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転生無双  作者: 平朝臣
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第五十三話「旅の再開」


 同盟の調印式が行われてからさらに数日が経過している。宰相、大臣格の者達を中心に実務に関わることや細かい調整が行われているがそれらはもう俺達王や皇帝は必要ない。火の国のことはイフリルに丸投げしている。同盟はすでに動き出しているのでいい。それよりも今は別の問題があった。


 まず旧バルチア王国と旧聖教皇国の領地経営に関してだ。第三軍団はあの後順調に各地を制圧して現在のところ旧領は全てガルハラ帝国が管理している。フリード達皇太子派は重要な地は割譲させるが大部分は新たにバルチア国民による議会を設置して統治させる案を推している。対して大部分の大臣や将軍達の考えは旧領全てをガルハラ帝国に編入して直接統治を行う案を推している。


 どちらの案も一長一短で優劣つけがたい。全土を編入するのは欲深くバルチア王国の利権や税収が欲しいからというだけではない。それらを少し整理しておく。


 まずフリードの案。重要な拠点や危険な地域は割譲させて残りの大部分はバルチア自身に引き続き統治させる。利点としては統治に関わる持ち出しがなくて済む。つまり直接統治するためにはガルハラ帝国から兵や物資を持っていって様々な投資を行わなければならない。自分達が直接統治しないのならばその投資をしなくて済む分だけコストが安くつく。デメリットは当然バルチアの権限が残るので今回の戦争を恨んでリベンジマッチを仕掛けてくるリスクが高いことだ。それに加えてこれは完全なデメリットとは言えないケースもあるが配下への褒美が金銭等になり領地での褒美があまり与えられないということにもなる。実際には入り込んでいたスパイ達から没収した領地等が国内にもあるため褒美として与えられる領土もあることはあるだろう。だが飛び地などで貰ってもうれしくないので誰にでもやれるというわけでもなく再編するにも大掛かりな移動になってしまい大変な手間がかかる。旧バルチアの新領土に丸ごと転封できるのならば新たに与えやすかったのだがそれができない。ただし誰もが領地の形で褒美が欲しいかと言えば必ずしもそうとは言えないのでこれは完全なるデメリットともメリットとも言えない。


 では全土を直接統治する案はどうだろうか。メリットはもちろん広大な領土と莫大な税収が全てガルハラ帝国の物になることだ。今回の戦争で活躍した者等に旧バルチア領に領地を与えて新たに貴族として取り立てることもできる。そして旧バルチア勢に何の権限も与えずガルハラ帝国だけで統治すれば反乱を起こそうとしても監視しやすいために未然に防げるケースが増えるだろう。デメリットはガルハラからのありとあらゆるモノの流出だ。まず人材が流出する。新たな領地を統治するためにその地へと出向くのだから当然ではあるがガルハラ帝国の貴族達の密度が大きく下がってしまう。そして急に拡大された領地経営をするためにはさらに人材が必要になる。そのため現地にいる旧バルチア勢の遺臣達を雇い入れなければならなくなるだろう。折角スパイを排除してもまたスパイかもしれない者を雇い入れることになるのだ。もちろん旧バルチアの者だからと言って皆が皆バルチア王国に忠誠を誓っていたわけでもないだろうしスパイになるとは限らない。だがそういうリスクを考えておかなければならないのは事実であり逆に雇う側が疑いすぎてスパイではない者まで色眼鏡で見られる可能性もあるだろう。そして復興のためにガルハラ帝国から旧バルチア領へと物資が流出する。ガルハラ帝国は貧しい国ではないが旧バルチアの各地に物資を送れるほどに裕福でもない。それでも新しい領地を与えられた者はガルハラから物資を輸入してバルチアの復興に充てる。ガルハラ帝国内まで物資不足に陥り国民の不満が溜まる可能性まである。


