第八話「守護獣」
悩ましげな表情の師匠。ポカンとしたように呆然と固まる狼。半径300mはあろうかという巨大クレーター。頭を抱えそうになる俺。三者三様だが思考を切り替える。クレーターについてはやってしまったものは仕方がない。あとで埋めて誤魔化そう。ミニオークも放っておけばいずれ村を襲っていただろう。これも始末したことはいい。残るは狼だ。
アキラ「さて…、この狼のようなものはどうしましょうか。」
そこでビクリと反応して我に返った狼は怯えたような威嚇するような唸りを上げながら後ずさる。
狐神「う~ん…。私にはわからないね。アキラの思った通りにしなよ。」
それを決めるにはこの狼が敵なのかどうかがわからなければ何も進まない。
アキラ「おい。お前村を守っていたのか?」
???「ぐるぅ!」
アキラ「何を言ってるかわからない。師匠、何かコミュニケーションを取る方法はないんですか?」
狐神「さてねぇ…。獣人族ならわかるかもしれないけど…。」
???「がうがうがう。」
アキラ「さっぱりわからん。とりあえずお前の名前はガウだ。」
がうがうと鳴くので安直にガウと名付ける。
ガウ「がう!」
勝手に名前を付けられて怒っているのか、名前を付けられて喜んでいるのかもわからない。
アキラ「変化の術で変身させたりできませんか?」
狐神「天才かい!」
アキラ「え?」
狐神「…え?」
どうやら今までそういう使い方はされなかったようだ。だが師匠が言うには理屈の上ではできるはずとのことなので物は試しとばかりにやってみる。俺は変化の術ができないので師匠がだが。
狐神「変化の術!」
ボフンッ!とでも音がしそうな煙が…出ない。失敗したようだ。
アキラ「やはり無理でしたか。」
狐神「いや…、この考え自体は間違えてないよ。」
そう言って師匠は落ちている石を拾い上げ変化の術をかける。すると石はお昼に食べたおにぎりとそっくりに変化した。
狐神「他の者や物に変化の術をかけることはできるはずさ。こんな風にね。だけどこの子にはかからないね。」
俺も変化の術ができない。何か同じ理由なのだろうか。何の気はなしに俺も狼に変化の術をかけてみる。
アキラ「変化の術。」
するとボフンッ!と狼から煙が出てみるみる姿が変化していく。
アキラ「あれ?」
ガウ「がうがう!」
俺は自分自身には変化の術は発動しないが他者にはかけられるらしい。銀色の狼のようだった魔獣は少女のような、いやもっと幼い、幼女のような姿へと変化した。
狐神「アキラはこういう子が好みなのかい?」
アキラ「師匠…、突っ込むのはそこですか?」
ガウ「ご~しゅ~じ~ん~な~の~」
少し青みがかった銀髪の全裸の幼女が俺に向かって満面の笑みで飛び込んでくる。咄嗟に俺は身をかわす。
ガウ「へぶっ!」
飛び込んできた幼女は目標を失い顔面から地面にダイブして動かなくなる。
狐神「ひどいねアキラ。それともそういう性癖かい?」
師匠がとんでもないことをいう。
アキラ「敵か味方かもわからないのに、いきなり飛び込んでこられたらかわすでしょう…。」
狐神「この子からはもう敵意は感じないよ。」
ガウ「がうがうっ!」
アキラ「ひとまず言葉はわかるようだから話を聞きましょう。」
ガバッと起き上がった幼女を眺めながらそう提案する。幼女は青みがかった銀髪で耳が出るほどのショートカットヘアーだ。背は俺よりさらに小さい。胸はぺったんこだが股間に息子さんがないことから女の子とわかる。目が大きくクリクリしてかわいらしい顔立ちだが口も少し大きめで牙が見える。
狐神「そうだね。あんた、名前は?」
ガウ「がうはご主人にがうって名前をもらったの。」
アキラ「ご主人って俺のことか?」
ガウ「そうなの。がうの力を解放できるのはご主人だけなの。」
狐神「力の解放?単なる変化の術じゃないってことかい?」
ガウ「がうは御山を守るように言われた一族のまつえーなの。」
アキラ「末裔…御山って…神山?」
ガウ「あの山なの。」
ガウの指差す方向は師匠の家の方角、つまり神山だ。
アキラ「一族の末裔ってことは他にも家族や仲間がいるのか?」
ガウ「みんなしんじゃったの…。がうが最後なの。」
アキラ「そうか…。それは…すまん。」
ガウ「いいの。がうはご主人に出会えたの。」
アキラ「どうして俺がそのご主人だと思う?」
