第五十六話「開放」
夜が明けてからミコと一緒に朝食の用意をする。ベル村で採れた野菜や果物をたくさんもらったが今まで俺が入手していなかった地球の植物に似た物がたくさん手に入った。それから俺のボックスで寝かせたほどではないがあの場所で採れた物は全て最初からある程度俺の神力が染み込んでいるようで大変おいしいと評判だった。俺のボックスのように保存しておく方法がなく大量に腐らせてしまっていたそうなのでかなりの量を貰ってボックスに入れてある。今後はボックス内でも生産されるようになるだろう。これで食材や料理のレパートリーが増えるとミコも喜んでいた。
食事が終わって少し食休みしてから皆はそれぞれ修行の準備をし始めた。皆の修行は師匠がつけるので俺は一人別の修行をすることにした。修行を始める前にひとっ走りベル村へと行って来た。トム一家に昨晩一晩はこの庵で泊まることを伝えてあったが数日滞在することになるとは言っていなかったので心配しないように伝えに行ったのだ。ついでにトム達や馬達もこの機会に休んでおくのが良いだろう。
俺がベル村から戻る頃には皆は師匠に修行をつけてもらっていた。その場所はもちろん俺が師匠に修行をつけてもらったあの場所だ。俺も少しだけそこに寄って修行風景を見ていくことにした。
フリード、ロベール、パックスの三人も修行に参加している。体術は師匠に習い剣はロベールがある程度教えているようだ。フリードとパックスは魔法をフランとミコからも習っている。他の者は師匠が考えたメニューをやっているようだ。特にティアとシルヴェストルの修行が重点的に行われている気がする。五龍将やバフォーメも有無を言わせず強制参加させられている。ガウも含めてこの辺りの上位者達はかなり高度な修行をさせられているようだ。だがガウは良い笑顔で楽しそうだった。ガウにとってもやはりここは懐かしいのだろう。俺も怠けていないで修行をしないとな。
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あっという間に五日が過ぎた。師匠の方はもう準備が良いそうだ。俺も無理にここで修行しなければならない理由はない。この日で神山を降りて旅を再開することになった。
ミコ「アキラ君の言ってた通りここの温泉はとってもよかったよ。また来たいね。」
フラン「ムムムッ。まだ胸が大きくなっていません………。」
狐神「何言ってるんだい?旅が終わったら皆でここで暮らすんだろう?」
ミコ「え?そうなんですか?」
狐神「え?違うのかい?」
師匠が俺を見てくる。
アキラ「特に考えてなかったですね。でもここで皆で暮らすのも悪くない。」
ガウ「がうがうっ!」
シルヴェストル「確かにここは不思議なところなのじゃ。」
ティア「わたくしはあまり感じませんでしたがシルヴェストル様は何か感じられたのですか?」
シルヴェストル「うむ。まぁ何がとははっきり言えるほどではないがの。」
ブリレ「ボクはここには何か大きな力があると思うよ。」
ブリレはなかなか鋭いようだ。俺も何か特別な力を感じる。だがそれが何なのかは俺にはわからない。………。いや。中和されているがここの元素は少しおかしい?………そうか。俺の中でパズルがピタリとはまった。だがそれにしては位置がおかしい。俺の考え違いか?まだこのことについてはわからないことが多い。またいずれここを訪れることになる。今は別に考えるべきことがある以上は謎解きはまた今度だ。
アキラ「さぁ出発しよう。」
フリード「おう。」
俺達は山を降りてベル村へと向かった。
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ベル村の作物は大々的に輸出されることになった。俺達が旅立つ前よりは人口も増えて収穫量も上がっていたようだがウル連合王国とガルハラ帝国の肝煎りでさらに人員が増やされることになっている。村から耕作地までの距離があるのであの場所の周囲にじわじわと家ができていたがここにきて一気に建設ラッシュとなったようだ。
