第五十二話「広がる同盟」
今日ですでに帝都デルリンでの生活も十四日目に達している。皇太子邸での生活には特に不満はない。何も不自由していないし旅を急いでいるわけでもないので王族生活を満喫している。だがここへ来た本来の目的はまるで進んでいない。昨日ようやく皇帝と会うことが決まったと連絡があった。昨日突然言ってきて今日会えというのはこちらを舐めているのだろうか。いやいや、短慮はよくない。戦争の後始末などもあってガルハラ側はガルハラ側で色々問題があるのだろう。そう思っていた時期が俺にもありました。
ちょっとここまでの流れを整理しよう。まず今日皇帝に会うようにと昨日連絡があった。今朝俺とマンモンとジェイドの三人が呼び出され衛兵に先導されて謁見の間へと入った。スヴェン全権代理とかいう奴が玉座に踏ん反り返って俺達に床に頭を擦り付けて臣下の礼をとれとほざいた。今ここだ。
スヴェン「聞こえんのか?その空っぽの頭を床に叩きつけて臣下の礼をとれといっておる。」
マンモン「………。」
マンモンがゆらりと前に歩み出そうになる。俺はさっと手を出しマンモンを止めた。
アキラ「ちょっと待てマンモン。」
マンモン「………。」
マンモンは不満のある顔をしていたが一応俺に任せてくれたようだ。黙って引き下がる。
スヴェン「貴様らは降伏して我が国に許しを請いにきたのだろう?全権代理たるわしの一存で貴様らの命などどうとでもなる。わしの機嫌を損ねないようにせいぜい気をつけろ。」
マルセル「さすがはスヴェン様。このマルセル感服いたしました。」
………。このマルセルとかいう太鼓持ちは感服という言葉の意味を理解してしゃべっているのだろうか?どこに感服する部分があったのか俺にはさっぱりわからないがスヴェンはマルセルの言葉に満足げに頷いている。マルセル以外にもこの部屋にいる有象無象のゴミどもが同調してスヴェンを褒め称える。
スヴェン「貴様らのような蛮族など本来であれば即刻滅ぼしてしまうところだ。だが貴様らの態度次第では慈悲深いわしは貴様らの願いを聞き届けてやらんでもないぞ?ぐひひっ。そこの女。わしの前に来て跪け。」
マルセル「げへへっ。スヴェン様ぁ。まさか独り占めなさるおつもりではありますまいな?後ほどわしにもまわしてくだされよ?」
スヴェン「ふぅむ………。なんということを言うのだマルセルよ。それは教義に反しておるぞ。」
マルセル「へっ?それはどういう?」
スヴェン「我らから要求しておるような言い方はやめよと言っておるのだ。これはあくまで女のほうからどうしても我らに願いを聞き届けてもらいたくて自発的にしておることだ。違うか?」
マルセル「なるほどぉ。左様ですな。いやいや、うっかりしておりました。さすがはスヴェン様。」
スヴェン「はっはっはっ。そうであろう。そうであろう。」
まったく…。フリードめ。やってくれる。今日まで待たされていたのはこの場が整うまでに時間がかかったからなのだろう。結論から言おう。ここにいる奴らはガルハラ帝国において排除されるべきゴミどもなのだ。それをあえて俺達との交渉役に最初に出してきた。こいつらは俺達とまともに交渉する能力などない。どれほど馬鹿ならいきなりここまでやれるのかと思うほど俺達に非礼を働きまくっている。ある意味これはすごい才能だ。これを機会にこいつらは粛清されるのだろう。フリード達ももちろん俺達への非礼は承知の上でこいつらを出してきているのだ。だが俺達にとってもガルハラ帝国の安定は必要なのだ。だから俺達にはフリード達に協力してこの馬鹿共を始末するのを手伝う以外に選択肢はない。それがわかっているからフリードは最初にこいつらを俺達の交渉役に選び問題を起こさせようとしているのだ。
マルセル「どうした!さっさとその軽い頭を床に叩きつけろ!」
マルセルがドスドスと足音をたてながら俺に近づいてくる。俺の髪を掴んで床に叩きつけようと手を伸ばしたところで俺はその手に軽くデコピンをした。
マルセル「………ん?………ぎゃ~~~っ!!!腕がっ!わしの腕がぁぁぁ~~っ!」
俺のデコピンを受けたマルセルの腕は粉々に砕け散り飛んで行った。
スヴェン「………なっ!なにをしておるっ!衛兵!その者を捕えろ!」
