第五十九話「新術完成」
アルクド王妃ビンミョンは衛兵に支えられながら出て行った。獣人族達はすでに戦う気がない。最早俺達にとって脅威は存在しないので落ち着いて話を聞くことにする。
アキラ「それでお前ら何者だ?アルクド王国の兵ってわけじゃないよな?」
この獣人達は明らかに中央大陸に居た獣人族とはレベルが違う。もしアルクド王国がこのレベルの獣人族部隊をたくさん揃えているのだとすればとっくに各国に戦争を吹っかけているだろう。それほどに人間族と中央大陸で見てきた獣人族からは隔絶した力量差がある。
ティーゲ「我らは人神に請われ助力するために南大陸よりやってきた。」
アキラ「ほう…。」
まぁそんなところだろうとは思っていたが詳しい話を聞いてみる。フリードが知っているアルクド王国に関する情報も交えながら整理してみる。
まずアルクド王国は本来国王がいるはずだ。さっきのおもらしババァは女王ではなく王妃。つまりあくまで王の妻であって王権を持つものではない。なのにガルハラ帝国の皇太子で使者であるフリードの対応に出てきてまるで王のように振舞っていた。単純な話でこの国の王は放蕩三昧で政治に興味がないらしい。だからまったく公式行事にも政治にも関わったことがない。そこで王妃が実権を握り縁故主義、つまり自分の関係者達を高位の役職につけてやりたい放題にしていたらしい。
王妃はバルチア王国と南の獣人族との間を行ったり来たり風見鶏、あるいは最近ならコウモリ外交などと呼ばれるようなことをしていたそうだ。勢いのある方や利用したい時に利用したい方に都合の良いことを言って接近し自らの利益だけを追求する。また風向きが変われば取り入る相手を変えておもねる。主義主張や一貫した考えなどなく自分さえ得をすれば良いというまさにクズのような奴らのようだった。
そのくせ聖教の影響が強いのか元々なのかはわからないが獣人族を差別的に扱っている。当然同盟相手でありすぐ隣に国がある獣人族ですら差別しているのだからそれ以外の種族など差別どころの騒ぎではない。命を命とも思わぬ扱いをしているらしい。
少し脱線するがここで南大陸の獣人族国家についても整理しておく。南大陸の獣人族国家に正式な名前はないらしい。大樹の民とか時々でそれっぽい呼び方をするだけだそうだ。国家としても未成熟で基本的には各種が集落を作ってそれぞれ勝手に暮らしている。ただ中央にある大樹という場所とその周辺に都市がありそこが中心となっている。他の集落は無理に何かあるわけでもなく加盟すれば戦時に協力し合うという約束があるだけで放ったらかしが基本だそうだ。
そして獣人族にとってはまさに力こそ正義ではないが弱肉強食が当たり前。弱い奴は強い奴に従えというのが基本的な考え方らしい。だからアルクド王国やバルチア王国が同族の獣人族を奴隷のように扱っていることを知っていても何の抗議もしない。
だがだからと言って人神や人間族に獣人族自体が服従しているわけではない。そもそも本気で戦いになれば獣人族が勝つだろう。ただここでも太古の大戦の影響が出ているようだ。獣人族の守護神で最も高位の大獣神が人神を信頼しており協力を惜しまない方針だそうだ。精霊族の神々のように思考誘導を受けているのかどうかについてはわからない。ただ黒の魔神は精霊族の神は説得しようとしたのに大獣神は殺すと言っていた。もしかしたら思考誘導を受けているからではなく本心から賛同しているのかもしれないし黒の魔神の個人的恨みで殺そうと思っていたのかもしれないし今はなんとも言えない。
ティーゲ「とまぁそんなところだ。だが実際にこの国にきて獣人族への風当たりや扱いを目の当たりにして俺は少し納得できなくなったがな。」
