第二十八話「火の精霊」
昨晩はほとんど眠れなかった。それ自体は別にどうということはない。俺はあまり睡眠を必要としない体だ。睡眠不足で辛いということはない。だが昨晩は精神的に疲れた。ガウを俺の上から降ろして朝食の準備に取り掛かる。
ミコ「おはようアキラ君。」
アキラ「ミコ…。早いな。」
ミコ「うん。お料理の時だけは私がアキラ君を独り占めできるから。」
はにかみながらそう答えたミコはかわいい。こんなにかわいくてよく出来た子に好意を寄せられて何とも思わない奴は特殊性癖の者だけだ。決して俺が優柔不断なのではないと言い訳をしておく。
ミコ「どうしたの?」
アキラ「………いや。何でもない。」
ミコと二人で朝食の準備に取り掛かった。
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朝食を済ませてテントを片付けた俺達は旅を再開する。南に方向転換して以来ほとんど真南に移動している。俺の記憶の通り進むと目の前にある活火山に突入することになりそうだった。活火山というよりむしろ今現在ですら噴火している最中と言った方がいいだろう。
アキラ「このまま行くとあの火山に入ることになる。ミコとフランは別行動するか?」
俺と師匠とガウなら火山であろうと何とも無い。だがミコとフランには厳しい環境だろう。
ミコ「絶対にアキラ君に付いて行くって言ったでしょ?あれくらい今の私の魔力なら平気だよ。」
フラン「愚問ですね。私の魔法を侮らないでください。」
二人共別行動する気はないようだ。
アキラ「そうか。それじゃ向かうぞ。」
俺達は火山へと足を踏み入れた。暫く進んだところでミコとフランの様子を伺ってみたが二人とも平気そうだった。俺は少し二人を侮っていたようだ。
すでにあちこちに溶岩の流れる山の中まで入り込んでいるが周囲の様子がおかしい。ある所を境に暑さや危険がなくなったのだ。俺達は神力で身を守っているので暑さはほとんど感じないが周囲が暑いか寒いかくらいわかる。むき出しの岩肌とあちこちを流れる溶岩の河もいつの間にか人工的に整備されたかのようになっていた。日本の舗装された道路ほどではないが何かがよく通るのか道のようになっている。
フラン「ここには何かいますね。」
全員察していたのだろう。フランが言ったことに誰も反論はしない。
アキラ「途中から暑さが和らいでいるのは何かの魔法のせいか?」
フラン「わかりません…。魔法の痕跡は感じられませんでした。」
俺の問いにフランは申し訳なさそうに答える。その時周囲を多数の気配に囲まれた。この気配は…。
アキラ「ソドムの街を襲ったのはお前達か。」
???「くすくすっ。お客だよ、お客だよ。」
???「どうする?どうする?」
???「やっちゃえ!やっちゃえ!」
直径20cmくらいの光る球が周囲を埋め尽くしている。魔法等の発動は感知出来なかったが突然周囲に現れた。力の波動といい現れ方といいソドムの街を襲った奴らと同種だとわかる。一つ一つにはそれほど大きな力は感じないが数が多い。
???「火の国ザラマンデルンへようこそ!ようこそ!」
???「そしてさようなら。さようなら。」
フラン「火の国…。これが火の精霊ですか…。」
フランの呟きと同時にあちこちから火の手が上がる。だが全て即座に俺の神力で掻き消える。
???「火が消えた!火が消えた!」
???「どうして?どうして?」
アキラ「何度も同じ手を食うか。すでにその攻撃には対処済みだ。」
この攻撃は本体が離れた場所に神力を送ってその場に火を起こしている。だから俺の神力で相手の神力を遮断すれば止めることができる。
フラン「さすがアキラ…さんですね。」
???「これならどうする?これならどうする?」
ガチャガチャと金属音をたてながらフォレストキーパーとフォレストガーディアンが奥から歩いてくる。火の精霊の力を見せてもらったおかげで俺にも使い方がわかった。普段使っている火の使い方がはっきり思い出されたのだ。こいつらで試してやることにする。
