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転生無双  作者: 平朝臣
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閑話⑭「アキラ親衛隊誕生」


 アキラ達が出発してからそれなりの日数が経過している。マンモン将軍は一度大ヴァーラント魔帝国へ帰ることになり俺が千人隊を預かりこの国に留まることになった。アキラはこの国を大切にしている。だからアキラが居ない間は俺がこの国を守ってみせる。


 ソドムの街で拷問を受けていた時はもう俺は終わったのだと思っていた。自慢の足も耳も鼻も全てがイカレてた。仮に命が助かってももう二度と俺はまともに動けないと諦めていた。それを彼女は何でもないことのように簡単に完全に治してくれた。どんな魔法でもあれを完全に治すことなんてできないはずだった。そんなものは見たことも聞いたこともなかった。だから俺はこれからの残った命を全て俺を助けるために自らの身の危険も顧みずあの広場へと出てきて俺の傷まで完全に治してくれた彼女のために使おうと決めた。


 そして彼女に付いて行くうちに俺はいつの間にか強くなっていた。最初にパンデモニウムに辿り着いた時はバアルゼブル将軍の次がマンモン将軍、そしてそのマンモン将軍の次が俺くらいの強さだと感じた。でもこの人間族の国であるガルハラ帝国に滞在してた間に今ではマンモン将軍が一番強くその次に俺が強いと確信が持てるほどに力が増しているのがわかる。他の六将軍より強いからと言って俺が六将軍に入りたいという意味じゃない。俺は残りの命を全て彼女のためだけに使う。だから余計な地位など邪魔にしかならない。俺は既に大ヴァーラント魔帝国への忠誠よりも彼女への想いの方が大きくなり優先している。俺には大ヴァーラント魔帝国より預かった千人隊の指揮官は相応しくないだろう。だから俺は千人隊を集めてそのことを正直に告げることにした。


ジェイド「だから俺にとってはアキラが一番最優先であり彼女のために動く。お前達は大ヴァーラント魔帝国の兵士達だ。俺の指示に従えない者は従う必要はない。俺が指揮官失格な以上は俺に従わなくとも軍規違反にはならない。大ヴァーラント魔帝国に俺が裏切り者だと報告したければすればいい。今夜一晩考えて俺に賛同できる者だけ明日またこの時間にこの場所に集まってくれ。以上、解散。」


 もっと動揺するかと思ったがほとんどざわつくこともなく兵士達は静かに散っていった。あるいは考えるまでもなく大ヴァーラント魔帝国への忠誠が優先だということだろうか。誰もいなくなった練兵場に佇みながら俺は暫く考え事に耽るのだった。



  =======



 翌日練兵場に向かった俺は少し驚いた。


ジェイド「九人か。」


 九人もいたのだ。地位も名誉も捨てて場合によっては大ヴァーラント魔帝国から指名手配すらされかねない。それなのに九人もいたのだ。


ジェームズ「おっと勘違いしないでください。私は貴方の指揮官権限の委譲をしてもらうために来たのです。貴方に賛同してやってきたわけではありません。」


 この男は副官だったジェームズという男だ。あまり俺とは反りが合わない奴だったがはっきりと態度で示す分だけソドムに居た元同僚達よりはマシだろう。奴らは上辺では従っておきながら腹の底ではあんなことを考えていたからな。それに比べればはっきりと俺が気に入らないと正面から言ってくるだけまだ好感が持てる。


 しかしジェームズか…。ソドムの街で俺をあんな目に合わせた方面司令官と同じ名前だ。よくある名前とはいえ何だか因縁のような物を感じる。


ジェイド「残りの八人は俺に従うということでいいのか?言っておくが大ヴァーラント魔帝国から反逆罪や脱走兵として指名手配されてもおかしくないぞ?」


ケンテン「もちろんそれで構わねぇぜ。俺達も皆それぞれあのお方達に恩のある者ばっかりだ。」


 ケンテンが代表して答える。この場に来た者のうち数名は知っている者がいた。この男のことも知っている。この男の率いていた部隊の者が魔獣によって北回廊から海へと引き摺り込まれたことがあった。北回廊にいる魔獣自体はそれほど脅威となる敵はいなかったが海に落ちたとなれば話は変わってくる。今の俺ですら何の準備もなしにただ海の中に入れば海の魔獣に対抗するのは苦労するだろう。もちろん俺ならば海に沈まないように水面を駆ける方法もあるので沈みさえしなければ海上でも戦えるし他にも水中でも戦う方法はある。だがそれはあくまで準備して対応策をとった場合だ。何の備えもなしにいきなり落ちたとなれば一般兵では水属性の種でもなければ海の魔獣にやられるだろう。