ガウ「がうの一族はみんな力を封じられて御山を守るように言われてたの。いつの日かご主人が現れて力を解放してくれるの。ご主人はがうの力を解放してくれたからご主人なの。」
アキラ「師匠はどう思いますか?」
狐神「私の変化の術は効かなかったからね。アキラが何か関係ある可能性は高いと思うよ。」
アキラ「つまりこれは俺の変化の術の効果じゃなくて本来の姿?」
ガウ「そうなの。がうの本当の姿なの。」
よかった。俺が幼女趣味で無意識にこの姿にしたわけではないと証明された。
アキラ「なぜ力を封印されて神山を守ってるんだ?」
ガウ「がうにはわからないの。一族にそう伝わってるの。」
アキラ「ミニオークと戦ってたのは神山を守るためか?」
ガウ「…そうなの。みんなしんじゃったの。」
ガウの大きな瞳にみるみる涙が溜まってくる。だがガウはぐっとこらえて泣かない。
アキラ「これ以上聞けそうにないですね。もう戻りましょうか。」
狐神「この子は連れて行くのかい?」
アキラ「そうですね。放ってはおけないでしょう。師匠にはさらにご迷惑をおかけすることになりますがかまいませんか?」
狐神「迷惑なんてことはないよ。にぎやかになっていいじゃないか。アキラと二人っきりの時間が減るのは惜しいけどね。」
唇を舐めながら妖艶な笑みを向けてそう言われて俺の背筋にぞくりとしたものが駆け抜ける。この笑みをみていたらやばいと本能的に危険を感じてガウへと視線を移す。
アキラ「ガウ。俺達についてくるか?」
ガウ「がうはご主人と一緒に行くの。」
話はまとまった。結局詳しいことはわからなかったが一先ず村の脅威は取り除いただろう。そこまで考えてふと俺は自分のことについて考える。
アキラ(俺はこの世界に来てから随分変わった。)
たった数日しか経っていないはずなのに俺は変わった。師匠と一緒に暮らし、他人の頼みごとを聞いて、幼女を放っておけないからと連れて帰る。元の世界の俺だったら他人と一緒に暮らすなどあり得なかっただろう。村人の頼みも聞くことはなかったはずだ。幼女はさすがに放っておきはしないだろうが警察にでも預けてさようならだ。
この世界のことを何も知らず師匠の他に頼る人がいなかったからだろうか?その師匠が懇意にしている村の頼みだったからだろうか?この世界には警察などなくこの幼女の家族も仲間もいなくなってしまったからだろうか?
答えの出ない思考の迷路に入り込みそうになる。だがそこで思考を打ち切る。今は考えても仕方がない。今はやるべきことをやろう。差し当たって今すべきことはこの全裸の幼女をなんとかすることだ。裸のままというのはよろしくない。
ボックスに意識をつなげてガウに着せられそうな物を探す。ネグリジェのようなものがあったので取り出す。
アキラ「ガウ。一先ずこれを着ていろ。」
ガウ「がうっ!」
狐神「おや?これは…、昔アキラにあげたものだね。」
アキラ「そうだったんですか。すみません。他に良い物がなかったので…、ガウに着させますね。」
狐神「それはかまわないよ。結局アキラは一度も着てくれなかったしね。」
薄いピンクのひらひらしたネグリジェだ。俺が着ると胸元が大変なことになるだろう。ガウがスポッ!と音がしそうな勢いで頭から被る。丈は足まですっぽり覆うくらいでワンピースのように見えなくもない。とりあえず家に帰るまではこれでいいだろう。
ガウ「ご主人ありがとうなの!」
かわいらしい笑顔でお礼を言うガウが眩しい。これでガウの問題は解決だ。次はクレーターを何とかしよう。
クレーターの方へ歩いていき地面に手をつける。
アキラ「豊穣の術。」
豊穣の術は土を操作する術だが、元の世界でいうところの土魔法のようなものとは少し違う。所謂土壌改良のような術で本来は水捌けをよくしたり土を肥やしたりするものだ。土そのものを操ることはもちろんできるので土魔法のように攻撃することもできなくはないがあまり向いてはいない。もちろん妖術には土による攻撃に向いた術もあるので機会があればお披露目することになるだろう。
豊穣の術によってクレーターはみるみる埋まっていき平坦になった。
狐神「アキラ…。妖力を込めすぎだよ…。」
アキラ「え?俺また何か失敗しましたか?」
狐神「いや…失敗はしてないよ。ただこの土地が今後数百年は豊作の地になっただけさ。」