ティーゲも獣人族として弱肉強食を是として育ってきたそうだがさすがに奴隷としてひどい扱いを受けている同族を見て思うところがあったらしい。そもそも中央大陸にいる獣人族ですら人間族よりは強いのだ。なぜ強い方の者が奴隷として扱われているのかという思いもあったらしい。だが確かに単純な個人の能力では中央大陸の獣人族の方が人間族よりも優れていてもそれ以外の点では人間族の方が優れている結果にすぎないだろう。人間族は個人ではひ弱ではあるが集団戦法や魔法、技術といった様々な物を生み出し己の弱さを補っている。単体で強い獣人族であっても人間族社会には敵わないという証拠だった。
ビンミョン「フリードリヒ様。どうかお許しください。」
話をしている間におもらしババァが戻ってきていた。フリードの前に縋るように跪き三度頭を地面に叩きつける。そして一度立ち上がり再び跪きまた三度頭を地面に叩きつける。これを三度繰り返す。三跪九叩頭というやつだ。
ビンミョン「哀れな我らはバルチア王国と大樹の民に誑かされ命令されて強要されていたのです。どうかお許しください。」
恥も誇りもなく責任は全て人のせいにして自分だけは悪くないのだと助けてくれと訴える。見ているだけで虫唾が走る。ただ聞いた話ではこいつらにも恥という言葉自体はある。ただ概念が俺の考えるものとは根本的に違うだけだ。こいつらにとっての恥とは他人にかかされるものであってこうやって無様に他人にすがり付いても自分から何かやってもそれは恥ではないと考えている。他人に恥をかかされたと感じた時に彼らは烈火の如く怒り散らすのだそうだ。俺とは根本からして相容れない別の生き物としか思えなかった。
ビンミョン「どうか!どうかお慈悲を!」
ビンミョンは這い蹲ったままフリードに嘆願し続ける。オーバーに泣いた振りをして大声で騒ぎ泣き喚く。フリードはまだ何も答えていないのだから答えを待てば良いものを一人でさらに捲くし立てる。聞いているだけでも嫌気がさしてくる。
フリード「黙れ。お前達の処遇については後で考える。それよりも明らかにしたいことがある。」
ビンミョン「はい!なんでもお答えいたします!」
フリードが問いただしたのはもちろん先の戦争での戦争犯罪行為についてだ。第三軍団の輜重隊を襲撃したことや街道を破壊したことなど全ての罪を認めていた。実行部隊の隊長まで呼び出しここで処刑するとまで言い出した。それはフリードが止めたがとにかくオーバーにパフォーマンスをして歓心を買おうと必死だった。
フリード「聖教皇国の司教団と教皇はどうした?」
ビンミョン「ここへ連れてきなさい!」
フリードに問われたビンミョンは衛兵に命令して誰かを連れてこさせた。縄に縛られて連れてこられた内の何人かは俺もルリの記憶を通じてみたことがある。確かに聖教皇国で上位の地位についていた者達だろう。だが肝心のカルド枢機卿と教皇を含めた数人はいない。こいつらは特に何の能力もない本当にただの坊主にすぎない。高い地位につき好き勝手にやってきた者達ではあるが脅威ではない。いざとなればこいつらの生死などどうでも良いレベルの奴らばかりだった。
フリード「これだけか?残りはどうした?」
ビンミョン「………。それは………、申し訳ありません!南回廊を渡って逃げられてしまいました!」
ビンミョンは神妙な面持ちをしたかと思うと再度床に頭を叩き付けフリードに許しを請うた。
ビンミョン「我らを使って戦争中のガルハラ帝国軍の邪魔をさせたのも聖教の者共を逃がして連れて行ったのも全ては大樹の民でございます。どうか我らにはお慈悲を!」
目の前にその大樹の民のティーゲ達がいるのによくもまぁ全ての罪を擦り付けられるものだと感心してしまう。ティーゲの方を見てみるが目を閉じ言い訳もせずただじっと座っている。だがその気配からは怒りと殺気を必死に隠そうとしていることが読み取れる。
ともかく今日はアルクド王国国王や高官達も交えて正式に戦争犯罪を認めて謝罪する公式な外交文書が作成され調印されることになった。実行犯達の引渡しとガルハラ帝国で裁判を受けさせることも決まり証拠なども色々と押収された。