輸出の輸送を担うのはガルハラ帝国が大半らしい。そもそもいくら俺の神力を吸って通常よりも日持ちが良いとは言え長期間保存できるものばかりではないのだ。鮮度が命の野菜もあるためここからではどれほど急いでもバルチア王国への輸出は難しい物もある。そこでトコロテン方式にベル村の物をガルハラ帝国に流しガルハラ帝国の物をバルチア王国へと送る。こうすることによって日持ちのしない物でもバルチア王国に送りやすくするらしい。日持ちのする物は直接バルチア王国へ送られる物もあるそうだ。それから首都ウルの港が大規模に拡張されるらしい。これによってブレーフェンなどにいるガルハラ帝国の大型船による輸送を可能にする計画だそうだ。そのためにベル村からウルへの街道の拡張。ベル村からガルハラ帝国への街道の拡張。途中から分岐させた街道を新設してバルチア王国への直通路と整備計画が大量に詰まっている。
アキラ「そんなに工事の計画ばかり立ち上げて予算は大丈夫か?」
フリード「そういう点に気付くとはさすがアキラだな。だが心配は無用だ。予算も採算も考えてある。それにガルハラ帝国の大型事業は一段落して労働力が過剰になってきている。こちらに大型事業があるのならむしろ助かる。」
アキラ「なるほどな。まぁ抜け目ないフリードのことだから大丈夫だとは思うが…。」
フリード「ああ。心配はいらない。国を破綻させてアキラに質素な暮らしをさせたりはしないよ。アキラには皇后らしい生活を保障する。」
アキラ「アアソウデスカ。」
フリードの戯言にいちいち付き合っていたらキリがないのでいい加減に返事をしておく。火の精霊の伝令によって即座にデルリンやウルとの情報のやり取りが出来るため直接会談しなくともスムーズに物事が進む。これは冗談抜きで十年もすればガルハラ帝国の国力はとんでもないものになっているかもしれない。
とはいえ俺達には関係ないので今日もゆらゆらと馬車に揺られて旅を続ける。ベル村を出発してから結構な距離を移動している。そろそろアルクド王国との国境へと近づいてきているのだった。
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ウル連合王国とアルクド王国の国境も特に国境警備や検問はなかった。大使であるフリードはまだ到着していないがその前に先の戦争での件について外交ルートでの問い合わせがいっているはずだ。中立を謳いながら負けたバルチア王国に裏で加担していた以上は普通に宣戦布告していたより重い責任があるはずだ。それなのにここまで何もないとはどういうことだろうか。普通に考えたら国境を固めて戦争に備えているか使節を寄越して敵対する意思はないと必死に申し開きでもするはずだ。ここまでのうのうとしていられるなどよほどの馬鹿か何か策があるかのどちらかとしか思えない。
アキラ「このアルクド王国の態度…。どう思う?」
フリード「さぁなぁ…。アルクドの方からうちに申し開きに来ないから戦争準備でもしているかと思ってたがまったくそんな素振りもない。何を考えているのかさっぱりだ。」
パックス「敵の考えが読めんのは気味が悪い。」
狐神「何かの罠かねぇ。」
師匠が言うように普通なら罠だと考えるところだろう。
ミコ「聖教皇国の人達もアルクド王国にいるのかな?」
フラン「恐らくバルチア王国、聖教皇国から脱出した人達はアルクド王国にいると思います。」
俺もミコとフランの考えに首肯する。教皇と枢機卿団、それからどこにいるのか不明な逆十字騎士団の残りの団員達はアルクド王国にいるだろう。
ティア「それではアルクド王国は聖教の残党と組んでフリードリヒ皇太子の暗殺を目論んでいるのでは?」
シルヴェストル「じゃがそれは今回フリードリヒ皇太子が大使としてやってきたから言えることじゃろう?普通に考えれば皇太子が危険な大使の任を受けてわざわざやってくるとは考えぬじゃろう。それならば向こうから使節を送って暗殺を狙うか単純に戦争準備をしておく方が確実じゃ。」
ハゼリ「何も考えていないだけです。」
ハゼリがピシャリと言い切る。普通に考えればそんな馬鹿なと思うところだが現代日本を知っている以上はそれもあり得る。平和ボケしている人間はなぜそんな楽観して何もせずにいられるのか不思議になるくらい何の対応も取らないことが多々ある。俺はアルクド王国という国のことはよく知らないが無能と平和ボケがどれほど害悪であるのかはよく知っている。
アキラ「アルクド王国はそれもありえる。だがそれを聖教の残党が利用して何か狙っている可能性はある。」
ミコ「うん。そうだね。」
