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転生無双  作者: 平朝臣
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第五十八話「七人目のお嫁さんがきました」


 くそっ!恥ずかしすぎてフリードと顔を合わせられない。そもそも覗いてたあいつが悪いんだ!………ああぁぁぁ!もう!


狐神「ちょっとは落ち着きなよアキラ。」


 さっきのでズタボロになった外套を毟って悶えていたら後ろから師匠に抱き締められた。


アキラ「うぅぅっ…。」


ミコ「そんなに恥ずかしがることかな?」


アキラ「当たり前だろう!」


 男である俺があんな恥ずかしい姿を見られた上に女のような悲鳴まで出してしまって取り乱して大爆発してしまったのだ。ああぁぁ。穴があったら入りたい。


フラン「すごい威力でしたもんね…。」


 フランの言葉でさっきの惨状を思い出す。


 フリードと目が合った俺はその瞬間恥ずかしさで頭が真っ白になって気がついたら神力を爆発させていた。フリード以外の全員はきちんと結界で守っていたのだが辺り一帯の森とフリードだけは俺の神力で吹き飛ばされた。


 皆がフリードを守ってくれたお陰で辛うじて死んでいなかったがそれはもうすごい状態だった。フリードは色々な所がぐちゃぐちゃのどろどろになってとてもではないがモザイクをかけないとお見せできないような状態になってしまったのだ。


 正気に戻った俺が慌てて回復させたがよく何事もなく普通に元に戻ったものだと俺の方が驚いてしまうくらいだった。自分の惨状に気付いていないフリードはその後もケロッとしていたがあの姿を見た俺はとても普通にフリードに接することが出来ない。


 恥ずかしい姿を見られたこととその後にあんな状態にしてしまった負い目で俺はそれ以来フリードと顔を合わせることが出来なくなったのだ。


シルヴェストル「じゃがそんなに恥じるようなことかの?裸を見られたわけでもないのに…。」


ティア「そうですよね…。ちょっと服を着たまま抱き合っていただけですよね…。」


 ティアとシルヴェストルは不思議そうな顔をしている。確かにそうだ。ちょっと嫁達とのスキンシップを覗かれただけであんなに爆発するほど恥ずかしい場面を見られたわけじゃないはずだ。だが俺は顔から火が出そうなほど恥ずかしく頭が真っ白になってしまった。今冷静に考えれば確かに見られてもそれほどでもないと思うはずなのにやはりあの姿を見られたことを今でも恥ずかしいと思う。客観的に分析すればそれほど恥ずかしい所を見られたわけではないはずなのに主観としてはとても恥ずかしい。なんだろうこの矛盾は………。自分で自分がよくわからない。


 俺が一人で悶えていても空気を読まないガウとルリが俺の膝に頭を乗せてくる。さらさらと二人の頭を撫でていると少し落ち着いてきた。気持ちを整理して深呼吸する。


アキラ「ルリはこれからどうするんだ?」


ルリ「………!」


 そう声を掛けた俺を睨みつけてぎゅっと俺の足を抱き頭を強く押し付けてくる。


狐神「これからはずっと一緒にいるに決まってるさ。」


アキラ「………。俺達に付いてくるのか?」


 俺はルリの頭を撫でながらもう一度聞いてみる。


ルリ「…ん。」


 俺の太ももの辺りに顔を埋めて押し付けながらコクリと首肯して簡潔に答える。


アキラ「そうか…。それじゃ皆と仲良くするんだぞ?」


ルリ「………。駄目。あっくんはルリのあっくんなの。」


 ルリはますます力を込めて俺の足にしがみ付く。


アキラ「ふぅ………。どうしましょうか…。」


 俺は皆を振り返りなが聞いてみる。


狐神「ん?何も問題ないよ?ルリだってわかってるさ。ただ今はアキラに構ってもらいたいだけだよ。」


アキラ「そうなんですかね?後で揉めたりしませんか?」


ミコ「うん。大丈夫だよ。」


フラン「ですね。今はルリさんを甘えさせてあげてください。」


シルヴェストル「そうなのじゃ。わしやガウが一緒に膝におっても別に怒っておらんじゃろ?ただアキラに甘えておるだけじゃ。」


ガウ「がうがうっ!」


ティア「そうですね。わたくし達を拒絶している気配はありません。問題ないと思います。」


アキラ「そうなのか?まぁ…皆が大丈夫だっていうのならそれでいいけど…。」


 俺にはよくわからないが皆が揃って大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろうか。ともかくこれからはルリもずっと一緒だ。今度こそ俺はあの約束を守りたい。


