閑話⑮「それぞれの想い」
もうすぐアキラと一緒にいられる時間も終わってしまう。わかっている。俺はガルハラ帝国に戻ってやらなければならないことがまだまだある。それを放り出してアキラに付いて行くと言ってもアキラは首を縦には振らない。だから俺はなるべく悲しさや寂しさを見せないように振舞う。わざと馬鹿なことを言ったりアキラを困らせるようなことをしたりして平気そうな顔をする。北回廊を渡った時だってそんなに時間をかけずにあっさり帰ってきたんだ。今度もきっとすぐに帰ってくる。………それでも辛い。離れたくない。俺はいつのまにアキラのことをこんなに愛しているようになったのだろうか。もちろん出会った瞬間から俺の心はアキラに奪われてはいたのだが………。
そういえば北回廊から戻ってきたアキラは前とは随分変わっていた。もちろん見た目は相変わらず可愛くて美しくて全てにおいて完璧な素晴らしい女性だが見た目のことじゃない。なんというか前までも軽く殴られるようなことは度々あった。でもそれはやっぱりどこか遠慮してる扱いだった。でも今では普通に俺が死にそうなくらいの攻撃が飛んでくる。もちろんそれは笑っていられない事態だがアキラが俺に心を開いてくれているからこそこれだけ親しく接してくれているのだろうと思う。そうか。つまり変わったのはアキラでも俺でもなく二人の間の関係が変わったのだ。前までの他人や顔見知りという扱いではなく家族や仲間のようにお互いに打ち解けた関係へと進めたのだと理解した。
それはいつからだろうか…。やはり再会した時からだろう。俺は左腕を失った。別にアキラのせいじゃない。俺が弱かったから悪いのだ。むしろ命が助かったのはアキラのお陰だったのだからアキラが気にすることじゃない。それなのにアキラは俺に負い目を感じていたようだった。最初はアキラが抵抗しないのをいいことにちょっとエッチなことをして喜んでいた。でもそれじゃ駄目なんだと気づいてからは俺は馬鹿になることにした。そうだ。負い目を利用してちょっと体を思い通りにしたとしてもアキラは手に入らない。
俺の失った左腕を見せ付けて責任を取って股を開けと押し倒したらもしかしたらアキラは受け入れたかもしれない。しかしその瞬間に俺とアキラの絆は永遠に失われてもう二度と手に入ることはなくなるのがわかった。だから俺はアキラがそのことを気にしないように馬鹿をやって腕のことなんて俺だって気にしてないとアキラに言外に伝えた。アキラもそのことをわかっていたのだろう。俺がわざとおちゃらけていると怒ったようなことを言ったり俺を殴ったりしていたがふと辛さとうれしさが混ざったような顔で笑っていたのだ。それからはどんどん俺とアキラの心は近づいていったのだと思う。
俺は今アキラに膝枕されながら左腕の治療を受けている。まぁ失った四肢が再生することなどないのでただアキラとイチャイチャしているだけだがな。アキラにアルクド王国への対応を相談して話を聞いている。今ではもうすっかり俺とアキラはお互いに愛し合う仲になっているはずだ。だからきっとこの目の前にぷるぷると揺れる二つの膨らみに顔を埋めても怒られないはずだ。
フリード「そっか。………ていっ!」
話が丁度良いところで纏まった時に俺は上半身を起こして目の前でぷるぷると揺れているアキラの胸に顔を突っ込んだ。
アキラ「………ていっ。」
フリード「ぎゃーーーっ!!!」
アキラは俺の顔にチョップを落とした。俺の鼻は嫌な音を立てて砕け歯がぼろぼろと抜けてしまった。ちゃんと治してくれて歯も元に戻ったが歯が抜けた時にはもうまともに食事も出来ないかと不安になってしまった。あんまり悪ふざけがすぎるとやばいな。もしアキラが本気で怒って治療してくれなかったら命は助かっても大変なことになるのだと身に染みてしまった。
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そしてとうとう腕の再生を行うという日がやってきた。俺は当然だがそんなことが出来るはずはないと思っている。いくらアキラが優れた力を持っていると言っても敵を倒す力と失った四肢を再生する力は別物だ。多くの先人達が挑戦し続けていた四肢再生という力にたったこれだけの時間で辿り着けたとしたらアキラは本当に神を超えた存在ということになるだろう。
アキラ「人体創生の術っ!」