フラン「気を引き締めていきましょう。」
フリード「まっ、なるようになるさ。」
アキラ「慎重で用意周到なフリードのわりには今回は無用心だな?」
フリード「出来るだけのことを考えて対策して備えてはいるさ。でもだからって全部思い通りになるわけじゃない。結局最後は出たとこ勝負さ。」
アキラ「ふっ。そうだな。」
フリード「あっ!もしかして…そろそろ許してくれた?」
俺が笑ったからかフリードは覗こうとした罪が許されたと思ったようだ。
アキラ「許すわけないだろう?」
フリード「そんなぁ…。俺はアキラの裸が覗きたかっただけでアキラの嫁達まで覗こうと思ってたわけじゃないんだよ。」
アキラ「それは俺の嫁達は覗くような魅力もないと言いたいのか?」
フリード「いっ!違うって。そうじゃないけど俺が見たいのはアキラだけなんだよ。だからアキラのを覗こうとして怒られるのは認めるけどアキラの嫁達を覗こうとはしてないんだよ。」
狐神「どうせこのケダモノじゃ私らの気配察知を潜り抜けて覗くなんてできやしないんだから許してやったらどうだい?」
師匠の言葉を受けてフリードに視線を向けてみる。
アキラ「………。」
フリード「………。」
二人で無言で見つめあう。
アキラ「………はぁ。もういいよ………。」
フリード「本当か?やったぁ!」
アキラ「おい。だからってあまり調子に乗るなよ?」
フリード「わかってるって。今度からはアキラだけを覗くよ。」
アキラ「………お前本当にわかってるのか?」
フリード「わかってるって!」
何だが不安になるが師匠の言う通りこいつが俺達の気配察知を潜り抜けてくることはないので実際に覗かれる心配はないだろう。そんな馬鹿なやりとりをしている時だった。
狐神「来たね。」
アキラ「………はい。」
敵だ。今回は進路の先に堂々と待ち構えている。
狐神「ルリはアキラに任せるよ。他の者がいたら私らが相手をするからアキラはルリに集中しな。」
アキラ「ありがとうございます。」
ミコ「アキラ君頑張って!ルリさんを救ってあげて。」
アキラ「救うと言うのはおこがましいかもしれない。でも瑠璃を縛っている呪縛は解き放ちたい。」
フラン「あの…。大丈夫ですか?」
フランが言っているのは俺が前回無様な姿を見せたことだろう。
アキラ「大丈夫だ。前回は俺が黒い靄にかけられた呪縛とアキラ=クコサトの神力が反発しあって力が使えなくなっていた。もう黒い靄にかけられた呪縛のほとんどは解き放ったはずだから今回はちゃんと力が使える。」
ガウ「がうっ!ご主人が負けるはずないの。」
アキラ「ふっ。」
ガウにとっては俺は絶対に負けないヒーローのようなものなのかもしれない。だから俺はただガウに笑顔で応えた。
ブリレ「例え怒られても今度はもし主様が怪我をしそうだったら手助けするからね!」
アキラ「そう心配するな。今回は怪我一つしないさ。」
ブリレが気合十分になっているので宥める。
ハゼリ「主様にお怪我を負わせるわけにはいきません。」
バフォーメチョーカー「主は大丈夫だと言っておられる。我らが主の心配をするなど不敬であろう。」
タイラ「然り。全ては主様の御心のままに。」
アジル「主様が心配ということは主様を信じていないといういこと。そなたらは主様を信じておらんのか?」
サバロ「………。」
ブリレ「なんだって!それってボク達を馬鹿にしてるの?!」
ハゼリ「聞き捨てなりません。撤回しなさい。」
段々雲行きが怪しくなってきたので止めておく。
アキラ「やめないかお前達。」
五龍将「「「「「はっ!」」」」」
フリード「はははっ。相変わらず賑やかだな。………アキラ。今度は怪我なんてするなよ?」
アキラ「ああ。お前こそあっさり暗殺されるなよ?」
フリード「ふっ。俺はアキラと結婚して子供に囲まれて孫に囲まれて幸せな老後を送ってアキラに看取られるまで死なん。」
アキラ「なげぇよ………。」
フリード「はっはっはっ。さぁ行こうぜ。」
俺達は瑠璃達が待ち受けている場所の近くまで馬車で近づき馬車から降りたのだった。
