第三十一話「その名は五龍将」
俺がボックスから取り出したのは懐かしいあいつだ。生態に適したように最適化されたぬめっとしたフォルム。そしてその最適化を全て台無しにするかのような邪魔な手足。そう、そいつこそは…!
???「お呼びでございますか?主様。」
目の前に現れたそいつは俺の考えていたものとは違う。赤い鯛のような体に蟹だかザリガニだかの鋏のようなものがついている。
アキラ「………あれ?アジルじゃないな…。お前は?」
そうだ。俺が呼び出そうと思っていたのはアジルのはずだ。こんな奴は見たことがない。
タイラ「我は五龍将筆頭タイラと申します。」
五龍将………。とても龍や将には見えない。はっきり言って甲殻類の手足の生えた不気味な魚にしか見えないのだ。オーバーな名前にもほどがある。こんなのが龍などと名乗っていればドラゴン族は怒るのではないだろうか…。
アジル「私はここにおります。主様」
アキラ「おぉ…。アジルもいたのか。五匹も呼び出すつもりはなかったんだが…。」
光ながら空を飛ぶ魚の体に甲殻類のような手足の生えたものが五匹浮かんでいる。ポイニクスを抑えるだけならばアジル一匹で十分なのだが取り出したつもりのない者達まで出てきたようだ。
アジル「はっ!主様がお呼びとあらば我ら五龍将はいつでも馳せ参じます。みな主様にお呼びいただけるのを今か今かと待ち望んでおりました。」
どうやら出待ちが長すぎて呼ばれてもいないのに飛び出してきたようだ。どれか一匹でもいれば事足りるのだが長い間放置していて少し悪い気がするので五匹で協力して頑張ってもらおう。
アキラ「まぁいい。ともかくお前達に頼みたいことがある。ポイニクスを、あの火の精霊を傷つけないように少しの間だけ抑え込んでおけ。」
タイラ「はっ!承知いたしました。」
タイラが代表して答える。筆頭と言っていただけあって確かにこの五匹の中で一番強い力を持っているようだ。五龍将がポイニクスの力を抑えたのを確認した俺は抑えるのをやめて一歩下がった。
ドクンッ!
能力制限を少し緩めただけで体に力が漲っているのがわかる。俺の精霊力に巻き上げられ外套が外れて飛んでいってしまった。
アキラ(やっぱり一か八かでポイニクスを抑えたまま解除しなくてよかった。)
俺はまだまだ全開まで解除していない。それでも溢れ出ている神力は以前とは比較にならないほど強力になっている。能力制限を掛けたままでも成長し続けていた俺の神力では以前のままの感覚でポイニクスを包んでいれば力が強すぎて押しつぶしてしまっていただろう。
このまま五龍将に任せていてもポイニクスを抑えることは容易い。だが一度熱してしまった水がお湯になり熱いのと同じようにすでに溢れてしまったポイニクスの精霊力を消し去るのは難しいだろう。いや、それも出来なくはない。ただ周囲に撒き散らして被害を出してしまうかポイニクスに最悪死んでしまうかもしれないほどのダメージを与えることになりながら火の精霊力を消し飛ばすことしか出来ないのだ。俺の力ならば綺麗に消し去れる以上は俺がポイニクスを止めるしかない。
アキラ(すでに溢れてしまった分は仕方がない。まずはこれ以上溢れさせないようにポイニクスを止めるのが先だ。)
考えを纏めた俺はすぐに行動に移る。まずはポイニクスを落ち着かせてこれ以上力を出さないようにさせる。両手を広げてポイニクスを安心させるように微笑みかける。
アキラ「ポイニクス…。」
ポイニクス「ママ…。」
俺の精霊力に包まれたポイニクスは俺の呼びかけに応えてこちらを向いた。俺は刺激しないようにそっと近づきポイニクスを手で捕まえた後胸に抱き寄せた。
アキラ「ポイニクス。もういいから力を抑えろ。」
ポイニクス「はい。」
下手に刺激しないように静かに諭すように声をかけるとポイニクスは素直に答えて力を抑えた。あとは周囲にまだ残っている溢れ出た精霊力を消し去れば終了だ。俺は自身の精霊力でポイニクスが撒き散らした火の精霊力を慎重に包み込み俺の中へと飲み込んだ。うまく消し去れたようだ。俺は能力制限を元に戻す。
アキラ「おい、ポイニクス。わかっているな?」
俺はポイニクスに問いかける。
ポイニクス「ううぅぅぅ…。」
さっきまでの素直な態度と違いポイニクスは情けない顔をして俺の方を見ようとしない。
