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転生無双  作者: 平朝臣
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第五十五話「懐かしき庵」


 俺は思い出したことを少しずつ確かめながら皆に話した。まだ記憶は完全じゃない。恐らくあの黒い靄。時々聞こえる心の中の声。あれが俺の記憶に何かしたのだろう。


ミコ「ぐすっ………。」


アキラ「なんでミコが泣くんだよ。」


 俺は泣きながら話を聞いていたミコの涙を拭って頭をぽんぽんと撫でる。


ミコ「だって…。アキラ君もルリさんもそんな目に遭わないといけないようなことなんてしてないのに…。ひどすぎるよ。」


アキラ「………ありがとう。」


 俺はミコを撫で続ける。ミコも次第に落ち着いてきたようだ。


ミコ「それでルリさんのためにうちの神社にきたの?」


アキラ「いや………。その頃にはもうほとんど瑠璃のことは忘れていた。ただなぜかあの神社に行かなければならない気がして行っただけだ。何の祈願もしていない。」


ミコ「そっか………。絶対ルリさんを取り戻さなくっちゃね。」


狐神「あの子が七人目かい。」


アキラ「師匠………。」


フラン「キツネさん。さすがに今の話を聞いてそれは少し不謹慎かと………。」


狐神「そうかい?二人とも生きていて無事に再会できたんだ。これから失くした時間を取り戻せば良いさ。それから二人を引き裂いた奴にきっちり落とし前つけさせてね。」


アキラ「…そう……ですね。」


 ただその落とし前をつけさせる相手が悪い。あの闇の意思とでも言うような存在は桁違いの存在だ。


ティア「アキラ様っ!わたくし…わたくしは………。」


アキラ「ん?」


 ティアは俺にしがみ付いている。


ティア「わたくしは…。わたくしだけは皆さんのような関わりもなく…。ただ勝手にアキラ様に付いて来ただけで…。心も繋がらず………。わたくしは…。」


 ティアは不安そうな顔をしている。だから俺は安心させるようにそっとティアに触れ撫でる。


アキラ「昔の繋がりだけが大事なことか?新たに出会った人は昔からの知り合いには勝てないのか?そんなことはないだろう?これから出会う人だって俺の大切な人になることはあり得る。俺とティアに昔の思い出がないのならこれから一緒に思い出を作ればいい。」


ティア「………はぃ。………はいっ!そうですねっ!」


 ティアはまだ少し不安そうな顔をしていた。でもその不安を振り払おうとするかのように元気に答えた。


シルヴェストル「わしは無理にアキラに気を使わせずともこうしてアキラと一緒におられるだけで良いのじゃ………。」


 そう言いながら俺の膝の上でスカートに必死に掴まっているシルヴェストル。しかしシルヴェストルの眉も八の字に下がり不安そうな顔をしている。


アキラ「シルヴェストルはただ俺と一緒にいられたら満足なのかもしれないが俺はただシルヴェストルを近くに置いているだけじゃ満足できない。もっともっとシルヴェストルとも心を通わせたい。」


シルヴェストル「~~~っ!アキラっ!」


 シルヴェストルは真っ赤になってさらに強く俺にしがみ付く。心が繋がっていないことで二人を不安にさせてしまっているようだ。出来ることなら早く心が繋がってほしい。だがこれは俺の意思だけでどうにかできることじゃない。


フラン「ところで気になったのですがルリさんが飲み込まれた黒い靄のような物も召喚魔方陣だったのでしょうか?」


ミコ「え?ルリさんがこの世界に召喚されているのだから召喚魔方陣に飲み込まれたんじゃないのかな?」


アキラ「流石は魔法マニアのフランだな。」


フラン「魔法マニアってどういうことですか。ただ少しおかしいなと思っただけです。」


 そうだ。フランは良いところに目をつけた。流石は魔法マニアだ。


ミコ「え?あの…。どこがおかしいのかな?」


アキラ「ミコにしては気付かないなんて珍しいな。」


 あるいは自分が呼ばれた魔方陣のことはよく見えなかったので気付けないのかもしれない。


狐神「ミコやアキラが呼ばれた召喚魔方陣は光輝く魔方陣だった上に召喚されるミコ達が飲み込まれた後は余波で前のアキラが焼き尽くされるほどの力が広がった。それなのにルリが召喚されたのは黒い靄で近くにいたアキラはその後広がった靄に飲み込まれても記憶が混乱しただけで無事だった。そういうことだろう?」


