第六十三話「素直になったティア」
すでに兎人種の集落に居つくようになって結構な日数が経過している。俺達はまだ旅を再開せずにここに留まっている。本当に長閑で落ち着くしずっとここで暮らすのも悪くないと思えてしまう。
よく昔話や伝説などで見せかけの楽園などに人を誘い込み堕落させる話がある。人間を堕落させることが目的であったりそのまま餌として食われてしまったりその手の話は枚挙に暇がないが俺も知らず知らずにその手に引っかかっているのではないかと疑ってしまうほどにここは地上の楽園のようだった。そう。まさに地上の楽園だ。神山の師匠の庵を下界とは隔絶された天上の楽園だとすればここは地上の恵みの中にありながら地上の喧騒から切り離された地上の楽園だ。
そしてこの柔らかくてすべすべなキュウの膝枕。これがあれば俺は一日中寝て過ごせる自信がある。触ってるだけで気持ちいい。
キュウ「アキラさぁん。くすぐったいですよぅ。」
俺がキュウの膝枕を撫で回しているとくすぐったそうにプルプルと震えていた。ここは本当に楽園だ。ずっとここで暮らすのも悪くない。
だが俺は別に堕落してここでこうやってだらだらと過ごしているわけじゃない。もちろんやるべきことはしているし意味と目的があってここに滞在している。
まずは親衛隊の強化だ。南大陸は獣人族の勢力圏であり魔人族と敵対し人神に協力している大樹の民がその大半を勢力下に収めている。魔人族を平然と受け入れている兎人種の方こそが例外中の例外であり基本的にはどこにいっても魔人族は敵と看做されるだろう。俺が望んで配下に加えたわけではないとはいえ俺も叙任式を行いこいつらを受け入れたことになっている。配下が主のために命を賭して務めを果たすのは当然だが主もまた配下を守りその力を遺憾なく発揮させるのが務めだ。ここで勘違いして配下は主のために死んで当たり前、だが自分は配下のために何もしない。という奴はただの愚王になる。王と配下であろうと国と国民であろうと義務と責任は双方にあるものだ。これは王だけでなく国民側もまた義務を果たさず権利だけもらって当たり前と思っている愚か者には碌な未来はない。
少し話が逸れているので元に戻す。ともかく俺は親衛隊の主としての責任を果たさなければならない。もちろん個人的に死なれたら寝覚めが悪いということもある。親衛隊が生きるか死ぬかは結局こいつらの運と実力次第だが最初から死ぬのがわかっていて放っておいて死なせたのと、最大限の努力はしたが結果的に死んだのとでは意味が違う。俺がすべきことは最大限死なないように努力させることだ。それでも結果的に死んでしまったのだとすればそれはもうどうしようもない。運が悪かったとか運命だったとか実力が足りなかったと思うしかない。周り中敵だらけの南大陸で生き残れるだけの力を持たせようと思ったらかなりの実力差が必要だろう。だからちょっと長めにここに滞在して十分な訓練と実力をつけさせていたのだ。
そしてこの集落のこと。キュウは俺に付いて来ると言って憚らない。俺もキュウが望むのなら叶えてやりたい。もちろん俺とキュウはまだ清い交際でまずはお互いを知り合おうという段階だ。当然だがキュウをここに置いて俺が出て行けばお互い知り合うことも愛を深めることも出来ない。だから俺としても連れていきたい。そこで当然の問題として出てくるのがこの集落に玉兎の巫女がいなくなってしまうことだ。兎人種がこれまで大樹の民に虐げられずに乗り越えてこられたのは玉兎の巫女のお陰だそうだ。その巫女を連れ去ってしまってはこの集落がどうなるかわからない。だからそのアフターケアもしなければならない。
