第三十八話「アキラの実験」
翌朝は朝一番から俺は正座させられて説教されていた。俺の隣にはハゼリとブリレも並ばさせられている。
タイラ「我らを出し抜きあまつさえ主様のご寝所に忍び込むとはどういう了見か?」
昨晩にハゼリとブリレが他の五龍将を出し抜いて俺の寝室に忍び込んだのが問題なようだ。タイラの低い声が静かに響き渡る。本気で怒っているようだ。ちなみに夜中にはとっくに気づいていたが寝ている俺を起こしてはいけないと怒りに来るのは朝まできちんと待っていたのだ。こいつらはそういう所まで心配りが出来ている。
アキラ「ハゼリとブリレが勝手なことをしたのを怒るのにどうして俺まで怒られているんだ?」
アジル「主様は五龍将全員にご寝所の護衛は必要ない故入るなと言われました。なぜにこの二人にだけ許されたのか。そこが問題なのです。」
サバロ「………。」
アジルに突っ込まれる。サバロも怒っているようだ。魚の表情など見分けはつかないが…。最初の頃に寝ている間に俺の護衛を誰がするかで揉めたことがある。五龍将は決して生臭くはない。だが見た目があれなので何だか生臭い気がして寝る時まで一緒にいるのは断ったのだ。誰も入れさせないということで全員が一応の納得をして丸く収まったはずであった。だが俺は昨晩面倒だったのでハゼリとブリレがティアと一緒に来た時にそのまま放置してあった。それが俺も怒られている原因だ。面倒だからって後回しにしちゃいかんね…。
アキラ「お前達は俺の言うことには何でも従うんじゃなかったのか?」
ムルキベル「アキラ様は例え主君であっても間違っている時は正すことこそが忠臣であると言われたではありませんか。」
黙って聞いていたムルキベルが珍しく口を開いた。確かに俺はそう言った。ダブルスタンダードはいかんね。今回の件は俺が悪い。
アキラ「わかった。確かに今回の件は俺がわる………。」
ブリレ「なんだよ!主様がお許しになったんだからボク達は悪くないもんね!」
ハゼリ「そんなことはどうでも良いのです。あぁ…、主様のお美しい寝姿…。ハゼリはもう…。」
ブリレとハゼリが火に油を注ぐ。こういう時はさっさと謝るに限るというのに…。
タイラ「主様の寝姿を盗み見るなど言語道断。そこに直れ。その首切り落としてくれる!」
タイラが制限を解除する。本気のようだ。
ハゼリ「動けぬ者しか斬れませんか?それはそうでしょうね…。ハゼリが本気になればタイラが筆頭などありえぬのです。」
ハゼリも制限を解除して迎え撃とうとしている。この二人に暴れられたら寝室がめちゃくちゃになってしまう。いや、ザラマンデルンがなくなるだろう。
アキラ「やめろ…。」
俺は少しだけ制限を解除して全員を威圧する。その場の誰もが動けなくなった。
タイラ「申し訳ございませぬ。」
ハゼリ「お許し下さい主様。」
二人共力を抑えて素直に謝る。別に俺の力に屈したわけではない。こいつらは基本的に俺に従う。まさに忠臣と言えるだろう。
アキラ「はぁ…。今回は俺が悪かった。どうすればいい?」
俺は力を抑えてタイラ、アジル、サバロを見つめる。魚と見詰め合うのは妙な気分だが笑ってはいけない。真摯な気持ちで受け止める。
アジル「それではこれからは当番制にて主様のご寝所の護衛をするということでいかがでしょう?」
アジルの提案は受け入れたくない。別にこいつらが嫌いなわけではない。なんだかんだ言っても素直に言うことは聞くし懐いてくれているようで少しかわいく思う時もある。ペットと同列に比べては失礼だが例えば爬虫類や両生類のペットでもずっと飼って懐いてくればかわいく思うものだ。だがそれとこれとは話が違う。折角師匠達と気持ちも通じ合って皆で仲良くしているのに他の者がいると気になってしまう。
ブリレ「主様は女性だし女の子が好きなんだよ。むさいタイラもアジルもサバロも主様のご寝所に入るなんてだめだよ。」
そうだな。今の俺は確かに女だ。だが心は男だから女の子が好きだ。ブリレの言っていることは間違っていない。
アキラ「………ん?タイラとアジルとサバロは駄目でブリレとハゼリはいいのか?」
ブリレ「それはボク達女の子だもん。主様と一緒に湯殿でもご寝所でも入っても問題ないでしょ?」
アキラ「………え?お前達女だったの?」
ブリレ「ええぇぇぇ!主様今まで気づいてくれてなかったの?ひどいよ………。」
俺に魚の性別などわかるはずはない。あるいはひっくり返してお腹の方を確かめたり捌いたりすればわかるかもしれないがこいつらにそんなことはしたこともない。