 師匠がミコに答える。その通りだ。もし同じ魔方陣であったのなら瑠璃の召喚の時に俺はミコ達を召喚した魔方陣に巻き込まれた時のように灰も残らず燃え尽きていたはずだ。フリードの言うことが事実なら瑠璃が飲み込まれたのも確かに召喚魔方陣なのだろう。だがミコ達が飲み込まれた召喚魔方陣とは何かが違う。俺は地球を滅ぼさない理由として瑠璃が生きている世界だからだと答えていた。その瑠璃がいなくなれば俺が世界を滅ぼさない理由がなくなるから?わからない。あの黒い靄は心の声の奴が何か干渉したからなのか?もしそうだとすれば瑠璃がたった一人でこの世界に飛ばされてしまったのは俺のせいか?


フラン「ミコさん達の時もルリさんの時も人間族が勇者召喚しようとして起こったことなのは確かなんですよね?その三十年ほどの間に召喚魔方陣の術や儀式が変化したのでしょうか?」


狐神「いや…、たぶんだけど召喚魔方陣自体は同じだったけど何者かの干渉があったんじゃないかねぇ。」


アキラ「今の段階では想像の域を出ませんがそういう可能性が高いでしょうね。」


 俺が師匠と同じ考えだというと皆頷いた。


アキラ「ところで…、何で皆俺の尻尾を触っている?」


 外套を切り裂かれて今の俺はドレス姿になっている。その俺の尻尾を皆でモフモフしていた。


アキラ「フリードとエマまで一緒になって何故俺の尻尾を触る?」


フリード「そこに尻尾があるから?」


エマ「申し訳ありませんアキラ様っ!でもどうしてアキラ様はこんなにたくさん尻尾があるのでしょうか?」


アキラ「はぁ………。もういい………。」


狐神「それより綺麗なアキラの顔に傷が残ったら大変だよ。治してあげるからこっちへおいで。」


 師匠に引き寄せられて治癒の術をかけられる。術をかけられた場所がほんのり温かくなって心地良い。まだ皆でああでもないこうでもないと色々と話が盛り上がっているようだ。


 俺はふと考える。最高神が俺の意識を半分封印してたのが本当だとすればそれは俺の意識が覚醒するとあの黒い心の闇の意識も覚醒してしまうからか?だがそれならば封印が解けないようにしておけば良い。もし俺の意識と一緒にあの闇の意識を封じておくつもりならなぜ俺が覚醒するようにしていたのか説明がつかない。そもそも封じるくらいなら最初から俺を転生させなければ済んだ話だ。地球にいた頃の俺は自分の感情の揺らぎであの黒い闇の意識が表層に出てくると考えていた。記憶にある情報から考えればそれはあながち間違いとは言い切れない。今の俺はどうだろう。徐々に俺は普通の感情とでもいうのか感性とでもいうのかを取り戻しつつある。もしかして時々俺が自分でも制御出来ないほどの何かに振り回されているのはそれが原因なのだろうか?俺は感情を全て捨て去ったほうが良いのだろうか………。俺の問いに答えが返ってくることはなかった。



  =======



 移動を再開した俺達はガウの集落跡地に辿り着いた。人避けの結界はすでにほとんどの効果を失っているようだ。フリードやロベールですらそれほどの違和感なく普通に認識できるようになっていた。だが一般人レベルのトム一家にはまだ多少の効果はあったようだ。トム達には外で待っていてもらいガウの両親のお墓参りをする。ガウは悲しみを引き摺ってはいないようだ。こんな小さな子がたったこれだけの時間で両親も仲間も全てを一度に失った悲しみを乗り越えている。ガウの心はやはり強く気高い。