 どちらもメリット、デメリットがありどちらの主張も間違いではない。旧バルチア領全てを編入するのは欲深いと思う者もいるかもしれないが国が滅亡してしまった以上はそれもおかしな話ではない。むしろ国を滅ぼしておいてその後の統治に関して何の手も打たずに撤退してしまってはその国があった地域は大混乱に陥るだろう。それこそ無責任であり占領してしまうなり後の統治をする機構を作るなり何らかの戦後復興はしてから撤退すべきだろう。全土編入案が多数派ではあるがあの皇帝も食わせ者だし次期皇帝である皇太子が部分割譲案なので多数派案が通るとも限らない。俺はガルハラ帝国の内情まで全て知っているわけでもないしどちらが良いのかどちらが上手くいくのか俺にはわからないので後はガルハラ帝国自身がうまくやってくれることを願うしかない。


 次に聖教皇国だ。ここの復興自体は街一つが丸ごと教会なので建て直して引き続き聖教信者達の中心地になることは決まっている。いきなり聖教そのものを全て否定してしまっては信者達の反発は大きなものになるだろう。そこで人神達だけ引き離して聖教自体はそのまま穏やかに残していく方針になったのだ。それ自体は良い。無理に聖教を潰そうとすれば今までは敵ではなかった一般市民からも大勢の敵を生み出すことになってしまう。武装組織でさえなくなれば宗教自体は残ってもいいだろう。問題なのは教皇や枢機卿団を取り逃がしたことだ。いつどこへ逃げ出したのかはまるでわからない。聖教皇国の跡地にいた者達の証言はばらばらでずっと前からいなくなっていたと言う者もいれば直前までいたと言う者もいる。その者達が情報撹乱を狙ってばらばらの証言をしているわけではなさそうだった。本当に直前まで会っていたのだと言う者もいれば遥か前に万が一のために備えて脱出するというので手引きしたのだと言う者もいる。そこで考えられるのが何らかの能力だろう。誰かの能力でそのようなことが起こっているのだ。記憶を乱すような能力か変装のような能力か瞬間移動のような能力か色々考えられるが答えは出ない。ただ聖教皇国の降伏した者達は嘘をついている風ではない以上は能力によるものだと考えるのが妥当だろう。


 それから聖教の戦力についてだ。聖教騎士団約六万人というのは俺が聞いていた情報とも一致する。カライの街で死傷もしくは投降してきた聖教騎士団も約六万人。ほぼ全ての聖教騎士団を壊滅させたと思っていいだろう。問題は逆十字騎士団だ。捕虜にした逆十字騎士団の者達の証言では逆十字騎士団の団員数は基本的に百名らしい。ただし数が減ったからといってすぐに補充できるものではないので百名以下の状態も当たり前であったそうだし逆に逆十字騎士団に昇格(?)して入団してきた者が増えれば百名を超えている時もあったそうで絶対に百名でなければならないというものでもなかったそうだ。そもそもお互いの素性すら知らず団員は約百名と教えられているだけでほとんど顔を合わせたことがない者もいるらしい。カライの街へ向かったのが六十三名。聖教皇国降伏時に見つかった者が十名。内訳は死者二十二名、負傷者三十三名、投降者十五名、行方不明三名。もし百名前後というのが本当だとすればあと三十名ほどがどこにいるのか未だに不明だ。まぁ考えるまでもなく教皇や枢機卿団と一緒に脱出したのだろうがな。こいつらをどうにかしないことには聖教の問題は片付かない。人神が後ろについている以上はこの問題はガルハラ帝国だけで片付けるのは難しいだろう。これについては黒の魔神が積極的に協力を申し出ているので大ヴァーラント魔帝国からの支援があるはずだ。火以外の精霊族三カ国は人神に対して積極的には行動しないようだ。まだどこかで人神を信じたいのかそれとも何か考えがあるのか。まぁあの四霊神達に考えがあるとは思えないな。ただの問題の先送りだろうとは思う。火の国は空間移動での伝令で協力することが決まっている。戦力で言えばポイニクスとムルキベルがいる火の国の戦力は相当高いがだからといって人神のために国の戦力を空にするわけにもいかない。見つけて突入する作戦でも実行するならば手伝うが普段から人神捜索のために国を空けておくことはない。


