第六十五話「キュウの本性」
闇は一瞬で晴れた。しかしその中心に居た者は別の者へと変貌していた。白い耳に眼鏡に隠された瞳は真っ赤だったはずのキュウの耳は真っ黒になっており、同じくその瞳も真っ黒になっていた。眼鏡はかけていたはずなのにどこへ行ったのかなくなっている。
ツノウ「あぁ!眼鏡が!降魔の眼鏡が!あれがなくなればキュウお姉さまを戻すことができません!」
降魔の眼鏡…。何か微妙に格好悪い。だがやはりあの眼鏡は玉兎の巫女には重要なアイテムだったようだ。同じ物を作ろうにもすでに現物は失われどんな魔法をかけていたのか解析していないため今の俺では復元不可能だ。
キュウ「うふっ。うふふっ。あははははっ!」
キュウの笑顔はさっきまでの優しい笑顔ではない。妖艶で酷薄なその笑みは見る者を凍て付かせる冷笑だ。
ラビ「ふん。その程度で………がっ!ぐわっ!ぐぇっ!」
まだラビが何かしゃべろうとしていた途中でキュウは駆け出しラビをぶん殴った。何の工夫もない。ただぶん殴るだけだ。それでもラビは対応できずに一方的に殴られ続けている。
キュウ「んふっ。あはっ!あはははっ!ねぇ!この程度なの?ねぇねぇ!あはははっ!」
キュウは完全に人が変わっている。最早ラビなど一撃で殺せるだけの力の差があるにも関わらず嗜虐性が高くわざと甚振っている。でもなぜだろう。その姿は美しく見える。返り血に染まるキュウの赤い化粧が美しく映える。
ラビ「~~~っ!〝獣化 纏〟!」
ラビが何か能力を使う。緑の獣力が薄い膜のようにラビの表面を覆う。するとキュウの攻撃でダメージを受けなくなったようだ。さっきまで打たれるたびに吹き飛ばされ血まみれになっていたラビがビクともしなくなった。
ラビ「図に乗るなよ売女がっ!〝獣化 断〟!」
ラビが手刀を振るうと一直線上の物が断ち切られた。観客席まで断ち切り大勢巻き込んだようだがキュウは特に防御もすることなくまともに食らう。しかし直撃したにも関わらずキュウの神力に阻まれ傷一つ負わせてはいなかった。
キュウ「あはっ!もうおしまい?」
キュウは自分の身を抱くようにしながらチロリと唇を舐める。その艶かしい姿に俺の方がドキッとしてしまう。
ラビ「馬鹿なっ!なぜだ!こんなこと………。」
キュウ「なんで玉兎の巫女が特別かラビちゃんなら知っていたんじゃないの?」
ラビ「―――ッ!」
ラビはキュウから目を離していないはずだった。それなのに気付いたら後ろからキュウに肩に手を乗せられている。自分はとんでもない化け物と戦っている。ようやくそのことに気付いたのだろうが最早手遅れだった。ラビにはもう助かる方法はない。後は相応の報いを受けて苦しんで死ぬしか道は残されてはいないだろう。
キュウ「月兎重加。」
キュウがラビの肩に乗せた手から何かの力を使う。
ラビ「あっ………。嘘だ………。うそだぁぁぁぁ!たすっ、助けて!助けてくれ!」
キュウ「バイバイ。」
キュウは妖艶で酷薄な笑みをラビに向けた。だがその顔は少しだけ興奮で赤く染まっている。徐々に何か見えないものに押し潰されて行くラビをキュウは次第に熱くなる視線で見つめ続けていた。
ラビ「ああぁぁぁぁあっ!ががががぁぁぁぁぁあああ!」
ラビは徐々に地面にめり込み肉も骨もブチブチと押し潰されぐちゃぐちゃになっていく。それを目の前の特等席で眺めているキュウの目はもう狂気に染まりその歪んだ口は壊れた笑い声を出し続けていた。
キュウ「うふっ。あはっ!あははははっ!うふふふふふっ!」
最後にプチュンと少し間の抜けた音がしたかと思ったらラビだったものは完全に圧縮され元がどのような姿であったのか一切わからない血溜まりのみになっていた。最後までそれを見届けたキュウは俺の元へと戻ってくる。
キュウ「どうですかアキラさん?こんな私は愛せませんか?」
キュウはやや狂気に染まった目を俺に向けながら俺の前に立ち抱き寄せた。今までファルクリアで見てきた中で最大の大きさを誇るキュウの巨大な胸に包まれる。
キュウ「うふっ。ねぇ?アキラさん?」
