第五話「神力とは」
朝食を終えて修行の準備に取り掛かる。まずは着替えだ。元々着ていたドレスは洗うと言われて取り上げられてしまった。今着ている浴衣ではさすがに修行はできない。師匠と一緒に着替えさせられた。お揃いの巫女服のような服だ。着方がわからないので着付けしてもらった。恥ずかしい。
狐神「それじゃあ行こうか。」
師匠に案内されて庵を出て少し山を下りる。平らな面が広がる開けた場所に出た瞬間また俺の頭に閃光が奔る。修行の様子が思い出される。一部の修行方法や力の使い方はおぼろげに思い出してきたが、まだまだ不完全で要領を得ない。やはり直接体験しなければならないだろう。
狐神「さて、この辺でいいね。まずは神力や妖力はわかるかい?」
アキラ「よくわかりません。この青白いものですか?」
そう言って俺は右手を上げる。その右手にぼんやりと青白いオーラのようなものが噴き出し纏わり着く。
狐神「それが妖力だね。理屈や言葉はわからなくとも力自体はある程度使えてるみたいだね。でもそれじゃまだまだ全然だめだよ。」
まずは力について説明を受けた。
神力とは、全ての生命に宿っている根本的なエネルギーのようなものだ。これがない状態とはすなわち死である。だが神力の状態で力を使えるのは神だけであり普通の者は神力だけあっても何の役にも立たない。神が使える神力については。
狐神「神力のことは神以外には教えられない決まりになってるんだ。アキラが神になったら教えてあげるよ。」
と言われた。元の意識は1400年近くも神になれる権利を持っていたのに成らなかったのだ。少なくとも記憶が戻ってなぜ神に成らなかったのかわからなければ俺が勝手に神に成るわけにはいかない。
そして青白いオーラの妖力。これも実は神力と言えば神力なのだ。神力を石油だとすれば石油だけあっても発電はできない。石油を燃やして水を熱して水蒸気を起こし圧力でタービンを回さなければ発電はできないのである。そうして発電した電気で色々な物を働かせることができるのだ。妖力とは妖怪族が神力を使える形に変えた物である。そしてそれは各族ごとに扱う力が違う。
妖怪族は妖力に、獣人族は獣力に、魔人族は魔力に、精霊族は精霊力に、ドラゴン族は龍力にそれぞれ神力を変換して使っている。特殊能力はそれぞれの力で働いている。だから神力をその力に変換できない他族は他族の特殊能力を使うことはできない。
だが人間だけは魔人族の能力である魔法を使うことができている。本来なら人間にも○○力という神力を変換した独自の変換能力とその力を使った特殊能力があったはずである。どういう方法でそんなことができるのかは教えてもらえなかったが他族の特殊能力を盗めるような特殊能力があるのではないかと言われた。
ともかく俺は妖怪族であり師匠も元妖怪族であり神力を妖力に変換して使うのが基本となる。神になっても元の能力は失われることなく変わらない。
狐神「まずは妖術を覚えるより妖力を完全に扱えるようになりな。同じ術でも妖力の制御次第で威力も精度も格段に違うからね。」
アキラ「わかりました。妖力のコントロールはどうすれば身に付くんですか?」
狐神「可能な限り純粋な妖力の塊を完全な球形にして維持するんだよ。球の中の妖力は留まらず常に綺麗に淀みなく球内を流れさせるようにね。見本を見せるからよく見てなよ。」
そう言って師匠は右手を前に出す。その掌に野球のボールくらいの大きさの青白い綺麗な球が出現する。一目見て感じる。俺が使っていた妖力とはまるで違う完全な妖力の塊。俺の妖力に不純物が混ざっていたのがわかる。そしてその球の中を妖力がスムーズに流れている。
狐神「さぁ、やってご覧よ。」
アキラ「よし…。」
俺は集中する。さっき見た師匠の妖力。純粋で完全な妖力の塊。それを完全な球形に…淀みなくスムーズに流れさせる。明確なイメージを思い浮かべながら俺の中にある力に集中する。
アキラ「フッ!」
突き出した右手の上に完全な妖力の塊の球が出現する。その内側を妖力が流れている。しかし…これは…。
狐神「アキラ…。純度も形も申し分ないよ…。でもね…大きすぎるし流れも制御してないんじゃないかい?」
半径5mはありそうな巨大な塊が頭上に浮かんでいる。そして師匠の球のように穏やかな大河の緩やかな流れのようなものとは程遠い。内側を流れる妖力は淀んではいないがまるで嵐のように吹きすさんでいる。巻き込まれたらどんな物でも一瞬のうちに粉々に砕かれてしまいそうな勢いだ。
