第二十六話「ソドムでの戦い」
夜中に俺は目が覚める。もっと遠くの時から感知していたが嫌な気配がこの街に向かってきているのだ。どこかへ進路が逸れるかもしれないと思って今まで無視していたがさすがにここまで一直線に近づいてくれば目標はこの街だろう。師匠も感知しているはずだが知らん顔で寝ている。
アキラ「ちっ…。こんなことなら街を出ておけばよかったか。」
ミコ「え?どうしたのアキラ君。」
今日はミコが添い寝役から溢れたので師匠の真似をして俺を膝枕していた。俺の呟きに反応して寝ぼけ眼をこすっている。師匠は寝なくても良い体な上に多少変な場所でも姿勢でも平然と眠れるので俺を膝枕しつつ眠っているのだが人間であるミコには眠りづらい姿勢なので眠りが浅かったのだろう。
ガウ「がうっ!何か変なのが近づいてくるの。」
ガウも感知したらしい。むくりと起き上がり声を上げた。
ミコ「ガウちゃん。変なのってどういうことなの?」
ガウ「こんなのかんちしたことないの。はじめての奴なの。」
フラン「んぅ…。もう朝ですかぁ?」
元々寝ぼけ眼に見えるフランが本当に寝ぼけ眼をしていると眼が線のようになっている。これで開いているんだろうか?
狐神「神力生命体…かね。」
皆が騒がしくなってきたので師匠も起きることにしたようだ。
アキラ「師匠はわかるんですか?」
狐神「恐らく何かの術で造られた神力で動く人形だね。」
フラン「え?まさか魔人形ですか?」
アキラ「フランはわかるのか?」
一気に覚醒したフランが大声を出す。
フラン「魔法で人工生命体を造り出す秘術があります。素材になった物によって様々な呼び名がありますが私の知る限りではすでに魔人族では失われた秘術です。まさかこの目で見られるんですか?」
フランは魔法のことになると急に人が変わる。魔法の修行のために俺に付いて来るくらいなのだから相当な魔法マニアなのだろう。ウィッチ種というくらいだから種全体がこうかもしれない。
アキラ「………。攻撃が来るぞ。」
ミコ・フラン「「え?」」
敵はまだまだ城壁の外、遥か遠くにいる。だが街の中に奇妙な力の流れを感じる。外の奴らの攻撃じゃない。発信源は外ではないのだ。さすがに外の奴らが城壁に達するくらい近づけばミコやフランでも気づく。奇妙な感覚だ。何もないところから突然現れたかのような感じがする。
ミコ「アキラ君あれを!」
ミコが宿舎の窓の外を指差す。あちこちから一斉に火の手が上がって真っ赤に染まっていた。さっき感じた力の流れは火を点けるための魔法か何かの術だろう。周囲が徐々に騒がしくなっていく。この宿舎にも兵士が駆け回り眠っている者を起こして回っているようだ。この部屋にも足音が近づいてくる。
ジェイド「敵襲だ。避難してくれ。」
慌てた様子のジェイドがノックもなしに扉を開けて大声で叫ぶ。
アキラ「うるさい奴だな。そんな大声を出さなくても聞こえている。俺達のことは気にしなくていいからお前達はお前達の仕事をしろ。外からも来てるぞ。」
ジェイド「やっぱりか…いつものやり方だな。って気にしないわけにいくか。早く避難しろ。」
アキラ「いつものってどういうことだ?」
ジェイド「あ?奴らはいつもまずは精霊魔法で攻撃してくる。そしてその後から白兵戦部隊がなだれ込んでくるんだ。」
アキラ「どんな敵だ?」
ジェイド「森の賢人と森の守護者という木偶人形だ。フォレストキーパーは精霊魔法を使ってくるがあまり頑丈じゃない。フォレストガーディアンは精霊魔法を使わない代わりに異常に硬い。精霊族の尖兵だ。」
アキラ「ここは魔人族の勢力圏の奥地のはずだ。こんな場所まで攻め込まれるまで気づかないのか?」
ジェイド「どういう方法でやってくるのかわからない。だがにらみ合っている境界線を越えて奥地まで侵攻されるんだ。西大陸のどの魔人族の街に居てもいつ襲撃されるかわからない。」
アキラ「そうか。もう行っていいぞ。俺達は俺達で何とかする。」
ジェイド「そういうわけには行かないだろ。」
兵士A「ジェイド早く来てくれ。」
アキラ「呼ばれてるぞ。さっさと行け。自分の仕事をしろ。役目を間違えるな。」
ジェイド「っ!逃げる準備をしたら早く避難しろよ。」
ジェイドが一階へと駆けていくのを聞きながら俺は思考に耽る。ジェイドの言っていたフォレストキーパーとフォレストガーディアンというのは外に居る奴らだろう。気配の違いで二種類の存在を感知している。キーパーの方が少なくガーディアンが大多数だ。だが火の手が上がったのはこのキーパーの能力ではない。こいつらが攻撃したのなら神力の流れでわかる。この火は別の者が放ったものだ。それも一人や二人じゃない。一人一人は小さな力だったがあちこちでいくつも束ねて同時に火を放ったのだ。今はもうその存在を感知できない。突然現れて火を放ってすぐに消えた。…もしかして最初の火は精霊の仕業か?