チロリと唇を舐める仕草が色っぽい。
アキラ「う~ん?別にいいんじゃないか?キュウはキュウだしこれはこれで色っぽい。」
キュウ・ツノウ「「………え?」」
アキラ「ん?何か驚くようなことがあったか?こういうキュウもありだと思うぞ?」
俺はキュウを抱き返す。
キュウ「ちょっ!本気なんですか?」
アキラ「なんで?本気だけど?何か問題あるか?」
キュウ「それは………。私の方はありませんけどぉ…。」
アキラ「お?ちょっと素のキュウが出てるぞ。俺はこの色っぽいキュウも好きだ。別に嗜虐性は問題ない。俺達も大概だからな。人の命なんて命とも思ってないし今までだっていっぱい殺してきたし。それに………キュウはキュウだ。どっちも本当のキュウなんだろう?」
キュウ「きゅう!きゅう!………アキラさん。アキラさぁぁぁん。」
キュウの耳と瞳の色が徐々に戻り始める。
ツノウ「ッ!玉兎封印!」
キュウ「きゅぅ………。」
ツノウが何かするとキュウの耳と瞳が完全に元に戻った。どこから出てきたのか眼鏡もかけている。
キュウ「アキラさぁん。本当にこんな私でもぉ、愛していただけるんですかぁ?」
アキラ「愛はこれからだろ?でも嫁候補として何の問題もないぞ。どちらも本当のキュウだ。俺はどちらも嫌いにはならない。」
キュウ「きゅうきゅう!」
キュウが俺を抱き締めてグリグリしてくる。ぶるんぶるんで気持ちいい。
狐神「いつまでやってんだいアキラ。」
おっと…。公衆の面前だった。観客席の奴らはまた静まり返ったままだ。ちょっと耳の良い奴ならさっきのやり取りは聞こえていただろう。尤も師匠の結界がなければだが。勢いでやばい情報までしゃべってしまうかもしれないと思ったのだろう。師匠が防音の結界を張ってくれている。何気に俺は防音の結界の内側に入ったのは初めてだ。いつもは俺が締め出される側だからな。
ティーガ「どいつもこいつも不甲斐ないのである。」
ティーガが声を発した。この防音の結界は外側の音は素通りできるようだ。なかなか便利だな。
アキラ「玉兎の巫女やラビのことは後でだな。」
キュウ「きゅう。」
ツノウ「………はい。」
狐神「じゃあ結界を解くよ。」
アキラ「はい。」
師匠が結界を解いた。これで俺達の声もティーガに聞こえるだろう。むしろ結界を張っている間俺達の声が急に聞こえなくなっておかしいと思わなかったのだろうか。まぁどうせもうすぐティーガは死ぬのだからどうでもいいか。
カルド枢機卿「良いでしょう………。次はこの私がお相手を致します。」
カルド枢機卿が出てくるようだ。となればこちらで出るのは………。
ミコ「私はヒロミちゃんやヒデオ君を巻き込んだ元凶である貴方を許しません。」
あまり怒らないミコもこいつは許せないようだ。ミコが闘技場の真ん中へと歩いていく。
カルド枢機卿「ふふふっ。私に一度でも攻撃したならばヒデオ=セカイの情報が何一つわからなくなりますよ?」
ミコ「え?ヒデオ君?」
カルド枢機卿「無抵抗のまま私に甚振られるのであればティーガ王にお願いして貴女の命までは取らないでおいてあげましょう。そして私に従うのならばヒデオ=セカイの情報を教えてあげます。どうです?簡単な取引でしょう?」
ミコ「えっと………。」
カルド枢機卿「大切な人なのでしょう?それではいきますよ。ハァァ!」
ミコ「えいっ。」
飛び掛ってきたカルド枢機卿の攻撃をかわし、その腕をミコが剣で切り落とした。
カルド枢機卿「ぎゃあぁぁぁぁ!私の腕が!神である私の腕がぁぁぁ!ただの人間如きに!こんなことがあるはずがない!いや、そもそもなぜ反撃してくるのですか!ヒデオ=セカイの情報がいらないのですか?」
ミコ「えっと………。ヒデオ君も大切ではあるけど私が傷ついたら私の一番大切な人が悲しむから。ヒデオ君とアキラ君ならアキラ君の方が大切だもん。」
カルド枢機卿「………。」
ミコ「………。えっと?」
カルド枢機卿は白目を剥きながら固まっている。ミコはどうしていいのかわからずオロオロしている。ちょっと可愛い。
