第六十六話「獣力の本質」
俺の前に戻ってきたフランは両手を後ろで組み体をモジモジさせながら俺の前をちょっとうろうろしている。フランは魔人族ウィッチ種だったはずだが俺にはフランのお尻の上に幻の尻尾が全力で振られているのが見える。
アキラ「よくやったな。」
褒めて褒めてと幻の尻尾を全力で振ってこちらをつぶらな瞳で見つめてくるフランの頭を撫でる。
フラン「あぅ…。頑張った甲斐がありました。」
フランは気持ち良さそうに目を細めてうっとりしている。このまま眠ってしまうのではないかと思ってしまうほどだった。
能力制限を解けば俺達の敵ではないとはいえ今のジェイドの全力でも太刀の獣神には敵わない。親衛隊では歯が立たないレベルの相手に能力制限を解除することなくそれも苦手な接近戦で勝ったとなれば本当にフランはよく頑張ったと思う。
静まり返っていた観客席がまた徐々に騒がしくなりはじめる。それはそうだろう。獣王に続き獣神まで俺達に敗れたのだ。普通に考えたら自分達雑兵如きでは敵わないことはわかりきっているだろう。大人しく俺達に降るのが筋だ。だが恐怖と混乱に飲み込まれた愚かな民衆というのは一番最悪な選択をするものだ。恐怖に我を忘れて俺達に襲いかかろうという空気が出来上がりつつあった。このままこの空気を放っておけばいずれ俺達に襲い掛かってくるだろう。
アキラ「決闘で活躍できなかった者の活躍の場が出来そうだな。」
ミコ「………アキラ君。観客席にいる人たちまで皆殺しにしてしまうの?」
アキラ「こちらから手を出す気はないが襲ってこられれば当然迎え撃つ。その結果こいつらが死ぬことになっても襲い掛かってきた方が悪いだろう?」
過剰防衛など存在しない。最初から相手が手を出してこなければ問題など起こらないのだ。それを自分から手を出しておいて反撃されたからと言って文句を言うのは筋違いも甚だしい。反撃されて自分が痛い目に遭うのが嫌ならば最初から自分が手出ししなければ良いだけだ。こちらからはいちいちこの程度の雑魚どもに何かしようなどとは思わないのだから。
ティーゲ「皆の者待てっ!早まるな!」
ズタボロの姿のティーゲが客席の下にある闘技場への出入り口から入ってきた。俺達は生きていたことを知っていたが観客席の者達は驚いたようだ。ざわめきが起こる。
ティーゲ「我らは敗れたのだ。大樹の民の誇りにかけて彼女らに降ろう。何より大樹の戦力では最早彼女らと戦う力はない。獣王も獣神様ですら敗れたのだ。冷静になれ。残った我らで何ができるというのだ?」
ティーゲの言葉で次第に観客席が静かになる。それはそうだ。こいつらだって恐怖と混乱と興奮で正常な判断が出来なくなっていただけで自分達が束になっても俺達に敵わないことくらいは理解していたはずだ。ただ理性で理解しているのと感情が別物であっただけだ。群集心理で暴徒となり愚かな行いをする馬鹿どもはどこの世界でも時代でもいるものなのだろう。
太刀の獣神「………負けた。」
太刀の獣神が再びポツリと呟いた。それを聞いた観客席の者達はようやく自分達の立場を悟ったのだった。太刀の獣神は自分が負けたことを嘆いただけなのか、それとも群集を止めるために呟いたのか。その真相は太刀の獣神にしかわからない。だが結果としてこの言葉が決め手となり大樹の民は暴走することなく兎人種に降ったのだった。
この後獣王にはティーゲが就くことになった。前政権の実力者達がほとんどいなくなったのだから他になれる者もいなかった。俺達がティーゲを王に仕立て上げ操ろうと思ったわけではないが結果的に俺達にとって都合の良い者が王になることになった。
だがこれで大樹の民と魔人族の戦争が終了したかと言えばそう簡単な話ではない。そもそも獣人族が戦争している主な相手は大ヴァーラント魔帝国ではないのだ。人間族に協力して中央大陸に多少の戦力を派遣していたのは事実だが大ヴァーラント魔帝国と大樹の民が直接戦闘することなどほとんどなかった。大樹の民が戦争しているのは東大陸南部に国を建てたもう一つの魔人族国家ファングが相手なのだ。