 そして俺は想像すらしていなかった問題がもう一つあった。俺は人間族国家について疎い。だから全然知らなかったのだが南東に位置する国、アルクド王国はバルチア王国に協力していたらしい。表向きはガルハラ帝国とバルチア王国の戦争に対して中立を宣言していた。ウル連合王国も中立を宣言していた。聖教皇国はバルチア王国と共にガルハラ帝国に宣戦布告していた。これが各国の表向きの立場だ。だが裏ではアルクド王国はバルチア王国に協力していたという証拠が見つかり問題となっている。


 具体的な行動はまず第三軍団が侵攻していた街道を破壊して通行妨害をしていたらしい。これが原因で第三軍団はバルチア王国との決戦に間に合わなかった。勝てたからよかったもののこれは大きな問題だ。その次に第三軍団の輜重隊に対する襲撃だ。山賊に扮したアルクド王国の兵達によってたびたび輜重隊が襲われたらしい。補給がなくなればそれ以上侵攻できなくなるのでこれは第三軍団にとって頭の痛い問題だった。ただの山賊だったのならば治安の悪いバルチアのせいで済むが偽装したアルクド王国の兵であったのならばそれは許されない行為だ。アルクド王国もガルハラ帝国に宣戦布告をしてアルクド王国の兵として襲うのならば問題はなかった。問題なのはこの世界にもある陸戦条約のようなものに反する行為だということだ。


 まず大まかにこの陸戦条約のようなものの内容を見ていこう。簡単に言うと戦争をする際は宣戦布告をすること。宣戦布告をした国とされた国以外の国は立場を表明すること。その表明した立場にふさわしくない行為はしないこと。これに抵触しているわけだ。他にも色々規定があるようだが今回はおいておく。つまり今回中立を宣言した以上は中立でどちらにも協力してはいけなかった。それなのに中立を謳っておきながら裏では偽装した兵達を使って一方に協力していた。これが許されないわけだ。中立国には攻撃してはいけないルールがある。だから中立を謳っておけば相手から攻撃されずに裏から自分達だけが攻撃していたということでありこれがいかに卑怯で許されざる行為かがわかると思う。


 おまけで言えば偽装した兵を使ったのも規定違反だ。兵はその国の兵だとわかるように明示しておかなければならないという規定がある。これは地球にもあるルールだ。理由は簡単で一般人に偽装した敵兵が一般人に紛れて攻撃してきた場合一般人まで巻き添えにしながら反撃しなくてはならない。つまり本来は侵攻されている側の住人達をむやみに撃ってしまわないために一般人を巻き込まないように兵は兵とはっきり示してその兵だけを撃つように戦いましょうというルールだ。だがこのルールの裏をついてくるのが便衣兵と言われた者達やゲリラと言われる者達だ。本来一般人をむやみに撃ってはいけないルールなのでそれを守って一般人達に攻撃をしない。その一般人の群れに混ざって便衣兵が潜んでいる。便衣とは某国での平服、普段着のことを指す。一般人に混ざって潜んでいた便衣兵が侵攻してきた軍に対してテロ行為を行う。当然テロをされた軍はテロリストを探し出す。正規の軍であると明示している者であれば捕まれば捕虜としての待遇をしなければならないと規定されているがゲリラは捕虜として扱う必要はない。捕えた国の権限と法に則って裁判を受けさせて裁くことができる。当然その場で死刑にすることもできるしそれが普通だ。当時某コミンテルンはプロパガンダを利用して日本と戦争をさせたい国がたくさんあった。そこで不法行為を働くゲリラを正当な権利をもって捕まえ処罰していた日本軍の写真を撮り、その偽装した姿を持って一般市民を虐殺していると大々的に嘘の宣伝をしたのだ。


 普通に考えればわかるだろう。最大でも百万人程度であった某京市に日本軍は攻撃前に攻撃開始日を通知するビラを大々的に撒いて市民達に退避するよう通告している。逃げ出した市民は相当数に上るために二十万人ほどしか残っていなかったと国際委員会が言っているのだ。これは日本が人数を誤魔化すために操作した結果ではない。国際委員会が自発的にそのくらいだと言ったのだ。その数が正確ではないにしても相当数が減っていたことは疑いようがない。それなのに三十万人もの人間をどうやって殺すというのだろうか。仮に百万人がそのままいたとしても三人に一人も殺されていればその当時から大問題になる。だが駐留外国人達の証言でも一般人が殺されたという数は極少数なのだ。五十人にも満たない数の証言しかなく確定されているのは一人でしかない。これはどういうことだろうか。