それでは一体どうすれば良いのか。これは俺も結構悩んだ。例えば集落周辺に俺が結界を張って敵対者が入れないようにするとか村人に力を与えて自衛させるとかゴーレムなり配下なり守護者を置いていくだとか色々と手はある。だがどれもしっくりこない。そこでキュウも含めて皆に相談してみた結果出た答えが玉兎の巫女を次の代に引き継いで旅立つというものだった。キュウは玉兎の巫女としての力を失うそうだが別に俺達にとって不都合はない。それで次代の巫女がこの村を今まで通り守ってくれるのならそれが一番良いだろう。何しろ無関係の俺にいきなり守られるような何かをされても信用も出来ないかもしれないし受け入れられるかもわからない。だがこれまで村を守ってきた巫女が代替わりしただけなら村人はすんなり受け入れるだろう。
この方法の問題点は『じゃあ今日から巫女を譲りますんで!』と言って終わりじゃないということだ。人間達の王のように本人達が勝手に名乗っているだけならば今日から俺が王だ!明日から息子が王だ!と宣言すればそれでいいだろう。だが玉兎の巫女は何らかの力を引き継がなければならないらしい。だから準備だの儀式だのと色々と手間と時間がかかる。もちろんこれまでも巫女が急逝したことはあるだろうしそういう場合にすぐに済ませられる方法もあるはずではある。だがキュウも次代の巫女も健康で万全なのに略式で済ませるわけにはいかない。こちらの我侭でこのような事態になっている以上は相手の手続きや儀式を尊重するべきだろう。
この巫女の代替わりの儀式を済ませるまでは俺達は旅立てないというわけだ。ちなみに次代の巫女は前にも言った通りキュウの従妹で前から次代の巫女に選ばれていたツノウという娘だ。まだかなり幼く十代前半くらいに見える。うさ耳はキュウと一緒で真っ白だ。キュウの母親も叔母も皆この家系は真っ白らしい。十代前半ではまだ巫女として早いかというとそうでもない。ほとんどの巫女が十代前半から三十代前半までの間なのだ。獣人は人間より肉体的に強いので医療が現代より遥かに劣るこの世界でも四十代でも割と子供が産めるらしい。だから三十代前半くらいまで巫女を続けて引退してから年の離れた女児を二人くらい産むそうだ。
俺が現れなければキュウはまだ当分巫女を続けていただろう。だから三玉家の考えていた予定通りに進んでいればツノウが巫女になるのはもっと後であったはずだし巫女になってもそう遠くないうちにキュウの妹が十代そこそこになってすぐに巫女を引退することになっていただろう。その予定が大幅に狂うことになったのだから三玉家も対応に苦慮するのはやむを得ない。儀式の準備以外にも三玉家の会議など色々と決定するまでに時間がかかってしまったことについては俺達は文句を言えないだろう。
その他にも仲間が増えたことで食料の消費が増えている。食材集めや作り置きを貯めるためや、ゆっくりキュウから料理を習うためなど細かい理由もいくつかある。
そして最大の理由。………ティアとシルヴェストルは相変わらずまだ俺と心が繋がらずルリが増えて間もなしにキュウまで増えた。だからと言って新しい嫁ばかりに構っているわけにはいかない。俺は師匠だってミコだってフランだって愛している。だから家族サービスに追われているのだ。自業自得、身から出た錆とはいえこれがまた結構ハードなのだ。
フラン「アキラさん。今日は私ですよ。」
キュウの膝枕で休んでいる俺のところにフランがやってきた。今日はフランの相手をする日だ。
アキラ「ああ。わかってるよ。」
俺は起き上がりフランを連れて外に出る。簡単に言えばただのデートだ。昨日はミコと湖にデートに行ったし一昨日は師匠と岬までデートに出かけた。今日はフランの日だ。ただティアとシルヴェストルが勝ち取った権利と違って完全な二人っきりではない。五龍将やバフォーメは俺から離れたがらないので一緒だし他の嫁が一緒になることもある。特にガウなどは俺とデートしない代わりに一緒に遊んだり修行したりする。その時に重なることもあるので師匠達の希望通りのデートが出来るとは限らないのだ。それでも師匠もミコもフランも満足そうな笑顔で笑いかけてくれるので俺としても楽しい。フランは森の動植物を観察したいと言って二人で森の中を見て周った。特に何かするわけでもない穏やかな時間を共にすごすだけのデートだが俺もフランも大満足のデートだった。
