第三十二話「俺もいつか空間移動したい」
昨日はポイニクスに色々と教えた。まず俺が襲われてもすぐにキレることがないように説明するのに苦労したがおそらく伝わったと思いたい。力加減を考えずに周囲を破壊してしまうようなこともよくないことだと説明しておいた。
アキラ「いいかポイニクス。気に入らない奴を全力でぶっ飛ばすのもいいが必要最低限ギリギリの力で相手を制圧するのが一番いいんだ。」
ミコ「アキラ君!そうじゃないでしょう?ポイニクスちゃん。気に入らないことがあっても何でもかんでも力ずくで解決すればいいというものじゃないのよ?」
などとミコから何度も突っ込みが入ったが概ね伝わったと思う。アクアシャトーで一晩休んで今日は移動しながらポイニクスに実際に力のコントロール訓練もさせるつもりだ。
ティア「失礼します。アキラ様、朝食の準備が出来ております。それから出立の式典の段取りですが…。」
アキラ「ちょっと待て。なぜ式典などしなければならない?」
ティアが部屋へとやってきて何か余計なことを言い出した。
ティア「火の精霊王様をお見送りするのです。きちんとしなければ水の精霊の沽券に関わります。」
アキラ「そうか………。だが断る。そして飯もいらない。」
ティア「そうはまいりません!さぁこちらへ。」
ティアは引きそうに無い。だが俺達にはそんな無駄な時間はない。
アキラ「精霊王会談が開かれるまでに西大陸を周るんだ。それにその道中でポイニクスの特訓もしなければならない。そんな無駄な時間はない。」
ティア「無駄とはなんですか!これは大事なことです。」
アキラ「では俺達は出発するから代理の者をその式典とやらに出席させよう。」
ティア「何を言っておられるのですか。アキラ様をお見送りする式典で代理などもっての他です。」
駄目か…。面倒になってきたな。
アキラ「よしポイニクス。この国を跡形もなく消し去ってしまえ。」
ポイニクス「いいの?」
ポイニクスがカクンと小首を傾げる。
ミコ「よくないよ!ポイニクスちゃん信じちゃだめだよ。アキラ君は冗談で言ってるだけだからね。アキラ君!どうしてそういうことを言うの?ポイニクスちゃんは純粋なんだからすぐに信じちゃうでしょう?」
ミコに怒られてしまった。
アキラ「だが俺達にそんな無駄な時間はない。こちらが無理だと言っているのに相手が強要してくる以上は相手が死に絶えるかこちらが折れて出席するしか道はない。そして俺が折れるつもりはない以上相手が死に絶えるしか道はない。」
ミコ「どうしてそうなるの?説得するとか他にも方法があるでしょう?」
ミコがなおも食い下がってくる。
アキラ「俺の説得は無駄に終わったじゃないか。…ミコ…もう…これしか道はないんだ。」
ミコ「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんなに芝居がかっているの?」
シリアスな感じで言ってみたがミコには通じなかったようだ。これ以上引っ張ってもミコは諦めそうにないのでティアの方を諦めさせることにする。
アキラ「オーレイテュイア殿、火の精霊王としてその式典は正式に辞退させていただく。」
ティア「………。」
まただ。誰も俺の言葉に反応しない。何事もなかったかのように流されている。
アキラ「頼むよティア。」
ティア「はっ、はいっ!あの!もう一度名前を呼ん………。」
アキラ「………。」
ティア「………ごほんっ。わかりました。式典は取りやめにします。ですが勘違いしないでください。別に貴女のためではありません。」
アキラ「じゃあなんだよ………。」
ティア「それは…その…。そうです!こちらも精霊王会談に向けての準備などで忙しいのです。」
アキラ「だったら何故式典とか言い出したんだ?」
ティア「それは足止め…じゃなかったわ…。えっと…。そうだ。仮にも火の精霊王様をお見送りするのですからこちらからやらないと言うわけにはいかなかったのです。」
アキラ「だったら俺が辞退した時に引き下がればよかっただろう。」
ティア「うっ…。その……一度目で引き下がっては最初からする気がなかったと思われては水の精霊の名に傷が付くからです!」
何か釈然としないが式典は中止になったようなので一先ずこれで良しとしておくことにする。
アキラ「じゃあ俺達は出発するからな。世話になったな。」
ティア「あっ!あっ!まっ、待ってください。」
アキラ「…なんだよ。」
ティア「えっとぉ…、そのぅ…。あっ!そうでした。朝食はお召し上がりになってから出立してください。」
アキラ「それもいらないって言っただろ?俺達には俺達の食事がある。」