アキラが何か魔法を唱える。その瞬間俺は物凄い勢いで体内に何かを流し込まれているような感覚に陥った。
アキラ「くぅ………。」
フリード「むぐぐぐぐっ!」
物凄い圧で押し流されてしまいそうな気がしてぐっと体に力が入る。もちろん実際には体が圧されているわけじゃない。そうして暫くするとなんと左腕が生えてきていた。途中まで生やしたところで一度アキラが力を止めて俺に声をかけてくる。すごい。見た目は完全に本物の腕みたいだ。
アキラ「どうだ?動かせるか?」
フリード「………。いや…。すまん。だめだ。」
見た目は完全に本物の腕そのものだがただ俺の左腕の先にくっついているだけでまるで動かせなかった。
アキラ「………なんでフリードが謝るんだよ。悪かったな。失敗だったみたいだ。」
フリード「え?おい!違うぞ!アキラのせいじゃない。だからそんな顔するなって!」
アキラはまるで泣き出してしまいそうな顔で力なく笑っていた。どうすればアキラを慰めることが出来るだろうか。またいつものようにちょっとエッチで馬鹿な真似をすれば呆れながら笑ってくれるだろうか?俺が色々と考えている間に事態は進行していた。
ミコ「アキラ君。また次に挑戦すれば………。」
アキラ「そうか………。」
ミコ「え?」
アキラ「わかったぞ!ははっ!これならいける!」
フラン「もう解決策が浮かんだんですか?アキラさん。」
アキラ「ああ。これでフリードの腕は再生される。いいか?もう一度やるぞ?」
フリード「ああ…。でも…大丈夫か?またあんな顔するようなことはやめてくれよ?」
さすがにこれは失敗した時に治っていると嘘で誤魔化すことは出来ない。じゃあ動かしてみろと言われて動かなければすぐにばれてしまう。もうアキラのあんな悲しそうな顔は見たくない俺はただただ成功してくれることを祈るしかなかった。
アキラ「大丈夫だ。いくぞ!スキャン!人体創生の術!」
またアキラが光り輝き髪が逆立つ。本当にいつ見ても綺麗だ。真剣な瞳で集中している。だが俺にとっては腕の再生どうこうよりもこうしてアキラを見つめていられることの方が大事だ。ずっとこうしていられるのなら俺は………。
アキラ「これでどうだ?動くか?」
その思考はアキラの声で中断させられた。俺はアキラに言われて生えかけている腕に意識を向けてみる。
フリード「………うっ、動く!動くぞ!触れば感覚もある!すごい!」
信じられない!本当に本物の俺の腕のような感覚だ!
アキラ「成功か!」
アキラが俺に抱き付いて来る。うほぅ!俺がアキラに抱きつくことはあってもアキラから俺に抱きついてくるなんて普通はない。やっぱりアキラは俺のことを愛しているんだ!
狐神「ふぅ~ん?そのケダモノと抱き合うんだ?アキラ?」
アキラ「え?あっ!いえ!これは喜びでついです!男同士だってハグくらいします!」
俺はもう有頂天になってそのあとのやり取りにあまり気が回らなかった。そしてとうとう俺の左腕は再生された。ただアキラの話でもわかっている通りこれは実際には俺の左腕が再生されたわけじゃない。アキラの力で右腕を参考に作り出されたものだ。だがこのままずっとつけておけば徐々に馴染んでそのうち俺の腕そのものになるのだと言っていた。何より本当の俺の腕にならなくともこれはアキラの力の塊なんだ。ずっとアキラが俺と一緒にいるのも同然なんだ。俺はうれしくてその日は左腕を抱きながら眠ったのだった。
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それからの俺は絶好調だった。アルクド王国との交渉もバンバン進めていく。っていうか本当に絶好調だ。今ならロディにも勝てそうな気がする。ロディが倒した獣人族の隊長も最初は目で追うのもぎりぎりだったが今では余裕で見える。ただの錯覚かと思ってちょっとロディと手合わせしたらあっさり勝ってしまった。もちろん魔法なしでだ。ロディとパックスも驚いていた。それはそうだ。俺だって驚いている。急に何故強くなったのかと聞かれてもわからない。まぁ確証がないだけでどう考えてもアキラの作り出してくれた左腕のお陰だろうけどな。久しぶりに両腕が揃っていることもあって交渉の合間に時々体を動かして慣らしていったのだった。
