閑話⑬「九狐里晶」
晶「こらっ!女の子をいじめちゃだめなんだぞ!」
いじめっ子「やばい。晶が来たぞ。逃げろ。」
いじめっ子達は僕を見たらすぐに逃げ出した。
晶「大丈夫るりちゃん?」
瑠璃「ぐすっ……。うん……。いつもありがとうあっくん。」
るりちゃんは引っ込み思案な子でいつもいじめられていた。僕はお父さんに言われた通り自分の力を大切な人を守るために使っている。お父さんはいつも僕に『人に迷惑をかけるな』『でも大切な人を守る時だけは全力で守れ』と言っている。るりちゃんは僕の大切なお友達だから僕は全力で守っているんだ。
家が二軒隣のるりちゃんとは同い年で生まれた時からの仲だってお母さんがよく言ってる。お母さん達が見せてくれる写真には赤ちゃんの頃の僕たち二人が一緒に写っている写真がたくさんある。来月からは一緒に小学校に通うことになるんだ。
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るりちゃんは小学校に入ってからもいじめられていた。僕がいる時はみんなるりちゃんをいじめないけど僕がいないところではいじめている子もいるって聞いた。どうしたら仲良くできるんだろう。最初にるりちゃんをいじめてたひろし君やりゅうじ君とはすぐに仲良くなれたのに…。
瑠璃「いつもごめんねあっくん。ありがとう。」
晶「どうしたのるりちゃん?」
二人でお家に帰る途中でるりちゃんが急に謝りだした。
瑠璃「ううん…。ただ…お礼が言いたかっただけ。」
晶「そっか…。るりちゃんは僕の大切な人だから僕は絶対にるりちゃんを助けるよ。」
瑠璃「………ほんとう?どんなことがあってもあっくんがるりのこと助けてくれる?」
晶「うん。きっと助けるよ。」
瑠璃「約束だよ?」
晶「うん。約束。」
僕はるりちゃんの手を握った。るりちゃんも笑顔になって僕の手を握り返してきた。
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僕たちは学年が上がった。それで段々とわかってきたことがある。僕は普通とはどこか違う。皆が一生懸命頑張って練習してようやく出来るようになることだってちょっと練習すればすぐに出来る。学校でやってる勉強は簡単でつまらなすぎて買って来た本で家で勉強してる方が面白い。僕はいつのまにか高学年でも一目置く存在になっていた。でもそんな存在だからこそ僕が守る瑠璃ちゃんは安全だと思ってた。僕は何もわかってなかった。
晶「誰がこんなひどいことを!」
瑠璃「うん…。誰だろうね。どうしてるりにこんなことするんだろうね。」
学校が終わったあと僕と瑠璃ちゃんしかいない教室。図工の宿題でお母さんの絵を描いてくる宿題があった。るりちゃんの絵は先生に褒められて掲示板の真ん中に張られていた。それが破かれてゴミ箱に捨てられている。
瑠璃「るりは何にも悪いことしてないのにどうしてこんなことするんだろうね………。」
瑠璃ちゃんはボタボタと涙を流して泣いていた。僕は知らなかった。表向きは誰も僕に逆らわず瑠璃ちゃんをいじめる子はいなかった。でもそれはいじめがなくなったわけじゃなかったんだ。たださらに僕の目の届かないところで行われるようになっただけだった。
晶「ごめん………。僕は全然瑠璃ちゃんを守れてなかった。何も知らなかった。本当にごめん。」
僕は瑠璃ちゃんの涙を拭って頭を撫でる。
瑠璃「ううん。あっくんのせいじゃないよ。あっくんはいつもるりを守ってくれてるよ。」
僕はもっと強くならなきゃ。ちょっと人より出来るからって僕は調子に乗って何もわかってなかった。もっと。もっともっと。瑠璃ちゃんを守れるようにならなきゃ!
