第四十九話「ロマン船は大事に扱えこの野郎」
意気揚々と北回廊に入ったまではよかった。だが俺はどうやって北回廊大門を通るのか考えていなかった。もちろんぶち破るなり何なり力ずくで通るのは簡単だ。しかし同盟を申し込みに行くのに門をぶち破って侵入したら相手も警戒するだろう。困ったな。どうやって通ろう………。
ミコ「あの皇太子の人が手を回してくてれるんじゃないかな?」
アキラ「うむ。ミコが良いことを言った。フリードが手を回してると信じて行き当たりばったりで行こう。」
ミコ「私はアキラ君がそれでいいなら良いのだけれど………。」
ミコの視線が痛い。だが案ずるより産むが易しという言葉もある。そして実際その通りになった。門の上から見張っていたのはガルハラ帝国の兵士だけだった。俺達が接近すると誰何され俺の名を言うとあっさりと門は開けられた。魔人族まで連れていることに驚かれはしてもそれでもなおあっさりと俺達は通されたのだ。
少し話を聞いてみたところ戦争が始まってから間もなくバンブルクはガルハラ帝国が占領した。その際皇太子、つまりフリードから門の守備隊に一つの命令が下された。『アキラ=クコサトを名乗る者が回廊側からやってきた場合ただちに通すように』という命令が徹底されたらしい。その命令を守った兵達によって俺達は行きの苦労は何だったのかと思うほどあっさりと中央大陸へと上陸することが出来たのだ。
無事中央大陸へと上陸出来た俺達は戦争の最前線、バルチア王国の領土奥深くを目指すことになった。なにしろガルハラ帝国は快進撃を続けてバルチア王国の王都目前まで迫っているらしいのだ。今回は皇帝自らも親征しているのでガルハラ帝国首脳部と交渉しようにもガルハラ帝国の帝都に向かっても交渉が進まないのが目に見えている。そもそも怪しい俺達がいきなり皇帝の前に行こうと思っても帝国の連中が素直に通さないだろう。まずはフリードと接触する必要があるがフリードもまた戦争の最前線に立っている。フリードの細かい位置は聞かなくてもわかる。フリードには中央大陸を出発する前に俺が渡した俺の魔力を染みこませた水晶を持たせている。これのお陰で今その水晶がどこにあるか俺にはわかるのだ。
フリードを目指してバンブルクを出発した俺達は街の外で妙な跡を発見した。バンブルクの街を囲うようにぐるっと周りの土を削って木を並べている。すでにかなり乾いているが木には何かの油を塗っていたようだ。
狐神「最初に来た時はこんなのなかったね。これは何だろうね?」
アキラ「………まさか。………艦隊の山越え?」
ミコ「え?………あぁ~。そっか。うん。そうだね。アキラ君の考えてる通りだと思うよ。」
フラン「なんですか?ミコさんとアキラさんの二人だけで…。艦隊の山越えってどういうことですか?」
この溝の跡はバンブルクを避けるように北回廊の西側から東側までをつないでいる。俺やミコが思った通りだろう。
アキラ「その昔戦争中の二国のうち防衛側が街に接する湾を閉鎖したんだ。攻撃側はその閉鎖を越えて湾内に艦隊を入れるために湾の外の陸から湾内に向けて山を越えて陸上を引っ張って運んだのさ。それは奇策として後の世にも艦隊の山越えとして語り継がれたんだ。」
フラン「なるほど…。それはアキラさん達の前の世界での話ですか?」
狐神「だろうね。こっちの世界じゃ船なんて滅多に使われないしそんな話も聞いたことがないからね。」
そうだ。ファルクリアでは海は非常に危険で船は割に合わない。回廊を通るだけでも魔獣に襲われるのだから船なんてどれほど襲われることになるか。だがフリードはブレーフェンの港を拡張していた。あれだけ巨大な港が必要になるということは船も相当の大きさと数のはずだ。そのブレーフェンの船をバルチア王国側で使うためにここで陸上を移動させて回廊を越えて運んだのか。不謹慎ながらも俺は少しワクワクしていた。もしかしたら俺は歴史的な出来事の生き証人になっているのではないだろうか。そう思うと少しだけ心が躍るのだ。
俺達はそれほど慌てずフリードのいる場所を目指していた。基本的にはバルチア王国の沿岸沿いに街道を進んでいる。なにしろこちらは大ヴァーラント魔帝国の派遣軍もいるために千人を超える大所帯なのだ。俺達だけならば道なき道もあっという間に駆け抜けられるが派遣軍がいてはそうはいかない。それにこれほど奥地まで攻め込んでいる以上は楽勝なのだろうと甘く見ていた部分もあった。だがフリードに持たせた水晶が砕けたことが伝わってきた。あれは水晶に俺の魔力を染み込ませてそれを持っている人間がその魔力を取り出して使えるようにしたものだ。そしてもう一つ別に俺が妖術をかけてあった。