それから大獣神を含めた獣神達。こいつらは恐らくだが未だに人神に協力している。いくら俺達が大樹の民を降しても守護神たる大獣神からの命令があれば大樹の民は簡単に俺達と敵対するだろう。それは大ヴァーラント魔帝国と黒の魔神でもわかる通りだ。サタンも六将軍も黒の魔神が指示すれば俺に殺されるとわかっていても最後まで戦うと明言していた。大樹の民も同じことだ。大獣神がどういうつもりか問いただす。最悪排除してしまわなければ真の講和は訪れないだろう。どこの世界でも組織でも頭が固い老害というのは存在するものだ。現実が見えず己の妄想だけで運営されるのは迷惑極まりない。現実が見えなくなった者は権力に固執せず相談役にもで身を引いてもらいたいものである。
年の功を否定するつもりはないが自分の過去の成功体験でまたうまくいくなどと凝り固まった現状で通用しない古い経営哲学を振りかざして会社を傾けたり、長い間高い地位にいすぎたせいで自分が王様のように勘違いして全て思い通りにいくなどと先の見通しもなく思いつきで経営するような者が国や社会を食い物にしてのさばりすぎている。自分達が生きている間だけなんとかもてば良いというその場凌ぎの経営しか出来ない木偶はさっさと退場するべきだろう。
自分がいる間だけもてば良いというその場凌ぎばかりして根本的解決や打開策を取ろうとしない。その結果延命しているだけで穏やかに縮小衰退していく。それが空白の三十年などという馬鹿な時間の浪費を生んだのだ。別に俺は無茶なことをしろと言っているわけではない。ただ体力のある間に当たり前の対応をしろと言っているだけだ。その場凌ぎで延命延命と繰り返してもそのうち体力が無くなり本当に何か手を打つ余裕がなくなる。だから体力のある間に新しい手を打つなり根本的な改革を行うなりしろと言っているだけだ。確かにそれでもそれなりのリスクはあるだろう。だがこのままただリスクを避けて手堅く延命を繰り返してもいずれ死ぬことがわかっているのに自分がいる間だけもてば良いからと後回しにして体力を削るだけでは本当に未来がない。それを三十年間し続けている上層部というのがいかに自分のことしか考えていないのかよくわかる。
話が逸れているので元に戻す。ともかく大獣神に直接会って問い質すのが一番確実で手っ取り早い。口で言って納得し引き下がるのならそれに越したことはない。最悪揉めても実力で排除すれば良い。だが問題は大獣神に会えないということだ。大獣神は神界という所に引き篭もっているらしい。少しその辺りを整理しておこう。
この世界は今俺がいる物質世界。バフォーメ達悪魔が元々いたという精神世界。神格を得て神になった者が生み出せる異界。そして最高神が作った神界というものがある。物質世界はまさにここなので説明は不要だろう。精神世界には行ったことがないので詳しくはわからない。そして異界の一つは俺も行ったことがある。そう。精霊の園だ。あれも異界の一つだ。それでは神界とは何なのか。
神界とは最高神が作った神の住まう地のことだ。神格を得ただけの者は入ることすら出来ない。きちんと神になった者だけがそこへ入れる権利を持つ。神界は十階層に分かれており自分の階位と同じ階層までしか立ち入れない。師匠は第五階位の実力があるが第七階位なので第七階層までしか入れない。神の住む地とは言うが実際に住まなければならないということはない。神になってから一度も入ったことすらない者もいれば大獣神のように引き篭もって出てこない者もいる。最高神はここに住んでいない。この世界の理の外の存在である最高神は神界より高位の空間にいると言われている。
