閑話⑧「フリードの戦い:バルチア王国侵攻編」
第一皇子派を粛清した日からすでに数ヶ月が経過している。親父も第一皇子派に配慮して俺に与えていなかった権限をどんどん拡大させて実務に関わらせることで皇太子として俺の教育を熱心に行うようになっていった。
パックス「順調だな。」
フリード「いや…。まだまだ問題は山積している。」
パックス「焦る気持ちはわかるがもうここまでくればあとは確実に歩みを進めるべきだろう?」
ロベール「そうか?むしろ俺は何で第一皇子派と一緒にバルチアと聖教を糾弾しなかったのか不思議だぜ?」
パックス「ロディ…。」
ちょうどロディが見回りから帰ってきたようだ。兄貴…いや、アルベルト第一皇子邸を家宅捜索した際にバルチア王国と聖教が俺の暗殺未遂に絡んでいた証拠が見つかった。ロディはそれをもってすぐにガルハラ帝国がバルチア王国と聖教皇国を糾弾すると思っていたのだろう。だが事はそう簡単じゃない。
フリード「普通の者ならそう考えるかもしれないな。だがバルチア王国と聖教皇国は強かだ。今でこそ人間族結束を呼びかけて表面上とはいえ協力関係にあるが一番古い歴史を持つこの二カ国が今までどうして残っていたと思う?暗殺や暗殺未遂など日常茶飯事だ。」
ロベール「その協力関係を向こうがぶっ壊そうってんだから糾弾するところじゃないのか?」
フリード「今のガルハラ帝国の版図にだって昔は違う国があった。そういう国々と渡り合って生き延びてきたのがこの二カ国だ。奴らはどんな汚い手でも使う。ガルハラ帝国の国内で見つかった暗殺の証拠など『捏造だ』『でっち上げだ』と騒いで認めるわけがない。その証拠にこれを見てみろ。」
俺は今まで読んでいた書類をロディに見せる。
ロベール「………なんだこりゃあ。まじでか…。あいつらどういう神経してやがるんだ?」
その書類はバルチア王国から届いた物だ。俺がバルチア王国の貴族を暗殺しようとしたとして俺に謝罪と賠償を要求すると書かれている。
ロベール「なんで奴らがフリッツを暗殺しようとしたのに奴らがフリッツに謝罪と賠償を要求するんだ?」
フリード「奴らの思考と手口は単純だ。一つ、自分がやっていることは相手もやっているに違いないという思考。二つ、自分の悪事がばれそうになると先に相手に自分達がやった悪事をしていると強弁する。三つ、自分達に都合の悪い証拠は認めない。自分達の証拠こそが本物だと偽の証拠をでっち上げる。」
ロベール「………。俺ってそんな国に住んでたのかよ。そういや碌な言葉がなかったっけな…。」
フリード「なんだ?面白そうだな。聞かせてみろよ。何かのヒントになるかもしれん。」
ロベール「………。姑への腹立ち紛れに犬を蹴る(立場の強い者には逆らえないので弱い者に理不尽に八つ当たりする)。
梨の腐ったのは娘に、栗の腐ったのは嫁にやる(嫁娘を殺しても自分さえ助かれば良い)。
弟の死は肥やし(それが身内であっても他人の不幸が自分にとって利益になるのなら喜ぶ)。
長生きすれば姑の死ぬ日がある(ざまぁみろ!ヒャッホー的な言い方。気分爽快な時にいう言葉)。
他人の子供を十度殴る(一発殴っても十発殴っても批難されるなら十発殴ってやれ。子供でも他人なら容赦するな)。
火事を見物しない君子はいない(他人の不幸は楽しい)。
他人の牛が逃げ走るのは見物(自分と関係ないなら他人の不幸は面白い)。
自分が食べるのは嫌だが犬にやるには惜しい(使い道がなくても他人に分け与えたくない)。
川に落ちた犬は棒で叩け(弱っている者に追い討ちをかける)。
自分の食えない飯なら灰を入れろ(他人が利益を得るくらいなら邪魔してやる)。
人が自分にそむくならむしろ自分が先にそむけ(騙されるくらいなら騙した方がマシ)。
泣く子は餅を一つ余計にもらえる(理不尽な文句でも言えば得する可能性があるのならごねた方が得)。」
フリード「もういい…。胸糞が悪くなる。よく国を表してるじゃないか…。まさにそんな人間の集まりだからな…。」