アキラ「さぁ…おしおきの時間だ。」
今回の件はさすがに笑って済ませられない。俺と師匠とガウならばあれに巻き込まれていても『あついっ!』というくらいで済んだだろう。能力制限の解除が間に合わなければ少し火傷していた程度だ。それもすぐに治せる。だが他の者はそうはいかない。妖怪族の三人とポイニクス以外は全て蒸発して消えうせていただろう。この湖も森も全て何もかもだ。俺の大切な者達の命の危機だったのだ。このまま何もお咎めなしというわけにはいかない。
今回はたまたま目の前にいて俺が間に合ったから何とかなった。しかしどこか遠くにいる時に同じようなことがあれば気づいた時にはその力が到達し一瞬でミコ達まで防御することは不可能だろう。もし知らない間にポイニクスが暴走すれば大切な者達を失ってしまうかもしれない。ならばポイニクスが成長するまでその能力を封印するなり制限するなりしておけば良いかというと俺はそうは思えなかった。
もしポイニクス自身に危険が迫っている時に封印や制限していなければ死ななかった事でもその封印の所為で死んでしまうかもしれないのだ。それではどうすればいいのだろうか…。
アキラ「師匠…、ミコ達を守ってくれてありがとうざいました。…少しお話があります。」
狐神「うん?」
俺は師匠にさきほど考えていたことを相談してみることにした。
狐神「う~ん…。私はアキラがポイニクスの力に制限をかけておけばいいと思うけどねぇ…。」
ムルキベル「アキラ様…。そもそも私はその危険から王子をお守りするために存在しているのではないのですか?」
ムルキベルは便宜上ポイニクスのことを王子と呼んでいるが前述通りポイニクスに性別はない。あくまで便宜上のことだ。
アキラ「ムルキベルのことを信用してないわけじゃない。ただ俺がポイニクスに無理やり封印や制限をかけるのが本当にいいことなのかわからない。」
ガウ「がうがうっ!お魚なのっ!」
ミコ「アキラ君…その人(?)達は?」
ガウが五龍将達を獲物を見るような目で見ている。今にも飛び掛りそうだ。ミコは目が点になっている。俺だってこんな不気味でしゃべる魚を初めて目の前にすれば同じようなリアクションをするだろう。これ以上この魚達をスルーできなくなったのか皆が会話に割り込んできた。
フラン「この方達は…。もしかして水の神様なのでは…。」
フランにはこの姿は不気味には映らないのだろうか。真剣にこいつらについて考えているようだ。
アキラ「そういえばお前達を放置したままだった。名前は?」
ポイニクスを抑えたあとも変わらず静かに控えている五龍将を振り返り名前を訊ねてみる。
タイラ「我は五龍将筆頭タイラと申します。」
さっき聞いたこととまったく同じことを言う。二度手間なだけだからこういうことはいらないのだが…。まぁ俺を主と思っているようだからその主の命とあらば答えなければならないのだろう。見た目は鯛に蟹の鋏が生えていると思えばだいたい合っている。
ハゼリ「五龍将第二位ハゼリでございます。」
鯊の頭に海老の触覚や突起がついているような感じだ。少しスタイリッシュに見えなくも…いや、やっぱり見えない。
アジル「私は五龍将第三位アジルと申します。」
アジルについてはもういいだろう。
ブリレ「ボクは四位のブリレだよ。」
鰤の頭にカブトエビの頭についているような薄く透けた殻がついている。
サバロ「………サバロ。」
鯖に蝦蛄のような手?足?のようなものが生えている。どれもちょっと不気味だ。ブリレだけ何か被っているのがちょっとかわいく思ったなんてことは絶対に断じてない!ないったらない!全てスズキ目だ。もっともスズキ目は脊椎動物中最大の数の種がいる目なので不思議ではないかもしれない。
アキラ「あれ?そういえば念話とかいうやつじゃないな…。」
アジル「はっ!以前に主様より教わった会話方法を習得いたしました。」
どうやら前回会った時に俺と師匠と会話したことでしゃべれるようになったらしい。魚がしゃべれるようになるなどそんな簡単なことではないと思うのだが…。
ブリレ「そうだよ!アジルだけ主様と会ってたんだった。許せないよね。」
タイラ「我を差し置いてどういう了見か。まだ弁明を聞いておらんな。」
アジル「主様が私を選んだのだ。お前達は主様のお考えに異議を申し立てるつもりか?」