神界は神の住まう地であるため争いが禁止されている。もしこれを破って神界で暴力を振るおうとすれば最高神を敵に回す可能性が高く誰も破ったことがない。だから黒の魔神も大獣神と雌雄を決することができないでいたのだ。もちろんそれ以外にも大獣神はいつも腹心を連れており黒の魔神といえども単身では勝ち目が薄いために挑んでいなかったという事情もある。
獣神は現在わかっているだけで五人いる。太刀の獣神はここで破ったがこいつは神界に入ったことすらなく別に大獣神に完全に従っているわけではないようだ。他に三人の獣神がおり力の獣神と技の獣神は大獣神と常に一緒にいるらしい。もう一人風の獣神という者がいてこいつは大獣神の意向を獣人族に伝える役目を持つらしい。だからうまくすれば風の獣神がいない間に大獣神と二人の獣神の時に襲える。黒の魔神はそう考えていたようだがそれは楽観が過ぎると師匠は言っていた。結局は風の獣神も基本的に大獣神の側におりもし戦うとすれば四人同時に相手にすることを覚悟しておいた方が良いだろうというのが師匠の考えだった。
ともかく神にはなっていない俺では神界に入ることすら出来ない。大獣神のいる場所にすら行けないのだから話をする方法すらないわけだ。神格は得ているがまだ当分は神になる予定もない。大獣神については今のところ打つ手がない。放置するしかないだろう。
大獣神の命令一つでいつ敵になるかわからない大樹の民ではあるがこのまま放っておくわけにもいかず俺達は大樹に留まり色々と交渉することになったのだった。
=======
一先ず暫定でティーゲが獣王ということになった。ティーゲはまだ大怪我が治っていない。俺達がティーゲの怪我を治せばティーゲは俺達と繋がっているということが印象に残ってしまうだろう。別に実際には俺達と仲間というわけではない。ガウは元アルクド出向部隊を可愛がっているようだが少なくとも俺は仲間とまでは思っていない。ティーゲもガウの頼みだから助けてやっただけだ。
だが今の状況では俺達にとってもティーゲが王になってくれるほうが楽でいい。ここでもし俺達とティーゲが繋がっている。前王を殺してティーゲだけ生かしておいたのは俺達が獣王の頭を挿げ替えるためだ。などと獣王の座を狙うティーゲの政敵に吹聴して周られては面倒になる。だから俺達はティーゲに手を貸していないし大樹の民の政治にも口を出さないようにしているのだ。
まだ暫定でありティーゲの足を引っ張って失脚させようなどと思っている奴らは多い。政権が安定するまでは俺達とも交渉どころではないので俺達は客室で暇を持て余している。
聖教のほうだが子供のような姿だった者はやはり教皇だったようだ。枢機卿団も全て捕縛もしくは死亡ということで聖教皇国の上層部は壊滅したと言える。ただ逆十字騎士団でわかっている者が九十七名なのが気にはなる。これで全ての可能性もあるが約百名にしては少し微妙な数の気がする。逆十字騎士団など大した戦力ではないのは確かだが裏でこそこそ何か画策されると面倒なのは間違いない。出来れば禍根は全て絶っておきたいがもしかすれば本当にこれで全員なのかもしれないので現時点で俺にはどうすることもできない。
そこで俺はキュウとツノウに話を聞くことにした。三玉家の者は今回の件でここに連行されてきていない。偶然村にいたツノウが巻き込まれただけだ。他には村人とキュウだけだった。他の三玉家は皆無事らしい。村人達はすでに集落に帰っている。俺達は同行していないが気配で無事に全員戻ったことは把握している。
まずラビについて。あいつはあれでも大樹の民の序列二位になっていた。その経緯も踏まえて大雑把にまとめてみる。予想通りラビは三玉家の血筋の者らしい。ただしキュウの家系ともツノウの家系とも別のもう一つの三玉家の者だ。ラビが言っていた通りもし俺が現れずキュウが巫女を引退するまで続けていれば引退後に結婚する婚約者候補の中の一人であったらしい。ただしキュウからすればただの従兄の一人であり何か特別な感情があったわけではないらしい。そこでラビはキュウに認められるために色々と行動を起こしたそうだ。