アキラ「―ッ!」


ルリ「ッ!ッ!ッ!」


 俺とルリにある感覚が流れた。俺はすでに何度も経験しているがルリは初めての感覚で驚いているようだ。


狐神「ありゃりゃ…。こっちが先だったかい…。」


ミコ「え?もしかして?」


フラン「みたいですね。」


 師匠達三人はまた三人で顔を見合わせてウンウンと頷いている。すぐにばれてしまったようだ。


ティア「え?えぇ?まさか?」


シルヴェストル「仕方ないのじゃ………。わしらとでは絆の深さが違うのじゃ………。」


 ティアとシルヴェストルも察して落ち込んでしまったようだ。そう。俺とルリの心は繋がった。まるでそれが当たり前かのように極自然に何事もなくあっさりと繋がってしまった。未だに繋がっていないティアとシルヴェストルが先を越されて落ち込むのも無理はない。


ルリ「………あっくん。」


 いつの間にか体を起こしていたルリが俺に抱き付いて来る。そっと顔を近づけて………。


狐神「おっと。それはまだだめだよ。」


 ルリは後ろから師匠に口を塞がれた。


ルリ「むぅ………。邪魔しちゃだめ。」


狐神「私だってまだアキラとしてないんだ。いくら長い時間寂しい思いをしたルリでもこればっかりは譲れないよ。」


 二人の視線が火花を散らす。ルリの視線は相変わらず少しずれていて宙を彷徨っているけど………。って言っている場合じゃない。もしかして争いに発展するかと思ってヒヤヒヤして見ていたがあっさり決着した。


ルリ「………。わかった。…でもルリも譲らない。」


狐神「そうこなくちゃね。決めるのはアキラだよ。だからアキラからしてくれるまで強引に奪うのは禁止だからね。」


ルリ「…ん。」


 皆結構過激なスキンシップをしてくるわりに最後までしてこようとしないのはそういうことだったのか。どうやら俺の嫁の中で協定のようなものがあったようだ。


ティア「…ぐすっ。ひっく…。」


シルヴェストル「………。」


アキラ「え?!おっ、おい?ティア?シルヴェストル?」


 ティアはいつのまにか泣いていた。シルヴェストルは泣いてはいないがこの世の終わりのような顔をして空中で体育座りをしている。


ティア「アキラ様のばかーーーっ!」


シルヴェストル「良いのじゃ…。わしは良いのじゃ……。アキラの側におれるだけで良いのじゃ………。」


アキラ「ちょっ!ごめんって!俺にだってどうすることもできないんだよ!でも二人のことを想ってないとか大事じゃないとかそういうことは絶対にないから!」


 この日は二人の機嫌を取るために一晩かかったのだった。



  =======



 今日も馬車に揺られている。ティアは俺の左肩に乗っている。シルヴェストルは膝を独り占めしてゴロゴロと転がっている。ルリは俺の右腕に自分の腕を絡めて頭を俺の肩に乗せている。皆上機嫌だ。あのあとティアとシルヴェストルには色々条件を飲んだり約束をしてしまった。まずご覧のように暫くの間は俺にくっつく権利を三人が勝ち取った。なぜルリも一緒かというと後から嫁になった者の方が俺に甘える時間が他の者に比べて少ないからだそうだ。ティアとシルヴェストルも嫁の中では後から入ってきた方なので当分の間はこの三人が優先されるということになった。これはもちろん起きている時だけでなく寝る時のポジション争いでも優先されるのだ。その分俺と一緒になれない他の嫁達がよく条件を飲んだものだと思うが嫁同士だけで何らかの密約があったものと思われる。


 その次にティアとシルヴェストルだけ俺と二人っきりでデートする権利をもらったようだ。デートくらいいつでもすると俺は思ったのだがそういえば誰かと二人っきりというのはまずなかった。俺の周りには常に誰かいるので完全な二人っきりなどガウが来るまで師匠と庵で過ごした時くらいだろう。


