閑話⑤「フリードの戦い:ガルハラ帝国掌握編」
フリード「さっき言った通りだ。あとでまとめて返してくれればいい。気をつけて行ってこいよ。」
アキラ「ああ。すぐに戻る。それまで…死ぬな。」
アキラ達が出た門はすぐに閉じられた。フードで隠れて見えなかったが今の声、言葉、きっと俺を心配して不安そうな顔をしていたに違いない。ああ…アキラ…かわいすぎる。
フリード「アキラは確実に俺の心配をしてたよな?俺に惚れてるよな?」
パックス「気にはしていただろうが惚れていると言い切れるわけじゃないな。」
ロベール「俺にも死ぬなって言ったんだからフリッツの理屈で言えばお嬢ちゃんは俺にも惚れているのか?」
フリード「ロベールてめぇ…。まさか俺のアキラに手を出そうってんじゃないだろうな。」
ロベール「何度も言うが俺はキツネのお姉ちゃんの方が好みだ。」
フリード「それはそれで何か釈然としないな。俺のアキラがかわいくないって言うのか?」
ロベール「そうは言わねぇが好みの問題だな。お嬢ちゃんだって綺麗でかわいいと思うぜ。」
パックス「二人共。こんなところでくだらないことを言ってないでさっさとずらかろう。」
フリード「くだらないとはなんだ!だがさっさと行くのは賛成だ。」
俺達は皇太子邸へと引き上げた。
=======
そう時間をかけずにバルチア王国の者か聖教関係者がやってくるだろうと思っていたがすでに二日も経っている。賄賂で動くお役所仕事なやつらのことだから賄賂の貰えない仕事では手抜きなのだろう。もちろん出来る限りの準備はしてある。
フリード「おい。ロベールに言っておきたいことがある。」
ロベール「あん?どうした?」
フリード「お前はこれから剣聖ロベールじゃない。パックスの部隊にいた傭兵ロディだ。いいな。俺達以外にはそう名乗れ。ガルハラの者にもバルチアの者にもだ。パックスもいいな?」
パックス「ああ。わかった。」
ロベール「あいよ。そうしろと言うんならそうするが…、なんでまた?」
フリード「ロベー…いや、ロディは俺の奥の手だ。奥の手はホイホイ見せておくものじゃないだろう?」
ロベール「そこまで俺を信用していいのか?」
フリード「正直に言えばロディ自身のことはまだそこまで信用し切っていない。だがアキラが信用して俺に預けると言ったんだ。アキラの言葉は信用する。」
ロベール「お嬢ちゃんが間違えてたら?」
フリード「それはない。アキラの人を見る目は確かだ。アキラはロディを信じた。俺はアキラを信じる。それに…もし万が一お前が裏切っても俺はアキラに文句は言わないしロディも非難したりはしない。」
ロベール「へっ…。甘いこったな。ガルハラの第三皇子は冷静で冷徹と聞いていたがとんだ甘ちゃんだったようだ。…だがそういうの嫌いじゃないぜ。」
コンコンッ
執事A「皇太子殿下。お客様がお見えです。」
その時俺達のいた部屋がノックされて声をかけられた。
フリード「来たか。客間に通しておけ。」
執事A「かしこまりました。」
部屋の前の気配が遠ざかるのを確認して話を続ける。
フリード「パックスは俺の副官。ロディは俺の護衛だ。いくぞ。」
ロベール・パックス「「了解。」」
俺達は客間へと向かった。
=======
客間で待っていたのはバルチア王国北回廊管理局バンブルク支部の小役人ドニス監察官とバンブルク聖教会ヨハン司教だった。俺達の話し合いはずっと平行線だ。俺がそうしていからだが…。
ドニス「ですからどうして北回廊大門を許可証もなく勝手に開けさせたのですかと聞いているのです。」
フリード「許可証ならある。見せただろう?」
ドニス「確かに現時点ではここにあります。ですが許可証の発行日時は四日前。門が開けられたのは二日前。北回廊管理局本部に許可申請をしてからここまで許可証を運ぶには片道三日以上、往復七日はかかります。門が開けられた時に許可証がなかったことは明白です。」
フリード「その時にちゃんと許可証は提示した。だから門は開いたのだ。」