『大蝦蟇形代返るの術』
これは特定の相手が本来受けるはずだった不幸を形代に移し替えて持ち主を守るというものだ。日本人にわかり易く言えばお守りだろう。だがただのお守りではなく持ち主のダメージ等を代わりに引き受けてくれる目に見える効果のあるものだ。日本でも蛙は帰る、梟は不苦労、蝙蝠は福に通じる、等と言われ縁起物とされている。その水晶が砕けたのだ。命に関わるレベルのダメージを受けたということだろう。もちろん俺の術が発動したのでその一撃では死なずに耐えたはずだ。だが戦争ならばその後も攻撃を受けているかもしれない。大蝦蟇形代返るの術が砕けるほどのダメージを受けたということはフリードの身が危ないということだ。
アキラ「―――ッ!フリードが大きな傷を負いました。俺は一足先に行きます。」
狐神「ちょっとアキラ…。無責任に全部放っていくのかい?私はそれでも構わないと思うけどアキラは本当にそれでいいのかい?魔人族がアキラの先導なくこの先問題を起こさず進めるのかい?あのケダモノのことはケダモノに任せて信じたんじゃなかったのかい?最後まで信じてやらないのかい?」
アキラ「………それは。………わかりました。派遣軍をこの先の人間の軍がいっぱいいると思われる場所まで先導していきます。」
俺は今すぐ飛び出してしまいそうだったのを師匠に止められた。そうだ。まだフリードが死んだとは限らない。むしろ俺の大蝦蟇形代返るの術が発動したのだからまだ生きている確率の方が高いだろう。ここで皆を置いていってフリードも間に合わず皆にも何かあれば俺は俺が許せないだろう。だからまずはここにいる皆を優先する。とはいえのんびりはしていられない。俺達は移動速度を大きく上げて急いで術が砕けた場所へと向かった。
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街道を進んでいくとぼこぼこと穴だらけになっている岬があった。その先には大勢の人間の気配がある。フリードに持たせていた水晶が砕けたのもこの少し先だ。何よりフリードの気配がある。弱ってはいるようだが生きている。………よかった。反応が弱いのでかなり近づくまで俺でも判別が難しい状態だった。あるいは危篤状態だったのかもしれない。いきなり魔人族の軍勢が現れたら大混乱になるかもしれない。派遣軍はこの岬の手前くらいで待機させて主要な者だけで向かったほうがいいだろう。
アキラ「…というわけで魔人族で直接人間族のところへ行く者は選別したい。誰が行く?」
マンモン「………俺が行く。」
ジェイド「おっとマンモン将軍。俺も行きますよ。」
アキラ「お前達二人がいなくなったら誰が派遣軍の指揮を執るんだ?」
ジェイド「それは心配ない。きちんと命令通りやれるさ。」
マンモンとジェイドがそういうならそれでいいか。さすがにそこまでは責任を持てない。もし俺達がいない間に派遣軍が暴走したりして勝手に暴れれば俺が始末すればいい。俺の嫁達とマンモンとジェイドが向かうことに決まったので俺はさっさとフリードのいる場所まで移動したのだった。
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フリードが生きていたのはわかっていた。だがその左腕は上腕の中ほどからなくなっていた。胸にも大きな傷跡がある。かなりの深さまで剣で斬られたのが見てわかる。大蝦蟇形代返るの術の欠点は一定のダメージを肩代わりしてくれるのではなく対象者のダメージを肩代わりしてくれることだ。言葉がわかりにくいと思うので少し補足しておこう。つまり俺のHPを百万としよう。フリードのHPは十だ。俺が即死するダメージは百万以上ということになる。だから俺が大蝦蟇形代返るの術の対象ならば百万以上のダメージに対して形代が代わりにダメージを負うことになり俺は助かる。同じくフリードの場合は十のダメージならということだ。つまり俺ならば大した傷にもならず大蝦蟇形代返るの術は発動しないようなダメージでも対象であるフリードの即死以上のダメージならば発動して肩代わりしてしまう。