何日か経ったある日からアキラの様子が変わった。なんというか………。あ…。わかった。服装が違うのだ。いつもほとんど外套を羽織っているから違和感の原因がわからなかった。だが今日は部屋を訪ねたらいつもとは違う服を着て姿見で自分の姿を確認しながらくるくると回っていた。いつもの黒いドレスも素敵だが今日の可愛らしい感じのドレスもよく似合っている。
フリード「アキラ。そのドレス似合ってるぞ。特にその刺繍が良いアクセントになっている。」
アキラ「お?やっぱりそうか?俺もこの刺繍はよく出来てると思ってたんだ。」
アキラが可愛らしい笑みで顔を少し赤くしながら俺に応えてくれた。本当に可愛い。どうしたんだアキラ?今までのアキラなら仏頂面で『ああ。』とか『それで?』とか言ってたはずなのに!本当に天真爛漫な乙女のように可憐で可愛らしい。
それ以来アキラは部屋にいる時は色々な服装をするようになった。練兵場に行って運動したりする時はいつもの黒いドレスだが激しく動いたり戦ったりすることがない時は色々着てみるのだと言っていた。そもそもここを出発したらそんな時間もなくなるだろうからと………。
ああ…。アキラが色々な服装に着替えている姿は可愛い。あるいは綺麗な時もある。だがアキラと一緒になって浮かれていた俺はもうすぐ出発するというアキラの言葉で冷や水を浴びせられたような気持ちになった。
これはどうだ?こっちはどうだ?と色々な服を見せてくれるアキラは可愛い。笑顔で俺に新しい服を見せにきては似合うかな?どうかな?って聞いてくるんだ。可愛くて…、でももうすぐいなくなってしまうのが辛くて…、俺はアキラにそっと近づき正面から抱き締めてみた。
アキラ「………どうした?この服は変だったか?」
アキラが少し不安そうな顔で小首を傾げる。前までだったらとっくに殴られていただろう。でも今のアキラは俺を殴らない。つまり二人の距離はそれだけ近づいていて………。だからこそ今度の別れは前よりも一層辛くて………。
フリード「よく似合ってるぞ。体の線がはっきり出るから俺がちょっと興奮しちゃったみたいだな!」
そう言ってぎゅっと力を入れるがアキラは嫌がらない。
アキラ「本当にどうしたんだ?大丈夫か?」
心配そうに俺の顔を覗き込む。本当は行くなって言いたい。それが無理なら俺も行くって言いたい。でもそれじゃ駄目だ。だから俺は努めて明るく答える。
フリード「大丈夫大丈夫。ちょっとアキラが眩しかっただけさ。」
アキラから離れながら俺は歯の浮くようなセリフを言ってみる。アキラはやっぱり心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいるのだった。
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とうとう先遣隊として大ヴァーラント魔帝国の千人隊が到着した。アルクド王国との交渉も纏まっている。もうすぐアキラは南回廊を渡って南大陸へと行くだろう。マンモンとジェイドもそれがわかっているはずだ。だがジェイドの野郎は千人隊の隊長を辞めてアキラ親衛隊という部隊を作り付いて行くと言っている。そんなことが許されるのなら俺だって付いていきたい!そうジェイドに詰め寄る暇もなくなぜか叙任式が始まってしまった。
辺りは静まり返っている。千人隊の者達からすればアキラ親衛隊になった者達は裏切り者と考えてもおかしくはないのにまるで敵意がない。それどころかどこか羨望のような眼差しで固唾を呑んで見守っている。アキラが騎士達の捧げる剣を受け取り加護を授けて剣を返す。もちろん俺達がやっている式は本当の加護などない。ただ剣を相手の肩に当ててから返すだけで王やその国の守護神の加護が与えられたということにしているにすぎない。だがアキラのこの叙任式は神々しく厳かでありまるで本当に何らかの加護が与えられているかのように映った。式はついにクライマックスを迎える。全員に加護を与えて親衛隊長の前に戻ってきたアキラは静かに、しかし力強く声を発する。
アキラ「お前達の命は預かった。これからは俺のために励め。ただし安易に死ぬことは許さない。どんなことがあっても生き延びろ。」
アキラ親衛隊「「「「「「「「「ははっ!必ずやご期待に添えてご覧に入れます!」」」」」」」」」