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それから僕はいっぱいいっぱい勉強して体も頑張って鍛えた。男子で僕に敵う子は誰もいない。僕を敵に回してまで瑠璃ちゃんをいじめようって思う男子はもういないはずだ。それなのに…。
晶「…なんで。」
瑠璃「ひぐっ…。……あっくん。」
下駄箱の前で瑠璃ちゃんが蹲って泣いている。下駄箱に入っていた瑠璃ちゃんの靴はどろどろに汚されていた。いつもはこんなことないのに。一緒に帰ってる日は普通なのに。今日は僕は習い事で早く帰ることになってた。だけど忘れ物をしたから取りに戻ってきたんだ。今日は習い事に送っていってくれるお母さんの都合で早く向かうことになっただけでいつもは瑠璃ちゃんと一緒に帰ってる。だから今日だけ特別だったんだ。それなのに今日に限って靴に悪戯された?違う!今日は僕がいないって知ってたんだ。
晶「………なんで。………誰が。どうしてっ!」
瑠璃「あっくん?」
どうして瑠璃ちゃんだけがこんな理不尽な目に遭わないといけないんだ!ちょっぴり人見知りで引っ込み思案だけど誰にでも優しくて気を使う瑠璃ちゃんがどうして!なんだろう。モヤモヤする。お腹の辺りはぐつぐつと煮えているようなのに頭はヒンヤリと冷たい感じがする。ただ息が苦しくて…、胸がモヤモヤして…、ムカムカして…、僕の体の内から何かが這い出てくるような感じがする。
瑠璃「あっくん!」
晶「―――ッ!………瑠璃ちゃん?」
蹲って泣いていたはずの瑠璃ちゃんはいつのまにか僕の前に立って僕の肩を掴んでいた。
瑠璃「どうしたのあっくん?あっくんじゃないみたいなこわい顔してたよ?」
晶「…ああ、うん。……ごめん。帰ろっか?」
瑠璃「お稽古はいいの?」
晶「うん。もう間に合わないから。それに………。」
瑠璃「それに?」
晶「………ううん。なんでもない。」
瑠璃「え~?なに?おしえて~。」
晶「なんでもないってば。」
瑠璃「も~。おしえてよ~。」
瑠璃ちゃんの顔に笑顔が戻った。きっと心は傷ついてる。今履いてる靴はどろどろだ。でも僕はその笑顔を守りたい。『それに………瑠璃ちゃんが一番大切だから』。
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今日は学校が終わってからひろし君やりゅうじ君達七人と一緒に遊んでいる。でも僕の心は晴れない。瑠璃ちゃんのことばかり気になってしまう。
ひろし「お~い。あきらがきてくれないと勝てないよ。座ってないで遊ぼうぜ。」
一人だけ少し離れてベンチで座ってた僕にひろし君が声をかけてくる。そうだね。四対四で分かれてるのに僕だけサボってたら皆負けちゃうよね。僕が遊具に向かおうとした時にそれは起こった。
りゅうじ「うわぁ~ん!」
りゅうじ君が泣き出した。そっちを見てみると金属バットを持った高学年の三人組がいた。りゅうじ君は頬を押さえている。その頬は赤く腫れていた。この三人組は有名だった。親がこの辺りの名士という菅田と親が議員だという小沢、それから結構大きな会社を経営していて他の会社にも顔が利くという鳩岡の三人組。
菅田「おいチビども。ここは俺達の遊び場なんだ。とっととどけよ。」
小沢「ちょっと小突いたくらいでびーびー泣くんじゃねぇよ。」
鳩岡「さっさとどっかいかないともっと酷い目に遭わせるけど?」
三人組は言いたい放題言っている。最初の一発がどれほどだったのかは見ていないけど少なくとも今は金属バットでちょっと小突いているくらいだ。だけどそれくらいであんなに赤く腫れるはずはないし徐々にエスカレートしてきている。
晶「やめろっ!りゅうじ君一人に高学年が三人掛かりでバットまで使ってなんてことしてるんだ!」
菅田「何をやめろって?」
晶「りゅうじ君を殴るなって言ってるんだ!」
菅田「ああ?………そりゃこれのこと……かっ!」
菅田はしゃべってる途中でバットをふり上げてりゅうじ君の腕を叩いた。ゴチンと硬い音がした。
りゅうじ「ぎゃぁっ!」
晶「やめろ!」
さらにりゅうじ君を殴ろうと振り上げたバットの前に割り込む。バットが当たった僕の左腕はゴキッ!と嫌な音がした。
晶「ッ!!!」
痛い!泣きそうだ。左前腕に当たったバットは心なしかへこんでるように見える。僕の左腕はぶるぶると震えて上げられない。軽く触って確かめる。………大丈夫。たぶん骨折はしてない。だけど痛みで脂汗が出て手を上げられない。