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俺達が近づき降りてくるまで瑠璃達は動かなかった。街道の中央に佇みただじっとこちらを見ている。中央に瑠璃。瑠璃の目は最初の時と同じようにこちらをみているようでどこを見ているのか虚ろに宙を彷徨っている。瑠璃の左右には赤髪の女、フリードが言うには血染めのファーナ。そして緑髪の男、狂剣のティック。実力だけで言えば左右の男女はロベールよりも弱いと思えるくらいの能力しかない。だが実際にはロベールと戦ってもこの二人が勝つかもしれない。少なくとも初見ではロベールはこの二人には対処できないだろう。そして瑠璃。今感じる瑠璃の力はそれほどではない。人間にしては強いと言う程度でそれほど特別とは思えない。だがその力は隠されており前回感情が顕わになってから発していた力は下位の六将軍に匹敵しそうなほどだった。そしてその力は量だけが全てではなかった。あの攻撃の一発一発があり得ないほどの威力を秘めていた。何の防御もなくまともに受ければ例え妖狐種九尾の狐と言えどもばらばらに切り刻まれるだろう。しかし俺の神力による防御を貫通できるほどではない。前回はアキラの神力と黒い靄にかけられた記憶の混乱に関わる力が表面に出てきて反発しあい力が使えなくなっていたのだ。それが解け記憶もある程度戻り再び神力が纏えるようになっている俺にはダメージを与えることは出来ない。
馬車を降りた俺は師匠に視線を向ける。目の前に立っているのは三人。だが予想通り前回の奴がいる。その意味を込めて師匠を見ると師匠も俺を見て頷き返してきた。師匠も気付いている。大丈夫だ。これで何の問題もない。俺が少しだけ皆から離れて右に歩いていくと瑠璃も俺の正面に立ちながら次第に皆から離れていく。俺と瑠璃だけが皆から離れて対峙している。ファーナとティックとかいう奴らは師匠やフリードの正面に立ったまま身構え警戒しているだけで動く気配はない。俺と瑠璃の決着を見届ける…、なんていう奴らじゃない。奴らは隙を狙っているだけだ。前回の感じからして聖教の狙いはガルハラ帝国皇太子であるフリード、そしてなぜか俺も狙っているようだった。今回も隙をついて俺達二人の命を狙ってくるだろう。だから俺は瑠璃との決着を一瞬でつけることにした。
アキラ「いくぞ瑠璃。」
瑠璃「………。」
瑠璃は前回と違い俺に視線を合わせない。その顔には何の感情もなくただ宙を見つめているだけだった。
瑠璃「―――ッ?!」
俺は一瞬で瑠璃の目の前に立った。嫁達クラスの者にしか見えなかっただろう。瑠璃は突然目の前に現れた俺に驚いたようだ。感情がおかしいような瑠璃だがこれにはさすがに驚いたのか目を見開いている。俺は瑠璃にはかまわずにそのまま抱き締めた。
アキラ「………。」
瑠璃に近づいたり触れたりすると不可視の刃が襲ってくる。だが普通に神力を纏えるようになっている俺には一切ダメージを与えられていない。瑠璃の両頬を両手で挟んで俺のほうを向かせる。そのまま俺の額と瑠璃の額をくっつけた。
瑠璃「―ッ!ッ!ッ!………。」
暫く俺から逃れようともがいていた瑠璃が急に糸が切れた人形のようにぐったりとした。瑠璃の頭から黒い靄が霧散していく。その時俺の頭に奇妙な光景が流れ込んできた。………これは瑠璃の記憶?
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片手で鉄棒を掴みながらもう片方の手をこちらに伸ばしている子供の姿が見える。その子供は悲痛な顔で何かを叫んでいるが何を言っているのかは聞こえない。黒い靄に飲み込まれていく自分を見つめながら子供はいつまでも何かを叫んでいた。
気がつくと石でできた部屋にいた。自分の周囲には五人の男が座っている。地面は丸く何かの模様のように輝いていたけど徐々にその光が消えている。正面からいやらしい笑みを浮かべた男が近づいてきた。何事かをしゃべった男に手を引かれながらどこかへ連れて行かれる。連れて行かれた先はまるで牢屋のような部屋だった。硬い石の壁と格子のはめられた窓。鉄で補強された頑丈な扉と幾重にもかけられている鍵。時々扉の上の方にある小さな窓が開き誰かがこの部屋を覗いて何事かをしゃべっている。時々扉の下にある窓が開いて食事が差し込まれる。数日はただそれだけで過ごした。
どれくらい時間が経ったのか暫くしてから外へと連れ出されるようになった。外と言っても部屋の外であって屋内からは出されることはなかった。連れ出された先では大人の男の人に殴られたり見たこともないお化けに襲われて何度も叩かれて怪我をして痛くて嫌な思いばかりさせられた。最初に見たいやらしい笑みの男とその男に連れられている者達はそれを見ては何事かを言い合っていた。