暫く何が起こったのか理解出来ていなかったスヴェンは脳の処理が追いつくと慌てふためいてヒステリックに衛兵に命令した。だが衛兵は動かない。
衛兵A「どちらにも一切加担せず顛末を見届けよと皇帝陛下より仰せつかっております。」
スヴェン「なん…なんだと?どういう意味だっ!」
アキラ「何を勘違いしているのか知らないが俺達はお前達に『お願い』に来たんじゃない。対等な同盟相手として扱ってやっても良いと言っただけだ。だがお前達が俺達を見下す態度なのならば相応の対応をする。それはガルハラ帝国としての正式な返答として受け取って良いのだな?」
スヴェン「何を…何を馬鹿なことを…。このタイミングで和解を申し入れてくるなど魔人族が我らに降伏しにきたのであろうが!我らは人間族国家を統一したのだ。本来ならば存在すら許されぬ貴様ら蛮族をその偉大なる我らが許し、飼ってやろうと言う話であろうがっ!」
アキラ「お前の言っている『我ら』とはガルハラ帝国の総意のことか?それとも貴様ら聖教の残党のことか?」
スヴェン「ななななっ。何を言っておる。わしは…ガルハラ帝国外務卿であるぞ!」
アキラ「面倒だな。………全員拷問でもして吐かせるか。」
スヴェン「ひっ!ひぃぃぃっ!」
俺はまずすぐ近くに蹲っているマルセルに歩み寄る。
マルセル「まま待つのじゃ。なん、なんでも話す。だから助けでぐれぇ。」
失った腕を抑えながらマルセルは涙と鼻水とよだれで顔をぐしゃぐしゃにして命乞いをする。
アキラ「そうか。それならば聞こう。お前達は聖教のために動いているのか?」
マルセル「そそっそうだ。わしらはカルド枢機卿によってガルハラ帝国に送り込まれたのだ。教義に従わぬガルハラ帝国を内部から聖教の思い通りに動かすためにやっておるのだ。」
スヴェン「黙らぬかマルセル!でたらめを言うではない!」
マルセルはぼろぼろと自分達のこれまでの活動も含めて暴露しだした。スヴェンと周囲の者達は必死にマルセルを黙らせようとしているがマルセルは何かに取り憑かれたかのようにベラベラと聞いてもいない悪事までしゃべり続けた。
スヴェン「知らん。わしは知らんぞ!それは全てマルセルがやったことであろう。わしは関係ない。」
マルセル「わしの屋敷に証拠もある。なっ!なっ!頼む。これだけしゃべったのだ。わしの命は助けてくれ!」
アキラ「ふぅ…。それは俺が決めることじゃない。もういいだろうフリード?あとはお前達で何とかしろよ。」
部屋の影からすっと数名の人物が現れる。
フリード「いやぁ。すまん。手間をかけさせたな。あとはこっちでやるよ。」
アキラ「まったくだ。こんな茶番に俺達を巻き込むなよ。俺はともかく大ヴァーラント魔帝国の者とは関係が悪くなるかもしれんぞ。」
スヴェン「皇太子殿下?!どういうことだ?………まさか。最初からわしを嵌めておったのか!汚いぞフリードリヒ!実の兄まで陰謀によって死に追いやり、わしも陰謀で嵌めようというのか!」
フリード「お前は馬鹿か?自分のやった悪事を暴かれることが嵌められたことになるのか?無実の罪で貶めることを嵌めるというのだ。お前のは自分の罪で裁かれるだけでそれは自業自得というのだ。この者達の身柄を拘束して屋敷の家宅捜索をしろ。」
パックス「はっ!おい。いくぞ。」
衛兵達「「「「「はっ!」」」」」
スヴェン達は身柄を拘束されパックスが残った衛兵達を連れて出て行く。とんだ茶番に付き合わされたものだ。
マンモン「………我らを利用したのか。」
フリード「ああ。こいつらが限りなく黒に近いことはわかってたが証拠がなかった。その打開策としてこの場を利用させてもらった。アキラならうまくやってくれるだろうと思っていたがこの場にアキラだけ呼んで大ヴァーラント魔帝国は呼ばないのはおかしいと気付かれる恐れがあったから一緒に巻き込んでしまった。非礼は詫びよう。」
マンモン「………ふんっ。最初から非礼をするつもりでいたのに詫びるなどと白々しい。」
フリード「まぁそうだな。だが一枚岩ではないガルハラ帝国から全ての膿を出すためには手段を選んではいられなかった。そしてまだこれからもこんな輩を排除していかなければならないんだ。また迷惑をかけることになると思うが今後も協力して欲しい。」
