第五十四話「邂逅」
ウル連合王国へと入った俺達はずっと南西方面に進んでいる。俺達は内陸の国境を越えたので南西に向かっているが中央大陸の沿岸沿いにガルハラ帝国からウル連合王国に入り暫く進むとウル連合王国の首都ウルに着くらしい。デルリンから一度バンブルクへ寄ってから来たとは言えここまで一ヶ月以上かかっている。師匠の庵から旅立ってガルハラ帝国をうろうろしていた日数と比べたら遥かに長い時間がかかってしまっている。俺達はこれといって急いでいないので問題ないがフリードはここからさらに時間がかかるアルクド王国への大使の任務に支障はないのだろうか。人間族の移動速度を考えたら別に普通のことなのか。その辺りは俺の感覚ではわからない。とりあえず本人が急いでいないので俺も気にしないことにしておく。
暫く進むと海の側にある港町が見えてきた。あれがウル連合王国の首都ウルらしい。小さな町のように見える。とても一国の首都とは思えない。比較対象が偏っているが俺が今まで見てきた中ではベル村の次に小規模だ。同じ港町で言ってもバンブルクやブレーフェンはおろかカライとですら比べるまでもなく小さい。城壁も何もない町の中へと入っていく。町中には馬車は一台も走っていなかった。人通りもまばらであちこちで魚を干しているような物が並んでいる。漁は危険を伴うはずだがこの町では漁は盛んなのかもしれない。町の中心付近にある少し大きめの屋敷へと近づいていく。そこには門があり衛兵が立っていた。
衛兵「何者だ?」
パックス「ガルハラ帝国皇太子フリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラが大使としてやってきた。女王陛下にお取次ぎ願いたい。」
馬から降りたパックスは何かの紋章を見せながら衛兵に告げる。
衛兵「これは失礼した。しばし待たれよ。」
それを見た衛兵の一人は屋敷へと入っていった。暫くして戻ってきた衛兵に先導されて門を潜る。屋敷の手前まで馬車で進みそこで馬車を降りる。トム達は一般人の従者なので表からは入れないらしい。メイドさんに案内されながら馬車を引いて裏へと周っていった。怪しい空飛ぶ魚とかは表から入っていいのだろうか。誰も突っ込みを入れない。見て見ぬ振りをしているのだろうか。この規模の屋敷にしては大きめの扉の前で俺達を先導していた衛兵がノックをして大声で告げる。
衛兵「ガルハラ帝国皇太子フリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラ様をお連れいたしました。」
その声に反応して内側にいた者達が左右の扉を開く。
???「ご苦労様でした。そなたは下がりなさい。」
衛兵「はっ!」
部屋の奥に座っている女性に声をかけられ衛兵は下がる。今度は扉を開けた者に先導され俺達は部屋へと入っていった。
ヴィクトリア「フリードリヒ様。よくぞおいでくださいました。私はウル連合王国女王、ヴィクトリア=メアリ=ルイズと申しますわ。」
玉座に座っている女性から声をかけられる。だが女性というよりはまだ少女と言っても差し支えなさそうな年齢に見える。金髪の髪を縦ロールにしている。目鼻立ちが整った碧い瞳が印象的な美少女だ。女王様らしいので当たり前と言えば当たり前かもしれないが日本風に言えば見るからにお嬢様然としている。
フリード「お初にお目にかかります。ヴィクトリア女王陛下。俺はガルハラ帝国皇太子フリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラ第三皇子です。以後お見知りおきを。」
フリードは一歩前に歩み出てそれっぽい挨拶をしている。本当ならばもっとしっかりとした挨拶も出来るのだろう。だがヴィクトリア女王はそこまで気を使う必要のある相手ではないのかフリードは普段の育ちの悪さが滲み出ているような挨拶をしている。本来ならば国家元首たる女王と次期皇帝とはいえ現時点では皇太子にすぎないフリードではヴィクトリア女王の方が立場が上のはずだがそこはガルハラ帝国とウル連合王国の国の格の差なのか国力の差なのかガルハラ帝国の方が上だということなのだろう。
ヴィクトリア「(ワイルドで素敵なお方ですわ。)」