ドニス「はぁ…。それではなぜ北回廊へ侵入されたのですか?」
フリード「それはガルハラ帝国の軍機だ。お前に教えることじゃない。」
ヨハン「私からもよろしいか?なぜ勇者候補を連れ去ったのですかな?」
フリード「勇者候補など知らん。」
ヨハン「目撃証言があります。ちゃんと調べはついておりますぞ?ガルハラ帝国の軍事行動には口は出しませんが我らが召喚した勇者候補を連れ去ったことは無視できませんな。」
フリード「だから勇者候補など知らんと言ってるだろう。」
ヨハン「では誰が何人北回廊へ侵入されたのですかな?」
フリード「軍機なんで答えられんな。」
ずっとこの調子で平行線だ。こいつらだって建前で言っているだけで本音は勝手に北回廊に侵入しようが勇者候補がいなくなろうが何とも思っていない。過去にはバルチア王国も無断で偵察部隊を送り込んだことは何度もあるし入ってはいけないとか不可侵の地という認識はない。聖教も勇者候補など何人も召喚しており召喚された者が使い物にならなかったり途中で死ねばまた召喚すればいいとしか考えていない。所詮は消耗品扱いであり役に立つ者が召喚出来たら運が良かったと思う程度のものだ。
こいつらがしつこく何度も同じことを聞いてくるのは俺にボロを出させてガルハラ帝国を非難する材料が欲しいだけだ。ガルハラ帝国に落ち度を認めさせれば帝国の負担金を増やさせたりもみ消すのに賄賂を貰ったりと自分達の利益になるからやっているにすぎない。
ドニス「今日のところは引き上げましょう。」
ヨハン「それではまた明日伺いますぞ。」
フリード「何度来ても同じだぞ。」
二人は帰っていった。だが翌日もその翌日も毎日訪ねて来ては同じ問答を繰り返す。ただの嫌がらせでやっているだけだ。すでに六日目に突入していた。
ドニス「ですから開門した時点で許可証がなかったことは明白です。」
フリード「おい。あれを見せてやれ。」
パックス「これを。」
俺の指示でパックスがドニスの前に書類を出す。
ドニス「これは?………まさかっ!そんな…どうやって。」
フリード「それでわかったか?当日許可証はあった。」
ドニスの前に置かれた書類は北回廊管理局本部に俺が送ったドニスに対する苦情の回答とドニスへの命令書だ。その発効日は二日前。五日で往復させたものだ。
内容は正式に許可証を取ったにも関わらず監察官のドニスが俺に不当な捜査をしていることへの苦情。命令書には正式な許可証を発行したのでドニスは捜査を控えるようにと書かれてある。
ドニス「そんな!…これはどういうことですか?往復七日はかかるはずです。」
フリード「お前の常識ではそうかもしれないが帝国では五日で往復可能だ。これ以上は軍機なので言えんがな。」
ドニス「………くっ。」
実はこれは何の種も仕掛けもない。本来なら人間も一人か二人で馬も数頭乗り換えるだけの伝令役を事前に進路上に何箇所も配置しておき馬の足も人間の疲れも気にせずとにかく昼夜を問わず最速で走らせただけだ。次の区間で交代させ次々に指令や書類を伝えていくだけなので寝る時間も休む時間も気にすることはない。
だがこれには相応のリスクがある。馬の足を速くするために装備は最低限しか持っていない。いくら比較的安全な道を通っても魔獣に襲われる危険がある中で防具もほとんどなしなのだ。それにこれをするには事前に数十kmおきくらいに人を配置しておかなければならない。最初のアキラの時には事前に配置させている伝令役がいなかったのでドニスの言う通り往復させれば七日はかかった。当然軽装の伝令役を待機する場所まで連れて行く護衛が必要にもなる。馬と護衛が大量に必要になり大きな危険も伴うため普段はこんなことは出来ない。万が一を考えて最初の北回廊侵入の許可を取る時に伝令も配置させておいたからこそ今回出来たにすぎない。
フリード「ドニス監察官。まだ何かあるか?」
ドニス「いえ………。捜査は終了いたします。」