一度に一つしか持てず本人の即死以上のダメージで砕けてしまうため人間族に持たせれば大したダメージでなくても肩代わりして砕けてしまう。またこの術が発動するべきかどうかの判定は二種類ある。本人がこれは死ぬダメージだとはっきり認識して発動させる場合と術自体がこれ以上は対象が耐えられないと認識して自動で発動する場合だ。そして今回の場合は後者、自動発動によって砕けた。フリードはこれが即死のダメージだと認識して術を発動させることができなかったのだろう。そして自動発動では限界まで発動してくれない。つまり腕が斬られた時点では即死ダメージではないので自動発動は認識してくれなかった。胸まで斬られてようやく即死判定で発動してくれたのだ。
フリードの包帯をはずしながら俺はそっとフリードの胸の傷をなぞる。フリードは何か痛痒いような顔をしている。少しむかついたのでぐりぐりと指を突っ込んでやった。
フリード「いででででっ!ちょっとアキラ何してんの?!」
うるさい。俺に心配かけやがって………。………え?………俺はフリードのことを心配してたのか?………そうか。心配してたんだな………。
アキラ「まだ傷は完治してないな。………これを飲んでみろ。」
それを認めたくない俺はフリードに神水を飲ませて誤魔化してみる。やはり傷は治っても腕は生えてこない。治癒の術でも同じだ。知ってはいたがこの世界では例えば四肢切断や目や鼻、耳等を失った場合回復する方法がない。切断の場合は切断された部分があって傷を負ってから時間が経っていなければ運が良ければくっつくこともあるそうだがフリードのように斬られた腕がすでになければもうどうしようもない。腕は失ったが傷は完治したフリードがこの戦争の決着は自分達でつけるというので俺達は見届けるだけにすることにした。聖教皇国には人神以外にも人間の神が多数いる。人間族の神はそれほど強くないとはいえただの人間が人間の神になった者達相手にどうするつもりなのだろうか。
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俺は今ご機嫌だった。今俺達はガレオン船に乗っている。派遣軍は地上部隊と一緒に沿岸を歩いている。第二軍団とやらは陸路で聖教皇国へと向かったようだ。この船は海の魔獣の嫌う音波を出す装置を積んでいるそうでほとんど魔獣に襲われることがない。またあの岬がぼこぼこになっていたのは舷側にある大砲のせいだったようだ。まさかガレオン船に大砲まであるとは!俺は最高に興奮していた。もちろん現代日本でガレオン船より大きな船を見たり乗ったりしたこともある。だがやはり帆船はロマンだろう。そして舷側の大砲の比ではないほど巨大な砲が艦首からメインマスト近くまで伸びている。実用性については知らないがまさにロマン兵器だ。ドリルと巨砲は男の子心をくすぐる。
浮かれた俺は甲板から海を眺めていた。外套は相変わらず羽織っているが髪は外套から出して風に靡いている。その俺の横にフリードがやってきた。俺の肩に手を乗せて抱いてくる。
アキラ「………おい。」
俺がフリードを睨みつけようと思ったらフリードの失われた左腕が目に入った。
フリード「すまんな。結構揺れるから辛いんだ。」
アキラ「………。」
フリードは『はははっ。』と笑って頬を掻こうと左腕を上げて手がないことに気付き右手で頭を掻いた。
フリード「まだ慣れないな。」
くそっ!………なんとも言えないモヤモヤした気持ちになった俺はフリードの右腕に自分の左腕を巻きつけて横に並んだ。
フリード「え?アキラ?」
アキラ「………フリードが海に落ちたら面倒だからな。」
俺の顔を覗き込もうとするフリードの視線を避けて顔を逸らして伏せる。俺達は暫くの間二人で並んで海を眺めていた。
目的地についたらしい艦隊は陸方面に艦首を向けている。なんでもここが聖教皇国に一番近い海岸線らしい。そして艦首を向けているということは艦首についている巨砲を使うつもりなのだろう。五十隻の一斉射撃は凄まじいものだった。現代兵器に比べれば弾込めに時間がかかるがそれでもそれほど大した時間もかからずに第五射まで撃ち終え聖教皇国が降伏したという報せが入った。たったこれだけの時間で降伏したことを素直に信じられない俺はメインマストに登って聖教皇国を見てみた。それは圧倒的だった。俺の目に見える建物は全て崩れあちこちから火が出ていた。メインマストに登ってきたフリードもそれを見て納得したようだった。