狐神「それでどうするんだい?」
師匠が訊ねてくるが俺は再びベッドへ横になった。
アキラ「俺達には関係ありません。無視しましょう。」
ミコ「ちょっとアキラ君!どうして?外を見てよ。子供まで火に追われてるんだよ?見捨てるの?」
アキラ「これは魔人族と精霊族の戦争だ。俺達は関係ない。」
ミコ「それはそうかもしれないけれど子供まで巻き込むなんておかしいよ。」
アキラ「ジェイドが言っていただろう?西大陸のどこに居ても襲われると。それなのにこんな場所で生活している方が悪い。いつか襲われるとわかっているのに子供を住まわせている奴に文句を言え。死にたくなければ北大陸に帰って住めば良いだけだ。わかって西大陸に住んでいる奴は自己責任だ。」
ミコ「でも…。」
ミコはさらに言い募ろうとする。だが俺が言葉を被せる。
アキラ「ミコは目の前の命を救いたいだけだろう。言っていることはわかる。だがな。ここで俺達が魔人族を助けるために精霊族の戦力を削ればそれだけ精霊族が死ぬということだ。わかるか?命の選択なんだ。お前は精霊族を殺して魔人族を助けるのか?魔人族側として戦争に加わるつもりならそれでいいだろう。お前はそこまで考えているか?」
ミコ「っ…。それ…は…。」
ミコは賢いので俺の言っている意味がわかっただろう。目の前にいる敵は人工生命体かもしれない。こいつらを殺しても命を奪ったことにはならないかもしれない。だがこれが精霊族の戦力であるということは俺達がゴーレムを倒せば精霊族の戦力が下がる。戦力が下がれば精霊族が戦争で不利になり魔人族に殺されることになる。ここで魔人族を助けるということは精霊族を殺すことと同義だ。
ミコ「それでもっ!それでも私は今目の前で死のうとしている命を助けたいよ!ねぇアキラ君!それならどうしてあの時子猫を助けたの?アキラ君だって同じ気持ちを持っているからじゃないの?」
ミコは目に涙を浮かべながら必死に俺に言葉を投げかける。
???『………どうして?………あっくん。』
………
……
…
???『………どうして助けてくれないの?』
………
……
…
狐神「アキラ?」
はっと我に返る。俺は………。
アキラ「………だったらどうするつもりだ?精霊族を殺して魔人族を助けるのか?」
ミコ「………。助けられるのなら今目の前で死にかけている命を救いたい。そして精霊族も殺させない。」
アキラ「綺麗事の理想論だな。絵空事の結果だけを口にするのは簡単だ。問題はどうやってそんなことをするのかだ。」
ミコ「……戦争を終わらせるわ。もう誰も死ななくていい世界を造るの…。」
アキラ「それこそどうやって?何百年か何千年か知らないがずっと争っているんだ。今までだってそう考えた奴もいただろう。だが現実はどうだ?戦争はまだ続いている。」
ミコ「確かに私の力だけじゃ足りないのはわかってるよ。…だからお願いアキラ君。力を貸して。お願いします。」
ミコが頭を下げる。人は皆自分勝手だ。それは人間族も魔人族も精霊族も変わらない。知恵のある生物の業だ。強欲で傲慢で妬み奪い殺す。そんな奴らのためにどうしてここまで出来る?なぜミコがそこまでしなければならない?