 ほとんどの者は落ちた兵士のことを諦めた。少なくとも無事では済むまいと誰もが考えたはずだ。命は助かっても大怪我を負ってこれ以上の従軍は不可能だろうと誰もが思っていたその時にケンテンは海に飛び込んだ。ケンテンは必死に落ちた兵士を守りながら回廊へ上がろうとしていたが次々に襲ってくる海の魔獣によって犠牲者が二人になるだけだった。そこへ彼女が降り立った。水に沈むことなく水面に立って浮いていた。ふわりと二人の前の水面に降り立ったアキラは海に手を向けた。それだけで海の魔獣達が水面に浮かび上がってきていた。ほとんどの者は何をしたのかすらわからなかっただろう。俺の耳には辛うじて捉えることが出来た。彼女は一部の海だけ切り離したような状態にしてその中を細かく振動させたのだ。そこに居た魔獣達は全てその細かい振動で死んでしまった。どういう原理なのかは俺にはよくわからないがおそらくそうだったのだろうと思う。


 魔獣を始末したアキラは海に落ちた二人を拾い上げて回廊の上へと戻ってきた。負傷していた二人の傷もあっという間に治して何事もなかったかのようにまた戻って行った彼女をそこにいた者達はただ呆然と見送ることしか出来なかった。それ以来ケンテンは彼女に感謝し何かと彼女に付き従うようになった。この場にいる他の七人も似たようなことがあったのだろう。何人か彼女に救われたり付き従っていた者がいる。


リカ「言っとくけどあたしはアキラって人のために来たんじゃないよ。あたしはフランツィスカっていうウィッチ種の子に恩があるから来たのさ。」


ジェイド「そうか。ともかくここに残った者達はアキラのパーティーの誰かに何らかの恩や義理があるからやってきたと思っていいのかな?」


ケンテン「ああ。そうだぜ。こいつらは皆何かしらの理由があって来た者ばかりだ。」


 俺がここへやってきた八人を順番に見渡すと皆もそれぞれ頷きながら答えた。


ジェームズ「そんなことよりもさっさと権限の委譲をしてください。」


ジェイド「わかった。まずは大ヴァーラント魔帝国本国へと報告して裁可を仰ごう。」


 俺とジェームズの連名で今回のことについての報告書を本国へと送ることにした。それをみた上層部が俺の処分を決めるだろう。火の国の伝令に頼んですぐに連絡を送った。しかし返ってきた命令書の内容は俺の想像とは違うものだった。


ジェームズ「馬鹿なっ!どういうことですか!」


ジェイド「う~ん………。内容はびっくりだけど従うしかないかな。」


ジェームズ「そんな馬鹿な!貴方は何をしたんですか!こんな命令書が来るなんておかしい!」


 ジェームズが驚くのも無理はない。俺も驚いている。皇帝陛下のサインの入った勅書の内容を大まかにまとめてみる。まず俺達九人の罪は問わないこと。ここに残った八人は俺の直属として千人隊とは別の軍として俺が指揮すること。俺の名目上の立場は変わらず千人隊の隊長であること。ただし実際の指揮は副官のジェームズが権限を俺に返すまでは副官が行うこと。


 俺達の罪を問わないことと千人隊から八人を切り離すことはまだわからなくもない。問題は後半部分だろう。俺の隊長の地位が変わらないこととジェームズが権限を俺に返すまではジェームズに実際に指揮させること。どういう意味だろう?これではまるでそのうちジェームズが自発的に俺に指揮権を返すことが決まっているかのような内容だ。