俺の耳にはヴィクトリア女王の呟きが聞こえた。どうやら女王様はこういう奴がお好みらしい。
フリード「今回我々がここに来たのは………。」
ヴィクトリア「大丈夫ですわ。全てわかっております。」
ヴィクトリアは手を前に出してフリードの言葉を遮った。全てわかっていると言いながらうんうんと頷いている。
ヴィクトリア「フリードリヒ様と私の結婚の申し入れでございましょう?」
フリード「………は?」
ヴィクトリア「良いのです。全てわかっております。ええ、わかっておりますとも。にっくきバルチア王国を討伐なされたフリードリヒ様の前に立ちはだかるのは残るはウルとアルクドのみ。アルクドは先の戦争での不義理により討伐なされるのでしょう。そして我がウル連合王国はフリードリヒ様と私の結婚によりガルハラ帝国と一体となるのですわ。」
ヴィクトリアは胸の前で手を組んでキラキラと星の飛んでいる目で遠くを見つめている。室内で斜め上をみても天井しか見えないと思うがきっと彼女の目には違う物が見えているのだろう。
ヴィクトリア「ああ、フリードリヒ様が自ら私を迎えにきてくださるなんて素敵ですわ。」
フリード「アルクドへ大使として向かうので挨拶に立ち寄ったのは当たっているがヴィクトリア女王陛下を俺の妻に迎える気はないぞ。」
ヴィクトリア「え?え?どういうことですか?それでは一体我が国をどうなさるおつもりなのですか?」
フリード「どうするもこうするも…。ガルハラ帝国に敵対しないのならばこれまで通りの関係で良いと思いますが?」
ヴィクトリア「そっ…、そんなっ!私のどこが不満なのですか?」
ヴィクトリアは縋るように腕を前に出し『ヨヨヨ』とでも泣き出しそうなオーバーリアクションをしている。
フリード「不満も何も…。今日会ったばかりの人にそんなものがあるはずないでしょう?俺はそんな政略結婚みたいな真似はしたくないと言っているんです。」
ヴィクトリア「まぁっ!それはつまり私と政略結婚ではなく恋愛結婚をなさりたいと?なんて積極的な殿方なのでしょう。それではまずは文通から始めましょう!」
フリードの言葉を聞いたヴィクトリアは一転して感激したかのように再び目をキラキラさせて文通の提案をする………。なんだこの女王様は?こんなので女王が務まるのか?
フリード「そうじゃありません。俺は貴女と結婚する気がないと言ってるんです。妙な解釈をしないでいただきたい。アルクド王国への大使としての任務の途中でここに立ち寄りガルハラ帝国とウル連合王国がこれまで通りの関係で良いか確認にきたまでです。」
フリードはピシャリと言い切った。相手は女王なのに容赦がないな。まぁ女に優柔不断な奴よりはマシか。と思いながら俺は後ろを振り返る。可愛い嫁達が並んでいる。俺が振り返ったのに気付き皆俺に笑いかけてくれている………。優柔不断ですみません………。
ヴィクトリア「そんなっ!バルチア王国の王族にはフリードリヒ様と年の近い女性はおられなかったはずですわ。今回の戦争の件でアルクド王国から人質として妻を迎えるおつもりですか?」
フリード「はぁ………。バルチアからもアルクドからも俺の妻を迎えるつもりなんてない。俺には愛する人がいる。その人以外と結婚する気はない。」
ヴィクトリア「まぁっ!今日初めてお会いいたしましたのに…。そこまで私のことを愛しておられたなんて。わかりましたわ。私はフリードリヒ様に全てを捧げます。」
フリード「だからあんたじゃないって言ってるだろう。おい、そこに控えているウルの家臣共、誰かこの女王に説明してやれ。」
なんだろうこれは。同じセリフが何度も繰り返されている。ヴィクトリアも元気なくがっかりする姿と期待してキラキラ目を輝かせている姿を交互に披露している。玉座の周りに控えるウルの大臣や近習らしき者達はため息を吐きながら頭を抱えている。どうやらこの女王様はいつもこの様子のようだな。いくら説明しても堂々巡りだ。暫く同じやり取りが続いていた。
フリード「いい加減にしてくれ。俺が愛しているのはアキラだけだと言っているだろう。」
ヴィクトリア「………そのアキラ様という方はどのような方なのでしょうか?」
フリード「この女性が俺が愛しているアキラだ。」