ロベール「そういえばこれらの言葉通りだな。だがフリードを暗殺しようとしたことが第一皇子からばれると思ったからって、フリードが自分達の貴族を暗殺しようとしたから謝罪と賠償をしろって話になるのは俺には理解できん。」
フリード「奴らにはなんでもいいんだよ。もしそれでゴネてゴネてこちらが譲歩すれば儲けだ。こちらが譲歩しなくともお互い様だと主張してうやむやにする。相手から何か盗れたらラッキー。言っても損をしない以上は言わなければ損。そういう奴らだ。」
パックス「だがそんなことをしていれば相手からの信用を失うだろう?」
パックスが堪らず割り込んできた。
フリード「奴らにそんなものは何の価値もないんだよ。また困れば証拠をでっち上げてゴネて相手から巻き上げればいいと思っている。何か相手に隙があればとにかくケチをつけて金を盗ろうとしか考えていない。そういう生き物だ。俺達と同じだと思って相手をしていても無駄だ。」
ロベール「それでどうするんだ?まさかこいつらの馬鹿げた主張通り謝罪と賠償するわけじゃないよな?」
フリード「宣戦布告する。」
パックス「何?ちょっと待て。………本気か?」
ロディもパックスも驚いているようだ。だが当然本気だ。
フリード「当たり前だろう?でっち上げの証拠で皇太子を名指しで暗殺未遂の首謀者だと言って来たんだ。長年親父がバルチア王国に甘い顔をしていたお陰で奴らはどこまでが超えてはならない線かわからなくなっているんだ。皇太子を暗殺未遂犯だなどと言えば当然戦争になる。それがわからない奴らには体に教えるしかない。」
パックス「そうは言ってもいくらフリッツが皇太子とはいえ一人では決められないだろう?」
フリード「親父にも話は通してある。最初は驚いていたが俺の話を聞いて親父も決断した。親父も長年バルチア王国に甘い顔をしていたせいでこれが超えてはならない線だったのだと気づかなかったんだ。だが俺の話に納得した親父はすでに勅命を発している。もうバルチア王国がなくなるまで止まらんよ。」
ロベール「いきなり全面戦争かよ…。」
フリード「親父は使者を出し相手の返答次第では引くと言っていたが向こうが嘘で俺を暗殺未遂犯に仕立て上げようとしたなんて認めるわけがない。お前達も覚悟を決めろよ。」
パックス・ロベール「「おう!」」
この三日後俺達は勅命により帝都へと向かった。
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親父が送った使者が帰ってきていた。使者の報告はガルハラ帝国上層部の聖教信者や親バルチア王国派の者達にも衝撃を与えたようだ。
使者との交渉内容は以下の通りだ。
一、ガルハラ帝国第一皇子と結託し皇太子を暗殺しようとした証拠が挙がっている。ただちに事実関係を認め謝罪すること。
一、それに先駆け偽の証拠をでっち上げ皇太子がバルチア王国の貴族を暗殺しようとしたとする糾弾をしたことについて証拠が偽物であることを認め撤回し謝罪すること。
一、偽の証拠をもって皇太子を名指しで犯罪者呼ばわりしたことは宣戦布告にも等しい行為であり撤回と謝罪がなされない場合はガルハラ帝国はバルチア王国との戦争も辞さない。
これについてのバルチア王国の回答はこうだ。
一、第一皇子と結託し皇太子を暗殺しようとしたことこそが偽の証拠によるでっち上げであり撤回して謝罪と賠償をせよ。
一、皇太子が我が国の貴族の暗殺を企てたことは紛れもない事実であり事実を認め謝罪と賠償をせよ。