ケンテン「何でもおかしいもないだろ。そう書いてあるならそれに従うしかねぇ。」


ジェームズ「くっ!………ふふふ。まぁいいでしょう。私が指揮権を返さなければ良いだけのこと。新しい指揮官としての仕事がありますので私は失礼しますよ。」


 それだけ言うとジェームズは去って行った。俺は残った八人に視線を向けた。


ジェイド「前に言った通り俺はソドムの街で裏切りに遭って以来簡単には他人を信用できなくなってしまった。当然お前達のことも信用できていない。そしてお前達もまだ俺のことなんて信用できていないだろう。俺達の間にはまだ信頼関係なんてものは何もない。」


 そこまで言ってからもう一度全員の顔を順番に確認していく。


八人「「「「「「「「………。」」」」」」」」


ジェイド「ただし俺達には一つだけ共通点がある。お前達は自分の身の危険も顧みずアキラ達のために大ヴァーラント魔帝国の地位も名誉も捨ててここに集った。俺達がお互いにまだ信用できていないとしてもアキラのパーティーのために自分を捨てることができるという一点において俺達は志を同じくする者ということだ!俺を信じろとは今は言わない。だが俺達の目的は一つ。その目的のためにはお互い協力し合いたい。アキラ達に関することだけは俺の命令に絶対に従ってもらう。良いな?!」


八人「「「「「「「「了解っ!」」」」」」」」


 全員が即座に答える。


ジェイド「アキラ以外の者に恩義を感じて来ている者には悪いが俺達九人はアキラ親衛隊と名乗るぞ。」


リカ「別に名前でとやかく言いやしないよ。ただあたしはアキラって人よりはフランツィスカの安全を優先させてもらう。」


ジェイド「部隊名に反対はないようだな。リカ以外に誰かアキラより優先したい者を決めている者はいるか?おっと…。そういえば知らない奴もいるな。まずは自己紹介から始めようか?」


 前から知っていた者、知らなかった者それぞれ自己紹介を聞いていった。ケンテン、ダザー、リカ、シンライ、ソンプー、カンスイ、ゴンザ、コンヂ。俺達アキラ親衛隊はこの九人から始まったのだった。



  =======



 ジェームズは部隊を再編成して指揮系統の変更と統一も行ったようだ。今は新しい指揮系統による訓練に励んでいる。元々士気も練度も高かった千人隊だけあって新しい指揮系統でも大きな混乱はなくスムーズに訓練を行っている。


 俺も親衛隊の八人を連れて訓練に励んでいた。まず俺達はお互いの強さや能力について何も知らないも同然だ。だからお互いの能力の確認からしていく。そしてそれぞれに合った役割や連携を決めていくのだ。


ケンテン「おいおい………。隊長は強すぎるぞ。俺達じゃ歯が立たない。将軍クラスの強さじゃないか?」


ダザー「………確かに。こんな猛者が六将軍以外にも居たなど初耳だ。」


 皆がそれぞれ色々な意見を交わしている。ざっと見たところこの八人は一番強い者でも部隊長クラス、下位の者ならば普通の一般兵クラスの者もいる。とてもではないが現状では精鋭とは呼べない。ただし属性や前衛後衛などのバランスは非常に良い。個々の能力でそれほど高くなくとも部隊として機能すれば一定以上の強さを発揮できる可能性はある。俺が六将軍以上であるとわかっている者はいないようだ。自分自身が一定以上の強さでないと相手の強さが理解できない。そういう点から考えればまだまだこの八人の強さは足りないということだろう。