兎人種は今まで大樹の民と距離を置くことでその身の安全を守ってきた。だがキュウに認められたいラビはその伝統を変えて自分が兎人種を守ることでキュウにアピールしようとした。その具体的な方法とはつまり大樹の民の幹部に入り込み影響力を発揮することによって大樹の民の兎人種への対応をコントロールしたり地位向上させたりというものだ。
一つの手段に頼るのではなく色々な方法と手段を持つべきだと主張し三玉家の者達も納得してラビを送り出した。そしてラビは期待通り序列二位という高い地位につき大樹の民の兎人種への攻撃を止められる立場になった。自分が巫女に頼らない方法で兎人種を守ればキュウも巫女をやめて自分に嫁いでくれると思っていたラビだがキュウは巫女をやめることもなく自分に好意を寄せてもくれない。徐々に暗い感情に飲み込まれつつあったラビは俺の登場とキュウが簡単に俺に靡いたことで嫉妬に狂った。そして今回兎人種の集落を襲撃させるまでに至った。兎人種の、いや、玉兎の巫女の力を理解しているラビだからこそ千人以上もの部隊を送り込んできたのだ。その後はご存知の通り自業自得で自滅の道を歩んだというわけだ。
それでは玉兎の巫女とは何なのか。あの時キュウが変化したあの姿は何だったのか。そもそもこの三玉家という家系は月の兎の末裔だと言われているそうだ。本当に月の兎の末裔なのかはわからない。ただ確実なことはこの三玉家の者は特別な力を持っている。
月には二面性がある。闇夜を照らす光であると同時に生き物を惑わせる魔性も併せ持つ。日本では死者の国などとみられることもあるのだ。月を闇を照らす良きものと看做す話も魔性のものと看做す話もいくらでもある。力を解放したキュウが大きく変わっていたのはその二面性故なのかもしれない。
ともかく月兎解放によってその闇の力とでも言うようなものを解放することが出来るのが玉兎の巫女なのだ。ただ少し語弊があるので訂正しておくと解放自体は三玉家の者なら誰でもできる。ラビが序列二位の高位につけたのも力を解放していたからだ。問題なのはその力をコントロールし抑えること。それが出来るのが玉兎の巫女の玉兎封印だけなのだ。
これまで兎人種の集落を守ってきたのは玉兎の巫女一人というわけではない。巫女が三玉家の者達の解放と封印を行い皆で守っていたのだ。ただ巫女が全てを完全にコントロールできるわけではない。だから普段はほとんど解放を行うようなことはない。場合によっては封印できずに元に戻れない危険もあるからだ。そのコントロールの補助をするのが俺が授けた眼鏡らしい。
この眼鏡の効果は簡単に言えば開放によって放出されるはずの力を減らすことだ。十割の力を解放してしまったらコントロール出来ないとすれば五割の解放に抑えておけばコントロールできるかもしれない。というようにどれだけ解放するか制御することが出来るらしい。だから巫女になった者は少しずつ解放を行い眼鏡の補助を受けて自分がどれくらい解放してもコントロールできるのか訓練するそうだ。
三玉家の家が集落の中になく子供も全て本家に集められて育てられるのもそのためだ。子供の時は特に勝手に暴走してしまう危険が高いらしい。もし集落の中で暴走すれば大きな被害を出してしまう。だから子供が安定するまでは離れた場所にある三玉家の本家で育てているのだ。
本来であれば十分熟練の立場にあるキュウが今回戻れなくなるような危険を冒しツノウが慌ててやめるように叫んでいた理由は玉兎の巫女の引き継ぎをしようとしていたからだ。すでに徐々にこの巫女として力をコントロールする能力はキュウからツノウに移りつつあった。完全な状態であればキュウが戻れないようなミスをすることはなかったであろうが今は中途半端な巫女が二人いるような状態なのだ。これが仮にツノウに完全に移っていればツノウが解放して封印してくれただろう。だが二人とも完全にコントロール出来ない不完全な状態でありながら解放を行ったのが今回危険だった原因なのだ。
