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転生無双  作者: 平朝臣
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第五十話「ガルハラ帝国技術班班長という男」


 帝都デルリンに到着してからすでに一週間以上経っている。それなのに俺達はまだ一度も皇帝に会えていない。魔人族との戦争終結や精霊族四カ国も加えた五カ国相互防衛同盟にガルハラ帝国も加えたい旨は伝わっているはずだ。だがそれについての返答は未だに一切ない。ガルハラ側も戦争が終わったばかりな上に簡単には答えられないような難問であることはわかっているが、こちらは火の精霊王や六将軍序列一位の将軍が直々に来ているのに何の接触もないのは少しおかしいとすら思える。普通なら事前交渉や接待などがあると思うところだが俺達は皇太子預かりのような扱いでフリードに任されたまま放置されている。


フリード「………なぁアキラ。まだやるのか?」


アキラ「うるさいな。黙ってじっとしてろ。」


 とは言えただ時間を無駄にしているわけではない。この一週間俺はフリードの左腕を再生する方法を試していた。今も上半身裸になって寝そべっているフリードの左腕の切断面に神力を注いでいる。だがまるで成果はない。俺が考えるまでもなくこれまでも先人達が欠損部位の再生を試みてきたはずだ。それでもその方法が見つかっていないのだから俺が一朝一夕に出来るはずはない。


フリード「そんなことよりあの魔力水晶のお陰で俺は助かったのか?」


アキラ「あ?ああ。そうだな。」


フリード「あのありえないレベルの魔力水晶はどうやって手に入れたんだ?」


アキラ「手に入れたっていうか俺の魔力を込めて作ったんだよ。」


フリード「………は?獣人族のアキラが魔力を?」


アキラ「俺が獣人族だって一度でも言ったか?俺が獣人族なわけないだろ?」


フリード「いやいやいや………。え~………。中央大陸で出会ってその姿なら獣人族だと思うだろ…。アキラは魔人族だったのか………。」


アキラ「魔人族なわけないだろ?」


フリード「えぇ………。ワーキャットじゃないのか?魔力も使えるみたいだし………。」


アキラ「俺は妖怪族妖狐種九尾の狐だ。」


 そう言いながら俺は外套を脱いだ。フリードの前で外套を脱ぐのは初めてだ。後ろを向いて尻尾を見せながら妖力を込めて長くしてやる。


フリード「妖怪族?妖怪族って何だ?」


 やはり人間族の中では妖怪族はいないことになっているようだ。太古の神々の一人である人神がいた以上人間族が本当に妖怪族を知らないのは普通あり得ない。あり得るとすれば人神が長い年月をかけて人間族の中から妖怪族に関する記録や伝承を抹消していったのだろう。人神にとって人間族に妖怪族のことを知られると何か都合が悪かったのか?それは俺が考えてもわからない。とりあえずフリードに俺が知り話せる範囲で妖怪族について教えてやる。


フリード「ふぅん………。なるほどなぁ。」


アキラ「おい………。なぜ俺の尻尾をモフモフする?」


フリード「ん~?そこに尻尾があるから?」


アキラ「俺に聞かれても知らん。いい加減手を離せ。」


フリード「じゃあ違うところを触らせてもらう!」


 尻尾を離したフリードはペロンと俺の尻を撫でやがった。


アキラ「このセクハラ皇太子が!」


 俺はゴツンとフリードの頭に拳骨を落としてやる。


フリード「いてぇ………。」


アキラ「自業自得だ。」


 この馬鹿は少し置いておこう。とにかく普通の方法じゃ腕の再生なんて出来ない。そこで俺はさっきの話に少し出てきた魔力水晶のことを思い出す。以前遮断の結界の時に神力石という物があった。神力石と魔力水晶ではなぜ名前が違うのか。答えは簡単。込められている力が違うからだ。名前の通り神力石は神力が込められている。魔力水晶は魔力が込められている。じゃあ精霊力を込めたら精霊石か?そうなのだ。精霊力を込めたものは精霊石と呼ばれる。では神水があるのなら魔力水があるのかというと魔力水はない。だが精霊水はある。これらについて少し整理しておく。