ジェイド「次はそれぞれの特技や能力にあった役割に分かれて連携を確認しながらやるぞ。」


コンヂ「うへぇ。もう休憩終わりっすか?」


リカ「男のくせに泣き言言うんじゃないよ。」


コンヂ「あっ。その男のくせにとか差別じゃないっすか?女のくせにって言ったら差別だって騒ぐくせに男ならいいんすか?」


リカ「ああ女々しい!さっさと立ちな!」


コンヂ「うひぃ!」


 八人も色々と性格や相性があるようだ。騒がしいながらもこれも部隊としてのチームワークや連携に必要なことだと思い特に咎めることなく進めていった。



  =======



 アキラ親衛隊は寝食を共にしてお互いを知り合いながら訓練に励んだ。まだまだ力は足りないが最初に比べればマシになってきただろう。最近は訓練以外に巡回や警備の任務も与えている。基本的にはガルハラ帝国の兵士達が警備もしているし千人隊の者達も独自の巡回をしている。俺達のようなたった九人の部隊が城や街全体を警備したり巡回したりする能力も余裕もない。俺達がやっているのは影ながら重要人物の身辺警護や安全確保の巡回だ。アキラが特に警戒していたのは暗殺だ。正面から戦争を仕掛けてくるような相手ならばガルハラの兵士達や千人隊が相手をすれば良いだろう。俺達が警戒するのは皇帝などの重要人物を暗殺しようとしてくる少数の潜入者やスパイだ。少数の部隊である俺達のほうが小回りが利き暗殺などからの警備には向いている。また俺達はどこにも属さない部隊の扱いになっているので敵にも味方にも知られることなく護衛につくことができる。だから俺達が重要人物の護衛に影ながら就いていることを知る者は誰もいない。


 よくよく考えれば異変が起こり出したのは二日前からだったのだろう。その時は誰もさして気にしていなかった。魔獣の一団がこのデルリンの街を襲ったのだ。完全に人間の生活圏であり大勢の人間がいる大きな街にわざわざ魔獣が襲ってくることは滅多にない。だが滅多にないと言っても絶対にないということはない。だからそういうことも偶にはあるだろうと誰も気にもしなかった。襲ってきた魔獣達がそれほど脅威でなかったのも楽観しすぎた原因の一つだろう。アキラから情報を聞いていたにも関わらず俺以外の誰もそのことに注意を払っていなかった。


 ガルハラ帝国の帝都であるデルリンはパンデモニウムと違って街を囲うような城壁はない。皇帝の住む城には敵を阻む堀や壁があるが人間族の労働力では到底街全てを囲うような壁は張り巡らせられないそうだ。だから城下町に住まう一般市民達は何にも守られていない。それぞれが独自に自らの身を守るしかないのだ。独自に身を守らなければならないからといってこの国の兵士が国民を守らないという話ではない。当然街の住人達を守るために兵士は出動する。だが門だけ守れば良い城壁に囲まれた街と違い城壁も柵もないこの国の街ではどこから敵が侵入してくるかわからない。そして街の規模も大きいために一箇所に全ての兵を置いてしまっては逆側に何かあった時に即座に対応できないために全周囲に渡って兵を分散しなければならない。ここを突いてくるのが敵の狙いだったのだ。


 初日は東側の森から魔獣が飛び出してきて街に近づいてきただけだった。数も強さもそれほどの相手でもなくガルハラ帝国の兵士だけで簡単に撃退できた。念のために東側への警備と巡回を増やすことになって終わりだと誰もが考えていた。しかし翌朝にその対応を嘲笑うかのように西側に魔獣が現れた。今度は西側かと対応を考えていたところでその日の夕方に再び東側に魔獣が現れた。こう何度も別方向から魔獣が襲ってくることなどなかったそうで人間族は混乱していた。冷静に考えられる者がいたならば気付いただろう。様々な方向から何度も襲ってきている以上におかしなことがある。それは敵の強さも数も襲撃の回数を重ねるごとに徐々に上がってきていることだ。


 三日目、つまり今日はすでに朝から何度も襲撃を受けていた。襲ってくる方角も様々でいつどちらから来るかわからない。全周囲に渡って常に警戒しておかなければならなかった。その上襲ってくる魔獣の強さも数も最初の頃とは比べ物にならないものになっている。ガルハラの兵士達にも疲労が蓄積し負傷者も増えつつあった。事態を重く見たガルハラ帝国は事ここに至ってようやく大ヴァーラント魔帝国に支援を要請。大ヴァーラント魔帝国は千人隊に協力するように命令を下した。