アキラ「スピリチュアルフレイム。」
俺の精霊魔法によりキーパーとガーディアンが一瞬にして蒸発した。火力が高すぎたようだ。やはり毎度のことながら新しい力を使うと力加減がわからない。
???「守護者がやられた!やられた!」
???「精霊魔法?精霊魔法?」
???「どうして?どうして?」
???「騎士様お願い!お願い!」
奥からすっと新しいゴーレムが出てくる。騎士鎧のような姿のフォレストガーディアンに見えるが内包する神力は桁違いだ。こいつはキーパーのように精霊魔法も使える。キーパーとガーディアンのモデルはこいつだろう。
狐神「こいつは厄介だね。」
師匠も気づいたようだ。この騎士相手ではミコとフランは二人掛かりでも手も足も出ない。能力制限している今ではガウでも分が悪い。術もありの俺か師匠なら十中八九勝てるというほどの相手だ。今の能力制限では俺と師匠が術を解禁しても場合によっては負ける可能性もあるということでありその強さは桁違いだとわかる。
アキラ「お前がキーパーとガーディアンのモデルだったというわけか。火の騎士人形ムルキベル。」
そう言いながら俺はおもむろにそのゴーレムへと近づいていく。
狐神「ちょっとアキラ。いくらアキラでも今の制限じゃそいつを舐めてると危ないよ。」
アキラ「危ないなんてもんじゃないです。こいつを舐めていれば火傷どころじゃ済みませんよ。」
周囲が見守る中とうとう俺とゴーレムは目の前で向かい合う。
ミコ「あれ?でもどうしてアキラ君はその人のことを知っているのかな?」
ミコの言葉とほぼ同時にゴーレムが動く。
ムルキベル「よくぞお戻りくださいました。アキラ様。」
流麗な動作で跪き俺に傅く。
アキラ「お前も役目を全うしているようだな。」
ムルキベル「はっ!」
フラン「どういうことですか?アキラ…さん。それに先ほどの魔法は?」
フランの疑問に答えてやるとするか。
アキラ「こいつは俺が造ったゴーレムのムルキベルだ。そしてさっきキーパーやガーディアンを蒸発させたのは火の精霊魔法だ。」
イフリル「先ほどの精霊力。もしやと思っておりましたが…。よもや生きているうちに再びお会いできるとは思っておりませんでしたぞ。女王陛下。」
アキラ「お前もまだ生きていたのかイフリル。」
ムルキベルの隣に突然光の球が現れる。こいつのことも知っている。火の国の宰相イフリルだ。
狐神・ミコ・フラン「「「女王陛下ぁぁ~?」」」
師匠、ミコ、フランの三人が同時に声を上げる。
イフリル「こんの戯け者共がぁ~!勝手なことをするでないといつも言っておるであろうが!」
イフリルが大声を出したせいでミコとフランがびくりと肩を跳ね上げた。怒られた火の精共はワーワーキャーキャー言いながら逃げ回っている。
アキラ「相変わらずだなイフリル。火の精共を怒るのは後にしろ。俺の連れが驚いている。」
イフリル「これは申し訳ありません。それでは城へと向かいましょうぞ。」
俺達はムルキベルとイフリルの後に付いていく。
ミコ「どういうことなの?アキラ君。」
アキラ「それは後で話してやる。」
俺達は火の国の城へと向かった。
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城へと辿り着いた俺達は玉座の間へと入る。俺は数段高い位置にある玉座に腰掛けた。精霊達とは大きさが違うため俺専用に作られた玉座へと。
イフリル「女王陛下のご帰還じゃ!」
イフリルの言葉を合図に玉座の間には次々と光の球が現れる。他のメンバーは玉座の向かいに立っている。師匠を見下ろすのは少し気が引けるが今はやむを得ない。周囲に現れた光は一斉に『女王陛下ばんざーい』と万歳三唱をしている。
ポイニクス「ママ~!ママ~!」
俺の目の前に現れた一つの光は俺の顔や首筋に抱きついてくる。
アキラ「ポイニクス。お前は未だに小さいままだな。」
狐神・ミコ・フラン「「「ママ~?」」」
三人が再びハモって大声を上げた。