 ともかく現時点で俺が聞かされている条件は今のところこれだけだ。これではいつもと変わらないので俺に否やはない。そもそもシルヴェストルはだいたい俺の膝の上にいるしティアは俺の胸の中か肩に乗っている。ただ肩にはエンやスイがいることもあるし膝にはガウなどが乗ってくることもあった。それがなくなり二人が暫く独占するだけにすぎない。


 ただもしかしたらこれだけではないのかもしれない。最初は俺も交えて全員で条件を話し合っていたのだが上の二つが決まった後に俺だけ追い出されて師匠が念入りに音を遮断する結界を張った上で嫁達だけで何らかの会議を行っていたからだ。内容は知らない。もしかしたらただ単に三人が俺を優先的に独占できるため狂うローテーションについて話し合っただけかもしれないし何らかの別の密約をしていたのかもしれない。無理やり知ろうと思えば手段もあったが俺はそこまで無粋でもないので皆に任せることにした。だから後で追加で何か言われるかもしれないがその時は快く引き受けようと思っている。


 今日の行程を進みテントを張って休むことにした。料理の準備をしようかという時になってロベールに声をかけられた。


ロベール「お嬢ちゃんちょっと良いか?」


アキラ「今でないとだめなことか?これから料理するつもりなんだが。」


 そこでロベールはミコに視線を送った。ミコはその視線を受けて頷いていた。


ミコ「こっちは大丈夫だからロディさんの話を聞いてあげたらどうかな?」


 ミコに笑顔で送り出されて少し離れて話を聞くことになった。


アキラ「それで?」


ロベール「あ~…。お嬢ちゃん。いい加減フリッツのこと許してやったらどうだ?あれ以来一度も顔すら合わせてやってないんだろ?」


 あれとは大爆発した時のことだ。確かにあれ以来俺は恥ずかしくてフリードと顔すら合わせていない。馬車はいつも別の馬車に乗っているし食事の時もタイミングをずらして一緒に摂っていない。だが許してやるとはどういうことだろうか。それほど悪いことをしたわけでもないフリードにあれだけ大怪我を負わせたのだからむしろ許してもらうのは俺のほうだろう。


ロベール「とにかく話だけでもしてみろって。な?」


アキラ「いや…その…。」


 俺はロベールに背中を押されながら馬車と繋がるように張っている別のテントの方へと連れて行かれてしまった。もうテントの入り口の前であり俺はしぶしぶ覚悟を決めた。入り口の布を捲くりながらフリードに声をかける。


アキラ「あー…。その…。すまなかっ………。」


フリード「本当にごめんなさい。もうしません。許してください。」


 俺が入って謝ろうとするとフリードが先に謝ってきた。しかも土下座している。土下座を教えたのはロベールだろう。こいつも以前土下座をしていた。


フリード「どんなことでもするから許してください!アキラの顔が見れないのは辛い!アキラの声が聞きたい!悪いところがあったのなら直すから!」


 フリードは頭を床にこすり付けたまま言葉を続けていた。


アキラ「馬鹿か………。」


フリード「そうです!馬鹿です!馬鹿も直します!だからせめてアキラの姿くらい見させてください!」


 俺はそっとフリードに近づいて目の前に座って肩を掴み顔を上げさせた。


アキラ「バーカ………。」


フリード「え?アキラ?」


 俺はそっとフリードの顔を俺の胸に抱き寄せ顔が見えないようにした。今は顔を見られたくない…。


アキラ「悪かったのは俺のほうだろ?フリードは着替えが終わったから入っても良いって言われたからテントに入っただけなのに俺があんな大怪我を負わせてしまった。謝るのは俺のほうだ。」


フリード「え?あの?」


アキラ「ごめん。あんな怪我させるつもりじゃなかったのにあの時は…、いや、今でもなんだけど恥ずかしくて我を忘れてしまった。だからフリードが土下座なんてするな。お前は皇太子で次期皇帝なんだろ?簡単に土下座なんてしたらだめだ。」