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さらに数日が経った。ティア、シルヴェストル、ルリともデートを重ねて今日はキュウの日のはずだったのだが運が悪くというか珍しくツノウが集落のキュウの家に来ていた。巫女交代の儀式が近いこともあって最近は時々ツノウがやってくるがちょうどキュウのデートの日に当たってしまったのは運が悪いとしか言えない。キュウと引き継ぎのことなどで話をしている。まだ十代前半なのにしっかりしている。感心してみていると目が合った。だがすぐにプイッと視線を外されてしまった。俺はあまり歓迎されていないようだ。それはそうか。俺のせいでまだ継ぐはずではなかった巫女を無理やり継がさせられることになったのだし従姉を連れ去ってしまう悪い奴と受け取られてもおかしくはない。
と思っていたがキュウが言うにはそうでもないらしい。
キュウ「ツノウちゃんはぁ、アキラさんのことを~、そんな風には思ってませんよぉ?」
アキラ「そうなのか?」
キュウ「はぃ~。ツノウちゃんはぁ、人見知りな上にぃ、憧れのアキラ=クコサト様がぁ~、側におられるので緊張しているだけですぅ。」
アキラ「………おい。もしかして代々玉兎の巫女がアキラ=クコサトを待ってたっていうのはそういう教育を子供の時からしてるからじゃないだろうな?」
キュウ「それはぁ~………。どうなんでしょぅ?」
キュウからどういう風にアキラ=クコサトについて教育されているのか聞いてみた。やはりというかアキラへの異常とも言える憧れの原因はそこにあった。サキムに見せられた書物のようなものを見せられて洗脳のようにいかにアキラが格好良いかとか凄いかとかあることないこと吹き込まれて育つようだ。
闇に溶け込む黒いドレスに黒い髪。その闇の中で一際映える金の毛並の耳と九本の尻尾。金の瞳が全てを見通し腕の一振りで山を砕き、地を蹴れば海が割れる云々みたいな感じだ。………ん?でも割と間違ってないな。俺の記憶では兎人種には俺の力は見せたことがないはずだがなぜか俺の力を知っているようだ。
アキラ「俺って兎人種の前で力を見せたことがあるのか?」
キュウ「力ってなんですかぁ?この語りはご先祖様の創作ですよぉ?」
アキラ「………そうなのか。」
オーバーに作ったつもりだったのかもしれないがあながち間違いじゃなかったってオチなわけか。でもキュウが創作だと言うということは皆創作と割り切って御伽噺みたいなつもりで聞いているだけなのか。
キュウ「ツノウちゃんはぁ、いつかアキラさんがぁ、海を割るところを見てみたっていってましたぁ。」
アキラ「え?創作と割り切って御伽噺みたいに聞いてるんじゃないのか?」
キュウ「それはぁ、私がそう思ってるだけでぇ、他の人は信じていると思いますぅ。」
アキラ「そうなのか。」
キュウ「はぃ~。そうなのですぅ。」
どうやら信じているらしい。だから余計にアキラに変な憧れを持ったりするんだな。まぁ海くらい割れるけど………。
アキラ「あれ?でもキュウはそういう伝承とか信じてないならなんで俺に?」
キュウ「私はぁ………、伝承のアキラ様じゃなくってぇ~…、アキラさんのことがぁ、好きなんですぅ。」
赤くなってモジモジしながらそんなことを言うキュウ。あぁ、可愛いなちくしょう。
アキラ「ああ、キュウ可愛すぎっ!」
キュウ「きゅぅ。」
俺は我慢できずにキュウを抱き締めた。キュウは俺の胸で小さくなりながら啼いていた。その啼き方も可愛いなちくしょう!