 初任務とあって張り切ったジェームズは魔獣が出るたびに出撃し東奔西走して千人隊は八面六臂の大活躍をしていた。人間族も沸き立ち大歓声に迎えられる千人隊も満更でもない顔をしている。このまま敵の戦力が尽きるまで大活躍できればそれに越したことはない。すでに千人隊の指揮権を持っていない俺がとやかく言うことでもない。俺達アキラ親衛隊は別の事態に備えて行動していれば良い。だが俺の予感は当たってしまった。


 最初の異変から考えればすでに魔獣の襲撃が起こるようになってから七日が経過している。最初は意気揚々と出撃していたガルハラ帝国の兵士も大ヴァーラント魔帝国の千人隊も今では疲労困憊で負傷者も続出している。敵は最初から死ぬ前提で全滅するまで突撃してくる。いくら魔人族から比べれば弱いとはいえ朝となく夜となく一日中どこから襲ってくるかわからないのだ。敵が現れるたびに北へ南へ東へ西へありとあらゆる方面に向けて出撃しなければならない。いつどちらから襲ってくるかもわからない敵にいつまで倒し続ければならないのかわからない苛立ちが重なり敵の思う壺になっている。万全の状態でならば傷一つ負うことなどないような敵を相手に疲れと苛立ちでミスを引き起こし負傷者が徐々に増えてくる。もしこのまま襲撃が続けばデルリンの陥落もあり得るのではないかと思えてしまうほどに状況は悪かった。


 その日はアキラからも連絡があった。アキラの方も襲撃を受けた上に彼女達のパーティーメンバーですら敵を逃がしてしまったというのだ。普通に考えてあり得ない。何しろ彼女達には黒の魔神様をも加えた大ヴァーラント魔帝国の総力を結集しても太刀打ちできないのだ。彼女達にまともに傷をつけることもできず誰一人逃げることも出来ずに全滅させられるだろう。それほどの歴然とした力の差がある。その彼女達の目の前から逃げおおせる者がいるなど信じられなかった。俺達の方も気を引き締めるように言われたが言われるまでもない。アキラ親衛隊も最大限の警戒をすることにした。


 そしてとうとう恐れていた事態に発展してしまった。千人隊の者達がジェームズに責任と退任を要求したのだ。七日間もまともに眠ることも出来ず一日中戦い続けていた千人隊の疲れもストレスもピークに達していたのだろう。部隊を叱咤したジェームズに兵達が詰め寄り最早収拾がつかない状況になってしまった。なんとか兵達を抑えてジェームズは俺のところへとやって来ていた。


ジェームズ「ジェイド隊長………。一体どうすれば良いのでしょうか………。」


 ジェームズが俺に助けを求めてくる。


ケンテン「今更ジェイド隊長だって?笑わせるぜ。隊長は俺達アキラ親衛隊の隊長だ。千人隊はてめぇで何とかしろよ。」


リカ「ケンテン。ここで突っかかっても仕方ないだろう?どうすれば良いかもうわかってるんだろう?ジェームズ。」


ジェームズ「それは………。」


 ケンテンとリカの言葉にも強く反発せずにジェームズは俺に視線を送ってくる。


ジェームズ「………。ジェイド隊長!指揮権はお返しします。どうか………、どうか千人隊を纏め上げてください。」


 意を決したジェームズは俺に頭を下げた。やはりこのジェームズはソドムの街の者達とは違う。部隊の者達のために、国のために己の過ちを認め改めることが出来る。自分の失敗を隠そうとしたり完全に瓦解してしまうまで何の手も打てていないのに自分で何とか出来るなんて妄想はしない。きちんと現状を認識してより良い手を打とうとすることが出来る。尤も俺に指揮権を返したからといってそれが最善手とは限らないがな。それはこれから俺が示すところだろう。


ソンプー「随分都合が良いんじゃないか?お前は何も責任を取らないのか?」


リカ「ちょっとソンプーあんたねぇ…。」


ジェームズ「…いや。そいつの言う通りでしょう。私は判断を誤った。私は隊長の器ではなかった。ですから指揮権をジェイド隊長に返し私は副官から降ります。」


ジェイド「ちょっと待てよ。お前に副官をしてもらうぞ。」


ジェームズ「え?」


 俺の言葉に親衛隊とジェームズの視線が俺に集まる。


コンヂ「晒しあげっすか?隊長は怖いっすね。」


ジェイド「違うぞ。ジェームズは副官としては優秀だ。新しい指揮系統は前よりも良くなっている。指揮官として全部隊の作戦行動を指揮するのは向いていないかもしれないが部隊を働かせるための能力は持っている。俺が見てきた範囲ではジェームズは副官としての能力は高い。だからこのままジェームズに副官をしてもらう。」