一、この度の件に関する原因は全てガルハラ帝国にある。非を認め謝罪と賠償がなされないことはおろか開戦まで望むのであれば残る全人間族の国家に呼びかけ侵略者たるガルハラ帝国と最後まで戦う。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。会議に参加した大半のガルハラ帝国上層部の者は憤るか呆れ果てるかそれすら通り越して憐れんですらいる者もいた。一部のバルチア王国と通じていた者達はバルチア王国を庇ったり宣戦布告は避けるように進言していたが俺がその者達の内通の証拠を提出し仲良く舞台から退場してもらった。まだ表立って動いていない内通者はいるだろうがこれで俺が監視し情報を握っていると理解した以上はあまり派手に動くこともできないだろう。全ての内通者を炙り出す時間はないが今は残った内通者の動きを鈍らせられればそれでいい。
この日正式に皇帝陛下より各所へ戦争の準備の勅命とバルチア王国への宣戦布告がなされた。
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すでに俺達はバルチア王国へと向かっている。陣容は以下の通りだ。
本軍 総司令官ウィルヘルム皇帝 近衛一個師団二万 帝国直轄三個師団各三万 計十一万
第一軍団 司令官フリードリヒ皇太子 皇太子直属近衛一個師団二万 帝国直轄一個師団三万 皇太子直轄三個師団各三万 計十四万
第二軍団 司令官カールハインツ将軍 帝国直轄二個師団各三万 諸侯軍三個師団各二万 計十二万
第三軍団 司令官エルヴィン将軍 帝国直轄二個師団各三万 諸侯軍三個師団各二万 計十二万
第四軍団(輜重軍団) 司令官ヴィンツェンツ大臣 輜重隊十万 必要に応じ随時各所から編入可
輜重隊は各地の警備隊や諸侯から必要に応じて追加徴集が可能になっている。
本軍はガルハラ帝国中央から真っ直ぐにバルチア王国王都へとゆっくり向かっている。国境からはあまり離れず後方に残る手筈だ。第一軍団も中央を通り本軍の前を先行している。第二軍団は北から海沿いに周り込む。第三軍団は南から周り込み南東のアルクド王国とバルチア王国の国境近くを通ってバルチア王都を目指す。予備兵力として帝国直轄十五万、諸侯軍五万が後方に待機している。それ以外にも各地の治安維持などにあたる警備隊と国境警備にあたる特別警備隊から引き抜ける戦力として二十万が見込まれているが全てを投入してはガルハラ帝国内の兵力が大きく下がってしまうためあくまでこれらの戦力投入は最終手段だ。
ガルハラ帝国は三百万の兵力を持つと言われているが今回の戦争で実際に投入できる戦力は輜重隊も合わせて五十九万に過ぎず後方の予備兵力を含めても最大で九十九万までしか投入できないことになる。
対するバルチア王国は公称五百万の兵力と謳っているが大半は獣人族奴隷と傭兵だ。費用を安く上げるために数字の水増しも行われているので実際にそれだけの数はいないだろう。国土もガルハラ帝国よりも広いため警備隊などの必要兵力は本来であれば俺達より多いはずだ。だが聖教を利用して支配しているため敬虔な聖教信者達はバルチア王国と聖教皇国に協力しており自警団的組織がある。後方各地の治安維持と防衛を捨て兵力を集中された場合にはこちらが数的不利と攻撃側の不利の点において苦戦が予想される。
また聖教皇国も公称六万の兵力がある。数的に元々不利であるガルハラ帝国にとってはこの六万も邪魔な相手だが本当の脅威は別にある。聖教皇国にはこの表向きの兵力以外に逆十字騎士団という裏組織と召喚された勇者達がいる。逆十字騎士団の兵力がどれ程か実際の数はわからないが勇者達の中には神になれるほどの者がいるのは事実であり一人で一個師団と戦える者さえいると言われている。今回の戦争の勝敗はこの者達をどう抑えるかで決まるだろう。
ロベール「壮観だな。けど今更言っても仕方ねぇが人間族同士でこんなことしてる場合か?魔人族が攻めてきたらどうする?」
ロディが声を掛けてきた。副官であるパックスと護衛であるロベールは俺の近くに控えている。馬に揺られながら俺は答える。
フリード「魔人族は人間族の動きに興味がない。こちらが万全で備えていようと奴らが攻めようと思った時には攻めてくるし、人間族が内戦で疲弊していようと奴らが攻める気にならなければ攻めてこない。これまで何度もそういうことがあった。奴らには人間族が備えているから警戒しようとか疲弊しているからチャンスだとかそういう考えはないのさ。」