フリード「ご苦労だった。」
ドニスは一人でとぼとぼと帰っていった。まずは一人片付いてよかった。
ヨハン「私の方はああはいきませんぞ。勇者候補を連れ去ったことは最早言い逃れが出来ない事実です。…ですがそれを咎めようと言うのではありませんぞ?勇者候補はまた召喚すれば良いだけの事。ですが何の見返りもなく聖教の勇者候補を各国に渡すわけにはゆかぬのです。おわかりでしょう?」
にやにやといやらしい笑みを浮かべている。だがこれまでも実際に勇者候補はこうして物や奴隷のように取引されてきた。一線級の候補は聖教が自分達のために確保しているがそれより劣る者達は各国に金や利権で売り渡されている。だが劣る者達と言えども召喚者達はこの世界の者よりも優れている場合がほとんどだった。優秀な者を買えるので欲しがる者も多いというわけだ。
フリード「勇者候補は聖教皇国にいるはずだ。バンブルクにいるはずはない。」
ヨハン「所用でこの街に来ておったのです。」
フリード「それはおかしいな?協定では聖教皇国は勇者候補の居場所を各国に通達する義務があるはずだ。バルチア王国から戻った後は聖教皇国に滞在していると通達されている。これはどういうことだ?」
ヨハン「それは…通達が遅れていたのでしょう。勇者候補達は確かにこの街におったのです。」
どうせこんな協定が守られていないことは百も承知だ。だが違反は違反。それでもそれを認めてもなお俺に勇者候補を奪った代金を払わせる方が利益があるという判断だろう。
ヨハン「ともかく開門された時にガルハラ帝国の者と一緒に出たのは行方不明になった勇者候補であることは明白ですぞ。」
フリード「お前が賄賂を受け取ったのは明白だ。収賄罪で罷免にする。」
ヨハン「え?は?何を?」
フリード「お前が俺に言っていることをお前にも言ってやっただけだ。明白?確実?何をもってそんなことを言っている?」
ヨハン「ですから目撃証言が…。」
フリード「一切なんの物的証拠もなくその目撃証言とやらだけで俺に罪を着せようと言うんだな?」
ヨハン「うぅっ…。しかし多数の市民が目撃しておりますぞ。その証言から門から出て行った者の一人は勇者候補で間違いありますまい。」
フリード「ならばお前が北回廊まで行って本人を連れてきてみろ。」
ヨハン「そのようなことが出来るはずは…。」
フリード「つまり何の証拠もなく俺に罪を着せるのだろう?そもそももし仮に門から出た者の中にお前の言う勇者候補とやらが混ざっていたとして俺の関与を示すものはあるのか?本人が勝手に出たのだとすれば俺に罪を問うのはお門違いだ。」
ヨハン「ガルハラ帝国の者達と一緒に出て行ったのならばガルハラ帝国が関与しているでしょう。」
フリード「だからそれはお前の想像にすぎない。それを示す証拠を持ってきてから物を言え。」
ヨハン「くっ!後悔することになりますぞ!」
ヨハン司教は顔を紅潮させて立ち上がった。
フリード「どうせ暗殺は延期だ。次の暗殺計画の予定はあるのか?いつ後悔させてくれるんだ?」
ヨハン「なっ!」
ヨハン司教は大きく動揺した。わかりやすくて助かる。
ヨハン「………なんのことですかな?」
フリード「自分の胸に手を当てて聞いてみるんだな。用が済んだのならさっさと帰れ。」
ヨハンはそれ以上何も言わず帰って行った。これではっきりした。もちろん物証はない。俺の勘だ。だが通達もなく秘密裏に勇者候補と逆十字騎士団の者がバンブルクに入り込んでいたのは俺の暗殺のためだろう。そして俺がここに来ることを知っていた人間が聖教の連中に頼んだのだ。バルチアも聖教も俺の行動などわからないし知る術はない。帝国内部の者が聖教と結託して俺を殺そうとしている。
ロベール「おいフリッツ。暗殺って何のことだ?」
フリード「ここじゃまずい。部屋へ行こう。」
ロディとパックスを連れて俺の部屋へと戻る。
フリード「俺は命を狙われている。さっきの反応からして勇者候補と逆十字騎士団をこの街に送り込んだのは俺を暗殺するためだったと見て間違いないだろう。」