だがなぜか俺の胸はズキズキと痛む。息が苦しい。胸だけじゃない。頭が割れそうに痛い。吐き気がする。この世界に来てこの体になってから病気も苦痛も味わっていなかった。これが痛みだ。これが苦しみだ。
アキラ「はぁ…はぁ…。」
ミコ「………アキラ君?大丈夫?アキラ君っ!」
額に汗が浮かんでいる。ミコがそっと拭ってくれた。
アキラ「………大丈夫だ。今回は手を貸す。だがミコの言う戦争のない、誰も死ななくていい世界とやらを造る方法はきちんと考えておけ。その案が考えるだけの価値のあるものなら今後も手を貸してやる。だが何の中身もないただの理想論ならばもう手は貸さない。」
ミコ「………うんっ!わかったよ。………ありがとうアキラ君。」
そう言ってはにかんだ少女の笑顔はとても…とても美しかった。俺の痛みはいつの間にかなくなっていた。
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手を貸すことになったのでまずは状況を整理する。この街は海沿いにあり半円状に城壁で囲ってある。東側は海と西回廊しかない。西側の城壁は周囲を完全に囲んでいて出入り口は西回廊から真っ直ぐに進んだ所にある門一つしかない。最初に放たれた火は周囲を全て囲うように外周に点けられている。街の中央へと追い詰めて全て焼き殺すつもりなのだろう。西の門からはゴーレムが迫ってきている。万が一難を逃れて外へと脱出できてもこいつらに囲まれることになる。
外の敵はフォレストキーパーと思しき奴が200体。フォレストガーディアンと思しき奴が1800体。キーパーは50ずつに別れ街の外周壁に等間隔に配置されている。すでに射程圏に入っていてキーパーは壁を越すように放物線状に魔法を撃ち込んできている。ガーディアンは門の前に1000体。すでに門を破ろうと攻撃を始めている。北と南の海の近くに400体ずつ配置されている。これは恐らく危険を冒して海に入り壁を迂回して外へと出た者を始末するためだろう。並の者が夜の海に入るなど海の魔獣に殺してくれと言っているようなものだが運が良ければ脱出出来るかもしれない。他に選択肢がなければやる者は出てくるだろう。もし運良く壁の外に出られたとしてもゴーレムが待ち構えているというわけだ。ここまで念を入れていることから完全にこの街を全滅させるつもりなのだろう。
アキラ「師匠とガウは特殊能力の使用は控えてください。魔法以外の力を使えば俺達が魔人族じゃないことがばれてしまいます。」
狐神「あいよ。」
ガウ「がう。」
アキラ「街の火は全て俺が消します。師匠とガウは北と南の壁の外の海沿いにいる敵を倒してください。ミコとフランは城壁に上って時計周りと反時計回りに分かれて魔法を撃ち込んできている敵の対処を。キーパーを全て倒したら師匠とガウの手伝いか街の負傷者の救出に。正面の門は俺が担当します。」
ミコ・フラン「「はいっ!」」
役割の決まった俺達はすぐさま行動に移る。宿舎は門の近くにある。ミコとフランは城壁に上り外へと魔法を撃ち出しながら駆けていく。西の門の上からフランが時計回りに北に向けて。ミコが反時計回りに南に向けて。師匠とガウは市街地を一直線に駆け抜ける。師匠が南でガウが北だ。二人の身体能力ならミコとフランが着く前に全て倒すかもしれない。俺の担当の門は目の前なので動く必要はない。だが怠けている場合じゃない。門が破られる前に火を消しておく。
ジェイド「おい!まだいたのか。早く逃げろ。」
アキラ「うるさいな。邪魔をするな。この火じゃ逃げ場なんてない。中央に追い詰められて焼き殺されるだけだ。」
ジェイドが数人の兵士を連れて駆け寄ってくる。外周部にある宿舎の周りはもう火の海になっている。
ジェイド「それはそうかもしれないがもうすぐ門が破られる。ここにいても助かる道はない。とにかく避難するんだ。」
アキラ「はぁ…。ちょっと黙ってろ。…ストームレインフォール。」
俺はもうジェイドを無視することにして魔法を発動させる。晴れ渡っていた空に俺の魔法によりソドムの街の上空だけ急激に雨雲が発達していく。それほど気象に詳しいわけではないがこれは地球で言うところのスーパーセルのようなものかもしれない。俺は仕上げにかかる。
アキラ「フォールン。」
俺の発動と同時に大雨が降ってきた。
兵士A「おおっ!こんな時に大雨が降ってくれるとは黒の魔神様はまだ俺達を見捨てていないぞ。」
ジェイド「…。いや…。もしかして君が降らせているのか?」
兵士B「え?まさか…。ワーキャットは魔法が得意じゃない。それにこんな魔法は見たこともない。」
ジェイド「だがこの子は明らかに魔力を放出してるぞ。目に見えるほど全身を赤い魔力が覆っている。それにさっき何か魔法を唱えた。ここだけ急に大雨が降るなんておかしいぞ。向こうを見ろ。向こうの空は晴れて月が出てる。」
兵士A「まさか…本当にこの子が?これほど大規模な魔法を…。一体どれだけの魔力量なんだ。」
アキラ「おしゃべりしてる暇はないぞ。お前らは邪魔だから避難民の所へ行って誘導でもしろ。」
ジェイド「何?それはどういう…。」