そう言うとフリードは振り返り俺の前まで下がってきて手を引っ張る。引っ張られた俺はトトトっと前に出されヴィクトリアと目が合う。
アキラ「あ~………。俺がアキラ=クコサトだ。」
ヴィクトリア「まぁっ!この方がフリードリヒ様の正室だと言われるのですか?獣人国の姫君でしょうか?」
アキラ「いや、違う。俺は火の国の精霊王だ。」
ヴィクトリア「………精霊王?とてもそうは見えませんが………。火の国の力を利用してフリードリヒ様の正室の座を奪ったのですね?」
アキラ「ちょっと待て。俺は別にフリードと何の関係もない。夫婦はおろか恋人ですらない。ただの同盟国の王と皇太子というだけだ。」
俺はヴィクトリアに一応説明してやる。まぁさっきまでのフリードとの言葉のやり取りからして説明しても無意味っぽいけど………。
ヴィクトリア「………わかりました。私は貴女に決闘を申し込みますわ!」
そう言って俺にグローブを投げつけようとしているがオペラグローブが長くて取るのに手間取っている。バタバタしながらなんとか取ったグローブを投げつけ俺の足元に落ちる。
アキラ「これを拾う前に聞いておきたい。決闘の理由はなんだ?決闘方法は?勝敗が決したあとになんらかの罰があるのか?」
ヴィクトリア「一度にいくつも聞かないでください……。決闘の理由はフリードリヒ様を誑かした貴女を廃し私がフリードリヒ様の正室になるためですわ。決闘方法はどちらがフリードリヒ様の心を射止めることができるのか。フリードリヒ様と結婚出来た方の勝ちですわ。罰なんてもちろんありません。貴女をフリードリヒ様の正室の座から蹴落とし私が奪ってしまうのです。それ以上の罰などないのに更に罰を与えるなど可哀想でしょう?」
一つずつ整理してみる。理由はどうでもいい。決闘方法も穏便だ。罰もないのならリスクもない。俺としてはフリードがこのヴィクトリア女王と結婚してくれたほうが都合が良い。ガルハラ帝国は六カ国同盟に加盟しており今のところは敵対することもまずない。そのガルハラ帝国が人間族を統一して制御してくれるのなら俺達にとってはありがたい。バラバラに小国がいくつもあるよりは中央大陸が荒れるリスクが低くなるからな。人神の手が回る前にウル連合王国を確保しておくほうが良いだろう。俺に言い寄ってくるフリードを厄介払いできる可能性もある。俺にとっては良いこと尽くめな気がする。俺の心は決まった。ゆっくりとグローブを拾う。
アキラ「その決闘受けよう。」
後ろの嫁達がざわめいた。横に立っているフリードは『アキラ!』なんて言いながらフルフルと震えていた。
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決闘は受けたがこれと言ってすることはない。俺が決闘を受けたことで女王は満足したのか颯爽と部屋から出て行った。その後はウルの大臣達と思しき者達がフリードに平身低頭して女王の非礼を詫び本来のウル連合王国訪問の目的であった話し合いが始まった。ある程度はフリード共々聞いていたが大筋で話が纏まってから俺達は退出した。残りはパックスとウルの大臣達で詰めるらしい。俺達は暫くここに滞在することになり部屋へと案内された。俺と嫁達は一部屋にしてもらいたかったのだが残念ながら屋敷の部屋の都合上、二部屋に分けられることになった。俺と同室は交代制にするらしい。細かいローテーションは知らないのでその日にならなければ俺は誰がその日の同室なのかはわからない。
ミコ「まさかアキラ君があの女王様の決闘を受けるなんてね。」
フラン「そうですね。まさかアキラさんが受けるとは思いませんでした。」
二部屋に分かれて眠ることにはなったが今は一部屋に集まって談笑している。
狐神「やっぱりアキラはあのケダモノに………。」
アキラ「フリードのことなんてなんとも思ってませんよ。ガルハラとウルが纏まってくれたら今後の統治が楽でしょう?あの二人にくっついてもらうために受けたんです。」
狐神「本当かねぇ?私は別にアキラがあのケダモノと結ばれたって反対はしないよ?」
どうやら師匠はあくまで俺がフリードと何かあると思っているようだ。