さらにもう一つ。俺がキュウの眼鏡を何度も外していたせいだ。巫女の間は眼鏡を外せないのはこの制御する力が本人に馴染むようにするためだ。掛け始めた最初のうちは眼鏡の効果と本人の能力がうまくかみ合わない。長い間自分の力と眼鏡の力を合わせることで馴染ませてうまく力を使えるようになるのだ。それを俺が何度もキュウから眼鏡を外していたからキュウにとってこれまでより馴染みが悪かった。それが限界を超えた解放につながったのだ。今回はたまたまこっちのキュウの意識が出てきたのでツノウの封印でも封じることが出来たにすぎないらしい。次もうまくいくとは限らない………。俺が介入しなければな。月兎解放はだいたいわかった。俺なら解放も封印も難しくない。が、それは今は言う必要はないだろう。
キュウ「きゅうきゅう。」
今キュウは俺の膝の上に頭を乗せて寝転がっている。つまり今日はいつもとは逆に俺がキュウを膝枕しているのだ。キュウは年上のお姉さんのように俺を甘えさせてくれるが実際には俺の方が遥かに年上だ。獣人族は長くても八十年くらいしか生きないからな。今回色々と大変な目に遭ったしキュウは戻れない危険を冒してまで頑張ってくれた。だから今日はキュウを甘えさせてあげている。
キュウ「きゅぅ~。」
俺がキュウを撫でると時にくすぐったそうに、時に気持ち良さそうにきゅうきゅうと啼いている。はぁ~。俺の方が癒されるわ~………。
ツノウ「キュウお姉さまのこんな姿見たことありません………。」
キュウ「きゅう?」
狐神「アキラ~。次は私に膝枕しておくれよ。」
そういえば師匠も変な人狐種のせいで嫌な思いをしたんだったな。
アキラ「キュウの後で良ければ。」
狐神「そりゃもちろんさ。割り込もうとか奪おうとは考えてないよ。」
キュウ「交代しても良いですよぉ~?」
狐神「あのねキュウ。アキラの身は一つしかないんだ。いつも自分に回ってくるわけじゃないんだよ?人のを奪ったり順番に割り込むのは駄目だけど、ようやく回ってきた順番を他人に簡単に譲るっていうのはそれだけアキラへの愛がないってことだと受け取るよ?」
キュウ「そっ、そんなことないですよぅ。どちらの私もぉ、愛してくれるといってくださったぁ、アキラさんのことを愛していますぅ。」
狐神「だったら遠慮しないで甘えられる時にちゃんと甘えときな。今はキュウは新参だからある程度アキラと接する機会が優先されてるけどもう少ししたら私らと同じになるんだからね。そんなに独占できるのは今のうちだけだよ。」
嫌いにはなれないとは言ったが俺はまだキュウを愛するとまでは言っていないはずだが………。まぁいいか。ムキになって訂正して水を差すこともない。それに本当に愛する可能性も高い。今はただお互いのことをよく知り合えば良い。
キュウ「ではいっぱい甘えますねぇ~。」
俺はまだしばらくキュウに独占されそうだった。
=======
ティアと心が繋がってすぐに大樹の民の襲撃を受けてここに連れて来られた。だから今更ではあるが皆がティアにお祝いとして今日一日俺をティアの自由にさせることになった。っておい。俺は物か?景品か?とはいえニコニコと笑顔で俺の腕に抱きついている人間大になったティアに向かって不満など言えるはずもない。この顔を見ていると俺もうれしくなってくるので俺が景品扱いされていることなどどうでもよくなってくる。バフォーメと五龍将が付いて来ているので完全な二人きりのデートではないがそれでもうれしいらしくティアは大はしゃぎだった。