 まず神水や神力石。これは非常に希少な物だ。理由は簡単で作れる者がほとんどいないから。そもそも神力をそのまま使えるのは神しかいない。俺はボックスの中に放り込んでおくと俺の中の神力が染み込み作り出せるというチートがあるが普通は神力を神力のまま使えるのは神しかいないのだ。その神でもほとんどの者は神力を使えない。例えば師匠は神になるまで妖力と妖術を使って生きてきた。神になってもその能力は失われていない。神になったからといって今まで使ったこともない神力のまま使うより妖力に変換して使った方が慣れているしたくさんの術を知っていて使いこなせる。だから神になった者のほとんどは元々持っていた能力を伸ばす方に努力して神力を神力のまま使うということがほとんどないのだ。何より神力そのままで使える何かしらの術や魔法があると聞いたことがない。魔力に変換すれば魔法が使える。妖力に変換すれば妖術が使える。それなのに燃料そのままのエネルギーじゃ使い道がない。もしかすればあるのかもしれないがほとんど誰も知らないのだ。だから神力をそのまま使える神自体がほとんどいない。


 では神水や神力石は何も使えないのかというとそうじゃない。例えばフランが装備しているアクセサリーに染み込んでいるのは俺の神力だ。フランは神力のまま取り込みそれを自分の魔力に変換して使うことができる。じゃあ魔力水晶とは何が違うのか。魔力水晶は魔力が込められている。取り出した時点ですでに魔力だ。神力石は神力として取り出し自分の魔力に変換するというプロセスが必要なのに対して魔力水晶は取り出した時点で魔力なので即使える。じゃあ魔力水晶の方が優れているかというとそうでもない。フリードは人間族であり神力を魔力に変換する能力が不十分だ。だから変換の手間が必要ない魔力水晶の状態で渡した。だが魔力水晶では取り出せるのは魔力の形のみ。神力石ならばガウが持てば妖力として変換して使えるしティアが持てば精霊力として変換して使える。汎用性においては神力という全ての力の素である形が一番便利が良い。どちらが優れているか優劣はなく一長一短であり用途に拠るとしか言えない。


 次に神水があり魔力水がなく精霊水はあることについて。これも魔力水も作ろうと思えば作れるのだろう。ただメリットがないから誰も多大な労力をかけて作らないだけだ。俺が簡単にホイホイと物に神力を染み込ませたりするのであまり実感がないが実は物に神力や魔力のような力を染み込ませるのは非常に難しい。本当ならば何十年も何百年もかけてゆっくり染み込んだりして出来るのが普通なのだ。そしてそれぞれの力と込める対象の物質によって伝導率とでも言うべきものがある。つまり染み込み易さ、染み込み難さということだ。水は何でも溶かす溶媒として知られているが神力系においては実は溶け込みにくい部類に入る。だから高濃度の神水もほとんどないのだ。染み込み難い物にわざわざ苦労して染み込ませて持ち歩きにくい液体にするメリットがない。液体だと瓶等に入れて持ち歩かなければならず蒸発を防いだり瓶を割らないようになど様々な制約を受ける。魔力は特定の数種類の宝石には非常に伝導率が良い。宝石なのでアクセサリー等に加工して身につけやすいメリットもある。苦労して魔力水を開発する必要性がまったくないのだ。


 ではなぜ精霊水があるのか。これは精霊族に水の精霊種がいるからだ。水の精霊種は当然ながら水との相性がとても良い。だから精霊水を作るのも比較的簡単なのだ。何より精霊族は本来自分の属する元素系以外は使えないので水の精霊種達は水を使うしかない。そして長い年月をかけて歴代水の精霊王達が精霊力を込めて精霊水に変えたのがアクアシャトーのあった湖の水なのだ。あれは全て精霊水で出来ている。だからアクアシャトーの維持コストもそれほどかからないのだろう。