 まずそれだけの人数を殺したのだとすればその死体はどこへ行ったのだろうか?どの戦場でも大量の死体が残っており焼いたとしても埋めたとしても後々出てきている。某連邦が某波蘭国の者達を虐殺した森では後で大量の死体が発見されている。もちろん戦闘になった以上は戦闘で死亡した兵士の死体は日本がきちんと埋葬したので存在するが某京市では何十万人にも及ぶような大量の死体は出てきていないどころか数万人分の死体すら出てきてはいない。


 次に常に弾薬不足に悩んでいた日本軍がどうやって三十万人も殺したのだろうか?その矛盾を埋めるためにでてきたのが荒唐無稽な百人斬りだ。刀で斬っていったという笑い話にもならない妄言だがそんなに大量の人間を斬れる刀など存在しない。仮にあったとしても斬られるまで皆順番に並んで行儀良く待っているのだろうか?そんな馬鹿な話はない。


 そして日本軍が占領後に行った人口調査で人口は前よりも増えている。三十万人も虐殺されたところにのこのことまた前以上の人間が集まってくるだろうか?殺したはずの死体もなく弾薬不足で方法もなく殺す動機もない。そしてその当時は誰も騒ぐこともなく前以上に人が集まる。理由は簡単だ。日本軍に占領されている場所の方が安全だから人が集まってきたのだ。


 ではなぜこれが問題になっているのか。ゲリラである便衣兵を捕まえているのを事情を知らない駐留外国人が一般市民ではないのかと抗議を行った。それを利用した某コミンテルンは日本の悪行として一般人を虐殺していると大々的に世界にプロパガンダを行い世界中の非難を集めようとした。


 それがあたかも本当のことのように信じられるようになった理由は某大陸国では敗者は皆殺しにされる風習があったので負けた某京市側が皆殺しにされてても不思議ではないと受け入れる下地があったこと。それから戦闘での流れ弾での犠牲者や便衣兵狩りで巻き込まれた者や誤って逮捕された者が『いなかったとは言い切れない』という日本側の主張の下手さが原因だ。この言い方自体は日本ではそれはそうだなと思う言い回しではあるが外国ではこんな言い回しは通用しない。これでは『あったと認めたのだ』と言われてしまう。現実にそういわれているからこんな嘘が根付いてしまったのだ。


 日本のこの『(極少数の)犠牲者がいなかったとは言い切れない』という言い回しが他の全ての問題も含めて『ほらみろ。一度は日本が認めたのだから間違いない』という言葉にすり替えられているのだ。同じような言い回しで『(個人的犯行による)○○がなかったとは言い切れない』などが原因になっているケースがいくらでもあることに気付くだろう。


 ともかくこのように一般人に犠牲が出てしまうので一般人に偽装した兵を使うのはやめましょうというのがハーグ陸戦条約に規定されているのだ。そしてもし破って犠牲が出てしまったのだとすれば規定違反をしてゲリラを使ったほうと味方の被害を防ぐためにゲリラを狩るために多少の一般人の犠牲もやむを得ないと正当な権利を行使したほうのどちらが悪いかは一目瞭然だろう。それでも一般人に被害を出してはいけないなどと言うのは中身のないお花畑の脳みそだろう。犯罪者の混ざっている敵方の集まりと家族や仲間とどちらを優先して守ろうとするのかは考えるまでもないことだ。