小沢「へっ。お前知ってるぞ。最近随分調子に乗ってる低学年だろ?目障りなんだよ!」
鳩岡「これでも食らえ!」
小沢と鳩岡も一緒になってバットで殴りかかってくる。真正面から受けるから痛いんだ。真上から振り下ろしてくる小沢のバットを僕は半身になって残った右手で横にそらせる。ゴンッと地面に当たったバットで小沢は手が少し痺れたみたいだ。鳩岡も同じように真上から振り下ろしてきてる。小沢のバットをそらせるために半身避けたので鳩岡のバットは真上だ。これはそらせない。だから僕はもっと近づいて鳩岡の前まで迫る。
晶「こんな思い切り金属バットで殴ったら………、痛いじゃすまないことくらいわからないの?!」
鳩岡の懐まで入り込んだ僕は腰を捻って真っ直ぐに右拳を突き出す。痛む左腕を振って腰の入った一撃を鳩岡の鳩尾に叩き込む。
鳩岡「うげっ………。」
身長差があるから難しいかと思ったけど綺麗に入ったと思う。鳩岡は一瞬呼吸が止まって蹲って呻き声を上げる。バットを往なした小沢と一撃入れて蹲った鳩岡の間を抜けて菅田に近づく。
菅田「ちっ!このっ!」
僕の接近に気付いた菅田がバットを振り上げようとする。そうだ。小沢と鳩岡がいるからバットは振れない。僕だけに当てようと思ったら上から振り下ろすか突くしかない。でも僕が菅田がバットを振り上げるのを待ってやる理由はない。グリップを握っている手を下から掌底で打ち上げてやる。
菅田「いっ!」
グリップを下から突き上げられた菅田は手ごと跳ね上げられてバットをすっぽぬかれながら後ろにバランスを崩した。空いている顎に向かってもう一度掌底を叩き込み打ち上げる。
菅田「あふっ………。」
ぐるんと目が回った菅田はそのまま倒れた。失神してると思う。そこでようやく手の痺れから戻り振り返った小沢が今度はバットをフルスイングで振るう。
小沢「このガキがっ!」
鳩岡は蹲り菅田は気を失って倒れているので振れるようになったんだろう。でももう遅い。スイングと同じ方向へ逃げながら小沢の手元へと近づいてく。小沢の手を掴んだ僕は足を出し相手の勢いを利用して投げ落とす。ぐるんと宙をまわった小沢は受身も取れずに落下して呼吸が止まったようだった。
最初から三人で突いてくるか同士討ちにならないように距離を取って広がって僕を包囲していたらきっと僕がやられてたと思う。だけど三人で密集してるのに思い切り僕を殴ろうと振り上げてばかりだったから単調で対処しやすかったんだ。
晶「りゅうじ君に謝れ!」
鳩岡「うっ、うわぁん。」
小沢「げほっ、げほっ、ぐひっ。うぅぅ!覚えてろよ!ぐすっ。」
菅田「………。」
失神した菅田をかかえて鳩岡と小沢は泣きながら逃げていった。
晶「りゅうじ君に謝ってから逃げていけっ!」
ひろし「おおおっ!すげー!あきらすげー!」
晶「りゅうじ君大丈夫?」
りゅうじ「ぐすっ。うん。…あきら君ありがとう。」
晶「ちょっと座って休もう。」
皆はまだ興奮して僕に色々言葉をかけてくるけど僕はりゅうじ君を連れてベンチで休むことにした。まだ左腕が痛い。勝手に涙が出そうになって泣き出してしまいそうだ。でもここで僕が泣き出したらきっと皆に余計な不安を与えることになる。だから僕は絶対に泣かない。腕が痛くてもう今日は皆と遊べないけど僕はベンチで皆が遊んでいるのを見続けた。
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遊び終わって皆帰っていった。僕も今帰り道だ。腕はまだ痛い。誰もいなくなったら泣いてしまいそうになった。でも僕は泣かなかった。金属バットを持った高学年三人を相手にしてりゅうじ君達を守ったんだ。お父さんは褒めてくれるかな。お父さんはあまり僕を褒めてくれない。テストで百点をとっても、スポーツや運動を頑張って一位をとっても褒めてくれたことはない。いつも『そうか。次も頑張りなさい。』としか言わない。他には『人に迷惑をかけるな』と『大事な人を守る時は全力で守れ』くらいしか言ってくれないんだ。だけど今日は大事な友達を守るために頑張った。これでお父さんは褒めてくれるかな。そう思うと腕の痛みも忘れて家に急いで帰った。
それなのに………。これは何?どうして僕は頭を抑えつけられて床に叩きつけられているの?