フリードは素直に自分の非を認め、力不足を認め、俺やマンモン達に協力を求めて頭を下げた。俺はチラリとマンモンを見る。相変わらず無表情で何を考えているのかわかりにくい。だがその表情はフリードを認めているのだと俺は思った。
マンモン「………すぐに魔人族と人間族の蟠りがとけるとは思っていない。そういう者を正し今後より良い関係を築くことが我らの役目だ。だがこちらから一方的に協力するだけだと思うなよ。魔人族側を正す際に貴様に協力してもらうこともある。肝に銘じておけ。」
まさしくその通りだ。俺達は一方が一方に手を貸すだけの関係ではない。確かに単純な力ならば魔人族の方が優れている。だがそういうことではないのだ。大ヴァーラント魔帝国内に人間族との和平に反対する者がいるのかどうかは知らない。だがもし仮にいるのだとすればそういう者を炙り出す際に今度はフリードが大ヴァーラント魔帝国に協力して炙り出すこともあり得る。それが対等な関係というものだ。そしてマンモンはフリードを対等な相手だと認めたということだ。ジェイドはマンモンより地位が下のためにずっとマンモンに譲って発言していないがジェイドも同じ気持ちなのだろう。やっぱりこの三人はなんだかんだ言っても丁度良いトリオになりそうだ。フリードを対等な相手だと認めた二人に俺は少しだけうれしくなって笑いながら視線を向けた。
アキラ「フッ。」
マンモン「―――っ!!!」
ジェイド「ぶっ!」
マンモンは俺と視線が合うと真っ赤になってからインビジブルアサシンで姿を消してしまった。ジェイドは鼻血を噴き出した。
アキラ「どうした?大丈夫か?」
鼻血を止めてやろうと思ってジェイドに手を伸ばそうとしたが慌てて止められた。
ジェイド「いやっ!大丈夫!大丈夫だからっ!」
フリード「アキラ………。俺には?俺にはご褒美は?」
アキラ「『俺には?』って言われても俺は誰にもご褒美なんてやってないが?」
フリード「天然なのか…。それはそれですごいな。心は男なのに男殺しか。いや…、案外心が男だからこそ男殺しなのか。」
フリードは何かの哲学の真理にでも到達したようだ。遠い目で何か悟ったようなことを呟き続けている。マンモンは消えたままジェイドはぼたぼたと鼻血を垂らしている。この混沌とした状況はどうすれば良いのだろうか…。
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スヴェンとかいう馬鹿の一派が粛清されてから三日が経っている。あの後の家宅捜索で数々の証拠が見つかり交渉団としてあの場にいた大臣や高官クラスの者十三人に加えて情報収集や伝令をしていた者達も大勢捕まり最終的に処罰者は百三十一人に上ったそうだ。この中には官僚や下位の貴族達も大勢含まれている。交渉団に選ばれていた者達はかなり高位の貴族等も多かったらしい。聖教の手の者がこれほど入り込んでいるなど由々しき事態だと思うところだがそれは何ら不思議ではない。何しろガルハラ帝国より聖教皇国とバルチア王国の方が古い歴史を持つのだ。ガルハラ帝国成立の頃から入り込んでいる聖教のスパイがいてもまったくおかしな話ではない。
ではなぜそれがわかっていながら今まで放置していたのか。一つ目は当然対立するリスクだ。もし聖教やバルチア王国のスパイを炙りだして排除しようとすれば当然両国との関係が悪くなる。まだ成立してからそれほど長い歴史があるわけではないガルハラ帝国は勢いはあっても兵力も名声も権威もなかった。だからなるべく両国との対立を避けたい思惑があったのだ。その次に人材不足だ。例えスパイであろうと有能な者は使いたい。何しろガルハラ帝国は常に人材不足に喘いでいる。中途半端にスパイ狩りをしても無駄に両国と対立するだけで効果はない。やるのなら全てのスパイを炙りだし排除する気でやらなければならない。しかし建国当時から入り込んでいるスパイも大勢いるためにもし全てを排除するとなれば相当な人数を排除しなければならないことを覚悟する必要があった。それほど人的余裕のなかったガルハラ帝国は排除に踏み切ることができなかったのだ。
