入る。俺はこっそりアキラの天幕に行ってみた。
こっそりって言ったってそりゃバレるわな。俺が女用の天幕に手をかけようとするとアキラが出てきて抱き上げられた。あっさり捕まって強制的に男の天幕に戻されるかと思ったが様子が違う。
アキラ「どうした?眠れないのか?」
アキラが優しい笑顔で問いかけてくる。片手で俺を抱きながら片手で髪を撫でる。何かいいなこういうのも。俺はこいつらより遥かに長い時を生きてきたはずだ。それなのに今更こうやって子供みたいに甘えるのも悪くないと思っている。姿が子供になっただけで心は俺のままだと思っていたが案外心も退行しているのかもな。
クロ「ああ、眠れない。」
アキラ「ふっ。面白い冗談だな。クロは一日の半分以上は寝ているだろう?」
アキラの少しヒンヤリした指が俺を撫で続ける。気持ちいい。
アキラ「……ロ?……眠っ…のか?」
クロ「くー………。くー………。」
アキラの声が遠くに聞こえる気がする。俺はまたいつの間にか眠っていた。
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ようやく東回廊へと到着した。東大陸に渡ればファングの守護神、赤の魔神に出会うだろう。今の俺の姿のままじゃ殺されるんじゃないかな………。その時はその時だ。一応アキラの封印の防御がある。これも万能ではないが赤の魔神じゃ突破できないだろう。前からそんなに成長してなければな………。
アキラ達が常識外れのことばかり見せ付けてくるから少し自信がなくなってくるぞ。ともかく俺も赤の魔神に会うつもりでついてきたんだから今更戻る気もない。やばそうだったらアキラがなんとかしてくれるだろう。こうしてアキラ達は東回廊に足を踏み入れていった。