ガウ「がうがう。ご主人ありがとうなの。」


アキラ「え?」


 なぜ俺がお礼を言われたのかわからなかった。


ガウ「がうっ!」


 でもガウはそれには答えずに満面の笑顔で俺の胸に飛び込んできた。俺はガウをキャッチして抱きそのまま歩く。


ロベール「なぁ…。ところで何でお嬢ちゃんはそんなにいっぱい尻尾が生えてるんだ?」


 ロベールが今更なことを聞いてくる。


アキラ「そういう種族だからだ。」


 もういちいち答えるのが面倒なのでそれで押し通す。


ロベール「ふぅん。そうなのか。」


 ロベールはそれだけで引き下がった。もしかして最初から興味なかったんじゃないかと思うくらいにあっさりだ。


フリード「あっ!そういえばロディてめぇ!この前アキラに迫って何してやがった!アキラは恋愛対象として興味ないんじゃなかったのかよ!」


 ウルで滞在していた時の壁ドンのことか。これも今更だな。


ロベール「おい待て。そりゃ誤解だ。フリッツがヴィクトリア女王に現を抜かしてお嬢ちゃんを悲しませてるのに忘れ去ってたようだし、お嬢ちゃんの方はお嬢ちゃんの方で意地を張ってフリッツのことを無視してたから俺がお嬢ちゃんに粉をかけてみたんだよ。そうすりゃ二人がお互いに意識するかと思って。だから決して本気で口説こうとかしてたわけじゃねぇ。」


フリード「あ?それはそれでアキラに魅力がないみたいじゃねぇか。」


ロベール「なんだよ!どっちにしろ絡んでくるのかよ!」


 賑やかなことだ。俺は二人のことはもう無視してガウを抱いたまま再び歩き出した。



  =======



 ガウの集落のあった跡地からベル村へ向かう途中に俺が大穴を開けて豊穣の術で埋めた場所がある。そこを通りがかった時にものすごい光景を見ることになった。俺が埋めた穴のあった場所の周囲には家と倉庫が立ち並び倉庫に入りきらない作物があちこちに山のように積まれている。それを次々と馬車に詰め込んでは出発し、また新しい馬車が到着しているがどれほど運び出しても減っているように見えない。そしてその穴を埋めた場所ではぐんぐん伸びる植物が大量に生えていた。目の前で見ているだけで明らかに植物が伸びているのがわかる。まるでテレビ番組で植物が育つ様子を定点観測して早送りしてみているような早さでだ。見る見る大きく育ち実等が出来ると村人がすかさず植物を切る。切ってしまわないと伸び育ちすぎた実が大変なことになるようだ。切るのに失敗した実を見ているとすぐに破裂して種子を撒き散らす。散った種子はすぐに発芽して新たな実をまたすぐに実らせ始めるのだ。放っているとすぐに大量増殖してしまう。だから村人達が次々に刈り取っているのだ。そして採れた野菜や果物はすぐに運ばれて外周部に山積みにされている。


フリード「なんだこりゃぁ………。」


ロベール「………俺も隠遁生活してた頃にゃ農家の真似事みたいなこともしてたがこんな育つ植物なんて見たこともねぇぞ。」


パックス「これだけあれば戦争で略奪されたバルチアの食糧事情に貢献できそうだな。」


フリード「それだっ!これをバルチアに輸出させよう。ウル連合王国にはこの作物を売った金が入って経済が潤う。ガルハラ帝国はこれを輸送する人員の仕事が確保できる。そしてバルチア王国は食料供給が安定して国民の生活が潤う。いいこと尽くめだ。」


 フリード達はこの状況を見てバルチアへの輸出で利用できると考えたようだ。確かにこれだけ溢れていればそれもいいだろう。村人も増えているようだがとても処理しきれていない。