ロベール「おい…。それじゃお嬢ちゃんやお姉ちゃん達に付いていった奴は…。」
フリード「いや、それは心配ない。恐らく勇者候補達には決行直前まで教えないつもりだったんだろう。あの時点ではあの勇者候補はまだ知らなかった。」
ロベール「なぜそう言い切れる?」
フリード「勇者候補はバルチア王国で一度見たことがある。あの女がもし俺の暗殺を知っていればあの時あれほど俺のことに何の関心も示さずにいられるような女じゃなかった。」
ロベール「一度会ったくらいで断言できるのも不思議だが、それじゃ逆に暗殺なんてなくてフリッツの考えすぎというのは?」
フリード「それもないな。勇者候補はともかく逆十字騎士団が出てきているんだ。並の理由ではあいつらは動かさない。」
ロベール「その逆十字騎士団ってのは?」
フリード「聖教皇国の裏の仕事を請け負う狂信者集団さ。表向きは存在しないことになっている。だからどんな犯罪だろうと汚いことだろうとやりたい放題だ。」
ロベール「存在しない裏部隊とか言いながらフリッツには知られてんじゃねぇか。」
フリード「おいおい。俺はこれでも皇太子だぞ?それくらいの情報は集めているさ。」
ロベール「ふ~む…。それじゃ聖教皇国がフリッツを暗殺する理由は?」
フリード「それはな……。」
ガルハラ帝国では二つの派閥が争っている。一つは第一皇子派。アルベルト=ハインリヒ=フォン=ガルハラ第一皇子を次期皇帝にしようとする者達。もう一つは第三皇子派、あるいは皇太子派とも言われている。つまり俺の派閥だ。
第一皇子派は軍閥関係者が多い。それはアルベルト第一皇子が武術に長けた武人気質の者だからだ。対して俺は武術が苦手というほどではないがアルベルトには敵わない。しかし俺は内政に長け文官系関係者からの支持が厚い。俺が皇太子に指名されていることでわかる通り第三皇子派の方が有利だ。むしろ最早決まっているとすら言える。俺がよほどの失態を犯すか死にでもしない限りもう皇太子が変わることはない。
俺はこれまで聖教やバルチア王国に対して強硬姿勢を貫いてきた。不正や賄賂を暴き糾弾してきたのだ。第一皇子派にとっても聖教にとってもバルチア王国にとっても俺は邪魔な存在でしかない。第一皇子派が聖教と結託して俺の情報を流し暗殺を頼んだのだろう。俺が死ねば第一皇子が皇太子になり俺以外の者にとっては都合が良い。
ロベール「筋は通っているがフリッツは第一皇子派にどこへ行き何をするか知られているのか?」
フリード「ああ。公式行事なら帝国内の全ての者が知っているだろうがそれでもいつどこにいるかまでわかるはずはない。…つまり俺の派閥に内通者がいるってことだな。」
パックス「そんなはずはない!細かい情報まで知っているのはお前に心酔している者ばかりのはずだ。」
フリード「だが現実に内通者はいるんだ。炙り出すしかない。」
パックス「俺のことも疑っているのか?」
パックスは複雑な表情をしている。
フリード「まさか。パックスとロディは信用している。でなければこんな話はしない。」
パックス「そうか…。それじゃアードルフはどうだ?俺達三人は幼馴染だ。アードルフも詳しい事情を知っている一人だし相談しよう。」
フリード「………そうだな。とにかくもうバンブルクでの件は片付いた。ブレーフェンに移動しよう。」
俺達はブレーフェンへと向かった。
=======
俺達がブレーフェンに向かう時に俺の派閥の者達にブレーフェンに集うようにと早馬も出している。数日中には主だった者が揃うだろう。向かう馬車の中でパックスとロディには口裏を合わせるように言ってある。あとは内通者を炙り出す策を実行するだけだった。
主だった者達が揃ったところで簡単なパーティーを開いた。
カールハインツ「殿下。急な召集とこのパーティーは一体何事ですか?」
カールハインツが声を掛けてきた。この男は皇太子派では珍しい軍系の者で将軍まで登り詰めている。