ジェームズ「………なるほど。私は自分の能力を過信して勘違いしていたようですね………。隊長が指揮を執っていた時から部隊を細かく動かしていたのは私だった。だから私は部隊を動かせる能力があるのだと勘違いしていた。ですが指先を動かす能力が優れているからと言って腕を動かす能力が優れているとは限らない。私は末端まで細々動かす役が適任だったということですね…。これからは………、これからは心を入れ替えて私に出来ることを精一杯します。ですから私に副官をさせてください。お願いします。」


 ジェームズが再度頭を下げる。


ジェイド「だからそう言ってるだろう?千人隊の副官はお前だ。それじゃこの事態を収拾するぞ。全員を練兵場に集めろ。」


ジェームズ「はっ!」


 俺の方もジェームズが俺に指揮権を返したのは間違いだったと言われないようにしっかりしないとな。さぁ反撃を始めようか。俺達は部隊が集められている練兵場へと向かって行った。



  =======



 俺が着いた時にはすでに兵は集まっていた。だが前回と違って整列も綺麗に出来ておらずざわついている。士気が大きく下がってしまっているせいだろう。


ジェイド「全員静まれ。………。これより俺が指揮を執る。異論は認めない。まずは三百人ずつ三部隊に分かれろ。残りの約百人は負傷者と予備兵力にする。」


 まだ多少ざわついているが俺は構わずに進める。俺の言葉を受けてジェームズが戦力が均等になるように三部隊に分けていった。


ジェイド「よし。分かれたな。それではこの部隊を第一部隊とする。そっちが第二部隊だ。そして最後が第三部隊だ。これより作戦の概要を説明する。」


 俺は大まかな作戦を全員に伝える。まず各部隊を更に三班に分ける。各班平均約百人だ。第一部隊第一班から第三班までがそれぞれデルリンの外周に三方向に分かれる。自分達の担当する方向から来た魔獣だけをその班が相手をする。ただそれだけだ。


兵A「ちょっと待てよ!それじゃ俺達は今日一日中その第一部隊とやらだけで戦えってのか!」


兵B「そうだそうだ!」


ジェイド「その代わりお前達は明日一日休みだ。」


兵A「え?」


兵B「休み?」


ジェイド「今日は第一部隊が魔獣の対応をする。第二部隊は街で待機。第三部隊は休暇だ。部屋で寝てろ。明日は第一部隊が休みだ。第二部隊は外周に出ろ。第三部隊は待機だ。これを繰り返す。わかったか?質問のある者はいるか?」


 一瞬静まり返った後に次第にざわざわと騒がしくなり始めた。


兵C「待ってくださいよ。俺達千人掛かりでもすでに八十名近くも負傷者を出してるんですよ?たった百人ずつに分かれたらどれほど被害が出ると思ってるんですか?」


 現時点で千人隊の負傷者数は七十八人だ。幸い死者はいない。怪我も軽傷の者が大半だった。


ジェイド「はっ!お前は中央大陸の魔獣如きに遅れを取るのか?俺達は北大陸で生きてきた魔人族じゃないのか?」


兵C「それは………。」


ジェイド「いいか。お前達が負傷者を出している原因は無茶な連戦による疲労と過剰すぎる戦力で魔獣に攻撃するために統率が乱れて却って怪我をしているのだ。よく思い出せ。今までの敵はどの程度だった?味方が百人もいれば多すぎると思わないのか!それでもお前達は誇りある大ヴァーラント魔帝国の兵士か!」