ティア「おもてなしを断るといわれるのですね?」
アキラ「ああもう…。めんどくせぇ…。じゃあ食うからちゃっちゃと済ませてさっさと出るぞ。」
これ以上はティアも譲りそうになかったので食事だけいただくことにした。当然ではあるが俺とミコにとっては普通の朝食だったが他のメンバーには水の精霊の食事が不評だったのは言うまでもない。
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いざ出発という段になってさらに一悶着起こる。
ティア「わたくしも同行させていただきます。」
アキラ「はぁ?………なんで?」
ティア「それは…貴女方が危険だからです!」
アキラ「いや…それはさすがに意味がわからない。俺達が危険だったとしてももうこの国を出て行くわけだしティアが付いて来る理由にはならない。そもそも宰相が国を空けていいのか?会談の準備で忙しいんだろう?」
ティア「あぁ…もっと呼んでください。」
アキラ「あ?」
ティア「あっ!いえっ、その…。危険な者を野放しにはできません。わたくしが監視いたします。」
狐神「どうせ付いてくることになるんだから諦めたらどうだい?それこそ時間の無駄だよ。」
アキラ「師匠………。」
何だかフランの時のことを思い出す。ティアのキャラは少しフランとかぶっている気もする。ここで俺が折れたらまた碌でもないことになるのではないだろうか。
ミコ「アキラ君…こんな小さな子にまで手を出すんだね…。」
ミコが悲しそうな表情で顔を伏せている。
アキラ「小さいって…。精霊族はこれくらいのサイズの者が大半だしこいつは年齢的には大人じゃないのか?そもそも何の手も出していないし出す予定もないぞ…。」
狐神「次々女に手を出してこんなに侍らせているアキラが言っても説得力がないね。」
アキラ「ちょっと待ってください師匠。原因の大半は師匠な上に俺はまだ誰にも手なんて出してません。捏造しないでください。」
ティア「ごほんっ!ともかく貴女の意見は聞いていません。同意があろうとなかろうとわたくしが同行することは水の精霊の総意として決定していることです。」
アキラ「なんで俺の意見は無視なんだよ…。」
ティア「ですからわたくしがお願いして連れていってもらうのではないと言ってるではないですか。これはわたくし達がわたくし達の安全のために行うことです。貴女の考えがどうであれわたくし達のためにわたくし達がしていることです。例え断られようとも勝手に付いていきます。」
全員の視線が俺に突き刺さる。おかしい…。なんだかゴネているのは俺の方のような雰囲気だ。大体このパターンでミコもフランも連れて行くことになったのではなかったか?なんだかワンパターン化しているぞ?そしてその結果どうなっている?ここはきっぱり断るべき所じゃないのか?だが断ろうと思ってもいつもなし崩しで連れていくことになっているのだ。今回はこちらの対応を変えてみるべきだ。
アキラ「わかった。」
ティア「本当ですか?やったわっ!」
今回は早めに了承することにした。だがこの先はいつもと違う。
アキラ「勝手に付いてくると言ったな?俺達はお前の面倒など見ない。付いてきたければ勝手にすればいいがお前が付いてこれなくとも途中で死のうとも知ったことじゃない。それじゃ行くぞ。」
そう言うが早いか俺はフランが付いてこられるギリギリの速さで移動を開始した。そうだ。俺の今回の作戦は放置作戦だ。俺達の移動に付いてこれる者などそうそういない。付いてこようとするのは勝手だが付いてこれなくとも知ったことではないのだ。むしろ振り切ってやろうと思っている。
ミコ「あ!待ってよ、アキラ君。」
俺の予想外の行動にミコとフランは少し出遅れたようだ。だが俺はティアを振り切るために速度は緩めない。こうしてアクアシャトーから南南西に向けて高速移動を開始したのだった。
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結論から言おう。振り切り作戦は失敗した。もう一度言う。振り切り作戦は失敗した。
アキラ「どういうことだ………。」
ティア「わたくしは任意の空間に現れることが出来るのですよ?振り切れるはずはありません。」
ティアは得意満面にふんぞり返っている。
アキラ「それにしてもなぜピンポイントで俺達の居場所がわかるんだ?」
ティア「貴女は精霊王の気配を放っているではないですか。それに次期火の精霊王の気配もあります。見失うはずがありません。」