命を捧げた主君からの言葉に騎士達が応える。俺は背中にぞくぞくとしたものが駆け上るのを感じていた。まるで神話や伝説の一幕を今目の前で見せられているのだと錯覚してしまうほどに神秘的でありながら荘厳なその姿に寒気すら覚えたのだ。それは俺だけではなく千人隊やマンモンも偶然この場面を見ていたアルクド王国の一部の兵士も大樹の民の獣人族もこの場にいた全ての者が心から尊敬と畏怖を込めて惜しみない拍手を送っていた。
ただ俺の胸には違う思いもあった。まるで神話の一幕のようなアキラの姿は気高く凛々しかった。だが俺の知っている可愛いアキラとは違うまったくの別人のようにも思えて寂しく思ったのだった。
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マンモンとジェイドも加わってまるでデルリンに滞在していた頃のような空気が戻ってきていた。皆で馬鹿をやりながら楽しく過ごしていた日々だ。だが致命的に違うのはここへ来るまでの旅の間に俺とアキラの心は確実に近づいたということだ。それは確かにマンモンとジェイドに自慢できることだがつまりは逆の意味もある。それは俺がアキラと離れてジェイドがアキラと一緒に旅を続ければアキラとジェイドの心が近づく可能性が高いということだ。
アキラは一見性格がきついように見えてその実本当はとても優しい。ただ自分に厳しすぎるからそれを他人にも求めることがある。それがきついように見えるだけだ。面倒見は滅茶苦茶良いし困っていたら必ず助けてくれる。アキラはそういう子だ。種族での偏見もない。ジェイドとだってくっついてもおかしくはないんだ。だから俺は一度だけわがままを言ってしまった。
アキラ「お前を連れていけるわけないだろう?」
アキラが困った顔をしている。当たり前だ。俺はガルハラ帝国に残ってやらなければならないことがたくさんある。でも俺はアキラと離れることが、いや正直に言えばジェイドが一緒に行くことでジェイドにアキラを奪われてしまうのではないかと恐れているのだ。
アキラ「なぁフリード。俺は火の精霊王でありながら千数百年もの間国を空けていた。俺は火の国へ帰ってもとても自分が王だと名乗れない。火の精霊達がどう思っているかは本当のところはわかからない。でもずっと国を放っていた俺は俺が王だと言う権利はないと思っている。例え誰が認めても俺は国が大変な時に何の手も差し伸べなかった俺が王だとは認めない。お前はどうなんだ?ガルハラ帝国の皇帝になるんじゃなかったのか?これからガルハラ帝国は大変な時期を迎えるだろう。その時にその場におらず後からのうのうと帰って来た者が皇帝だと名乗ってそれが受け入れられると思うのか?」
わかってる。アキラに言われるまでもなくわかってたことだ。それなのにアキラにこんなことを言って呆れられてしまっているだろう。情けない姿を見せてしまった。俺はアキラを正面から抱き締めてその頭に俺の顔を押し付ける。ちょっとだけ猫耳がくすぐったそうにピクピクと動いている。
フリード「………ごめん。わかってたのに。こんなこと言うつもりじゃなかったのに言っちまった。………ただ約束してほしい。今度も絶対帰ってくるって。」
アキラ「………ああ。絶対帰ってくるよ。約束する。」
アキラはただ俺に抱き締められたまま約束してくれた。これは俺の脳内では別の意味に変換されている。アキラはただ単に生きて帰ってくると俺に言ったつもりだろう。でも俺は俺の元に帰ってくるという約束をしたのだと解釈しておく。そうだ。アキラは他の男になんて浮気しない。女は増えて帰ってくるかもしれないけどな!それは覚悟してる。でも男は俺だけだぞ!約束だぞアキラ!勝手に俺の脳内だけでそう思っておく。そうすると自然と心が落ち着いてきた。
フリード「ありがとうアキラ。ごめんな。俺取り乱したみたいだな。」
アキラ「ふんっ。いつものことだろう?」
アキラは柔らかく微笑んでいた。
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旧バルチア王国に駐留している部隊から引き抜いた選抜部隊がとうとう到着してしまった。これでアキラは出発するだろう。出発の前日には盛大に晩餐会が行われた。そして夜こっそりアキラの寝室に行こうとしたらマンモンとジェイドがアキラの部屋に続く廊下に立っていた。
フリード「てめぇらどういうつもりでこんなところにいやがるんだ?まさかアキラに夜這いしようってんじゃないだろうな?」
マンモン「………それは貴様だろう?」
