第三十話「頼りになる援軍?」
翌朝は早朝から大忙しだった。イフリルが昨晩のうちにまとめたのか『重要度の高い案件』の書類を山ほど持ってきた。これだけは出発前に終わらせて欲しいと言われ書類の山と格闘する。数日掛りでも終わりそうにない量なので加速能力を使って素早く終わらせるとさらに次々書類が運び込まれた。加速能力のおかげでこの七日間でやっていた量と同じくらいの書類を処理したが午前中はずっと執務室から出られなかった。
午後からは俺達の出立式典が催された。玉座に置物のように座らさせられた俺はイフリルに言われるがまま淡々と行事をこなしていく。肉体的には疲れていないが精神的に大いに疲れたのだった。ようやく出発できたのは地球で言えば三時のおやつ時くらいになった頃だった。
旅に出るのは俺達五人にポイニクスとムルキベルを加えた七人だ。他の護衛等は一切いない。そもそも本来であればムルキベルですら必要ないのだが仮にも一国の女王が一人の護衛も付けないのは対外的にもあまりよろしくないので連れて行くことにした。実力的には俺の方が遥かに格上だろうが会談で会うのは仮にも同格の王達なのだ。俺も火の国ザラマンデルンの王である以上は火の国だけ護衛も連れていないなどと軽く見られることがあってはならない。俺の個人的考えでは世間体や体面などどうでもいいと思うが王である以上は国のことも考えなければならない。
アキラ「出発前にすでに疲れた…。」
ミコ「アキラ君お疲れ様。」
フラン「………。」
ミコが労いの言葉をかけてくる。ミコを振り返るとフランが目に入った。あれ以来フランはずっと真剣な顔で何か悩んでいるようだ。あの顔は決して寝ぼけたまま歩いている顔ではない。何か声をかけたほうがいいのかもしれないが何を言えばいいのか…。俺には気の利いた言葉は浮かばなかった。
アキラ「ミコありがとう。全員聞いてくれ。今日は出発が遅くなったので先を急ぎたい。少し移動ペースを上げるぞ。」
狐神「はいよ。」
ガウ「がうがう。」
ムルキベル「はっ!」
全員の了承を得て俺達は移動速度を上げた。小さいがポイニクスは能力が高い上に空を飛べる。この中で一番移動が遅いのはフランだ。少し前まではミコもそれほどフランと変わらなかったが今でははっきりとミコの方が格上になっている。フランも決して弱いわけでも遅いわけでもない。今のフランならば一人でパンデモニウムを落とすことも出来るだろう。ただミコの成長が一気に加速してしまっただけのことだ。フランが付いてこられる限界ぎりぎりくらいまでペースを上げて移動を開始した。
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ザラマンデルンを出発した俺達は南南東へと進んでいる。途中で魔人族と精霊族がにらみ合う勢力圏の境を通ったが気づかれることなく素早く通り抜けた。とはいえ警戒しているのは魔人族ばかりで精霊族側は特に見張りがいるとか哨戒している兵がいるわけではなかった。
フランにとってはかなりの距離をほぼ全力で移動したので疲れているだろうと思いフランを振り返ってみる。
アキラ「大丈夫かフラン?」
フラン「はぁ…はぁ…、はい……。だい…じょぶ……です。はぁはぁ。」
とても大丈夫そうには見えない。俺は一度止まる。
フラン「どうして…止まるん…ですか?はぁ…、私は…大丈夫です…。はぁ…はぁ…。」
俺は無言でフランの前まで近づきお姫様抱っこで抱え上げた。
アキラ「よく頑張った。ここからはこれで行くぞ。」
フラン「えっ?あ…あの……、これはちょっと…。」
顔を真っ赤にしたフランが眠そうな目で俺を見つめてくる。これは恥ずかしがっている顔だ。
ミコ「いいなぁフラン…。私もアキラ君に抱っこしてもらいたいよ。」
アキラ「ミコはまだまだ余裕だろう?」
ミコ「むぅ…。強くなれたのはうれしいけどこんな落とし穴があったなんて…。」
それ以上は聞かず俺はフランを抱えたまま移動を再開した。
フラン「………私…、足手まといですよね…。」
俺に抱えられたままのフランはぽつりと言葉をこぼした。
アキラ「人にはそれぞれ得手不得手、長所短所がある。フランは確かに身体能力はあまり高くないが他に得意なことも長所もある。」
フラン「それでも…、それも魔法だってもうミコさんには敵いません。身体能力では最初から敵いませんでしたが私の唯一誇れる部分ももう追い抜かれてしまいました…。」
アキラ「…おいフラン。誰より優れているとか劣っているとかそんなことが重要か?お前はお前の目的のために必要なことをすればいいんじゃないのか?」
フラン「っ!それは………。………そうでした。どうして…そんな大事なことを忘れていたんでしょうか…。」
フランはそっと胸に手を当ててペンダントを握り締めた。俺がドロテーにあげた五芒星のペンダントだ。
フラン「ありがとうございます。」
お礼を言ったフランの顔はさっきまでの張り詰めた顔ではなく穏やかに微笑んでいた。