なんということでしょう。精霊族が気配察知できることと空間移動できる能力が存在する限り俺は世界中どこに逃げてもたちまち追いつかれてしまうのです…。なんて言ってる場合じゃない。これは洒落にならない。いや…方法はある。ポイニクスはまだわからないが俺は精霊王の気配を絶てるはずだ。気配を消せば発見されることもなくなる。ポイニクスも気配を消せれば解決だ。もし気配を消せなければポイニクスとはわかれれば少なくとも俺は逃げられる。
フラン「はぁ…はぁ…ひどいです。アキラさん。」
ようやくフランが追いついてきたようだ。ティアを振り切れない俺がむきになって少し速度を上げすぎていた。ミコもうっすら汗をかいている。
アキラ「…もういい。ここからは普通に進むぞ。」
フラン「んっ…。」
フランが俺の前に立ち手を広げている。
アキラ「どうした?」
フラン「ん!」
さらにずいっと近づいてくる。
アキラ「いや…意味がわからないんだが?」
フラン「もう!…今日は疲れて動けません。ですから昨日みたいに…ごにょごにょ…。」
最後の方は口篭って何を言っているかわからない。だが言いたいことはわかった。どうやら抱っこを催促されていたようだ。かわいく甘えてきてやばい。昨日までのフランとはまるで別人のように思えてしまう。だが昨日までと違って俺はもうフランのことをかわいい女の子として意識してしまっている。何も思わず抱っこなど最早出来ない。
フラン「むぐっ!ごくごくっ…。ぷはぁ。っていきなり何をするんですか!」
俺は無言でフランの口に神水を入れた瓶を突っ込み飲ませた。
アキラ「それで回復しただろう?自力で歩け。」
かわいいフランの姿をじっと見ていると俺の方が赤面してしまいそうなのでぶっきらぼうに対応して顔を背ける。すると背けた視線の先には不気味な魚達がじっと控えていた………。
アキラ「そういえばお前達を出したままだったな…。ボックスの中へ入れ。」
ブリレ「えっ!?待ってよ主様!ボク達も主様のお側にいさせてよ!」
うんうん。愛い奴じゃ。………言葉だけ聞いていればな。だが甲殻類の手足を生やした不気味な魚に迫られているのだ。はっきり言って視覚的にはきついものがある。
タイラ「汝は主様の命に逆らう気か?ブリレよ。」
さすが筆頭だ。タイラは素直に俺の言うことを聞くらしい。
タイラ「ですが主様。我ら五龍将は主様のためだけに存在しておるのです。またあの場所へと戻されたならばその存在意義すら果たすことは叶いません。」
やっぱりタイラも不満らしい…。だがこの不気味な魚に常に周りにいられたらあまり俺の精神衛生上よろしくない。…いや、待てよ。
アキラ「わかった。お前達ポイニクスの特訓相手になれ。目標はポイニクスが完全に自分の力を制御できるようになることだ。」
こいつらならポイニクスが暴走しても簡単に抑えられる。溢れた力を消すのは俺がやるとしても不意に暴走してもこいつらなら抑えられるし最悪抑えるのが間に合わず周囲に被害は出しても俺の仲間への防御は間に合う。どうせ出したままになるのなら役に立たせよう。
五龍将「「「「「はっ!承知いたしました。」」」」」
こうしてポイニクスの特訓は五龍将に任せることにした。
アキラ「しかし精霊族は便利だな。現れたり消えたり。世界中どこでもいけるのは便利だ。」
ティア「どこでもというわけにはまいりませんよ?」
アキラ「お前さっきどこでも任意にって言ったじゃないか…。」
ティア「自らの属する元素が多く力の強い場所ほど現れやすいのです。一切元素がなければ現れることはできません。」
アキラ「ほう…。」
座標の目印にしているようなものか。今のように移動していれば一番近くの現れやすい場所に現れてそこから通常の移動方法で近づけばいいわけだ。つまり元素さえ近づけなければティアは俺を見つけてもその場に現れることは出来ないのだろう。だが海中にですら火の元素が存在しているようにこのファルクリアの世界で元素が存在していない場所はないと言ってもいい。その時俺の前の空間が歪んだ。ポイニクスが空間移動してきたのだろう。
ポイニクス「ママ~!」
予想通り現れたポイニクスは俺の胸に飛び込んできた。いきなり顔に飛び込むなと言って以来胸に飛び込んでくるようになったのだ。言いつけはきちんと守っている。
アキラ「修行は終わったのか?」
ポイニクス「ちゃんと終わったよ~。」
ティア「なっ!なっ!どういうことですか?」
ティアが慌てている。俺には理由がわからないので直接聞いてみることにした。
アキラ「何を慌てている?」
ティア「どうして次期火の精霊王が空間を渡れるのですか?」