 溶け難い水にわざわざ溶かして神水を作るメリットは何か?それは神水ならば神力回復以外にも様々なステータス異常を回復できるからだ。体力回復、傷回復の効果もある。では神水以外の水は必要ないかというと先のアクアシャトーの件が出てくる。つまり精霊水ならば精霊魔法と相性が良いのだ。神水でもただの水よりはずっと相性が良い。だが精霊魔法との相性ならば精霊水の方が断然良い。ならば魔力水も存在意義があると言えば確かにある。だが精霊水も魔力水も飲んで得られる効果は精霊力もしくは魔力の回復のみだ。魔法や精霊魔法に魔力水や精霊水を使えば威力が上がったり低コストで済んだり色々と恩恵はある。そこで得られる魔法の補助効果と生産にかかるコストでわざわざ作るほどのメリットが得られない。ただそれだけのことだ。


 さてそれでそれが今何の関係があるのか。さっきの話でわかることは全て同じ神力から発生する力であってもそれぞれ特性が違うということだ。同じ神力からそれぞれの種族にあわせた力に変換されているわけだが魔力は水晶が一番浸透しやすい。しかし精霊力や妖力は水晶に浸透しやすいわけではない。それと同じように魔法と精霊魔法では特性が違う。魔法は自分のイメージを具現化させるようなものだと俺は解釈しているが精霊魔法はこの世界にある元素を操るものだと思う。妖術については俺はまだよくわからないが例えば鎌鼬は妖怪の鎌鼬にちなむような術が発生する。妖怪達のモチーフとなった自然現象を起こしたり空想上の能力を発現させたりする。俺の解釈では自然現象の再現や創造といったものではないかと推測している。


 例えば魔法で腕をイメージから具現化したとする。魔法が効力を発している間はその腕はそこにあるだろう。だが魔法に込められた魔力が切れたり発動させた者が魔法を制御できない状況になったり死んだりしたらその腕は消えるだろう。何しろ魔法では具現化させた物は魔力が尽きればいずれ消えてしまうのだから。


 水の魔法も水の精霊魔法もその場にある水を利用する場合と魔力もしくは精霊力によって水を発生させてその水を利用する場合の二種類がある。わかりやすい例で言えば最初に西回廊を渡った時にフランが海の水を利用してウォーターランスを使った。これは現実にある水を利用する場合だ。じゃあ水がなければ水の魔法は使えないかといえば俺はここで自分の魔力で水を発生させてウォーターランスを使うことが出来る。だがこの魔法で発生した水は魔法に込められた魔力が尽きたら消えてなくなる。火ならば燃やした対象の火が残るので全ての火が消えるわけではないが撃ち出した火自体は魔力が尽きれば消えてしまっている。


 それに対して水の精霊魔法は水そのものを発生させる。元素に働きかけることによってその場に本物の水を発生させているのだ。もちろん水を発生させなくともティアがアクアシャトーへの橋を架けるのに湖の水を使ったようにそこにある水を利用することもできる。だがウンディーネが俺を撃とうとしてやったように空間に水の精霊魔法で水を発生させて撃ち出すこともできる。そしてその発生した水は込められた精霊力が尽きてもその場に残る。簡単に言えば空気中の水分を集めて水滴を発生させて集めたようなものでそれが再び蒸発するまではそこに残り続けるのと同じことだ。


 そろそろ察しの良い者なら気付いてきただろう。今の俺の持てる能力で腕を再生させたい場合に最も実現できる可能性が高いのは魔法だろう。なにしろイメージを魔力で具現化するようなものが魔法なのだ。腕をイメージしてくっつければ出来そうな気がする。それなのに魔法が使える者の中でこれまで欠損部位を再生させる魔法が生まれなかったのはなぜか。それは最初に込めた魔力が尽きれば腕が消えてしまうため仮に再生できたとしてもそれはいずれ消えてしまうからだ。自分で自分の腕を再生させたのならどの程度の魔力を込めて残っている魔力がどれくらいかわかるだろう。だが俺がフリードの腕を再生させた場合いつ残りの魔力が切れるか本人にはわからない。急に再生した腕が消える可能性があるので危なくて使えない。