ブリレ「むぅっ!ボクはその言い方はずるいと思うなぁ。」
サバロ「………。」
不気味な魚達がわいわいと騒ぎ出した。話を振らないほうがよかっただろうか…。
ハゼリ「あのような者達は放っておきましょう主様。」
ブリレ「あっ!ハゼリ!抜け駆けはずるいよ!」
駄目だ…。放っておいたら収拾がつきそうにない。
アキラ「少し黙れ。」
五龍将「「「「「はっ!」」」」」
俺の命令には従順で全員が一斉に黙った。こいつらは見た目はあれだが能力は高い。神山を旅立つ前のガウくらいの強さはある。今制限を解いたガウの強さがどれくらいかはわからないが前のガウと同等レベルということはバフォーメよりもさらに強い。妖怪族である俺達三人以外で今まで会った誰よりも強いということだ。
少しだけ皆の強さの整理をしておく。強さとは単純に比較できるようなものではないがやはりある程度は力の差というものがある。俺、師匠、ガウの順は変わらない。その次がなんとこの不気味な魚達だ。次が真の力を解放したバフォーメだろう。バフォーメは俺に召喚された際に真の名前と力を俺に握られている。だから魔の山で出会った時のバフォーメの能力はそれよりは劣る。ポイニクスが真のバフォーメの下で、今の力を出せていないバフォーメとムルキベルはその次で互角くらいだ。今の能力制限をしている俺達三人の能力もこの位置くらいの強さだ。しかしガウは術が使えず肉体と神力で戦うのでバフォーメやムルキベルとは相性が悪い。逆に俺や師匠は術もありなら能力が同程度でも圧勝するだろう。その下がミコでフランの順となるだろう。俺の仲間でフランより下になるのは人間族であるロベールやフリードしかいない。
それ以外の者で出会った者はサタン、バアルゼブル、ルキフェル、マンモン、それ以外の六将軍、水の精霊王、イフリル、オーレイテュイアといった順だろうか。マンモンより下の方はどんぐりの背比べなので絶対とは言い切れない。相性の問題もあるだろう。力で言えばイフリルが勝っているがオーレイテュイアとは相性が悪いので戦えばイフリルが負けると思われるからだ。出会った人間族の中で最強のロベールはその遥か下になる。人間族ではそもそも勝負にすらならないような力の差がある。そしてこのパーティーメンバー以外の者達全員でかかってもすでにフラン一人に敵わない。
アキラ(真の名前…。そんな話を聞いたな。フリードが言っていた真名というやつと関係あるのだろうか?)
オーレイテュイア「あっ…あの…。わたくし達はどうすれば…。」
オーレイテュイアに声を掛けられるまですっかり忘れていた。ここは水の精霊の城の中だった。
アキラ「あのヒステリックババァは死んでも自業自得だがお前達まで巻き添えにしてしまうところだった。その点は詫びておく。」
俺に攻撃を仕掛けてきた水の精霊王は死んでも知ったことじゃない。むしろ生き残って残念ですらある。だが他の精霊達はポイニクスに殺されなければならないほどのことはしていない。そこで周囲の様子を伺ってみると水の精達は五龍将に頭を下げて跪いていた………。
アキラ(なんだこれ…。なんてシュールな絵面だ…。)
不気味な魚の集団にかわいい精霊が跪いているのだ。そういえばフランも五龍将を水の神などと言っていた。地球でも龍は水を表すとも言われている。水の精霊王ですら五龍将に頭を垂れているのだ。フランの意見もあながち間違いではないのかもしれない。
オーレイテュイア「そっ…そのようなことは………。いえ、そうです。わたくし達は危うく絶滅してしまうところでした。あなた方は危険です。今日はもう夜になるので今夜は城に泊まっていっていただきます。」
何を言っているのか意味がわからない………。危険だから泊まれとはどういうことだろうか。危険ならさっさと立ち去ってもらいたいのではないだろうか。
ウンディーネ「ティアっ!なんということを言うのです!このような者達はさっさと立ち去って…。」
アキラ「あ?」
ウンディーネ「ひぃぃぃ~~。」
ウンディーネは俺の一睨みで飛んで逃げていった。比喩ではない。本当に空を飛んで玉座の間の奥へと逃げていったのだ。だが言っていることは正しい。あれだけ危険な目にあったのだ。俺達にはさっさと立ち去ってもらいたいだろう。オーレイテュイアの言っていることが意味不明なのだ。