ロベール「だからって魔人族を気にしなくていいわけじゃないだろ?たまたまこの戦争の間に攻める気になれば攻めてくるってことだ。」
フリード「確かにそうだがそれを気にしていたら何もできまい?来る時は来る。来ない時は来ない。国境警備に兵力は置いてある。あとは戦争が終わって国力が回復するまで魔人族が攻めて来ないことを祈るだけだ。」
ロベール「そりゃそうかもしれないがな。まっ!俺は与えられた仕事をこなすだけか。」
フリード「そう心配するな。アキラ達が北大陸に侵入してからかなり経つがまだ何の変化もない。奴らが人間族を攻める準備をしていたのなら何らかの動きがあるはずだ。魔人族には何の動きもなくアキラから何の連絡もないのが魔人族が攻める気がない証拠さ。」
ロベール「そこまで言い切れるのか?お嬢ちゃん達が捕まったりしているということは?」
フリード「ロディもアキラ達の強さは身に染みてるんじゃなかったのか?」
ロベール「それはそうだが…。」
ロディは言いよどみそこから会話は途切れた。俺だってアキラが心配じゃないわけじゃない。俺なんぞでは何の役にも立たないことは承知しているが今すぐアキラの元へと駆けつけたい。だがアキラならあっさり魔人族など叩き伏せて何事もなかったかのように悠然と帰ってくる。そういう確信もまたあった。
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第一軍団は順調に進んでいる。途中何度か小競り合いがあったが獣人族奴隷や傭兵を前に立たせて後方に控えるバルチア王国督戦隊は戦闘が始まるといの一番に逃亡していた。督戦隊がいなくなると忠誠もなく無理やり戦わさせられている獣人族奴隷や傭兵もすぐさま逃げ出しあっという間に総崩れとなっていた。こちらはほとんど被害を受けることなく進軍できている。
パックス「順調だな。このままならすぐに王都まで進軍できそうだ。」
パックスは野営陣地で報告書を並べながら声をかけてきた。
フリード「いや、油断するな。敵の兵力はほとんど減っていないと考えればむしろこれから態勢を整えたバルチア王国軍と対峙することになるかもしれん。」
敵がすぐに逃げ出してしまうためこちらの消耗も少ないが向こうも消耗していないはずだ。逃亡兵の身柄確保や追撃戦も行っているが大きな戦果を上げているとは言いがたい。
ロベール「けど逃亡兵なんかはノコノコとバルチア軍には帰れないだろう?実質的にはこれまでの敵は全て壊滅させてるって言えるんじゃないのか?」
書類仕事をしないロディは暇そうにしていたが俺達の会話に入ってきた。
フリード「捕えた逃亡兵や実際に戦った部隊の証言からして今まで俺達の相手をしてきたバルチア軍はほとんどが獣人族奴隷だ。それも戦闘用の奴隷じゃない。各街などにいた獣人族奴隷は女子供も関係なく軍に徴集され前線に送り込まれていたんだ。奴隷を取り上げられ失った市民にとっては痛手だがバルチア軍自体の被害はほとんどないと言っていい。それよりこれを見てみろ。」
俺は一枚の報告書をパックスとロディに見せる。
パックス「………どういうことだ?」
中央を進むガルハラ帝国軍は俺達が最前線だ。俺達より先に進んでいる部隊など存在しない。だが報告書にはこう書かれている。行く先々で第一軍団が到着するより前から各村や町は略奪されており住人は皆殺しにされ破壊され焼き尽くされている。
パックス「逃亡したバルチアの傭兵達の仕業か?」
ロベール「違うな。これはバルチア軍がやってることだ。」
パックス「なんだと?なぜバルチア軍が自国内で略奪や虐殺をする必要がある?」
ロベール「バルチア軍つっても所詮は各貴族の軍閥の集まりでな。奴らは兵や傭兵への報酬をケチるために略奪を認めてるのさ。」