ジェイド「俺は皇太子が来るだろうとわかっていたから待ち伏せしていただけだぞ。何しろ俺はアキラ親衛隊隊長だからな。」
フリード「ふんっ。どうだかな?そんなこと言っておきながらそれを口実にアキラの寝室に近づこうと思ってたんだろう?このむっつりスケベどもが。はっきり言うぞ?俺は夜這いにきた。お前らと違ってこそこそ隠したりしない。」
マンモン「………貴様と同類だと思うなよ。」
ジェイド「まったくだ。俺の彼女への想いは高潔なものだ。」
フリード「へっ。じゃあお前らはアキラが裸で迫ってきても反応もしないしアキラを抱かないのか?」
マンモン「………それは。」
ジェイド「………それが彼女の望みなら。」
フリード「ほらみろ。やっぱりお前らむっつりスケベじゃねぇか。」
そんなやり取りをしているとガチャッと扉が開いた音が聞こえてきた。アキラがずんずんと歩いてくる。確かYUKATAとか言う服を着ている。それはまるでガウンのように前で左右を合わせて重ねて紐で括っているだけだ。歩くたびに布がよじれて隙間からアキラの肌が見えそうになっている。なんて危険な服なんだ!やばい。鼻血が出そうだ。鼻血を噴き出すのはジェイドだけで十分だ。ってジェイドを見たら本当にボタボタと鼻血を垂らしてやがった。このむっつりスケベ野郎が!マンモンも顔が真っ赤だ。わかりやすい。
アキラ「ここで何をしているんだ?」
アキラは俺達の前に来るとにっこりと笑った。………俺は知っている。これは危険な時の笑い方だ。決してこの可愛らしい笑顔通りに受け取ってはいけない。だらだらと冷や汗が流れる。
マンモン「………こいつが夜這いに来るだろうと思って警備していたのだ。」
ジェイド「ああ。俺も皇太子が来ると思って待ち伏せしてただけなんだ。」
フリード「汚ねぇぞてめぇら。まぁいい。俺は嘘はつかねぇ!アキラに夜這いしに来たぜ!」
開き直った俺は正直に告げる。最近のアキラは俺に甘い。きっと俺に惚れている。だからここは堂々と本当のことを言えば許してくれる………かも。許して………くれないかな。
アキラ「ここには俺の嫁達があられもない姿で眠っている。つまりここへ近づくということは俺の嫁達を汚すのも同然だ。………全員天誅。」
アキラの静かな声が響き渡った。ゆらりと拳を握りながら近づいてくる。ヒィィ!これはやばい!ドスンッ!マンモンが倒れる。バシンッ!ジェイドが沈む。そしてとうとう俺の番だ………。
ガクガク震えながら待っていたが俺の腹に打ち込まれた拳はペチンッとでもいうような軽いものだった。あれ?と思ってアキラを見る。マンモンとジェイドは悶絶しているが俺には手を抜いてくれたのか?そう思った時期が俺にもありました。俺が見たアキラは黒いオーラを纏い笑っていた………。そして俺は死ぬほど苦しい思いをしたのだった。あれは洒落にならない。回復をかけてもらっていなければ死んでいた………。
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南回廊までアキラを見送りに付いて行く。北回廊の時とは違ってゆっくりと見送れるのは良いがそれが逆に別れの辛さを際立たせていた。
アキラ「………ふぅ。そんな顔するな。」
アキラは俺にこいこいと手を振った。だから俺はのこのこと腰をかがめてアキラの視線に合わせた。餞別のキスでもしてくれるのかと甘い期待をしたからだ。だが現実は甘くない。
アキラ「ほれ。しゃきっとしろよ。皇太子様?」
アキラはぐにっと俺の顔を両手で握った。痛くはないがきっと変な顔になっているだろう。アキラはそれを見るとニカッと笑ってから手を離して俺から離れた。
アキラ「じゃあ…いってくる。」
フリード「ああ。今度は早く帰ってこいよ。」
マンモン「いってこい。」
俺とマンモンの言葉に一度だけ手を振って応えるとそのまま振り返りもせずに回廊を歩き出した。俺はアキラの姿が見えなくなるまで回廊を眺め続けたのだった。
フリード「帰るか。」
マンモン「………しつこく眺めていたのは貴様だろう。」
フリード「ふんっ。お前だって見てたくせによく言うぜ。さっ、行こうぜ。」
マンモン「………うむ。」
こうして俺達は南回廊から出発したのだった。