 練兵場はシンと静まりかえる。


兵A「やってやろうじゃねぇか!今日一日雑魚の魔獣共の相手をしたら明日はゆっくり休めるんだ。」


兵B「おう!たかが中央大陸の魔獣如きに俺達が負けるわけねぇ!」


兵C「やるぞ~!」


兵達「「「「「おおお~~~!」」」」」


 兵達は別に俺の指揮に納得したわけじゃないだろう。前回俺はこいつらを放って出て行ったも同然だ。だが俺への信頼や忠誠はなくとも休みという言葉に釣られて最後の空元気を振り絞っているのだろう。魔人族ならばほとんどの者は数日間起きているくらいならなんとかなる。一日丸まる警備するのは多少疲れるがようやく久しぶりに休みが取れるとあって全員の顔も明るかった。


 この日から状況は一変する。過剰だった戦力を適度に分け、きちんと休養が取れるようになった千人隊は見違えるような大活躍をすることになった。この後九日間魔獣達の猛攻は続いたが千人隊はこれ以上誰一人負傷者を出すこともなく全て撃退することに成功した。



  =======



 四日前にアキラ達が旅を再開すると連絡があった。こちらは相変わらず連日魔獣の猛攻が繰り返されているが千人隊にとっては戦闘自体は軽い準備運動程度でしかない。七日にも渡ってまともな休みもなくあちこちへ走り回っていたせいで疲れが溜まっていただけだった。こうして守備する範囲を決めて余計に動かずきちんと休みを与えてやればまったく問題ない。このままあと何ヶ月でも戦い続けられるだろう。そしてこの状況を見て敵がこのままではデルリンを落とせないとそろそろ動き始めるはずだ。


ケンテン「おい。そこのガルハラ帝国兵達。ちょっと待て。」


 ガルハラ皇帝の私室へと続く廊下にガルハラ帝国兵達が近づいてきていた。俺とケンテンがその前を塞ぐように立ちはだかる。


ケンテン「ここから先へ行くにはあれが必要なのはわかってるよな?見せてもらおうか。」


ガルハラ兵A「え?ええ…。ちょっと待ってくださいね…。え~っと………。」


 先頭を歩いていたガルハラ兵が懐に手を突っ込みごそごそとあさりだす。


ガルハラ兵A「はぁっ!」


 突然ガルハラ兵Aが懐から出した短剣でケンテンを斬りかかる。


ガルハラ兵B「たぁっ!」


ガルハラ兵C「ふっ!」


 ガルハラ兵Aの後ろに居たBとCも剣を抜き俺に斬り掛かってくる。だが最初から敵だとわかっていた俺達は苦もなくその攻撃をかわして逆に三人を始末する。


ケンテン「へっ。人間族にしちゃやるな。」


ジェイド「油断するなケンテン。こいつらは普通じゃない。どんな能力を持っているかわからない。」


ケンテン「わかってますって。」


ガルハラ兵D「なぜ俺達が偽物だとわかった?」


 偽装したガルハラ兵Dの問いに俺とケンテンは顔を見合わせる。


ケンテン「あ~…。ハハハッ。俺達は正規の警備兵じゃないぞ?ここを通るのに許可証みたいな物も必要ないし万が一必要だったとしても俺達に見せる必要はない。わかったか?」


ガルハラ兵D「最初から罠だったということか。」


 俺達と会話しながらチラチラと仲間達に視線を送っている。この会話も単なる時間稼ぎなのだろう。だが俺達はあえてそれに乗ってやる。


ケンテン「そういうこったなぁ。残念だったな。」


偽装ガルハラ兵D「ああ…。まったくだっ!」


 この場にいた偽装兵は二十二人。すでに俺とケンテンが三人始末している。残りは十九人。前にいた五人が俺達へと向かってくる。残りの十四人は逃げ出そうと後退している。


リカ「残念だったね。逃がしゃしないよ。」


偽装ガルハラ兵E「ちぃっ!突破しろ!」


 しかし後ろから現れたリカ達に退路を塞がれた。俺とケンテンだけでここを張っていたわけじゃない。見張りと連絡係を各所に置いていたのだ。たまたまこいつらが引っかかったのが俺達のところだったにすぎない。そして俺達が時間を稼いでいる間に連絡係が応援を呼んだのだ。時間を稼ぎたかったのはこちらも同じこと。だから奴らの会話に付き合ってやったのだ。