 この世界にも驚いたことにそれと同じルールがある。いや…、召喚者達がいるのだからそういう考えもこちらの世界に伝わっているのかもしれない。何にしろアルクド王国の国際条約違反は許されないことだ。それを正式に認めて謝罪するのかでたらめだと強弁するのか。アルクド王国の態度はまだはっきりしていない。そこで俺の旅の再開も兼ねて俺達がアルクド王国へと向かうことになった。まぁ俺達だけでは意味がないのでガルハラ帝国の代表も向かうのだがその代表がフリードなのだ………。フリード、ロベール、パックスが俺達に同行することになった。護衛はいない。そもそも俺達が居れば過剰戦力もいいところだ。護衛など邪魔にしかならない。帰りは俺達と別れることになると思うのでその場合は迎えを寄越してもらう手筈になっている。大ヴァーラント魔帝国はアルクド王国の件には無関心なのでマンモンとジェイドとはここでお別れだ。千名の派遣軍はジェイド麾下の部隊としてガルハラ帝国に残って協力することになっているそうだ。


アキラ「バルチア王国の後処理もまだ決まってないのに俺達と一緒にここを離れてもいいのか?お前がいない間に意見をひっくり返されるかもしれないぞ?」


フリード「あぁ。本当は俺はどっちでもいいからな。というかどちらになっても良いように備えているさ。だから結果的にどちらの案になっても問題はない。ただ危険が少ないのは俺の推してる案だとは思っているがな。」


アキラ「そうか。まぁ俺は人間族の政治のことはわからない。お前がいいならそれでいいさ。」


マンモン「………。アキラに余計な心配は必要ないとわかっている。………だが気をつけておけ。」


アキラ「ああ。ありがとう。またすぐ会うことになるかもしれないがマンモンも元気でな。」


マンモン「―――ッ!ッ!ッ!」


 俺がマンモンに返事をすると何やらビクビクと変な動きをしていた。最近のマンモンは何かおかしい。最初の頃はもっと物静かで落ち着いた奴だと思っていたのだが…。


ジェイド「俺も部隊の指揮官じゃなければ君と一緒に行きたかったがここで部隊を放っていくわけにもいかない。だから今度こそここは君の代わりに守ってみせるよ。」


アキラ「ああ。頼りにしているぞジェイド。」


ジェイド「うっ!………大丈夫だ。今度こそ守ってみせる。」


 ジェイドは軽く鼻を抑えてから力強く返事をした。ソドムの街の者達の暴走は決してジェイドのせいではないがジェイドは未だに責任を感じているようだ。だから俺は責任を感じる必要はないとは言わない。ジェイドがその苦い記憶を乗り越えるためには責任を感じる必要はないなどと言う言葉ではなく今度こそ責任を果たせたという達成感が必要なのだ。


ウィルヘルム「フリッツのことを頼んだぞ義娘よ。」


 なぜか皇帝のおっさんまでいる。


アキラ「誰がフリードの妻だ。」


ウィルヘルム「義娘とは言ったがフリッツの妻とは言っておらんがな。それともその気があるからそう言われたと思ったのか?」


アキラ「いちいち揚げ足を取るな。この前は散々そう言われたんだからそう受け取るのが普通だ。」


ウィルヘルム「ふむ。火の精霊王殿よ。常識に囚われていては思わぬ落とし穴に嵌るぞ。」


アキラ「ふんっ。俺より口の達者な奴は大勢いるからな。せいぜい気をつけておくさ。」


 俺にとってはなかなか腹立たしい趣向ではあったがウィルヘルムは俺の心配もしてくれていたのだろう。目の前の俺より口の達者な奴に気をつけておくと答えておく。


ウィルヘルム「くっはっはっ。フリッツも自分の妻くらい守れるようにならねばならんぞ。」


フリード「無茶言うなよ。アキラはガレオン船を一人で引っ張れるんだぞ。人間にそんな真似が出来るか。アキラは別格なんだよ。」


ウィルヘルム「人間族の強みは力や身体能力ではない。心と知恵だ。確かに火の精霊王殿は強い力を持っているだろう。それは腕力だけのことではない。彼女が様々な人や力に恵まれておるのはわかっておる。だがお前が彼女の心を救い支えられる男になれと言っておるのだ。」