ハゼリ「つまり女性である主様のお側には同じ女性しか付いて行けぬ時と場所があるのです。タイラ達は控えてハゼリとブリレにお任せなさい。」
アジル「………悔しいが確かに一理ある。だが女性しか出来ぬことを譲れと言うのならそれ以外の部分ではお前達が譲るのが筋ではないか?」
タイラ「然り。それ以外の護衛は我らに譲れ。」
サバロ「………。」
両者が睨み合う。まさに一触即発だ。
アジル「主様ご裁可を。」
ブリレ「主様、ボクをお側仕えに指名してよ。」
ブリレが正座させられている俺の足に頭をつんつんすりすりしている。くそっ…ちょっとかわいいじゃないか………。
ハゼリ「ブリレ抜け駆けは許しませんよ。」
ブリレ「なんだよ。ハゼリだって昨日ボクまで出し抜いて抜け駆けしようとしたじゃないか。」
一体どうすれば良いのだろうか。これは判断に困る。
アキラ「そもそも俺に護衛なんて必要か?」
五龍将「「「「「当然でございます。」」」」」
全員で綺麗にハモる。
アキラ「でもお前ら俺より弱いじゃん。護衛のほうが護衛対象より弱くて意味あるのか?」
五龍将「「「「「………。」」」」」
狐神「アキラより強い奴を探すほうが無理があるよ…。」
今まで黙って聞いていた師匠が声を上げた。
ムルキベル「護衛が護衛対象より弱くては失格だと言われるのでしたら私は王子の護衛は失格でしょうか?」
ムルキベルも俺の言葉に反応してくる。
アキラ「いや…。すまない。別にそういうつもりで言ったんじゃないんだ。強さだけの問題じゃないよな。ポイニクスは確かに力は強いが不安定だ。だからムルキベルに付いていてもらわなければならない。お前の仕事は評価している。」
ムルキベル「はっ!ありがとうございます。」
コンコンッ
イフリル「失礼いたします。女王陛下、さきほどの凄まじい神力の件で聞きたいことがあると火の精霊神様がお見えですぞ。」
扉がノックされイフリルが声を掛けてくる。
アキラ「わかった。すぐ行く。………すまないがこの件は暫く保留にしたい。いいか?」
五龍将「「「「「はっ!承知致しました。」」」」」
五龍将の返事を聞いて俺は火の精霊神とやらに会いに行くことにした。応接室には子供が座っている。見た目は火の精達とほとんど変わらない。ただし人間の子供並に大きい。
アキラ「こいつが火の精霊神とやらか?」
火の精霊神「おい。精霊王が精霊神に偉そうな口を利くな。」
どうやらこいつが火の精霊神のようだ。確かに精霊族としては力は強いがせいぜいサタンくらいの強さでしかない。フランでも軽くあしらえる程度の強さだ。だが強さだけが重要でもない。今は精霊族の国にいて階級は俺より格上なのだからさすがに俺の態度は失礼だったかもしれない。
アキラ「それは失礼。で?どういった用件で?」
そう言いながら俺は向かいのソファーに座る。
火の精霊神「おい。誰が座っていいって言ったんだよ。」
ちょっとイラッとするな。最初に失礼だったのは俺の方かもしれないが小さなことにまで因縁をつけてくるのはさすがに器が小さいとしか思えない。
アキラ「いちいち突っかかるなよ。小物だと思われるぞ?」
火の精霊神「なんだと?!」
アキラ「そういう所が小物臭いと言ってるんだ。用件は?」
火の精霊神「ちっ…。さっきここから巨大な神力を感じた。一体何をした?俺の世界に妙なものを招き入れたんじゃないだろうな?」
精霊の園はこいつを含めて精霊の神々が協力して造り上げた異世界とも呼べる空間だ。こいつは火の精霊神だから火の国の担当というか創造主なのだろう。さっきの五龍将や俺の神力を感知して何事かと確かめにきたのだろう。
せっかくなので少し補足しておく。こいつがサタンと同等の強さだとして、ならばサタンは神格を得ている、あるいは神になっているかというとそうじゃない。神格を得られる条件について説明する。
神格を得るための条件はその種族において限界を超えた者に与えられるということは前にも言った。何度も言うように強さは数値では表せないが仮に世界最強の人間を10だとする。生まれたてのドラゴンが900だ。平均的ドラゴンを3000として最強のドラゴンを5000としてみる。
もし仮に神格を得る条件を1000以上の強さだとした場合最強の人間ですら10しかいかない以上は人間族ではほぼ不可能であり人間族に神が生まれないことになる。逆に生まれたてのドラゴンですらすでに900で平均的ドラゴンが3000である以上はほぼ全てのドラゴンが神になってしまう。