ベル「おおお!これは女神様にアキラ様ではないですかな!よくぞおいでくださいました。」


 作物の収穫と出荷の指示をしていたらしいベルが俺達に気付き声をかけてきた。


狐神「これは………、大変なことを頼んじまったみたいだね。これじゃ休む時間もないだろう?」


ベル「いえいえ。夜は全て刈り取って寝ておりますのでご心配には及びません。」


狐神「夜寝て朝起きたらもう大変なことになってるだろう?」


ベル「いえ。当然ですが種を残さず全て刈ってしまえば生えてこないのです。それに夜は成長も遅くそれほど育ちません。仮に残っていた種があったり夜の間に動物等が運んできて育ってしまってもそれほどいっぱいにはならんのですな。」


狐神「へぇ。そうなのかい。まぁあんたらがうまくやってるならそれでいいさ。」


ベル「はい。それでこちらの方々は?」


 新しく増えた俺の仲間達とベルをお互いに紹介する。フリードがガルハラ帝国皇太子だと聞いてベルは腰を抜かしていたがバルチアへの輸出計画を聞いてすぐに商談が始まった。ベル村の中心人物も数人集まりフリードとパックスを加えて色々と相談されている。またフリードは俺に火の精霊の伝令を出して欲しいと要請してきた。もちろん同盟の協力条項によって即座に協力し伝令がウルとデルリンへと飛び回る。ガルハラ帝国本国の上層部とウル連合王国のヴィクトリア女王とも相談しすぐに輸出計画は承認され実行されることになったようだった。


フリード「無事にまとまってよかった。だが何でこれほどの土地が今まで誰にも知られることなくひっそりと存在していたんだ?」


アキラ「ここがこんな地になってからまだ一年も経ってないからな………。」


フリード「アキラは何か知ってるのか?」


狐神「あっはっはっ。ここをこんな風にしたのはアキラさ。アキラの力のお陰で土地は肥え作物の育ちもよく魔獣等の害意ある者も近づいてこれない。これほど都合の良い場所もないさ。」


フリード「何?魔獣の被害もないのか?」


ベル「はい。ここの周囲はおろか我が村ですらここが出来て以来魔獣の被害はありませんな。」


フリード「………これは冗談抜きで中央大陸の食糧事情が変わるぞ。魔獣に怯えることなく農作業が出来る。作物の生産量が飛躍的に上昇するぞ!」


アキラ「でもこの周囲だけだ。」


フリード「でもアキラの力なんだろう?別の場所でも出来るってことだろ?」


アキラ「これは多用して良い術じゃない。人間の都合で必要以上に自然の摂理を曲げるような真似はするな。」


フリード「それは………。いや………、そうか。そうだな。ああ、すまなかった。これはアキラに頼ってあちこちにこんな場所を作って良い問題じゃなかったんだな。俺の考えが浅はかだった。」


 フリードは真摯な態度で俺に詫びる。


アキラ「いや。そんなに気にするな。ただ俺はそういう世界から来たから思い知っているだけだ。」


 この後俺達はこの豊穣の術で埋めた周囲を視察してからベル村に立ち寄り村人達に大歓迎を受けてから師匠の庵へと向かった。



  =======



 トム一家にこの山の登山は厳しいのでベル村に待機してもらうことにした。フリード達も置いて行くつもりだったがフリードが絶対に付いて行くと言って聞かず結局護衛のロベールとパックスも一緒に行くことになった。


 それにしてもこの三人はちょっとおかしい。想像してみて欲しい。エベレストに何の登山装備もなく急斜面を真っ直ぐ山頂に向かって登っていく人間。それも数時間で登頂してしまうのだ。果たしてそれは人間と呼べるだろうか。息も切らせず登り切っているこの三人はすでに人間を超越していそうな能力を持っていると言わざるを得ない。