フリード「ちっ………。わかってるよ。」


ウィルヘルム「くっはっはっ!散々女遊びに惚けておった癖にまだまだ女の扱いもわかっておらんとはな。世話のかかる息子だ。」


フリード「おい!やめろってば。」


 ウィルヘルムはフリードの頭をわしゃわしゃと掻き回す。フリードは嫌がっているような口ぶりだがそれほど本気で嫌がっていない。なんだかんだ言って仲の良い親子だ。俺はその光景を見てなぜだかわからないがズキリと胸が痛んだ。


 身内での別れの挨拶はこれで済んだがこの後はガルハラ帝国の様々な式典があった。なぜどこの国もただ出掛けるだけで毎度毎度式典などをしたがるのだろうか。俺が精霊の国々を回った時も各国で行われた。この世界の慣わしなのだろうか。そもそもフリードを送り出す式典なのだから俺達は出席しなくても良いのではないだろうか。ともかく面倒な式典も何とか無事に終わりようやく出発できたのだった。



  =======



 俺達は馬車二台、騎馬二騎で移動している。俺達のパーティーとフリードは馬車に分乗し騎馬はロベールとパックスだ。御者は両親と娘さんの三人家族の者が交代でやっている。公式なフリードの御者はガルハラ帝国の者がやるのだが今回はフリードの私設部隊の協力者の一家であるトム一家がその役目にあたっている。俺達が初めてブレーフェンでフリードの馬車と出会った時は公式行事であり護衛も御者も近衛の者達がやっていた。今回は訪問こそはアルクド王国への大使として正式なものではあるが護衛も何もなく俺達とのお気楽な旅なので近衛達はいない。大型の馬車一台でも乗れなくはなかったがそれではスペースに余裕もなく俺達には女も大勢いるために使い分けも兼ねて二台に分乗することになった。そのためトムの一家が御者として来ることになったのだ。夜寝る時などは男は一台に集まりトムの妻のアメリアと娘のエマは俺達と一緒に女性用の馬車に集まっている。エマはまだ若くミコとあまり変わらないように見える。時々俺が話しかけても顔を赤くしてぼーっとしているようなことがあるが馬の扱いは確かなので御者としては信頼できると思う。


 記憶の道ではバルチア王国やガルハラ帝国の帝都デルリンに向かっていなかったのでバンブルクを出発した辺りからルートが途切れている。馬車で移動すれば無駄に時間がかかるので俺が途中までひとっ走りしてルートをつなげてくる案を出したのだが全員に反対された。


フリード『アキラと一日でも一秒でも長く一緒にいたいんだ。そこまでも一緒に行こう!馬車で行くと余計な時間がかかるというのならむしろ俺は大歓迎だ。』


 などと肩を掴まれながら力説された。俺の嫁達もほんのひとっ走りであろうと自分達も付いて行くと譲らず結局馬車で全員でバンブルクの近くまで向かうことになった。バンブルクからはガルハラとバルチアの旧国境付近を南下していた。ウル連合王国に近づいた辺りから急に南西に向きを変えてそのままウル連合王国国境を越えていくことになった。


アキラ「ガルハラ帝国の者が勝手にウル連合王国に入っていいのか?」


フリード「軍事行動でなければ事前通告なしに両国とも自由に行き来していいように条約は結んである。が、今回はウル連合王国の王都に寄って挨拶していくことになっている。アキラには関係ないことで余計な手間をかけさせてしまうが付き合ってもらいたい。」


アキラ「ああ。万が一にもお前が暗殺でもされたら困るし寄り道するのはかまわない。」


フリード「アキラは俺の心配をしてくれてるんだな!」


 フリードが手を広げて俺に抱き付こうとしてくる。当然こいつに抱きつかれてやる気などない。俺が手を出してフリードを往なそうとした時にちょうど馬車が石を踏んだようだ。ゴトリと音がして馬車が傾いた。俺に抱き付こうとバランスを崩していたフリードはその衝撃でひっくり返りそうになる。


アキラ「………はぁ。この馬鹿が。」


 まだ隻腕に慣れていないフリードがひっくり返ればうまく受身をとれない可能性が高い。こんなところで怪我をされても面倒なだけだ。フリードを払おうとしていた手でひっくり返りかけているフリードの頭を掴み座っている俺の方に抱き寄せる。期せずしてフリードを膝枕しているような形になってしまった。