今回スヴェン一派を粛清することにしたのはもちろん聖教皇国とバルチア王国が滅んだからだ。もう両国との関係悪化がどうこうなどと心配する必要はない。それどころか今後の統治などにおいて禍根になる可能性が高い。人材不足は解消されていないが多少使える程度のスパイを残すことのメリットとデメリットを秤にかければ比べるまでもなくデメリットの方が大きい。開戦に踏み切る前からすでにスパイを炙りだし排除を進めていたらしい。そして怪しい者は戦争中も監視して証拠集めをしていたそうだ。だがどうしても決定的証拠が掴めない相手もいた。それらをまとめて今回俺達との交渉役にあてたのだ。聖教に影響されている者ならば俺達異種族を蔑み排除しようとするはずだ。スヴェンやマルセルは教義よりも己の欲の方が上回っていたようだがそれでも端々に聖教の教義の思想が滲み出ていた。フリードは俺達と交渉団が揉め事を起こすだろうと思って彼らを選んだ。俺達と揉めたことを理由に別件逮捕し家宅捜索で証拠を挙げるつもりだったのだと言っていた。だがマルセルがぼろぼろと自供し始めてしまったのでそのまま逮捕と相成ったわけである。
フリード「まぁそういうわけでアキラ達のお陰で聖教の間者も随分減ったはずだ。」
今日もフリードの部屋で腕の再生を試みている。とはいえ今は無闇に再生させようとしているわけじゃない。方向性はもう決まっているのでそのための準備というところだ。さっきまで俺が考えていたこともここ三日でフリードが言っていたことと俺の考えをまとめたものだ。
アキラ「ふむ…。もういいぞ。」
フリード「おう。」
上半身裸になってベットに横になっていたフリードの背中に手を回して体を起こしてやる。その時ちょうど人がこの部屋へと入ってきた。
???「おうフリッツ。元気か?………おっとすまん。お楽しみ中だったか?」
見たこともないおっさんがフリードの部屋の扉を開けて目を丸くしている。体を起こして上半身裸でベットに座っているフリード。フリードの体に手を回してそのベットの淵に座っている俺。………ふむ。客観的に見れば確かにそういう場面に遭遇したように見えなくもない。
マンモン「………貴様。やはり殺す。」
ジェイド「彼女を無理やり手篭めにしているという噂は本当だったようだな。」
おっさんの後ろにはマンモンとジェイドもいる。その体からは明らかな殺気が漲っていた。
アキラ「何を勘違いしているのか知らないが腕の診察が終わったところだ。別に何ら疾しいことはしていないぞ。」
ジェイド「スンスンッ。………そうだな。確かにそういう臭いはしない。」
ジェイドはフンフンと鼻を鳴らしてから答えた。ワーウルフだけあって鼻もそこそこ良いのかもしれない。
フリード「何か用か親父?」
フリードは立派な口髭を生やしたおっさんに親父と言った。…フリードの親父ということは皇帝だろう。確かに髭は立派だ。カイゼル髭とでもいうやつだろうか。壮年のおっさんのわりには精悍な顔つきで良い体つきをしている。皇帝というよりは最前線で戦う猛将といった風体だ。
ウィルヘルム「こちらのお嬢さんがお前が入れ揚げている火の精霊王のお嬢さんか?余はウィルヘルム=ルートヴィヒ=フォン=ガルハラである。」
アキラ「ああ。俺は火の精霊王を預かっているアキラ=クコサトという。」
ウィルヘルム「ふむ………。フリッツが入れ揚げるだけあって綺麗なお嬢さんだがフリッツの妻になるにはちと若すぎやせんか?」
アキラ「誰がフリードの妻だ。こんな奴の妻になる気などない。勝手なことを言うな。それから俺は千五百歳を越えている。ウィルヘルムの方こそ俺から言わせれば若造だが?」
本当は千五百年分の記憶がないので精神的には俺のほうが若造だ。何しろ前世の記憶とこの世界に来てからの分を足しても十九年程度なのだ。だが肉体年齢が千五百歳を越えているのは事実だし少しハッタリも込めて強めに言い返してやる。
ウィルヘルム「くっはっはっ!面白いお嬢さんだ。お楽しみ中だったところ悪いが少しばかり余とも話しをしてもらおう。」
ウィルヘルムは俺が呼び捨てにしたのも気にした風もなくドカドカと部屋へと入り込みテーブルを囲んだ椅子にどっしりと座った。マンモンとジェイドもそれに続き椅子に座る。フリードが上着を羽織り俺達も席についた。男ばかりなので俺がお茶とお茶請けを出して並べてやる。