だから種族の限界を超えたものという条件になるわけだ。例えば最強の者の1.5倍の強さが条件だとすれば人間は最強が10なので15、ドラゴンは最強が5000なので7500を上回れば神格を得られるということになる。この場合両者には大きな力の差が存在するがどちらも対等の神となる。そのため一番下の第十階位は雑多の階位と呼ばれており様々な強さの者がいる。第九階位以上に上がるためにはどの種族であろうと一定の強さ以上でなければならないため強さのバラつきは存在しない。神になるための条件は皆同じで種族の差はないが神の階位を上げるには初期値が低い人間族は大きな壁があるというわけだ。
少し話しがそれたので火の精霊神の相手をしてやる。
アキラ「おい。タイラこっちへ来い。」
タイラ「はっ!」
ブリレ「えぇ!どうしてタイラだけ…。」
アキラ「黙ってろ。」
ブリレ「は~ぃ。」
応接室に入ってから後ろで控えていたタイラを呼ぶ。ブリレが文句を言うが黙らせる。あまり納得していないようだが引き下がったので一先ず置いておく。
火の精霊神「なんだこいつは?」
火の精霊神はタイラを見て馬鹿にしているようだ。
アキラ「タイラ。制限を解除しろ。」
タイラ「はっ!承知致しました。」
タイラが能力制限を解除する。まさに言葉通り火の精霊神とは桁違いのタイラの神力が溢れ出る。
火の精霊神「ちょ…ちょっと待てよ。なんだこれ…。一体どこの神だ?」
アキラ「お前が感知したのはこいつの神力だ。わかったか?」
火の精霊神「『わかったか?』じゃない!一体なぜどこからこんな神を連れてきた。」
そういえば五龍将は神になっているのだろうか?本来が魚なのだとすればとっくに種の限界は超えていると思うが本当に普通の魚だったのかはわからない。神力から神々しさが感じられるので神格は得ていると思うが神になっているかどうかまではわからない。
アキラ「タイラ。そういえばお前達は神格を得て神になっていたりするのか?」
タイラ「神格は得ております。神には成っておりませぬ。」
アキラ「そうか。…だそうだ。わかったか?」
火の精霊神「『わかったか?』じゃないって言ってるだろ。こいつは一体何者だ。」
アキラ「何者って言われてもな…。俺には魚にしか見えないが…。」
火の精霊神「そんなこと聞いてない。こいつはなぜお前の言うことを聞いてる?」
アキラ「それはこいつらが…。俺のなんだろう?部下…とかは俺は持たないし家臣も違うよな。………ペットでもないし。なんだろうな?仲間かな?」
火の精霊神「なんでこれほどの者がお前の言うこと聞くんだよ?」
アキラ「………なんでだろう?別に俺の方が強いから従ってるわけじゃないよな?どうしてだ?」
タイラ「我らは主様よりお力をいただき主様にお仕えしております。部下であろうと家臣であろうとペットであろうと主様のお望みのままに。」
アキラ「だそうだ。」
火の精霊神「お前の方が強い?火の精霊王でしかないお前がか?」
アキラ「火の精霊王は前の精霊王が死にかけていたから俺が預かっただけだ。」
ついでに先ほどタイラ達の前で緩めたくらいまで俺の制限を緩めて見せてやることにする。俺にとってはほんの僅かな力だ。
火の精霊神「………。」
何の反応もない。火の精霊神は目を開けたまま気を失っているようだ。
イフリル「はぁ…女王陛下。それほどの神力を浴びせられては精霊神様といえども耐えられませんぞ…。」
この後目を覚ました火の精霊神は逃げるように帰って行った。
アキラ「何だったんだろうな………。」
俺は応接室を出て部屋へと戻る。
狐神「アキラおかえり。」
部屋へと戻った俺を師匠が抱き締める。柔らかくて気持ちいい。良い匂いがする。ずっとこうしていたいがそういうわけにはいかない。
さっきのブリレの言葉で俺は少し疑問に思ったことがある。前々から俺が思っていたことも含めていくつか確認しておこうと思った。
まずは俺が前々から疑問に思っていたことを確かめるために師匠の抱擁から離れた俺はミコに近づく。
ミコ「アキラ君どうし…えっ!あの…。………。」
ミコに近づいた俺はそのままそっと優しく抱き締めた。最初は驚いていたミコもすぐに静かになって俺を抱き締め返してくる。やはり…。俺の考えていたことは当たっているかもしれない。
ミコ「あっ…。もうちょっと…。」
俺が離れるとミコが名残惜しそうに手を伸ばしてくる。だが俺はそのままフランの方へと向かいフランも抱き締めてみる。
フラン「ひぅっ!あうぅ………。」
俺に抱き締められたフランは慌てているがミコと同じように大人しくなり俺を抱き締め返してきた。最後に俺はガウも抱き締めた。