フリード「うおぉぉ……ぉ…お?なんだ?転んだと思ったのに痛くないどころか柔らかくて気持ちいい?スンスンッ。それに何だか良い匂いがする…。」


アキラ「匂いを嗅ぐなこの変質者が!」


 ゴチンと俺の拳骨がフリードの頭に落ちる。


フリード「いてぇ!………あれ?………もしかしてこれはアキラの太もも?」


 横向きに膝枕になっていたフリードは俺に殴られて顔を上に向けた。俺と目が合ったことで自分が頭を乗せているのが俺の太ももだと気づいたようだ。


アキラ「わかったらさっさと頭をどけろ。」


フリード「この太ももが俺を助けてくれたんだな。それに柔らかくて良い匂いだ。」


 フリードはスリスリと頭と手を俺の太ももの上で滑らせた。ぞわぞわと俺の背中を悪寒が駆け抜ける。その瞬間俺の中の何かがブチリと音を立てて切れた。


 ………

 ……

 …


 気がついたら俺は馬車の外に立っておりボロ雑巾のようになっているフリードと必死に俺を止めている嫁達の姿が目の前にあった。側にある馬車の幌は破れている。人間族の五人はまだ頭が追いついていないようだ。呆然とこちらを見つめている。


 この惨状は俺がやらかしたんだろうな…。能力制限は………。うん。解除してない。よかった。我を忘れて大きな力で暴れたわけではないらしい。だが同程度の能力制限にしている嫁達が俺を必死に止めて五龍将がフリードを守っているのにフリードはすでに虫の息だ。


ミコ「ちょっと落ち着いてアキラ君!これ以上やったら死んじゃうよ!」


フラン「一体何があったんですか?」


狐神「このケダモノがちょっとね………。でもアキラがここまで怒るなんて珍しいね。」


 分かれて乗っていたフラン達は何があったのかよくわからないままとりあえず俺を止めようとしていたようだ。今日は馬車の分かれ方でフリードと同じ馬車に乗っていたのは俺と師匠とミコとタイラに御者のトムだけだ。残りはもう一つの馬車に乗っていた。恐らく師匠とタイラが乗っていなければフリードは俺に殺されていただろう。能力が高く機転が利く二人が一緒だったお陰で初撃で死ぬことがなかったのだ。