ウィルヘルム「おお、すまんな。どれ………。うむ!うまい!こんなうまい茶は初めて口にした。フリッツは良い妻を娶ったな。」
アキラ「おい。俺はフリードの妻じゃないって言ってるだろうが。あくまでそのまま押し通そうってのか?」
ウィルヘルム「ふむ。余も妻に先立たれて以来独り身でな。フリッツの妻にならぬのなら余の妻になるか?」
アキラ「まずお前の一家に俺が嫁ぐ発想から離れろ。」
ウィルヘルム「くっはっはっ。ガルハラ帝国皇帝を前にこれだけの口を聞けるとは大したお嬢さんだな。フリッツが気に入るのもわかる。」
ウィルヘルムはカラカラと笑っている。変なおっさんだ。皇帝と言われても信じられない。本当にただの武骨な将軍といった感じがする。
アキラ「相互防衛同盟の加盟国は対等な関係だ。お前達人間族がどう考えているかは知らないがガルハラ帝国皇帝と火の国の精霊王に差はない。当然大ヴァーラント魔帝国皇帝もな。」
ウィルヘルム「対等のぅ…。いくつか聞いておきたい。余もそれほど精霊族に詳しいわけではないが火の精霊王殿はどう見ても精霊族には見えぬ。なぜそなたが火の精霊王をやっておる?」
アキラ「さぁな。前の火の精霊王が死に掛けていたから俺が繋ぎで引き受けた。精霊族の精霊王に相応しい者が成長するまでの間だけ俺が預かっているにすぎない。」
ウィルヘルム「ふむ…。それではなぜ対等な同盟など望む?そなたらがその気になればガルハラ帝国など滅ぼせるであろう?最初から対等などではなくすでにガルハラ帝国が負けておる。余がそなたらに従わなければ余を退位させてフリッツを皇帝にたてれば済む話であろう?」
アキラ「例えば精霊族や魔人族が無理やり力ずくで人間族を従わせたとしてそれがうまく行くと思うか?最初は力ずくで抑えたとしてもいずれ不満が溜まり反乱が起こるだろう。それをなくすには人間族を全て滅ぼすしかなくなる。そんなことをして意味があるか?俺達は別に人間族を滅ぼしたいわけじゃない。それならば人間族のことは人間族に任せるのが一番だろう?そして今一番力を持った人間族の国がガルハラ帝国だった。ただそれだけのことだ。」
ウィルヘルム「ふむ。肝心なことの答えにはなっておらんな。今の答えでは直接統治するよりも間接統治するほうが良いという意味はあってもガルハラ帝国を服従させずに対等に扱う理由にはなっておらん。」
この皇帝は中々頭も回るようだ。なんで征服しないのかって聞かれても面倒だし面白くもないししたくないからとしか答えようがない。
アキラ「では逆に聞くが俺がガルハラ帝国を征服するメリットはなんだ?」
ウィルヘルム「それは………。………ふむ。地位や名誉や金を得られるくらいかのぅ。くっはっはっ。お嬢さんはやはりフリッツの妻に向いておるようじゃ。この国の統治者は代々そのような物に興味などない者ばかりであった。余も、そしてフリッツもそうであろう。その妻たるものもそうでなければならん。お嬢さんがフリッツの妻になればきっと良き皇后になるであろうな。」
ウィルヘルムはカラカラと笑う。他の三人は黙って聞いていたがフリードの我慢が限界に来たようだ。
フリード「おい親父。何しにきたんだよ。」
ウィルヘルム「ふむ…。本当にわからんのか?魔人族との戦争の終結と相互防衛同盟加盟への交渉であろうが。」
フリード「それはわかってるがそれならば頭の固い大臣共も交えて正式な場ですべきだろう?」
ウィルヘルム「くっはっはっ。お前ももう立派になったと思っておったがまだまだヒヨっ子だったか。あんなものは追認させるだけの場だ。聖教の間者もまだ残っておる大臣共などあてになると思っておったのか?」
フリード「そこで間者を炙りだし全ての者を論破し納得させることこそが大事じゃないのか。」
ウィルヘルム「青いのぅ。青臭くてかなわんわ。正義が必ず勝つとは限らん。正論が必ず支持されるとは限らん。ならばそれらを預かる皇帝はどんな手段を以ってしても正道を通さねばならん。正々堂々と正面から挑むのは格好良い。だが結果が伴わねば全ては無意味じゃ。まずは結果を出すことこそ上に立つ者の役目ということを忘れるな。」
フリード「ぐっ………。わかってるよ。」
マンモン「………。」
ジェイド「………。」