アキラ「どうしてって…。精霊族なら出来るんだろう?」
ティア「確かに大半の精霊は出来ますが次期火の精霊王ほど強力な方や物質世界との繋がりの濃い方は渡れないはずです!」
アキラ「そうなのか?」
ティア「そうなのです!いいですか?そもそもこの移動方法は………。」
ティアの説明を要約すると二つの重要な要素があるらしい。まず消えたり現れたりする際に関わる点として前にも言ったが空間の裂け目のような場所を通る。その裂け目は小さなもので物質世界との結びつきが強い者や力の強い者はその小さな裂け目を通れない。小さな子供がぎりぎり入れる穴に体の大きな大人は入れないのと同じことだ。
次に現れる地点の設定だ。元素が濃く強いところに現れるのにも二つの理由があるらしい。一つ目は俺が考えた通り目印としての役割。もう一つはその元素の力を利用して現れるからだそうだ。そして力の強い者や物質世界との繋がりが濃い者ほどより大きな力が必要になるので出現出来る場所にも限りがあるというわけだ。本来であればポイニクスは力が強すぎるためにザラマンデルンの火山のように火の元素が活発なところでもないとまず無理だそうだ。ザラマンデルンでもおいそれと出来るほど簡単ではないらしい。
ではなぜポイニクスはいとも簡単に空間移動出来るのか。それがわかればもしかしたら俺も出来るようになるかもしれない。
アキラ「ポイニクス。もう一度空間移動してみろ。そこで消えてここに出てみるんだ。」
胸から引き離したポイニクスを俺の手の先へと移動するように指示してみる。
ポイニクス「うん。いくよ~。」
ぱっと消えたポイニクスは俺の手の先へと現れた。
ティア「こんなことありえません…。一体どうなって…。」
ティアにはわからなかったようだ。だが俺にはわかった。
アキラ「ポイニクスは自身の精霊力でその空間の裂け目とやらを広げているな。出現位置は確かに目印として元素を使っているがその力を利用はしていない。自分の精霊力だけで出現しているので元素があればどこにでも飛べるということになる。」
ティア「そんなっ!そんなことをしようとすれば一体どれほどの精霊力が必要になるか…。不可能です!」
実際にそんなことが出来ているのでティアの言葉には説得力はない。だが俺が真似をしようと思ってもこればかりは出来そうにない。いくら俺の力が強いといっても肉体という物質を持っている以上はポイニクスの比ではないほどの神力を使わなければ俺はこの方法で空間移動できないだろう。確かにそれでも移動自体は出来るかもしれないが消耗する力が大きすぎる。また完全に座標を固定できるかどうかもわからない。どこかとんでもない場所に出てしまうかもしれないのだ。大量の力を消費してどこに出るかわからない上に無事に通れるかもわからないのだ。これではとても使えない。
アジル「主様。ご子息様の特訓、終わりましてございます。」
アキラ「アジルか…。やけに早いな。完璧なんだろうな?」
アジル「はっ!ご子息様は筋がよく飲み込みが早いのですぐに出来るようになりました。」
元々前火の精霊王の記憶や知識の一部を引き継いでいるのだ。コントロールに関してはその知識を使えば簡単だったのだろう。あとは簡単に暴走してしまわないように常識を学び心を鍛えるだけだ。
アキラ「ご苦労だった。」
五龍将「「「「「はっ!」」」」」
五龍将が揃って跪いて(?)頭を垂れている(?)…のだろう…。魚なのでよくわからないが…。
タイラ「ところでアジルよ。なぜ我を差し置いてお前が報告するのか?」
アジル「私こそが最も多く主様にお目通りがかなっている。側仕えは私の役目であろう。」
ハゼリ「その言葉は聞き捨てなりません。取り消しなさいアジル。」
ブリレ「そうだよ。主様のお側に仕えるのはボクだよ。」
ハゼリ「このハゼリを差し置こうというのですか?ブリレ。」
魚達がまたわいわい騒ぎ出した…。
アキラ「ちょっと黙ってろ。」
五龍将「「「「「はっ。」」」」」
こいつらもうやだ………。強引にボックスに放り込んでやろうか…。だが役に立ったのは確かだ。その扱いはあんまりだろうか…。だがわいわいうるさいのは困る。
ティア「あれは…。もしかしてあそこへ行かれると言われるのですか?」
ティアは前方に見える大きな樹を見つめながらわなわなと震えている。
アキラ「どうやらそのようだな。ティアはあれが何かわかるのか?」
ティア「あぁ…もっとわたくしの名前を呼んでください。」
アキラ「………。」
ティア「………ごほんっ。あれは…土の国ゲーノモスです。」
俺の次の目的地は土の国のようだった。