ベル「お~~い。大丈夫ですかの~?」
その時村の方からベルと数名の村人がこちらに向かってくるのが見えた。
狐神「どうしたんだい?そんなに慌てて。」
ベル「巨大な光の柱とものすごい大轟音が村にも届きましてな。何事かと駆けつけました。あれは女神様のお力でしたかな?」
狐神「あれはアキラがやったのさ。」
ベル「おお、アキラ様が。そうでしたか。」
狐神「村長、ベル村は自然と共にあり農耕はせず狩猟と採集だけで生活してるのは知ってるけどね。ここを耕してみないかい?」
ベル「ここを?森があったはずですがこれは一体…。」
クレーターは埋めたが森は消失したままなので広いスペースとなった周囲を村長が見渡す。
狐神「ちょっとした手違いでね。村への脅威と一緒に森も消し飛んでしまったけど、ここは数百年は豊穣の地になったよ。」
ベル「そうですか。女神様がそう言われるのであれば耕してみましょうかな。それで脅威とは一体なんだったのですかな?」
狐神「ミニオークの大群がいたのさ。それをこの子が守っていたんだよ。」
師匠がズイッとガウの背中を押し村長のほうへと押し出す。
ベル「この子供は?」
狐神「この子は守護獣のガウだよ。神山を守っていたのさ。見慣れない魔獣とはこの子のことだったんだよ。」
ベル「ふ~む…。しかし狼のような魔獣と聞いておりましたがの。」
狐神「ガウ。元の姿に戻れないのかい?」
ガウ「がうはこれが元の姿なの。狼のほうは変身した姿なの。」
ガウはガバッ!と音がしそうな勢いでネグリジェを脱いで光ったかと思うと銀狼の姿へと変身した。
ベル「おお、おお。まさにこの狼のことでしょうな。ですがわしも長らくこの村で生きてきましたがこのような守護獣がいたなど初めて聞きましたな。」
ガウ「がうがうがう。」
アキラ「ガウ。その姿のままじゃ何を言ってるかわからん。元の姿に戻るには俺の術が必要なのか?」
ガウ「がう!」
力の封印を解いたからということだろうか。ガウは再度光を放ち人の姿に戻った。自由自在に変身できるようだ。
ガウ「がうたちは人間にも見つからないように生きてきたの。だから誰も知らないの。」
いそいそとネグリジェを被りながらガウが答える。
ベル「そうでしたか。それでもう村には危険はないのですかな?」
狐神「この豊穣の地にはいわば魔除けのような効果もあるのさ。並の魔獣じゃ近づくことすらできないよ。」
ベル「それでは村もこちらに移したほうがよいですかな?」
狐神「それには及ばないよ。村までも効果があるさ。」
ベル「それはそれは。なんとお礼を申し上げてよいやら。ありがとうございます。女神様、アキラ様、ガウ様。」
いい年をしたじいさんが幼女にまで丁寧にお礼を言って頭を下げている。妙な光景だが悪い気はしない。
ベル「それでは村に戻って感謝の宴を。」
狐神「それには及ばないよ。ガウのこともあるから今日はもう帰るよ。」
ベル「そんな。それではあまりに申し訳が立ちません。」
狐神「この豊穣の地はあまりに力が強すぎる。放置しておけば大変な密林になるだろうね。だから今後この地をきちんと管理しておくれよ。礼はそれでいいよ。むしろ宴よりこの地の管理の方が大変だからね。」
ベル「そうですか。それでは宴は次に女神様たちが来られました折に開かせていただきますかな。この地のことは代々伝えていきますのでお任せください。」
狐神「それじゃあ今日はもううちに帰ろうか?」
師匠が俺とガウを見ながら声をかけてくる。
アキラ「そうですね。帰りましょう。」
ガウ「がうがうっ!」
こうして俺達三人は師匠の庵へと帰って行った。
余談ではあるがこの後この地はベル村によって耕され、収穫された作物は大変おいしく健康にも良いと評判になりベル村の名物として世界にその名を轟かせることになるのだがそれはまた別のお話。
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庵に帰ったらまずは恒例となりつつあるお風呂タイムだ。ガウは最初はお風呂を嫌がった。狼として野生動物のような生活をしていたのだ。お風呂に入る習慣はなかっただろう。頭を洗うのは嫌がり体を洗われるのはくすぐったがったが湯船に浸かるのは気持ちが良いようで今は大人しく俺に抱えられている。その俺は師匠に抱えられて三人縦に並んだような格好だ。