 さらに腕のような複雑な物を具現化させるのが非常に難しい。遊びでフリードの左腕の切断面に指のような物を再生してみようとしたことがある。指のような細長い肉の塊は再生できたが神経も感覚もつながっておらず動かすことすら出来なかった。骨もなくプルプルと揺れる肉の塊が腕の先にくっついていただけだった。その上とんでもない魔力を消費した。これでは普通の者が欠損部位再生の魔法を使うことは不可能だろう。


 そこで出てくるのが精霊魔法だ。精霊魔法は元素に働きかけてその『物質を発生させる』ことができる。もちろん人の腕を発生させるような精霊魔法も元素もない。だが人体は様々な物質が寄せ集まって出来ているのだ。例えば魔法でイメージした腕の水分を精霊魔法で発生させたらその水分は現実にそこにあるのではないだろうか?さらにそこに妖術の創造を加えて加工すればあるいは欠損部位の再生もできるのではないだろうか。それがここ一週間での俺の研究の結論だった。


 クリアしなければならない課題は多い。一つ目は人体のような複雑で精密なものを完璧にイメージして具現化する方法。普通の人間の脳ではそんなもの理解しきってイメージすることなど出来ない。次に複数の特殊能力を組み合わせて同時に使う必要があること。俺ならば妖術、魔法、精霊魔法と三つの特殊能力を使うことは出来る。だが同時に混ぜ合わせた状態で使うことは出来ていない。ファイヤーボールとスピリチュアルフレイムを同時に使うことは出来る。だがその二つを一つにまとめて掛け合わせた新しい特殊能力を使うことは出来ていない。それをさらに妖術まで混ぜようと言うのだ。狐火まで混ぜた三つの特殊能力のハイブリットを作り出すようなものだ。そして神力の消耗。指を再生しようとした時にかかった魔力でも相当なものだった。腕一本を作り出そうと思ったら並大抵の神力では足りない。俺が制限を解除して全力でやれば足りないということはないと思うがそれでもかなりの神力を消耗することは想像に難くない。さらに現時点では実現もしていない複数の特殊能力のハイブリットの術を使うことになる。その術の神力消耗量がどれほどになるのか想像もつかない。


 可能性としては俺ならば欠損部位再生の術を生み出せる可能性はあると思う。だがそれを実現するためには一筋縄ではいかない問題が山積みだった。


アキラ「………っておい。何してやがる。」


 ベットから上半身だけを起こして俺の尻尾を触っていたフリードは尻尾を見せるために後ろを向けていた俺に後ろから抱きついている。残った右腕で俺の胴を腕ごと抱き寄せ俺の頭に顔を突っ込んでいる。ふーふーと獣耳にかかるフリードの鼻息がくすぐったい。


フリード「アキラ………。」


 俺の耳元で甘く囁いたフリードは右腕を上げて俺の顎にそっと手を添えると俺の顔を振り向かせる。その顔に向けてフリードの顔が近づいてくる。そのまま近づけば二人の唇が触れ合う。


 ………

 ……

 …


 ビシッ!


 フリードはそう思ったのだろうが俺がこいつとキスするわけがない。フリードの顔面に俺のチョップがめり込む。


フリード「痛い………。」


アキラ「アホか。俺は男だって言ってるだろ。」


フリード「………こんなに柔らかいおっぱいがついているのに?」


アキラ「揉むな!この色ボケ皇太子が!」


 今度こそ容赦なく地獄の鳩尾突きを食らわせる。


フリード「ふぉぉぉぉぉおっ!!」


 フリードはのた打ち回っていた。左腕を失わせてしまった負い目で多少のことには目を瞑ってやっていたが俺にキスしようとした挙句に胸を揉みしだくとはいい加減許せなくなった。暫くのた打ち回っていたフリードが落ち着いたのを見計らって言葉を続ける。