ガウ「がうがう。ご主人どうしたの?」
これで確信した。俺の推測は当たっていた。
狐神「アキラ急にどうしたんだい?発情期かい?」
アキラ「妖狐には発情期とかあるんですか?」
狐神「ないよ。」
アキラ「………。」
ミコ「本当にどうしたのアキラ君?」
ミコとフランはまだ赤い顔をしている。かわいい…。
アキラ「転生する前までの俺は人を好きになったことなんてなかった。それが今の体に転生してからは急にこんなに何人もを簡単に好きになるようになってしまった。」
俺はそこで言葉を切って全員を見回す。皆もそれぞれ顔を見合わせている。
狐神「それがどうかしたのかい?」
アキラ「そこで俺は前の俺と今の俺の違いについて考えてみました。前の俺はミコと同じ普通の人間です。今の俺との決定的違い。それは鼻の良さではないかと…。」
そうだ。俺は師匠達に抱き締められたりした時にいつも『良い匂いがする』とか『クラクラする匂いがする』と言っていたはずだ。
狐神「鼻?それが何か関係あるのかい?」
アキラ「前の世界ではフェロモンという物質が発見され研究されていました。俺はそれを嗅ぎ取っているんじゃないかと思ったんです。」
狐神「ふぇろもん?」
アキラ「例えば簡単に言えば雌が性フェロモンという物を分泌すると雄がそれを嗅ぎ取って居場所を探し当てたり相手が発情状態であると判断したりしているんです。」
狐神「それで?」
アキラ「今の俺もそれに近いものを感知できています。最初にこの部屋に戻ってきた時はミコもフランも所謂発情状態ではありませんでした。でも俺が抱き締めると性的興奮が高まっているのが俺にはわかりました。」
ミコ「何だかそういう言われ方すると余計恥ずかしいね…。」
フラン「うぅ…。アキラさんのせいです。私のせいじゃありません。」
狐神「つまりアキラは相手が発情状態で迫ってきたらそれを感知してアキラも受け入れてしまうと?」
アキラ「そこまではいかないでしょうね。それならばフェロモンを出しっぱなしだったと言っても過言ではないアスモデウスに篭絡されていたはずです。ただやはり俺に好意を持っている相手がそういう状態であると俺が感知すれば何らかの影響はあるんじゃないかと…。」
狐神「なるほどねぇ…。それじゃガウは?」
アキラ「先ほどの実験でガウから性的興奮状態であるとは感知できませんでした。ガウはまだ幼いんでしょう。」
ガウ「がうがう。」
狐神「でもガウとは魂が繋がって受け入れているんだろう?」
アキラ「そうですね。親のような気持ちだと思いますが確かに繋がっています。」
狐神「じゃあ別にそれが嗅ぎ分けられるようになったことと前世のアキラとの心境の変化とは別問題じゃないかい?」
アキラ「確かにそれ以外の問題もあると思います。ですがこの鼻の良さも影響がないわけじゃないと思います。」
狐神「………。じゃあティアがなかなか進展できないのは小さすぎてふぇろもんとやらが少ないからかね。」
ティア「えっ?えっ?」
急に自分の名前が出たことにティアは驚いている。そもそもうんうん頷いてわかった振りをしていたが話しについてこれていなかったようだ。
アキラ「………それはどうでしょうね…。」
ともかく最初の疑問であったフェロモンのようなものを感知しているということは確認できた。
アキラ「それからハゼリやブリレも含めて当たり前のように女性同士の恋愛感情や性行為について受け入れているような節が見受けられますがファルクリアでは女性同士あるいは男性同士でもそういうことは当たり前なんですか?」
狐神「前にも少し似たようなこと言ってたね。当たり前なわけないだろう?」
フラン「そうですよ。女性同士でなんてそんな…。」
アキラ「………。言ってることに矛盾を感じませんか?今の俺は女の体になってるんですけど…。」
狐神「アキラは別さ。」
フラン「そうです。アキラさんは特別です。」
なぜ俺だけ特別扱いなのか意味がわからない。
アキラ「ミコはもしかして百合属性か?」
ミコ「なっ、何いってるのアキラ君。私はそんなの持ってないよ。私は前からアキラ君のことが好きだったから例え今の姿になっているとしてもアキラ君が好きなんだよ?」
アキラ「ふむ………。」
結局わかったことは今の俺はフェロモンのようなものを感じ取ることができる。そして相手が性的興奮状態ならば俺もそれにのせられてしまう。ファルクリアでも同性愛はアブノーマルだが俺だけはなぜか皆から特別扱いを受けている。ということだった。