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ルリと集落の外を歩いていると親衛隊の訓練に出くわした。まぁ気配でいるのはわかっていたが………。俺達が親衛隊から逃げなければならない理由はないし視察も兼ねてそのまま向かうことにしたのだ。
ルリ「………まだまだ弱い。」
ルリが率直に辛辣な意見を述べた。確かに俺達から比べたら弱い。そもそも同じ成長率で成長したとしても元々の差があれば追いつくことはないのだ。それなのにルリなどは俺と魂の繋がりもある以上こいつらより成長が早い。差が開くことはあれど縮まることなどない。
だがこいつらはルリが厳しく言うほど弱くはない。すでに下位の六将軍より強いのだ。こいつらに勝てる魔人族はマンモン達上位の六将軍とジェイドくらいだろう。そのマンモンもあまり時間が経ちすぎればこいつらに負けることになる。普通に考えたら一国の最高戦力を上回るくらいの部隊に成長しているのだから弱いはずはない。
コンヂ「おっと!見縊ってもらったら困るっすルリ様。俺っちだって成長してるっすよ!」
あ~あ…。馬鹿が地雷を踏み抜きやがった………。
ルリ「………。」
ルリは俺の腕を離して腰の剣を抜きながら親衛隊の前に立った。ルリから立ち昇る闘気のようなものがピリピリと肌に痛い。その闘気を浴びせられただけで親衛隊の隊員は顔が歪み汗が吹き出る。
ルリ「………全員でおいで。」
ルリの言葉に他の隊員達もビクリと肩を震わせた。ルリの視線はジェイドにも向いている…っぽい。ジェイドも固まっている。親衛隊で一番強いとはいえジェイドもマンモンとそう大差ない。今のルリとでは格が違いすぎる。
この後数時間に渡って親衛隊の地獄の時間が続いた。ルリがひたすら実戦形式で親衛隊をしごき続けたからだ。ルリは前よりも感情豊かに戻りつつあるしものの分別もつくようになってきた。仲間を殺してしまうようなことは絶対にないしちゃんと手加減して訓練になるようにしごいている。ただいじめていたわけでは断じてない。それぞれの得意不得意を伸ばす特訓になっている。
だが容赦はない。本当に限界ギリギリを見極めてそこまで追い込むのだ。特訓としては効果は抜群かもしれない。ただし肉体的精神的には厳しい。辛くてやめたくなるだろう。だがもし万が一親衛隊が手を抜けば即座に死にかねない。ルリは確かにわざと仲間を殺したりいじめたりはしない。だが機械的とも言えるほど淡々と冷徹に鍛えるのだ。油断や手抜きをしようものならたちまち死んでしまいかねない限界ギリギリで…。
確かにこの数時間で得た経験はすばらしいものだろう。たったこれだけの時間で確実にレベルアップしていること間違いなしだ。だが俺ならこんな特訓はやりたくない………。それをどっかの馬鹿がルリをその気にさせてしまった。その馬鹿はきっと後で親衛隊全員からさらなる折檻が待ち受けているだろう。口は災いの元だったな。ご愁傷様。
ルリ「………ん。今日は終わり。」
ルリの言葉を聞いて親衛隊にホッとした空気が一瞬流れた。そう。一瞬だけ。
ケンテン「………え?『今日は』?」
リカ「………まさかまた明日も?」
親衛隊員達は青褪めた顔でルリを見る。ルリの表情は変わらない。どこを見ているのか若干視線が合わないまま虚空を見つめている。ルリの態度に不安になったのか親衛隊員達は俺に救いを求めて視線を向けてくる。
ルリ「………明日は無理。」
それを聞いてまた一瞬ホッとする。だが明日が無理でも明後日は?という不安が出てくる言い方だ。
ルリ「………今度また特訓させる。」
親衛隊「「「「「ひぃっ!」」」」」
今度というのがいつかはわからないがルリがまたやると宣言した以上は本当にまたいつかやらされるのだろう。親衛隊員達の苦難はまだまだ終わりではなかったようだ。
アキラ「ほどほどにな?」
あまりに哀れなので一応助け舟を出しておく。効果があるかどうかはわからないが………。
ルリ「………ん。あっくんの足手まといにならないくらいにはする。」
どうやら逆効果だったようだ。すまん。頑張ってくれ。
親衛隊「「「「「………。」」」」」
親衛隊員達は真っ白に燃え尽きていた。