アキラ「………ふぅ。すまない。もう大丈夫だ。皆には迷惑をかけた。途中から記憶がないんだ。皆怪我はないか?」


 俺は嫁達を順番に見て無事を確かめる。いくら正気を失っていても俺は嫁達には怪我一つさせていなかったようだ。


ミコ「え?うん。私達は大丈夫だよ。アキラ君は私達には手を上げなかったし。」


狐神「ちょっと尋常じゃない怒り方だとは思ったけど我を忘れるほどだったのかい?でも私達には何も手出ししてこなかったね。」


フラン「そうですね。でも同じ能力制限なのに私達をスルスルと抜けていくのは驚きました。」


シルヴェストル「五龍将全員が全力で防御結界を張っておったのに同じ能力で一人でしかないアキラの攻撃が結界を貫通していたのも驚きじゃ。」


ティア「わたくしとシルヴェストル様の精霊魔法を一人でレジストしていたのも不思議ですね。」


ガウ「がうぅ。ご主人のほうが速かったの。」


アキラ「………そうか。まぁ結果論だが皆無事でよかった。さぁ旅を再開しよう。」


 確かに不思議だ。俺は能力制限を緩めていない。師匠もそう言っている以上は事実だろう。例えば一時期はミコが先に俺と心が繋がり神力が大きく増えてフランよりも魔法も強くなっていた。だが今ではフランも俺と繋がり魔法ではフランのほうが再び上回っている。そして前からの通り身体能力ではミコのほうが上回っている。だからこの二人が戦えば接近戦になればミコが有利だし魔法戦になればフランが有利だ。今の俺達は全員能力が同レベルになるように制限している。だから戦いの条件や展開次第で有利不利や相性による影響があるとはいえどちらが勝っても不思議ではないくらいの差でしかない。一対一でもどちらが勝ってもおかしくないくらいなのに十二対一で俺の方が圧倒しているのは異常としか言えない。ちなみにバフォーメチョーカーは俺の首に巻かれておりバフォーメの能力により俺の能力を下げる地球のゲームで言えば所謂デバフというものをかけられていた。エンとスイは我関せずで見学していただけのようだが嫁六人、五龍将、バフォーメを相手にして同じ能力値しか持っていない俺が一方的にフリードを殴り続けていたのはどういうことだろうか。


ロベール「おーい。お嬢ちゃん。あんまり放ってると本当にフリッツが死んじまうぜ?」


 ロベールの言葉でフリードを見る。………あかん。………これはあかんやつや。………これは良い子には見せられない大惨事だ。死んではいないがグロ画像注意になってしまう。死ぬ前にさっさと回復してやることにした。



  =======



 フリードの回復をして壊した馬車の修理をする。とはいえ幌が破れている程度で馬車自体はほとんど壊れていないのでそれほどの手間でもないし移動しながらでも幌を縫えば良いだけなのですでに移動は再開されている。パックスは俺をフリードと同じ馬車に乗せないように強硬に主張したがフリードが断固認めなかったので結局最初と同じ分かれ方で分乗している。


アキラ「………あ~。………すまん。あそこまでする気はなかったんだ。」


 俺はフリードの顔を見ることが出来ずに俯いたままそう声をかけた。


フリード「ああ。気にするな。アキラを怒らせたのは俺だからな。それに………。」


 隣に座っているフリードが俺の顎に右手を添えて俺の顔を上げさせる。


フリード「アキラになら………殺されてもいい。」


アキラ「アホか………。」


 俺はフリードの手を払いのける。もしかしたら女ならキュンとするのかもしれないが男の俺にキザなことを言っても滑稽にしか見えない。


フリード「はっはっはっ。アキラはそうでないとな!そのふてぶてしさがアキラだよ。」


 失礼なことを言いながらフリードは振り払われた手を俺の頭にのせてわしゃわしゃと撫で回した。


アキラ「………。」


フリード「どうしたアキラ?口が開いてるぞ?」


アキラ「―――ッ!」


 俺は再度フリードの手を払ってそっぽを向いた。


狐神「アキラ…。顔が真っ赤だよ。」


 師匠がぼそっと俺の状態を教えてくれた………。



  =======



 夜になり馬車を止めて食事も終わり今夜の寝床を用意している。俺はいつもの日課として少し皆から離れて修行をする。その時に気付いた。今日の出来事で俺が同レベルの能力制限をしている者を十二人も同時に相手にして圧倒していたその理由を…。


 俺は今妖力と魔力を混ぜ合わせた力を纏っている。まだ妖術と魔法を混ぜる段階までは達していない。だがその源である妖力と魔力を混ぜ合わせることには成功していたのだ。そしてその効果は恐ろしい。1+1が2になっていない。50にも100にもなっている。相乗効果というやつなのだろうか。同じ能力制限のままでも妖力単独と妖力と魔力を混ぜた力では桁が違う。昨日まではこれは出来ていなかった。おそらく今日のフリードの件の時に出来るようになった。だから十二人を相手にしても圧倒していたのだ。


 俺はこの力に身震いした。二つでこれほどの力ならば三つを混ぜたら果たしてどれほどの力になるのか。だが今の俺では三つはまだ混ぜられないようだ。二つを同時に混ぜるのが精一杯だった。しかし異なる力を混ぜる方法は感覚がわかりつつあるのでここから先はそう難しくはないと思う。やったことがないことをいきなりやれと言われてもどうすれば良いか雲を掴むようでうまくいかない。だが一度わかってしまえばあとはとんとん拍子に進むことがあるのは他のことでもよくあることだ。この日は妖力、魔力、精霊力のうちの二つを自由に混ぜる練習をしてから寝床に入ったのだった。



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