アキラ「何度も言ってますが俺の心は男です。女性が好きであって男同士でそういう関係になるなんて気持ち悪いと思ってます。俺とフリードが何かあるなんてことはあり得ません。」
狐神「そうかい。私は男同士でも良いと思うけどねぇ。」
師匠は腐属性でもあるのだろうか?その時扉がノックされミコが対応に出る。そこにいたのはヴィクトリアだったようだ。
ヴィクトリア「御機嫌ようアキラ様。私もご一緒してよろしいかしら?」
アキラ「ああ…、それはかまわないが俺のところに来るよりフリードのところへ行ったほうがいいんじゃないか?」
ヴィクトリア「あら。アキラ様は随分余裕のようですわね。」
テーブルを囲んでお茶を楽しんでいた俺達の輪に入ってくると俺の向かいに座った。
アキラ「それで俺に何か用か?」
ヴィクトリア「えぇ。敵を知ろうと思いまして。」
アキラ「そうか。」
ヴィクトリアはストレートに言ってくる。本気で俺をフリードを取り合う敵だと思っているのだろう。根掘り葉掘り聞いてくるので答えられる範囲で本当のことを答える。ついでに俺もヴィクトリアのことについて聞いてみる。
本人はそうは言っていないがどうやらこのヴィクトリアは苦労人だったようだ。十代中盤で女王をしているのだから色々事情があるのだろうとは思ったが両親はすでに他界しているらしい。先代も女王でヴィクトリアの実母だった。父は家格が釣り合うガルハラ帝国の大貴族からやってきた入り婿らしい。父にはウル連合王国の継承権はないため例え父が健在でも母の次はヴィクトリアが継ぐしかなかった。そのため幼少期から女王になるための教育を施され両親と遊ぶこともできなかったそうだ。そして五年前にその両親とやっとのことで都合がつき一緒に出かけた先で悲劇が起こった。何者かに襲われ両親はその命を絶たれた。かろうじて逃げ出せたヴィクトリアはその後ウル連合王国の女王として祭り上げられることになる。
いくら教育は受けていたとはいえ十歳程度の子供がいきなり女王に祭り上げられ苦労したことだろう。それもウル連合王国は歴史も浅く国力も低い。常に周囲の国に気をつけていないといつ何があるかわからない。どこの国とですらまともに戦争もできないウル連合王国では外交こそが国の生き残る唯一の手段だったのだろう。ただガルハラ帝国の貴族との繋がりが強く王家の入り婿にまで迎え入れるほどなので基本的にはガルハラ帝国に同調する政策をとっていたようだ。
フリードとの会話ではこの女王様の頭は大丈夫か?と心配になるようなボケっぷりだったがどうやらヴィクトリアは頭が悪いわけではないようだ。俺との会話ではまったく問題なくスムーズに進んでいる。少し思い込んだら一直線なところがあるだけのようだった。仕草や口調も上品で育ちの良さが窺える。顔も綺麗でその心は一途だ。フリードに絡んでいた時のような部分さえうまくコントロールできればすごく良い娘だと思う。フリードの妻にするにはもったいないくらいだ。
ヴィクトリア「それでは今日は失礼致しますわ。御機嫌ようアキラ様。」
アキラ「ああ。うまくフリードと親しくなって結婚してくれ。」
俺の言葉を聞いたヴィクトリアは一瞬驚いた顔をしたが少しして鋭い視線に変わった。余裕か嫌味で言ったと思われたようだ。俺の言葉には答えずにヴィクトリアは帰っていった。
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次の日の朝廊下を歩いているとフリードが前を歩いていた。声をかけようかと思ったところで向かいからやってきたヴィクトリアがフリードに声をかけていた。
ヴィクトリア「御機嫌ようフリードリヒ様。お出かけですか?」
フリード「いや…。あ~…。フリードリヒじゃなくてフリッツでいいぞ。ちょっと歩こうと思ってな。」
ヴィクトリア「…え?………はいっ!わかりましたわフリッツ様。私のことはヴィッキーとお呼び下さい。」
フリード「ん?ヴィッキーか。わかった。これからはヴィッキーって呼ぶよ。」
ヴィクトリア「はいっ!フリッツ様。お散歩ですか?今朝は気持ちの良い朝なのでご一緒に庭を歩きませんか?」
フリード「ああ。丁度ちょっと庭に出ようと思っていたんだ。一緒に行くか。」
ヴィクトリア「ご案内いたしますわ。」