ティアとデートしながら大樹を色々と見ていく。町のようなものは特にない。家はあるが各自が森の中に勝手に建てているという感じだ。区画整理だとか建築様式だとかいうものはない。各自が思い思いの家を建てて住んでいる。土地は広いので人口はかなりの数がいるようだ。この大樹のある周辺を中心に少し離れたところにはこの大樹を囲むように衛星都市もある。直接目では見ていない部分が多いが衛星都市も恐らくここと大差ない様子だろう。
獣人族には商売という概念がほとんどない。だから店というものがほとんどないのだ。商業区などが区画整理されていないのはそもそもその商業自体が発展していないからというわけだ。基本的に自給自足で自作するか物々交換で全てのものをやりとりしている。
ティアは最初は土の元素が狂っていることを感じて不安そうにしていたのに今はそんなことなどすっかり忘れているような顔をしている。大樹の根元まで来て見たが本当にでかい。ゲーノモスでもこれ以上ないくらいでかいと思ったがそれを上回る木があるなど思いもしなかった。
ティア「すごい木ですねアキラ様。」
アキラ「そうだな。こんな巨大な木があるなんてな。」
ゲーノモスを見た時はぶるぶる震えていたはずのティアは大樹を見てもはしゃいでいた。相克的に土が苦手なはずのティアが平気なのは強くなったからだろうか。それとも俺とのデートで浮かれてそんなことは忘れているからだろうか。
その後も二人で色々と見て周っているとある二人を発見した。ガウとエンだ。変わった組み合わせに感じるが実はそうでもない。ちょっと面白いので全員の気配を俺が消して少し後をつけてみる。ティアもこの二人を見るのが面白いようでノリノリだった。
エン「おい。勝手にうろうろするなよ。」
ガウ「がうがう。」
エン「あっ!こらっ!勝手ににうろうろするなって言ってるだろ!」
ガウ「がう!」
エン「待てって!」
子供サイズになっているエンと元々子供サイズのガウが二人でうろうろしている。ガウは見た目通り子供なのですぐにあちこちに興味が移ってうろうろといなくなってしまう。そのたびにエンがガウを探して面倒を見ている。
ガウ「がうがうっ!」
エン「捕まえた!もう勝手にうろうろするなって言ってるだろ!」
ガウ「がうぅ…。これ食べたいの。」
エン「さっき飯を食べたところだろ?勝手に食い物を与えたってバレたら俺が怒られるんだよ。」
ガウ「がうぅ………。」
エンに言われたガウは未練がましそうな顔でじっと獣人が並べている魔獣の丸焼きを見ていた。口からは涎が垂れている。
エン「はぁ…。一個だけだぞ?」
ガウ「がうがうがう!」
エン「物々交換か。………これでどうだ?精霊の神が作ったものだぞ。」
エンは自分の腕にはめていたブレスレットを外して獣人に見せる。
獣人A「それでいい。」
獣人はそれを眺めて納得したようだ。それは当たり前だ。価値が全然違う。あのブレスレットははめこまれている宝石も希少なものであり、その上加工したのも火の精霊神であるエンであり、さらにそのエンがずっと身に着けていたために多くの力を宿している。精霊の加護とでも呼べるような品だ。普通に考えたらそこらにいる魔獣の丸焼きと交換できるような品ではない。
エン「ほら。交換してくれたぞ。」
ガウ「がうがう!ありがとうなの!」
エンは私物を交換に出して獣人が並べていた魔獣の丸焼きと交換してガウに与えていた。ガウはうれしそうに交換してもらって手に入った魔獣の丸焼きを頬張る。その姿はまるでデートしている幼児のカップルのようでとても微笑ましい。
ガウ「がうがうがうっ!」
エン「あっ!こら!勝手にうろうろするなって何度も言ってるだろ!」
またガウはどこかへうろうろしだしてエンがその後を追いかける。何歳かは知らないがエンは数百年は生きているであろう精霊の神だがその姿だけ見ているとこの二人のデートはとても可愛らしくて面白い。だが一つだけ言っておくぞエン。お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!うちの娘はやらん!