フリードはそれでもなお正々堂々と挑み勝ちたいと思っているのだろう。だがその自分の矜持を捨ててでも上に立つ者としての責任を全うすることを貫く。己を捨ててでも成すべきことを成す。その姿勢だからこそマンモンとジェイドもフリードを認めることにしたのだろう。この後は大ヴァーラント魔帝国の特使として二人も加わり具体的な協議が行われていった。密室談合と言われればそれまでだがこの五人によってほとんどの案件の大筋は決まっていったのだった。
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フリードの部屋での談合の終わりに一週間後に正式な場での交渉と調印が行われることになった。すでに大筋では出来上がっているため細かい交渉や実務面での交渉をするのみである。その一週間の間にこちらも本国へと連絡する。大ヴァーラント魔帝国はこのまま特使の二人が全権を持って調印することになったらしい。精霊族の各国は空間を越えて来られるので王と宰相が来ることになった。火の国だけは王と宰相以外にポイニクスもやってくる。ムルキベルは走れば間に合うそうだが今回は見送ることになったそうだ。
ポイニクス「ママッ!」
アキラ「ポイニクス元気だったか?」
パンデモニウムを旅立って以来久しぶりにポイニクスと会った。俺の胸に飛び込んできて甘えてくる様は前の甘えん坊のままのように見えるがポイニクスは随分成長しているらしいという報告は受けていた。
フリード「ママ?!おいアキラっ!ママってどういうことだ?!ちっ、父親は誰だ?」
アキラ「ポイニクスは俺の子だが父親はいないからな。お前が考えているようなことはないぞ。」
フリード「どういうことだよ。それじゃわからん。説明してくれ。」
アキラ「ああもう…。うるさいやつだな。」
俺はフリードに掻い摘んで説明してやった。
フリード「なんだ………。そういうことだったのか。ふぅ。あまりびっくりさせないでくれよ。」
アキラ「お前が勝手に勘違いしてびっくりしただけだ。全員揃ったな。それじゃ調印式に向かおうか。」
フリード「まだ調印式じゃなくて交渉なんだけどな。まぁほとんど決まってるようなもんか。」
各国代表はガルハラ帝国の交渉の席へと向かった。ガルハラ側には皇帝と俺達と一緒にやってきた皇太子以外にも大勢の大臣がいた。将軍のような者もいるようだ。やはり人間族の国は例え皇帝であっても一人で決めてしまうことは出来ないのだろう。この辺りは大ヴァーラント魔帝国や精霊の国に比べて動きが鈍い。しかしそれが悪いとも言い切れない。例えば全て一人の者が決めてしまう社会ではその者がうまくやっている間は良いが一度失敗したりトップが交代した時に後継が無能ならば一気に破綻してしまいかねない危ないシステムでもある。議会などで話し合って決める場合意思決定までに時間がかかったり結局どっちつかずで骨抜きの案になる弊害もあるが突然指導者を失ったとしても引継ぎがうまく行く。個人の才覚によるものではなく集団の熟練による意思決定にはそれなりのメリットもある。
ウィルヘルム「よくぞ参られた。それでは交渉を始めよう。」
ウィルヘルムの挨拶からはじまった交渉はほとんど詰まることなくスムーズに進む。フリードの部屋に来ていた時の砕けた感じがまるでない。さすがに皇帝らしい威厳に満ちている。大臣や将軍の中には俺達や魔人族を見て苦々しい表情をする者達も一部にはいた。彼らは聖教の影響を受けているのかそれとも長年に渡る魔人族との戦争で辛酸を舐めさせられた者もいるのかもしれない。ウィルヘルムやフリードが排除していないということはそれほど問題のない相手なのかそれともまだ証拠がないだけか、もしかすればもう排除されることは決定している者もいるのかもしれない。それは俺達が心配することじゃないだろう。ともかく表立って反対する者もなく予定の時間よりも早くに交渉は纏まった。
その後は各国代表による調印式へと移った。精霊族の各国は王が、大ヴァーラント魔帝国は全権特使が、そしてガルハラ帝国は皇帝が調印する。ここに精霊族四カ国に大ヴァーラント魔帝国とガルハラ帝国を加えた六カ国相互防衛同盟は調印されたのだった。