ヴィクトリアはうれしそうにフリードの腕を取ると横に並んで一緒に庭へと歩いていった。一瞬俺の方をチラリと見たヴィクトリアの顔はまるで勝ち誇っているようだった。
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そろそろ昼食の時間だ。フリード達も俺達と一緒に同じご飯を食べているので呼びに行こうと思って部屋を出る。フリードの部屋の近くに来た時にちょうど扉が開いてフリードが出てきた。
アキラ「フリード。ちょうどよかった。昼食だから呼びに………。」
フリード「ああっ!すまんアキラ。そのことなんだが俺達はウル連合王国の接待でヴィッキー達と食事をすることになっちまった。本当にすまん。今日は俺達抜きで食べててくれ。」
アキラ「ああ、そうか。わかった。」
フリード「本当にすまん。それじゃ!」
フリードは急いでいるのか慌てて向こうへと歩いていった。パックスとロベールが途中でフリードと合流してさらに歩いていくと向こうのほうにヴィクトリアと初日に謁見の間にいた大臣達が待っていた。フリードとヴィクトリアは親しそうに会話しながら向こうへと歩いていった。
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すでにウル連合王国の首都ウルで滞在するようになって三日が経っている。その三日とも同じようなことが繰り返されていた。俺がフリードのところへ行ってもヴィクトリアが先に現れフリードを連れてどこかへ行ってしまう。この繰り返しだ。午後のお茶を飲みながら俺は窓から庭を眺める。見たこともない色とりどりの花が咲いていた。
ミコ「アキラ君最近機嫌が悪いね。」
アキラ「…え?俺がか?」
ミコ「うん。私達には普通に接してくれているけれど一人の時は時々怖い顔をしているよ。」
アキラ「………そうか。」
そうなのか?わからない。あまり自覚はなかった。なんだろう………。その時扉がノックされた。気配でわかっている。やってきたのはヴィクトリアだ。フランが出てヴィクトリアを部屋へと招き入れる。
ヴィクトリア「御機嫌ようアキラ様。」
アキラ「ああ。何か用か?」
ヴィクトリア「この前は私がお茶をご馳走になりましたので今日は私がアキラ様をお招きしようかと思いまして。この後お時間がおありでしたらいかがでしょうか?」
アキラ「俺一人か?」
ヴィクトリア「はい。今日はアキラ様と二人っきりでお話をしたいと思います。」
アキラ「わかった。」
俺はヴィクトリアの招きに応えて二人で移動した。ヴィクトリアに案内され庭に面したテラスで二人っきりで向かい合って座る。出されたお茶は素人の俺でもわかるほど高級なお茶だった。
アキラ「良いお茶だな。それで?」
ヴィクトリア「ありがとうございます。実はですね。フリッツ様と私は愛称で呼び合うほど親しくなりましたのよ。フリッツ様は私のことをヴィッキーと呼んでくださいますの。」
アキラ「知ってる。」
ヴィクトリア「それから庭を一緒にお散歩したりお食事も一緒に致しましたのよ。」
アキラ「知ってる。で?」
ヴィクトリア「あら?アキラ様今日はお加減が優れないのですか?なんだかお辛そうですわよ?」
俺が不機嫌だと言いたいようだ。
アキラ「別になんでもない。それで?」
ヴィクトリア「そうですか?それでですね。」
ヴィクトリアはうれしそうにフリードと何をした。何を話したと語っていた。長々とここ数日の二人の惚気を散々聞かされたのだった。
ヴィクトリア「ということがありましたのよ。…あら。もうこんな時間ですわね。そろそろお開きに致しましょう。」
アキラ「ああ。」
ヴィクトリア「それでは御機嫌ようアキラ様。」
ヴィクトリアは話したいことを話してすっきりしたのか一人でさっさと立ち去ってしまった。これはちょっと今までの女王様らしからぬ態度だと思ったがそれだけ舞い上がっていたのかもしれない。彼女はもう俺を蹴落としフリードの心を射抜いたと思っているのだろう。