パックス「そんな馬鹿な…。仮にそうだとしても自国の村や町で略奪などするのか?」
ロベール「奴らにはそんなものは関係ねぇよ。そこが戦場ならどこの所属でもいいのさ。」
パックス「そんなことをしていては市民達の反感を買う!反乱が起こるぞ。」
パックスには信じられない気持ちなのだろう。俺だってまともな人間のやることとは思えない。ロベールはバルチア王国で傭兵もやっていた時期があるので身に染みてよくわかっているのだろう。
フリード「少し俺からも説明してやろう。」
パックスとロディの話に割り込み俺は説明を付け加えた。
まず歴史的経緯としてロディが言ったようにバルチア軍とは所詮地方貴族の軍閥の集まりにすぎない。自分の領地以外で略奪を認めることで各領主は配下への報酬の代わりにして安く兵を雇っている。そしてパックスの言うように反乱の芽にならないように敗者には徹底した弾圧と虐殺を行う。だから政権が交代した際には前政権の関係者は一族郎党全て皆殺しにされるのがバルチア王国では普通だ。敗者への略奪と虐殺はバルチア王国では遥か昔から行われてきた当然の行為なのだ。
そしてこれはガルハラ帝国軍への足止めにもなる。現地徴集が出来ず制圧して駐留したとしても家も砦も破壊され焼き尽くされているガルハラ帝国軍はその場所をそのまま防衛に使うことはできない。補給は全て本国からせねばならず防御陣地も砦も自ら作りながら進まなければならない。進むためには莫大な補給と時間が必要になる。殺し尽くし奪い尽くし焼き尽くすことでガルハラ帝国の進軍を遅らせる。バルチア王国の作戦は広大な領土の空間を時間に変える遅滞戦術なのだ。
パックス「それでもそれを聞いた他の地域の市民が黙っていないだろう?自国の軍が自国内で略奪と虐殺を行うなど…。」
フリード「だから俺達の仕業ということにする。そうすれば他の市民達の戦意を高めることも出来て一石三鳥だ。」
パックス「ばかな!そんなにうまくいくはずが…。」
フリード「ガルハラ帝国では元は敵であった者の遺臣達も許し自分の部下に加えることがよくある。当主に反乱の意思があったとしても一族郎党まで皆殺しにするケースは少ない。だが一族郎党はおろかその当主の支配していた街まで皆殺しにすることが当たり前のバルチア王国では敗者は皆殺しにされるというのが常識になっている。そして俺達が進軍するということは俺達が勝者だということだ。奴らには俺達がやっていると信じやすい土壌が出来上がっているのさ。」
パックス「それでも生き残った者の証言やおかしいと思う者達もいるはずだ。」
ロベール「ああ、いるだろうな。けどそれは重要じゃないんだぜ?皆が揃って『侵略者がやったに違いない』『国のために俺達も戦おう』って言ってるところで『それは本当に侵略者がやったのか?』『生き残った者の証言と違う』なんて言ったらどうなると思う?」
パックス「それは…。」
パックスが言いよどんでいるので俺が答える。
フリード「そんな声を上げればそいつが袋叩きにされるだろうな。例え正論であっても余計なことを言って自分の立場を悪くするよりもガルハラ帝国のせいにして周囲に合わせるほうが楽で安全だ。そうやって周囲に合わせてそう言っているうちに奴らの中ではそれが真実になる。」
俺達を侵略者呼ばわりし自分達の悪行を俺達になすりつける。今はおかしいとわかっている者達も世代が変われば次第にそれが真実として奴らの中に定着する。奴らのいつものやり口だ。
フリード「ともかく今はそれを言っても意味はない。まずは次の作戦から練ろう。」
その後も俺達は第一軍団の戦略について話し合った。
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第一軍団はもうバルチア王国王都のすぐ近くまで迫っていた。あとは大きな街を三つ越えれば王都へと到達する場所だ。第二軍団もすぐそこまで来ている。王都と聖教皇国はすぐ近くにありバルチア王国内の北東地域のため南から周りこんでいる第三軍団はまだ少しかかりそうだった。