狐神「いっ、一体どういうことだい?アキラ…。いつのまにそんな…。」
アキラ「それはまとめて後でお話します。今は精霊達の儀式に付き合ってやりましょう。」
その後俺は女王として大臣達に挨拶を受けたり様々な行事を執り行った。全ての行事が終わった俺達は俺専用の部屋へと向かい今は侍女の入れたお茶を飲みながら寛いでいる。
狐神「そろそろ話してくれてもいいんじゃないかい?」
アキラ「そうですね。それじゃお話しましょう。」
俺はムルキベルに出会ってから思い出したことをぽつりぽつりと話始めた。
現在でもそうだが記憶を失くす前の俺がこの辺りを旅していた頃にはすでにこの付近は魔人族の勢力圏になっていた。西大陸北部は元々火の精霊種の支配地であり生き残っていた火の精霊達はこのザラマンデルンに隠れ住んでいた。ザラマンデルンとはこの火山全てのことを指す。この地には火の国があり国もまたザラマンデルンと呼ばれる。いくら強靭な肉体と強力な魔法を持つ魔人族であってもこの火山の中までは中々入れない上に火の精霊達の居場所も特定できていなかったのでこの山に近づく魔人族はほとんどいなかったのだ。
しかしそこへ辿り着いた俺は火山など物ともせず悠々とザラマンデルンに侵入し、当時の火の精霊王と出会った。その時すでに死の淵にあった火の精霊王は紆余曲折を経て俺に火の精霊王の位を譲った。
当時すでに滅亡寸前であったザラマンデルンには王位を継ぐに相応しい者がいなかった。妖怪族とはいえ強力な精霊魔法を使える俺に精霊魔法を教える代わりに次代が育つまでこの国を守ることを条件に王位を譲ったのだ。記憶を失った俺が火の精霊魔法だけ思い出さずとも使えたのは俺が火の精霊王だったからだ。
次代の王とは当時の火の精霊王の力を継いだ存在を俺の神力で生み出したポイニクスのことだ。いくら俺の力でも新しい生命を生み出すことは不可能だが前王の力を核に俺の神力で生まれ変わらせた。そして旅の途中であった俺がポイニクスが成人になり王位を継ぐまでこの地に留まることはできないのでゴーレムを造りポイニクスとザラマンデルンを守らせた。そのゴーレムがムルキベルだ。
狐神「なるほどねぇ…。だから母親ってわけかい。」
フラン「アキラ…さんは一体何者ですか…。妖怪族が魔法と精霊魔法を使えるなんて…。」
ミコ「アキラ君なら何でも出来る気がしてくるね。」
ガウ「がうがう。」
ポイニクス「ママ~。」
ポイニクスは俺の肩にずっと乗っている。
アキラ「それで俺の造ったムルキベルを参考にキーパーとガーディアンを造り出し魔人族の街を襲っているというわけか?」
俺はイフリルに問いかける。
イフリル「はい。左様でございます。我々ではムルキベル殿ほど完璧なゴーレムは造れず精霊魔法を使えるようにすると構造が弱くなってしまうのです。自我を持たせることも出来ず精霊魔法を使う者と接近戦闘で戦う者にわけて造りあげました。」
アキラ「なるほどな。元々勢力圏の内側で造られたならば境界線での哨戒など無意味なわけだ。」
いくら勢力圏の境界で侵入を警戒していても最初からその内側にいるのならばその警戒に引っかかることはない。あとは街に侵攻するまでのルート上で敵に見つからないように気をつければ良いだけだ。
ミコ「あの…その攻撃をやめることはできませんか?私達は丁度ソドムの街でその襲撃に遭いました。非戦闘員も女子供も全てまとめて皆殺しにしてしまうのはあまりに非道ではないですか?」
イフリル「非道ですか。我々火の精霊種も多くの非戦闘員、女子供を皆殺しにされ住む地を追われました。魔人族の行いは非道ではなく我々が同じことをすれば非道ですか?」
ミコ「そういうわけではありません。魔人族がそれをしたのならばそれは非道です。ですが相手が非道なことをしたからといってあなた方火の精霊種まで同じ非道をする必要はないのではないですか?」
イフリル「我々はすでに劣勢であり勝ち目もほとんどありません。魔人族を追い返すにはこの地に住むのは危険だと思わせて帰らせるしか方法はないのです。」