カルド枢機卿「ふっ、ふふふっ。ヒデオ=セカイもとことん報われませんね。いいでしょう。小細工はなしです。本気でいきますよ!」
ミコ「えいっ。」
カルド枢機卿「ぎゃああぁぁぁ。ちょっ、ちょっとお待ちなさい。」
ミコ「え?どっ、どうしたんですか?」
再度飛び掛ったカルド枢機卿は今度は脇腹をばっさり斬られてのた打ち回っている。たまらずミコに手を向けてミコを止める。お人よしのミコはそれを見てついつい追撃を止めてしまう。
カルド枢機卿「こんな…、こんなはずはないでしょう?私は五聖全員を合わせたよりも強いのです。なぜ召喚されて間もないヒヨっこである貴女にこんなにいとも容易くしてやられているのですか?」
ミコ「えっと…、私の方が強いからじゃないでしょうか?」
ミコはカルドの問いに真面目に答えている。無視して斬れば良いものを…。でもそこがミコらしい。
カルド「そんなことがあるはずありません!」
ミコ「アキラ君風に言うと、『今目の前であり得ている』んじゃないですか?」
カルド「………きえええぇぇぇ!ファイヤーボール!」
ミコが真面目に考えて答えている間に隙をついたつもりのカルドが魔法を撃ち込む。
ミコ「ファイヤーボール。」
カルド「ぎゃああぁぁぁぁ!」
ミコが正面からファイヤーボールを撃ち返した。ミコの撃ち出したファイヤーボールに飲み込まれてカルドのファイヤーボールはかき消されミコのファイヤーボールがカルドに直撃する。全身を炎に巻かれて大火傷を負ったようだ。ミコが本気でファイヤーボールを撃てばカルドは一瞬で消し炭も残らず燃え尽きたはずだ。それどころか今まで何度もカルドを殺せたはずなのに致命傷にならないように手加減している。ミコもなんだかんだでカルドをわざと甚振っている。それだけ怒りが溜まっていたのだろう。
キュウ「アキラさんのぉ、お嫁さん達はぁ、もしかして物凄くお強い方ばかりなのではぁ?」
アキラ「そうだな。少なくともここにいる奴ら如きに負ける仲間は誰一人いない。」
キュウ「そうなのですねぇ。私もまだまだですねぇ。」
アキラ「キュウはこれから強くなるさ。」
キュウ「それはぁ、やっぱりぃ、アキラさんのお陰でということですよねぇ。」
アキラ「俺のお陰かどうかは知らないが俺の嫁は皆強い。」
キュウ「うふふ~。」
何が楽しいのかキュウはニコニコ笑いながら俺を後ろから抱き締める。俺の頭の上には巨大で柔らかいキュウの胸が乗っかっている。
狐神「ちょっとキュウ!それは私だけが出来る技だったのに!」
師匠がキュウと張り合おうとする。これは技だったのか………。まぁ確かに俺にとっては黒の魔神の必殺技より恐ろしい技ではあるな。
脱線しているのでミコの戦いに視線を戻す。その後暫くの間はミコがカルドの攻撃をことごとく倍返しし続けていた。
カルド「がああぁぁああぁ。この私がっ!三百年間生き続けてきたこの私がぁぁぁぁ!こんな小娘にぃ!………人神さまぁぁぁ!申し訳ありません!」
ミコ「………これで終わりにします。せめて最後は安らかに。ソウルバニッシュ。」
ミコの放った魔法の光に包まれたカルドの体からキラキラと光る何かが空へと舞い上がっていく。
カルド「あがががっ………。」
次第にカルドの表情は穏やかになり幸せな夢を見て眠っているかのような安らかな表情になり静かに体を横たえた。
これはミコが生み出した魔法だ。本当に魂を成仏させる類の魔法なのかはわからない。ただこの魔法は肉体を破壊することなく相手を死に至らしめる。そしてこの魔法を受けて死んだ者は今カルドがしているような穏やかな死に顔になるのだ。本当に魂が救われてこのような表情になるのか、はたまた何かの作用で顔の筋肉などがこのような表情になるように動くだけなのか真相はわからない。内側も含めて肉体はまるでダメージがないので精神か魂のような物を殺す魔法なのだろうとは思うがこちらの真相も不明のままだ。かけられるとなぜか死ぬ魔法、としか言えない。
ミコは最後に手を合わせてから礼をしてから戻ってきた。
ミコ「やっぱり私って酷い女の子なんだね。あんなことが平気で出来ちゃうんだ………。」