今日初めてお父さんに褒めてもらえるかなって思ってた。確かに帰ったらお父さんは僕に初めての仕打ちをした。僕の頬を思い切り殴り飛ばして頭を掴み上げて床に叩きつけて擦りつけた。
家に帰ったらさっきの三人組とその親がいた。そして僕が帰ると一目散に飛んできた父は僕を思い切り殴り飛ばした。まるでゆっくりと動いてるみたいにはっきりと見える父の拳を避けなくちゃとか考えることもできなかった。何が何だかわからないうちに殴られ白い塊がぼろぼろと僕の口から出てくる。あ…。乳歯が抜けちゃったんだ。
父「晶!お前この子たちに怪我をさせたんだってな!この馬鹿息子が!」
父の言葉が耳に聞こえるけど頭に入ってこない。
父「本当に申し訳ありません。…ぼさっとしてないでお前も謝れっ!ほらっ!謝れっ!」
父が殴り飛ばした僕の所まで来ると頭を掴んで抑え付けて何度も床に叩きつけ、擦りつける。
父「どうかこの度のことは穏便にお願いいたします!」
菅田母「あなた方のような凶暴な方はこの辺りに住んでいただきたくないのですけど?」
小沢母「警察も裁判所もうちの夫の思いのままですのよ?おわかりかしら?」
鳩岡母「お宅の会社はうちの会社と取引がありましたよね?私が一言いえばお宅の会社との取引をやめることもできます。お宅の会社はうちとの取引と一社員とどちらを選ぶと思いますか?」
父「どうか!どうかお許しください!ぼけっとしてないでお前も謝れ!父さんが会社をクビになっても良いと思ってるのか!父さんがクビになったらお前達だって生活していけないんだぞ!」
この人は何を言ってるの?意味が理解できない。今しゃべっているのは本当に僕の知っている言葉なの?
母「あなた…。少しは晶の話も聞いてあげたら?」
父「お前は黙ってろ!俺がクビになったらここにだって住めなくなるんだぞ!」
その時インターホンが鳴り誰かがやってきた。入ってきたのはりゅうじ君とそのお母さんだった。
りゅうじ母「どうもすみません。何だかこの子が今日公園で喧嘩して怪我をして帰って来たみたいなんです。それで確かめてみたらお宅の晶君とも遊んでいたと聞きましてお伺いさせていただいたのですが…。」
そうだ。りゅうじ君がこの三人に殴られたから僕が三人から皆を守ったんだって本当のことを言ってもらえたらきっと何とかなるはずだ。
菅田「ああ。その子もこっちのガキにバットで殴られたんだよ。なぁ?」
小沢「そうそう。その子をバットで殴ってたから俺達が止めに入ったんだけど俺達までバットで殴られてこんなに怪我したんだ。」
鳩岡「そうだよな?えっと…りゅうじ君だっけ?」
りゅうじ「………え?………えっと?」
何を言ってるんだ?りゅうじ君を殴ったのはお前達だろ?言ってやれ。本当のことを言ってやってくれりゅうじ君。
菅田母「あら。やっぱり危ない子なのねぇ。あなたの子供も襲われたそうよ?そうなのよね?あなたも安全な地域に住みたいわよね?」
小沢母「うちの子供たちがやられたんだからあなたの子もそうなのよね?うちの夫は色々と顔が利くから裁判するのなら一緒にしましょう?」
鳩岡「お宅の家もたしかうちの会社と取引がありましたよね?学校のクラスにこんな凶暴な子がいるなんて大変ねぇ。相談にのりますよ?」
りゅうじ母「え?………そっ、そうなんです。うちのりゅうじも晶君に殴られたそうで。」