フリード「どうした?俺に見惚れてるのか?」


アキラ「アホか。寝言は寝て言え。」


 フリードをじろじろ見ていたら寝言をほざいた。こいつは隻腕でこの山を登り切ったのだ。もしかしてすでに神格くらいは得ているのではないだろうかと疑ってしまう。


 この世界に来て最初に師匠と一緒に暮らした庵が見えてくる。


アキラ「懐かしいですね。」


狐神「あっはっはっ。私らの生きてきた時間からすればほんのちょっとの時間離れてただけだろう?」


アキラ「でも俺にとってはこの世界に来て初めて信じられる人に出会って寝泊りした場所なんです。」


狐神「なっ…何言ってんだい。照れるじゃないかいもう………。」


 師匠は怒ったような顔をしてプイッと横を向いてしまった。でもその顔はほんのり赤く染まっている。何より俺のドレスの端をギュッと握っているのが可愛らしい。だから俺はその手を掴んでドレスから離して手と手を繋ぐ。


狐神「―――ッ!ア……アキラ?」


 師匠は驚いた顔で俺を見つめてくる。だから俺は言葉では答えずににっこりと師匠に笑顔を向けた。


狐神「ッ!アキラっ!」


 俺と目が合った師匠は急に真っ赤になって俺を抱き締めた。師匠の豊満な胸に俺の頭が埋まる。そういえば最初にここで出会った時もこんなことがあったな………。


ロベール「お~い。目の保養にはなるけど早く行こうぜ。」


 ちっ。いいところだったのに。ロベールに急かされて庵へと向かう。庵に着いて引き戸の上を見てみる。そこにはやはり西大陸の山の上にあった祠と同じ模様を彫った板がかけてあった。中央から九本の線が伸びてそれぞれが渦を巻いている。最初にこれに気付いた時は師匠が九尾の狐であることもあって九尾を表しているのかと思っていた。だが師匠が言うには師匠がここに住み着く前からあったということらしい。それならば九尾を表していると考えるのは無理があるか?九尾は滅多に生まれないらしい。それならばここにこれを設置した者自身も九尾か九尾に関係ある者だったという確率は普通に考えれば低いように思える。だがやはり俺にはこれは九尾の狐を表しているような気がする。


ミコ「これがアキラ君のいってた模様だね。…本当にあの山の祠にあったのと同じだね。」


フラン「どちらも同じ高い山の山頂付近に同じ模様を模った物があるなんて何か意味があるのでしょうか?何かの信仰?あるいは同じ人が置いていった?」


ティア「少なくともわたくしはこのような物は見たことも聞いたこともありません。精霊族の物ではないように思います。」


シルヴェストル「ふむ………。わしも見たことも聞いたこともないものじゃな。」


 ティアだけでなくシルヴェストルも知らないとなれば精霊族関係である可能性はぐっと低くなっただろう。西大陸と中央大陸を自由に行き来したかもしくは少なくとも両方が含まれるような広大な範囲に知れ渡っていた物………。空間を越えて移動できる精霊族や空を自由に飛べるドラゴン族以外でそんなことが出来るならやはり古代族の関係の物か?そういえばこの神山からはガウの集落がそれほど遠くなく大神種は神山を守るように言われていた種だったな。大神種の集落には古代族の人避けの結界があったということはその流れでいけば古代族に関わる物と考えるのが妥当か。


狐神「そんなことはいいからさっさと入ろう。」


ガウ「がうがうっ!」


 師匠が皆を急かしてガウが一番に乗り込んでいった。まだ一年も経っていないがそれに近いくらいの期間放置していたのでまずは大掃除をした。綺麗になった庵の中を確かめながら歩く。やっぱり何だか懐かしい感じがする。