アキラ「礼を言われるようなことじゃない。」
俺はぶっきらぼうに答えて顔を背けた。今までの取り繕った顔や張り詰めた顔とは違う年相応の女の子の純粋な笑顔。そのフランの笑顔がかわいすぎてじっと見つめていられなかったのだ。きっと今の俺は赤面しているだろう。
狐神「アキラ………フランに惚れたね。」
こういう時の女の勘は鋭い。
アキラ「………別にまだ惚れたとかそういうのではありません。」
ミコ「『まだ』だね。もう時間の問題だと思うよ?」
アキラ「なんだそれは。そんな言い方されたら俺が誰にでも惚れる軽い奴みたいじゃないか。」
全員の冷たい視線が突き刺さった気がした。俺も言っている自分でも信用できないような言葉だ。ガウとポイニクスはまだそういうことがわかる年齢じゃない。ムルキベルもそんなことで俺を非難するような目で見るわけはない。単なる俺の思い込みだ。だがそう思うということは俺自身が何か疾しい気持ちを持っているということではないのだろうか。いたたまれない気持ちになった俺は速度を上げた。
ミコ「あっ!ちょっとアキラ君!速いよ。」
ミコの抗議を無視して少し離れて先頭を走る。
フラン「あっ、あの…、それって…。」
声を上げたフランとばっちり目が合ってしまった。目をうるうるさせて顔を真っ赤にしながらも俺を真っ直ぐに見つめている。
アキラ(やばい…。フランってこんなにかわいかったか?こんなかわいい子を抱きかかえているんだ…。)
意識しだすともう俺の頭はそのことだけで一杯になった。意識しないようにしようと思っても俺が抱きかかえている以上は一番肝心のフランから離れることが出来ない。俺は走っているからではない理由で鼓動が高くなるのをフランに悟られないか気が気ではなかった。
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俺達は西大陸東部にある巨大な湖の近くまで来ていた。森の中にある真っ直ぐな道の先に湖が見えている。だがその森の道で精霊族に囲まれた。火の精と同じような大きさの光る球が周囲を埋め尽くすほど浮かんでいる。火の精達は子供のような者が多いが今俺達を囲んでいるこいつらは女性のような姿をしている。
???「とうとうここまで来たか!汚らわしい魔人族め!」
???「弱い火の精霊共では止められなかったか。だが我らは火の精霊などとは違うぞ。奴らのように簡単にいくと思うなよ。」
フラン「あの…私は…。………すみません。これは私のせいですね。」
フランが申し訳なさそうに謝る。
アキラ「別にフランのせいじゃない。こいつらが馬鹿なだけだ。」
???「なんだと!」
ここでこの下っ端の馬鹿共の相手をしていても時間の無駄だ。さっさと進もう。
アキラ「俺は火の精霊王だ。道を開けろ。」
???「嘘をつくな。何が火の精霊王だ。火の精霊王はとうの昔に死んだ。それ以来ずっといない。」
ザラマンデルンで記憶を思い出して以来ずっと精霊王の気配は放っているはずだが下っ端のこいつらではわからないのだろう。俺は1300年以上もこの地におらず他の精霊と交流がなかったのだから若い世代が知らないのはこいつらのせいだけではない。ここは我慢してやることにする。
アキラ「それはお前達が知らないだけだ。遠い過去の記憶を持つ者を連れて来い。」
そう言いながら俺は少しだけ精霊力を解放する。
???「これは…。おい、オーレイテュイア様を呼んで来い。」
オーレイテュイア「その必要はありません。……ようこそ火の精霊王様。今ここへ来られずとも精霊王会談が行われるはずです。本日はどういったご用件でしょうか?」
おそらくこいつがオーレイテュイアという奴なのだろう。他の精霊とは格が違う。青い髪に青い瞳で綺麗な女性の顔をしている。大きさは30cmくらいだろうか。他の奴よりも大きい。まるで水をそのまま纏っているかのような服を着ている。肩甲骨辺りまであるウェーブのかかった髪がゆらゆらと水の中のように揺らめいている。
ムルキベル「たかが宰相の分際でこの方が我らの王と知りながら名乗りもせぬとはどういう了見か?」
アキラ「ちょっと黙ってろムルキベル。」
ムルキベル「はっ…。出すぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでした。」
素直なのはいいがムルキベルは少し堅物すぎる。俺からすればこいつの名前など興味はない。名乗られても面倒なだけだ。ムルキベルは相手のことを知っていたようだ。しかし…こいつが宰相か。なるほど。確かにイフリルに並ぶほどの力を持っている。
オーレイテュイア「これは失礼いたしました。火の精霊王様。わたくしは水の国の宰相オーレイテュイアと申します。後ろのお方も申し訳ありませんでした。貴方様がかの有名なムルキベル殿であられましたか。なんでも火の国の秘密兵器で国の奥深くにずっとおられるのだとか。」