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すでにここに滞在するようになって一週間が経過している。相変わらずヴィクトリアはフリードにべったりだった。フリードも次第にヴィクトリアに心を許しているように見える。このままいけば本当に二人は結婚しそうな雰囲気だった。俺が部屋で休んでいると珍しくロベールが訪ねて来た。ロベールに誘われて二人で少し廊下を歩きながら話をする。
ロベール「なぁお嬢ちゃん。………このままでいいのか?このままじゃ本当にフリッツをあの女王様に盗られちまうぜ?」
アキラ「なんだそんなことか。それは俺の狙い通りだ。むしろそうなってもらいたいからあの決闘を受けたんだ。」
ロベール「ほんっっっとうにいいのか?よーく考えろよ?」
アキラ「くどいな。俺には関係ないって言ってるだろう。」
ロベール「………。はぁ。わかった。それじゃ俺がお嬢ちゃんを口説いてもいいよな?」
そう言いながらロベールは俺を壁際へと追い詰めて迫ってきた。これはもしかして壁ドンというやつだろうか。俺は別にキュンとしないな。むしろ何だか馬鹿っぽい。その時中庭の向こう側の廊下をフリードとヴィクトリアが歩いてるのが窓から見えた。向こうも俺達に気付いたようだ。フリードとヴィクトリアは仲良く腕を組んで歩いていた。俺に壁ドンしていたロベールは俺の視線に気づきフリードの方を見た。何だ何だ?何なんだこの状況は?俺はロベールの腕を引いてその場を後にした。
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今日は俺達も招かれて大勢でパーティーをすることになった。立食形式の軽いダンスパーティーのような感じだ。俺はダンスなんて知らないが少し習い嫁達と楽しくダンスを踊ってみた。ティアとシルヴェストルは大きさがあわずに踊れないのを悔しがっていたが…。
ヴィクトリア「お待ちくださいフリッツ様。私がフリッツ様の左腕になりますわ。」
隻腕で料理をとるのに苦労していたフリードにヴィクトリアが手を貸す。その様はまるで夫婦のような仲睦まじさだった。
フリード「え?ああ。すまない。ありがとう。」
フリードはにっこりと笑いかけながらヴィクトリアに応えていた。ヴィクトリアもその笑顔を見てうれしそうに応える。普段は粗雑なフリードだが流石はガルハラ帝国の皇太子だけあってきちんとマナーを守ろうと思えば守れる。それは本当に様になっている。そのうち二人がホールの中央へと移動した。周囲で踊っていた者達も二人がやってきたのに気付くと場所を譲っていた。楽団も少し緊張した空気になり慎重に新しい曲を弾き始める。二人はその曲に合わせて踊りだした。このパーティーに参加していた誰もが二人のダンスを見つめている。踊り終わった二人に会場から割れんばかりの拍手が送られる。隻腕のフリードをヴィクトリアがうまくフォローしてすばらしい踊りだった。やはり育ちというのは重要なのだとよくわかった。二人は本当にお似合いだったから…。
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もうここに滞在するようになって二週間だ。流石に長すぎる。俺はフリードの部屋を訪ねた。そこにはいつものようにヴィクトリアもいた。
ヴィクトリア「御機嫌ようアキラ様。」
アキラ「ああ。………なぁフリード。少しくらいの寄り道ならかまわないが流石に滞在日数が長すぎるぞ。お前はここに残るのなら俺達は出発したいんだがいいか?」
フリード「そうだな。もう条約は結んだしそろそろ出発しようか。」
アキラ・ヴィクトリア「「………え?」」
俺とヴィクトリアの声がハモった。
アキラ「そんなあっさりでいいのか?俺達は出発するがお前は気にせずこのままここでヴィクトリア女王と結婚生活を送ったらどうだ?」
フリード「なんで?俺は別にヴィッキーと結婚してないぞ?」
ヴィクトリア「え!フリッツ様…。フリッツ様は私のことをどう思っておいでなのですか?」
フリード「ん~?同盟国の女王?」
アキラ・ヴィクトリア「「………。」」
ヴィクトリア「………アキラ様、今回は引き分けのようですわね。ですが私は諦めませんわ。私はフリッツ様を愛しております!必ずフリッツ様の正室になりますわよ!」
アキラ「………うん。頑張れ。」
フリード「俺はアキラ一筋だってば。」