狐神「しばらくここに留まりたいんだけどいいかい?」


 皆が集まって前よりも狭く感じる居間で師匠がそんなことを言い出した。


アキラ「俺はかまいませんが何かありましたか?」


狐神「ん~。温泉にもゆっくり入りたいしちょっと皆の修行もつけたいしねぇ。」


ミコ「アキラ君の言ってた温泉だね。私もゆっくり入ってみたいから少しくらいなら泊まっていきたいかな。」


フラン「そうですね………。キツネさんもアキラさんもその温泉に入っていたからそんなに大きくなったとう可能性も………。」


 フランは自分の胸を寄せてムムムッと唸っている。気にしていないようなことを言っていたのにやっぱり気にしているのか。


フリード「何日くらいの予定なんです?」


アキラ「フリードは先を急ぎたいなら先に出発すればいいぞ。」


フリード「なんでだよ!俺達だけでアルクドに向かったら暗殺してくれって言ってるようなものじゃないか!それにアキラと離れるなんて嫌だ!何でそんなこと言うんだよ!」


アキラ「お前はウルで散々時間を無駄にしたくせに師匠がここに滞在したいって言ったら先を急かすようなことを言うからだ。」


フリード「俺は別に急かしてないぞ。何日くらいの予定か聞いただけじゃないか。」


アキラ「それが嫌味っぽいんだよ。」


狐神「まぁまぁいいじゃないかい。どれくらいかはわからないけど早ければ数日。長くとも一~二週間くらいかね。」


フリード「そうですか。」


 師匠と俺以外の者はこれから数日はここで滞在することについてあれこれ考えたり準備したりしているようだが俺にはなぜ師匠がここに留まることにしたのかわかった。


 瑠璃達が襲撃して来た時に師匠達は逃がす気などまったくなかった。俺達が能力制限をしているとはいえそれでも俺達の方が能力は圧倒的に上のはずだったのだ。それなのに師匠はあの時の敵を取り逃がしてしまった。多少の油断や様子見をしすぎたせいはあっても師匠が取り逃がすなど普通に考えてありえない。第五階位の神は黒の魔神と大獣神しかいないらしい。師匠も能力的には第五階位相当だが階位を上げていないので未だに第七階位だ。ともかく第五階位相当の実力者はこの世界にたった三人しかいない。その三人の中でも一番強いと思われる師匠が能力制限をしていたとはいえあっさり逃がしてしまうなど異常な事態だ。黒の魔神が人神を警戒している理由がよくわかった。向こうには俺達にはない未知の技や術があるということだ。正面から本気で殺しあえば俺達の方が圧倒的に強い。だが前回のような奇襲やヒットアンドアウェイでこられたらこちらもうまく対処できない可能性が高いというのが身に染みてわかった。そもそも戦わず逃げ回られたら見つけるのが非常に難しい。


 奴らが使っていた技と術は何なのか。二つの可能性がある。一つは未だになぞのままになっている人間族が本来持っていたはずの特殊能力である可能性。人間族も魔人族と同じ魔法が使えるがそれは黒の魔神が制約によって魔法の秘技を拡散させてしまい恐らく『守護者の祝福ギフト』によって魔力を扱えるようになった人間族が魔法を使えるようになったということだろう。それとは別に人間族が本来元々持っていた特殊能力が何かあるはずだ。それを使われた可能性が一つ。


 そしてもう一つの可能性。………瑠璃が俺にぶつけてきた不可視の刃。あれは神力の塊とでも言うようなものだった。つまり人神は神力を神力のまま他の力に変換せずに使う方法を知っている可能性がある。どちらの可能性も厄介だが特に神力の使い方を知っているのだとすればそれは非常に厄介だ。何しろ瑠璃の刃の威力は尋常ではなかった。普通の人間の神力を全て振り絞ってもあの攻撃の一発分にもならないはずだ。それなのに瑠璃はあの刃を一度に何十発も出していた。まともに受けたら粉微塵になるだろう。


 能力制限していてなおあの時の俺達は瑠璃達を圧倒するだけの能力があった。それなのに向こうは一芸だけでその能力差をひっくり返して奇襲に成功し脱出まで成し遂げたのだ。フリードの暗殺は失敗したので目的は達成できていないが完全に誰も瑠璃の存在を把握できていなかった。完全なる奇襲だった。それは成功と言えるだろう。


 師匠はそれに備えるためにここで再修業を課そうとしているのだ。瑠璃のことは気になる。だが何の手も用意せずに乗り込んでいっても同じ轍を踏むだけになってしまう。今度こそは瑠璃をこの手に取り戻す。だから俺もここにいる間に色々と修行しなければならない。皆の修行は師匠に任せて俺は別のメニューでもやろう。