ロベール「ここは抵抗が激しいな。」
フリード「もう後が無い。ここを抜けられたら王都が戦場になるとわかってるんだろう。」
ロベール「そうだな。ここを抜けたらあとは広い平野だ。地形も利用した防御に適した場所はここが最後だな。」
ロベールの言葉にパックスも無言で頷いている。第一軍団だけでこれまでに五十万以上のバルチア軍を撃破している。捕えた地方貴族などの証言によりその中身がわかってきた。
まず公称五百万のバルチア軍だがそのうちの三百万は獣人族奴隷だ。しかもこの獣人族奴隷は五歳以上六十歳未満の登録されている獣人族奴隷全てが含まれているとのことだった。実際には未登録の不法奴隷や市民権を持つ獣人族もいるため獣人族全ての数ではないが登録されている奴隷のうちほとんどは兵としていつでも国が徴集することが出来るわけだ。だがこの戦争で全ての獣人族奴隷を駆り出すわけにもいかず、そもそも女子供や年寄りまで数に含めているだけで戦力としては役に立たない。ただ見せ掛けの数字を大きくするために含めているだけだ。
そして五十万は各貴族が雇っている傭兵ということになっている。こちらは王国が貴族に常備兵力を義務付けているため数字の水増しをして五十万人雇っているということになっているが実際にはそれほどいないことが明らかになっている。だが現在は戦時のため今だけ雇っている傭兵がいるであろうことから五十万を超えた傭兵がいる可能性もある。この辺りは数字の誤魔化しが当たり前のバルチア王国では実数がはっきりしない。
それらを監視するのが督戦隊として存在するバルチア王国軍だ。水増し誤魔化しが当たり前のバルチア王国ではあるがこちらは百五十万近くいることは確かだろう。真面目に訓練している正規兵かどうかはともかく戸籍のある者が兵として雇われている以上はさすがにこれに近い数がいるはずだということだった。
これまで第一軍団が撃破してきた相手のほとんどは獣人族奴隷だった。それも女子供年寄りまで駆り出されていた。出来る限りの保護と身の安全の保障をしてきたためほとんどの者は逃げ出すか俺達の制圧した地域で過ごしている。その数は四十万近くに及んでいる。逃げ出しそこらで野盗となっている傭兵達はガルハラ帝国軍が討伐を行っている。
第二軍団、第三軍団も似たような状況だ。ガルハラ帝国軍全てをあわせれば百二十万以上の敵を撃破したことになる。だがそのほとんどは駆り出された獣人族奴隷であり残りも大半は傭兵だ。バルチア王国正規軍にはほとんど被害を与えられていない。奴らは俺達を見ると蜘蛛の子を散らしたかのようにたちまち逃げ出してしまう。
パックス「それでこの街はどうする?最早街というより要塞だ。」
俺達はマジナという街の前で初めて足止めを受けていた。この街は周囲を山と森に囲まれており街道を塞ぐように街が出来ている。高い壁と砦が随所にあり敵の反撃も盛んだ。正面から攻略しようとすればこちらも被害を覚悟しなければならないだろう。この街を抜けると街道自体は一本道だが広い平野部に出るため残りの街は迂回することも出来るし周囲を囲んだり後ろへ回ったりすることも出来る。バルチア王国にとってはまさに最終防衛線だろう。
フリード「俺が精鋭を率いて裏へまわる。」
パックス「何を言っている!お前は皇太子だぞ!前線に出るなんてもってのほかだ。そもそもどうやって裏へまわるつもりだ?」
フリード「確かに山と森に囲まれたこの要塞都市は正面からの攻撃には強い。だが後ろは奴らの本国だから油断しているのだろう。がら空きだ。十万以上もの大軍では確かに道もない山や森を通り抜けるのは難しい。街道だけ警戒している奴らを出し抜き山を越えて精鋭獣人族部隊で裏から斬り込む。」
パックス「作戦も無茶な上にさらにそこへお前を行かせるわけにはいかない。」
パックスが俺を見つめる。だがここは俺も譲るつもりはない。