ミコ「それでも…。戦争に関わっていない新しい世代の子供達には何の罪もないのではないですか?こんなことを繰り返していれば新しい子供達にも恨み辛みが溜まるだけです。」
ミコとイフリルが議論を交わしている。俺ならばイフリルの意見を支持する。これは戦争である以上戦地に住んでいる方が悪い。侵攻された側の現地民ならば住んでいる方が悪いとは言えないが魔人族は侵攻してきた側であり後からそこに住み着いたのは本人の意思だ。死にたくなければ北大陸に帰ればいい。
イフリル「我々とて単なる恨みで仕返しをしているわけではありません。殺された者の家族の恨みや悲しみはいずれ薄れるでしょう。しかし我々の住処はそうはいきません。我々は代々この地を守ってきたのです。恨みは忘れることが出来たとしても故郷を忘れることは出来ません。」
ミコ「仲良く暮らすことは出来ないのですか?」
イフリル「魔人族が精霊族を見かけたら殺しにくる以上はこちらも身を守るしかありません。」
ミコ「つまり…、魔人族が精霊族への攻撃をやめればいいんですね?」
イフリル「それは戦闘さえやめれば魔人族が西大陸に住むことを我々が認めるのかという問いですか?」
ミコ「はい。魔人族がどうして西大陸に侵攻したのかわかりません。ですがすでにこの地に住んでいる人達には何の罪もなくここで生まれ育った人達が大勢いるはずです。その人達にとってもここはすでに故郷ではないですか?」
アキラ「それは詭弁だな。勝手に住み着いて代を経たからと言って権利を主張出来るのなら国は成り立たない。それでは国籍など必要なくなる。日本にも大量に住んでいる不法移民を国民として受け入れろと言っているのと同じことだ。違法は違法であり犯罪者は犯罪者だ。いや、国民として受け入れるだけならまだしもいずれこの地の住人は魔人族の人口比率が高いので魔人族の国だなどと言い出すんじゃないのか?地球ではそんな問題がいくつも起きている。それはミコも知っていることだろう?」
俺はたまらず割って入った。ミコの言っていることは綺麗事だ。地球でも不法移民の問題は世界中で起きている。さらにその住み着いた住人達がいずれ多数派になり独立運動までしているのだ。それで仲良く暮らしましょうなど不可能なことは歴史が証明している。
ミコ「それは………。」
ミコも当然地球での類似の問題を知っている。具体的な策などないので言葉に詰まるのも無理はない。
アキラ「どちらにしろ魔人族が侵攻した理由がわからなければどうしようもない。ただ住む地が欲しかったのなら解決策もあるかもしれないが精霊族の抹殺を望んでいるのだとすればどちらかが滅ぶまで解決しようがない。」
イフリル「女王陛下の仰る通りです。魔人族の目的がわからぬ以上ここで議論しても無意味でしょう。」
ともかくこの議論は情報のない俺達だけで言い合っても無意味だろう。そもそもこれは魔人族と精霊族の問題だ。俺の知ったことではない。
ミコ「アキラ君。『俺の知ったことではない』とか考えているんでしょう?」
ミコも鋭くなったものだ。俺の考えていることがわかるらしい。
アキラ「それはともかく暫くここに泊まるぞ。いいな?イフリル。」
イフリル「何を仰います。ここは女王陛下の本来住むべき場所でございましょう。暫くと言わずずっと居ていただきたい話でございますぞ。」
アキラ「ここを守るだけなら俺がいなくともムルキベルが居ればこの国を落とすことができる魔人族など存在しない。」
俺は扉の近くにじっと置物のように立っているムルキベルを見る。ムルキベルはゴーレムだが自我を持っている。人工生命体だがすでに一個の生命も同然だ。自身で判断して行動できる上に今の制限のガウよりやや勝るくらいの実力なのだ。パンデモニウムで見た戦力程度ならば大ヴァーラント魔帝国が総力を挙げて侵攻してきても落とすことはできない。
アキラ「それで…。悪いが俺の仲間もここで眠れるように大きなベッドを貸してくれ。今のベッドに五人は狭い。」
こうして俺達は暫くの間ザラマンデルンに滞在することになった。