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今俺達はウル連合王国に滞在している。首都ウルじゃない。アルクド王国との国境近くの小さな村だ。暫くはアルクド王国の様子を伺うためにこの国境線の近くに部隊を置きながら観察することになっている。そしてどこで聞きつけたのかヴィッキーがわざわざこんなところまでやってきていたのだった。
ヴィッキー「フリッツ様御機嫌よう。あら?!その腕はどうなされたのですか?」
わざわざ俺に会いに来たというヴィッキーは俺の再生された左腕を見て驚いていた。
フリード「ああ。アキラが再生してくれたんだ。すごいよな。感覚もちゃんとあるんだぜ。」
俺は左腕をヴィッキーに見せながら動かした。
ヴィッキー「アキラ様………。やはり油断ならないお方ですわね!」
俺がウル連合王国にいる間はヴィッキーがずっと付き纏うことになったのだがそれはまた別の機会があれば語ることにしようと思う。
~~~~~ジェイド編~~~~~
ジェームズに指揮権を返された俺はうまく敵の残党戦力を追い払った。だが敵の戦力がどれほど残っていたのかわからない以上はまだ敵が残っているかもしれない。油断なく警戒を続けていたがマンモン将軍が魔帝国から戻ったこととアキラから連絡があったことで状況は変わった。俺は今度こそこの街を守る役目を成し遂げたのだ。だから俺はマンモン将軍とともに彼女の元へと向かったのだった。
アルクド王国という所で彼女は俺を待ってくれていた。だから俺は周りに大勢の者がいることも忘れて彼女に命を捧げてしまった。それを切っ掛けに皆が見ている前で叙任式が始まってしまった。俺は自分から始めたくせにまるで心の準備が整っていなかった。それに比べて彼女は堂々と叙任式を行っていった。その姿は様になっているなんて軽い言葉では言い表せない。まるで神話の一節のようなこの光景を俺は生涯忘れないだろう。叙任式の後ではアキラには興味がなく他のパーティーメンバーのために親衛隊に入ったと言っていた者ですらアキラへの認識を改めていた。やはり彼女は特別なのだとよくわかった。
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アルクド王国に到着してから暫く経ったあと俺達は練兵場で獣人族の部隊と親善試合をすることになった。アキラが俺に抜けろと目で言っている。それはそうだ。自信過剰ではないがはっきり言って俺が入ったら俺一人で勝ってしまう。それでは意味がない。俺が抜けると相手の隊長も抜けてしまった。これでは親衛隊員の訓練にならないのではと思ったがアキラはそれ以上何も目で語っていなかったのでそのまま受けることになった。
獣人族部隊の能力はわからないが俺の予想では親衛隊が圧勝するだろう。そして予想通り無傷で圧勝してしまった。やはり訓練にならなかったな。だがアキラが特に気にしていないようだったのでそれでよかったのだろう。相手の隊長が俺に一騎打ちを申し込んでくる。これもアキラの狙い通りなのだろう。俺は引き受けた。ただ一瞬で終わらせては意味がなさそうだったので相手にひたすら攻撃させて全て受けきった。その上で有無を言わさず一撃で意識を刈り取った。アキラは満足そうに頷いていた。俺はアキラの期待通りに役目を果たせたようだ。
その後は親衛隊と獣人族部隊は打ち解けることが出来た。アキラはここまで考えていたのか。俺は西大陸に配属されていたので直接獣人を見たのは初めてだったが聞いていたイメージとは違った。もっと融通の利かないわからず屋と思っていたが獣人達はむしろ素直な者達だった。戦争でいがみ合っているうちにお互いのイメージを歪ませてしまったのかもしれない。隊長のティーゲとはかなり親しくなったと自負している。もちろん同じ魔人族ですら信用して油断するようなことがなくなった俺が他種族をあっさり全面的に信じているわけじゃない。ただ油断はしていないが相手が誠実であることは認めなければならないとわかった。
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さらに数日が経ちついに旅立つ時がやってきた。最後の夜に晩餐会を開いたがその時の皇太子のアキラを見る目に不穏なものを感じた俺は皇太子が夜這いをする気だと見抜いて待ち伏せしていた。マンモン将軍も同じことを考えたと言って彼女の部屋に続く廊下で待っていた。そして実際に皇太子が来て俺達が阻んだところまではよかった。だがその後は俺の思っていた展開とは違った。俺の弁明も通用せず彼女にボディーブローを食らわされた。なぜだろう。俺は彼女を守ろうと思っただけなのに。だけど少しだけうれしかった。別に俺に被虐趣味があるわけじゃない。ただこれまでの余所余所しい態度と違いこういう扱いをしてくれるのが本当の仲間として受け入れてもらえたようでうれしかったのだ。