今までミコが敵を甚振ったことはない。殺し合いである以上やむを得ず相手を殺したことは何度もあるがあんな苦痛を与えて苦しませるようなことはしたことがない。にも関わらず今回初めてカルドを甚振っても自分の心が痛まなかったことに驚いているのだろう。
アキラ「俺のせいで悪い影響を受けたかな?」
俺はわざとおどけた調子でそう言った。
ミコ「くすっ。………ありがとうアキラ君。」
ミコはお礼を言いながらキュウから俺を引っぺがし抱き寄せた。
キュウ「あぁ~。どさくさにずるいですねぇ。」
ミコ「キュウさんはずっと抱いてたんだからいいじゃないですか。私だってアキラ君を抱き締めたいよ。」
キュウ「うふふ~。そうですねぇ~。では今はお譲りしますぅ~。」
なぜか俺のことなのに俺の意思は確認されず二人の間で勝手に決められてしまう。
ティーガ「本当にどいつもこいつも情けないのである。我輩が貴様らを皆殺しにしてやるのである。」
とうとう誰もいなくなった裸の王様が降りてくる。上に残っている子供は恐らく教皇だろう。もし本当に大樹の民が謳い文句通り弱肉強食に生きているのならティーガを倒した時点で俺達に手出しはしてこないはずだ。個人的に復讐や挑戦してくる者はいるだろうが大樹の民としての争いは終わるはずである。尤も本当に弱者が強者に従うのならばだが…。そして教皇の処分を決めれば聖教との戦争も終わる。このくだらない戦争も終わりが見えてくるはずだ。
ティーガ「そこの狼。まずは魔人族である貴様から血祭りに上げてやるのである。」
ティーガのご指名はジェイドだ。今までの奴に比べたら一番マシなチョイスではある。キュウの解放状態があれだけの力があったのだから俺達の中で親衛隊が一番弱い。ジェイドは親衛隊の中で一番強いのでその点は失敗ではあるが親衛隊を選ぶのは賢い。もしかして俺の嫁達を選ぶとやばいと野生の勘で危険を察知したのだろうか。
ジェイド「ようやく俺か。行ってくるよ。」
ジェイドは俺の前に立って報告してから闘技場の真ん中へと向かった。問題はジェイドがどうやってティーガを殺すかだな。最後の大一番だしここはそこそこ盛り上げるのがエンターテイナーだろう………。
ティーガ「がふっ………。」
ジェイド「俺の勝ちだな。」
とか言っている間に決着がついている。ジェイドの腕がティーガの胸から生えている。完全に心臓を貫いているな。もうティーガの目に光はない。死んでいる。一応この中でラスボスっぽかったはずなのに戦いの解説すらなく二行で終わってしまった。ジェイドは容赦がない。散々引っ張ったラスボスを二行だ。なんて奴だ。こうして戦いは終わった。
ミコ「アキラ君は何をまとめようとしてるのかな?かな?まだまだ終わりじゃないよ?」
ミコが俺の心を読んでくる。もういいじゃないか。これで終わりで…。
子供「うわぁ~ん。朕はカルドに言われた通りにしておっただけなのだ。」
カルド達が連れていた子供が泣きながらミコに飛びつこうとする。ミコが一瞬手を広げて抱きとめようとしたが………。
ティア「よかった。わたくしにも見せ場がありました。」
20cmほどの小型サイズになっているティアが子供に向けて水の精霊魔法を放ち水球の中に捕えた。
ミコ「………ティア。」
ミコがティアを見つめる。別に子供をいじめたから非難しているとかいうわけではない。そもそも観客席の上にいたはずの子供がミコに抱きつこうとこんな場所まで来ている時点でおかしいことに気付くだろう。
ミコ「出番があってよかったね。」
ミコは子供のことなど眼中になくティアに笑顔を向ける。この子供も神格を得ている。見た目通りの年齢ではないだろう。それにこっそりこんなところまでやってきてどさくさに紛れてミコに飛びかかろうとしていた。あれも子供が怖がって抱きつこうとしている振りをして攻撃するつもりだったのだ。ミコも最初の一瞬は反射的に子供を受け止めようとしてしまったがすぐに気付いて迎撃しようとしていた。ただそこにティアが割り込んで無理やり自分の出番を作ってしまったのだ。カルドを甚振って溜飲が下がったミコはティアに出番を譲ったのだ。