フリード「なに。楽しみは後に取っておこうじゃないか。まずは楽しめ。」
カールハインツ「はははっ。良き報せのようですね。それでは楽しむことにしましょう。」
そういってカールハインツはパーティーへと戻っていく。このパーティーには俺の側近中の側近とも言えるような者達だけが少数集められているだけだ。皆何か重要なことがあるのだろうと気になっている様子だった。宴もたけなわとなった頃俺は皆の注目を集める。
フリード「皆聞いてくれ。今回緊急召集した理由を話したい。」
立食パーティーで全員自由に移動していたのだが全員が一斉に俺に向き直る。
フリード「これはまだ内密な話だが親父から重要な話を聞かされた。」
『おぉっ』というどよめきが聞こえてくる。
カールハインツ「まさか殿下が帝位を継承されるというお話ですか?」
アードルフ「はっはっはっ。そんなことが起こればめでたいもんだな。」
フリード「よく知っていたなカールハインツ。」
アードルフ「え?まさか…。陛下はまだまだご健勝です。まだ殿下に譲られるはずは…。」
フリード「親父の気性はお前達も知っているだろう?遊びたがりの親父だ。さっさと譲って遊びたいと言っていた。これまでは俺も親父も時期尚早と思っていたがそろそろどうだと言われたのだ。」
カールハインツ「それはおめでとうございます。ついにこの時が来ましたな。」
その後パーティーは大いに盛り上がり皆俺に祝辞を述べていた。
=======
パーティーの席で俺はある者に後で話しがあると言って呼び出してあった。パーティーも終わりその者が指定した場所ですでに待っている。アードルフの館から少し離れた林の中だ。市街地の中に公園として残されているが広すぎる上に生い茂っていて外周部以外はあまり人が来ない。これほど林の中まで来る人間など滅多にいないだろう。
………
アードルフ「どうしたフリッツ。何の話だ?」
フリード「ああ。俺もとうとう皇帝だ。アードルフには色々と世話になったからな。こうして話がしたかったんだ。」
アードルフ「そうか…。なら俺から一つ忠告したいことがある。聞いてくれるか?」
フリード「聞くだけ聞いてみよう。」
アードルフ「まだ帝位を継ぐのは早すぎる。もう少し慎重に行動した方がいいんじゃないか?」
フリード「皇帝位に就くより大事なことがあるのか?」
アードルフ「ああ。まだ第一皇子派の動きもわからない。根回しが足りなさすぎやしないか?」
フリード「な~に。就いてしまえばこっちのものだ。皇帝になれば表向きでは逆らえる者はいなくなる。それからでも抑え込めるだろう。」
アードルフ「フリッツ。聞く気はないんだな?」
フリード「どうした?俺が帝位に就くことは俺達の悲願だろう?」
アードルフ「ふぅ…。それじゃあ…仕方ないよな…。」
アードルフは影のある笑みを浮かべている。どこか諦めにも似た顔だった。
パチンッ
と指を鳴らすと周囲から人が出てきた。見える限りで五人。他にも気配はするがこの暗闇の中で障害物もあり正確に何人いるのかは俺にはわからない。
フリード「どういうつもりだ?」
アードルフ「それはこっちのセリフだフリッツ。お前が帝位さえ継がないのならば命までは取るつもりはなかった。」
フリード「お前が聖教に俺の暗殺を依頼したのか?」
アードルフ「それは俺じゃない。フリッツがバンブルクに行く情報は流したが俺はお前が帝位を継がなければ殺さなくて済むように頼んでいたんだ。だがお前は野心を隠さなかった。だから第一皇子派は暗殺することにした。そして今日の話だ。もう俺もお前を殺すしかない。」
フリード「そうか…。アードルフが内通者だったんだな…。」
アードルフ「そういうことだ。」
フリード「だそうだ。遠慮することはない。殺れ。」
アードルフ「何を言って……。」
二つの影が動き次々に他の影が倒れていく。
アードルフ「なっ!なんだ。」
ロベール「まったく歯応えがなさすぎてつまらんぞ。」