狐神「それじゃそろそろお風呂に入ろうかね?」


ミコ「楽しみですね。」


フラン「その温泉の秘密を暴いてこの胸を…ぶつぶつ。」


ガウ「がうがうっ!」


ティア「ちょっとアキラ様!チョーカーをお忘れですよ。」


シルヴェストル「なんじゃ。バフォーメ殿も一緒でもよかろう。」


ティア「なんということを言われるのですかシルヴェストル様。結婚前の乙女のせりふとは思えません。」


シルヴェストル「わしは無性じゃから乙女ではないが…。ティアの裸もわしには何度も見られておるぞ?」


ティア「それは…シルヴェストル様はアキラ様のお嫁さんなので問題ありません。」


シルヴェストル「ふむ………。そういうものかの。」


ティア「そういうものです。」


 ティアとシルヴェストルの掛け合いを見ている場合じゃない。バフォーメチョーカーを外しながら俺もお風呂に向かった。



  =======



ミコ「うわ~。素敵な露天風呂だね~。」


フラン「この色はっ!お乳のような色をしています!きっとこの成分のお陰でキツネさんやアキラさんの胸もこのように…ぶつぶつ。」


ガウ「がうがうっ!ご主人こっちなの!」


 久しぶりに懐かしの我が家へと帰って来たガウは皆の中で一番テンションが高かった。ガウに引っ張られて旅に出る前までは恒例だった師匠と俺とガウの三人並びでくっついて湯船に浸かる。


ガウ「がうぅ………。」


アキラ「ふぅ…。懐かしいな。」


狐神「本当だねぇ。ほんの少し前のことなのに私まで懐かしく感じちゃうよ。」


シルヴェストル「この温泉は普通の温泉とは少し違う気がするのじゃ。」


ティア「そうなのですか?」


シルヴェストル「じゃが何がどう違うかはわからぬのじゃ。気のせいかもしれぬ。」


狐神「まぁ命に別状はないさ。私は長いこと入ってたのに無事なんだからね。」


フラン「やはりこのお湯に胸の秘密が……ぶつぶつ。」


ミコ「あっ!いつの間に!キツネさんずるいです。私もアキラ君とくっつきたい。」


 キャッキャウフフで騒がしい女子のお風呂タイムが過ぎていった。約一名覗こうとした不届き者がいたがその者は地獄の苦しみを味わうことになった。それが誰かは推して知るべし。



  =======



 俺達の後で男達もお風呂に入り夕食の時間になる。いつもならボックスからすでに作っている物を取り出して終わりだが今日は俺も何だか懐かしい気分でここの台所で調理して作った。メニューもあえて最初の頃のような少し貧相なメニューだ。皆の受けは悪いかと思ったがそうでもなかった。俺とミコ以外にとっては俺のボックスに入れていた物というだけで極上のご馳走になっているので特に気にならないのかもしれない。


フリード「いや、普通にメニューも品数も少ないと思ってるぞ?ただアキラの作ってくれた料理なら俺にとってはどんな高級な宮廷料理よりもすばらしいご馳走なだけだ。」


アキラ「ふぅん。」


フリード「あれ?何か冷たくね?」


アキラ「俺の嫁達まで覗こうとしたのは許せない。俺の嫁達の裸を見た男がいたらその男は生まれてきたことを後悔しながら早く殺してくれと懇願することになるだろう。」


フリード「げっ………。は…ははは…。」


 俺に睨まれたフリードは乾いた笑い声を出している。


 その後は軽く時間を潰してから皆で眠る。布団は一応それなりの数を持ち歩いているので問題ない。俺と嫁達は師匠と一緒に寝ていた部屋で全員で眠る。フリード達は居間に布団を引いて寝ることにした。


 まだどうすれば瑠璃が元に戻るのかわからない。とにかくもう一度会わなければどうすればいいのかさっぱりわからない。そしてそのためには今度は取り逃がさないように対策を立てて修行しておく必要がある。殺すことが目的ならば制限を解除して吹き飛ばせば良いが俺は瑠璃を殺したくなんてない。うまく捕まえる方法と元に戻す方法を考えているうちに俺はいつの間にか眠りに落ちていた。



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