艦隊と陸上の防衛戦力を残して俺達は聖教皇国へと向かった。そこはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。人も神も関係ない。何もかもが瓦礫の下敷きになっていた。一部生き残った者もいるようだがそれが人間であれ神であれもうガルハラ帝国に逆らう気力のある者など一人もいなかった。聖教皇国はガルハラ帝国に無条件降伏した。もうここには強い力を持つ者はいない。人神は死んでいないだろうが聖教への影響力もどれほど残っているかわからない。何より無条件降伏した以上はこれからはガルハラ帝国が人神と聖教の関係も何とかするだろう。マンモンとジェイドも見届けた上で何も言わないのだから今はこれでいいのだろう。
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バルチア王国王都パルの近くで第一軍団とやらと合流した。本軍とやらもいたようだ。皇帝と顔を合わせるチャンスだがこんな場所で無理に会う必要もない。俺達は皇帝には会わずにパルへと入城していった。そのパルの城の前には葉香菜がいた。本当ならここはミコに見せないようにした方が良いのかもしれない。葉香菜は門の近くで大勢の男達に囲まれて暴行を受けていた。そしてミコに気付いた葉香菜は周りを囲んでいた男達を魔法で焼き殺しミコに迫っていった。ミコはあまりのことに動揺している。助けるべきか?いや………。ここで助けに入ってもミコの心には大きな影が残るだろう。世の中には本人が乗り越えなければならないことがある。手助けは出来る。だが本当に問題と向き合って乗り越えるのは本人にしか出来ない。俺は葉香菜とミコの関係も思い出も何も知らない。だから俺がここで割って入るのは違うのだ。これを乗り越えるのはミコ自身でなければならない。
ミコは狂気に身を委ねた葉香菜を斬った。葉香菜はそう思っていなかったようだがミコは親友だと思っていたはずだ。心優しいミコにはその親友をいくら狂気に染まっていたとはいえ斬り伏せるのはつらかっただろう。それでも葉香菜の逆恨みを許してはいけない。認めてはいけない。葉香菜も瀬甲斐もミコに甘えすぎていた。だがミコはミコなのだ。一人の人間であり別の人間なのだ。葉香菜や瀬甲斐の全てまで背負ってやる必要はない。それが理解出来ずにミコに甘えていたにも関わらずそれすら逆恨みする葉香菜を認めることは出来ない。ミコはミコの人生のために道を選び進んでいる。それを咎める資格など誰にもない。ミコが葉香菜や瀬甲斐を見捨てて離れたなどと逆恨みするのはお門違いだ。葉香菜や瀬甲斐のためにミコが我慢したならばその責任を葉香菜や瀬甲斐が取るというのだろうか?それどころか恨んですらいる者が?ありえない。ミコにだけ自分達の責任を押し付けて自分達はミコの責任を負わないなどと言う虫の良い話は通らない。自分の責任は自分が負うのが人間なのだ。
俺はそっと泣き続けるミコを抱き締めた。本当はミコに斬らせずに俺が斬ればよかったのかもしれない。親友を斬ったという傷はミコの心にずっと残るかもしれない。何が正解だったのか俺にはわからない。ただ葉香菜の問題はミコが解決しなければならない問題だったのだと俺は思っている。だから俺はただミコを支え続けた。自分自身で乗り越えるしかない。だけどその手伝いならば出来るから…。
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バルチアの国王もほとんどガルハラ帝国の条件を丸呑みしてほぼ無条件降伏となった。その後責任を全て引き受けパルの広場にて市民達によって処刑された。バルチア王国での葉香菜のこともある程度わかった。葉香菜の振る舞いはミコにとってはかなりショックなことが多かったようだ。ただ唯一の救いは政略結婚としか考えられないフィリップ王太子との結婚生活だがそれでもフィリップ王太子は葉香菜のことを愛していたのだとミコが思えたことだろうか。夫婦公認でお互いに浮気しまくっていたようだがそれでもフィリップ王太子は最後に葉香菜の持ち物を持ったまま自害して果てていた。少なくとも嫌いな相手の物を死の間際に抱えたまま死にたいとは思わないだろう。どの程度愛していたのかはもう知る術はないが少なくとも死ぬ瞬間に一緒に居たいと思うほどには情があったと思って間違いないだろう。