パックス「なぜだ?アードルフ。」
アードルフ「パックス……。フリッツ、最初から俺を嵌める気だったのか?」
フリード「嵌めるとは失礼な言い方だな。帝位継承の話をすれば内通者が動くとわかっていた。お前が俺を嵌めるだろうと思って乗ってやっただけだ。」
アードルフ「帝位継承の話は嘘か?いつから…。」
フリード「前に俺がこの街の拡張工事を視察に来た時からさ。」
アードルフ「あの時から?なぜ…。」
フリード「俺だって信じたくなかった。だがあの時お前はフードを被っていたアキラが女だと知っていた。」
アードルフ「あの時の連れか?そんな物は報告で聞いただけだ。それでなぜ…。」
フリード「アキラがフードを脱いでいたのは追い剥ぎに襲われた前後だけ。それ以外では遠目には男か女かすら判別できない状態だった。俺達の近くにお前の付けた俺の監視が居れば気づく。だから俺が気づかなかったということは遠くから見張っていただけのはずだ。にも関わらず女だと知っていたのは俺が襲われた時に見ていたからだ。何故俺の部下であるはずのお前が付けた俺の監視役が俺が襲われているのをただ黙って見ているだけだった?」
アードルフ「それは………。」
フリード「それはお前があの追い剥ぎに偽装した襲撃者の依頼主だったからだ。そして残党がスラムで殺されていたにも関わらずその報告も俺にしていない。それはそうだよな。お前が俺を殺させるために雇った者達がスラムで殺されてましたなんて報告できるはずもない。」
アードルフ「………。誘い出したつもりで誘い出されたのは俺の方だったというわけか…。」
パックス「本当なのか?アードルフ。なぜだ!俺達三人は幼い頃からフリッツを皇帝にしようと誓ったのではなかったのか!」
アードルフ「お前に何がわかる!パックス!お前のせいだ。お前さえいなければ…。」
パックス「何?」
アードルフ「パックス!俺の名を言ってみろ!」
パックス「………アードルフ=ヨーゼフ=フォン=ヴィッテルスバッハ。」
アードルフ「そうだ。俺はお前とは違う。ヴィッテルスバッハ家の者だ!ヴィッテルスバッハ家は広大な領地を有し帝国を支えてきた名門だ。それなのにたかが平民のお前はフリッツの右腕と呼ばれ俺はブレーフェンの官吏にすぎない。わかるか!こんなことはあってはならないんだ。フリッツお前もだ。お前は何もわかっていない。ヴィッテルスバッハ家の者を蔑ろにするなどあってはならないことなんだ!」
パックス「………アードルフ。」
フリード「それが理由か?ブレーフェンがどれだけ重要拠点かは何度も説明したはずだ。」
アードルフ「重要拠点?だからなんだ?俺は宰相に取り上げられてもおかしくない人間なんだ。たかが一つの街の官吏などを押し付けるお前らは皇帝になる資格も側近になる資格もない。」
フリード「それでヴィッテルスバッハ家を重用するという約束で第一皇子派に寝返ったのか?」
アードルフ「そうだ!それこそがあるべき姿なんだ。」
フリード「言いたいことはわかった。連れて行け。それからアードルフ邸は家宅捜索しろ。…残念だよアードルフ。ここは実力主義のガルハラ帝国だ。平民も貴族も名門もない………。」
パックス「はい………。」
ロベール「ほれ。ちゃんと歩け。」
アードルフはロベールに連行されていった。信頼していた幼馴染の裏切り。確かに辛いものはある。だが俺はこんなところで止まっている時間はない。
アードルフ邸からは第一皇子派との密書など多数の証拠が出てきた。証拠を集めた俺達は帝都デルリンへと乗り込んでいった。
=======
会議は紛糾していた。帝都で俺達が集めた証拠を親父、いや皇帝陛下に提出したことで緊急会議が開かれていた。しかし第一皇子派は知らぬ存ぜぬの一点張りで証拠品も証拠能力がないと強弁するだけだった。
ウィルヘイム「静まれ。」
親父が声を上げる。ウィルヘイム=ルートヴィヒ=フォン=ガルハラ皇帝。威厳に満ちているがその顔には近しい者にしかわからない程度ではあるが苦悩が浮かんでいる。