文書には大樹の民達への直接的な責任について書かれていないがアルクド王国の者達はこれで責任はバルチア、聖教、大樹の民にあり自分達は関係ないのだと受け取ったようだ。まるで祝い事でもあったかのように宴までやりだした。こいつらの神経はどうなっているのだろうか。
一応の合意と調印がなされたとはいってもまだまだしなければならないことはある。俺達はしばらくこの城に留まることになった。
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宛がわれた部屋に入り俺は早速試してみたかった獣力を試してみる。師匠に結界を張ってもらい俺だけ能力制限をかなり厳しくした。これで万が一にも師匠の結界を破ることはないだろう。まずは獣力を発動させてみる。
ミコ「アキラ君綺麗………。」
アキラ「え?」
俺はミコの言葉を聞いて自分自身を見てみる。確かに緑の獣力は出ている。出ているが…。ティーゲの使っていた物とは違う。明らかに俺の体から放出されている獣力は目に見えて体全体を覆い髪は獣力に巻き上げられて逆立っている。だが別に体の内側に効果がないわけではない。むしろ内側の力が多すぎて溢れ出ているのだ。きちんと内側を流れている獣力を感じることが出来ている。外へ出てしまわないようにコントロールしようとしてみたが獣力が多すぎて無理だったようだ。全て内側に流すことが出来ないのでそれは諦めて次のステップに進むことにした。
アキラ「〝獣化 疾〟」
俺はティーゲが使っていた能力を使って加速してみる。………速い。師匠の結界内をまるで流星のように流れていく。外からは緑の光が帯を引いて流れて結界内を満たしているように見えるだろう。他にどんな獣化があるのかどうやって発動させるのかは見てみないとわからないがこの能力はやばい。ティーゲはまだまだ未熟だっただけだ。この能力をうまく使えば確かに魔人族よりも身体能力で上回ることは容易い。現にティーゲよりもさらに弱い状態まで制限している俺が〝獣化 疾〟を使っただけで今のマンモンにすら勝てる気がする。もちろんマンモンは魔法が得意であり魔法をうまく使われたら勝てない可能性はある。だが接近して攻撃できれば勝つ見込みがある。
とはいえ逆に俺が魔法を使えば獣化を使ってくる相手が格上でも楽勝できる。結局のところは特殊能力の差ではなく使う者の差ということだ。俺が想像できる範囲での獣化の能力を思い浮かべて同じ能力制限をしている獣化だけを使う俺と魔法だけを使う俺が戦えば互角くらいになりそうだった。特殊能力に差がない以上は基本能力で勝敗が決まる確率が高い。そうなれば制約や相克で強化されている魔人族の方が勝つ確率は高い。結局のところ今の段階ではまだ魔人族の方が強いだろうというのが俺の予想だった。
そうやって色々と試している間にさらに発見があった。体の外に溢れている獣力を内側に流れる循環のルートに組み入れる。ちょっと適切ではない例えだがずっと0を描くように循環させていたとする。外側にもう一つ0を作って8の字に循環させるようにしてみたのだ。内側を循環した力は外に出て外側を循環するとまた内側に入り内側を循環する。無限の循環。これによりますます俺の獣力が力を増した。これが本来あるべき獣力の使い方であり形なのだろうとなぜか確信があった。
一通り試し終わった俺は力を解いて嫁達と寛ぐ。ガルハラやアルクドのことに干渉する気がない俺達はまだ色々交渉や調印を行っているフリードやパックスのことなど忘れて早々に眠りについたのだった。
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翌朝事件が起こった。ビンミョン殺人事件だ。現場の状況と殺しのトリック。そしてアリバイ。全てが犯人を示している。犯人はあなただっ!