フリード「この作戦では大規模魔法を使える者が必要になる。魔法部隊で精鋭獣人族部隊に付いていける者で大規模魔法も使える者はいない。」
パックス「そもそもそんな作戦自体が無理だと言ってるんだ。」
ロベール「いや…。案外いけるかもしれないぞ?フリッツの身は俺が守る。それならいいだろう?」
パックス「ロディまで…。大体お前達が出るつもりなら俺も…。」
フリード「駄目だ。お前は残れ。万が一失敗したら後の指揮を執る者が必要だ。」
俺の言葉にパックスは顔を伏せる。
パックス「………それは命令か?」
フリード「そうだ。これは第一軍団司令官としての命令だ。」
パックス「………わかった。」
パックスは悔しそうに唇をかみ締めていた。俺達は作戦の詳細を決めていった。
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その日の夜に俺達は夜陰に紛れて山越えを開始した。参加者は俺とロディに精鋭獣人部隊の中から志願者百人だ。たったこれだけの兵力ではあるが俺の虎の子の戦力だ。必ずうまく行く。
ロベール「まさかここまで気づかれないとはな。」
ロディの言葉に頷く。すでにマジナの街の裏門近くまで接近している。だが誰も俺達の存在に気づいていない。見張りの一人すらいないのだ。そもそも裏門とはいっても柵も壁も門もない。市民にまで被害が出るのは本意ではないが多少の犠牲はやむを得ない。俺達は作戦を開始する。
フリード「いくぞ。準備はいいか?」
ロベール「おう。いつでもいいぜ。」
獣人部隊の者達も皆が頷くのを確認して俺は魔法を唱える。
フリード「ファイヤーストーム!」
俺の唱えたファイヤーストームの魔法によってまさにマジナの街に火の雨が降り注ぐ。それを合図に精鋭獣人部隊が裏からマジナの街へと斬り込んでいった。俺もロディと数人の獣人部隊を引き連れて重要地点の制圧に向かう。俺が起こした火をみてマジナの正面で待機している本隊も動き出しているはずだ。
結論から言えばマジナの街はあっさりと制圧できた。ファイヤーストームで大混乱になっていた所へ後ろから急襲を受けたのだ。たちまち防衛拠点や指揮系統を制圧されたマジナ防衛部隊は機能を失いただそれぞれが応戦するだけとなった。さらに正面の門を制圧した急襲部隊によって門は開かれ本隊がなだれ込んできたことがとどめになった。僅かな戦闘のあとに投降する部隊が続出し二時間ほどで制圧は完了した。
パックス「フリッツ!もう無茶はしないでくれよ…。それにしてもすごい魔法だったな。あんな魔法は見たことがない。」
フリード「な?うまくいっただろ。」
よほどパックスに心配をかけてしまったようだ。珍しく肩まで抱いて勝利の喜びとお互いの無事をかみ締めている。パックスの言葉はさらっと流したが俺自身も驚いていることがある。それは魔法だ。今までの俺よりも遥かに高威力の魔法が発動した。ファイヤーストームはただ複数のファイヤーボールを撃ち出すだけの魔法だ。ファイヤーボールの威力もそれほど高くない。確かに混乱を狙ったことと本隊への合図として撃ち出したが俺の使ったファイヤーストームの威力はそんなものではなかった。言葉通り火の雨が降ったかと思うほどに大量のファイヤーボールがマジナの街を覆いつくした。その威力も高く小火どころかあちこちに大火事を起こしたのだ。これによって大混乱に陥ったマジナの街を落とせたと言っても過言ではない。その魔法を使った自分を自画自賛しているわけじゃない。
フリード(これは…きっとアキラのおかげなんだろうな。アキラ………見ててくれよ。きっとバルチアと聖教を倒してみせる!)
なぜだかはわからないが俺の魔法の威力がとんでもなく上がっているのはきっとアキラのおかげなんだろうという確信があった。こうして要塞都市マジナを落とした俺達は残った二つの街も制圧し、ついにバルチア王都目前まで迫ったのだった。