何度もそんなことを繰り返していたがそのうち今度は重い服を着せられて鉄の棒を持たされて建物の外へと連れ出されるようになった。外に出てもやっぱり見たこともないお化けに襲われて何度も怪我をした。最初のうちは興味深そうに見ていた男達も最近ではどうでも良い物を見るような目でお化けに襲われているところを眺めているだけになってきた。
重い服も鉄の棒も持たされずに外に連れ出された。これで自分は捨てられるんだと何となくわかった。連れてこられた所は何軒もの家は崩れて火が出てあちこちから叫び声が聞こえている場所だった。その中に放り投げられると自分を連れて来た男達はそのまま馬に乗ってどこかへ行ってしまった。痛くて泣いている声を聞きつけて男達が近づいてくる。体中真っ赤に染まって口からはよだれを垂らしながら迫ってくる。その手が伸びてきた時頭が真っ白になった。
瑠璃『いやぁぁぁぁぁあっ!』
手を伸ばしてきていた男はばらばらになった。ぼとぼとと肉が飛び散っている。それを見た男の仲間たちが一斉に迫ってくる。
瑠璃『あああぁぁぁぁぁぁぁああぁっ!』
皆真っ赤になった。全てが真っ赤になった。目の前はただただ真っ赤だった。
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瑠璃をここに連れて来た男達が戻ってきた。その顔は狂気を宿した笑みに彩られている。それからの瑠璃は何を考えていたのかわからない。最初の頃の瑠璃の感情は幼く朧げながらも何らかの感情があったことが窺えた。だが村のような場所を襲っていた男達をばらばらにしてからの瑠璃の感情は伝わってこない。
それからの瑠璃はただ淡々と言われるがままに魔獣を殺し人間を殺し獣人を殺し魔人を殺し、ただただ敵を殺し続けた。気付いた時にはいつの間にか体の成長も止まっていた。それからは妙な薬を飲まされるようになった。その薬を飲んでいる間は体の輝きが消えていた。聖教が作り出した神の神力を抑える薬なのだろう。三十年以上ただただ敵を殺し続けるだけの日々。最初はまだあった瑠璃の心はどんどん壊れていく。その様が俺に伝わりだたただ胸が詰まり悲しくなる。それでも瑠璃はただ生き続ける。もう顔も思い出せないあの手を伸ばしている子供のところへ帰るために………。
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意識が戻ってきた俺はぐったりしている瑠璃の顔を覗き込む。瑠璃の目が動き俺と目が合った。そこにははっきりとした感情が感じられた。
瑠璃「あっくん………。ありがとう。」
か細い声で瑠璃が囁いた。その時突然俺の頭にあの公園で瑠璃が吸い込まれた時のことが思い出された。
瑠璃『あっくん。今までありがとう。』
あの時瑠璃はそう言って泣き笑いのような表情で自分から俺の手を振り払った。俺を助けるために………。俺はいつも瑠璃を守っている気になっていながら本当は俺が瑠璃に守られていたのだ。
アキラ「瑠璃………。ごめん。おかえり。」
俺は瑠璃を抱き締めた。そこで瑠璃は意識を失ったようだ。その時局面が動いた。これが隙だと思ったのだろう。他の逆十字騎士団の者達が仕掛けてきたのだ。
ティック「どけっ!裏切り者ミコ=ヤマト!」
ファーナ「汚らわしい魔人族がっ!」
ティックとファーナが正面にいたミコとフランに斬りかかる。ミコはティックの剣を受けようと剣を出す。完全に防いだと思われたティックのくねくねと曲がった剣はまるで波打つように蠢きミコの剣をすり抜けてミコに迫る。
ファーナは二刀の短剣を投げつけた。しかしその投げた相手はフランではない。地面に向けて投げつけたのだ。地面に投げられたはずの短剣はフランの背後の影から飛び出しフランを狙っている。
ティック「〝神技 漣斬剣〟!」
ファーナ「〝神技 潜影刃〟!」
ティックの剣がミコに達してミコが斬られる。背後の影から飛び出した短剣がフランに突き刺さる。と思った瞬間に二人はすでにその場にはいなかった。
ミコ「はっ!」
フラン「ミスティックイリュージョン。」