ティア「アキラ様………。また何か変なことを考えておられますよね?」
アキラ「え?………いや。そんなことはないぞ?」
ティア「そうですか?」
ティアが疑わしげな目で見てくる。………。ともかくエンは面倒見が良い。実は今だけでなく結構ガウなどの面倒を見ているのだ。口は生意気だがしっかりしていて面倒見が良いのでガウが一人で勝手にどこかに行こうとしたらこうして付いてくれているのだ。最初の頃は小物臭がプンプンするし偉そうだしでちょっとイラッとしたものだがなかなか良い奴だとわかった。何よりあの子供姿で二人で出歩いている姿は見ていてとても可愛い。和む。ティアも二人の姿を見ながら優しい笑顔になっている。…まぁ精神年齢はガウとティアに大差はない気がするがそれを言うときっとティアは怒るので黙っておく。
ティア「あら?アキラ様?今何か失礼なことを考えましたか?」
アキラ「いや?そんなことはないぞ?」
ティア「………。」
ティアがさらに疑わし気な目で見つめてくるが俺はとぼけ通した。この後はガウ達のあとをつけるのはやめてティアとデートを楽しんだ。ちなみにガウとエンは見た目年齢が近く子供がデートしているように見えるがエンからすればデートのつもりはないらしい。ただ世話好きで面倒見が良いのでガウの世話をしているだけだ。火の精が皆子供のようなものなのでその世話をしている精霊神にとっては子供の面倒を見るのは当たり前の日常なのかもしれない。ティアにはもう少し大人になってもらいたいがエンはエンで子供の姿のくせに中身は老けすぎている。まぁ実際高齢なわけではあるが………。
=======
今俺は俺達が戦わさせられたコロシアムにいる。俺達とは言っても俺は戦っていないがな。あれほど人で溢れていた観客席も今は誰もいない。この場にいるのはルリとキュウにいつもの五龍将とバフォーメだけだ。そして俺達の向かいには太刀の獣神がいる。ジェイドが獣王を二行で瞬殺してしまったので俺は新たな獣化を見る機会がなかった。そこで太刀の獣神に獣化を教えてもらおうと思ったのだが太刀の獣神はマンモンよりさらに輪をかけて寡黙で口下手だ。そもそも説明とかそういうことは何もない。
太刀の獣神「………ふぅっ!」
太刀の獣神が自身の身の丈ほどもありそうな巨大な大剣で斬り掛かってくる。俺は紙一重で顔を逸らしてそれをかわす。
太刀の獣神「はぁぁぁっ!」
今度は大剣で連続突きをしてくる。俺達にとっては重量はそれほど問題ではないだろうがこの長さの剣を振り回すのは取り回しが難しいだろう。武器が違えば使い方も変わるので単純に比較は出来ないが剣聖と呼ばれるロベールでもこの大剣をここまでは扱えないと思う。そんなことを考えながら俺は突きもすべてぎりぎりでかわす。
なぜこんなことになっているのか俺にもよくわからない。太刀の獣神はだいたいいつも大樹の上にいるらしい。誰でも簡単に会える。会いにいける神様というわけだ。前の戦いが終わってから太刀の獣神はまた大樹の上に帰っていた。だから俺は太刀の獣神に会いに行き獣化を教えてくれと頼んでみた。
太刀の獣神は何も言わずクイクイッと手招きして歩き出した。着いた先はこのコロシアムだ。そしていきなり獣力を纏って斬り掛かってきた。今ここだ。
太刀の獣神「うおおぉぉぉっ!」
渾身の力を振り絞って上段から両手で振り下ろしてくる。俺はそれを右手の人差し指と中指の二本で挟んで受け止めた。
太刀の獣神「………。」
アキラ「………。」
太刀の獣神「………蓮華七輪環。………以上だ。」
太刀の獣神はそれだけ言うと背を向けてさっさと帰っていった。
………いや、なにが?