『ははは』と周囲で笑いが起こる。慇懃無礼な奴だ。戦場に出てこその兵器が国から出ないとムルキベルをあざ笑っているのだ。俺に対しての無礼などどうでもいい。だがムルキベルをあざ笑われるのは我慢がならない。ムルキベルは俺の命令を忠実に守っているにすぎないのだ。
ミコ「アキラ君だめだよ。この人達は失礼だけどこれくらいで怒って皆殺しになんてしたら駄目だからね。」
俺の怒気を察したのかミコに釘を刺された。少し頭を冷やす。
アキラ「お前達に用はない。俺は昔にこの地を訪れたことがあるはずだ。その景色を見たい。」
オーレイテュイア「それこそ失礼ではないのですか?わが国を訪れておきながらこの地を治める我らが王に会わないと言われるのですか?」
アキラ「ふぅ…。それでは案内してもらおうか。」
やはり景色だけ見てさっさと通り過ぎるというわけにはいかなかったようだ。精霊達に周囲を囲まれ監視されながら俺達は湖へと向かって行った。
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ミコ「うわぁ…幻想的でとっても綺麗…。」
青く澄んだ巨大な湖の中心に城が浮かんでいる。城へ進む道はないがオーレイテュイアが手をかざすと水が持ち上がり橋が出来上がった。ある程度予想はしていたがこいつらは水の精霊のようだ。
オーレイテュイア「どうぞ。」
俺達は水で出来た橋の上を歩く。足が沈み込んだりすることはない。まるで地面を歩いているかのように硬い感触がある。だが俺達が湖の畔と城の中間辺りまで歩いた時にオーレイテュイアは力を止める。オーレイテュイアの力で出来ていた水の橋は一瞬にして元の水へと戻り俺達は湖へと落ちる…ことはない。この程度の嫌がらせは予想していたので先ほど見たオーレイテュイアの水の精霊魔法を覚えた俺が即座に橋を作り直したからだ。
オーレイテュイア「これはっ!なぜ?」
オーレイテュイアや周囲の精霊達は目を見張って驚いている。
アキラ「どうした?さっさと案内しろ。」
オーレイテュイア「くっ…こちらへ…。」
俺達は湖に浮かぶ城まで辿り着いた。城の外側を半球状に薄い膜のような水が覆っている。俺達が近づくと音もなく水の膜が開いた。
オーレイテュイア「水の国アクアシャトーへようこそ。」
開いた膜の隣へ移動したオーレイテュイアは俺達に道を開けた。その先へと進んで行く。門を潜り城へと入った俺はこの城が全て水で出来ていることに気がついた。見た目はまるで石造りの普通の城のように見える。だがこれらは全て水の精霊魔法で加工され形作られたものだ。
狐神「へぇ。水で出来ているのかい。面白いね。」
フラン「そうなんですか?…魔法でも同じことが出来るでしょうか?」
アキラ「それはどうだろうな。造るだけなら簡単だろうが維持し続けるのは面倒じゃないか?」
フラン「そうですね…。」
俺達は城を見学しながら真っ直ぐに奥へと向かう。一番奥に大きな扉があり俺達が扉の前に着くと自動で扉が開いた。その先へと進んで行く。目の前には数段高い所に玉座があり一人の女性が俺達を見下ろしていた。青い髪に青い瞳。水の衣とでも言うような服を着ている。大きさは普通の人間並で師匠より少し小さいくらいだ。その姿は大きくなり少し老けたオーレイテュイアのようだった。
???「ティア!なぜこのような者達をわらわの城へと招きいれたのですか?!」
玉座に座る人物は俺達が目の前に到達するとヒステリックに叫んだ。
オーレイテュイア「申し訳ありませんお母様。」
俺達の後ろからついてきていたオーレイテュイアが謝る。母娘か。道理で似ているわけだ。
ウンディーネ「公務の時はウンディーネ様と呼びなさいと何度言ったらわかるのですか?」
オーレイテュイア「申し訳ありませんウンディーネ様。」
ヒステリックなババァだ。俺はこいつが好きになれそうにない。最初はオーレイテュイアも嫌な奴だと思ったもんだが、姿はよく似ているがこれならまだオーレイテュイアの方がかわいいもんだ。
アキラ「火の精霊王が訪ねて来たんだ。通したオーレイテュイアの判断の方が正しい。水の精霊王はその程度もわからないのか?」
水の精霊王とは名乗っていないが玉座に座っていることと圧倒的精霊力から考えてもこいつが水の精霊王なのだろう。だが周囲の精霊から比べれば確かに圧倒的精霊力ではあるが精霊王と言ってもそれほど大したことはないようだ。この程度では俺達のパーティーの誰と戦っても勝負にすらならない。出会った頃のマンモンかバアルペオルと良い勝負になるかどうかという程度だ。もし他の精霊王もこの程度なのだとすれば俺がルキフェルを始末してしまったとは言えまだまだ魔人族の方が遥かに戦力があるだろう。
ウンディーネ「お黙りなさい!汚らわしい魔人族を引き連れた無知な野獣如きがわらわに口答えするのではありません。」
まるで話にならない。確かに俺は精霊族ではない。現在も戦争をしている魔人族であるフランを連れている。だがこの水の精霊王が王として人の上に立つ者として相応しいだろうか?