狐神「あんたは力が強すぎるからねぇ…。破壊神にでもなるつもりかい?もっと精密な制御をしてご覧よ。」
集中して力を込めすぎたようだ。もっと小さく、緩やかな流れで妖力をまとめる。
狐神「あらら…。第二段階まで先にやっちゃったみたいだねぇ。」
師匠と同じ野球ボールほどの大きさまで縮める。内に流れる妖力も穏やかにスムーズに流れている。
アキラ「第二段階って何ですか?」
狐神「今アキラがやったことさ。力の圧縮だよ。同じだけの力を込めた塊をより小さく圧縮するんだよ。」
そう言われればそうとわかる。巨大な球の力は霧散したわけではない。この野球ボールサイズに同じだけの力が圧縮されている。つまり第一段階が純度、第二段階が密度ということだろう。
狐神「まったく。それほどの物は私でも練るのに時間が掛かるってのに…。何とも教え甲斐のない弟子だねぇ。」
そう言ってプイッと横を向いて拗ねたような顔をする。まだ出会って一日しか経っていないが普段は余裕のあるお姉さんのような態度のこの人がこういう仕草をするとかわいらしい。
アキラ「すみません…。それでこの次はどうすればいいですか?」
狐神「もう一つまったく同じ物を出してご覧。力の大きさも同じで流れはまったくの逆向きにするんだよ。」
俺は左手にも同じ物を出す。言われた通り逆の流れの同じ大きさの球だ。
狐神「二つがまったく同質の逆向きの力なら相殺できるはずさ。その二つをお互いに相殺してご覧よ。」
スッと左右二つの球を合わせてみる。一切の衝撃もなく風一つ起こさず二つはまるで最初からなかったかのように消えた。
狐神「…あんた本当に修行の必要あるのかい?例え二つがまったく同質でも相殺する際に余波で衝撃が生まれるのが普通だよ。相当高位で熟練の神ならまだしも低位の神くらいじゃとてもそこまで綺麗に消せないよ。」
アキラ「記憶がなくてできなくなってるのは事実なんですよ。師匠に教えてもらっているお陰で体が覚えていた事ができるようになってるんです。」
狐神「そうかい。それじゃあさっきとまったく同じ力を込めてまた作って相殺するのを繰り返すんだね。前回と同じ力、同じ圧縮でね。」
つまり第三段階は力のコントロールなのだろう。それから暫くの間俺は球を出しては相殺する練習を続けた。
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狐神「もういいね。呆れるくらい毎回まったく同質だよ。」
声を掛けられて俺は相殺する作業を中断する。
狐神「それだけ妖力を制御できればどんな妖術でも使えるだろうさ。威力も精度も桁違いにね。」
アキラ「そうなんですか。それでは次は何をすれば良いんですか?」
狐神「本来なら後は妖術さえ知ればいいんだけどね。アキラにはその前にやらせたいことがあるんだよ。」
師匠はそこで一旦言葉を切り俺を見つめる。
アキラ「何ですか?」
狐神「……あんたは前に弟子入りしてた時から魔力が扱えた。」
それはおかしい。力の説明で聞いたのは妖力は妖怪族だから使える力だ。同じく魔力も魔人族だから使える力のはずだ。
アキラ「…もしかして、俺が混ざっているのは魔人族ですか?」
俺は純粋な妖狐じゃない。ならば魔人族が混ざっているから両方使えるのだろうか。
狐神「さぁ…。それはどうだろうね。混血児ってのは普通ならより強い方の親の力しか継がない。極稀に両方の力を継ぐ場合があるけど下手をすればどちらの力もない無力な子供が生まれる場合もあるんだよ。だからほとんどの種でも族でも混血は禁忌とされているのさ。」
ただし妖狐種は例外だ。妖狐種は女しか生まれない。故に他の種族と交わる。だが生まれる子供は必ず女の妖狐になるはずなのだ。だからこそ妖狐の混血児など今まで聞いたこともないと言われた。
狐神「それに人間族だって魔力と魔法を使える。魔人族との混血とは限らないね。あんた猫目猫耳だしさ。」
アキラ「そうですか…。」
やはり俺は猫目猫耳だったようだ。
狐神「ともかく次は魔力で同じことをしてご覧よ。」
アキラ「そうは言われても魔力がどういう物かわからないので雲を掴むような話です。」
狐神「魔力は赤い力だよ。それで何か感じないかい?」
そう言われて自分の中にある力に集中してみる。赤い力…。もしかしてこれか…?