アキラ「なぁフリード。俺が男だって言ってるのは嘘じゃないんだよ。俺はミコ達の召喚の際に巻き込まれて死んだ。そして俺の魂はファルクリアに転生したんだ。俺は転生する前には俺達の世界では男だった。だから俺は男なんだよ。」


 俺は俺のこれまでのいきさつを掻い摘んでフリードに話してやった。


フリード「それならアキラは女じゃないか。」


アキラ「話の意味が理解できなかったか?」


フリード「いやいや。わかってるよ。だけど前世で男でも転生して生まれ変わったんだったら今のアキラは女だろ?」


アキラ「………。」


 確かにそれはそうだ。憑依したわけでもなくこれが俺の生まれ変わった今生なのだとすれば俺は女なのだろう。だがそれが認められない理由が二つある。


アキラ「さっき言った通り俺は意識が覚醒するまでの記憶がない。これが本当に俺が生まれ変わった姿だという確証はない。ついさっきまで生きていた自分の意識が急に千五百歳を越える体に移ってそれは生まれ変わった自分の体ですと言われてはいそうですかと納得できるか?」


フリード「だからその記憶を取り戻す旅をしているんだろう?じゃあ記憶が戻ってその体がアキラの本当の体だと納得できればアキラは女になるんだな?」


アキラ「それだけじゃない。もう一つ問題がある。お前は今の記憶や感情を持ったまま次の瞬間に女に生まれ変わったからと言ってロベールやパックスに迫られたら女として対応するのか?しないだろ?」


フリード「ふ~む…。確かに今の俺がそのまま女に生まれ変わったからと言ってロディやパックスと男女の仲にはならないだろうな。だが俺とパックスは男同士として幼い頃から一緒に育ったんだ。それはやむを得ない。俺とアキラは出会った時から体は男と女だった。アキラの心が前世の男としての気持ちを失いたくないと思っているだけでアキラが女として男を受け入れれば全ては解決する。」


アキラ「うぐっ………。それはまぁそうなんだが…。だからってついこの前まで男だった自分がいくら今は体が女だからといって男を受け入れるかと言えば受け入れないだろ?」


フリード「その気持ちはわからんでもない。でもそれは問題じゃないんだよ。つまりは俺は他の女を口説くのと同じようにアキラに俺を受け入れてくれるように口説けば良い。ただその相手であるアキラの感性が普通の女と違って男の感性を持っているだけにすぎない。」


 フリードは真っ直ぐに俺を見つめている。駄目か。説得で諦めそうにはないな。フリードの言ってることも確かに正しい。まだ記憶が戻ってないので完全にこの体が俺の生まれ変わった体なのだという確証はまだ持てない。だが仮にこの体が俺の生まれ変わった体なのだとしたら俺は今生を女として産まれて生きていかなければならないということだ。前世が男でその記憶があるから男同士で好き合うようなことは気持ちが悪いという感覚を持ってしまうがもし今生の俺が女なのだとすればそれは俺の方がおかしいのだ。男が俺に言い寄ってくること自体は何らおかしなことじゃない。謂わば俺は性同一性障害の状態なのだろう。だが理屈で理解していても受け入れられないものは受け入れられない。俺は前世ではノーマルだったんだ。男同士でキスしたりベットで一緒になるなんて耐えられない。想像もしたくない。


アキラ「………。お前の言うことも正しいが俺の心は男だ。男の相手を受け入れる気はない。」


フリード「ああ。それでいいぜ。今はな。俺も諦めないからいつかアキラに俺を受け入れてもらうよ。」


 フリードは屈託なく笑った。………ちっ。俺はこんな奴のことなんとも思ってない。俺は男だ。



  =======



 フリードの左腕を再生するために部屋に通うようになってかなり経っている。今日もフリードの部屋で再生を試みた帰りの途中の廊下でチャラい男にナンパされているミコを見かけた。