と突っ込みたいがお陰でわかった。そういうことか。俺は太刀の獣神が体に纏っていた獣力を見て理解した。
キュウ「すごいですぅ。アキラさんはぁ、とってもお強いんですねぇ。」
キュウとルリが俺の近くに寄ってくる。
キュウ「でもぉ、あれでわかったんですかぁ?」
アキラ「ああ。三玉家のこともな。」
キュウ「えぇ~?どういうことですかぁ?」
獣化とは誰かが勝手に作ってつけた技の名前だったのだ。獣化という特殊能力は存在しない。俺が前に言った通り獣力とは体内と体外を循環して何らかのエネルギーを運んでいる。その特性こそが獣人族の特殊能力なのだ。そこに何らかの技などがあるわけではない。その運んでいるエネルギーとはつまり生命エネルギーあるいは生命力そのもののようだ。とはいえ俺もチャクラって何?って完全に理解しているわけではない。
ただ俺にわかることはこの世界全てに生命力が宿り流れている。そうだ。今目の前にある空気にすらチャクラが流れている。もちろん生きている者の中にも流れている。体内のチャクラだけを消費すれば当然だが減っていくしいずれなくなる。だが獣力が体内と体外を循環し体外にあるチャクラを体内へと運び入れ消費されたチャクラを体外へと運び出す。こうして循環することでほぼ無限ともいえるチャクラを使い続けることが出来るようになる。もちろんそれは理論値の話であって実際には無限のチャクラを取り入れて自由自在に扱えるというわけではない。
獣化というのはこの循環を特定の場所に集中させて多くのチャクラを流し込みその部分を強化したり何かの攻撃に使ったりしているのだ。だからティーゲが〝疾〟を使って機動力を上げると脚にチャクラを集めるために獣力が多く脚に集まっていたのだ。これまでも違和感はあったのだ。〝疾〟と〝跳〟は基本的に脚に獣力を集めるという部分においてほぼ同じ技だ。〝爪〟と〝断〟も指定した範囲にチャクラを撃ち出し断ち切るという意味では同じ系統の技だ。俺がデコピンすると弾いた指からチャクラが弾として飛ぶという技を作り〝獣化 デコピン〟と名付けても良いということだ。センスは悪いがな。
獣人族の特殊能力の本質はあくまで獣力でチャクラを運ぶ能力。それが太刀の獣神の言っていた蓮華七輪環というものなのだろう。そして三玉家の月兎解放…。これはソーマと呼ばれる月のチャクラを取り込み使っているのだ。能力の本質は同じでありながら取り込むチャクラが違うために異質の能力のようになっている。そもそもどうやって遥か遠くにある月と自分の体内を獣力が循環しているのか。色々と俺にはわからない点はある。ただそのあり得ないような現象を起こし月のチャクラを持って来れるのが三玉家の家系の能力なのは間違いない。
ただその月のチャクラには相応のリスクがある。それがキュウが激変した二面性だ。内面の暴力性が表に出てくるのかそれとも月のチャクラにそういうことをさせる作用があるのか非常に攻撃的でサディスティックな性格に変貌してしまう。他にも色々と弊害はありそうだ。だからこそ三玉家ですらよほどでなければ普段は解放を行わないのだろう。そしてその月のチャクラを体内から抜き出し月に返すのが玉兎封印というわけだ。
キュウ「ふえぇ~。そうだったのですかぁ。」
ルリ「………難しい。」
俺は難しい顔をしているルリの頭に手を置いて撫でた。
アキラ「言葉で無理に理解する必要はないさ。」
ルリ「………ん。」
アキラ「それじゃ一度戻ろうか。」
俺達は皆のいる部屋へと戻ることにした。