りゅうじ「え?…ママ?違うよ!」
りゅうじ母「そうでしょう!さっきはそうだっていったじゃない!ねっ!本当のことだけ言いなさい。晶君に殴られたのよね?!」
りゅうじ「………え。………あの。」
皆の視線がりゅうじ君に集まる。りゅうじ君の親がぎゅっとりゅうじ君を掴んで違う言葉を言おうとしたら何度もすぐに止めた。そしてとうとう…。
りゅうじ「……うん。そうだよ。ぼくはあきら君に殴られたんだ。」
何だ?何なんだこれは…。わからない。足元が揺れて崩れてなくなったみたいだ。まるで底のない闇の中を落ちていっているような気がする。このあと僕はもう周りが何を言っているのか理解できなかった。
僕は学校で力ずくで男子達を支配しているらしい。そして今日手下を大勢連れて公園でりゅうじ君をいたぶっていたらしい。そこへ通りがかったこの三人が止めに入ると僕は手下に三人を襲わせバットで三人を殴り怪我を負わせたということらしい。その証拠は少しへこんだ金属バットとりゅうじ君の頬と腕についた傷だ。それは僕がりゅうじ君をバットで叩いた証拠になるらしい。
父は裁判になれば万が一にも勝ち目はないと脅され、会社も続けられず、例え多少離れたところへ引っ越してもこの付近の地域には住めなくなると言われただひたすら謝り相手の条件を受け入れ続けていた。いつのまにかりゅうじ君の母まで僕を声高に罵り蔑むような目で見ていた。りゅうじ君の母だけじゃない。りゅうじ君自身でさえすらすらとありもしない嘘を並べていかに僕にいたぶられていたのか語りだした。
父が相手の条件を飲んだことで向こうは一先ず裁判沙汰にはしないということになり帰っていった。僕は一人で真っ暗な部屋で座っていた。
晶(僕は悪いことをしたの?僕が間違っていたの?)
???『お前は間違えていない』
晶(だったらどうして僕が悪いことになっているの?)
???『世界が間違えているからだ』
晶(じゃあどうすればいいの?)
???『世界を変えれば良い』
晶(世界を変える?)
???『世界を滅ぼせ!』
晶(それは駄目だよ。この世界には瑠璃ちゃんがいるんだ。瑠璃ちゃんが生きているんだよ。)
???『滅ぼせ!』
晶(………滅ぼすのは駄目だけど間違った世界は正さないといけないよね。どうにかして………。)
………
……
…
気がついたら朝だった。そしてその日から僕の地獄の日々が始まった。
=======
大人に伝わるある噂が広がるにつれて一人また一人と友達は僕に寄り付かなくなっていった。僕は手がつけられない凶暴な人間で力ずくで皆を従わせていたらしい。それを例の三人組が僕から皆を救って僕を大人しくさせているそうだ。だから力を失った僕には誰もついてこないんだって。
はっ!はははっ!あはははははっ!ハッハッハハッハハハハハハハッ!
???『これが人間だ』
晶(そうだ。本当のことを知ってる人だっていっぱいいるのに保身のために皆嘘を付いている。)
???『これが世界だ』
晶(そうだ。事実なんて関係ない。力のある者が言ったことが正しいことになるんだ。)
???『世界を滅ぼせ』
晶(それはだめだ。この世界を変えるんだ。)
どうやって?力のある者が正義なんだ。だったら僕が力を持てばいい。じゃあどうやったら力が手に入る?