アキラ「まともに話も出来ないのか。ヒステリックに叫ぶしか能がないようだな。もういい。さっさと行こう。」
俺は踵を返して立ち去ろうとした。しかし周囲の空間から水の槍が飛び出してくる。攻撃が来る前から察知している俺は軽く避けた。
ウンディーネ「なんと無礼な獣であろうか!もはやその存在すら許されはすまい。この場で処刑して土へと還してあげましょう。」
アキラ「やれやれ…。」
後ろを向いて帰ろうとしていた俺はウンディーネを振り返ろうとしてぎょっとした。
ポイニクス「ママを………ママをいじめるなあああぁぁぁぁぁ~~~~っ!!!」
アキラ(まずい!)
激昂したポイニクスの精霊力が爆発的に高まる。ぎりぎりのところで俺がポイニクスの力を抑え込むのが間に合いまだ周囲に大きな被害はないが一瞬にして周囲が高温になった。俺の防御が間に合わなければ辺り一帯は一瞬にして蒸発していただろう。これほどの力ならば鉄の沸点ですら遥かに上回っているはずだ。金属ですら一瞬で蒸発させてしまうほどの温度を生身で受けたら熱いどころでは済まない。
アキラ(くそっ…。誰だポイニクスにこれほどの力を与えたのは!)
俺だ…。今の能力制限では俺よりもポイニクスの方が上回っている。だが『それじゃ制限を解除しましょう』というほど事態は簡単ではない。俺の精霊力で完全にポイニクスを包み込んでしまっている。それも現時点での全開でだ。もし急に能力制限を解いてしまえば制限を解いた俺の力でポイニクスを潰してしまう。今の時点での全力の状態から解除した力で程よい力加減に瞬時に切り替えなければならないのだ。だからと言って徐々に解除して押さえ込める状態でもない。今もぐんぐん温度が上がってきているのだ。悠長にはしていられないし能力制限を解除する瞬間にほんのわずかな隙が出来てしまうため一気に片を付けないと周囲に被害が出てしまう。何度も…や、徐々に…などという余裕はない。
ポイニクス「あああぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」
ポイニクスの姿が徐々に炎へと変わり始める。もう時間がない。
アキラ「師匠!万が一の時のために師匠はミコ達を守ってください。」
狐神「私とアキラでポイニクスを抑えたらいいんじゃないかい?」
アキラ「それでは失敗した時に俺と師匠とガウしか生き残れません………。俺はミコもフランもムルキベルも…ポイニクスだって失いたくない。」
狐神「ふふっ。わかったよ。何か策があるんだね?それじゃあこっちは任せときなよ。」
ミコ「アキラ君…。」
フラン「アキラさんっ!」
ムルキベル「人工生命体である私のことですら気にかけてくださるとは…。アキラ様はお優しい方です。」
ガウ「がうがう。ご主人なら大丈夫なの。」
一瞬だけみんなの顔を見てから俺は覚悟を決める。
アキラ「師匠。いきますっ!」
狐神「はいよ。」
俺はほんの僅かな時間だけポイニクスを包む精霊力を僅かに弱める。その余った力でボックスに意識を繋げる。
アキラ「出て来い!今こそ役に立ってみせろ!」
今こそ奴を使う時に違いない。そう確信した俺は久しぶりに奴を呼び出したのだった。