こうして俺達は首都ウルをあとにして旅を再開することになった。もちろんいつもの出立の式典とやらも催されたしヴィクトリアはフリードに色々と詰め寄り約束も取り付けていたようだった。
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旅を再開した俺達は俺の記憶のルートを辿りながら進んでいた。記憶のルートではガウの集落とベルの村には向かっていないが一度師匠の庵も含めて寄っていこうかなどと話している時のことだった。
アキラ「人間族にしてはうまく気配を殺しているが二人潜んでいるぞ。」
フリード「敵か?」
アキラ「ああ。殺気がある。俺達を狙っているがどう考えても普通の山賊じゃないな。相当な手練れだ。」
フリード「俺が狙いか?」
アキラ「普通に考えればガルハラ帝国皇太子の暗殺を目論む者ってところだろうな。トムの一家は普通の人間だし危険に晒す前に表に出るか。」
フリード「それなら馬車を止めて俺が降りようか?俺が狙いならそこで何かしてくるかもしれない。」
俺達がいればフリードに危険はないだろう。敵の狙いをはっきりさせるためにもその囮作戦は有効だと思った俺はその案に乗ることにした。ロベールとパックスにも合図を送り馬車を止める。何でもない風を装ってフリードが馬車から降りた瞬間に二つの気配が動いた。一瞬にしてフリードに迫った二人を俺が難なく止める。赤い髪に短剣をもった女と緑の髪に曲がりくねった長剣をもっている男。やはりフリードが狙いだったかと思う暇もなかった。
確かに二人しかいなかったはずだ。俺以外にも嫁達も気付かなかった。もう一人いたなんて………。もう一つの影がフリードに迫る。最初に会った時のマンモンだって俺達は気づかなかった。何らかの能力を使えばこういうことも起こり得る。確かに予定外ではあったが能力的に十分対処できる俺は慌てずフリードとその影の間に入って受け止めようとしてその相手を見て俺の体が固まった。何ら防御が出来ていない俺に不可視の攻撃が迫り俺の体を切り裂こうと暴れ狂う。外套は切り裂かれたが師匠の手で織られたドレスは傷一つない。しかし神力で体を覆えていない俺の体は師匠のドレスのお陰で切り裂かれこそしていないがダメージを負った。防弾チョッキや防刃ベストを着ていて弾や刃を防いでも衝撃は本人に伝わり怪我をするのと同じことだ。
アキラ「がはっ!………瑠………璃?」
馬鹿な…。なぜ彼女がここにいる?それにその姿は?何だ?どういうことだ?だめだ。頭が回らない。必死に考えようとすればするほど頭が真っ白になっていく。俺に一撃加えた相手は赤髪と緑髪を引き連れて一度距離を取った。
離れた彼女を見てみる。水色のような黒髪をツインテールにしている。俺が知っている姿より大きくなっているがその顔立ちは記憶の中の彼女を思い出させる。俺が知っている彼女は小学校低学年だ。今の彼女は俺と同じくらいか少し上くらいに見える。十代中~後半くらいか。無表情で少し虚ろな感じのする視線はどこを見ているのか俺の方を向いているようで俺を見ていない。だが髪の色、髪型、顔つき何もかもが彼女が本物だと言っている。俺の幼馴染。俺が傷つけた少女。七種瑠璃………。
瑠璃「………あっくん?」
どこを見ているのか少し虚ろな感じだった瑠璃の目がはっきりと俺を捉える。途端に無表情だったその顔に感情が芽生える。
瑠璃「あっくん!あっくん!あっくんあっくんあっくんあっくん!あぁぁぁぁぁ~~~~!!!」
その表情は怒り、悲しみ、憎しみ、狂ったような叫声を上げながら俺に向かってくる。俺は咄嗟にフリードから離れる。瑠璃は俺だけを狙っている。赤髪と緑髪は他の者達が相手をするだろう。他の者を巻き込まないように俺は瑠璃を連れて少しだけ離れる。最初は感じなかったが感情的な状態になってからの神力は明らかに神格を得ている者の神力だ。フリード達は巻き込まれたら死んでしまうだろう。
瑠璃「どうしてっ!どうして助けてくれなかったのっ!あっくんっ!」
不可視の攻撃が俺に迫る。これは神力をそのまま刃のように飛ばしているものだ。風の国で受けたものとは威力の桁が違う。人間にこれほどの威力が出せるものなのか?