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親衛隊から離れた俺達は腰掛けるのに丁度良さそうな石に二人で並んで座った。ルリの頭をそっと撫でる。
ルリ「………ん。」
頭を撫でるとルリも俺に甘えてくる。親衛隊にとっては大変な目にあった出来事だっただろうがルリはルリなりに俺や親衛隊のために良かれと思ってやったのだ。それに結果としてはきちんと鍛えている。だから俺はルリを褒めてやる。悪いことをしたら叱る。良いことをしたら褒める。そういうことの積み重ねでルリは徐々に普通の感情やものの分別を取り戻しているのだ。尤もルリを叱ることなんてほとんどないが…。
アキラ「俺や親衛隊のために特訓をつけたのは良いことだ。でも彼らも疲れる。ルリと同じだけ動けるわけじゃないんだ。あまりぎりぎりまで無理させたら怪我にも繋がる。その辺りの加減はもっとしてあげたほうがいいぞ。」
ルリ「………ごめんなさい。」
アキラ「ああぁぁ。違うぞ!別に怒ってないからな?ただもうちょっと相手のことも考えてあげれるようになったらルリはもっと素敵な子になる。そう言っただけなんだよ。」
ルリ「………そしたらあっくんはルリのこともっと好きになってくれる?」
アキラ「ああ。なるよ。今でもこれ以上ないくらい好きだけどもっともっと好きになるよ。」
俺はルリを抱き寄せる。ルリは俺にされるがままになっている。
ルリ「………ん。頑張る。」
アキラ「ルリも無理しちゃ駄目だぞ?」
ルリ「………ん。」
こうして暫く二人で抱き締め合っていた。
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ある日キュウの家のリビングで寛いでいる俺の耳に不穏な会話が入ってきた。これはキュウの家にある客間でされている会話だ。
ティア「アキラ様とまるで関係が進展しないのです…。一体どうすれば………。」
ウンディーネ「成長は続いているのでしょう?それならば婿殿はティアを愛しているということです。」
ティア「それはそうなのですが………。」
スイ「まどろっこしいわね!ばーんと押し倒しちゃったらいいのよ!」
ウンディーネまでいる。スイと三人で秘密の会話をしている。でもちょっと待って欲しい。俺はちゃんと耳が良いからこそこそ秘密の会話をしても普通の方法では聞こえてしまうと教えてあったはずだ。師匠がいる時に師匠が俺に聞かせられない会話だと思ったら防音の結界を張るから問題ない。だがそれ以外の者は別の方法で俺に会話が聞こえないようにしなければならないと何度も説明してきた。実際ティアが時々どこかへ出かけていたのは今しているように秘密の会話を誰かとしたい時に空間移動でどこか遠くへ行って話していたからだろう。まぁ単純にウンディーネに会いに行っていただけの可能性もあるが…。
ともかく今まではこんなことはなかった。それなのに今回は俺の噂を俺の聞こえる場所でしているのはわざとなのだろうか?それとも何か事情があったりうっかりしたのだろうか?
それからスイ。お前は無茶を言うな。俺がティアを押し潰してしまう危険はあってもティアが俺を押し倒すなんてできるわけがない。
ウンディーネ「それも手ですね。さすがは水の精霊神様です。」
おい………。正気かウンディーネ?
スイ「でしょ?私とウンディーネで抑えてる間にティアに襲わせようか?」
ティア「わたくしのほうから迫るなんてはしたなくないでしょうか?」
スイ「だいじょぶだいじょぶ。私だってそうやって迫って子供作ったんだから。」
そういえばスイはあれでも遥か昔に子供を産んだ経験もあるんだったな。とても信じられないが…。その方法が力ずくで迫ったのだと知った今ではちょっと納得できてしまった。
その後も三人であーでもないこーでもないと作戦を練っていたが結局何か決まるわけでもなく時間だけが過ぎウンディーネは帰って行ったようだった。あるいは最初から決めるつもりなどなくああやって話すのが目的だったのかもしれない。女というのはおしゃべりが好きらしいからな。そういえば俺の嫁達はあまりそういうところがないが俺の知らないところで今日の三人のように益体もない話に花を咲かせているのだろうか?