狐神「アキラを最初にお風呂に入れた時のことを思い出すねぇ。」
アキラ「え?俺も嫌がったんですか?」
狐神「そりゃあもう…、大人しくじっとしてたね。」
アキラ「それでどうして俺を最初に入れた時のことを思い出すんですか…。」
狐神「あっはっはっ。別に深い理由はないさ。」
ガウ「がうぅ」
はふぅとでも言うようにガウがまったりしている。
アキラ「…。そろそろ出ましょうか。」
お風呂から上がってガウを拭く。師匠が用意してくれた服を着せる。何という名前なのか正式名称は知らないがかぼちゃパンツだ。幼女のガウにかぼちゃパンツ。はまりすぎだ。師匠はどうしてこんな物を持っているのか…。その上からワンピースを着せる。先に着せていたネグリジェとは違う子供っぽいワンピースだが丈が短い。かぼちゃパンツが見えている。俺と師匠はいつもの浴衣を着て庵へと戻る。
次は夕飯だ。今日はもう調理は済ませてあるのでボックスから取り出す。メインは塩胡椒で焼いたステーキ。サラダの盛り合わせに…。
狐神「今日のお昼に食べたコロコロした肉も出しとくれよ。」
アキラ「から揚げですか?」
師匠に注文されてから揚げを出してみる。
狐神「そうそう。これだよ。ありがとう。」
アキラ「あまり肉ばっかり食べてたらだめですよ。」
何だかお母さんのような小言を言ってしまった。主夫になりつつあるのかもしれない…。クリームシチューもどきも作っておいたので出しておく。そして日本人ならはずせないお米も出す。
アキラ「いただきます。」
狐神「いただきます。」
ガウ「がうっ!」
ある意味予想通りではあったがガウにテーブルマナーはなかった。お皿の上のステーキに頭からかぶりつこうとする。フォークとスプーンのような物を用意して使わせたが地球の幼い子供と同じように手で握り締めてうまく使えているとはいえない。口の周りもべたべただ。
アキラ「ほら、ガウ。ちょっとじっとしなさい。」
ガウ「がうぅ」
ナプキンでガウの口の周りを拭いていると師匠がこちらを微笑ましそうに眺めていた。
アキラ「師匠?どうかしましたか?」
狐神「アキラはきっと良いお母さんになるねぇ。はやくアキラと私の子供が欲しくなったよ。」
さらっと恐ろしいことを言われた。良いお母さん?俺が?とんでもない…。
アキラ「いやいや。そもそも俺と師匠じゃ子供は出来ないでしょう?」
狐神「ふふふ。妖狐種は女しかいない。他種の男がいなかったら滅亡するだけだと思うかい?生物としてそんな危険を冒して何の方法も持っていないと?」
ぞくりとするほど妖艶な笑みで俺を見ている。だが言われてみればそうだ。女しかおらず他種の男がいなければ繁殖できないのは致命的だ。もしかして本当に女だけでも繁殖可能な方法が…。
アキラ「まさか本当に?」
狐神「ふふふ。さぁ、どうだろうね?確かめてみるかい?」
やばい…。師匠の変なスイッチが入ってしまったようだ。
ガウ「がうぅ」
ガウの声で視線をガウに移した師匠は妖艶な笑みが消えていつもの優しい笑顔になった。
アキラ(助かった…。)
その後は妖しい雰囲気にはならずに食事は進んだ。
狐神「ご馳走様でした。今日もとってもおいしかったよ。ありがとうアキラ。」
ガウ「がうがうっ!とってもおいしかったの。がうはこんなのはじめて食べたの。ありがとうご主人。」
アキラ「お粗末様でした。」
俺は後片付けをしてからボックスの中身を漁って食材や調味料の確認と明日の分の調理を開始した。作り置きもまだまだしておきたい。師匠とガウは居間で遊んでいる。
狐神「ご苦労様だね。アキラ。」
アキラ「師匠。ガウはどうしたんですか?」
狐神「疲れて眠ってしまったよ。」
台所から居間を覗いてみるとスヤスヤと眠るガウの姿が確認できた。なんだか本当に師匠と夫婦のようだ。だが俺は男なんだ。俺が夫ならともかく俺が妻というのは許容できない。
狐神「アキラはまだ起きてるのかい?」
アキラ「いえ、もう仕込みは終わったので今日はそろそろ寝ます。」
狐神「そうかい。それじゃあみんなで寝ようかね。」
師匠とガウと三人で並んで寝ることになった。普通なら子供が真ん中になりそうなものだが、俺が真ん中でガウと師匠にくっつかれている。二人に抱き枕にされながら異世界三日目の夜は更けていった。