???『心を解き放て』
それはだめだ。世界を滅ぼせって言うんだろう?僕は滅ぼしたいんじゃない。変えたいんだ。まずは勉強して良い学校に行って良い仕事に就くんだ。色々仕事を選べるように一番良い学校に行くんだ。
瑠璃「……くん。…っくん。あっくん!」
晶「……えっ?何?どうしたの?」
瑠璃「それはるりのせりふだよ。あっくんどうしたの?元気ないよ?」
晶「ああ、ううん。そんなことないよ。」
最近僕はおかしい。時々自分でも気付かないうちに時間が過ぎていることがある。何か黒い靄のようなものに徐々に心が塗り潰されている。このままじゃきっと僕は取り返しのつかない結果を招いてしまう。
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段々心の声が大きく強くなってきている。皆を殺せ、滅ぼせっていう声に逆らえなくなってくる。だから僕は僕の心を殺すことにした。この声は僕が暗い気持ちになった時により大きく強く聞こえてくる。だから僕は希望を抱かない。だから絶望しない。僕は喜ばない。だから悲しまない。ありとあらゆる感情を失くせばこの声が入り込んでくる余地がなくなる。だから感情に左右されない。冷徹に合理的に行動する。僕の感情と相打ちで心の声を消してやる。
???『やめよ!』
晶(ごめんね瑠璃ちゃん。)
???『待てっ!まだ………』
………
……
…
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今日も七種瑠璃がいじめられている。いじめている相手は杉田えりかだ。
えりか「はんっ!泣いたら許してもらえると思ってるの?あんたむかつくのよ。」
瑠璃「どうして?どうしてこんなことするの?」
えりか「そうねぇ…。知りたい?最初はね、私くこさとのこと好きだったのよ。だからくこさとに付き纏うあんたが許せなかったの。だけどもうどうでもいいわよあんな根暗なやつ。今あんたをいじめてる理由はただあんたのうじうじした態度がむかつくからよ。」
瑠璃「そんな…。そんなことで…。」
えりか「そうよ。わかったら黙って私にいじめられなさいよ。あっはははは。」
そうか。七種瑠璃がいじめられていたのは前の俺のせいだったようだな。本当に俺は何かを守っているつもりで余計に傷つけていたんだな。でももう誰とも関わらない。だから俺には関係ない。俺が原因になることもない。
俺は二人を無視してそのまま帰路に着く。今日は体を鍛えてから数学Ⅱの問題集をしなければならない。
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学校が終わってから七種瑠璃に公園に呼び出された。出来ればこんな無駄な時間は使いたくない。今日は早く帰ってトレーニングをして英会話を聞かなければならない。
瑠璃「………どうして?」
いきなりどうしてと聞かれても意味がわからない。
瑠璃「………どうして?………あっくん。」
晶「何がだ?」
瑠璃「………どうして助けてくれないの?」
なんだそんなことか。
晶「いじめに俺が助けに入って意味があるか?俺が二十四時間三百六十五日ぴったり一緒にいるのなら俺が助ければ良いだろう。だが実際そんなことは不可能だ。ならばお前は自分で乗り越えるしかない。俺が側にいる間だけ俺が助けても問題の解決にはならない。」
瑠璃「あっくん。どんなことがあっても守ってくれるんじゃなかったの?」
晶「昔の約束の話か。助けることに合理的意味があるのなら助けよう。だがいじめはその場凌ぎで助けても解決しない。」
瑠璃「………あっくん。どうしちゃったの?最近のあっくんは変だよ?」
晶「この世の正義とは力だ。力のない者は何を言っても無駄なんだよ。だから俺は力を手に入れる。社会的地位でも金でもなんでもいい。とにかく世の不正に屈しないだけの力が必要なんだ。俺もお前も力がない。だからこんな目に遭っている。何もできない。お前もいじめを乗り越えたかったら自分で力をつけろ。」
瑠璃「………そんなの!そんなのあっくんじゃない!」
七種瑠璃が大声で叫ぶ。引っ込み思案で大人しい七種瑠璃がこんな大声を出すことなんてない。