とか言ってる場合じゃない。本当に昨晩のうちにアルクド王妃ビンミョンが暗殺されてしまった。もちろん俺は実行犯についてはわかっている。気配察知していたからな。だがここで俺が気配察知で感じていたから実行犯はこいつだ!とか言っても誰にも相手にされないだろう。証拠能力はない。だからただ黙ってことの成り行きを見守る。
コーセン「ビンミョンを暗殺させたのは私です。」
今主犯だと名乗ったのはコーセンという前王だ。ビンミョンの義父であり現王の実父である。
コーソー「私は見た。私の部下が我が妻を殺したのだ。」
そしてビンミョンの夫である現王コーソーが証言を述べる。
ジュソ「私も見ました!この男が母の仇です!」
息子のジュソ王子が一人の男を指差し犯人だと言う。
ウボ=ムソー「私が殺しました。」
ウボ=ムソーという男が王子に指を指され自分が犯人だと答える。俺の気配察知でもこの男がビンミョンを殺した実行犯だということはわかっている。
普通ならこれで事件解決めでたしめでたしだ。コーセンは前王でありビンミョンの専横が許せなかった。国民からは税を搾り取り贅の限りを尽くし国の改革は遅れ強い国に媚び諂い何の信念もなく外交努力もせずただ事大主義なだけだった。それを憂いたコーセンが妻を咎めることすらしないコーソーに業を煮やしてとうとう実力で排除に移ってしまった。犯人も判明しており身柄も確保している。何の問題もない。この日は事実関係の確認と簡単な審議が行われてお開きとなった。
だがこの国ではそう簡単には終わらなかった。翌日になり前日の審議の続きをしようという段になって事態は一変した。
パクリ=クレクレ「これはガルハラ帝国の陰謀です!事実関係を認めて謝罪と賠償することを要求します!」
今キーキーと喚いているババァはケイブダイとかいうこの国の行政を司る部署の長だというパクリ=クレクレというやつだ。言っていることは支離滅裂で証拠も何もないのに感情だけでしゃべっている。むしろ証拠がないどころか逆の証拠があるのにそれこそが偽物だと喚き散らす始末だ。
パクリ=クレクレ「そもそもガルハラ帝国の者が来るまではビンミョン王妃は生きておられたのです。それがガルハラ帝国の者が来た途端に死んでしまった。これは明白な証拠です!物証はありませんが心証では犯人はガルハラ帝国の者です!」
終始これだ。これでは話にすらならない。論理や証拠などこいつの前では無意味だ。ただ感情のままにしゃべっている。いや。そもそもこいつ自身ですら自分の言っていることに無理があるのは承知なのではないかと思う。それでもこっちから譲歩を引き出すために喚き続けているのだ。これがアルクド王国という国なのだ。
パクリ=クレクレ「あなた方が加害者で我々が被害者だということは千年経っても変わりません!だから賠償金と技術をよこしなさい!」
ただの集りだ。こんな奴は居なくなったほうが世のためだろう。いっそ消してしまいたいが俺の出る幕ではないと思って我慢している。
ハトー=ポッポー「争いはよくないよ~。魔法の言葉ゆーあーいと叫べば世界は平和になるんだよ~。はいみんなで~。さんはい!ゆーあーい。あ!ママにお小遣いをもらう時間だ!僕は帰るね~。」
横から口を出したこのアホはハトー=ポッポーと言うらしい。これでもアルクド王国の高官だそうだ。
スッカラー=カーン「私の指示通りにしてれば良いんだ。私は専門家並の知識があるからね。」
伝令A「スッカラー長官。施設が爆発してしまいました。」
スッカラー=カーン「そんなはずはない!私の言う通りにしなかったのが原因だ!」
伝令A「いえ!間違いなくスッカラー長官の言われた通りにしたと報告が上がっております!」
スッカラー=カーン「貴様らは更迭だ!私のせいだという証拠は隠滅しろ!どいつもこいつも私の言う通りにしないからこんなことになるんだ!なにしろ私は専門家並に知識があるんだからな!この裁判も私の言う通りにすれば良いんだ!なにしろ私には専門家並の知識があるんだからね!」
この男はスッカラー=カーンというそうだ。こいつもこれでもアルクド王国の高官らしい。
チョーシュンカ=ミズポ「いいですか!武力を持つから戦争になるのです!一方的に殺されれば戦争とは言いません!だから武力を全て捨てて一方的に虐殺されれば良いのです!それは戦争ではないのですから!キュージョーキュージョーと唱えながら無抵抗に殺されるのを待ちましょう!」