そんなことを考えながらリビングから俺が借りている個室へと向かった。俺は国を離れているとは言え火の精霊王であることに変わりはないので書類仕事などがある。そのためキュウに個室を借りているのだ。そこにティアが入ってきた。
ティア「あのぅ…アキラ様。」
アキラ「………ん~?どうした?」
俺が書類とにらめっこしているとティアがスススッと俺の側まで飛んできてぴったりくっつく。
ティア「わたくしはアキラ様と一緒にいて良いのでしょうか?」
ティアは俺と心が繋がらないことを不安に思っているようだ。
アキラ「…ふぅ。なぁティア。俺が嫌いな奴をどうするような奴かよく知ってるよな?」
ティア「それは………。」
アキラ「俺は敵対者に容赦しない。そして俺は自分の愛する者達は絶対に守る。俺はティアにどうしてきた?俺のこれまでの行いはティアに信じてもらえるようなものではなかったか?」
ティア「………。」
ティアは頭が取れるのではないかと思うくらいすごい勢いで左右に振っている。
ティア「アキラ様はわたくしに愛を注いでくださっています。それはわかっているのです。ですが………。」
でも心は繋がっていない…か。
アキラ「まっ…、これだけ嫁をたくさん娶って浮気三昧だからな。ティアが不安になるのは俺のせいか。」
ティア「あっ!ちがっ、違います!決してそういうつもりでは!わたくしに不満はありません。」
アキラ「本当にごめんな。ティアだって辛いよな。でも俺にもどうすれば心が繋がるかわからないんだ。」
俺はそっとティアを撫でる。
ティア「ちっ、違うのです!わたくしが意地っ張りだから!アキラ様のせいじゃありません!わたくしがアキラ様を愛しているのに意地を張っているのがいけないのです!」
アキラ「あっ………。」
ティア「………ぇ?」
繋がった。ティアが言うようにティアが素直になったから繋がったのだろうか?それともティアの言葉を聞いて俺がティアを完全に受け入れたいと思ったから繋がったのだろうか?ともかくこの瞬間確かに二人の心は繋がった。
そこまではいい。今までと一緒だ。精霊族の二人だけが繋がらないので精霊族とは繋がらないのかなんて不安まであったがそんなことはないのだと証明された。問題なのはそこからだ。俺の前に飛んできていたティアは俺と心が繋がった瞬間みるみる大きくなっていった。執務机と椅子の間で大きくなったティアは俺の膝の上に座っている状態になった。大きさは普通の人間と変わらない。ウンディーネより少し小さいくらいだがそれは年齢のせいかもしれない。服は師匠お手製の不思議仕様なので破れずティアに合わせて大きくなったようだ。
………いやいや。え~~~。何これ………?
ティア「やっ、やりました!アキラ様っ!」
ティアが俺に抱き付いて来る。俺の膝の上に跨って座っている状態のティアが俺を抱き寄せれば当然俺の頭はティアの胸に押し付けられるわけで………。これはなかなか………。ティアも侮れませんな。
シルヴェストル「なにごとじゃ?」
シルヴェストルが異変を察知して部屋に入ってくる。それに続いてぞろぞろと嫁達がやってきた。
シルヴェストル「まさか………。そんな………。これで残るはわしだけなのじゃ………。」
アキラ「待て。シルヴェストル。落ち着け。」
俺とティアが繋がったと察したシルヴェストルはこの世の終わりのような顔になった。その後シルヴェストルを慰めるのに随分時間を要したことは言うまでもない。
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なんとかシルヴェストルを慰めてから話を聞く。
アキラ「まず確認したいのは何でティアはこんなに大きくなったんだ?」
それが一番の疑問だろう。ミコやフランも気になるようで頷いている。
ティア「我が家系の者は愛情を注がれるほど大きく育つのです。精霊神様やお母様が大きいのはご存知でしょう?」
アキラ「ふむ………。」
確かにスイやウンディーネは人間大の大きさだ。ティアだけが小さいのがむしろ不思議だった。だが愛を注がれた分だけ育つってなんだ………。それじゃもっと愛を注げばもっと大きくなるのか?