ミコ・ティア「「―――ッ!」」
ミコとティアが上から降ってくる殺気に気付いて飛びのく。
子供「ぎゃっ!」
ズドーンと大爆音を轟かせて上空から何者かが落ちてきた。大樹の上から飛び降りてきたようだ。ミコとティアを斬ろうとしたその攻撃は水に捕らわれていたおそらく教皇であろう子供の見た目の者を木っ端微塵にしてしまった。煙が晴れてその落ちてきた者が姿を現す。
額から左目を通って左頬まで続く大きな傷跡がある。緑の髪に短髪で茶色の瞳。茶色い毛並みの犬のような耳と尻尾がある。鋭い眼光に彫りの深い目鼻立ちである。身長は2mを越すであろう大男。幅も厚みも普通の物の数倍あり自身の身長ほどもありそうな大きな大剣を持っている。
観客席が再びざわつき始める。『獣神様だ。』『太刀の獣神様~!』『その者共を切り伏せ大樹の民をお守りください!』などと聞こえてくる。こいつが獣神の一人らしい。
しかし………、太刀の獣神?こいつが持っているのは大剣だ。どう考えても太刀ではない。
アキラ「なんで大剣を持っているのに太刀の獣神なんだ?」
太刀の獣神「………。」
無言を貫いてはいるが俺の言葉を聞いて太刀の獣神がビクリと震えた。もしかしてこいつ………。
アキラ「まさか太刀って大きい剣と勘違いして名前つけたとか言わないよな?」
太刀の獣神「………。」
さらに大きく揺れて動揺し、冷や汗を流しながら顔を逸らした。もしかして本当に?もし…、もし万が一だが…、本当に何か勘違いして名前をつけたのだとすれば………、一生の恥だ。最早訂正は出来ない。神の名付けの儀式はそれだけ重いものなのだ。もし誤魔化す方法があるとすればそれはこいつが武器を持ち替えて本当に太刀を使うようにするしかない。だが慣れ親しんだ武器からまったく別の武器に変えるのは大変だ。だからこいつも諦めて大剣を使っているのだろう。この武器から太刀に変えようと思ったら相当な訓練が必要なはずだから。
太刀の獣神「そこの魔人族の女。俺はお前を指名する。」
太刀の獣神はこれ以上この話題は続けたくないのかフランを指して決闘を続けようとしてきた。
フラン「私ですか?………どうしましょう?」
フランは俺を見てくる。
アキラ「もう決着はついただろう?それに盟約で神はそう簡単に手出し出来ないはずだ。盟約違反をする気か?」
太刀の獣神「盟約違反にはならない。お前達の方が先に神を使ってきた。俺はそれに応じて出てきたにすぎない。」
確かに師匠は神で先に使ったが自分が攻撃されたりした場合は対応してよかったはずだ。それに太刀の獣神は師匠じゃなくフランが神だと指差している。
アキラ「まぁいいか。フラン、相手してやったらどうだ?」
フラン「それは構いませんが………。一度撃ち出した魔法は寸止めが出来ません。うまく手加減できずに殺してしまっても怒らないでくださいね?」
アキラ「ああ。相手は近接戦闘タイプみたいだしフランはやりにくい相手だ。何かあっても仕方ないさ。」
フラン「そうですか。アキラさんがそう言われるのでしたら私がお相手させていただきます。」
フランが前に出る。もう俺達の誰もがフランが勝つと思っている。もしかすれば制限を緩めなくても勝てるんじゃないかとすら思っている。だが万が一があってはいけないので先にフランに告げておこう。
アキラ「フラン。危なければ制限を緩めても良いから怪我はするなよ。」
フラン「はい………。いえ、皆さんは制限を緩めることなく勝たれましたので私もこのままいきます。」
アキラ「いやいや………。敵の強さが違うだろう。皆の相手はただの雑魚だったけどフランの相手は曲り形にも神だ。」
フラン「そうですね。だから丁度良い練習になると思います。アキラさんと離れるのは嫌ですから死にはしません。」
フランは硬い意思を込めて言いながら俺を見つめる。もう何を言っても無駄だな。フランも一度言い出したら頑固だからな。
アキラ「わかった。無茶して怪我するなよ。」
フラン「はい!」