ミコはティックの剣が届く前に駆け抜け逆にティックを斬った。袈裟切りに真っ二つになったティックの下半身はそのまま数歩進み倒れた。フランだと思っていた物は霧となって消えた。その霧がファーナに纏わりつき暫くもがき苦しんでいたファーナはすぐにピクリとも動かなくなった。霧は敵を惑わすだけではなく纏わりついた相手の体内にまで侵入して内部から体を破壊する。割とえげつない魔法だ。ミコもフランも一切の容赦がなかった。前回襲われて俺に怪我を負わせたのが許せなかったらしい。こいつら二人が直接やったわけではないが共犯者というだけでこの容赦のなさだ。聞きたいこともないというより聞いても話しそうもない狂信者なので即座に殺してしまうことは決めてあった。
そしてファーナとティックが動いたのとほぼ同時に俺とフリードの背後に消えていた者が姿を現す。前回は四人だったが今回は消えている者が二人いて五人いたのだ。
???「〝神技 迷彩殺〟!」
ティア「させません。」
俺の後ろから現れた者は瞬時に俺の後ろに現れたティアの放った水の精霊魔法によって穴だらけになって吹き飛んだ。
???「〝神技 無音殺〟!」
シルヴェストル「無駄なのじゃ。」
フリードの後ろから現れた者は瞬時にフリードの後ろに現れたシルヴェストルの放った風の精霊魔法によってバラバラに切り刻まれた。
名前も知らない隠れていた二人がそれぞれ音と姿を消す能力を掛け合って敵に発見されないようにしていたのだろう。しかし一度見た以上は俺達には二度目は通用しない。俺のパーティーメンバーは全員こいつらが消えていることに気付いていた。どれほどの距離なら掛けられるのか知らないが前回の時は一人はどこか遠くに隠れていて逃げる時に全員にこの術をかけたのだろう。今回は一人増えていることで俺達が対応できないと思ったのかもしれないが最初から二人消えていることに気付かれていては奇襲の意味もない。瑠璃の頭からは黒い靄にかけられた呪縛は解けた。残りの襲撃者も全員始末した。俺達の完全勝利だ。
フリード「おぉっ?!」
アキラ「ん?」
フリードは後ろを振り返っている。そこには後ろから襲ってきた敵をバラバラにしたシルヴェストルが目の前にいる。シルヴェストルは風の精霊らしからず体が半透明ではなくはっきりと見えている。そして無性のはずなのに体のラインが女性の体型になっている。そこへ布を巻いているだけだ。振り返ったフリードの目の前にシルヴェストルがふよふよと空に浮いている。ひらひらと布が捲くれて…。ちらちらと体が見えているはずだ………。フリードの鼻の下が伸びている………。
バチンッ!
フリード「ぶべらっ!」
一瞬でフリードの目の前まで移動した俺にビンタで引っ叩かれたフリードは四回転半しながら宙を舞い華麗に頭から着地して地面にめり込んだ。
アキラ「てめぇ………。俺の嫁の体を盗み見やがったな………。生きて帰れると思うなよ。」
シルヴェストル「おぉ?わしのせいか?アキラがわしのためにそこまでしてくれるのはうれしいがそれくらいで許してやったほうが良いのじゃ。折角助けたのに死んでしまうのじゃ。」
アキラ「でも俺のシルヴェストルの体を見るなんて許せない。」
シルヴェストル「はうっ!『俺のシルヴェストル』なんて照れるのじゃ。でもわしは無性じゃから見られても問題ないのじゃ。」
アキラ「う゛う゛ぅ゛ぅ゛っ!」
ミコ「アキラ君許してあげたら?シルヴェストルちゃんも良いって言ってるのだし。本当に皇太子さんが死んじゃうよ?皇太子さんのお陰でルリちゃんを取り戻すのもうまくいったのだしどうかな?」
アキラ「う゛う゛ぅ゛………。はぁ………。仕方ない。今回は不可抗力もあったということで特別に許してやるか。だけどシルヴェストルには服を用意しないといけないな。」
ティア「あっ!あのっ!わた…、わたくしも!」
アキラ「ん?ああ。そうだな。ティアも一緒に服を替えよう。瑠璃も新しい服が必要だよな。」
そう言いながら横たえらせていた瑠璃のもとへと歩いていった。瑠璃も取り戻せた。邪魔な襲撃者も始末できた。今回は申し分なしの出来だ。
ロベール「おーい。お嬢ちゃん。綺麗に片付けようとしてるけど放ってると本当にフリッツが死んじまうぞ?」
ロベールの言葉でフリードを地面から引っこ抜き回復させて気を失ったままの瑠璃を馬車にのせて介抱しながら瑠璃が目を覚ますのを待っていたのだった。