???「いや~!君かわいいね!もしかしてJK?ちょっと俺の部屋でお茶しない?」


ミコ「え?えっと…。そのごめんなさい。用事があるので…。」


 ミコは困惑しているようだ。その男は毛先のほうだけ茶髪になっている黒髪だ。簡単に言えば茶髪に染めてた髪が伸びて根元の方は黒くなっている状態。耳にはピアスをしている。背はそこそこ高く瀬甲斐くらいはあるだろう。体の線は全体的に細く痩せ型と言える。腰にはチェーンが巻いてあり指にはごつい指輪がたくさんついている。ネックレスにピアスにと見た目も言動もチャラい。顔は完全に日本人だ。


???「まぁまぁいいじゃん。俺も日本人なんだよ。君も日本人っしょ?見るからに大和撫子って感じだしこの世界にプリーツスカートなんてないもんな。同じ日本人同士仲良くしようよ。」


 その男の手がミコの手を掴みそうになる。その瞬間俺は二人の間に割って入り男の手を掴み捻る。


???「いっ!いてててっ!なんだ?!」


アキラ「ミコは俺の嫁だ。俺の嫁に手を出そうっていうのなら楽に死ねないことを覚悟しておけよ。」


???「えっ?お?おお?君もかわいいね!だけど不思議だなぁ。黒髪なのに獣耳?日本人っぽいけど日本人じゃない?んん?おかしいな。君は変り種だ。」


 俺の顔を確認した男はへらへらと笑っていたがその言葉は態度とは裏腹に鋭かった。


ミコ「アキラ君。その人知り合いなの?」


アキラ「いや。こんな奴知らない。行こう。」


 男の手を離した俺はミコの手を握ってその場を立ち去ろうとした。


???「おっと。待ってくれよ。別にナンパじゃないんだって。話くらい聞いてくれよ。」


 日本人っぽいこいつのことは少し気になる。俺は立ち止まって振り返る。


シロー「お?話を聞いてくれるかい?俺はシロー=ムサシっていうんだ。今はガルハラ帝国技術班班長だけど君達と同じ日本人だよ。よろしく。」


 にっこり怪しい笑顔で手を差し出してくる。当然俺もミコもその手を取らない。そもそも獣耳のついている俺を見て君達と同じ日本人と言うのはおかしい。この男は何者だ?


シロー「いや~。警戒されちゃってるねぇ。俺はただこれからもこの世界で生きていかなきゃならない上でより良い暮らしをするために君達にも話を聞きたいだけなんだよ。ただ久しぶりに見た生JKに興奮しすぎてちょっと怪しかったかなぁ。」