フリード「あ…あぁ。わかった………。」


 フリードの頭を俺の胸に抱いたまま語って聞かせる。フリードは俺にされるがままになっている。そっと片方の手で頭を撫でる。嫁達と違って少し硬くてごわごわした髪の感触が返ってくる。


アキラ「本当に悪かった。………許してくれるか?」


フリード「ああ…。もちろんだ。許すも何も最初から俺が許してもらうほうだと思ってたしこんなご褒美まで貰えるなら大歓迎だ。」


 フリードがちょっと調子にのって俺の胸元で顔をスリスリしている。ちょっとイラッとしたが今回は我慢することにした。


パックス「なんだ?仲直りできたのか?」


ロベール「やっぱりDOGEZAのお陰だな。」


 パックスとロベールの声で俺は我に返った。


アキラ「ひぅっ!いつからそこにっ?!」


ロベール「いつからもなにも俺は最初からだろ?お嬢ちゃんを連れてきたの俺だし。パックスには席を外してもらってたが今戻ってきたところだ。…ところでそのままだとフリッツが死んじまうぞ?」


アキラ「え?」


フリード「きゅぅ………。」


 パックスとロベールの声に驚いて力を入れすぎてしまっていた。フリードは俺に『きつく』抱き締められて大惨事になっていた。首と背骨、それから肩甲骨を骨折していた。頭を握り潰していなくてよかった。さすがに頭を握りつぶしてしまっていたら回復しようがなかった。などと言っているうちに本当にフリードが死んでしまいかねない。俺はまたしても慌てて回復してやることになったのだった。



  =======



 それからは特に問題もなく旅は進んだ。まだちょっとフリードと顔を合わせるのは気まずいがフリードはあれ以来上機嫌だ。あと師匠、ミコ、フランの三人が俺とフリードをニヤニヤしながら見つめていたり三人でいつものウンウンと頷き合うことが何度もあった。そんなことがあったが今回の旅もいよいよ大詰めを迎えてアルクド王国の首都ピョンソルに到着した。


アキラ「俺達は単なる護衛だからフリードに全部任せるぞ。」


フリード「ああ。わかってる。人間族のことは人間族が解決、だろ?」


 俺はフリードと視線を合わせて頷く。そこからはパックスとフリードがアルクド王国の衛兵などに話を通してスムーズに王城へと入城を果たした。衛兵に先導されて謁見の間へと入る。しかし俺達が王城に着いてからずっと複数の者が気配を殺しながら俺達をマークしている。どういうつもりなのか実にわかりやすい。


アルクド王妃「頭が高い。余がアルクド王妃である。」


 玉座に座っているババァが偉そうにふんぞり返っている。この勘違いババァに身の程を思い知らせてやりたいところだがまずはアルクド王国について整理しておこう。


 国土面積はガルハラ帝国とほぼ同程度であり一番大きいのがバルチア王国、その次がガルハラ帝国とこのアルクド王国でウル連合王国が最も小さい。歴史はバルチア王国の次に古く現存する国家では古い方と言えるだろう。


 唯一南回廊と接している人間族国家であり南大陸を勢力圏にしている獣人族との交流が深く他種族への差別意識は低い…と聞いていた。だがここへ来るまでに俺達に向けられていた視線には多分に差別意識が含まれていた。それだけでなくバルチア王国で見たのと同じ獣人族奴隷が大勢いた。スラムなどで貧民ではあったがガルハラやウルでは獣人族奴隷は見たことがない。生活様式や差別意識など端々に聖教の影響が色濃く見える。その上王妃とやらがこの態度だ。とてもまともな国とは思えない。


衛兵「頭が高いといっておる!跪け!」


 衛兵が槍を向けて俺達を威嚇している。まったくもって話にならない。


フリード「全権大使たる俺への扱いはそのまま全てガルハラ帝国への扱いだ。それがアルクド王国の総意ということでいいんだな?」


アルクド王妃「ええい!不愉快じゃ!」


 そう言って王妃とやらが扇子のようなものを振ると気配を殺しながら俺達を監視していた奴らが飛び出してきた。ロベールやパックスですら当然気付いていたので全員何の問題もなく対処して襲ってきた奴らを全て無傷で捕えた。襲撃者は獣人族だった。こいつらは今まで見てきた獣人族とはレベルが違うようだ。それでもパックスですら素手で簡単に制圧しているのだが…。