晶「俺は俺だ。九狐里晶だ。例え正しいことだとしても力がなければ何の意味もない。正義を通したければ力がなければ無理なんだよ。」
ぺちん
俺の頬に小さな痛みが走る。七種瑠璃に頬をぶたれたからだ。避けようと思えば避けられた。だけど避ける気にはなれなかった。七種瑠璃の目には涙が溜まっている。
瑠璃「あっくんのばかっ!」
七種瑠璃が振り返って走り出そうとしたその時。
彼女の前にはぽっかりと空間に穴が開いたかのような黒い影が迫っていた。
瑠璃「………え?………きゃぁ!」
その影に七種瑠璃が引き摺り込まれそうになっている。俺は咄嗟に彼女を掴み引っ張る。
瑠璃「あっくんっ!」
晶「………くっ!」
彼女は強い力で黒い影の穴に吸い込まれそうになっている。その力は徐々に強くなっていて俺だけじゃ支えきれない。それに最初は彼女しか吸い込もうとしていなかった影は周囲の物まで吸い込み始めた。公園で遊んでいた者達も異変に気付き始めた。子供が吸い寄せられている。俺は彼女の手を掴みながら空いた手で鉄棒を掴む。駄目だ。もう長く持たない。
その時砂場で遊んでいた小さな子供が影に吸い込まれそうになっているのが見えた。掴まるところがなかった上に小さすぎて掴まっても腕力が足りなかっただろう。七種瑠璃は俺を見つめている。砂場の子供だけじゃなく他の子も飲み込まれそうになっている者が徐々に出始める。このままじゃだめだ。全員吸い込まれてしまう。さらに黒い影は触手のようにうねうねと形を変えて伸び七種瑠璃の足に絡みつく。徐々にその絡んだ影が上までのぼってきて彼女を掴む俺の手にまで絡む。
瑠璃「………あっくん。」
彼女の目には涙が溜まっている。………。俺の手に絡んだ影が俺に語りかけている気がした。
―このままじゃ全員吸い込まれるぞ?
―この手を離せよ
―この一人さえ犠牲にすれば他の全員は助かる
―どっちが合理的だ?
―お前は合理的に判断するんじゃなかったのか?
確かにこのままでは公園にいる者全員が吸い込まれかねない。このまま粘ったところでいずれ力尽きて俺達も飲み込まれる。ならいっそ手を離したほうが………。
そうか?彼女が飲み込まれたからといってこの影が消える保証はない。この手を離しても皆助からないかもしれない。だったら最後まで彼女を………。
晶「………ぐぅっぅぅ!」
ミシミシと俺の腕が嫌な音を立てる。関節が千切れそうだ。
瑠璃「あっくん。―――。」
彼女は何て言った?………。俺が自分で手を離したのか。力尽きて離れたのか。よくわからない。ほんの一瞬の出来事だった。気がついたら俺の手と彼女の手は離れていた。彼女が影に吸い込まれた瞬間黒い靄のようなものが広がったかと思ったら俺は鉄棒の近くでしゃがんでいた。公園を見渡すと彼女の姿はなく子供達は何事もなかったかのように遊んでいた。
一体何があった?夢だったのか?頭が割れるように痛い。なんだ……。俺はどうしてこんなところにいたんだ?とにかく家に帰ろう。
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二軒隣の子がいなくなったらしい。なんていう名前だったかな……。七種?あまり覚えていない。そんなに親しくなかったのだろう。どんな子だったのかも時々思い出したり思い出せなかったりする。そのことを考えようとすると黒い影が走って頭が痛くなる。そんなことはどうでもいい。俺はもっと体を鍛えて勉強してこの世の不正を正さなければならない。彼女のために。
彼女って?なんのことだ?
何のために不正を正すのか?それはもちろん世にのさばる悪を断罪するためだ。彼女のためなんかじゃない。
俺は何を言っているんだ?何かおかしい。………心にぽっかり穴が開いたような。………大切な何かを失ったような。だけど思い出せない。俺は彼女を傷つけ謝ることも出来ずに失ってしまった。
違う。あのままじゃ皆飲み込まれてしまっていた。一人の犠牲で多数の命が救えるのならどちらを選ぶのが合理的かわかるはずだ。俺は選択を間違えていない。
???『お前の心を乱す者がいなくなったのだ。お前の望み通りであろう?』
どこかで何かの声が聞こえた気がする。
そうだ。今度有名な神社に行こう。あそこはご利益があるらしい。彼女が見つかるように神様にお願いしに行こう。
ところでその彼女って誰だっけ………。