オーレイテュイア「あっ、あなた方は危険なのです。野放しにはできません。今夜はこの城で監視させていただきます。」
アキラ「ふむ…。」
俺達がそこらで野宿してまた何か揉め事を起こしたら国が滅ぶかもしれない。だから今夜は動かずここにいろということだろうか。それなら少しはわからなくもない。危険だからこそ目の届かない所へ行かれるより目の届く所で監視しておきたいということだろう。
アキラ「わかった。それでは今夜はここで世話になろう。」
オーレイテュイア「本当ですか?やったわっ!」
アキラ「やった?」
オーレイテュイア「あっ…、いえ。それでは監視させていただきます。」
アキラ「………。まぁいい。それじゃ頼む。」
オーレイテュイアは何か企んでいるのかもしれない。だがポイニクスのこともまだ考えなければならないし今日の移動は強行軍だった。今夜は無理をせずここでゆっくり休んだ方がいいだろう。
ミコ「………アキラ君のえっち。」
狐神「五人目…かねぇ…。」
フラン「そんな…。私はまだスピリットリンクしていただけていないのに…。」
ガウ「がうがうっ!お魚獲るの!」
アキラ「おい…。俺のどこがえっちなんだ…。」
しかしミコは答えずにつーんと向こうを向いてしまった。ガウだけが五龍将と戯れている。もちろんどちらも手加減しているが実に楽しそうで微笑ましい限りだ。…現実逃避している場合ではない。
アキラ「ともかく部屋に案内してくれ。まだポイニクスのことについても決めなければならない。」
オーレイテュイア「それではこちらへ。」
オーレイテュイアに案内されて部屋へと通される。最初は部屋も家具類も小さく、とても人間サイズの者が使える状態ではなかったがオーレイテュイアが精霊魔法でサイズを変えて俺達でも使えるようになった。精霊魔法で出来た城というのは維持が面倒だろうと思ったがこういう時に自由自在に変更できるのは便利かもしれないと思うのだった。
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部屋について一番最初に考えるのはポイニクスについてだ。ポイニクスの力が暴走すれば相当大きな被害が出てしまう。それでも今まで暴走するようなこともなく1300年以上生きてきたのだから大丈夫だと思って油断していたが今日はあれほどあっさりと暴走してしまった。
ムルキベル「それはアキラ様に危険が迫ったからでしょう。」
皆で相談しているとムルキベルが声を上げた。
アキラ「あの程度は危険でもなんでもない。」
ムルキベル「確かにアキラ様のお力からすれば何でもないことでしょう。ですが王子は生まれて初めて目の前で母が害されようとしている場面に遭遇したのです。」
アキラ「………なるほどな。」
それは確かにショッキングな光景に映るだろう。実際に怪我をしたり死んだりするかどうかではなく母として慕っている者が他人に襲われそうになっている場面を生まれて初めて見たのだ。動揺したり母を守ろうとしたりしてもおかしくはない。
アキラ「…よし。決めた。ポイニクスへのおしおきも兼ねて特訓させることにする。」
狐神「力を封印せずに本人に制御させるつもりかい?」
アキラ「はい。どちらにしろいつかは自分でコントロールしなければならない力です。1300年以上経ってもまだこんな子供である以上はポイニクスが成長するまで待っていればいつになるかわかりません。本人にきちんとコントロールさせるべきです。」
そうだ。リスクを恐れていては何も出来ない。ちょっと事故があったからといって危険だから使うのはやめましょうと言っていては技術の進歩などない。危険があるからこそより安全に扱えるように日々進歩するのだ。そもそも絶対に安全なものなど存在しない。地球でも絶対に安全なものでなければ触れることすら禁止と言わんばかりの反対意見を言う愚か者共が大勢いた。だがそんなものがどこにあるというのだろうか。それこそ自転車ですら人を殺してしまうような事故を起こす可能性があるのだ。包丁だってうっかり人に刺さってしまうかもしれない。火なんてもっての他だ。どれほど細心の注意を払っていても技術が進んでも人類が火を使い出してから現代まで未だに火事は起こる。だがだからと言って火を使うのはやめましょうと言うだろうか?