アルクド王妃「………え?えぇ?」


 王妃はポカンと口を開けている。全員俺達に捕えられたことが理解できないらしい。


フリード「それで?次はどうするんだ?」


アルクド王妃「……あぁ。………何をぼさっとしておる!やれ!」


 暫くうろたえていた王妃だが一番最初に正気に戻り衛兵達に命令しだした。だがこの中でマシな方である獣人族ですらあっさり俺達に捕まったのだ。ただの衛兵達が敵うはずがない。衛兵達も顔を見合わせるだけで動こうとさえしなかった。


ティーゲ「なかなかやるな。俺はアルクド王国出向虎人種部隊隊長ティーゲ。俺が相手をしてやる。」


 2m以上ありそうな大男が現れた。黄色と黒の虎柄の尻尾と耳がある。顔はかなり猫あるいは虎っぽい。ある程度がっちりとした体格ではあるが筋肉モリモリではなくしなやかで力強い感じがする。今の状態だけでは下位の六将軍とも勝負にならない程度に感じるが俺の感覚はそれだけじゃないと伝えてきている。こいつはきっと獣人族の能力を持っている。だから見せかけの強さだけでは測れない。


ロベール「おう。それじゃ俺が相手をしてもらおうかな?」


 ロベールが一歩前に出る。確かに今測れる範囲の強さだけならロベールが勝つと思うが敵が未知の能力を持っているのならロベールに任せていいのだろうか…。だが俺の不安を知ってか知らずかロベールは俺に視線を向けて自分に任せろと言っている。


ティーゲ「ぐはははっ!人間風情が後悔する間もなく死ぬことになるぞ!」


 言うが早いかティーゲはロベールの後ろに瞬時に現れて上から両手を組み叩きつけた。しかしすでにそこにはロベールはいない。ティーゲの後ろにまわって立っている。俺達はさっき気絶させた獣人共を連れて端に移動している。今謁見の間の中央にはこの二人しかいない。全員の視線がこの二人の戦いを見守っている。


ロベール「おいおい。それだけか?もうちょっとはやると思ったんだが買い被りだったか?」


ティーゲ「………。貴様名は?」


 ティーゲの顔から嘲笑が消える。


ロベール「ロベール=ファルシオン=ドラゴンスレイヤー。」


 ロベールは武人として本名を名乗った。まだ傭兵ロディの役は解除されたわけではないはずだがここで偽名は武人として恥ずべきことだと思ったのだろう。


ティーゲ「そうか…。貴様が音に聞こえし剣聖か。よかろう。相手にとって不足なし。このティーゲ全力を持って相手をさせてもらう。」


 やはりロベールの名前を知っていたようですぐに剣聖とばれたようだ。ティーゲの神力の質が変わる。これが獣人族の固有能力か?今まで見てきた限りでは獣人族の能力とやらは見たことがない。


ティーゲ「〝獣化 しつ〟」


 ティーゲの体内の神力が緑色に色づく。外見上はほとんど見えない。神力を判別できる俺だから見えているような感覚を感じているだけで実際に色が体から放出されているわけではない。逆に俺の妖力、魔力、精霊力は目に見えて俺の体を覆っている。これが獣人族の力は体内で作用する力と言われる所以だろうか。


ロベール「―――っとぉ!あぶねぇ。」


 もう一度ロベールの背後に一瞬で移動したティーゲは今度は腰に下げていた剣を抜き放ってロベールを斬りつけた。しかしロベールはぎりぎり回避した。がさっきほどの余裕がない。ロベールが対処できる限界に近いほどの速度だった。ティーゲの速度はさっきよりも上がっている。俺にはよくわかる。ティーゲの使った緑色の獣力はティーゲの脚に流れている。さっき〝獣化 疾〟と言っていたことから脚力上昇に伴う移動速度向上能力といったところだろうか。