ウィルヘイム「皇太子暗殺未遂の証拠は間違いなく本物である。例え親兄弟であろうと、いや、親族であるからこそ厳格に裁かねばならぬ。首謀者アルベルト=ハインリヒ=フォン=ガルハラ以下これに連なる者全てを極刑に処する。」
一瞬のどよめきのあとに静寂が訪れる。
アルベルト「父上!これは陰謀です。自らの子飼いの者まで貶めて俺を嵌めようなどと汚いぞフリードリヒ!」
ウィルヘイム「即座に向かわせた兵によってお前達の家からも証拠品が上がっている。言い訳は見苦しいぞアルベルト。余はそなたにも期待しておった…。内政に長けたフリードリヒをお前が武で支えてくれたらと思っておったのだ…。」
アルベルト「そんなもの………。いえ、では一つ頼みがあります。」
ウィルヘイム「申してみよ。」
アルベルト「フリードリヒと戦わせていただきたい。俺が負ければそのままフリードリヒが俺の首を取れば良いでしょう。ただし戦いである以上フリードリヒが死ぬこともあるかもしれませんが…。」
こんなものに俺が付き合う謂れはない。すでに死刑の確定している犯罪者の前に皇太子を立たせるなどおかしな話だ。だが…。
フリード「魔法はもちろんなしだよな?」
大きなどよめきが起こる。最早黙っていてもアルベルトは死に俺が皇帝になると約束されている。誰もが俺が受けるはずはないと思っていたことだろう。だがこれは俺が皇帝として周囲に認められるための儀式だ。ここで実力でアルベルトを倒し俺が次期皇帝だと周囲に知らしめる。それこそが実力主義のガルハラ帝国皇帝に相応しい。
アルベルト「礼は言わんぞ。後悔するなよ。」
こうして俺とアルベルトは戦うことになった。場所は帝都にある練兵場。お互いに武器は真剣一本のみ。防具もない。剣の腕は向こうが上。魔法は俺の方が得意だが魔法は禁止だ。
ウィルヘイム「はじめよ。」
親父の合図で始まる。一気にアルベルトが踏み込んでくる。狙いは胸の辺りに突きだ。俺は落ち着いてロディに教わったことを思い出す。そして思い浮かべるのはアキラの動き。半身になり剣の腹で突きを往なす。だが一撃で倒せないと読んでいたアルベルトは途中で踏みとどまり突きから払いに変化する。腕力で敵わない俺は押されて距離を取る。
アルベルト「ちっ。いつの間にか剣も上達してるじゃないか。」
フリード「毎日遊んでるわけじゃないからな。無駄口叩いてる暇はないぞ!」
今度は俺から斬りかかる。左肩口から袈裟斬りに剣を振るうが受け止められる。が俺は左足で蹴りを放つ。
アルベルト「ぐっ…。足だと?汚いぞ。」
蹴りを食らいよろけたアルベルトが悪態をつく。
フリード「汚い?殺し合いに綺麗も汚いもない。剣のお稽古がしたかったら道場でやってろ。ここは戦場だ。」
アルベルト「ほざけ!」
激高したアルベルトは俺に駆け寄り胴への払いを仕掛けてくる。これは受けにくい。腕力で劣る俺ではまともに受けたら吹き飛ばされるだろう。そこで俺はこちらからも踏み込み距離を詰める。
アルベルト「なっ!」
肩口に放った突きが刺さりアルベルトは転ぶ。俺の脇腹にも少し剣が掠ったが大した傷じゃない。手元に近すぎて威力が乗っていなかった上に切れ味の悪い鍔元では俺に大きなダメージを与えることは出来なかったのだ。
フリード「終わりだ。兄貴。」
アルベルト「強く…なったな。これでお前に勝てるものは何もなくなった。やれ…。」
本当は俺も余裕などなかった。紙一重の勝利だ。ロディとの訓練のおかげで紙一重の差で勝てたにすぎない。俺は首を差し出している兄貴に剣を振り下ろした………。
フリード「俺の勝ちだ!」
静まりかえる修練場。その後にどよめきが起こり徐々に大きくなってくる。この時この場にいた誰もが理解した。次期皇帝はフリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラであると。