そして瀬甲斐。瀬甲斐は聖教皇国が砲撃されるよりずっと前からすでにいなくなっていたらしい。元々部屋に引きこもっていて葉香菜以外は誰も近寄らなかったそうだ。だから葉香菜が出て行ったあとにいついなくなったのか正確なことを知る人物は聖教皇国にはいなかった。どこへ行ったのか。まだ生きているのか。何も情報はなかった。
聖教皇国もバルチア王国も降伏したことでこの戦争は終わった。とはいえ戦争は後始末が大変なのだ。遅れてパルへと入城を果たした第三軍団は今回まだガルハラ帝国軍が侵攻していないパルの南東地域まで侵出して抑えることになったらしい。残ったバルチア軍の武装解除や反乱の芽を摘むためにも必要な措置だろう。何より最終決戦に間に合わずそれほど苦労していないお前達は戦後の始末に奔走しろということだろう。後方地域の平定に向かう第三軍団とパル等の主要地域に駐留する本軍からの選抜部隊、それらに加えてガルハラ帝国本国から送られてきた治安維持部隊を残して他の部隊はガルハラ帝国へと帰ることになった。
フリードが帝国へ凱旋するのに合わせて俺達もガルハラ帝国へと向かうことにした。まずは北へと向かい艦隊とそこに残してきた大ヴァーラント魔帝国派遣軍と合流する。船に乗ってバンブルクへと向かったが行きと違い帰りは俺もはしゃぐ気分ではなかった。ミコがまだ落ち込んでいるからだ。船尾楼に与えられたミコの部屋を訪れる。ミコは椅子の上に体育座りしながら窓の外を眺めていた。その表情は落ち込んで元気がない。
アキラ「おいミコ。そんなところに体育座りしているからパンツが見えているぞ。」
俺は少し体をかがめてミコのスカートの中を覗き込む。
ミコ「え?パン…?ってアキラ君何を言っているの?急にどうしたの?」
ミコが慌てて脚を降ろしてスカートを抑えながらこっちを向いた。
アキラ「そんな短いスカートで体育座りをしていたらパンツが見えるのは当たり前だ。」
ミコ「それはそうかもしれないけれど…。急にアキラ君がそんなことを言うなんて…。」
アキラ「俺が言ったらおかしいか?俺だって好きな女の子の体に興味があるし愛する女性と触れ合いたいとも思うぞ。」
ミコ「あい……って……。アキラ君…。アキラ君は私のこと愛してるの?」
アキラ「ああ。俺はミコのことを愛している。」
二人はただじっと見つめあう。ここは照れて視線を外してはいけない時だ。
ミコ「そっか…。うん…。私もアキラ君のこと愛しているわ。そっか…。そうだったね。うん。ありがとう。」
何がありがとうなのかはわからない。だがミコは何か吹っ切れたのかもしれない。まだ完全に元のミコではないけど少なくともくよくよしていた時とは違う。
ミコ「ヒロミちゃんやヒデオ君がおかしくなったのは私が二人の前から黙っていなくなったからかもしれないってずっと考えてた。だけどそれはそれを受け止める二人の問題なんだね。私は私の想いのために二人から離れた。二人も自分の幸せの、想いのために行動すればよかったんだね。それをせずに私のせいだって私に責任を押し付けようとしても聞く必要はないっていつもアキラ君が言ってることと同じことだったんだ。」
アキラ「そうだな。その通りだ。」
例えば三百人しか合格できない大学の学部があったとしよう。三百一位で落ちた者が上位三百人のうちの誰か一人が落ちれば俺が受かったのにと言って合格した者を恨んだとしても知ったことじゃない。上位の三百人は自分の目的のために行動したにすぎない。ミコだって同じことだ。ミコは昔からの想いを果たすために危険を顧みず自ら行動した。黙っていなくなったのはあまり褒められたことではないがそうさせたのは俺だ。もし別れの挨拶に向かっていたらあの時の俺はミコを放って行っただろう。そもそも子供でもなければここは地球でもない。己の身は己で守るしかない。挨拶がどうだこうだなんてのは平和で裕福だから言えることだ。人生や生死が掛かっている時にそんなこと言ってられない。ミコが好きだったのならミコを探せばよかった。だが瀬甲斐は泣くばかりでミコを探そうとすらしていない。ただただいなくなったミコに恨みをぶつけていただけだ。葉香菜はミコがいなくなったことで己の欲望に忠実になった。その結果自らの身を滅ぼしたのは因果応報だ。そこにミコの責任などない。それをミコがいなくなったせいだと言うのはミコに甘えているだけだ。
まぁ難しい話はもういいだろう。ミコも多少は吹っ切れたようだ。だから俺は椅子に座るミコをお姫様抱っこで抱え上げた。そのままベットに寝かせる。