明らかにパイロットの技量不足が原因でよく事故を起こす海外の航空会社には空港への乗り入れを禁止しましょうとは言わない。大型の航空機事故ともなればどれほどの被害が出るか当然知っているだろう。毎年の自動車事故での死傷者数はご存知だろうか。それらについては危険だから使うのをやめましょうとは言わないのに地震当時の指導者の対応のまずさのせいで起こった人災事故は危険だから全て停止させなさいと騒いでいるのは本心ではないのだ。ただのパフォーマンスや政治的に利用しているにすぎない。そしてそれに賛成して自分で物事を調べることも考えることもせずそれらに乗せられて反対に同調し綺麗事を言っている者もどうしようもない愚か者だ。
ここでポイニクスの力を封印すれば一番簡単にケリが着く。暴走するリスクもない。だがポイニクスの成長もまたなくなる。技術の進歩とはリスクを乗り越えるために磨かれるのだ。リスクがある技術の進歩を放棄して一切触らないようにしましょうなどと言う者は電気類は当然ながら火も刃物も一切使わない生活を送ってから言ってみろという話だ。それでも一切のリスクを失くすなどということは不可能だ。なにしろどんな災害に遭うかわからない。放射線は宇宙から常に地球に降り注いでいる。コンクリートで固めた地下にでも住むというのだろうか?そのコンクリートは電力を使って工場の機械で生産されているのだからコンクリートを手だけで作るところから始めてもらわなければ話の筋は通らない。
オーレイテュイア「あれほどの力を制御できるのでしょうか?」
アキラ「………。なぜお前までまだいる?」
なぜかこの部屋まで案内してくれたオーレイテュイアまで参加している。
オーレイテュイア「それはっ…その…危険だからです。」
アキラ「………。まぁいい。そういうわけでポイニクスはこれから力の制御ができるように特訓だ。」
ポイニクス「ママが一緒に居てくれるなら何でもする~。」
ポイニクスは思ったよりも乗り気なようだ。実際にはきちんと理解出来ていないだけなのかもしれないが…。
オーレイテュイア「あの…本当に貴女が母親なのですか?」
アキラ「お前には関係ない。」
オーレイテュイア「!………。いえ、関係あります。わたくしは次期水の精霊王となる者です。火の精霊種との交流や情報も必要です。」
アキラ「ふぅ…。ポイニクスは俺が死にかけていた前火の精霊王を核にして力を与えて生み出した。生み出した者が親だというのなら俺はポイニクスの親だろう。腹を痛めて産んだわけじゃないがな。」
オーレイテュイア「そのようなことが出来るはずは…!いえ…、あの時の貴女の精霊力…。セフィロトそのものである貴女ならば…。」
アキラ「セフィロト?」
オーレイテュイア「あぁ…。そうでした。まだお名前を伺っておりませんよ。火の精霊王様。」
こいつは人の話を聞かないようだ。どんどん自分のペースで進めてしまう。俺も人のことは言えないが…。
アキラ「俺はアキラだ。」
狐神「キツネだよ。」
ガウ「がうなの。」
ミコ「ミコです。」
ポイニクス「…ポイニクス。」
ムルキベル「………。」
ポイニクスはもじもじとしている。そういえば火の国では自己紹介する機会もなかっただろうし自己紹介するのはほとんど初めての経験かもしれない。ムルキベルは黙っている。もう名前は通っているから必要ないという判断だろう。五龍将も何も言わずじっとしている。
ティア「…そうですか。それではアキラ様。わたくしのことはティアと呼ばせて差し上げます。」
なんだこの言い草は…。別に呼びたくなどない。相変わらず慇懃無礼な奴だ。
アキラ「そんなことより政務に戻られたらどうかな?水の国の宰相オーレイテュイア殿。」
ティア「なっ!ティアと呼んでいいのはお母様だけです。それをアキラ様にも呼ばせて差し上げると申し上げているのですよ!」
アキラ「お断りします。」
オーレイテュイアは頬を膨らませている。子供っぽい仕草だ。もっと年のいった人物かと思っていたが案外若いのかもしれない。もちろん見た目は若く10代中、後半くらいから20代前半くらいに見える。ただこんな仕草をするなんて精神年齢は10代前半でもなかなかないだろう。…ちょっと待てよ。地球人の俺と精霊族では風習も何もかも違う。もしかすれば愛称で呼ぶことには特別な意味があるのかもしれない。
アキラ「おいムルキベル。精霊族が愛称で呼ばせるのは特別な意味があることなのか?」
ムルキベル「親しい間柄でしか呼び合いません。」
………。それは地球でも普通だ。初対面の奴にいきなり愛称で呼ばれても馴れ馴れしい奴だなと思われるだろう。
狐神「迷ってるならティアって呼んどきなよ。」
師匠にそう言われるとむしろ呼ばないほうが正解な気がしてくる。こういう時の師匠のアドバイスは大概碌なことにはならない。全員の視線が俺に集まっている。
アキラ「それではオーレイテュイア殿も忙しいでしょうからお戻りください。」
ティア「………。」
誰も何も反応しない。まるで俺の言葉なんてなかったかのように振舞われている。
アキラ「………ティア。」
ティア「!!!キャーーーーー。」
ティアは悲鳴を上げて飛び去ってしまった。そんなに嫌ならば呼ばせなければいいのに…。
ミコ「アキラ君のえっち。」
アキラ「今日はゆっくり休もう。ポイニクスは明日から特訓だ。」
俺はミコの言葉を聞かなかったことにしてこれからの準備を進めたのだった。