狐神「わかったようだね。」
アキラ「どうしてわかるんですか?」
狐神「自分の髪を見てご覧よ。」
自分の髪を見てみる。膝まである長い髪が赤いオーラを纏って浮かび上がっている。
アキラ「もしかして妖力を使っている時は青白くなってたんですか?」
狐神「そうだよ。確かめてみればいいさ。」
魔力を発動させると赤いオーラに包まれ、妖力を発動させると青白いオーラに包まれていた。
狐神「魔力でも同じように相殺をして、できるようになったら最期は妖力と魔力で相殺してご覧。今日はそこまでにしようかね。」
それから魔力同士の相殺まではスムーズに進んだ。しかし魔力と妖力の相殺は最初は苦労した。別の力同士を同時に発動させるのに手間取り、さらに同じだけの質、量にするのは難しかった。元々別のベクトルの力がお互いにどれくらいで等しくなるのか慣れるのに苦労したのだ。同量同質ではない力同士を相殺すると残った力が周囲に衝撃を撒き散らした。体は自身のオーラで守られているため傷付くことはなかったが周囲の地形や衣服をぼろぼろにしてしまった。それでも日暮れ頃には完全に相殺できるようになった。
狐神「魔力と妖力を左右入れ替えても完全に相殺できるようになったね。日も暮れてきたし今日はここまでにしようかね。」
アキラ「師匠の見立て通り今日一日でここまででしたね。さすが師匠です。」
狐神「なんだい。おだてても何も出ないよ。」
そう言って怒ったような顔をして俺に背を向けてさっさと庵の方に歩き出してしまう。だが怒っているわけではない。チラッと見えた顔は夕焼けのせいではない理由で赤く染まっていた。照れているのだ。本当にこういうところはかわいい。
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庵に帰り着きぼろぼろになった巫女服を着替えていると師匠から衝撃の発言があった。
狐神「アキラ。なんで体は妖力で守ってたのに服は守らなかったんだい?」
アキラ「え?」
狐神「…え?」
俺は無意識に自分の体に妖力を纏って相殺に失敗した時の衝撃から身を守っていた。だが纏う範囲を服にまで意識すれば服も守れたというのだ。考えてみればそれはそうだ。元々着ていたドレスも汚れてはいても穴一つ開いていなかった。この体の能力から言えば戦闘でもすればあっという間にぼろぼろになっていたはずだ。それがないということは服も守っていたのだろう。
アキラ「すみません師匠。気づかず服をぼろぼろにしてしまいました。」
狐神「服なんてどうでもいいさ。なんでも簡単に出来ちまう優秀すぎる弟子が失敗してくれるほうが師匠としても甲斐があるってもんさね。」
そう言ってカラカラと笑っていた。
狐神「それより今日もた~っぷりと洗ってやろうかね。」
露天風呂へと強制連行され言葉通りたっぷりと洗われてしまった。
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アキラ「困ったことになりましたね…。」
狐神「別にそれほどでもないだろう?酒はあるんだから。」
風呂から上がって夕飯の準備をしようと台所に行ってわかったことがある。師匠は酒さえあればいいようだが夕飯の材料がない。朝食で使った残りの食材はじゃがいもっぽい物と魚の干物しかない。
アキラ「師匠はいつも材料とかご飯はどうしてるんですか?」
狐神「麓の村のお供えをもらってるのさ。人間族のほとんどは聖教徒で他種族を迫害してるけどこの神山のあるウル連合王国は元々自然を信仰してて他種族や自然との調和を大事にしてるんだよ。」
アキラ「そうですか…。でももう日も暮れてますし今から行くのはやめておいたほうがよさそうですね。」
狐神「そうだねぇ。今日はやめておいたほうがいいだろうね。私は酒さえ飲めれば文句はないよ。」
アキラ「師匠はそうかもしれませんが俺はご飯も楽しみたいんです。」
狐神「それなら出しゃいいんじゃないかい?」
アキラ「出す?」
狐神「あんたポイポイとどっかへ物を入れたり出したりできるじゃないか。」
アキラ「え?何ですかそれ?空間魔法?」
狐神「空間魔法ってのは知らないけどパッと物を消したり出したりしてたよ。」
ものは試しで空間を開けるイメージをして力を集中してみる。ぼんやりと右手にブラックホールのような空間の揺らぎのような物を感じる。
アキラ(これって大丈夫なんだろうか。とりあえず手を突っ込んでみるか…。)
多少不安になりながらも手を入れてみる。手に何かが当たり掴んで引っ張り出してみる。
ドンッ!と台所の土間に出てきた物は…。
狐神「箪笥だね。」
アキラ「…箪笥ですね。」
念のために中身を調べてみるが何も入っていなかった。何故に箪笥…。
狐神「なんで空っぽの箪笥なんて出したんだい?」
俺が聞きたいです…。
アキラ「狙ったわけじゃありません…。」
箪笥をまた取り込んで空間に収納する。気を取り直して今度ははっきりとイメージを持って手を突っ込む。
アキラ(食い物出てこい!)