ミコ「え?え?ア…アキラ君?」
俺はそっとミコの唇に自分の指を当ててそれ以上話さないようにさせる。そして俺もベットに横になりミコの頭を俺の胸に抱き締める。
アキラ「あの日からあまり寝てないんだろう?ひどい顔してるぞ。俺がついてるから少し休め。」
俺はミコの頭を撫でながらそっと囁いた。
ミコ「……うん。………アキラ…君、……あり…がと…。すー…すー…。」
よほど疲れていたのか張り詰めた糸が切れた途端にミコは眠りに落ちた。あの日以来ミコは悪夢を見ては目を覚ましていた。ミコが話してくれない以上どんな悪夢かまでは俺にはわからないが葉香菜や瀬甲斐に関わるような悪夢だったのだろうということは想像に難くない。いくら普通の人間に比べて優れているとは言えあくまで人間であるミコは何日も碌に寝ずに平気でいられる体じゃない。
ミコ「……ごめんね。……宏美ちゃん。」
俺の胸がミコの涙で少し濡れている。やはりまだ完全に吹っ切れたわけじゃないのだろう。眠りながらも葉香菜に謝っている。俺はただミコの頭を優しく撫で続けた。
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バンブルクへと戻ってみるとやはり予想通りのことが起こった。土を削り油を塗った丸太の上をガレオン船を引っ張って回廊の東側から西側へと移動させているのだ。艦隊の山越えならぬ艦隊の回廊越えと言ったところだろうか。だがその扱い方が俺は許せない。
アキラ「馬鹿野郎!そんな雑に扱ったらガレオン船の船体が傷むだろう!」
フリード「なんでアキラがそんなに怒るんだ?」
アキラ「ガレオン船はロマンなんだよ!巨砲はロマンなんだよ!雑に扱って損傷させるんじゃない!」
俺はロープを引っ張る兵士達をどけさせて一人で引っ張った。周囲がざわついているが知ったことじゃない。とにかくガレオン船がなるべく傷まないように運んだ。俺が運んでいるのをみて大ヴァーラント魔帝国派遣軍も他の船を運びだした。人間族がやるよりは力に余裕があるのでまだ丁寧にやっているほうだろう。陸上移動は奇策としては面白いが船体が傷んでしまう。何度も出来ることじゃないな。
フリード「アキラ………。それはいくらなんでもないだろう………。獣人族でも一人でこれを運べるわけないぞ………。」
俺が一人でガレオン船を運び終わるとフリードが呆れた顔で話しかけてきた。
アキラ「うるせぇ。文句があるならバンブルクを囲うように運河でも作ってそこを船のまま渡れるようにでもしろ。」
フリード「運河?運河ってなんだ?」
そうか。ファルクリアは船がほとんど発達していないから船に関するものも全て発達していないんだろう。
アキラ「船を通すために人工的に整備した水路のことだ。」
フリード「ほう………。なるほど。いいなそれ。………よし。次はバンブルクに水路…じゃない運河だな。」
フリードはブレーフェンの港拡張の次にバンブルクの運河を整備するつもりになったようだ。だが言いだした俺が言うのも何だがそう簡単な話じゃない。海の魔獣が入り込んでくれば運河の周囲まで危険になる。これまで安全だったところに海の魔獣まで引き込むことになっては意味がない。これから船がますます大型化することも考慮に入れればかなりの大きさの運河を作る必要がある。そこを船は通れて海の魔獣は入ってこれない仕組みを考えなければ実用化は難しいだろう。が、それは俺が考えることじゃない。フリードやその周囲の技術屋が何か考えるだろう。
俺や魔人族達が船を運んでいるのをみてガルハラ兵達は随分驚いていた。俺達が手伝ったことに驚いたというよりは自分達との力の差を驚いていた感じだ。人間族なら数千人数万人でやっと五十隻移動させていたのを俺達は千人ほどですぐに終わらせてしまったのだ。マンモンとジェイドを抜いても派遣軍千人だけで本当にガルハラ帝国と戦争できてしまうほどの戦力と言えるだろう。いくら相克があったとはいえなぜ人間族が今まで魔人族に負けていなかったのが信じられないくらいの差だ。
ともかく無事に回廊を越えた艦隊はさらに進んだ。暫く進んだところで俺達は船を降りる。ブレーフェンまではまだまだあるが俺達の目的地はブレーフェンじゃない。ガルハラ帝国帝都デルリンに一番近い港で降りた俺達は陸路を進みとうとうデルリンへと到着した。