ティーゲ「やるな。これを凌ぐとはな。だがいつまでついてこられるかな?」


ロベール「はっ!驚くのはまだはえぇぞ。」


 ティーゲが高速でロベールに迫りロベールがかわす。ずっとその繰り返しだった。ロベールは剣を抜いているが剣で受けない。そしてついに均衡が破れた。


ロベール「段々慣れてきたぜ。………ここだっ!」


 突進しながら胴を薙ぎ払おうとしたティーゲの剣にロベールが剣を合わせる。ティーゲの剣は真っ二つに斬られてしまった。だが即座にティーゲは動いた。


ティーゲ「〝獣化 ちょう〟」


 薙ぎ払いながら駆け抜けたはずのティーゲは駆け抜けた先から強引にロベールの方へと跳躍した。普通に考えたらあり得ない動きだ。人間で言えば走り幅跳びで前に助走して後ろにジャンプしたようなものだ。体にどれほどの負担が掛かっているかわからない。だがティーゲはそれをやってのけた。ティーゲの剣を斬ったロベールはまだ剣を振りぬいた格好で固まっている。普通の者から見ればこれはティーゲの勝ちに見えただろう。だが…。


ロベール「はっ!残念だったな。俺の勝ちだぜ。」


 ロベールは振りぬいた剣の勢いそのままに反転した。タイミングは完璧だ。〝獣化 跳〟でさらに速くロベールの方へと跳んできていたティーゲを完全に捉えている。


ティーゲ「ぐぅっ!」


 ティーゲは咄嗟に爪を振ろうとしていた両手をクロスにしてロベールの剣に備えるが剣を止めることは出来ずに両腕を切断されて胸に食い込んだところでティーゲも剣も止まった。


ロベール「どうする?」


ティーゲ「俺の………、負けだ。」


 ティーゲが負けを認めたことでこの場の勝敗も決した。ティーゲより強い者はここには、否、もはやアルクド王国にはいない。目を覚まし始めていた獣人族達もこの結末を見て完全に戦意を失っている。


ロベール「お嬢ちゃん。こいつの腕頼めるか?」


アキラ「治してやる気か?」


ロベール「ああ。今ならまだくっつくはずだ。武人にとっちゃ両腕を失うのは死ぬよりつらい。頼む。」


 ロベールが俺に頭を下げる。どうせ俺達にとってはティーゲ程度では大した脅威にならない。今の戦いをみて確信した。ロベールどころかフリードやパックスでもティーゲに勝てる。この三人は人間族で神になれるレベルを超えている。もちろん神になっていないのは神格不得之術を使っているからだ。ティーゲの強さはせいぜい最初に出会ったマンモンに運がよければ偶には勝てるかもしれない程度だ。百回くらい奇襲すれば運良く一回くらいは勝てるかもしれない。所詮はその程度。出向部隊部隊長というのがどの程度の強さなのか知らないがこれでは獣人族の強さも高が知れているかもしれない。とても身体能力で魔人族に勝てるとは思えなかった。


アキラ「治癒の術。」


 俺はティーゲの腕を拾ってくっつけてみる。フリードは俺が診た時にはすでに腕自体を失っていたので四肢切断を接続するのは今回が初めてだがそれほど苦労はなかった。あっさりと両腕がくっついてしまった。


ティーゲ「馬鹿なっ!なんだこの能力は!腕がついただと!」


 ティーゲは驚き獣人族達はひれ伏していた。別に能力を教えてやる義理はない。いちいち答えないでおくことにする。それよりも俺は別のことが気になっていた。さっきティーゲの能力を見てから…。俺は自分の中に獣力があることを感じていた。そして恐らく俺もティーゲがやっていたように獣化とやらが出来る。今試すといつものように力加減を間違えて失敗するのが目に見えているのでここでは試さないがもう試すまでもなく出来ることは確信している。能力はともかく獣力を持っているのは確実なので三つではなく四つの力を持っていることになる。そしてここまでくればおそらく俺は龍力もあるのだろうと思える。俺は一体何なんだ?全ての力が使えるとでも言うのだろうか…。


アルクド王妃「…あぁ。…………あぁぁ。」


 アルクド王妃の声が聞こえて視線を向ける。ツンと鼻を刺す臭いがしている。


ティーゲ「ビンミョン殿。着替えられてはどうかな?我々は鼻が良いのでそのまま居られてはあまり気分が良くない。」


 アルクド王妃はビンミョンというらしい。ビンミョンの股間の辺りから漂うアンモニア臭に鼻の良い俺達も顔を顰めたのだった。



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