ミコ「JKって…。私はもう違いますよ。」


シロー「へぇ。そうなの?そんな格好してるから学生服かと思ったよ。まっ、ついこの前までJKだったくらいの年齢でしょ?若い子はいいねぇ。」


 シローはミコの顔に手を伸ばそうとする。


シロー「いてててっ!痛いって!」


 俺は再びシローの手を掴んで捻る。こいつはすぐに手が出るようだ。


アキラ「さっきの言葉をもう忘れたのか?ミコは俺の嫁だ。俺の嫁に手を出すな。」


ミコ「アキラ君…。うれしいけどちょっと恥ずかしいよ。」


 ミコはもじもじしながら俺の空いている方の腕を両手で掴みぶんぶんと振り回していた。


シロー「え?何?君達百合なの?まぁそれはいいや。とにかく俺の部屋で話をしない?すぐ済むからさ。」


 俺とミコは目を合わせた。ミコが小さく頷いたので俺達は少しだけその男シロー=ムサシから話を聞くことにした。



  =======



 部屋についてから簡単な自己紹介をした。お茶も出されたが飲む気はしない。変な薬でも混ぜられていたらたまらないからな。


シロー「ふ~ん。九狐里に大和ね。やっぱどう考えても君ら日本人っしょ?なんで小さいほうの君は獣耳がついてるのか知らないけど間違いなく日本人だよね。俺はね。この前の三人組の勇者候補が召喚される前に召喚されたんだ。それも極秘裏に。普通勇者召喚は聖教皇国が他の国に通知して行うらしいんだけど俺はその通知がされずにこっそり召喚された者ってわけ。たぶん本当は俺みたいに通知されずにこっそり召喚された者もいっぱいいたんだろうね。そのほとんどの者は闇から闇に葬られるか聖教皇国の言う通りに従順になるかのどちらかしかなかったんだろう。俺は大した能力がなくてね。本当なら聖教皇国に廃棄されるところだった。そこをこの国の皇太子に助けてもらってね。それからこの国で日本にいた時の知識を活かして技術班を立ち上げて新技術や新兵器の開発をしてるんだよ。」


アキラ「まさか…。ガレオン船に魔獣避け音波装置に大砲はお前の発明か?」


シロー「お~。やっぱ君らならわかるよね。そうそう。ちなみに君が言った魔獣避けの音波装置ってのはマジュコナーズって言うんだよ。それから大砲じゃなくて魔砲ね。」


 ださい名前だが名前はどうでもいいだろう。作ったやつがそれでよければそれでいい。


アキラ「艦隊の山越えもお前の入れ知恵か?」


シロー「あ~。あれね~。あれは違うよ。俺も驚いたよ。やっぱ奇抜なこと考える奴はどこにでもいるんだねぇ。」


アキラ「ミコ達が召喚されてからでもかなりの時間が経っている。それより前に召喚されたお前の髪が未だにブリーチで脱色された部分があるのはおかしくないか?」


シロー「お~。やっぱ地球人っぽい着眼点だねぇ。これ不思議なんだけどね。髪を切ってもこの長さになると先の方だけ色が抜けちゃうんだよ。で、俺は考えてみた。たぶんだけどこの世界に来た時の状態が俺達のデフォルトの状態なんだよ。だから俺はこの長さ以上まで伸びた髪の色はブリーチしてた時と同じように色が勝手に抜けるんじゃないかってこと。君らもそんなことない?髪じゃなくても例えば爪とか。」


ミコ「あっ!そういえば…。」


 声を上げたミコは自分の爪を見ている。


ミコ「私も不思議だったのだけれど爪のマニキュアがずっと付いてるの。伸びて切ってるはずなのに…。」


 そういうミコの手を見てみる。爪には綺麗にマニキュアが塗ってある。もちろん派手な色じゃない。ミコらしいうっすらとした綺麗な色だ。化粧目的というよりは爪の保護のために塗っているような感じだろう。


シロー「うんうん。俺だけじゃなかったみたいだね。で、俺はもう帰還を諦めてるんだ。だからこの世界で生きていくためにこの世界の知識やコネを求めてるってわけ。君らもちょっとでいいから協力してくれないかな?」


アキラ「お前に協力して俺達に何のメリットがある?」


シロー「うんうん。別に日本人同士手を取り合って助け合いましょうなんていう気はないよ。俺が新しい物を発明したり社会的位置やお金を手に入れたら君達を助けてあげることもできるかもしれない。はっきり言っちゃえば君達の知識とかが俺の役に立つとは俺もあまり思ってないんだよ。だけど顔を繋いでおくのは悪いことじゃないだろ?いつかそのコネが役に立つ時が来るかもしれない。お互いね。」


 面白い奴だ。コネを持とうと言っている相手に別にお前らなんて役に立たないかもしれないけどないよりはあったほうが良いからなんて面と向かって言えるなんてな。その時ガチャリとシローの部屋の扉が開いた。