ティア「おそらく疑問に思っておられると思いますので聞かれる前にお答えしますがこれ以上は大きくなりませんよ?」
どうやら読まれていたらしい。軽くティアの話を纏めてみる。愛を注がれた分だけ育つというのは語弊があるようだ。以前に言った通り精霊族は性別がある種とない種がある上に性別があっても基本的に子供を作らないことが普通だ。だがティアの家系は直接子供を産んで育てる。ここで出てくるのが相手をどうするかという問題だ。水の精霊種は基本的に女性しかいない。同種からは夫を迎え入れることはできないということだ。そして他の精霊も難しい。となれば精霊族以外の相手を探すのが筋となる。そこで問題となるのが体の大きさの違いだ。水の精霊種は小さい。他種族の夫を迎えようにも体の大きさが違いすぎて子供など作れない。
そこでとんでも進化を果たしたのがこの家系だ。愛し合う相手の愛を受ければ受けるほどその相手に見合うだけの大きさに育つというのだ。そのお陰でお互いの愛が一定以上になれば相手と同じ大きさになり子供を作ることが出来るようになる。また他種族であっても本当に受け入れてくれているのか相手の愛を計ることもできて一石二鳥なのだ。だからスイやウンディーネが大きいのもそれは夫となった相手の愛の大きさなのだろう。
ともかく心が繋がったことで俺の愛が一気に流れ込みこの大きさまで成長したということらしい。
アキラ「これはこれで触れ合えて良いんだけどあの小さくて可愛かったティアはもう見れないのかと思うと少し残念だな。」
ティア「え?あの…、可愛いなんて恥ずかしいですアキラ様。………それと言い難いのですが、えいっ!」
ポンッとコミカルな音がしそうな感じでティアが一瞬にして小さくなった。それも前より明らかに小さい。今回大きくなる直前にはティアはすでに俺の胸元に入るにはきつい大きさだった。それが最初に見た時よりもさらに小さい普通の水の精くらいの大きさになっている。
ティア「このように基本の大きさにはいつでもなれるのです。」
どうやらこのサイズが基本サイズらしい。最初に会った時から普通の水の精より大きかったのはウンディーネの愛を注がれていたからだそうだ。もちろん異性としての愛ではないのだが親子の愛でも多少の影響を受けて大きくなってしまうらしい。その途中の中途半端なサイズの時は大きさを変える能力はないそうだ。だが今のように最大値まで大きくなるとこの基本サイズに変身はできるようになるらしい。そういえばスイも何段階か大きさを変えている。スイは水の精霊神だから特別だそうだ。ティアもそのうち出来るようになる可能性はあるらしい。
狐神「まぁよかったじゃないかい。おめでとうティア。」
ミコ「よかったねティア。」
フラン「ティアおめでとうございます。」
ミコとフランは自分のことのようにうれしそうだ。
ルリ「………もう少し後でもよかったのに。………おめでと。」
ルリはもう少し俺を独占したかったらしい。
ガウ「がうがう。」
ガウはやっぱりいつも通りだ。理解しているのだろうか?いや、ガウは賢い。理解はしているはずだ。ただこういう時にどう言えば良いのかわからないのかもしれない。挨拶、会話、スピーチなどはどれだけ賢くても経験がなければうまく出来ない。ガウはまだ幼くて経験が足りないのではないだろうか。
シルヴェストル「ティア。おめでとうなのじゃ。」
シルヴェストルは小さくなったティアを抱き寄せて頭を撫でている。
ティア「シルヴェストル様。ごめんなさい。わたくしだけ先にこのような………。」
シルヴェストル「良いのじゃ。ティアが気にすることはない。むしろ精霊族でもアキラと繋がることが証明されたのじゃ。喜ばしいことではないかの?」
ティア「シルヴェストル様っ!」
ティアはぎゅっとシルヴェストルに抱きつく。シルヴェストルはそれを慈しみの顔で受け止める。
狐神「アキラがシルヴェストルとも繋がれば良いだけのことだからね。悲しませたくないなら甲斐性を見せてご覧よ。」
師匠にチクリと言われてしまった。だがそれはその通りだ。俺がシルヴェストルと繋がれば全ては解決する。
シルヴェストル「わしは焦っておらんのじゃ。わしらはわしらの速さで歩めばよい。のう?アキラ。」
シルヴェストルは決して強がりではない笑顔で俺に笑いかけてくれた。
そこへ一人の少女が駆け込んで来た。
ツノウ「大変です!キュウお姉さま!」
兎人種の集落に風雲急を告げていた。