丁度その時門が破られフォレストガーディアンがなだれ込んできた。
アキラ「なるほど。『異常に硬い』ね。」
門を破ったガーディアン共の姿を見てジェイドの言っていたことの意味がわかった。こいつらは全身金属製のようだ。見ただけで金属の種類まではわからないがキラキラと光りガチャガチャと金属音をさせながら歩いてくることから一目でわかる。妖力は使えないので魔力を纏った爪を振るいまだ遠くにいたガーディアンを吹き飛ばす。前衛にいた数体は体が裂けていたがまだ動いている。どこかに急所があるのかあるいはばらばらにするまで動き続けるのか判断はつかないが厄介な敵だろう。
ジェイド「おいっ!今何をした?急に突風が吹いてフォレストガーディアンが切り裂かれたぞ。」
アキラ「まだ居たのか?さっさと避難民の所に行けよ。」
ジェイド「君を置いていけない。俺達は兵士だ。最後まで戦う。」
アキラ「居ても意味ないぞ。ここでお前達がすることは何もない。…アブソリュートゼロ。」
俺は門の方も見ることなく手だけをかざして魔法を使う。全ての物を凍て付かせる絶対零度の魔法がガーディアン達を氷の中に閉じ込める。俺の魔法により門から侵入してきていたガーディアンも門の間に居た者も外の者も一直線上の物は全て凍りついた。
ジェイド「なん…っ。君は一体………。」
アキラ「マジックアロー。わかったか?お前達が居ても邪魔だ。」
凍りついたガーディアン共はマジックアローを受けて粉々に砕け散った。確かに傷付いても動き続ける上に硬いが凍らせて砕けばどうということはない。粉々になればまだ人工生命が残っていたとしても動くことも出来はしない。ジェイド達は固まったまま動かないがもうこれ以上言うつもりはない。ここで呆けていたければそうすればいい。
敵はまだまだいる。俺は門の外へと出て行った。
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全体の様子を感じてみる。ミコとフランは城壁の上から魔法を放ちつつ走り続けている。すでにほとんどのキーパーは破壊したようだ。このまま師匠とガウの所へ合流できそうだった。師匠とガウはまだ戦っている。妖術も使えない状態で素手で戦っているからガーディアンを破壊するのに少し時間が掛かっているのかもしれない。あまり派手に暴れすぎてもまずいので余計に時間がかかるのだろう。だがそれ以外の目的もあるようだ。ミコとフランに戦わせるために残しているのだろう。ストームレインフォールのおかげで街の火もほとんど消えている。もう雨雲は必要ないと判断して俺はストームレインフォールの魔法を止める。
ジェイド「これは…君一人でやったのか?」
アキラ「なんだ。まだ居たのか。兵士のくせに仕事しろよ。」
ジェイドが門の外へと出てきた。俺が破壊したフォレストガーディアンを見て愕然としている。
ジェイド「何体いたんだ………。」
アキラ「千体だ。」
ジェイド「千っ!………。千体ものフォレストガーディアンをたったこれだけの時間でやったのか?」
アキラ「見ての通りだ。だがまだ終わってないぞ。さっさと仕事しろ。」
ジェイドの隊の者と思われる兵士達は俺を怯えた目で見ている。だが俺は気にすることなく横を通り抜け門の中へと入っていく。残っている小さな火を個別に水魔法で消しながら他のメンバーの様子を探る。
ミコとフランはキーパーを全て倒しそれぞれ師匠とガウの所へと辿り着いていた。ガウも事前に師匠から言われていたのか今は二人は戦わずミコとフランが残ったガーディアンの相手をしている。師匠とガウは力ずくで破壊していたようだがミコとフランには真似出来ない。最初は苦労していたようだが徐々に戦い方のコツを掴んできたようだ。
ミコは広範囲に炎と氷の魔法を交互に使ってから土魔法でハンマーのように砕いていた。金属は急激に熱して冷やすことを繰り返すと脆くなる。脆くなった所を土魔法の圧力で一気に潰す戦法のようだ。ミコは俺ほど強力な氷魔法を使えないので一撃で凍りつかせることは出来ない。地球で学んだ知識を使って今出来る範囲でうまく戦っている。
フランの戦い方は面白い。接近されると圧倒的に不利なフランはまず沼のようなものを作りガーディアンの動きを封じていた。自重の重いガーディアンはずぶずぶと沼に嵌って動けなくなっている。身動きの取れなくなったガーディアンのうなじの辺りに氷や風の魔法で傷をつけていく。すると傷をつけられたガーディアンは糸の切れた人形のようにカクンと力を失い倒れていた。ゴーレムには刻印があり刻印の文字を削られると停止するという話は地球にもある。俺も確認してみたが確かにうなじの辺りに何か刻んであった。そこが弱点だったのだろう。俺には文字が読めずわからなかったがフランは理解し弱点を突いた戦い方をしているようだ。
全ての火を消し敵は倒した。あとは怪我を負った者の治療や崩れた家等に埋まっている人の救助をする。戦闘後の救助活動については打ち合わせはしていなかったが師匠とミコ、ガウとフランはペアになってうまく動いているようだ。俺にはジェイドの隊が付いて来ている。こうして救助活動と後始末をしている間に夜が明けていた。