俺達は南回廊という場所までやってきた。もちろん見るのは初めてだ。西回廊や北回廊と大差ないように見える。俺にとってはどこであろうと大した違いはない。俺にとって違いがあるとすれば彼女の側にいられるかどうか。俺の行動は彼女のためになっているかどうか。ただそれだけだ。彼女がこの南回廊を渡るというのなら俺はただそれに付き従うだけだった。俺はこれからも彼女を守り続ける。彼女に捧げたこの命が燃え尽きるその時まで………。
~~~~~マンモンの悩み~~~~~
俺も本当はアキラに付いて行きたい。北大陸でアキラと旅した日々は俺の中で特別な輝きを放っている。だが俺はあの時とは違う。アキラのお陰で増した力で序列一位に任じられている。そして千人隊の隊長も俺が預かることになった。アキラの性格からすればこういう責任を放り出してアキラに付いて行くと言えばむしろ怒るだろう。本音を言えばジェイドが羨ましい。そんなことを考えているとアキラがやってきた。
アキラ「ん?おいマンモン。何か悩みでもあるのか?」
アキラは俺が悩んでいることに気付いた。俺は人から何を考えているかわからないと言われることは多々あるが人に考えを理解してもらうことは滅多にない。それなのにアキラは俺を一目見てすぐにわかったようだった。アキラは俺をわかってくれる。それだけで俺の胸は高鳴った。
マンモン「………む?悩みというほどのことじゃない。」
アキラ「ふぅん。俺には言いたくないことか?まぁ本人が言いたくないなら無理には聞かない。」
アキラは一度だけ俺の顔を覗き込むとそれ以上は聞かないと言った。それから暫く本当に聞かずにただじっと二人でお茶を飲んでいる。アキラは本当によく俺をわかっている。無理に聞き出そうとすれば俺は答えないだろう。ただアキラは俺が語りたくなるまで待ってくれている。とうとう俺は我慢を超えて自分から語りだしてしまった。
マンモン「………俺も本当はアキラに付いて行きたい。北大陸での旅は俺に大きなものを与えた。だが今の俺は序列一位であり千人隊の隊長だ。………ジェイドが羨ましい。」
アキラ「なるほどな…。確かに肩書きだのなんだのと偉くなれば疲れるよな。自分のために自分の思い通りにすごせなくなっていく。いっそ全部捨ててしまいたくなる時だってあるよな。けどな、お前はもう昔のマンモンじゃない。多くを知り強くもなった。お前を慕って集っている部下や仲間の信頼もお前を信じて兵を任せた主君の期待も決して軽いものじゃない。お前はそれをかなぐり捨てて無責任に飛び出すのか?俺はそんな奴は信用しないし側にも置かない。だが信頼に応えようとする者は応援する。自分の能力を超えた信頼に応えようとする奴は愚かでしかないが自分が応えられる範囲の信頼すら応えようとしない者はただのクズだ。マンモン…お前は信頼できる奴だろう?俺はお前の愚直なまでの性根に好感を持っているぞ。」
マンモン「………そうか。………俺は俺の果たすべき役目を果たそう。」
アキラ「ああ。それがいい。」
アキラはそれだけ言うと帰っていった。『好感を持っている』………。『好感を持っているぞ』………。アキラが俺に好意を持っている………。さっきまで二人で飲んでいたティーセットを片付けていると流しにかけてある鏡に写った俺の顔は赤くなっていた。………自分の顔を見てますます恥ずかしくなった俺はインビジブルアサシンで姿を消しながらティーセットを片付けたのだった。
ちなみに俺が消えたまま片付けをしているとこの城のメイドが部屋の片付けにやってきた。ノックをしたが消えている俺は癖で声を出すのを控えてしまった。そのまま入ってきたメイドは俺が持つと一緒に消えて俺が置くと現れるティーセットを見て『お化けぇ~~~!!』と叫んで逃げ出してしまった。
この後この城ではこの部屋の主にいじめられ無念のうちに殺された片付け係りのメイドの幽霊がティーセットを片付けに現れると噂になったそうだがそれは俺には関係ない話だ。