ドサドサッ!と出てきた物は…。
狐神「こりゃまた…。あんたいつもこんな物食べてたのかい…。」
それはまだ新鮮な…血の滴る…魔獣とおぼしき物の脚だ。犬や狼のような脚、前脚一本と後ろ脚二本が出てきた。所々毛を毟って噛り付いた痕がある。この体の空間魔法?に収納されていたことと歯型の大きさからして噛り付いたのはまず間違いなく元の意識だろう…。この体はこんな物を生で食っていたのか…。
アキラ(もっと明確なイメージを持って…。)
脚を収納して再度挑戦する。今度こそ食べ物を出せるようにピンポイントで物を指定する。
アキラ(お米出てこい。)
ザラザラザラッ!とお米が噴き出した。
アキラ「うおっ!師匠袋を。」
狐神「はいよ。」
師匠がすぐさま渡してくれた麻袋のような物にお米を詰めていく。が、どんどん出てくるお米は袋に納まらず溢れる。すぐさま空間を閉じる。
狐神「珍しい物を出したね。こんな物は見たことないよ。これを食べるのかい?」
アキラ「お米って珍しいんですか?」
狐神「私は見たことも聞いたこともないねぇ。」
お米は珍しいらしい。だが今から米を炊くとなれば相応の時間がかかってしまう。
アキラ「これは調理に時間がかかります。別の物を出しましょう。」
それほど手間を掛けずにすぐに食べやすい物を考える。
アキラ(調理の手間が少なくて他におかずのいらないような物を…。そうだ。麺にしよう。麺料理ならすぐにできるはずだ。)
面倒な時はインスタントラーメンで済ませていた。困った時は麺料理。麺を思い浮かべて空間から取り出す。今度はお米のような失敗をしないために台所の桶の上へ移動する。
狐神「白くて細長い。これは何だい?」
今度こそ成功だ。白い蕎麦のようなものが桶いっぱいに出てきたところで止める。素麺や冷麦のように白いが蕎麦のように黒い粒々が練りこまれている。決して細長い虫とかではない。練られた麺であることがわかる。
アキラ「今夜はこれにしましょう。調理するので少し待っていてください。」
狐神「アキラに任せるさ。それじゃ私は向こうで待ってるよ。」
そう言って師匠はちゃぶ台の向こうで俺の方を向き胡坐で座っている。両肘をちゃぶ台について両手の上に顔を乗せてニコニコしながらこちらを見ている。何かかわいい。だが見られていると少々やりにくい。
アキラ(ともかくこれをどうやって食べるかだな。)
蕎麦やうどんのようにするにしても出汁がない。冷やしそうめんやもり蕎麦のようにしよう。だが醤油しかないのは困る。麺つゆがないのだ。
アキラ(味醂とスダチ出ろ。)
そうそう都合良くはいかないだろうと思いながら空間を開く。しかしあっさりとそれっぽい物が出た。味を確かめても似たような味がする。これなら大丈夫だろう。出てきた麺を軽く茹でてさっと取り出し冷水で締める。醤油と味醂とスダチの絞り汁を混ぜて水で薄める。即席の麺つゆの味を見てみる。普通だ。即席にしては悪くない。薬味があればもっとよかったが薬味っぽい物は空間から出なかった。この際贅沢は言えない。麺の入った桶と即席麺つゆをちゃぶ台に持っていく。
アキラ「お待たせしました。」
狐神「これはどうやって食べるんだい?」
アキラ「こうやって麺を掬って麺つゆにつけてからズルズルと。」
師匠に実演して見せる。
狐神「ほ~。面白いねぇ。それじゃ私もいただくね。」
師匠は麺を啜ることに慣れていないせいか最初は悪戦苦闘していたが徐々にうまく食べれるようになった。
狐神「これも美味しいね。アキラは料理が上手だねぇ。私のお嫁さんになりなよ。」
出汁もなく俺としては並かそれ以下な味だと思うが師匠は喜んでいるようだ。
アキラ「女同士でしょう…。」
狐神「そんなこと関係ないさ。」
二人でそんな会話をしながら食事をする。だが急に真面目な顔をした師匠に一言言われた。
狐神「アキラのその物を出したり入れたりする能力は他では見たことも聞いたこともないよ。魔力が扱えるのもそうさ。あまり他の人に見せびらかさないほうがいいかもしれないよ。」
アキラ「わかりました。肝に銘じておきます。」
師匠は俺の心配をしてくれている。なんだかこそばゆいような気持ちになる。
そうして今夜も二人で酒を飲みながら麺を食べた。寝る時に昨夜同様俺は師匠の抱き枕としてぴったりと抱かれながら二日目の夜が過ぎていった。