アキラ「ぐっ…!瑠璃………。」
神力が纏えない。体が思うように動かない。師匠のドレスのお陰で大怪我は負っていないが全ての攻撃をまともに受けてしまう。
バフォーメチョーカー「主よ。我が結界を………。」
バフォーメのチョーカーから声が聞こえる。この攻撃で俺がどうにかなるとは誰も思っていないので直接手助けにくる者は今のところいないがそれでもあまりに無様すぎてみていられないのだろう。
アキラ「いや………。その気持ちだけでいい。これは俺が何とかしないといけないことだ。」
バフォーメチョーカー「………はっ。主の思し召しのままに。」
バフォーメに答えている間にもさらに瑠璃が迫ってくる。
瑠璃「あんなに怖かったのに!あんなに苦しかったのに!どうして助けてくれなかったの!こんなに辛いのに!こんなに悲しいのに!どう……して………助け……て…くれ……ないの………?」
アキラ「―――ッ!」
俺は瑠璃の全ての攻撃を受け止める。瑠璃の声は次第に弱弱しくなり消えていく。俺の前に無防備に立っている瑠璃。その姿は俺の知る姿より少し大人になっているのにあの頃と変わらず泣いているように見えた。
アキラ「………ごめん。………まだ手遅れじゃないのなら…今度は…今度こそは助けたい。」
俺はそっと瑠璃に近づき抱き締めた。ただ俺にされるがままに抱き締められる瑠璃。今では瑠璃のほうが少し大きい。
アキラ「ッ!」
だがその体からは先ほどと同じ刃のように研ぎ澄まされた神力が飛び出し俺の体を切り刻もうとする。ドレス等で覆っていない指先や顔が切れる。この世界に来てからこんな痛みを味わうのは久しぶりだ。だが俺はその全てを受け止める。こんなもので贖罪にはならない。だけどこれすら受け止められないようでは今の瑠璃はきっと受け止められないような気がしたから…。
瑠璃は動かない。答えない。ただ俺にされるがままになっている。俯いてその表情は見えない。その瑠璃の顔を上げようと手を伸ばした時に今までにない衝撃で俺は吹き飛ばされた。瑠璃に意識を向けすぎたようだ。神力が使えていない俺では防御も出来ずまともに攻撃を受けた。瑠璃の気配がわからなかったのは瑠璃の能力ではなかった。もう一人隠れていたようだ。その者の能力で瑠璃の気配も隠されていた。吹き飛ばされた俺が立ち上がる頃にはもう襲撃者は誰も残っていなかった。師匠達がいながら赤髪の女と緑髪の男にも逃げられたようだった。
狐神「まさか取り逃がすとはね。アキラもそんなに怪我をして…。一体どうしちまったんだい?」
ミコ「アキラ君…。ルリさんのことを知っているの?」
フラン「ミコさんはさっきの方々を知っているんですか?」
ミコ「うん…。聖教皇国にいた時に会ったことがあるよ。」
フリード「まさかアキラが切り裂き天使と知り合いだったとはな。」
アキラ「切り裂き天使?フリードは何か知っているのか?」
フリード「ああ。今から三十年…、いや今だと三十一年か?前に召喚された歴代最強クラスと言われた勇者候補だ。だが勇者になるには拙すぎたその心のためにとうとう勇者にはなれなかった者だ。」
その後フリードに少し瑠璃のことを聞いた。三十年…。それほどの時間を瑠璃はたった一人で孤独にこんな世界で生きてきたのか。俺は少しだけ昔を思い出していた。混濁し忘れ去られ封印されていた俺の記憶。瑠璃と一緒だった遥か昔のことを………。