フリード「おいシロー。運河の件だが…って、あー!!てめぇ!俺のアキラに手を出す気か!」


シロー「なんだよ。別に手なんて出さないよ。」


フリード「嘘を付くな。お前この世界に来る前はダイガクのサークルとやらで女の飲み物に薬を仕込んで眠らせて襲ってたって言ってたじゃねぇか!」


シロー「いやいや。そういうヤリコンサークルがあったって言っただけで俺がやってたとは言ってないよ。」


 俺とミコは出されたティーカップとシローの顔を交互に眺める。


シロー「いやいや!マジだって!だいたいこの世界で睡眠薬とか昏睡させるような薬品がないだろ?」


アキラ「やけに詳しいな?」


シロー「いやいや!ほんとに俺はやってないって!」


 シローの言い訳はしばらく続いたが話が進まないのでスルーする。要はこいつが出す飲み物や食べ物を口に含まなければ問題ない。尤も今の俺ならその程度の薬を盛られたところで効果はないだろうがな。話を聞いてみるとシローは日本でも最高の大学に通っていたらしい。その見た目とは裏腹に頭が良い。身体能力や魔法的な才能はあまりなかったようで聖教皇国にも従順ではなかったために処分される予定だったらしい。他国に無断で召喚した者が協力的でない場合はこっそり処分されるのは普通のことだったそうだ。そこへシローの存在を知ったフリードが介入して本来ならばありえないほどの高額でシローを買い取って聖教から救い出したらしい。もちろんそんな知識を持っている人物だと知っていたわけじゃない。ただ少しでも戦力や聖教の情報が欲しいフリードがシローを救うことで足しになれば良いと思ってやっただけだった。だが結果はフリードの期待以上だった。シローは日本での知識を活かして様々な開発を行った。そのお陰で今回の戦争も勝てたようなものだ。


フリード「それでバンブルクの運河の件だが………。」


シロー「だからそれは技術的にクリアしなきゃならない課題がまだまだ多いんだって。」


フリード「具体的には?今無理だからって何もやらなきゃ何も進歩しないぞ。」


シロー「まず海の魔獣はどうする?運河なんて掘っちゃったら運河に海の魔獣が入り込んじゃうよ?」


フリード「だからそれは船にもつけている音波装置とやらで。」


シロー「だからあれは完璧じゃないってば。それにそのうち慣れてくるかもしれない。もっと別の確実な方法を考えないと。」


アキラ「船の出入り口に閘門でも設けたらどうだ?」


フリード「え?閘門って何だ?」


アキラ「本来は水位の違う河川や運河で船を上下させて移動できるようにするためのものだ。前と後ろに門を設置してその中に船を入れる。出る先の水位にあわせて中の水を足したり抜いたりして高さを変えることで船が上下できる仕組みだ。もちろんこれだけじゃ船と一緒に閘門内に侵入した魔獣が居れば運河内に侵入されてしまうから不完全だが閘門内に入り込まないようにしたり閘門内の魔獣を駆除すれば良いだけならまだなんとかなるだろ?」


シロー「そうだね。やっぱり君頭いいね。子供みたいなのに色々知ってるね。」


フリード「おお!アキラのお陰で解決だな。じゃあさっそく運河建設に取り掛かろう。」


シロー「まだだよ。運河を作っちゃったらバンブルクへの行き来や北回廊はどうするんだ?」


フリード「そんなの渡し舟でも通せばいいだろう?」


アキラ「効率が悪いな。可動橋でも設置すればどうだ?」


シロー「うん。そうだね。それは良い案だ。だけどその動力は?」


アキラ「そこまで知るか。お前らで考えろ。」


シロー「いや~。かわいい顔してるのに言うことはきついね~。まぁそれを考えるのが俺の仕事か。」


 こうして俺達は四人で少し話をしていた。ミコはあまり男のロマンはわからないようで会話は弾んでいなかった。シローの部屋から退出するとフリードが俺達に忠告してきた。


フリード「シローは使える奴だが女癖が悪そうだから気をつけろよ。俺のアキラに手を出そうとしたら打ち首にしてやる。」


アキラ「それはやめとけ。俺はあいつに何かされるようなことはないしあれだけの人物は殺すには惜しい。忠誠心は薄そうだがうまく使えよ。」


 それだけ言うと俺達は部屋へと帰っていった。シロー=ムサシか。中々面白い奴と知り合いになったもんだ。



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