ケンテン「天元金剛斬!」


 ケンテンが大技を繰り出す。こちらに向かってきていた五人のうち四人は一度に斬り伏せられた。しかし一人討ち漏らしていた。


ジェイド「後先考えずに攻撃するな。やるならきっちり仕留めろよ。」


 技のあとの隙を突こうとしていた残った敵を俺が始末する。


ケンテン「いやぁ。隊長が何とかしてくれると思ってな。それに隊長はこっちばかり気にしちゃいられないだろ?あいつらの方も見ないといけないからさっさと始末しようと思ったんだぜ。」


ジェイド「まったく調子の良いことを…。」


 とは言え確かにケンテンの言うことも尤もだ。いくら魔人族と人間族の実力に大きな差があるとはいえここにいるのは恐らく逆十字騎士団という奴の生き残りだろう。アキラ達ですら取り逃がしてしまったような相手だ。数の上でも不利な俺達は細心の注意を払う必要がある。ケンテンがこちらに向かってきた敵を素早く始末してくれたお陰で俺は万が一の場合に後ろの親衛隊メンバーを助けに入ることができる。


リカ「フェゼントフェザーッ!」


 リカが麗しい火の魔法を撃ち出す。その美しい見た目とは裏腹に凶悪な貫通力を持った鳥の羽のような火に貫かれて後退しようとしていた偽装兵達がバタバタと倒れていく。


ダザー「疾っ!」


 ダザーの剣が閃く。ダザーの剣の間合いに入った者は全て斬り割かれていた。


シンライ「木龍鳴動波」


 シンライが手を振るうと前にいた偽装兵達は目、耳、鼻など全ての穴から血を噴き出しながら倒れた。


ソンプー「やれやれ…。」


 ソンプーが腰の剣を突き出す。その剣は木を削った細いレイピア並みの剣だ。とても人を斬れるとは思えない。だが風を纏ったその細い木の剣は軽々と人間族の鎧を貫通して突き刺さる。


カンスイ「ウォータースラッシュ。」


 カンスイが撃ち出した水の魔法が人間族を切り刻む。


ゴンザ「山土猟犬サンドハウンド。」


 ゴンザの魔法によって城の廊下だった土が形を変え牙となって襲い掛かる。周囲から襲い来る土の牙によって偽装兵達は噛み砕かれていく。


コンヂ「うひぃ!やばいっす!やばいっす!秘技!………ってほどじゃないけど土壁!」


 コンヂに剣を振るおうとしていた偽装兵達は目の前に現れた土の壁に剣を止められる。


コンヂ「そしてもいっちょ土壁。」


 今度は後ろから新たに土壁が起き上がってきてその間にいた偽装兵は挟まれて潰されてしまった。


コンヂ「どうっすか?リカの姐御。俺っちも中々のもんでしょ?」


 リカの方を向いて油断しているコンヂに生き残っていた最後の一人の偽装兵が斬り掛かっている。


リカ「ちょっ!あんた前!」


コンヂ「ぇ?うひぃっ!」


 ドスッ!


 目の前の哀れな獲物は腹を貫かれて物言わぬ骸となった。


ジェイド「油断しすぎだコンヂ。」


コンヂ「ひぇぇ。隊長ありがとっす。お陰で助かったっす。」


 偽装兵がコンヂに届く前に俺が後ろから偽装兵を貫いて仕留めた。これでここへやってきた二十二人全てを始末した。隠れている者も感知できない。だが油断は禁物だ。アキラ達でも感知できない偽装方法を持っていた以上は俺達はそれ以上に気をつけなければならない。


ジェイド「ここはもういい。全員任務に戻れ。」


アキラ親衛隊「「「「「「「はっ!」」」」」」」


 城に待機していた千人隊に襲撃者の後始末をさせて俺達はさらに敵の襲撃に備えて警備を続けた。しかしそれ以降魔獣の襲撃も侵入者も来ることはなかった。その日にあった精霊族の伝令によってアキラの方も五人の襲撃者を撃退したと聞いた。俺達アキラ親衛隊は皇帝などの重要人物の護衛をやめることもなく気を抜いていないが千人隊は徐々に通常任務へと戻っていったのだった。



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