いちいち名前を言うのも面倒になってきたがこいつはチョーシュンカ=ミズポというらしい。ちょっと頭がクレイジーなババァだ。確かに一方的に殴られたら喧嘩にはならないな。ただそのまま殺される恐れがあるがそれでも死ぬまで抵抗せずにあとで警察に犯人を逮捕してもらえ。身を守るなんて野蛮なことをするなとずっと喚いている。
シイ=シイタケ「聖教皇国にはリアルな脅威はありません!脅威なのはガルハラ帝国です!ガルハラ帝国こそ世界の平和を乱す元なのです!」
こいつはシイ=シイタケらしい。もうどうでもいい。馬鹿の戯言には付き合っていられない。
フリード「黙れっ!」
フリードの一喝で場は静まり返る。フリードはゆっくりと視線を動かし全員を見据える。
フリード「勝手にしゃべるな。審議の方法に則って進めろ。」
フリードの言葉で一時的に挙手してから発言するようになるがまた次第にヒートアップして好き勝手にしゃべりだす。そしてまたフリードに一喝される。この繰り返しだった。こいつらに常識やルールに則った行動など出来ない。自分の好き勝手にしか出来ない生物なのだろう。
こんな茶番には付き合っていられないので次の日から俺達は別行動させてもらった。
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練兵場の端で訓練の様子を眺める。当然利用しているのはアルクド王国の兵士ではない。アルクド王国の兵士は訓練などしたことがないそうだ。ただ民衆に対して偉そうにするだけなので訓練は必要ないと自分達自身で大真面目に言っていた。訓練しているのは南大陸からやってきた大樹の民の獣人族達だ。ティーゲもいる。最初のうちはティーゲもあの審議の場に参加していたが自分達のことだけ述べてあとは俺達と同じように参加しないようになってしまった。俺達も同じなので当然気持ちはわかる。あれはただアルクド王国の者達が屁理屈でゴネてちょっとでも自分達の得になるように騒いでいるだけだ。あんなものに付き合っても何も得るものはない。
ガウ「がうがうっ!がうが遊んであげるの。」
ガウが獣人達が訓練している中へと飛び込んでいく。
ティーゲ「おい。子供がうろうろしてたら怪我をするぞ。」
ガウ「おじさん達ががうに怪我なんてさせられるわけないの。」
ティーゲ「ぐはははっ!気の強いガキだな!」
ガウ「がう。ご主人がいつも言ってるの。ろんよりしょーこなの。」
ガウがティーゲ達の目に見えない速さで足払いをかけて倒れこんだティーゲの胸の上に乗っている。
ガウ「がう。全然見えてなかったの。がうがしゅぎょーつけてあげるの。」
ティーゲ「………。………ぇ?」
ティーゲは現実が理解できなかった。その後獣人達はガウにこってり絞られて誰一人起き上がれないほどに疲れ果てていた。
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俺は今フリードと密室に二人っきりでいる。フリードは俺に膝枕されながらじっと上を見ていた。今は横に膝枕せず縦に膝枕している。そして俺は上半身をフリードの方に倒してフリードの腕の再生を試みている。本当はこんな姿勢ではやりたくないがこの前謝ってすぐですらまた背骨をバキバキにへし折ってしまったのだ。流石にやりすぎな上に可哀想でこれくらいは聞いてやらなければならないような気がしてしまう。特にここ最近のはフリードに落ち度がないのに俺がやってしまっていることが多いからな。
フリード「なぁアキラ。アルクドの件どうしたら良いと思う?」
俺にされるがままになりながらフリードが声をかけてくる。
アキラ「フリードはどうする気だ?」
フリード「わからねぇ…。あんなクレイジーな奴らは初めて見た。トップの連中を全部挿げ替えたらどうかなとは思ってるけど…。」
アキラ「それは愚策だな。今いるトップだけがああじゃないんだ。この国の奴らは皆ああなんだ。だから誰かに替えても無駄だ。」
フリード「じゃあどうする?俺達が占領して直接統治するか?」
アキラ「やめとけ。それは一番最悪だ。」
フリード「じゃあどうする?」
アキラ「戦争犯罪もビンミョン暗殺ももう正式な文書で調印はしているだろう?あとは賠償代わりに国内と南回廊の自由通行権でももらって放っておけ。」
フリード「それじゃ後々の禍根になるんじゃないのか?」
アキラ「こういう奴らとはどうやったって禍根になる。だから全部無視して距離をおいて放っておけ。相手をするだけ無駄だ。今後もどんな話し合いをしようが合意をしようが少し時間を置いたらまた同じことを蒸し返して集ってくるだけだぞ。無視しておくしかない。」