フランと太刀の獣神が向かい合う。距離が近い。一足飛びで太刀の獣神がフランに飛び掛る。
フラン「―ッ!」
能力制限をしている上に元々接近戦が得意じゃないフランだがぎりぎり太刀の獣神の攻撃をかわした。そのまま距離を取ろうとするが太刀の獣神がそうはさせじと肉薄する。
フラン「ッ!ッ!ッ!」
フランがなんとか捌くが太刀の獣神のほうが明らかに押している。
太刀の獣神「死ねっ!」
フランの身体能力の限界まで追い込み身をかわすことも出来ない状態になったところで大剣を大きく振りかぶって振り下ろす。絶体絶命のピンチかと思われたが…。
フラン「はぁっ!」
フランは金属で出来た細い棒状の杖で受け止めた。いやいやいや………、この絵面はあり得ないだろ………。能力制限は解いていない。太刀の獣神は第十階位程度の実力しかないが明らかに今の俺達の能力制限は越えている。仮に同格くらいに制限を緩めても身体能力向きの太刀の獣神と特殊能力向きのフランが力で激突すれば太刀の獣神が勝つはずだ。それなのに能力互角どころか制限で下回っているはずのフランが力で互角に渡り合う。
これにはトリックがある。あまりに異様な光景につい否定の言葉を出してしまうが答えは単純だ。フランは魔法を使っている。身体能力を向上させるパワーブーストという魔法。それから魔力を纏い身体能力に上乗せする方法。最後に俺がフランに贈ったあの杖の能力。あの杖は魔力を直接杖に込めればその魔力量に応じて物理攻撃力が増大するという能力を持っている。あんな細くて短い杖に見えるのにフランが制限を解いて魔力を込めればちょっと振っただけでこの世界ですら一刀両断に出来る威力を発揮するのだ。
絵面としてはあんな細い棒で太刀の獣神の大剣を受け止めているのだからあり得ないだろ!って叫びたくなる。だがそのあり得ないがあり得るだけの理由はちゃんとある。だがそれを知っているはずの俺でも突っ込みたくなるのだから知らない者ならばどうなるかはおわかりだろう。
太刀の獣神「馬鹿なっ!」
フラン「隙ありです。ウォーターニードル!」
フランが空中に水の針を作り出し撃ち出す。
太刀の獣神「チィ!この程度!」
太刀の獣神が大剣を振ってウォーターニードルを払い落とす。しかしこれで攻守が逆転した。
フラン「ファイヤーストーム!サンドニードル!ウィンドカッター!」
太刀の獣神「むっ!おっ!うぐっ!」
一度距離が離れるとフランは魔法を使い放題になった。次々魔法が撃ち出され魔力が尽きることもない。暫くフランが魔法を撃ち太刀の獣神が大剣で魔法を払い落とす攻防が続いたがついに幕切れの時がやってきた。
フラン「ファイヤーランス!」
太刀の獣神「はぁっ!」
フランが放った魔法を太刀の獣神が斬りおとしたところにフランの方から接近していた。フランは離れようとして太刀の獣神が近づこうとする。ずっとその構図だったはずのこの戦いで初めて太刀の獣神の考えていたことと別のことが起こった。一瞬何が起きたのか理解できなかった太刀の獣神の上にフランの杖が迫る。見た目はただの細い棒。だがその威力に上限はなく込められた魔力に比例する。太刀の獣神は大剣でその杖を受け止めたが体はそれに耐え切れず地面に叩きつけられさらにめり込まされた。
太刀の獣神「ぐはぁぁっ!」
地面にめり込んだ太刀の獣神は血を吐き出し動かなくなった。死んではいない。意識も失っていない。だがもう動けないほど消耗しダメージを負った。
太刀の獣神「………負けた。」
フラン「………やった。やった!勝ちましたよアキラさん!」
フランは能力制限を解除することなく、しかも苦手な接近戦で接近戦の専門家とも言えそうな太刀の獣神に勝利したのだった。
………
……
…
シルヴェストル「本当に………。本当にわしの出番がなかったのじゃ………。」
ブリレ「ボクも出番がなかったよ………。」
ハゼリ「そんなことはどうでも良いのです。ですが主様のご活躍が見られなかったのは残念です。」
他にも出番のなかった五龍将や親衛隊も同意してウンウンと頷いていた。