フリード「そういうもんか?」
アキラ「そういうもんだ。」
フリード「そっか。………ていっ!」
フリードがいきなり上半身を起こそうとして俺の胸にぶつかる。いや、違うか。俺の胸に顔を埋めようと上半身を起こした。が正解だ。
アキラ「………ていっ。」
フリード「ぎゃーーーっ!!!」
俺のチョップを顔面に受けたフリードの鼻は折れ歯は抜け顔中血まみれになっていた。もちろん回復はしてやったが馬鹿な真似をすればどうなるのかその身に染み込ませておかないとこいつはまた何度でも同じことを繰り返すからな。
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そしてついにフリードの腕を再生する日がやってきた。師匠達も見学したいということで今日は仲間だけだが結構なギャラリーがいる。フリードを椅子に座らせて俺も向かいに座る。
俺はすでに四種類の力を同時に出して混ぜ合わせることに成功している。だが術の方はまだ合成できていない。ただ複数の術を合成しなくとも腕の再生ができると俺は考えた。それぞれ発動させる特殊能力はずっと一緒とは限らないのだ。つまり火の魔法と火の妖術を混ぜて燃やしたいのなら最初に混ぜて撃ち出せば良い。だが腕の再生は再生の進み具合によって使いたい能力が変わる。だからその時々で使いたい能力を発動させれば良いのだと気付いた。
アキラ「いくぞ?」
フリード「ああ。いつでも良いぞ。」
アキラ「よし………。スキャン!」
スキャンとは俺が開発した魔法で対象の中身から成分まで全てを事細かに精査することが出来る魔法だ。なぜこんな魔法を作り出し今使っているかというと人体とは非常に複雑だからだ。腕という物を何もないところから生み出そうとすればあまりに難しすぎる。そもそも腕の構造や神経や成分を正確に理解して精密にイメージするなど人間の脳では不可能なのだ。だからサンプルとして右腕をスキャンしてその構造や成分を元に左右対称にして左腕のモデルにするのだ。俺は左腕でフリードの右腕をスキャンしながら右腕でフリードの左腕の再生を試みる。
アキラ「人体創生の術っ!」
術を使った瞬間から俺の神力がガリガリと減っていくのがわかる。妖力、魔力、精霊力を混ぜた状態の力はほんの少しの量で普通の状態の神力や妖力と比べても圧倒的に多く強くなる。それでもなお俺ですら明らかに神力が減っていることが実感できるほどに膨大な量の神力が消費されている。
アキラ「くぅ………。」
フリード「むぐぐぐぐっ!」
フリードの左腕の切断面から徐々に肉のようなものが盛り上がり腕の形になっていく。ここまでは順調なように思う。上腕の中ほどで切断されていた左腕を前腕が少し生えてきたところまで生み出してみてから一度止めてみる。前腕の途中でぷっつりと途切れているが生み出された部分はどう見ても普通の腕にしか見えない。見た目は完璧だ。
アキラ「どうだ?動かせるか?」
フリード「………。いや…。すまん。だめだ。」
アキラ「………なんでフリードが謝るんだよ。悪かったな。失敗だったみたいだ。」
フリード「え?おい!違うぞ!アキラのせいじゃない。だからそんな顔するなって!」
そんな顔ってどんな顔をしているんだろうか………。自分の表情なんてわからない。ただ失敗だったようだ。見た目は完璧。しかし感覚も神経もない。動かすことすらできないのなら重くなるだけ腕をつけておく理由はない。失敗か………。
俺は出来上がりかけている前腕の断面を覗いてみる。神経や血管や骨がきちんと出来ている。それはそうだ。構造は完全にフリードの右腕と対称にできている。人間は本来左右対称ではないがこれはサンプルモデルがないと作り出すことが出来ないのだから対称になるのは我慢してもらうしかない。というか対称だったとしても別に問題はないだろう。問題はなぜ動かないのかだ。左腕の切断面からきちんと俺が生み出した腕の部分まで繋がっているはずなのだ。それなのに感覚もないし神経も働かない。ただ線が繋がっているだけでは駄目なのか?どうすれば………。
………逆に考えろ。ではなぜ俺の腕は動く?神経が通っているから?違うだろう?神経が情報を伝達するからだ。血管が血液を運ぶからだ。そうだ。ただ道があってもそこを通って伝達するものがなければ働かない。だが神経だってまったく同じ成分で出来ているはずなのだ。切断されているわけでもなくちゃんと繋がっている。それなのになぜ情報が伝達されない?………いや。どうすれば伝達されるようになる?
………
……
…
ミコ「アキラ君。また次に挑戦すれば………。」
アキラ「そうか………。」
ミコ「え?」
アキラ「わかったぞ!ははっ!これならいける!」
フラン「もう解決策が浮かんだんですか?アキラさん。」
アキラ「ああ。これでフリードの腕は再生される。」
俺はミコとフランに答えてフリードの前に座りなおす。
アキラ「いいか?もう一度やるぞ?」
フリード「ああ…。でも…大丈夫か?またあんな顔するようなことはやめてくれよ?」
俺はそんなにひどい顔をしていたのだろうか?まぁどうでもいい。次は失敗しない。
アキラ「大丈夫だ。いくぞ!スキャン!人体創生の術!」
さっき作り上げたところの続きからではなく俺がさっき生み出したところからもう一度上から術をかけなおす。今度はさっきよりもさらに力の消耗が激しい。これは今の制限では思ったよりもきついぞ。だがなんとかさっき作ったところまで全て術をかけなおした。
アキラ「これでどうだ?動くか?」
フリード「………うっ、動く!動くぞ!触れば感覚もある!すごい!」
アキラ「成功か!」
俺はフリードを抱き締めた。やった!
狐神「ふぅ~ん?そのケダモノと抱き合うんだ?アキラ?」
アキラ「え?あっ!いえ!これは喜びでついです!男同士だってハグくらいします!」
そうだ。野球やサッカーの選手でも勝利を決めた瞬間やゴールを決めた後にハグくらいする。うれしい時に抱き合うのは男同士でもおかしなことじゃない。
ルリ「………あっくん。だめ。」
そっとルリが俺に抱き付いて来る。それは良いのだが周囲にいるフリードやパックスやロベールに神力の刃が飛んでいる。俺の神力で防いでいるが今日はこれからまだ神力を使わないといけないので勘弁して欲しい。
アキラ「大丈夫だ。俺は男だ。それよりフリードの腕の残りも終わらせたい。いいか?」
ルリ「………ん。」
ルリが離れてくれた。再度フリードの前に座りなおし腕を全て作り出した。フリードは指先まで入念に確かめている。
フリード「すげぇ…。本当に本物の俺の腕みたいだ。」
パックス「………信じられない。こんな魔法が可能なのか。」
ロベール「まぁお嬢ちゃんなら何やっても驚かねぇけど……。ほんとすげぇよな。」
パックスとロベールがフリードの腕をマジマジと見たり触ったりしている。
ロベール「いてててっ!痛いって!折れたよ!」
フリードの手を握っていたロベールの手が握りつぶされていた。
フリード「ええ?すまんロディ。わざとじゃないんだ。」
ロベール「ぎゃーっ!肩も折れた!やめろ!もうフリードは触るな!お嬢ちゃん治してくれ!」
ロベールはフリードに触られて折られたところを俺に治してくれと言ってくる。もちろん治してやるが俺を便利な救急箱か薬とでも思ってるんじゃないだろうな?だが今はそれより深刻な問題がある。それをまずは考えよう。
アキラ「フリード。ちょっと左腕で俺の手を握ってみろ。」
フリード「あ、ああ。」
フリードが俺の手を握る。………到底人間の握力じゃない。余裕で神格を得ているレベルのロベールが簡単に骨折するわけだ。
アキラ「力が強すぎる。もうちょっと手加減できないのか?人間どころか鉄製品ですら握りつぶす握力で俺の手を握っているぞ。」
フリード「ええ?そうなのか?まるで自覚がない。むしろそっと触るくらいのつもりでしか力を入れてないぞ………。」
やはり人間の限界を超えただけの性能がある左腕になってしまったようだ。よぉくフリードの左腕を見てみる。どこの鬼神だと思うほどの神力が溢れ出ていた。当たり前と言えば当たり前だ。俺の莫大な神力で作り出されたのだから………。だがこれは笑ってられない。フリードが力加減を間違えて触った物を壊してしまうくらいならいいだろう。問題なのは左腕の力だけが強すぎることだ。恐らくだが今フリードが全力で左腕でパンチを出せば自分の体の方が耐えられずにばらばらになるだろう。左腕だけが強すぎて他の箇所がついていけないのだ。これは非常にまずい。なんとかしなければならない。
そこでフリードの左腕に俺達と同じような能力制限をかけた。ただしこれは俺達のものと違い本体部分が強くなればそれに応じて自動で徐々に制限が緩くなる仕組みにしてある。つまり俺達が側にいなくても自分が強くなればそれに見合った制限になってくれるわけだ。
アキラ「これでどうだ?」
フリード「おお。大丈夫だ。ガラスのコップを持っても割れない。」
アキラ「ふぅ…。これでひとまず成功だな。」
実は俺は恐ろしいことに気づいている。だがそれにはあえて言及しない。ほんの少しずつではあるがフリードの左腕から徐々に俺の神力がフリードの全身へと流れ馴染み始めている。長く俺が作り出した腕をつけていればいずれ完全に同化するだろう。つまりこの左腕に宿っている俺の神力が丸々全てフリードの神力になってしまう。これは異常だ………。このままではいずれ黒の魔神よりもフリードの方が圧倒的に強くなってしまうのだ。だが俺は気づかないふりをして放っておく。どうせ俺にはまるで届かない。俺より強くなることはないし仮になっても俺の力はいつでも回収できる。俺の力を持ったまま俺の敵になることはない。
それにしても馴染みがよすぎる。………そこで俺は一つ気づいた。元々俺はフリードの腕を再生しようとして何度も大量の神力を注ぎ込んでいた。さらにフリードはここ最近俺に何度も殺されかけては回復されていた。こちらの攻撃が徐々に危険な威力になっていたにも関わらずフリードはいつもぎりぎりとはいえ生きていた。普通に考えたら人間族三人の中で一番強いロベールですら死んでいたはずだ。それなのにフリードは耐えていたしさらに耐えられるようになっていっていた。それはつまり回復をかけるたびに俺の神力を吸収して体に馴染んでいたということだ。その下地があったからこそ今回すぐに左腕と馴染みつつあるのだろう。何より耐えられているのだ。それがなければ左腕の強さのせいで本体のほうが壊れていただろう。偶然か必然か…。フリードはこれからこの世界でも最強クラスの者へと駆け上がる可能性が出来てしまった。
狐神「ところで参考までにどうして最初は出来なかったのが出来るようになったんだい?」
師匠が疑問に思ったことを聞いてくる。
アキラ「それはですね………。」
師匠達には俺がやろうとしていた三種の力を混ぜて発動させるということ自体は教えていた。皆もそれで成功する可能性があると納得したのだ。だが実際には失敗した。そこで俺はもう一つ加えたのだ。そう。獣力を。獣力は体の内側を巡って働く力だ。だから神経は繋がっているはずなのに情報が伝達されていない生み出された左腕から獣力が体へと流れてその時に情報も伝わるようにしたのだ。内側に作用する獣力だからこそこれができた。いや、むしろこの獣力で情報伝達を代用させなければ出来なかったというわけだ。
狐神「なるほどねぇ。」
フラン「アキラさんは一体どれほどの知識をお持ちなんですか………。」
ミコ「神経がつながってれば大丈夫だと思ってたもんね。よく気付いたねアキラ君。」
アキラ「ああ。まぁ偶然の産物かな…。」
こうして俺は新たな術、人体創生の術を完成させたのだった。




